【氷青の柩】雪峰フィーレルケレン



<オープニング>


●氷青の柩
 雪峰フィーレルケレン、愛を誓う白き峰。
 ねぇ、ウォルター。
 森を抜け、白銀の峰を望む雪原に辿りついた時、風が吹いたことを覚えてる?
 あの日風に飛ばされてしまった貴方の帽子、ようやく取ってくることができた。
 けれど、あの日皆で帽子を取りに行っていれば。
 そうして少し時間がずれていれば、私達はきっと今でも寄り添っていられたよね。
 小さな小さな暖かい村で、仲睦まじい夫婦として。
 もしくは――雪峰のどこか、淡い青を帯びた氷の中で、永遠の眠りにつく恋人同士として。
 ねぇウォルター。どちらの夢も、とても甘かった。泣きたいくらい、甘やかで。
 けれど貴方は氷の柩で目覚めぬ眠りにつき、私は今日も命を紡いで生きている。
 だからウォルター、貴方に私の言葉を伝えたいの。
 迎えに行くから、私の言葉をちゃんと聞いてね。
 雪に彩られ氷に閉ざされたフィーレルケレンの何処かで眠っている貴方。
 淡い青を帯びた透きとおる氷の褥に眠る、私の愛したウォルター。

 今度こそ必ず、貴方の柩まで辿りついてみせる。

●雪峰フィーレルケレン
 北に雪峰フィーレルケレンを望む村には、結婚を控えた男女が冬のフィーレルケレンで愛を誓うという儀式があった。新年の朝一番にフィーレルケレンへ登り、親族らが見守る中、清冽な朝の光に輝く雪の峰に結婚の誓いを立てるという――古くから村に伝わってきた、大切な愛の儀式。
 だが、ある年を境にその儀式が執り行われることはなくなった。
 儀式のためにフィーレルケレンへ登った一行が雪崩に遭遇し、白銀の峰で愛しい娘への愛を誓った青年が命を落としたためである。
 山の僅かな異変に気づいた青年は「様子を見てくる」と愛しい娘や親族を残して一人で先へ進み、そして――雪崩に巻き込まれた。

「ウォルター様の……眠られている場所がわかりましたの」
 黒い毛織の帽子を手に、藍深き霊査士・テフィン(a90155)が話を切り出した。
 ウォルターとは、二年前に雪峰フィーレルケレンで雪崩に巻き込まれ、命を落とした青年の名。雪峰フィーレルケレンの何処かで冷たい氷に包まれて、彼は永遠の眠りの中にある。
 二年前に彼と白銀の峰で愛を誓った娘の名は、クレメンティア。
 氷の褥に眠るウォルターを迎えに行きたいというクレメンティアの願いを叶えるべく、冒険者達がフィーレルケレンの傍に取り残されたウォルターの帽子を探し出してきたのはつい先日のことだった。ウォルターの眠る場所の手がかりを霊査で得るために、その帽子が必要だったのである。
「じゃあ、そこへクレメンティアさんを連れていけばいいんですよねっ?」
 ハニーハンター・ボギー(a90182)が勢い込んでテーブルに身を乗り出したが、霊査士は小さく片手を上げて彼を制した。まだ彼女は連れていけませんの、と紡ぐ声音が微かな緊張を帯びている。
「ウォルター様がいらっしゃるのは、森と雪原を越え、雪峰フィーレルケレンを少し登ったところにある窪地の中の……亀裂。そして今、フィーレルケレンの山裾には……ピルグリムグドンをリーダーとした狐グドンの群れがいますの。ウォルター様のところへクレメンティア様をお連れするには、まず……この群れを殲滅して頂かなければ」
 太刀を思わせる腕で忍びの技に似た攻撃を行うピルグリムグドンが1体。この個体は全身を白銀の表皮に覆われており、雪に紛れると見つけにくいだろうと霊査士は言う。また比較的知恵が回るらしく、己が率いる60の狐グドンらにも雪兎の毛皮を被らせて雪に紛れやすくしているらしい。
「今の時期、雪峰フィーレルケレンは当然……雪の中。何処にグドン達がいるかはわかりませんけれど、皆様が山に入れば……雪に身を隠しながら襲ってくることは確実ですの。どうか不意打ちには……ご注意下さいまし」
「了解なのですっ! で、今回はグドン達の退治だけでいいんでしょうか?」
 ボギーが首を傾げれば、霊査士は指先を唇に当て束の間考え込み、そしてやはり首を振った。
「いえ……グドンを殲滅し、窪地の亀裂へ向かって……ウォルター様の確認までをお願い致します。最終的にはクレメンティア様をお連れするのですもの……。窪地までの行程がどのような感じなのか、皆様で見てきて頂きたいと思いますの」
 瞳に過ぎる僅かな翳りを見れば、霊査士本人こそがその目で確かめたいと思っていることは明らかだった。だからボギーはそこまで聞いて席を立つ。
 ボギーが必ず見てきますのですと言えば、祈るような瞳で霊査士が頷きを返してきた。

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参加者
黒耀・スカーレル(a16057)
天翔ける煌紫の稲妻・ロロ(a21153)
想天憐獣・ビャクヤ(a36262)
永闇蒼月・オウン(a40017)
マインドレスドール・クーヤ(a40762)
書庫の月暈・アーズ(a42310)
嗄色玉樹・イクリ(a42315)
湖月・レイ(a47568)
唄う水蓮・フォーティア(a48532)

NPC:ハニーハンター・ボギー(a90182)



<リプレイ>

●雪峰フィーレルケレン
 遥かなる天穹は吸い込まれそうなほど鮮やかな青に染まっていた。
 けれどその青は心躍る生気に満ちた夏空の鮮やかさとは縁遠く、仰げばただそれだけで氷の世界にひとり放り出されたかのような心地にさせる冷たい戦慄に満ちている。
 流れる雲はかけらとて無く、凛然たる青に透きとおる蒼穹と壮麗な白銀に染まる雪山の鮮烈なコントラストはただ只管に圧倒的だった。水浅葱の森を抜け、淡い陽射しを鮮やかに照り返す雪原を越えれば、雪峰フィーレルケレンの山裾に至る。見上げた雪峰の頂に輝く太陽に、月唄う水蓮・フォーティア(a48532)は思わず瞳を細めた。
 光淡い冬の太陽とて、直接目にしようとするならば覚悟がいる。
 それは何処か『真実』に似ているように思えた。
 氷の褥に眠るウォルター。
 彼がそこに『居る』ことを確認するということは――彼がこの世に『居ない』と認めてしまうことだ。
 辛いことだとは言いたくなかった。ウォルターのことも、彼を迎えに行こうとするクレメンティアのことも、きっと全て理解することなど出来はしない。だから――
「……勇気のいること、ですね」
 軽やかなマントをかき合わせながら洩らされたフォーティアの言葉に、月葬・レイ(a47568)は僅かばかり瞳を伏せることで応えた。肯定でも、否定でもなく。そのまま山を見渡すために遠眼鏡を覗き込めば、フィーレルケレンの白が目に沁みる。反射的に瞬きをした瞬間脳裏に響いたのは、樅の樹の下で囁かれたクレメンティアの言葉。
 ――ごめんね。
 あれは彼女が気持ちを切り替えるための謝罪だったのか、それとも……。
 不意に流れゆきそうになった思考を軽く頭を振ることで払いのけ、自分はただ彼女の望むままに務めを果たせば良いのだとレイはレンズの向こうに覗く雪景色に目を凝らす。
 この何処かにグドン達が潜んでいるのだ。
「いくら雪に紛れようとしたかて……隠しきれる物やないわ」
「……だな」
 小さな相槌を打ち、永闇蒼月・オウン(a40017)もまた遠眼鏡で雪の峰を見渡した。
 輝き広がる雪白の世界は、光が作り出す影ですら銀の色。
 けれど白と銀の山肌には、厚く凍りついた樹氷にさらに雪が積もって出来た雪塊が林立し。
 空こそ晴れ渡ってはいるものの、風が山肌を撫でれば雪煙が舞う。
 幾つもの雪塊が不規則に並ぶ中に舞う雪煙は――酷く厄介なものだった。
 雪煙が舞えばグドン達の足跡なども消えてしまうだろう。ここはやはり囮を兼ねたクリスタルインセクトでの偵察に頼る方が良いかとオウンは息をつき、青き水晶の蟲へ視覚を重ね意識を集中した書庫の月暈・アーズ(a42310)を背負った。彼女が小柄で良かったと思いながら、雪原に紛れるための白いマントでアーズごと己を覆う。これで幾らか此方もグドンに見つかりにくくなれば良いのだが。
「少しだけ……留守番してて頂戴ね」
 召喚獣は待機させておこうという仲間の言葉を容れ、黒耀・スカーレル(a16057)は金と虹の色に輝くミレナリィドールの髪をそっと撫でた。まるで何かを言いたげに口を開きかけて閉じる寂しげなドールの様子に苦笑しつつ、ちょっとの間だけよと宥めてやる。足跡すら残さずフッと消える召喚獣を見送って、離れ離れになったクレメンティアとウォルターは二度と命ある者同士としてまみえることは出来ないのねとふと思った。
 冷たい柩に囚われたウォルターは、最期を迎えるその瞬間までクレメンティアを想っていただろうか。
 白の光と銀の影の山肌を登っていく水晶の蟲を目で追いつつ、嗄色玉樹・イクリ(a42315)は陣形を整えるよう皆に促した。周囲への警戒を怠るつもりはないが、不意打ちを受けた場合に備えて体力に劣る術者達を中で護る形に隊列を整える。仲間を背に庇う形で前列に立ちながら、天翔ける煌紫の稲妻・ロロ(a21153)は寒さか別の何かで震える唇を軽く噛んだ。
 とうに死出の旅路に出たウォルターと対面するのは、正直言えば怖いと思う。
 けれどクレメンティアの望みを叶える為には避けて通れない過程だと、解っていた。
 雪の眩さに瞳を瞬かせつつやはりマントをかき合わせた闇に踊るコッペリア・クーヤ(a40762)は、決意を固めるかのように己自身を抱き締める。
 ウォルターが雪の彼方に消えてから、二回目の冬。短いようで長い――二年。
 長い間ひとりで眠り続けているまだ見ぬウォルターへ思いを馳せる。
 ……もう少しだけ、待ってて。……必ずあの人を、貴方の所へ……導いてあげるから。
「ウォルター様を見つけてから。それからだよね、全ては……」
 何もかもが雪に覆われていくような心地になりながら、想天憐獣・ビャクヤ(a36262)は蒼天に聳えるフィーレルケレンを仰いだ。
 穢れを知らぬような白に塗り込められた世界で、ウォルターは最期に何を想ったのだろう。
 遥か前方、瞳に捉えられるぎりぎりの距離まで先行した水晶の蟲が。
 陽と雪の光を反射して――冷たく、煌いた。

●鮮紅と白銀と
 儚い間と定められた世界に在れる時間を全うし、片手の指の数を越える水晶の蟲が塩へと還った。
 アーズはそのたびに新たな蟲を召喚し、白銀の斜面を先行させていく。
 冒険者達の遥か上方を先行していた蟲が一旦動きを止め、青い輝きを緑へ変えた。
 耳障りな音が響き渡った瞬間、蟲の周囲の雪塊の影がざわりと動く。だがその刹那、ひときわ大きな雪塊の影から飛び出した何かが鋭く煌く物を一閃し、水晶の蟲を一撃で両断した。
「ボギーさん!」
「ダメです、届きませんっ!」
 クリスタルインセクトを一撃で砕いた『何か』がピルグリムグドンであると悟ったフォーティアが声を上げたが、ピルグリムグドンを発見次第初撃を放つことになっていたハニーハンター・ボギー(a90182)は、弓を構える前に地を蹴った。囮ともなるインセクトを先行させるあまり距離が開きすぎてしまっていたのだ。無言でレイも雪を蹴り、少しでも護りになればとイクリが祈るようにして彼女の防具へ力を注ぎ込む。だが距離を詰める前に辺りの雪塊から雪兎の毛皮を被った狐グドンがわらわらと飛び出して来た。水晶の蟲の雑音で混乱しているグドンもいるようだが、それは数体程、しかもかなり離れた場所にしかいない。ボギーが狙いを定める前にピルグリムグドンはグドンらと雪塊の間に姿を晦ましてしまう。
 幾人かがきつく唇を噛んだ。
 衝撃を与えると簡単に破裂する玉のような物があれば、そこにインクを仕込みピルグリムグドンに投げつけることで彼の者の目印にしよう――そう思っていたのだが、如何すれば『衝撃を与えれば簡単に破裂するが、持ち運びの間は割れない玉』が作れるのか思いつかなかったのだ。だがもし用意できていたとて、そもそも弓ですら届かない場所まで投擲することなど適わなかったろうが。
 白銀の斜面の上から六十のグドン達が、まさしく――雪崩の如く襲い掛かってくる。
 無駄な考えに労力を費やしてしまったと眉間に皺を刻みながら、アーズは流麗な紋章から幾条もの光を放ちグドンらを迎え撃った。傍らでは再びミレナリィドールを従えたスカーレルが、その身に纏う邪竜の炎を揺らめかせるかのような声音を紡ぐ。
「あぁ……邪魔をしないでちょうだい? いい子だから……」
 幼子を宥める歌に似た声音を紡ぎだした唇が笑みの形を刻んだ瞬間、七色に変幻する輝きの群れが雪崩れ込んでくるグドン達に叩きこまれた。
 断末魔の声を上げて数多のグドンが崩れ落ちるが、その屍を越えて新手のクドンが迫ってくる。冷たく瞳を細めたビャクヤが淡い陽射しに煌く蜘蛛糸を放ち、溢れる糸に絡め取られたグドンらをオウンが斧の一閃で薙ぎ払った。唯のグドンであればこの一撃で容易く屠ることができるのだが――青きグランスティードの背に在るオウンが鋭い煌きを目にして声を上げた時には、遅かった。
 眼前に迫り来るグドンらを薙ぐべく刃を振るおうとしたロロの耳に「右だ!」という切羽詰ったオウンの声が届く。だが次の瞬間にはロロの視界は鮮やかな紅に染まっていた。気を配っていたつもりであったが、数十のグドンに紛れて迫ってきたピルグリムグドンの気配までは探りきれない。一気にロロへ迫ったピルグリムグドンが太刀の如き腕を閃かせ、ロロに絡みつくしなやかな蛇の体の隙間から脇腹を鋭く裂いたのだ。噴出する自らの血に濡れた頬の上、瞳に宿るのは――狂気の、濁り。
「……フォーティアっ!!」
「はい!!」
 最もロロの傍近くにいたレイが、混乱した彼の一撃を小さな盾で辛うじて受け流した。刃は彼女の鎖の衣を僅かに掠めたが、イクリの施した鎧聖降臨の加護がそれを弾く。フォーティアに招来された輝ける聖女がロロに口づけを贈れば、彼の瞳が本来の生気を取り戻した。視界の片隅でそれを確認しつつ、レイは呼気ひとつついて生み出したカードで鋭く宙を裂く。
 狙いは、皮肉にもロロの血で鮮紅に染まった――ピルグリムグドン!
 黒き蛇の息吹を吸ったカードが、血を浴びたピルグリムグドンに更なる刻印を刻み込む。
 聖女で癒しきれなかったロロの傷をイクリが癒しの光で包み込み、クーヤがピルグリムグドンを巻き込んで針の雨を降らせた。漆黒の針の雨を目晦ましにしたかの如く銀の狼が瞬時に距離を詰め、ピルグリムグドンの喉に喰らいついてその体を押さえ込む。アーズの白き蛇から息吹の加護を得た狼から逃れる術は、ピルグリムグドンにはなかった。
 暫く戦場を離れていたスカーレルは、久々に目の当たりにしたピルグリムグドンの異形の姿に微かに目元を歪ませる。お久しぶりねと小さく呟き「会いたくはなかったけど……!」と怒気と共に幾多の針を叩き込めば、銀狼に押さえ込まれたままのピルグリムグドンの体がびくんと跳ねた。彼を目がけて残ったグドン達が地を蹴るが、すかさずビャクヤが蜘蛛糸で動きを止める。
「ここで立ち止まるわけには行かないんだよッ!」
 喉を震わせるようにして叫ぶ相棒に「ああ」と短く返し、オウンがグドンらを薙ぎ倒した。ロロが紫電を纏わせた蛮刀をピルグリムグドンに叩きつけ、レイの放った気の刃が血に染まった腹を抉る。
 不幸の烙印と銀の狼にに囚われ身動きできぬピルグリムグドン、そして倒れていくグドンらの流す血と体液が、白銀の雪を瞬く間に染め上げていく。
 たとえグドンやピルグリムグドンといえど、命の炎を己の手で消すことには慣れなかった。
 けれど、クレメンティアとウォルターを再び会わせるためにはどうしても必要なこと。
 だから全力で、と唇を噛みしめながら。
 イクリは虚空より生み出した漆黒の針の群れで、幾多の命を貫いた。

●氷青の柩
 凍える青玉を溶かし込んだかの如く、鮮やかな青に冴ゆる空。
 きらきらと光を弾く白銀の雪を踏みしめて、雪峰の斜面を冒険者達は無言で登っていった。
 青と白と銀の世界に響くのは、彼らの足音と、風の巻き上げる雪煙の音。ただそれだけ。
 鮮やかな空を背に舞う銀のかけらに瞳を細めながら、グドン達の屍もいつしか雪が覆い尽くしていくのかとぼんやり考えた。霊査士の言葉どおりに只管山を登っていく。ウォルターの眠る、亀裂を目指して。そして霊査士の言っていた場所はこの辺りだろうかと首を巡らせた冒険者達は、一瞬言葉を失った。白銀に覆われた中に、暗い口を開いた亀裂が見える。
 亀裂は、雪峰の斜面を抉り取ったかの如き窪地の――底にあった。
 冒険者達は亀裂に降りるための道具や手段を取り揃えて来てはいたが、亀裂の縁に辿りつくためにはまず窪地の中へ降りなければならないのだということに気づいてはいなかった。そもそも「窪地の中の亀裂」という霊査士の言葉自体を失念していたのかもしれないが。
 抉り取られたような斜面の縁に立てば、窪地の底から冷たい風が吹き上げてくる。
 奈落とまでは言わないが、斜面から窪地の底までは一行で最も背が高いビャクヤの背丈二倍半以上の高さがあるだろう。窪地の底にもある程度雪が積もっているから、冒険者であれば飛び降りても怪我はしないだろうが、次にここを訪れる時はクレメンティアがいる。
 彼女にここを飛び降りろとは――言えない。
「ちゃんと……方法を、考えなきゃ……」
 クーヤは窪地に最も近い樹に革のロープを括りつけた。それだけでは長さが足りず、イクリやフォーティアが差し出したロープと結び合わせて長さを伸ばす。レイが結び目にシャドウロックをかけようとしたが、意味はなさそうだった。
 ロープを使って窪地を降りられることを確認し、ようやく一行は亀裂の縁まで辿りつく。
 覗き込んでみれば、冷やりとした空気を溜め込んだ亀裂は窪地の倍ほどの深さがあった。アーズは初め亀裂の底に塩を落としてインセクトを召喚しようと考えていたが、召喚の魔力は己の周囲までしか届かない。特に良い方法を考えつかなかったので、召喚した水晶の蟲はそのまま亀裂の縁から飛び降りさせた。インセクトは土塊の下僕などよりは余程丈夫であるからそれで良かったが、勿論クレメンティアにさせるわけにはいかない。だがそこまでして蟲に偵察させて判ったことは、亀裂の中までは陽の光が届かないということだけだった。
 一行の間に沈黙が落ちる。
 だが、ふと何かを思い出したように荷物を漁り出したロロが「あっただよー!」とカンテラを掲げてみせた。これで『灯りがないためウォルターを確認できなかった』という洒落にならない事態は回避できそうだ。彼にカンテラを借り、まずはビャクヤが粘り蜘蛛糸の粘性を利用しながら亀裂を下りていく。蜘蛛糸の粘性を意のままにできるのは術者のみであるから、他の者はこの方法で降りるわけにはいかなかったが、とりあえず中へ灯りを持ち込むのが先決だ。
 カンテラに照らされた箇所を、クレメンティアが降りやすい箇所を探るべくオウンが棒でつついて確かめていく。岩が張り出して狭くなっている部分が多いことが見て取れ、フワリンは中に入れられないかとレイは眉を顰めた。他の者は更に長さを伸ばしたロープやアーズの用意していた登山道具を使って亀裂の底へ下りていく。体どころか魂さえも凍えさせる冷たい空気の底に降り立ち、光をかざしてみれば――淡い青に透きとおる足元の氷の中に、まるで眠っているような姿の、青年がいた。
 これでクレメンティアの想いを届けることができるな、とオウンが細く長い息をつく。
「そこは一人じゃ……とてもとても寒いでしょうね」
 囁きを落としたスカーレルが、ウォルターの頬にそうするかの如く、膝を付いて氷を撫でた。
 慈しむように瞳を緩める彼とは対照的に、ビャクヤは己が瞳に厳しい光を宿らせて、
「彼女が迎えに来るよ。君が最期の時まで愛していた人が……」
 そう、呟いた。

 過去を想うのは切なくて、でも前に進まなくてはならない。
 彼女は、僕達は――生きているから。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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参加者:9人
作成日:2007/02/13
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