【花守】東風と梅香に誘われるモノ



<オープニング>


 新年を迎えたランドアースだが、まだまだ寒さは厳しく春の兆しは人々の目にはなかなか映らない。けれど明けぬ夜が無いように、季節が巡り冬はやがて春へと移り変わっていく。

 その村には梅林がある。村人達が丹精しているせいもあってか、毎年美しい白い花を咲かせる。元々は実を取る為の梅林であったが、数年前から花の需要もあり白梅だけではなく、紅梅や枝垂れる木も植樹したりしている。梅の花はどれも可憐で奥ゆかしいが、その香りは高貴であり、また典雅であった。

「村の新しい試みとして、梅の花を楽しむ宴が開かれることになりました。けれど、思わぬ妨害を受けているのです」
 霊査士は酒場の冒険者達にそう告げた。村では今月から来月にかけて、梅見の宴を開催する。村の家を解放し、そこの村の外から来た者達を逗留させもてなすのだ。昼間には満開の梅林を散策してもらい、夜には家で酒などを嗜みながら梅の香りを楽しむのだ。村にはとても美味しい和菓子もあり、甘党の人達にはこれが大人気である。餡を包んだ餅を香ばしく焼き上げたもので、村で一番長寿のばっちゃが焼くものが特に旨い。

 ところが、梅の香りに誘われたのか招かれざる客までが村にやってきてしまったのだ。それは蝶に似た……けれど、とても巨大な1匹の蛾であった。真っ黒な羽でヒラヒラと村自慢の梅林に寄ってくる。

 その大きな蛾は必ず月や星の見えない曇った夜、東風に乗って現れる。村人達が追い払おうとすると、巨大蛾は黒い鱗粉の様なモノを羽からまき散らし、激しく舞い飛ぶ。そうすると村人達はすっかりやる気を無くし、蛾が我が物顔で飛び回るのをただじっと見ているだけになってしまうのだ。鱗粉は梅にとってもよろしくない影響があるのか、最近は花の付きや葉の生育も悪い。村では梅見の宴だけではなく、実の収穫も危ぶむ声が出始めている。

「幸い、蝶達が現れるのはそう頻繁ではないので悪い噂も広まっていません。けれど、このまま放置しておけば、必ず村は困り果ててしまうでしょう。冒険者の力をもって、梅林とこの村を助けて差し上げてください」
 霊査士は皆にそう頼んだ。
「……承知した。俺は行こう。他にも誰か志願してくれる者がいると心強い」
 碧水晶の吟遊詩人・アロン(a90180)はあいかわらずのむっつりした表情で言った。

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参加者
桜雪灯の花女・オウカ(a05357)
心の震える歌を・ブリジット(a17981)
雄風を纏いし碧眼の黒猫・ユダ(a27741)
誓夜の騎士・レオンハルト(a32571)
気まぐれを紡ぐ蒼・カノン(a39006)
雪華の揺籠・ネオン(a41523)
花深月・ユディール(a49229)
聖獣の御使いたる武の化身・ソプラ(a59087)
NPC:碧水晶の吟遊詩人・アロン(a90180)



<リプレイ>

●高貴なる花の姫
 村に入る前から馥郁とした典雅な香りが微風に運ばれていたようだが、梅林へと向かうとそこはもう別天地であった。手入れが行き届き、優雅に枝を空へと広げた梅の木達はそこに慎ましやかに咲く花を一杯つけている。1輪は小さくてもびっしりと枝に咲き揃った花は淡雪の様に木をその花弁の色に彩り染めあげ、高貴な香りは梅林とその周囲へと緩やかに風に乗り漂っている。
 ただ、惜しむらくはこの花を楽しむ者が今はいないと言うことだ。村の人々が今年から始めた『梅の花を楽しむ宴』は中止されている。村の外からやって来てくれた人を危険な目に遭わせるわけにはいかないからだ。のどかだが、どこか寂しげな雰囲気が梅の香りとともにこの小さな村を包んでいた。

 1人、心の震える歌を・ブリジット(a17981)は梅林の端を歩いていた。
「この辺りは少しも影響がないのですわね」
 梅林の北側、そして今いる西側には色の変わった葉も、つぼみのまま枯れてしまったものもない。なんの異常も見られない。

 縁側には午後の日差しが燦々と降りそそいでいる。梅の香りを楽しんでいた聖獣の御使いたる武の化身・ソプラ(a59087)はいつしか深く眠り込んでしまっていた。敵の鱗粉対策で普段よりも厚手の長袖を着ていた為、屋外でもそれほど寒さを感じなかったのだろう。ほとんど食べ終わっていたお餅がソプラの手から零れてコロコロと縁側の上を転がる。
「あら? 冒険者様ったらワラシの様だね」
 村一番のお餅作り名人、ネネコ婆は皺だらけの優しい顔に笑みを浮かべると、部屋の奥から薄い夜具を引きずってきてソプラにそっと掛けた。するとソプラは僅かに身じろぎ、寝言を言う。
「美味しいけど……ボク、も、もう食べられない……お腹一杯だもん」
「はは、婆の餅は体重が1日で3キロは増えるという美味さだで、冒険者様も後でたんと動かにゃイカンけどねぇ」
 ネネコ婆は悪戯っぽく笑って部屋の中へと入っていった。

 その頃、梅林の東側では大がかりな作業が始まっていた。暖かな陽気であったので、戸外での作業だが辛さはない。
「すまんがこの柱を支えていてくれないか」
 しなやかな猫の尾を持つストライダー、雄風を纏いし碧眼の黒猫・ユダ(a27741)は張りのある声で少し離れた場所に居た誓夜の騎士・レオンハルト(a32571)に言った。
「わかりました」
 召喚獣グランスティードの背から荷を降ろしていたレオンハルトであったが、その手を休めユダの方へと向き直る。
「いえ、持っているだけならオラ達がします」
「だな〜。力がぎょうさん要る仕事でねぇなら出来るだよ」
 作業を手伝っていた村人2人が身軽に立ち上がりユダへと走る。
「そうか、すまんな。ではしばらくの間支えていてくれ」
 ユダは柱を村人達に託すと少し離れた場所にある柱へと移動する。
「宜しくお願いします」
 丁寧にレオンハルトも言い、荷下ろしの作業に戻る。
「こうやって覆ってやれば梅の花も痛めないし、守ってやれるよね」
 骨組みの柱を充分に梅の根元から離れた場所に立て、気まぐれを紡ぐ蒼・カノン(a39006)は上を仰ぎ見た。大きく枝を広げた梅の、その楚々とした可憐な花が目に飛び込んでくる。梅の花は、カノンにとってはただの花ではなかった。慕わしい人を思い起こさせる大切な花だ。その梅を敵の鱗粉から守るため、防護策が講じられているのだ。
「あの……オラ達でも何か手伝えることがあるでしょうか?」
「どうにも気になって、他にも仕事はあるんだけど手につかないです」
 また2人、村人達が梅林へとやってきた。
「是非、よろしければ手を貸して下さい。僕達だけでは相当時間がかかってしまいそうなんです」
 おずおずとやってきた村人達に銀水晶の契り・ネオン(a41523)は嬉しそうな笑顔を向ける。今夜にも敵が現れるかもしれないのだ。人手は多い方が作業がはかどって良い。
「わかりました。で、何をすれば良いだか?」
「オラたち、なんでもしますだよ」
「わかりました。えっと、ユダ様! またお二人手を貸してくださるそうです」
 ネオンは村人達にうなずき、ユダへと大きな声を出す。
「この柱を支えていてくれ。俺は隣り合う柱と柱に木を渡して布を張る骨組みを作ってしまいたいんだ」
 美しい梅の花とその枝を防護の布が痛めたりしないよう、充分に間隔をあけて土台作りをしたいのだ。
「わかりました」
 村人達はネオンに会釈をすると、とても嬉しそうにユダがいる方へと走っていった。村の大切な財産である梅林を守る、その為に何か出来ることが嬉しいのだろう。人は守られるだけでは弱く無気力になってしまう。出来ることをする喜び……それが村人達を輝かせているのかもしれない。
「出来上がったところから布を掛けていきましょうか?」
 荷から取り出した大きな布を手にしたレオンハルトは、梅の花をうっとりと見つめていたカノンにそっと声を掛ける。
「そ、そうだな。これだけ大きな布ならそこそこ力も要るだろうし、俺達だけでやってしまう方が良いかも知れないな……ネオンもちょっと来てくれ」
 カノンはレオンハルトの布の材質を確かめるため端っこを触ってみる。織りは頑丈で布としては重い方だ。
「はい。向かいます」
 ユダから柱を任されている村人達を微笑ましく見つめていたネオンはカノンに呼ばれると、その長い髪を後ろで1つにまとめ走り出した。

 梅林から東の方角へとゆっくり歩く人影が3つ。彼等は何か捜し物でもしているかのように、地面や道ばたの草むら、木々の枝や根元などを丹念に調べている。
「なんか見つかった? アロン」
 雑草の生い茂る草むらでしゃがみ込んでいた花深月・ユディール(a49229)は、出掛けに『こっちについてきな』と誘った碧水晶の吟遊詩人・アロン(a90180)に声を掛ける。敵が残した鱗粉か、特に元気なく萎れた草花がないか探しているのだ。
「いや、何も」
 アロンは短く答え、立木の幹の向こうから姿を現した。
「えーっとぉ……とても大きな蛾が沢山の鱗粉をまき散らしているのでしたら、その跡があるかと思ったのですけれど……皆、風に飛ばされてしまったのでしょうか?」
 桜灯の斎女・オウカ(a05357)も上品な顔に困った様な表情を浮かべる。
「そうだなぁ……粉、だもんな」
 ユディールは溜め息をつき、わずかにうつむく。その目の端に何かキラリと光るモノが見えた。
「え?」
 あわてて視線を巡らしその光を捕らえようとする。弱々しい淡い緑の葉の表面にほんの僅かに光る部分があった。銀色のごく細かい粉に見える。
「あった!」
「えーっとぉ……あの、もしかしたら見つけたかもしれませんわ」
 ほぼ同時にユディールとオウカが声をあげる。どちらも東へと向かう道の端。オウカは名も無き花の白い花びらに銀の粉を見つけていた。
「ならば蛾はもっと東から来たことになるのか?」
 むっとりとした顔のままアロンがつぶやく。
「そう言うことになる。まだ時間はあるんだ、もうちょっと先に行ってみないか?」
 ユディールが切り出すとオウカもアロンのうなずいた。
「そうですわね。陽が落ちるまではまだ時間がありますわ」
 オウカは長い黒髪を背に払い、そっと伸びをするとまた目線を下げて銀色の鱗粉を探し始めた。

●東風に乗って来襲するモノ
 その夜、目立った羽音もなく感知出来るほどの熱源体でもない大きな黒い蛾は、密やかにそして緩やか、吹き渡る東からの風に乗り梅林へ接近しつつあった。冒険者達は梅林の東側にあるひらけた場所で敵を待ち伏せしていた。この場所ならば村からも梅林からも距離があり、何より草木も少ない。じっと息を殺し敵を待つ。
「ユダ! 来たみたいだ」
「あぁ、来たな」
 オウカの頭上でほんのりと辺りを照らす鈍い光に、敵の姿が闇の中から浮かび上がった。ユディールの声と、そしてユダの声が低く響く。敵との距離は15メートル程だろう。思ったよりも近い。
「鎧の形を変えてきます。皆さん、驚かず鱗粉を防ぐ様な形を思い浮かべてください」
 レオンハルトは低い声でそう仲間達に告げ、己の内に眠る仲間を守りたいと思う心と、その力を抑制するモノを解放する。力はレオンハルトを飛び出し、ユダの丈の長い防具の袖口、襟元が変化する。
「助かる」
 短くユダは言い、レオンハルトに会釈した。
「えーっとぉ……少し敵の姿が見えにくいですわね。わたくし、色を変えてみますので、皆様ご注意下さいませ」
 オウカの頭上で輝く光の輪が藍から明度を増し白い光へと変わっていく。そして、光が照らす範囲の見え方が格段に見やすくなる。
「僕も皆さんの防具に変化をもたらす様働きかけます。先ず、ソプラさんです」
「ボクに?」
 ネオンの力は少し下がり気味の位置にいたソプラの普段よりは露出の低い防具に作用した。腕と首をピッタリと覆い、更に口元までも鎧が伸びている。
「わぁ……思った通りに形が変わるんだね」
 昼寝をして元気いっぱいのソプラは嬉しそうに自分の身体を眺めている。
「引き寄せるぞ」
 形の変化した防具をまとったユダはゆらゆらと漂う様に梅林へ、つまりは冒険者達へと向かってくる蛾の正面に立ち、頭部を激しく光らせる。すると動きを止めることはなく、相変わらずの飛び方ではあったが、巨大な黒い蛾はユダに向かって方向を変える。
 アロンは皆よりも後方に位置し、じっと待機している。
「ユダさんに向かってきましたわね。でも、それはこちらにとって好都合ですのよ」
 ユダの背後にいたブジリットの身体が黒い炎に包まれていく。
「ユディール、蛾を銀狼で抑えられるかな?」
「やってやる!」
 カノンの声が届く頃にはユディールはもう攻撃態勢に入っていた。虚空に紋様が描き出され、そこから銀色に光る狼が現れ巨大な蛾に向かって飛びかかり、牙を剥く。だが、蛾は空中でするりと回避し銀狼の攻撃をかわす。
「俺の吟遊詩人の耳にも聞こえないのんびりした飛び方のくせに、避けるのか?」
 不愉快そうに睨め付け、カノンは敵と仲間達がよく見える後方に位置を移動する。
「ここから先にはボク達が行かせないよ」
 偵察用の遠眼鏡を捨て、ソプラは力を貯める。形を変えた防具の内側の滑らかな身体が暈を増す。筋肉が急速にバンプアップしているのだ。

 蛾はその場でクルクルと旋回を始めた。黒い羽から銀色の鱗粉がまき散らされる。鱗粉は風に乗って辺りに漂っていく。蛾の近くにいたユダ、ブリジット、ユディール、ソプラはなんとなく気持ちが沈んでいく。微妙に風上にいたレオンハルトと、距離を取っていたオウカ、カノン、ネオン、アロンにはまだその影響は出ていない。

「もはや一刻の猶予もありません」
 レオンハルトは味方への『鎧聖降臨』を断念し、頭上に守護天使を喚ぶ。その天使の加護とともに抜きはなった長剣で蛾に斬りかかる。手応えがあった。攻撃を受け蛾は苦しげにもがき、更に鱗粉がまき散らされる。
「えーっとぉ、あの、皆様に歌ですわ。ちょっと恥ずかしいですけれど……」
 オウカの歌が戦場に流れる。楽しげでのどかな、そして元気な歌が響くと沈んでいた仲間達の気持ちがスッと晴れ、冒険者としての戦意と活力が瞬時に戻ってくる。
「ユディールさん、強そうな防具を連想してくださいませ」
「わかった」
 ネオンの言葉とほぼ同時にユディールの荘厳な衣装は更に豪華になり、軽い布は口元をそっと覆う。
「悪いが沈んで貰うぞ」
 ユダは紋様の浮かぶサーベルを素早く振るう。そして生み出された衝撃波は巨大な蛾を襲い、ゾッとするほどの鱗粉をまき散らしながら蛾は地面に落ちていく。
 下がり気味の位置でアロンは『高らかな凱歌』の効果を乗せ歌を歌う。
「わたくしだって攻撃したりできますのよ」
 ブリジットから黒い炎が飛ぶ。それでも地に落ちた蛾はまだ苦しげにもがき動き回っている。
「鱗粉が梅林に飛ぶのはもう許さないんだよ」
 ユディールから放たれた突風が瀕死の蛾を東の方角へと吹き飛ばす。
「具合が悪い人、いない?」
 カノンは後方から叫ぶ。どうやら鱗粉の悪い影響は誰にも顕在していないようだ。
「仕留めるよ」
 巨大な剣を振りかぶりソプラは蛾の中心にそれを振り下ろす。蛾を貫いた剣は大地を穿ち、地面がうねる。更にレオンハルトとユダがだめ押しの様に攻撃をし、強大な蛾は動きを止めた。

「アロンさん、凱歌をありがとうございました」
 ネオンは静かに微笑みながらアロンに礼を言う。
「いや、俺は……」
 もごもごとアロンは口の中でつぶやく。
「村の人、きっと心配しているな。あたし、知らせてくる。あ、アロンもついでだから来い。皆に元気が出る歌でも聞かせてやってくれ」
「わかった」
 ユディールが走り出すと、少し遅れてアロンも追って行く。
「あ、ボクも行くよ。ネネコ婆にお餅焼いて貰う約束なんだよ」
 ソプラも2人の後を追って村へと駆け戻っていく。

「えーっとぉ……被害はなさそうですわ」
 梅林まで戻ったオウカは布を取り去り、梅の枝や花を丹念に調べた後でそう言った。
「よかったですわ」
 ブリジットも安堵したように微笑む。
「村の楽しみが戻って何よりだな。この布は無粋だが明日にでも取り払って貰おう」
 ユダも口元に笑みを浮かべる。
「それは私も手伝いましょう」
 レオンハルトは召喚獣をねぎらうように撫でそう言った。

「あの梅林の梅……一枝だけでも分けて貰えないかな。明日にでも聞いてみよう」
 カノンはそっとつぶやいた。梅の花はただ静かに咲き典雅な香りを今夜も辺りに漂わせていた。


マスター:蒼紅深 紹介ページ
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作成日:2007/02/13
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