海の見える場所、それは暖かな



<オープニング>


「先日は大変世話になったね。さて、忘れない内に約束を果たそうとの事で、君達を案内にやって来たのだが」
 相も変わらず上品ないでたちの紺碧の子爵は、それが酒場であろうと貴族のサロンであろうと変わりないであろう振る舞いを見せる。ひそやかに浮かべた笑みは薄い唇だけが形作り、視線は伏せられたまま。鮮やかな蒼の外套に、胸元に当てられた手袋の白さが際立つ。
「わざわざご足労頂き恐縮です、子爵」
 黒縁の眼鏡の奥で、珍しくも紫石英の瞳が伏せられた。礼を取る男の霊鎖が重たげな音を鳴らす。
「頭を上げるのだね、霊査士殿。君達に敬われようとは思ってはいないよ。……話が逸れたね。今回はとある若君のお誘いで、温泉地へ招待となる。すぐ傍に海が見える、風光明媚な場所だ」
「まあ、素敵ですわ。どんな事が出来るのでしょうかしら」
 マリーティアが華やいだ声を上げると、ロランは朗々たる声で如何にすばらしいかを説く。
「紺碧の海が広がる砂浜は白く、流れ着くものは異国を思わせるだろう。乙女の指先のような可憐な桜貝や、美しい螺旋を描く淑女のドレスの如き貝殻は良い思い出となる。
 流れ込む温泉は乳白色で美容に良いとされ、近隣の名だたる淑女は、この湯を使わねば気が済まぬとも言われているね。美人の湯、と称されて多くの人々に愛好されている。神経を安らげ、疲労にも効くので男性にも良いだろう。何も美容は女性のものだけと限らないしね。
 街は源泉に近い為か冬も暖かく過ごし易い。少し軽めのコートを用意しては如何かな?
 ホテルは小規模から大規模、瀟洒なものから華やかなものまで、旅人を飽きさせぬだけの質と特色があり、また、美食を旨とする貴族が認めるレストランも揃っている……為か、保養に出掛けると、長の逗留になってしまう方が多いとさえ言われている。
 私が知るのは、こんなものだね」
 滔々と流れる説明は淀みなく、彼の美声もあってかとても耳に心地よい。
「美味しいものかぁ……」
 作るのも食べるのも好きなミントレットは、レストランのくだりでどこか夢見るような顔をした。街を食べ歩く想像でもしたのだろうか。
「確か……温泉付きのホテルにはリラクゼーション効果の高い、海草パックがあるのですわよね? わたくし以前から試してみたかったものですの。マッサージも気持ちよさそうですし、それにとってもお肌にも良いと聞きますわ。足腰を痛めた際など、治療にも使われるものだとか……」
 説明を聞いていて思い当たったのか、マリーティアが手を打ち合わせんばかりにして力説する。女の子としては美容やダイエット効果を狙えるそれは、とてつもない目玉になるのだろう。ロランはイケメンな顔に少しばかり人間味のある笑みを浮かべた。
「それぞれ、思いつく侭に豊かな休日を過ごせば、若君も喜ばれるだろう。案内は……紫石英の霊査士殿にでも任せようか」
「承りましょう。私も温泉には目がないもので、非常に楽しみです」
 優雅とすら見える笑みを湛えた霊査士は、黒のフロックコート姿の背を伸ばし、白手袋に包まれた手をすと上げると、胸元にそれを置く。畏まるなと言われるがまま、返すは緩やかな目礼。
「結構。では諸君、豊かな休日を過ごしたまえ」
 そう言って胸元に白手袋に包まれた手を当てた青年子爵は、優雅に外套を翻すと立ち去っていった。

「ら、ラクリマさん?」
 普段見た試しのないラクリマの丁寧な物腰に、奇妙なものを見る目でミントレットが声を掛ける。
「ん、何だ?」
 子爵の姿が消えると共にころっと元の調子に戻り、声に振り返るといつものさばさばした口調でラクリマは首を傾げた。
「な、なんでもないかも……? それより、温泉に行くの? 美味しいものもあるんだよね」
 ミントレットは納得いかない素振りでひとつ首を捻ったが、何とも言えない気分を吹き飛ばすように好奇心満載の様子で続ける。この分だと誘わずとも付いてきそうだ。
「わたくしも念願の海草パックですわ。最近環境の変化でお肌が荒れていないか心配でしたの」
 マリーティアも決定済みの調子でそれに続き、弾むような口調で顔を綻ばせる。
「俺も温泉でゆっくりしたいし、渡りに船ってとこかねぇ……って訳だ。お前らも一緒に羽根伸ばしに行くか?」
 聞くともなしに耳に入っていた会話をラクリマに振られ、冒険者達は顔を見合わせた。海で、温泉で、レストラン? ……何だか盛りだくさんだ。
「新婚旅行にも良く使われるセレブ御用達の観光地って話だぞ。いつぞやで纏まったカップルなんかは、丁度いい時期だろうなぁ……あ、いや? 俺は別にウラヤマシクナンテアリマセンヨ?」
 何故か奇妙な口調で言いながら目を泳がせているラクリマは放っておいて。
 いつの間に集ったのか、マリーティアは子爵より渡された色鮮やかな観光案内を手に娘達と華やかな声をあげ、ミントレットはミントレットで、食べ歩きマップを作る勢いで案内図とグルメ本を手にああだこうだと舌の肥えた冒険者達と共にどう巡ろうか相談している。
 そんな熱気にぽつねんと残された霊査士はやさぐれながらも、手帳を片手に宿を確保すべく、この旅行に同行する者の名を連ねていくのだった。

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参加者
NPC:白夜を渡る紫石英の霊査士・ラクリマ(a90340)



<リプレイ>

●春を待つ海辺へ
 波音が耳を優しく擽る。
 ウミネコの鳴き声がどこか遠くから聞こえて、雄大に広がる海は、空を映し込むように紺碧に輝いていた。
「海、綺麗だな! なんか癒されるよなぁ」
「ええ……しかし思ったより風が冷とうございますね」
 明るい声を上げるディートリッヒの肩に、そっとヨルゲンがショールを掛ける。感謝の意を伝える笑み含んだ瞳に笑みが返され。
 まるで旅人を歓迎するかのように海は凪いでいた。深い青色は白波を乗せ、寄せては返し、悠久と営みを繰り返す。
「少し寒いですね?」
「そうだなぁ……どうした? 風除けぐらいにはなってやるぞ」
 潮風に寒さを覚えたか、ゼソラがラクリマへと擦り寄る。意外としっかりした腕に掴まって、ゼソラはふふと楽しげに笑みを浮かべた。
 春を間近に控えたとはいえ、まだまだ肌寒い季節。こんな時は一際にぬくもりが恋しい。
「大丈夫? 寒くないですか?」
「えと、なんだかこうやってのんびりするの久しぶりですね……」
 ビルフォードの言葉に頷くルルナ。すと差し出された手に逡巡していると、腕に抱いた黒猫が勇気付けるようにてしてしと胸元を叩く。それに押されるかのようにおずおずと触れた指先が優しく包まれた。絆を確かめるように、互いにしっかり握り合わせた手。
 陽光に照らされた砂浜はまばゆい程に白く輝いている。足跡は打ち寄せられる波に消えても、心には優しく思い出を刻む。
 白い砂浜に、点々と座り込む姿があった。思い出を拾うように砂を掻き、あるいは腕を放り出して一面に広がる青い空と海を眺め。それぞれおだやかな時間を楽しむよう。
「実は俺、海は好きなんだけど泳げないんだよね……」
 貝殻を拾いながらサレットが呟いた言葉に、ルーリエが首をかしげた。
「そう……ですか? 私、海……初めて見た……です」
 その広さに感動したように海を見つめるルーリエが可愛く見えて、サレットは微笑む。ずっとこうして、同じ時間を過ごせたらいい。
 同じ頃、エルリオンのリュートの音が海辺に静かに響いていた。隣に座るメルエは、そのやさしげな音に耳を澄ませる。
「メルエさん、楽しいですか?」
「うん。エルリオンと一緒に過ごす時間は、いつも楽しいよ」
 今を大事に、そしてこれからも共に。交わす笑顔がいつまでも側にあるようにと、触れ合う肩の温もりに思う。
『今年は誤字返上』 拾った小枝で砂にでかでかと書き記し、満足げに微笑むリィナールははたと気付く。
(「ここに書いたら波に消されるんじゃ……」)
「あああ〜っ!」
 無常にも、波はすべてを洗い流す。やけになってリィナールは何度も砂に今年の目標を書いた。
「あれ、今リィナールさんの声が聞こえたような……しかし寂しいなぁ。ふ、ふ、ふ」
 ファックション!!! と盛大なくしゃみをして、寂しげに砂の城を築くキズス。誰か誘えばよかったなぁ。いまさらながらに思いつつ、寒々しい海辺にて絶賛ひとり。
 同じ城を作るでも、グリューネとサクヤの二人はきゃっきゃとはしゃいで楽しそうだった。拾った貝で飾り付けして。
「できたぁ♪ サクヤちゃん、大丈夫? 寒くない?」
 邪魔にならないよう長い髪をシニヨンに結ったグリューネが問う。
「へ、へいき、なのっ」
 冷たい潮風に手足を晒しぶるぶる震えるサクヤは、何と気合を入れてピンクのワンピース水着姿だった。海ときたら水着と用意したものの、少々早かったか。
 くしゅん。可愛らしいくしゃみが複数上がった。
 声の主はサクヤの他に、水着姿で張り切るミカとヴィクトリアである。海辺で追いかけっこや水遊びをしたらすっかり冷えてしまったようだ。
「リア、海の水って気分で色が変わるんだよ」
「まあ、本当? それにしても何て楽しいのかしら。素敵な思い出をありがとう、ミカ」
 ある事無い事色々教え込まれ、その度いちいち素直に驚いて見せるヴィクトリアが愛しくて、ミカは微笑んだ。
「よし、出来たぜっ!! これが私の新曲だ!!」
 じゃかじゃん。陽気なギターの音が響いたと思えば、グリューヴルムがひとり海辺でコンサート。その歌声は慣れない曲のせいか微妙に調子外れであった。
「にゃ!?」
 愛猫の白い尻尾が抗議のようにぱたぱた忙しなく足元を打つ。折角のお昼寝を邪魔されて少々機嫌が悪そうだ。
「……何やってらっしゃるんでしょう」
 あちこちから聞こえる賑やかな声に首をかしげるハルヒは、初めて嗅ぐ海の匂いを楽しんでいた。ふとした興味に指先をつけると、思わぬ塩気に目を見張る。
「本当に塩辛いんだ……」

 その日、明るい浜辺にはいつまでも、笑い声が響いていた。

●スパとタラソでリゾート気分
 混浴は岩風呂を模した野趣溢れる露天であった。海が近くに見えるのもあって、開放的な気分が味わえる。周囲の目もあって水着を着けての入浴となるが、家族連れや恋人同士には概ね好評のようであった。乳白色のお湯をかき混ぜ、ウィンは久しぶりの温泉に気分よさげに目を細めている。
「調子はどうじゃ?」
「大丈夫。心配してくれて、ありがと」
 湯気のたちのぼる空間で、コハクとアラクナが肩を並べて浸かっていた。快気祝いと洒落込んでみたが、二人で過ごせればそれだけで満足だと、交し合う笑顔で確認し。暖かなお湯にのんびり気も解れ、幸せな気分を満喫する。
 温泉とホテルの境では、ふかふかの絨毯を踏みしめて温まった体を解しに向かう姿があった。
「タラソテラピーというのはどうやるんだい?」
 疲労回復にもなるだろうし、興味があるから一度受けてみたいのだというフィオの質問に『一緒に参りましょうか』 と、マリーティアはおっとり頷いて案内して見せる。
「カレンさん、タラソテラピーって知ってるの?」
「ええ。聞いたことがあるだけですが……レナートさんも試してみます?」
 レナートの疑問にカレンが知識を披露する。タラソは海を意味し、テラピーは治療の意。ここでは主に海草パックを指しているようだ。二人がリラクゼーションスペースとしても開放されている一角へ足を進めると、そこには潮の香りの混じる、独特の匂いがただよっていた。観葉植物や籐製のカウチなどが置かれ、南国風に調えられている。
「ああん、若返るのですぅ」
 アカネは寝台に背を向けて寝そべりながら、ご機嫌な様子で海草パックを受けている。パックの効能もさることながら、マッサージが大変心地よい。全身を揉み解されているとついつい眠気に誘われそうだ。施療の為肌を露出する関係か、背の高い木製の衝立を目隠しにしており、それを挟んでさまざまな声が聞こえた。
「尻尾もふさふさになれー」
 マッサージの心地よさにかすっかり緩んだマリアの声に、ユキノシンは思わず微笑む。身も心もつやつや、ついでに尻尾もふかふかに。ご機嫌なマリアに海草入り泥パックを分けて貰ったユキノシンは、服を着替えると丁度通りかかったラクリマを捕まえ、にこっと微笑んだ。
「なぁ、若返ってみぃひん?」
「ん? ああ、タラソなぁ」
 暢気に頷いた霊査士は、娘に眼鏡を取られ、泥パックを塗りつけられて驚いた顔をした。それを見たユキノシンは思わず笑い声を上げた。
 同性ならではの気安さで、寝台の間の衝立を取り払い、互いの顔を見ながら話し合っている娘達がいる。
「エステってすっごい至福の時よねー」
 マッサージを受けながら、ロゼッタが上げた満足げな声に娘一同は揃って頷いた。お姫様気分というか、隅々まで磨かれていく感覚は一度ハマるとたまらないものがある。
「ふふ、こうしてお話しながら過ごす休日も素敵ですわ」
 マリーティアも夢見心地に目を閉じて、微笑んで。楽しみを共有出来る相手がいるのは幸せな事だと思う。
「私、森育ちですから、海の見える温泉楽しみにして来たんです」
 三つ編みを解いたセライアが、緩やかに流れる長髪を気にするように指に絡めて言うと、髪を纏めて三つ編みにしたマリーティアがまあと声を上げる。どうやら気分転換に髪型を交換してみたようだ。
「わたくしは海の近くで育ちましたから、森の方が興味がありますわ」
「うむ、森の温泉というのも趣きがあるな。それにしても、普段から気をつけているが滞りがちでな」
 イルイはたっぷりの栄養を与えられた肌へ満足そうに指を添え、メンテナンスも大事だともっともな事を言った。

 温泉やパックですっかり寛いだ人々は、のんびりした休日を心行くまで味わう。

●夜は少し豪勢な
 街はほんのり温泉の匂いが漂っているようで、不思議と寒さが緩和されているような、穏やかな温もりに包まれていた。町並みは整えられ、石畳の敷かれた道は整備が行き届いている。流石はセレブ御用達といった処か。
「ドレスコードありとはまた堅苦しいな」
 ガルスタが武器を置いてきた為か腰の辺りが妙に軽く感じられて手持ち無沙汰な顔をしていると、物珍しげに周囲を見ている青年の姿を見つける。
「高級リゾートなどあまり縁がありませんから、少しばかり見学をと」
 少々財政面で苦しいらしいエルサイドはそう言って苦笑する。立ち話をしているとミントレットが手製のグルメマップを手にやって来て、二人の予定を聞いた。ガルスタは何件か回るつもりだと言い、エルサイドは菓子店を探しているのだと言うと、『それならシェアして色々食べ歩きませんか』 と提案される。
 三人で食べ歩いた所、この辺りでは魚介類を使った郷土料理が中心のようだ。店のグレードによってはカジュアルな格好でも入れる場所もあった。昼間から開いている店などがそれで、ガルスタお勧めの鱈や鯛なども新鮮で美味いが、創作料理を扱う店などでは、海草を使ったヘルシー料理なども食べられてなかなか面白い。いくつかを回り、夕刻からは格式の高い場所にも行って見ようかと相談していると、外も随分と暗くなっていた。
 夜になり、灯りが点りだすと、街の雰囲気もより豪華なものとなる。典雅な音楽が街のあちこちから聞こえ、夜毎開かれるパーティへ向かう豪華なノソリン車とすれ違い。
 飴色のカウンターの止まり木には、酒を嗜む男達の姿があった。かすかに香るシガーの苦味に、馥郁たる酒精の香気が紛れ、独特の重みが空間にただよう。
「今日はお疲れ様」
 真紅のカクテルドレスで装ったペテネーラのねぎらいに、ラクリマはグラスを掲げて笑って見せる。確かに色々あった一日であったが、すれ違う明るい笑顔を思い浮かべると、良い一日であったとも思う。気紛れに語り、時に沈黙し。グラスの中身がゆっくり減る毎に紡ぐ言葉は親しげになる。酒の席とは、そういうものだ。
 『忘れ物よ』 と頬に触れた唇が笑みを形作っていたならば、今宵は良い眠りへと就けるだろう。
 シャンデリアの輝くレストランは、予約席で埋まる程の賑わいを見せていた。ささやかに笑み含んだ声が交わされ、あちこちで澄んだ音を立てグラスが合わさる。それはまるで穏やかな音楽のような優雅さで。
 タキシード姿のヒースクリフは、恋人の訪れを待っていた。ふと手元が翳るのに顔を上げると、そこには赤いドレスの美女が立っている。
「ビックリした……?」
 大人っぽくドレスアップしたルルイの姿に、ヒースクリフは思わず言葉を失い。そしてふと笑みを戻すと、おどけて言った。
「改めて口説き直していいかな? 美人を口説くのは男の義務なんだ」

 温泉地の一日の終わりは、優雅な楽の音とともに更けていく。今宵見る夢は、きっと幸せなものとなるだろう。


マスター:砂伯茶由 紹介ページ
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参加者:34人
作成日:2007/03/18
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