春の日向の桜と猫



<オープニング>


 曙の空を思わせる彩りの花弁が舞い散る場所。
 なだらかな道を進み行くと、海に程近い丘の上で雅な桜の大樹が見付かる。
 暖かな風のそよぐ日向は既に春の色に染められている。遠く薫る潮風が運ぶ、何処か儚げな、淡く甘い桜の香りは郷愁の想いにも似て懐かしい。特に開花時期の早い丘の上の桜は、今年既に、今が旬と呼べるほど美しく鮮やかに咲き誇っていた。
 艶やかな光景は麗しさばかりで終わらず、必然的に和やかさを持つ。
 何かと言えば一年前も二年前も変わらず、その丘の上には何故だか、「にゃー」だとか「みゃー」だとか愛らしく泣きながら飛び跳ね転がる猫の群れがにゃごにゃごと存在し続けているのだ。

「今年もまた、あの桜の花を見に行きたいなあって思うのです」
 深雪の優艶・フラジィル(a90222)は大真面目な顔をして切り出した。
「今年もまた、御弁当代わりに一緒に行ってくださる皆さんの分も、ジルは桜餅を作っていくつもりだったりします。……あ、個人的にはお餅を包んだ葉っぱごと食べて頂けると嬉しいです。その葉っぱが特製桜餅の重要なポイントなのです♪」
 そもそも、その桜の木を冒険者が知るに至った理由こそが「その桜の木の葉は桜餅に向いている」と言う評判にあるのだ。ちなみに、彼女が作るのはぶつぶつした餅生地が特徴的な桜餅である。
「今年もまたまた、その桜の木のところには凄い数の猫さんが居るはずなのです。単独で先行したり何かすると、大量の人懐っこい猫さん津波に押し潰されかねない感じなのです!」
 桜の花弁で栞なんて作って思い出にするのも素敵かも知れません、とフラジィルは閃いたように言い足した。猫さんは沢山居ますから、運命の出逢いがあれば連れ帰ってあげるのも素敵なことだろうとも続けて紡ぐ。
「だから、えっと、宜しければなんですけども……今年も猫さんたちと一緒に皆で、綺麗な桜の木の下に座って桜餅を食べて、お花見大宴会しちゃいましょう!」
 とてもハッピーな一日になると思うのです、と彼女は妙に大真面目に主張している。
「皆で集まるのって、楽しいですもん。だから、是非是非なのです♪」
 えへー、と腑抜けた顔で笑ってフラジィルは強請るように首を傾げた。

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参加者
NPC:深雪の優艶・フラジィル(a90222)



<リプレイ>

●押し寄せる猫の波
 ある春の日の出来事である。
「か、かわいいーっ!」
 感極まった声が響く。マライアは赤い瞳を輝かせ、「ねこ! ねこ!」と叫びながら猫の波に呑まれて行った。警報の発令を知りながらも、一部の人は退くことの出来ない生き物である。意図せず足早に桜の丘へ向かいながら、猫を視界に入れた瞬間、レナータもまた津波に向けて突進した。
「え、いや、本当に潰されっ……!?」
 にゃあにゃあと絡み付いてくる猫の下にジェフの姿が消えて行く。被害者の姿にサリエルは凍り付き、迂闊な行動は死を招くのだと胆を冷やしつつ、荷物の中から餌を出そうとする手を止められなかった。クレキャントも寧ろ積極的に猫たちに近付いている。円らな瞳たちに見詰められ、誘われるままにプラチナも猫の海へ飛び込んだ。
「私と共に……歩んでは、頂けませんでしょうか?」
 プロポーズ染みた囁きと共に、ダヤラムは早速、緑の瞳を持つしなやかな黒猫を見初めている。猫目当てで参加したラークや、気合を篭めて拳を握るミキなど冒険者たちは続々と丘へ辿り着いた。此処で眠れば幸せだろうなと感嘆の息を吐くラスの横で、マリアは頬が緩んで仕方ないらしい笑顔で猫に話し掛けている。
「なんて、綺麗……」
 茫然と溜息を吐き、リクリスは桜の美しさに見惚れた。春の温もりを湛える場に座り込み、脚に触れた暖かさに目を落とすと、大きな紫の眼が此方をじっと見上げている。優しげな潮風は、ラティメリアに故郷を思わせた。あしらおうとする彼女の指先を避けて擦り寄って来た一匹の猫に、仕方ないような心地で目を落とす。
 猫と戯れながら、ユズリアは連れに目を戻し少しばかり心配そうに目を伏せた。漆黒の髪に咲いた白い花と留まる蝶の飾りに触れて、シルフィードは「……似合ってる」と一言だけを紡いだ。猫を連れ帰って良いと母親から許可を貰えたハルピュイアは、嬉しそうに銀色の尻尾を振りながら猫の輪に混じる。アルトリーゼも服の丈の短さを気にせず、猫の視線で遊んでいた。
 弁当箱に菓子箱に猫じゃらしと完璧な備えで丘に立ち、オウカは変わらぬ光景にふんわりと笑みを浮かべる。カミホも皆に飲み物が行き渡るよう、大量の荷物を抱えていた。深雪の優艶・フラジィル(a90222)を手伝っていたルラは、一息吐こうと桜の根元に腰を下ろし、噂の特製桜餅へ手を伸ばす。「美味しい」と頬を緩める彼女の横でフラジィルも桜餅を齧り、エルクルードも一仕事終えた後の充実感と共に優しい甘みと程良い塩味を味わっていた。
「にゃんこー!」
「ほぶっ」
 挨拶代わりに抱き締められてフラジィルが奇声をあげる。
「フラジィルさん猫っぽいですし、折角ですから」
 親切に理由を解説すると、ゼソラは全身全霊をかけて猫と戯れるべく旅立った。混沌とし始めた周囲に緊張しながら、シエンは大きな根元に腰掛けたまま、青空を背景にひらひら零れる桜の花弁を見上げている。春が来たのだと肌で感じて、胸が何だか暖かくなった。

●休日の楽しみ方
「さあ、猫ちゃんたち。どっからでも掛かってらっしゃ」
 言葉の途中でイングリドは猫に埋もれる。しかし服は爪が引っ掛かっても構わないものを選び、髪もバンダナで確りと纏めてあるから問題は無い。桜餅を齧っていたブラッドは、誰かに似ている灰色癖毛の猫を見詰めて動かない。何やら一目惚れしたらしい。
 猫の群れに出会うのも三度目かと思えば感慨深いものだ。猫たちは妙に飼い主を小馬鹿にした態度を取っているような気がしなくも無いが、可愛いので仕方が無いとガルは諦めた。眠る白猫の背を撫でながら、この子とは去年此処で会ったのだとリリーナが語る。同様に一年前出会った仔猫たちの遊ぶ様を見つつ、心和む風景にリムは目を細めた。きっと自身の大切な猫も新たな友人を見つけることが出来るだろうと信じ、オキは小さな笑みを零す。
 ティエンは尻尾の先だけが黒い白猫を頭に乗せ、足取りを楽しげに弾ませた。一方、丸い物体を持ち上げたフィードは、座布団の正体にはたと気付く。全く動じない猫に戦慄しつつ、枕にすると気持ち良さそうだと誘惑も感じた。
 人波と猫波の中から漸くフラジィルを見付けたシュナは、元気良く駆け出して唐突に急停止する。視界の端に映った猫に目を奪われた。桜餅を食べ終えたスノゥは、自信作のクッキーを砕いて差し出し、猫の機嫌を伺っている。ガルスタは塩漬けされた桜の葉を見詰めて幸せを感じた。桜は美しく猫は可愛らしく、更に旨い桜餅もあるのだ。
「ぽかぽかしていて良い気持ちですね」
 猫もジルさんも可愛いですし、と微笑んで緑茶の水筒を差し出すロスクヴァの背後では黒い小鳥が猫に激しくじゃれ付かれている。フラジィルは共に在れることを喜ぶように微笑んで、楽しい休日を満喫していた。
「はい、あーん☆」
「……」
 一年越しの想いに根負けしてか、霊査士は悩んだ末に差し出された一口サイズの桜餅を齧る。指先で口の中に押し込んで咀嚼する彼女を見、エンは勝利に歓喜した。桜を眺めながら桜餅を食べ終えたエイジの隣に座りながら、トキは彼の誘いを嬉しく思う。沢山の猫に囲まれ、嬉しくて堪らない。
「此処って本当、良いところですよね」
 膝の上の猫を撫でながらソウセイが言うと、来て良かった、とトリイは微笑んで頷いた。猫たちに邪魔されながらも何とか花見団子を食べているソラを見て、イオンは白猫の首にピンク色の鈴付きリボンを巻きながら、「最近頑張ってるみたいだけど、無理は駄目だよ?」と心配そうに声を掛ける。
 グリューヴルムは、何故沢山の猫が集まったのか、と今更ながら疑問を感じた。白い日傘を差しながら穏やかに寛いでいたルイのもとへも、大きな猫がのそのそと寄って来る。反対にシャオリィは寄って来なかった仔猫のもとへ近付いて、未だ上手く鳴けないほど幼い身体を抱き上げた。
「桜って初めて見たゼ。すげぇ……霞みてぇだな〜」
 まるで雪のようだと感動する弟を見、ナツルォは情操教育計画の成功を感じていた。そもそも猫は引き取らぬつもりの彼だが、弟に似た色をした余りにもブサイクな猫を見付けて思わず捕獲してしまう。同様にバメルガも暴れるデブ猫を抱えながら、教わった通りに葉ごと桜餅を食べた。平和な時間に幸せを感じて、二人は和やかに桜を見上げる。

●淡い桜の咲いた丘
「はぁ〜ん、幸せだべーぇ……」
 心の底から安らいだ声を出したウタは、猫を見定め、懐柔に取り掛かった。サイカは枝の上で震えている黒猫を見つけ、救出のため慎重に木登りを開始する。ユエは持参したミルクを仔猫に御馳走した後、自分と揃いの赤いリボンを括った。
 寛いでいたレナートは、空になった湯飲み茶碗に頭を嵌めたまま、転がって行く仔猫を救助する。此方を見詰めてくる青い瞳の黒猫を見返し、ニコラシカは眠たげに目を伏せながら懐かしそうに微笑んだ。彼女に寄り掛かり転寝を始めるフォーティアのもとでは、一匹の仔猫がゆらゆら尻尾を揺らしている。二人に優しくストールを掛けたところで、オリヴィエは膝の上に居座る三毛猫に気が付いた。その傍に青灰色の毛並みを持つ小柄な猫を発見し、無垢な瞳と目が合った瞬間、ファリアスの心が射止められる。「捕獲捕獲!」と思わず声を上げながら即座に両の手を伸ばした。
 静かな場所で花見がしたいと考えたミーヤは、猫だかりから離れるように移動している。マゼンダも輪の端の方で休憩し、気紛れで自由な行動を慈しむような眼差しを猫たちに向け、心が癒され行くのを感じていた。いつか愛する人と二人だけで花見をしたいと思うシズナの隣に座ったデュナへ微笑み、桜より此方の花に見惚れてしまう、とクロウが囁く。彼女は照れたように頬を染め、今日は時間を忘れてしまおうと心を緩めた。
 ルシアは寂しさを紛らわすように猫を抱き締める。その猫は何処と無く、想い人と似た雰囲気を持っていた。舞う花弁の美しさに逢えない日々のもどかしさが解れる。フィラは恋人を想いながら、白い仔猫を愛でていた。ニヴィアは猫と共に日向ぼっこを楽しみながら鼻歌を歌い、美味しい桜餅を食べながら桜を見上げて休暇を満喫する。
「可愛がる猫は一匹と決めていますから、本日の誘いには全く気が乗りません」
 エテルノは珍しい仏頂面で不平を申し立てたが結局は折れ、丘まで足を運んでいる。猫は厭われても、桜ならば良いだろうとイグニースは肩を竦めて笑って見せた。命を謳歌する様は美しく、目の保養となる。アニエスは人懐こい猫の背を撫で、「僕が居なくなったら生きていけなくなっちゃうくらい、甘やかすんだ」と睫毛を伏せた。寂しい訳では無いと言い訳する彼に、エテルノは「身につまされる話です」と重きを置かない口調の割りに溜息も吐く。
 兎を頭上に避難させている彼女を見、エコーズは照れたように苦笑した。片手には紅茶、片手には桜餅を持ったキニーネは突然の反応に慌てる他無い。そんな彼女の素振りを見ているだけでも心が和むようで、何故か酷く落ち着く。独りで居ることには慣れていたろうに、と考えながらも抱く想いを煩わしいとは思えない。
 仄かな香りに溺れ、フォーナは幹へ身を預けた。夜桜を思わせる守り袋を見詰めるうち、張り詰めた糸が切れるように、ぽろりと涙が零れて落ちる。離れてから漸く自覚した想いが胸を刺すようで、霞み行く花の美しささえ、ひとりのことばかりを思わせた。ティオの胸に蟠る靄は、桜に少しずつ溶かされて行く。訪れた価値を噛み締める彼女の足元に、黒い猫が擦り寄った。

●春の暖かな日向
 桜色の天蓋に包まれた暖かい空間で、リレィシァは跳ねるように仔猫とじゃれ合う。銀色の毛並みを撫でながら、優しい睡魔に誘われて、ジンの膝に転がった。仔猫がまた一匹増えたように思え、自然と唇が笑みを刻む。見上げた花弁は世界に降り積もるようで、隙間に覗く空の青さも愛おしい。
「実はですね……桜餅って少し苦手だったのです」
 驚いたように頷いて見せるフラジィルに、シアは桜茶を勧め、満面の笑みで言葉を続ける。
「だけど、ジルさんの愛情がたっぷり篭っているからかな。すっかり食べれるようになりました」
 今年用意した桜餅の数は、本人の分を含めて八十一個。リューシャは彼女を労わるように抱き締めて、ふわふわの猫っ毛を撫で、「いつも有難う」と「大好きですよ」の気持ちを伝えた。ぎゅっと抱き返したフラジィルは、何だかとても嬉しかったらしくて、泣いてしまいそうな顔でにっこり笑う。
「フラジィルさんは、猫、お好きなんですの?」
「好きです。犬も、鳥も、ノソリンも、動物は大抵、大好きなのです♪」
 人見知りするらしく隠れようとする臆病な猫を抱えつつ、メイベリーは首を傾げた。桜餅を差し出す代わりに御手製サンドイッチを頂きながら、フラジィルは大きく頷いて答える。ちなみにサンドイッチの主であるエリスが「猫を見ていれば幸せなんだろう」と考えたヨナタンと言えば、寧ろ彼女本人を見てにこにこと幸せそうに微笑んでいる。彼は一年振りの桜餅を喜んで、つぶつぶした食感も、桜の葉も大好物だと語ってくれた。
 傷だらけになって戻って来たペペは、勝利の勲章代わりに同じく傷だらけの猫を掲げる。決闘に次ぐ決闘を繰り広げ、拳で判り合った仲らしい。「オレ、こんなたくさんの人と出かけたのはじめてだ」と彼は楽しげに破顔した。「あまくてしょっぱいさくらもち」も気に行ったようで、友達になった猫へも少し分けてやる。
「貴女の夢を、俺が叶えて差し上げても良いでしょうか」
 巡る季節を知らなげな姿が眩しい。言葉の重みと何れ違える時を知りながら、今と言う時を慈しむようにケネスは問う。思わず瞳を見開いたフラジィルは、時間を掛けてゆっくりと表情を落とした。
「……貴女の夢を俺に下さい。俺はその夢を叶えたい」
 フラジィルは困ったように眉を下げ、ジルで良いんですかねぇ、と妙に老成した溜息を吐く。落ちる視線を誤魔化しながら拒絶では無いと示すように、微か震えた声で言葉を続けた。
「喜ぶのも照れるのも、ずるい気がして。上手な顔が出来ないだけなのですよ」
 彼女の小さな手の甲に、まるで誓うような仕草で、彼はそっと口付ける。
 白い花弁の舞い散る中、ルルナは大好きな黒猫と並んで、ごろりと丘に転がった。頬を擽る柔らかな春が心地良い。綺麗な景色を目蓋に閉じ込めて、身体からも心からも力を抜いた。
 桜の花が美しく咲き誇る場所に訪れた、暖かくて幸せな、とある日の午後。
 人も猫も、春の優しさへ甘えるように癒されて過ごした。


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