エンプレスメイド



<オープニング>


 とあるセイレーンのお屋敷。
 そこにおわすは、四姉妹の令嬢。
 午後の一時、日当りのいい庭に四人集い、お茶とお菓子を頂きながら、姦しく過ごすのが日課。
 今日も四人ケーキを囲み、他愛もない話に花咲かす。
「やっぱり給仕は、若い女性でなくちゃ。その若く素晴らしい感性は、同性である私達が一番よく知っているじゃないの。それに、同性には同性にしか出来ない気遣いや気配りもある」
「あら、同性にしか出来ない気遣いとおっしゃるなら、妙齢の女性とて負けていなくてよ。経験に裏打ちされた気配りには、言い表せぬ安心感がありますわ」
「感性や経験というならば、老成した殿方こそ侮ってはなりません。真摯に一つのことを極めてきたその姿勢は、時に私達を驚かせてくれますのよ」
「若い殿方も宜しいのではなくて? 気配りや気遣いもさること、はつらつとして活力に満ち溢れた姿は、そこに居るだけでも素晴らしいことよ」
「一理ありますわね。でもやはり、私は老成した殿方の魅力を是非お伝えしたいわ」
「あらお姉様。私だって」
「そうだわ、姉上様方。確か、イケメン卿が同盟諸国との交渉に出向いて下さると、ついこの間お話がありましたわね」
「なるほど、そうね。卿にお願いして、選りすぐりの人材を集めて頂きましょう」
「そして、お互いに魅力を披露し合う訳ね?」
「折角だから、お客様も呼んで、おもてなしをするのはいかが? 私達四人だけでは、結局、あれがいいこれがいいと言うだけになってしまうかも知れません」
「流石お姉様。そうね、そうしましょう。それでは早速、イケメン卿をお呼びしましょう」
「きっと、素晴らしいお茶会になりますわ」
 花のように微笑んで、四姉妹はカップを口に含んだ。

 かくして、同盟諸国へと、紺碧の子爵・ロラン(a90363)が寄越される。
「諸君には、とある屋敷の『茶会』にて、給仕を務めて貰いたい」
 給仕……すなわち、メードやボーイ。
 何故そのような? 訝しむ冒険者。その疑問ももっともだといった風に頷いて、ロランは先を続ける。
「普段ならば、その道に長けた者を召集するのだが……なにやら、互いの主張を『競う』意味合いも兼ね備えているようでね」
 かといって、と一息付いて、青い瞳が当たりを見回す。
「公平さを期すことだけを念頭に、何も知らぬ一般人ばかりを集める訳にもいかない。そこで、諸君の……冒険者の出番という訳だ。冒険者ならば場慣れも早いだろうからね。諸君なら『茶会』にも間に合うと、令嬢も考えたのだろう」
 給仕に扮し、客をもてなす。
 ……概要はわかった。
 あとは、具体的になにをするのか。
「令嬢より仰せつかったのは、五つの事柄だ」
 一つ目は、『会場での、お客様への案内対応』。
 二つ目は、『各人に相応しい衣装のコーディネート』
 三つ目は、『お茶をどれだけ美味しく淹れられるか』。
 四つ目は、『美味しいお菓子を作ることが出来るか』。
 五つ目は、『エクストラサービス』
「エクストラサービスは、諸君に考えて貰いたいとのことだ。諸君『らしい』、『ならでは』だと思う趣向で、お客様方をおもてなしして欲しい」
 会場となるのは、令嬢の屋敷の庭。お客様の人数は、およそ五十。男女比は定かではない。
 時刻は、天気のよい午後のティータイム。
 昼食後なので食事は出さず、もっぱら、お菓子を摘んでお茶を飲み、談笑して過ごすのが茶会の主旨だという。
 お客様からのお土産――多くは、衣装や宝飾品である――を、解放した衣裳部屋へと持ち込み、お茶の片手間に身に付けて楽しんだりもするそうだ。
 それぞれの作業に掛ける人数などは、特に指定がない。これもまた、給仕側でより自身に相応しい作業を選んで欲しいということだろう。
 また、今回は特別に、それぞれの給仕の特色や趣向を判り易くするため、庭は十字に横切る石畳の通路を挟んで四区画に別けられている。
「本来の給仕、つまり、屋敷で令嬢に仕えている者達は関与しない。卓の配置なども、諸君が自身の魅力を伝えられるように、自由に行なって貰いたいそうだ」
 なお、食器や卓などの茶会使用する器材は、色・形・大きさ、単純なものから複雑なものまで様々に取り揃えられており、それらは給仕の裁量で自由に使ってもいい。
「但し、五つの仕事の『掛け持ち』はなしだと言っていたよ。茶会の間だけでも『プロフェッショナル』になりきって欲しいのだろう」
 そして、四姉妹令嬢、一番上の姉が希望するのは、『女性給仕』。
 年齢はきっかりと決められていないが、若い女性である事が望ましく、また、令嬢の年齢が二十代であるためか、なるべく歳が近い方がいい、とは言っていたらしい。
「令嬢らは、それぞれの給仕が持つ魅力を、来賓者に伝えたいのだと言っておられた。会場での立ち居振る舞いは無論のこと、諸君の魅力を存分に生かし伝えられることを、祈っているよ」

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参加者
楽風の・ニューラ(a00126)
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
聖水の湖女中・シャワー(a01071)
月のラメント・レム(a35189)
梅東風・ハルヒ(a49748)
踊る子馬亭の看板娘・ニケ(a55406)
明け空の瞳の・サリヤ(a56330)
夢紡・ルーエ(a57153)
桜蘭花・スズカ(a62807)
千変万化の黒狸・ドロレス(a63137)


<リプレイ>

●春の会
 行き交う人の影。
 整備された四区画。意を凝らし準備された会場に、来賓のお客様も目移りするばかり。
「たとえ、女給と言えども依頼は依頼。受けた以上完璧なもてなしをして見せますわ」
 増え始めた人の波の中にあっても、ストライダーの翔剣士・ドロレス(a63137)のストライダーの反応力は、しっかりと新しく到着したお客様を捉える。
「ようこそおいで下さいました」
 メイド服に着けた、水色のリボンと腕章を揺らして歩み寄り、一礼をして中へと導く。
 見えてくる、若草色のテーブルクロス。
「本日は立食形式でご用意致しました」
 会場の中心にお菓子を並べた長方形の卓。周囲には、歓談用の円卓が規則正しく並べられ、それぞれに背もたれのある椅子が三、四脚ずつ。
 菓子卓の端には、黄色のマーガレットと桃色のスイトピー、カスミソウが、ブーケ風にこじんまりと飾られ、明るい緑に統一された会場に彩りを添えていた。
 そして、会場が花ならば、そこを行き交う給仕は蝶。
 桜色を基調としたワンピース。大きなダブルガーゼの襟ぐりは軽やかに、ふわりと優しく膨らんだパフスリーブの肩口が、より柔らかい印象を与える。
 フリルのついたエプロンと足元は清潔感溢れる白でまとめ、機能的な桜色の革靴が緑を踏むたび、襟ぐりと肩口が揺れ、まさに軽やかに舞う蝶といった具合だ。
 まぁ、素敵。
 小さく聴こえた声に好感触を得、聖水の湖女中・シャワー(a01071)は……しっかりとお客様の様子を見て、案内するべき席を決める。
 桜の枝が飾られた円卓。話題が合うように、或いは、見知った顔に気付いた素振りのお客様同士を引き合わせるように。
 俄に。その背に掛かる声。
「フィリングは何かしら?」
「はい、こちらはレアチーズ風味となっております」
 詰まることなく、すらすらとシャワーの口をついて出る言葉。
 何しろ、事前にレシピを見せてもらい、試食までしたのだから。お勧めをするその言動に揺らぎはなく、お客様もまた、そんなシャワーの様子と言葉にしっかりと納得をして、お菓子に手を伸ばす。
「君、衣装室は何処かな」
「こちらになります。どうぞ」
 そうして、ドロレスもまた、導くように歩を進めた。

●蝶と女王
 次々に溜まっていくお土産。
 大粒の宝石、透き通るドレス、花のような帽子。
 土産の気遣いで自身の品格を現そうとでもいうのか、持ち寄られる品はどれも意匠を凝らした――俗な言葉でいうならば、気合の入った――ものばかりだった。
 明け空の瞳の・サリヤ(a56330)はそれらの配置を逐一確認、入れ替わり立ち代りにやってくるお客様に、滞りなく対応していく。
 そして、一際大きな姿見の前に、すっくと立つ影があった。
「素晴らしいわ!」
 やはり、見立てに間違いはなかった。
 実に満足げな表情で、本日サリヤ達が仕えることとなった令嬢その人が立ち上がる。
 その場でくるりと回って見せれば、薔薇のように幾重にも布を重ねたローズピンクのドレスの裾がふわりと舞う。
 薔薇紋様の髪留めも青く瑞々しい髪に映え、日の光を浴びるそれはさながら、水面に揺れる花のよう。
 給仕が蝶なら、その主たる令嬢は、花の精の女王。
 楽風の・ニューラ(a00126)の提案した統一感のあるコーディネイトを、令嬢は痛く気に入ったようだった。
「光栄です」
 笑みを含んで一礼すれば、お客様からも次々上がる褒め言葉。
 と、そこに。
「日除けにお帽子を被りたいのだけれど」
「かしこまりました」
 応じ、改めてサリヤがお客様の出で立ちを確認すれば、少々派手目。
 くっきりした色の、大振りなものが好みなのかと察し、持ち寄られたばかりの品の中に手頃な物があったことを思い出し、早速それをお客様に見せてみる。
「いいわね。どう?」
「はい、よくお似合いです。ですが、少し、ドレスが帽子に負けてしまっているようですね。コサージュをお持ちしますので、少々お待ちくださいませ」
「ええ、宜しくね」
 上機嫌で鏡の前に立つお客様に、令嬢も鼻高々な様子。
 今はここにはいないが……早く庭に出て、妹達に自慢をしたい気分で一杯だった。
 かく言う妹達の給仕も忙しなく動き、それぞれにお客様のコーディネイトを手掛けている。庭と違い、こちらはセットをする部屋自体が一つなので、その距離は近く、各人がどのようにしているのかが特によく見える。
 また、衣装室自体が庭を一望できる二階にあるため、お客様達の動きや表情が良く見えた。
「さすがお嬢様の妹君でいらっしゃいますね、どちらのお客様もお茶を楽しまれておいでです」
 自分のみならず、そんな妹達のことまで褒められて、令嬢は少し驚いたような顔をしたが……すぐに花のように微笑むと、ニューラが衣装に合せて用意した靴を履き、その手を取って立ち上がる。
「ふふ、それなら私も楽しまなくてはね」
「これは此方も腕の振るい甲斐があります、だってお客様を笑顔に出来るのは幸せなことですし、誇りですもの」
「素晴らしい志だわ。では、お庭に出て来ますわね」
「はい。行ってらっしゃいませ」
 柔らかく微笑んで送り出すニューラ。
 帽子のお客様も、サリヤのコーディネイトが気に入ったようで、暫くの間姿身の前を行ったり来たりしては、どうかしらどうかしらと、廊下で待つ連れの男性に声を掛けていたが、やがて、満面の笑みで振り返り。
「とっても気に入ったわ」
「有難う御座います。何か御座いましたらまたいつでもおいでください」
 背にまで垂れる帽子の大きな羽飾りを揺らし、お客様は軽やかな足取りで部屋を後にしていった。

●支える者達
 広い広い厨房。
 動き回るのは、男女合せ、総勢で17名。
「美味しくなって下さいね〜」
 型に入れたタルト台の生地を、数段構えの大きな石釜オーブンに放り込み、優しき慈愛の少女・スズカ(a62807)がおまじないのように言いながら蓋を閉じる。
 入れ違いに出してきたタルト台には、梅東風・ハルヒ(a49748)が既に盛り付けに掛かっていた。
 バターを多めに焼き上げたタルト台はさっくり香ばしく、そこに詰め込まれていくフィリングは、ラム酒を利かせたカスタード。甘過ぎない、程よいフィリングをたっぷりと詰め込んだら、次はベリーの飾り付け。
 ストロベリー、ブルーベリー、ラズベリー、カラントベリー……
 彩り鮮やかな四種のベリー。表面にゼリーを塗れば、それはまるで宝石のように艶やかに瑞々しい輝きを放つ。
 仕上げには、ミントの葉を一枚。
「……これで、よし」
 出来上がった幾つものタルトレットは……まずは、冷暗所に。
 そして、先に作って冷やしておいたタルトレットを交換で取り出し、取り出してきた方を皿に盛り付ける。
 一方のスズカのほうは、チーズのタルトレット作り中。
 レアチーズ風のフィリングは、サワークリームとレモン汁を合せた甘さ控えめ。甘い物に飽きたり、少し苦手だという人にはもって来いだ。
 勿論、甘い物好きな人のニーズにも合せ、別途後から掛けられるフルーツソースも用意してある。
「はう、うっかり摘んでしまいそうですー」
 がまんがまん。
 たっぷりフィリングを詰め込んだタルトレットと、出来たてのフルーツソースを、これまた冷暗所へ。
 戻ってくる頃には、ハルヒが盛り付けを終えていたので、スズカはそれらを菓子の卓へと運ぶ事にした。
「オーブンに入ってるタルト台、お任せしますー」
「ええ……今度は転ばないように気を付けて下さいね?」
「はう」
 釘を刺され、どきっとするスズカ。実は無駄に転ぶ回数が多く……笑顔と頑張りでカバーしてはいるが、既に何度か粗相をしていた。幸いにして、お客様に被害が出るようなことはなかったが。
 給仕服に身を包んだら、今から私はプロフェッショナル。
 そう自分に言い聞かせ、そつなくこなしてきたハルヒとは実に対照的だ。
 盆に追加のタルトを載せ、遂に庭へと繰り出すスズカ。
 ……の横を、別の給仕が駒の付いた台にお菓子を乗せ、運んでいく。
「はう! 私もあれ使えばよかったです〜!」
 後悔先に立たず。しかしながら、無事に辿り着いたスズカは、紅梅色の縁取りがされた小さな白い皿を、丁寧に菓子卓へと並べていった。

 さて一方、もう一つ重要な役所であるのが、お茶の給仕。
 くんくんと……香りを嗅いで茶葉を選ぶのは、勝利の女神・ニケ(a55406)。
「皆さんが幸せな一時を過ごせますように……♪」
 香りが良い高級品よりも、お菓子に合う香り、味のものを。
 温めた茶器を並べるながら、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)の助言と併せニケが選んだのは、超特級のキーマンの茶葉。
 温め置いた茶器に葉を一杯、二杯、ニケが匙で振り入れれば、この瞬間を待っていたかのように沸かし終えた最適な温度の湯を、ラジスラヴァが滞りなく注ぎ入れる。
 開き、跳ね上がる茶葉。
 頃合いにまで茶が出るのを待つ間、ラジスラヴァはお客様に出す茶器と共に、砂糖やフレーバーを盆に揃える。
「お願いしますね。あと……あちらのテーブルの男性に珈琲のお勧めも」
「はいです。行ってくるですよ♪」
 頷き、一式を揃えた盆を手に、庭へ繰り出すニケ。
 あわあわと空いた食器を持ち帰ってきたスズカと入れ違いに、お茶を所望したお客様の元へ。
「お待たせしました」
 一つ一つ丁寧に。盆から茶器を卓へと並べ、十二分に飲み頃なお茶を、カップへと注ぎいれる。
 カップを満たしていく赤茶色。湯気に乗せて湧く香りを、楽しみながら、更に取りおいたお菓子を頬張るお客様達。その脇へ、邪魔にならぬよう、砂糖壷と……レモンの入った小皿を添え置く。
「お砂糖とレモンです。どうぞお使い下さい」
「もし。お砂糖、二つ入れてくださる?」
「かしこまりました」
 事前にニューラが行なったレッスンのお陰で、言葉遣いもばっちり。ニケは日傘を片手に談笑するお客様に言われ、砂糖壷から花模様にカットされた砂糖を二つ、カップの中へ静め、ティースプーンでそっと掻き混ぜる。
「それでは、お楽しみ下さいませ」
 一礼すると、次は、隣の卓の男性の元へ。
「珈琲など、如何でしょう」
「ああ。うん、そうだな、頂くよ」
「お砂糖は御利用なさいますか?」
「いや。ミルクを頼む」
「かしこまりました」
 帰り掛けに別の食器を回収、ニケが厨房に戻ると……既に、ラジスラヴァが、万全な状態で待っていた。
 主な接客は任せ、自分は飲み物を最適な温度で提供できるように準備を徹底する。そして、ニケがお客様に相対している間、会場の状態にも気を配り、お茶やお菓子の減りを見て、お代わりがいるかなど、事細かに気を配る。
 そういった見事な分担によって、飲み物は常に最適な状態で提供されていた。
「ミルクが良いそうです」
「ではこちらをお願いしますね」
 淹れたての珈琲が入ったポットの脇。飲み物が冷めないよう、程よく暖めておいたミルクを添えて、ラジスラヴァが一式を揃えた盆をニケへと託す。
「いちばん美味しい時期を逃しちゃもったいないもんね♪」
 微笑み、再び庭へ繰り出すニケ。少し遅れ、ラジスラヴァは自分も庭へ繰り出すと、空いた食器を回収しながら、会場の様子にしっかりと気を配るのだった。

●エクストラサービス
 それは、若葉色の一角。
 僅かに出来た人だかりに気付いたお客様が、ドロレスを呼び止める。
「何をしているんだい?」
「はい、あちらは、私共の用意したエクストラサービス、『掌マッサージ』で御座います」
「掌?」
 時同じく、呼び止められたシャワーもまた、興味津々で尋ねるお客様に、軽く概要を説明する。
「マッサージと共に、手相占いもしております。興味がおありでしたら、鈴蘭の白のリボンを付けた給仕をお尋ね下さいませ」
 自分の付けた蒲公英のリボンチョーカーを掌でそっと指す。
 シャワーのいう鈴蘭の白を付け、お客様に相対するのは、大福ゴー・レム(a35189)と、夢紡・ルーエ(a57153)であった。

 庭にたおやかに流れる歌声。
 あれは確か、二番目の令嬢の区画……
 けれど、その歌声も、今お相手するお客様には、丁度良いBGMになっているに違いない。
 向かい合わせの椅子。差し出された白い肌。艶やかなお客様の掌に視線を落とし、レムが微笑む。
「ここは肌に良いツボなのです。……既にとてもお綺麗ですから、必要ないかもしれませんけれども」
「まあ」
 痛くないようにと気遣いながらツボを刺激するレムに、お客様もまた嬉しそうに微笑む。
「他には?」
「何かご所望はありますか?」
「そうね……最近、手足が冷たくて困るのだけれど」
「それなら、冷えに効くこちらを」
 位置を変え、冷え性のツボを優しくマッサージするレム。効く効かないはこの場では半信半疑であるが、掌を刺激されるという体験自体が中々珍しいのと、実際それが結構心地よいらしく、他のお客様方が足を止めて興味深げに様子を見守っていた。
「難しいものではありませんから、ご自宅でも試してみては如何でしょう?」
「そうね、帰ったらうちの給仕にやらせてみましょう」
 一方ルーエは、男性のお客様を相手にしていた。
「どうぞ、遠慮なさらずに」
「んむ、宜しく頼むよ」
 何処か年季の入った掌。
 微笑んで手を取ると、ルーエは早速、主に健康面に効くツボをマッサージする。
 ここは肩凝りに、ここは目に……効能の説明に取っ掛かりを得て、世間話に花咲かす。
 そうしてルーエが得たのは、どうやら、仕事に心配事が有るらしいということ。マッサージの手は休めずに、ルーエは暫し掌を眺め。
「今の苦境を乗り越えた先に、良い兆しが見えます。容易なことではないかも知れませんが、どうぞ諦めずに」
「そうか! そうか。そうかぁ……」
 男性は驚いたように身を乗り出し、ルーエの笑顔にはっと我に返ると、再び椅子の背に身を預け、噛み締めるように呟きを漏らしていた。

 時が経つに連れ、噂は広まり。
 一時、末の令嬢の区画での催しに、人をごっそり奪われることもあったが……マッサージを所望するお客様が絶えることはなく。
 何しろ、美容や健康に効くという話には、年頃のお嬢様から年配のご婦人まで、訳隔てなく敏感である。加え、レムもルーエも、占いの内容は良い事、為になる事、悩みを癒すこと等、プラスになることばかり。
 ――かといって、騙しているわけではない。良い内容のみを読みとっている、ただそれだけなのだから。
 人の流れは、ニューラやサリヤの居る衣裳部屋からもよく見えた。
 賑わえど、和やかな庭。
 午後の陽気とお菓子の甘い香りに、どのお客様も、確かに淡い微笑みを湛えていた。


マスター:BOSS 紹介ページ
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冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
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参加者:10人
作成日:2007/03/25
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