絶えなき無慈悲、優しい憐憫



<オープニング>


 雪解けの凍えきった水が流れる川――そのほとりに、惨たらしい姿となりながらも歩み続ける、亡者の行列があった。
 幸運にも、出現したアンデッドの群に出くわすことなく、川の対岸の遠くからその姿を目にすることができた青年は、慌てて村へと舞い戻り、長に自分が目の当たりとした光景を伝えると、身支度もしないままに発って、冒険者の酒場のある町へと駆けこんだ。
 
 黒髪の霊査士が同業者たちを前に語る姿がある。
「まず、皆が到着する地点ですが、冷たい水の流れる川の東岸となるでしょう。あちら側には、すでに百にも上る数の亡者たちが、沈黙の列をなしているはずです。なかには、川底を這って進み、こちら側へとやってくる個体もあるでしょうか。対岸の敵を射る、あるいは、濡れた体躯を討つといった役割を半数が負っている間に、残りの半数には川の畔を下流へと向かっていただきます。そこには、石造りの橋が架けられており、ひしめきあう亡者さえ排除できれば西岸へと渡ることが可能です。すべての亡者に永久の眠りを与えること――それが、生者たちの営みを護ることに繋がるのです。いかがでしょうか、この依頼、受けていただけますか?」

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参加者
緋痕の灰剣・アズフェル(a00060)
曼珠沙華・フィー(a02072)
決別を呼ぶ吠響・ファウ(a05055)
廃滅誘いし蒼風の薬師・スカラベ(a14519)
砕けぬ刃・ニザーム(a28931)
月夜に舞い降る銀羽・エルス(a30781)
沈勇なる龍神の魂宿りし者・リュウ(a31467)
紺碧を掌る蒼葬者・レアノ(a36188)
今日も明日も風任せ・ヴィトー(a47156)
灰白狼・オワリ(a53247)
天魔伏滅・ガイアス(a53625)
白銀騎将・ローラン(a58841)


<リプレイ>

 小波だって流れる清澄なる雪解け水たちは、その細かな震えによって凍てつく冬の地を揺り動かし、わずかに頭をのぞかせただけの野花に、芽吹きの時からさらなる飛躍への衝撃を与え続ける。
 
 少女は戸惑っていた――。月夜に舞い降る銀羽・エルス(a30781)は、上流から水面を伝って吹きおろしてくる、冷たい風に肩を震わせていた。彼女の背を、エンジェルの証である翼ごと包みこむようにして、灰白狼・オワリ(a53247)はグランスティードのうなじに掌を這わせている。彼は笑っていた。ただひたすらに、討ち果たすべき敵と対峙する――その純粋にして心躍らされる仕事に、彼は高揚せずにはいられなかったのである。
「そろそろ行かせてもらうぜ……」
 オワリの腰に絡めていた腕を解くと、そのヒトの医術士は、足の運びを緩めた召喚獣の背から飛び降りた。廃滅誘いし蒼風の薬師・スカラベ(a14519)は、薄い硝子片を透かして、石橋にたむろする亡者たちの姿を睨めつけた。掌中に含んだ黄金の輝きを、淡い桜色から瑠璃色へと変幻させる合間に、彼は光の槍を手にしていた。宙へと解き放ち、黒い胴体のほぼ中心を貫く。
「……邪魔しないでください」
 行く手を遮る死人の列に、エルスが向かわせたのは、歪にたわんだその輪郭を空中に広げる黒い影だった。それは、幾多の黒い針からなり、アンデッドを内側に含んでは、その身に無数の風穴を穿ってゆく。
 鈍色の刀身に散りばめられた花の紋に、青い、稲妻にも似た輝きが流れ伝ってゆく――。オワリは馳せる召喚獣の背から、『灰華』の刀身を振りおろした。黒い指先の合間を抜け、髑髏の額へと到った剣戟は、骨を断ち、乾いた物音をたて、閃光を瞬かせた。
 
 彼はグランスティードを駆り、石橋の中途へと身を躍らせる。腕を伸ばし、黒ずんだ骨の身体を担ぎあげ、哀れなアンデッドを頭上に旋回させている間、リザードマンの武道家は自らがある少女の視線に晒されていると気づいた。だが、思い当たる理由はない――天魔伏滅・ガイアス(a53625)は、アンデッドを回転させる動きをさらに高めると、楽しげに声をあげた。
「さあて……ほーらよっとぉ!」
 橋の先へと投げ飛ばされたアンデッドは、石に表面にその身を叩きつけられて、まるで腐った木っ端のごとく飛び散った。しかし、眷族が目前で砕かれてようとも、指の欠片らや皿のような頭蓋の薄片などを踏み越え、死者の隊列は歩みを止めない。
 銀の髪をした少女は、その手に白金の剣をさげている。それは、まるで柳のように枝垂れる、細かな刃の集合体である。――冷ややかな声音で、白色光花・フィー(a02072)は宣告した。
「通らせて貰う、よ」
 キルドレッドブルーの魔炎と魔氷とをまとったフィーは、透けた身体の向こう側に同質の身体が連なる亡者の列へと、果敢に斬りかかった。
 鈎状に歪められた亡者の指先が、皮膚に赤黒い傷跡を記しても、彼女はかまうことなく『涙の行方』を振りぬき、描きあげた白銀の弧で敵影を真横に引き裂いてゆく。――その傍らに、黒髪の少年が肉薄した。
 羽の外衣を肩に羽織り、白と黒の紋様が鱗のような襟巻きを首に、彼は呟いていた。
「……アンデッドに対して出来ることは、倒すことなんだろうな」
 今日も明日も風任せ・ヴィトー(a47156)は、『闇牙』を振りぬいた。漆黒の刀身は、主である武人の求めに応えて、稲妻の衝撃を帯びたその姿を中空に走らせた。
 
 緋色の髪をした青年は、麻の撚糸を弦とする狩人の弓を構えていた。魔炎の舌先が揺らめく矢羽根を指先に挟んで、それを頬に触れなんばかりの位置にまで引き寄せると、彼はその灰の瞳が見据える先へと、焔の矢を放った。
 対岸へと着弾し、即座に迸る火柱となって爆ぜた魔弾を、そして――微塵に吹き飛ばされた亡者の輪郭を、緋痕の灰剣・アズフェル(a00060)は見ている。
「いくら春が近いからってまだまだ寒いのに、こんなに大勢でお目覚めしなくても……とか言っちゃったりするのは不謹慎?」
 そう誰彼となしに言った後、少年は小首を傾げてみせた。ほとんど素朴であると表するに相応しい外見だが、鋭い弧状を成した武具を彼は手にしている。決別を呼ぶ吠響・ファウ(a05055)は、キルドレッドブルーの息吹を添えた武具に、流れる水を越えさせた。アンデッドの胸部を斜に切り裂いて、『フィンスライサー』は主の手に舞い戻った。
 冬の高い空を想起させる明眸を、セイレーンの少年は悲しげにひそめさせている。玲瓏な光を宿した紺碧の髪は、白い頬をかすめて襟元へと流れ、そこに巻きつけられた空色の襟巻きの内側に入れこまれている。――碧瑠璃の空色・レアノ(a36188)は、まるで滴り落ちんばかりに冷たく輝くの光の槍を投げ放った。清澄なる水を湛えた流れに蔓延る黒い人影たちの、ものの哀れを感じずにはいられぬ姿を、聖なる光条が通り過ぎた。
 下流の石橋を渡ってこちらへと合流する仲間たちが到着するまで、対岸に群をなすアンデッドらを引きつけ、その討伐を担うのは彼らの役目である。アルカナ軽装歩兵・ニザーム(a28931)は、『アルカナの弓』を構え、そこに鏃に魔炎を灯した念の矢をつがえていた。見開かれた灰の瞳で岸辺を這う影たちを見つめ、ヒトの武人は炎の嚆矢を放った。――愛する旅団の紋章が浮かびあがった弓が痙攣的に震えている。解き放たれた力に乗せられて宙を飛んだ矢は、ひしめきあうアンデッドらの合間に吸いこまれるようにして消えた。
 再び、膨れあがった魔炎が立ちあがり、亡者の身を包みこんでいた。傍らに漆黒のダークネスクロークを翻す少年――沈勇なる龍神の魂宿りし者・リュウ(a31467)は、その整えられた指先に念の刃を編みだしながら、憂いを帯びているが美しい声音でこう呟いた。
「死しても、彷徨い続ける、悲しい者たちだな……」
 忍びの指先から放たれた白刃たちは、虚ろな眼窩、透けた胸、骨ばかりの腰を貫き、アンデッドは人としての形を崩落させた。
 様々な材質が寄り集められて成型された弓を手に、氷雨の騎士・ローラン(a58841)は飄々とした笑顔を傾けている。川辺に現れたアンデッドたちは、黒光りする薄膜を体表に張りつめさせて、重たげに身体を傾けると、そのまま水面へと沈みこんでゆく。仲間たちが攻撃を収束させる地点から、彼は上流へとわずかに向かった地点へと、魔弾の着弾点を定めた。赤黒い魔炎が対岸に膨れあがった輪郭を浮かべ、その内部に体躯を別離させる死者の姿を認めると、セイレーンの武人は呟いた。
「向こうに行った人たちは無事に着けたかな……?」
 
 狭隘なほとりの空間を突き進む隊列の、その先頭を担っていたヴィトーは、繰りだされる黒い指先を盾でいなしながら、後方を振り返り、わずかに見開かせた瞳を上下させた。視線を違えるというわずかな仕草であっても、仲間たちは彼の意向を察してくれたようだった。前方へと向き直ったヴィトーは、さらに上流へと向かう活路を切り開くべく、『闇牙』を振りぬき、虚空に流麗な曲線を描きあげた。
 その視界の先に、次々と見舞われては薙ぎ倒されてゆくアンデッドらの姿、ならびに、向こう岸で戦う仲間たちの姿を認めると、オワリはヴィトーの傍らを駆けぬけた。亡骸を跳躍した漆黒の甲冑をまとうグランスティードの背から、彼は『灰華』による斬撃を繰りだした。艶やかな線を描いた刀身は、波濤を思わせる威力を発し、亡者の黒い体躯を切り裂いた。
 戦いは最終の局面を迎えている。表紙に天藍色の輝石がはめこまれた書物を紐解き、スカラベは淡い光彩をその身にまとった。やがてその輝きは、淡い癒しの光波となり、死者との戦いに傷つけられた仲間たちの身体を優しく包みこんだ。
 その身を横薙ぎに破壊されようとも、アンデッドらに恐怖という思念は残されていない。フィーは憂いを帯びた瞳で死人の姿を見つめ、また、麗しの口元を歪めてさえいたが、『涙の行方』を握る指先の力は緩めなかった。
「大人しく土に還ってください……ですよ?」
 うなりをあげた蛇腹の刃は、焔と氷にまみれたその刀身で、アンデッドの首を刎ねあげる――。
 ガイアスはその巨躯を震わせ、逞しい肩をいからせ、鍛えあげられた拳を岩のように固めて、ひしめきあう亡者に躍りかかった。瞬秒の間に、十もの拳を繰りだし、目前の亡者を骨の小丘へと変貌させる。彼の背後には、ひとりの術士の姿があった。
(「どうして目覚めたのですか……ずっと闇に眠ってはいいのに……。もしかして、自分が死んだことも知らない……。今度こそ永遠に、おやすみなさい……」)
 エルスの右手を守る漆黒の手套――その甲に嵌められた青の輝石に翼の形をした影が過ぎった。あたりを包みこむ不穏な響きに続いて、少女の翼をかすめるようにして湧きだした黒針たちは、戦うリザードマンの頭上を越え、彷徨う死者へと襲いかかり、その身に無数の穴を穿った。
 
「哀れな者たちよ……私にできること……永遠の眠りを与えるよう……」
 そう囁いたリュウは、傷が癒され、軽くなった身体を地へと沈みこませると、岸辺から軽やかに跳躍した。栗色の尾を従える彼はその身を、栗色の、螺旋に渦巻く楔へと変えた。標的とした亡者の胴へと飛びこみ、その全身を細かな薄片へと粉砕するために――。
 死してなおも彷徨うことを余儀なくされ、忌み嫌われることを余儀なくされた彼らに、ローランとて同情の念を抱かぬではなかった。だが、それでも、始末はつけてやらねばならない。その役割が自分たちに与えられたことに、恵雨の騎士は誇りにも似た気持ちを抱いていた。――魔炎の灯る矢を放ち、亡者の吹き飛ばす。
 掌中に輝きの矢を瞬かせながら、ニザームは声を張った。
「ファウさん」
「了解〜」
 仲間からの求めに応じて、体内に渦巻く闘気を高めてゆく。ニザームの放った光弾が、中空に鮮やかな弧を描き、対岸に佇む首なし亡者の胸を貫いた直後、こちらの岸辺へとやってきた、濡れて黒の色彩を深めた体躯の持ち主たちへ、ファウは闘気の烈風を見舞った。巨人の指先を思わせる風は、吹き荒れ、亡者を取りこみ、その凄まじい膂力で骨を砕き割った。
 渦巻く風の中心であった場所に断ち続け、身を強張らせたまま動けぬストライダーのために、レアノが紡ぎだした癒しの輝きは、美しい乙女の姿を象るものだった。セイレーンの指先が示した方角へと、光の姿態は赴いて、癒しの抱擁と口吻をもたらす。ファウは身震いしていた。
 アズフェルは見ていた。躍動する仲間たちの上気した肌からは、白い煙りのような温もりが立ち昇っている。だが、水の滴るアンデッドの体躯から湧きあがるものはない。矢筒から引き抜かれた一本を、弓の弦につがえて、その鏃に氷の白銀と焔の黄金とを渦巻かせると、彼は想いを胸に死者を射抜いた。
 心失く歩き続ける屍に、永久の眠りが与えられんことを――。
 
「片づいたか?」
 鼻梁に支えられ傾いてもいない眼鏡へ、スカラベはしなやかな指先の線を添えた。彼は踵を返しかけたが、浮きあがった踵は元の位置への帰還を遂げたにすぎない。
「面倒で、地味で、汚い仕事ですけれど……」
 灰銀の円盤のような虹彩で、ニザームはすべてをそのままに見据えている。惨たらしい骨の小山へと変わり果てた彼らを、見捨てるような真似など、アルカナに属する彼には許されなかった。
「何でこうなったが知らないけど……弔ってやらないとな……」
 秀でた額にかかる淡い水色の髪を手櫛でかきあげると、セイレーンの武人は作業に取りかかった。生者の歩みを遮り途絶えさせるという、その禍々しい衝動から放たれた死者らを、ローランは叶う限りの義をもって手厚く葬ってやるつもりだった。
 巨大な炎の柱が立ちあがる――その眺めを想起した瞬間、アズフェルは右手にわずかな疼きを感じた。口元に自らを嗤う形を含ませた後、彼は左右の手を黒革のベルトへとやりながら、肩を屈め、足元に視線を落として、心の裡で呟いた。
(「再び彷徨い歩くことがないことを願いたいものだな……」)
 
「二度と迷わず逝ってくれ……」
 立ちあがる火焔の先端には、不思議な色彩がちらついて見えた。灰の煙がその指先を方々へと向かわせる様を、リュウは物静かに見つめている。
「こいつら……生きていた頃、どんな風に日常を過ごしていたのだろう?」
 そう呟いたのはヴィトーだった。彼は紅玉のごとき光彩を秘めた双眸を、落ち着かない人間がそうするように、左右へと向かわせていたが、不意に瞳を閉じると、亡者たちへの祈りをはじめた。声は発せられなかったが、彼の唇は言葉を象った――おやすみ、と。
 ファウは、雪解け水に浸かってまで自分たちに生者に襲いかかってきた彼らを、当初は瞳を険しくして見つめていたが、やおら相好を崩すと、愛嬌のある人好きのする表情へと顔を一変させて、ぼんやり笑みながら焔の内側を見つめた。――少年は炎が消えいるまで、ずっとそこにいた。
 
「それにしても……大量のアンデッドは何だったのでしょうね?」
 美しい唇から離れた吐息は、頬にかかる鮮やかな青の髪を震わせた。そのくすぐったさに仄かな笑みを浮かべると、レアノは指先で髪の一房をすくいあげ、耳の裏側へと追いやった。
「そう……どこから、来たのでしょうね……」
 仲間の言葉に肯き、雪解け水の流れる川の源を見晴るかしたのはエルスであった。視界の先から、野辺を排する黒い影がやってこないことを確かめると、少女は肩から力を抜いた。そして、視線を下流の方角へと転ずる。そこに目当ての姿を認めると、エルスは掌中に件の品があることを確かめ、小さな足取りで駆けだした。
「…………ふう」
 少し惚けたようになって、オワリは仲間の発した言葉に気づかずにいたが、エルスの闇色の瞳に見つめられて我に返ると、グランスティードの背から地へと飛び降りた。少女の広げられた掌の真ん中には、赤い飴玉が転がっていた。召喚獣は鼻先に飴玉がやってきても、かすかな嘶きすらも見せずにいて、オワリはそんな様子を指先でこめかみを掻きながら見ていたのだが――不意に、何を思ったのか首を伸ばして、口だけで少女の掌から飴玉をさらったのだった。
 
 その少女は、澄んだ流れに宿される、慌ただしく歪められた自らの像を見つめながら、心のなかで囁いた。
(「……でも、仕方ないよね」)
 白金に煌めく『涙の行方』の刀身は、すでに腰元にさげられた鞘に収められているが、フィーの両手には、黒く、硬質な、アンデッドの痩躯を切り裂き続けた際の、容易く人の形を崩壊させる感触が残されていた。肩をそびやかせ、乱れていた前髪を慌ただしい指の動きで目元に降ろすと、少女は空を見あげた。
 白い溜息が昇り、続いて舞いあがったのは、どこかで歌い継がれてきた葬送曲の、優しく穏やかな旋律だった。


マスター:水原曜 紹介ページ
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作成日:2007/03/24
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