【楽園回帰】楽園へ帰る風



<オープニング>


「もう一度、『風の岬』を訪ねようと思うのです」
 走る救護士・イアソン(a90311)は言った。
 冒険者たちの活躍で、ギアたちにさらわれた村びとが戻り、ピルグリムの侵攻から守られた村だ。今は情勢も落ち着き、日頃の暮らしを取り戻した頃だろうか。
「同盟諸国の冒険者にお礼を言いたいと……、村のエンジェルたちは言っているようです」
 『風の岬』のエンジェルたちは近くの野山で薬草を摘んだり、草花を育てたりして暮らしているものが多い。名産のハーブティーをふるまってくれるという。
「『風の岬』の名は、かの地が浮島の端にあり、その向こうから吹く風に由来します。ときおり光の海から風に乗って帰ってくるエンジェルがいて……、そうしたエンジェルを見つけると、村で保護して、あたたかな薬草茶をふるまうのが習慣なのだそうです。……今回は、ギアの虜囚となっていた村びとの無事を祝うことをかねて、お茶会を開きたい――、と。そしてそれに尽力してくれた冒険者たちにも来てもらいたいと、そういうことであるようです」
 お茶会は、歩ける雲の地平と光の海を遠くに眺められる、岬の突端にて開かれるそうだ。
「自分も、かれらのその後の様子が気掛かりでありますし……。友人知人を誘ってもよいとのことでしたから、休暇のつもりでのんびりと一日をホワイトガーデンで過ごすのもよいでしょう。よければ、一緒に行きませんか?」

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参加者
NPC:走る救護士・イアソン(a90311)



<リプレイ>


「『風の岬』よ、私は帰ってきた!」
 ホワイトガーデンの大地を踏みしめ、ゼソラは高らかに告げた。背負っているのは、ありったけの調理道具や、ランドアースより持参した食材の数々。岬のエンジェルたちに、自慢の料理をふるまうのが彼女の目的だ。
 ……と、その横を、白いノソリンがなぁ〜んと通り過ぎて行く。
 それはオリガである。
 先の戦いで傷を負った姿を見られているので、なんだか恥ずかしいのだそうだ。
(「でもノソリンでいられるのは平和の証です」)
 ゆらゆら揺れる白い尻尾。それを見つけて、さっそく集まってくる子どもたちの姿がある。


 村の広場に、エンジェルたちがテーブルと椅子を出し、冒険者たちを迎える準備を整えていた。
「お変わりありませんか?」
 ロティオンとウィルが、見知ったエンジェルの姉弟を見つけて、挨拶に訪れる。
「いらっしゃい!」
 アッシュがふたりを前にぱっと笑顔になった。その傍らで、銀の髪の少女が、頭を下げる。
「ようこそお越しくださいました。あまりきちんとお礼も言えませんでしたのが、気になっていたんです」
 アッシュの姉――シルヴィアは、ウィルの手を握って、本当にありがとうございました、と礼を述べた。少女のやわらかな手の感触に、ウィルは思わずどきまぎしてしまう。冒険者としての務めを果たしただけです、とかなんとか応えたが、頬が熱い。
「あの……よければ、お茶をいれるのを手伝います」
 ウィルは言った。
「まあ。今日は皆さんがお客さまなのに?」
「あまりもてなされるのには不慣れですし……、ハーブティーの美味しい入れ方も、習いたいと思ってましたから」

 青空の下のお茶会がはじまる。
「本日はお招き感謝やで。皆、元気そうで何よりやね」
 カインがランドアースから持参した菓子を差し入れた。
 ウィルカナも、ケーキを手作りしてきたようだ。
「ランドアースは、今の季節、旬だから」
 それはほのかに甘い香りのただよう苺のロールケーキ。
「イチゴのジャムもあるだよ。これは紅茶に入れてもおいしいべ」
「まあ、いい香り」
 シルヴィアが微笑む。
 彼女を含め、ギアから助け出されたエンジェルたちも、もうすっかりいいようだ。ギアに囚われていたからといって体に異状がもたらされることはないらしい。怖い目に遭ったということでふさぎこむものもいるが、ハーブティーの穏やかな香りは、そんな心もほどいてくれるのだろうか。
「これはカモミールのお茶だよ。ぼくが摘んできたんだ」
「アッシュさんは薬草摘みの名人でいらしたのですよね。渓流に行ったときのこと、思い出します」
 ロティオンは、灰色の髪の少年が、ギアに助け出された頃よりずっと明るくなった、と思う。彼が硝子の器に入れてくれたハーブティーは、やわらかな琥珀色の影を、白いテーブルクロスの上に落としていた。
「初めてここへうかがったとき、いただいたお茶がとてもおいしかったのをよく覚えています」
 だがそのときは、まだシルヴィアはとらわれの身だった。それが今は姉弟で、テーブルの準備をしている様子を、ロティオンはにこにこと眺めた。
「このお茶、とても良い香りですわ。景色も素晴らしいですし」
 そう言ったのはリリーナ。
「このハーブはここで育ててらっしゃるの?」
「育てやすいものはほとんど。山や森から摘んでくるものも多いですけれど。でもどちらも、ラウレック様から与えられる緑の恵みには違いありません。……お代わりはいかが?」
「ええ、いただきます」
 エンジェルの少女が、リリーナの器にお茶を注ぐと、ふわりと、やさしい香りが漂った。幾種類もの薬草や香草をブレンドして、香りや味わい、薬効を調節するのだという。
「どんな効能があるの?」
 興味しんしんといった様子で、イサヤが訊ねた。
「気持ちが落ち着くんだ。夜、ぐっすり眠れるようになるよ」
 アッシュが応える。
 そんな様子を眺めながら、リリーナは、
「エンジェルのみなさんがこうして平和に暮らしているのを見ると、これからも頑張っていこうと思えるのですわ」
 と、呟く。
「だべな」
 ロールケーキを切り分けながら、ウィルカナが頷いた。
「オラほう、ホワイトガーデンに来るのはこれがまだ二度目だけんど、のどかでええところだと思うもの」

 この日、『風の岬』を訪れた冒険者は17名。人数だけでいえば、そこそこお茶会は賑やかなものになったと言えそうだが、かれらとエンジェルが過ごしたひとときは、きわめて穏やかなものだった。
 エルヴィアとともに席についたヴァイスは、エンジェルたちに、ランドアースの話をしてやっている。話題は、ランドアースで行われているいろいろなお祭りや催しものについてだ。怪獣の住まう広大な大陸で行われるワイルドファイア大運動会や、さまざまな競技を行いながら街道を駆け抜けたチキンレッグラン、優雅なセイレーンの国での運動会……、どれもはじめて耳にする話に、エンジェルたちは興味深げに聞き入っていた。
 別のテーブルでは、カインが披露するハーモニカの音色にエンジェルたちが耳を傾ける。そのどこか郷愁を誘う旋律を聞きながら、オルーガは、膝のうえに、幼いエンジェルをそっと抱き上げた。
「たびかさなるギアやピルグリムの襲撃……恐かったでしょうね」
 しかし膝の上のエンジェルは、ただきょとんと、澄んだ瞳でオルーガを見上げている。
「わたくしは冒険者になって抵抗する術を身につけたから克服できたけれど……」
 幼い同胞を抱く腕に力をこめた。
「だから、生きていてくれてありがとう、と――抱きしめて喜んであげたいですし……同胞のために戦って下さったみなさんには、お礼を言いたいのですわ。……本当にありがとうございました」
「え――」
 最後の一言は近くにいたイアソンへ向けられたものだった。だが彼は、ケーキに夢中だったようで、急に声をかけられて、はっと顔をあげたとき、頬にはクリームがついたままだった。
 その一幕を間近で目撃したリリーナとウィルカナがくすくすと笑う。
「あ……いえ、じ、自分は――ただ……」
 事情を察してごしごし口元をぬぐいながら、イアソンは照れてうつむく。そして、
「光の海のほうを、見に行ってきます」
 と、逃げるように立ち上がるのだった。


「ここにいらしたんですか」
 イアソンの声に、ジェルドは振り向く。
「ああ手放しに歓待されるのは、何だか照れくさくてな」
「自分も同じです」
 並んで、岬に立つ。
 そこからは、雲の地平を見渡すことができた。そしてその先に、きらきらと輝く光の海がある。
「あの雲、やっぱり歩けたなぁ〜んね!」
 いつのまにかヒトの姿に戻ったオリガが、興奮気味に下をのぞきこんでいる。ぜひ雲の上を散歩したい!と思うオリガだったが、いくら下が雲でも、相当の高さがある岬から飛び降りるわけにもいかない。『風の岬』自体が高台なので、雲のうえに降りるには、だいぶ大回りに、下へ降りる道を行かねばならないと聞いて、やむなく断念する。
「やっぱり、歩くとふかふかするのかな?」
 と、イサヤも下をのぞきこんだ。
 しばらく、冒険者たちは、そのホワイトガーデン特有の景色を、言葉もなく眺める。
「平和って……いいなぁ」
 イサヤは言った。
「僕が役に立てたかどうかわからないけど」
「立てたとも」
 ジェルドが応じる。
「皆に、礼を言いたいと思っていた」
 何度か、『風の岬』をめぐる冒険をともにした仲間の顔を見渡して、彼女は言った。
「ありがとう、またどこかの依頼で顔を合わせたらよろしく」
「僕からも」
 いつのまにか、ウィルが歩み寄ってきていた。
 続いて、カインが、ロティオンが、オーロラが、ジークがいた。
 そしてエルヴィアも。
 彼女は、いつも戦いをともにする愛剣を、今日も持参している。ぴかぴかに磨き上げたその刃で、ピルグリムを退け、ギアの攻撃を受け止めもした。
「エルヴィア」
 そんな彼女の髪を、傍らのヴァイスが、そっとなでる。
「君たちがここを護った。本当に、がんばったね」
「ヴァイスと、viceのおかげかも……だね」
 エルヴィアは応えた。
「viceのおかげで……みんなを助けることができたし……ヴァイスにまた会いたいから……頑張れたし……。ヴァイス……あ……りがとう……ね……」


「むかしむかし、あるところに、イアソンという若者がおりました」
 オーロラが、エンジェルの子どもたちを集めて話して聞かせる。
 それはささやかな、ひとつの寓話。
「イアソンは、ギアにとらえられた、王子様とお姫様を助け出しました。ところがそのあと、ピルグリムという敵が、国を襲ってきたのです。でも今度も、イアソンは戦って、ピルグリムを追い払い、国に平和が戻りました――」
「オーロラさん」
 いつのまにかイアソンがそばに来ていて、口を開いた。
「そのお話、すこし違います」
 子どもたちの、やわらかな髪をなでながら、続ける。
「ふたりを助けられたのは、ピルグリムに勝てたのは、協力してくれる仲間がいたからです。だから語られるべきは、ひとつの名前ではないと思います。だからオーロラさん、この次に同じお話をするときは、どうぞ、他の方の名前で語ってください」
 帽子の鍔を、ぐい、とひっぱって、彼は言った。
「……ちょっと、恥ずかしいですから」


「あ」
 岬の端に腰掛けて、光の海を眺めていたジークが、ちいさく声をあげた。
 虹の架かる青空を、目を細めて見上げる。
 それからふいに立ち上がると、駆け出していった。
「まって〜!」
 その視線を追って、他の冒険者たちも、あっと声をあげる。
 ふわふわと、羽のように、空からエンジェルが降ってきたから。

「名前は言えます? どこか痛いところは?」
 シアとサクヤが、ふわりと着地したエンジェルを助け起こし、ぼんやりが収まって羽の輝きが消えたところで、話し掛けた。
 アッシュたち『風の岬』のエンジェルは、手馴れた様子で、あたたかい薬草茶を飲ませる。
「迷子になったんですね。住んでいたのはどういう場所だったか、思いつく限りのことを言ってみて」
 シアがやさしく、かつ、要領を心得た様子で訊ねた。
 まだ幼い女の子のエンジェルは、訥々と、もといた場所の様子を話はしたが、どうして飛ばされたのか、それがいったいいつのことなのかは判然としない。『風の岬』のエンジェルも首を横に振るし、シアとサクヤ、ジークといったリディアの護衛士も聖域の浮島なら多少知識はあろうが、この閉ざされた浮島では地理をすべて把握しているわけではない。
「仕方ない……か。しばらく『風の岬』で世話になるといいよ。もしかしたらエリアードの霊査で故郷の場所がわかるかもしれないし」
 サクヤが言ったことを、当人がどの程度理解したのかわからないが、岬のエンジェルたちは、彼女の保護を快く請け負うと、頷いてくれた。『風の岬』は、長らく、そうやって迷子のエンジェルたちを助け、保護してきた村なのだ。
「大丈夫。安心して」
 サクヤは、心細そうなエンジェルに、歌をうたってやり、シアははねうさやふわりんのぬいぐるみを、そっと握らせてやる。岬のエンジェルや冒険者たちのやさしさに包まれて、エンジェルはうっすらと笑みを浮かべた。

 そんなハプニングも挟みつつ、お茶の時間もだいぶ過ぎた頃、ゼソラは持ち込んだ食材で、自慢の料理の腕をふるう。
 通常の海がないホワイトガーデンでは珍しいだろうからと、用意したのはシーフードの乾物類。エンジェルの家で台所を借りると、材料をコトコト煮込んでだしを出し、塩胡椒で味を調えれば味わい深いスープができる。茹でたパスタとあわせて、スープパスタの出来上がりだ。
「おいしい〜♪」
 エンジェルたちの歓声に、微笑むゼソラ。喜んでもらえて、なによりだ。
 岬のエンジェルも、光の海からもどってきたエンジェルも、訪れた冒険者たちも、わけへだてなく、ゆったりした時を過ごした。
「また機会があれば、お茶に誘っていただけますか?」
 ロティオンの問いに、アッシュとシルヴィアの姉弟はもちろん、と頷いた。
「ハーブティーの茶葉をすこし持って帰ってください。いつでも……、この岬のことを思い出してもらえるように――」

 『風の岬』に風が吹く。
 光の海から、エンジェルを帰してくれるやさしい風。
 摘み取ったハーブの葉を乾かして、香ゆたかな茶葉にするためのやわらかな風。
 心を躍らせる楽器の音色や、甘いお菓子の香りを運ぶ風。
 風とともに、岬はあり、エンジェルたちは日々を営む。
 そして祈るのだ。
 ラウレック様、ありがとうございます。
 やさしい風を、ありがとうございます、と――。

 いつまでも手を振るエンジェルたちを振り返り、イアソンたちは手をあげて応えた。
「『風の岬』に、明日もよい風が吹きますように――」

――【楽園回帰】<了>


マスター:彼方星一 紹介ページ
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作成日:2007/03/30
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