灯りの原



<オープニング>


 その平原を太陽が照らさぬ刻はない――朝日が地平線に顔を出す瞬間から、夕日がぶどう色の夜空に沈みきるまで。
 ゆえに伝わる名は、灯りの原。

「土地の人に灯りの原って呼ばれるずーっと平たい原っぱがあるの。そこで日の出とともに摘み取った草花は、幸運を運んでくれるお守りになるんだって。ちょっとロマンチックだよね〜? ルラルね、こういう言い伝えを本当に本当に願いのかなうおまじないみたいに感じるときあるんだ♪」
 ねーっ、とぬいぐるみのうーちゃんに同意を求めるようにしてから、ストライダーの霊査士・ルラルはふとまじめな顔つきになった。
 実は、灯りの原に住み着いてしまった猿グドンの群れを退治する依頼が持ち込まれたのだと告げる。
「何が悪いって、近くの町に住んでる子が三人、グドンたちに捕まっちゃってるの。危険だって分かってるのに灯りの原に行ったみたい。お父さんたちが毎日集まってはグドン対策の相談をしているのを見ていて、なんとかしてあげたいって思ったのかも……」

 群れの規模は40から50。グドン連中からしてみれば少々頭の切れる指導役を中心に簡素な棲家を構え、弓と槍とで武装をしている。
 手先が器用で暗闇を嫌い、夜間にあっては火を絶やさず、近隣の町からはぽつんとした灯りのかたまりとして認識できるほどであるらしい。近頃見られるようになった異形のグドンは混じってはいないようだが――
「子どもたちはまだ無事なの。一番偉いグドンの棲家にロープで縛られてるだけ。でもね、次に来る『晴れていてきれいな太陽の昇る朝』には、子どもたちを食べちゃおうとしてるんだよっ! どうか子どもたちと灯りの原を、グドンから守ってあげて! 今から行けば、寸前の真夜中には灯りの原に着けるんだよ〜急いで急いで、ね」
 ルラルの言葉どおり、集落には捕らえられた子どもらがいる。ある意味、強力なグドンを相手にするより分が悪いともいえた。

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参加者
魔性の黒き雌豹・アレクシス(a01693)
アフロ凄杉・ベンジャミン(a07564)
夜月の騎士・ニルス(a43426)
うつろうパピリオ・ラン(a48844)
血塗れた蒼穹・ディナンティス(a62487)
紅の森の導き手・アミス(a62811)
落花流水・ソウジュ(a62831)
鋼鉄の闘士・シン(a63104)


<リプレイ>

●宵闇
 土地としてはわずかに高地となるのだろうか。冷たい夜気に晒されて、冒険者たちは灯りの原に在った。人数は六、すべては作戦通りだ。
 白い吐息の向こうにかすんで、ほんのりと明るく照らされた場所が見える。その薄明かりが邪魔をしてエルフの夜目はうまく働かなかったが、逆に夜目に頼らずとも立ち振る舞うことができそうだ。
 相手からは見つからない、こちらも相手を詳細まで把握することはできない、ぎりぎりの位置にまで近づいて息を潜める冒険者。
「見張りは沢山いるのかな? 一気に叩かないと……リーダーに知らされて子どもたちを人質にされると厄介だ」
「ええ。そうはならないよう、何としても」
 草に身を伏せ、まなじりのきゅっと上がった勝気な瞳を細めて、リトルジャガーノート・ラン(a48844)がささやく。答えて、夜月の騎士・ニルス(a43426)は剣の柄の感触を手のひらのうちに確かめた騎士は刃に誓う。
「騎士の心にも勝る子どもたちの意地……強く純粋な思いを、グドンなどに踏みにじらせはしません――行きましょう!」

 火の番についていた猿グドンが異変のはじめに見たものは、さながらほうき星のごとく紅の尾を引いて降る光だった。間髪開けず向かい来るのは、人間。
「我は、紅の森を護りし導き手・アミス。推して参る!」
 紅の森の導き手・アミス(a62811)の名乗りを耳に出来たグドンがどれだけいたものか。ナパームアローを合図として冒険者たちは速やかに行動を開始した。不意を突かれ泡食うグドンを、鈍重で慎重派な重騎士・シン(a63104)のフレイルが一撃の下に叩き潰す。
「そんなもんか? もっと気合入れて来な!」
 見張りの数は少なかった。だが、騒ぎを聞きつけたグドンが目を覚まし、わらわらと各自の家から飛び出してきた。槍、弓、間合いの長い得物は霊査士の見立て通りだ。アミスの放つ炎の矢に入り混じり、粗末な木製の弓矢が飛び交い始めた。
 ニルスが後衛の術士達を守るべく、槍の猿グドンに応戦する。良く跳ね、しゃにむに付きかかる軸を自らの鎧に受け弾き返す。
 地面に転がったグドンは立ち上がろうとし、だが出来ないままに絶命した。飛来した矢の炎がかれを貫き、臓腑の内側から灼き払ったのだ。
 炎の残滓が消えた瞬間、キャアとグドンが嘆きの声を上げる。
 いつしか宵闇が辺りを包み込んでいた。うろたえて泣き叫ぶのはグドンばかりで、冒険者たちはすぐに意味合いを悟る。
 『誰かが』集落の明かりを落としたのだ。
「ラン!」
「わかってる!」
 シンは自らのランタンを高く揺らして明かりをちらつかせる。明かり。ランは一声叫び返してまじないの掛かった双剣を振った。
「さあ、こっちだ! 君たちの好きな明るい場所だよっ」
 一息に、光明が溢れた。ランの頭上にくるりと浮かんだホーリーライトを目指し、すがるように集まり来るグドンの群れ。
「このまま集落から少し引き離しましょう。明かりへの依存が想像以上ですね」
 弓の弦を引き絞り、牽制のナパームアローを放ちながらアミスが言う。
 彼の言葉通りだった。何処かでグドンの頭が再び明かりを点すよう指示をしている風ではあったが、次第に次第に戦場の中心は集落の外へと移り行く。
 不意に、ちょうど仲間の光が届かない陰を駆ける深き蒼穹・ディナンティス(a62487)が妖しく微笑んだ。
 これで人質など面倒なことを考えず、ただ戦うことができる。
 グドンの炎も仲間の点す灯火すらも届かない暗がりから、疾く、静かにそれは生まれ出づる。悦楽と恐怖とが編み込まれた闇の鎖、すべてを絡めとる欲望のうねりが、不幸にも彼女の視界にあったグドンたちを捕らえる――ディナンティス自身のしばしの自由と引き換えにして。

●幻灯
「始まったようですわ」
「アタシたちも頃合だわネ」
 別働隊、総員二名。武器を打ち合わせる物音、グドンが集落の仲間を起こして回る声に、おとめたちは戦いの始まりを知る。
 永久の華の歌姫・ソウジュ(a62831)と魔性の黒き雌豹・アレクシス(a01693)は視線を交わすと、草の陰を縫うがごとく静かに移動を開始した。アレクシスの考えていた通りに集落は灯火で明るく照らされ、見逃しようもなく視界に飛び込んできたのは、周囲より一回り大きな家らしきもの。
 ソウジュが辺りをうかがうようにして、そうっと離れて行った。
 残されたアレクシスは、悪戯な様子で髪の毛の先を指に巻きつけ、そして解いた。
 決めた。
 最初に消すのは、其処の明かりから。
 炎の側を離れるに離れられずうろつくグドンが居た。忍び寄り、背後から一発食らわせる。そしてすらりと伸びた脚を優雅にたたみ、倒れたグドンの上に屈み込んだ。
「アタシの斬鉄蹴、痛かったデショ♪ ……ちょっとお借りするわよん」
 グドンがまとっていた服らしきぼろきれをひらめかせ、彼女は木の棒で高く掲げられた炎を消し去る。そうして順繰りに、五つの灯火を消して回った。
 周囲の光が完全に失われてすぐ、集落を挟んで向かいに炎のものでない明かりが、浮かび上がる。光源は冒険者ならば誰もが知っているホーリーライトだった。

 三つ目の明かりが落とされたそのとき、リーダーのグドンは何事か叫びながら家を出て行った。
 入れ替わりにソウジュが中へ滑り込む。
 彼らは木枠にわらをふいただけの家の、隅の方に転がされていた。
 膨れ面で我慢している男の子、泣きつかれて寝てしまったらしい女の子、今にもべそかきそうな男の子がそれぞれにロープで縛られて転がっている。
「良かった……! ああ、怪我はございませんこと?」
 彼女は子どもたちを解放してやると、眠った子どもを揺り起こし、震える子どもを抱き寄せて頭を撫でる。
「大丈夫ですわ。必ず、私達がお家へ帰れるようにいたしますから」
 これでひとまずは安心できる。
 だが集落の喧騒はまだ続いている。なるべく早くここを離れる方が良いだろう。

 その後のグドンたちの運命について、語るべき奇跡はなかった。
 矢をつがえることすら忘れて殴りかかるグドンを、シンの流れるような剣閃がほふり、後に続くグドンを躓かせる。アフロ凄杉・ベンジャミン(a07564)がダンサブルなステップとともにばらまくナパームアローも、まるで余興の一部であるかのようだ。
「HOー! 残念ながらユーにはHOTなソウルが足りなかったのネー!」
 一方逃げ延びようとするものもあったが、それら弱気者には黒炎の蛇が牙をむき、一匹一匹を、執拗に着実に死へと至らしめて行った。
「普段なら串刺しだけど……たまには、こういう趣向も悪くはないでしょう? とくと味わいなさい」
 味わう身にとってはどちらも同じと知りながら――知っているからこそディナンティスは攻撃の手を緩めない。
 ただでさえ突然の討伐隊来襲で混乱をきたしていたところに、夜の頼みの綱である明かりを落とされてしまったのだ。何ができるというだろう。
 夜明け前、集落はしんと静まり返った。冒険者たちの息遣いと、風の音だけが聞こえている。
 灯りの原からグドンは消えた。

●夜明
 戦いは終わり、薄らいだ夜の気配のうちに人影を見つける。ソウジュと、彼女が連れた三人の子どもたちだ。ランは思わず駆け寄って彼らが皆無事であることを確かめた。
「ほんとに……ダメじゃないか! もうちょっとで食べられちゃうところだったんだよ?」
 ところが、つい口をついて出たのはお説教。しょげる子どもらの肩を抱いてソウジュがくすりと微笑みをこぼす。
「まあ、まあ。この子たちが無事だったのですもの。此度はよしと致しましょう? ……けれども、お父様やお母様はもっと心配していらしてよ。以後無謀な冒険は禁止、ですわね〜」
 前半分をランに、後半分を子ども達に対して語りかけ、ソウジュは子どもたちの擦り傷を優しいそよ風で包み込んだ。
 ひとりの少年は跡形もなく消えた傷跡を撫でながらずっとうつむいている。
「……うちに帰らなきゃ」
「そうですね。夜が明けたら町まで送って行きますよ。その前に、少しばかり休憩が必要であるような気もしますが」
 ニルスの言葉に少年は残る二人を振り返る。安心したせいだろうか、少女はまた眠そうに目をこすり、その横では彼女にしっかと手を握られた少年が大あくびする。
「ほんとだ」
 そしてようやく、その少年の表情もゆるみ、ちょっぴりだけ涙を浮かべたのだった。

 冒険者と子どもたちは小さく起こした火を囲み、夜明けを待つ。
 ニルスが沸かしたお茶と幾つものかけらに分け合ったビスケットは安寧の匂いがした。
 甘いお菓子を腹に納めてくつろいだ様子の子どもたちに、アミスもほっとした気持ちになる。急いで出掛けなくてはならなかった都合、ささやかな食べ物しか用意することができなかったのだが、充分役目は果たしたようだ。
 やがて朝の光が地平線にすいと走り、太陽の淵が見えた。少年はビスケットを口いっぱいにほおばったままぱっと立ち上がり、小さな妹の手を引いて駆けて行く。
 行きかけて、尋ねたのは兄妹ではない少年のほうだった。
「なー、おっちゃん。おいらも冒険者になったらあいつらとか、みんなを助けられるかな?おっちゃんたちみたいに」
「おっちゃんじゃないぞ、お兄ーさんだ」
 抜かりなく訂正を加えてからシンは続ける。
「まあなあ……しかしなんも冒険者になるだけが坊主の父さんや友だちを助ける道じゃないからな。色々やってみたらいいさ」
 アミスがうなずき、励ますように言い添える。
「今はまだ勉強の時です。焦ることはありませんよ」
「そっか」
 考え顔で短く返事をすると、今度こそ少年は仲間のところへ走って行ってしまった。
「ありがとなっ」
 と、思い切り手を振って。
 仲直りの握手をしたランと、子どもたち、ソウジュやアレクシスが楽しげに野花と戯れる。
 アレクシスは丹念な品定めの後摘み取った紫色の小花を目の高さにまで持ち上げ、唇に笑みを浮かべる。
「――うん。アタシもなかなか悪くないセンスしてるわネ♪」
 花弁にきらきらと、朝露の輝く晴れ模様。今日も一日、灯りの原を太陽が照らさぬ刻はないのだろう――朝日が地平線に顔を出したこの瞬間から、夕日がぶどう色の夜空に沈みきる、その瞬間まで。


マスター:小川ユータ 紹介ページ
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