ランガルンカ・エッセンス 真珠の珊瑚、月の歌に揺れて



<オープニング>


●ランガルンカ・エッセンス
 深い青に透きとおる宝石は元来貴重なものであったという。
 だが、ワイルドサイクル平原のとある場所で冒険者達が見出した、彼方に水平線を望む遥かなる湖ランガルンカは、広大なその地自身がまるで青く鮮やかな宝石であるかのようだった。
 かの地を抱く澄み切った空は鮮麗なサファイアブルーに染まり、彼方へと広がる湖の水面は空の色を映しとり更に水の煌きを加えている。透きとおる水の底には水面のように揺らめく光を放つ様々な色の宝珠を抱いて、ランガルンカの湖面は穏やかに凪いでいた。
 岩山に囲まれているという、未だ涯ての見出せないかの地に湛えられた、青き宝玉。
 ワイルドファイア大陸、ワイルドサイクル平原の片隅に落とされた――鮮やかな空のしずく。

 宝玉の如き昼空を戴くランガルンカには、やはり宝玉の如き夜空が訪れる。
 繊麗な金細工を飾った黒瑪瑙よりもあでやかに艶めく、深い闇を凝縮して透きとおる漆黒の夜空。
 金銀や硝子の粉を散りばめたような星々が瞬き、真珠の如き月が淡く世界を照らすある夜のこと。
 幾人かの冒険者達が『白の姫』と呼ばれる真珠色の魚達に導かれ、白の姫達を護りその行く先を確かめるべく濃藍に染まる湖へとオレンジの舟で漕ぎ出した。
 彼らがその先で見出したものは、深く澄んだ湖の中で柔らかな光を放つ、真珠色の巨大な珊瑚。
 小さな宮殿ほどの大きさを持ち、湖面から覗き込めば水の中に真珠色の森があるようにも見えるというその珊瑚は、ある冒険者が歌った、ランガルンカの原住民達に伝わる『白の姫に捧げる歌』の響きに呼応し、ほんの僅かではあるがその身を砕けさせた。細かく砕けた真珠珊瑚のかけらが湖に広がり沈んでいく様は、濃藍と瑠璃の深い湖の中に真珠色の雪が降るかのような光景だったという。
 白の姫を護る冒険者達を送り出した時、ヒトの霊査士・キャロット(a90211)は、白の姫達の行く先にある物のことを、「ランガルンカを知るために突破しなければならない壁」だと語っていた。
 突破しなければならない壁とは巨大な真珠珊瑚のことで間違いないだろう。と、いうことは――
「皆で真珠珊瑚のところに向かって、『白の姫に捧げる歌』の旋律を奏でればいいんだよ!」
 冒険者達の持ち帰った真珠珊瑚のかけらを掌で転がしつつ、キャロットはきっぱりそう言い切った。

「壁を突破するってことは、壁をぶっ壊してその先に進むってことなんだ。一人じゃ限界があるけど、たくさんひとが集まって、皆が湖に例の歌を響かせれば、きっと巨大な真珠珊瑚全てが綺麗なかけらになって散っていく。その真珠珊瑚の下に、ランガルンカの先へ続く道があるんだよ」
 ふむふむと頷きつつキャロットの言葉を聞いていたのは、湖畔のマダム・アデイラ(a90274)だった。
「ほな皆にその曲を覚えてもらって、真珠珊瑚の上で音楽会したらええんかな?」
「うん。また月の夜に白の姫達に連れて行ってもらって、皆で旋律を奏でて欲しいんだ」
 歌の響きに共鳴して、真珠色の珊瑚が細かなかけらとなって水の中に広がっていく。
 情景を想像したアデイラは、めっちゃ素敵やろうねと何処か甘やかな吐息を洩らした。
「そうだね、すっごく綺麗だと思うよ。で、実際真珠珊瑚のところで奏でる時は歌っても楽器で奏でても効果は同じだと思うんだけど、元々原住民さん達には『歌』として伝わってるわけだから、皆に曲を覚えてもらう時は誰かが実際に歌って聴かせるのが一番だと思うんだ。と言う訳で、よろしくね!」
「…………えっ?」
 よろしくされたアデイラは途端に口ごもって辺りへ視線を泳がせる。
 彼女は少しだけ、ほんの少しだけ――歌がへたっぴなのだった。

●真珠の珊瑚、月の歌に揺れて
 風の中に波紋を広げるかのように流れる声が、伸びやかに響いていく。比較的高めの声で奏でられる響きは音階を変え豊かに重ねあわされて、柔らかな光を思わせる旋律を紡ぎ出していった。
 アデイラに請われ皆の前で『白の姫に捧げる歌』を披露した夜の髪を持つ青年は、軽く呼吸を整えてから、紅玉の瞳を緩めて柔らかに笑う。
「これ……月の歌なんだね」
 歌に歌詞はない。だが青年――庭園の守護者・ハシュエル(a90154)は、緩やかに流れる音の連なりから月のイメージを感じ取ったらしかった。皆にちゃんと曲を伝えられる自信が無いからお願い、と泣きついた挙句半ば強引に彼を引っ張ってきたアデイラは、ハシュちゃんありがとうなんよと微笑みながら、彼の言葉に得心したように深く頷いた。
 白の姫達が纏う真珠色の輝きは、夜空に浮かぶ月の光にとてもよく似ているし、真珠珊瑚もやはり同じ色に淡く光るのだという。そう言えばキャロットも「月の夜に」と言っていた。
 恐らく、月光の下で奏でるのが最も相応しい曲なのだろう。

 艶めく漆黒が天穹を支配し、真珠の月が淡い光を投げかける夜。
 濃藍に透きとおる深く澄んだ湖へ、甘く香るオレンジの舟で漕ぎ出して。
 透きとおる水の中に真珠色の森を織り成す珊瑚へ向け、月の歌を紡ぎ出そう。
 緩やかな旋律が水面に響けば、瑠璃と濃藍に澄み渡る水の中にきっと――真珠色の、雪が降る。

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参加者
NPC:湖畔のマダム・アデイラ(a90274)



<リプレイ>

●真珠の珊瑚、月の歌に揺れて
 深く澄んだ遥かなる天穹は鮮やかな漆黒に支配され、深く透きとおった遥かなる湖は謎めいた濃藍に染まる。空と水の狭間を渡る風は常夏を感じさせる気だるい温もりと艶かしい夜の気配に満ちていた。潤みを帯びた風に撫でられて、甘い柑橘の香りが広がっていく。
 水面に揺蕩うのは甘く香るオレンジで作られた三日月の舟。あかりに照らされた濃藍の湖は瑠璃の色を映し出し、透きとおる水面を覗き込めば、水の下には小さな宮殿ほどもある巨大な真珠珊瑚の姿が見えた。真珠色に淡く輝く湖中の森を、同じ色をした魚達が戯れながら泳いでいく。けれど澄んだ湖面は静かに凪いで、息をひそめて待っていた。
 柔らかな波紋を生み出すために、月のしずくが落とされる瞬間を。
 真珠の月が空の頂へと昇る。
 天頂から降る光と湖中から溢れる光が、空と水の狭間で溶け合っていく。
 優しい光に包まれ深く息を吸い込めば、懐に抱いた真珠色の鱗が微かに震えた。
 胸に満ちるランガルンカの香り、体から溢れ出す祈りにも似た想い。
「この先にあるものを見てみたいから。……どうか、この気持ちを受け取って」
 綺麗な闇の中に甘やかさを秘めた月の夜を、緩やかに響き始めたユーリアの声が震わせた。
 瑠璃の水面から真珠色の魚が跳ねて、再び湖中へと帰っていく。
 歌と水音が響き合えば、真珠珊瑚を囲む舟から一斉に、柔らかな波の如き旋律が溢れ出した。
 幾つもの音が空と水の狭間で重なりあい共鳴しあい、大きなうねりとなって世界へと広がっていく。
 水面を震わせる深い響きにシエンは身を委ね、高揚していく心のままに音を解放した。
 歌える。今なら体全体を楽器に変えて、何処までも音を響かせていける。
 悪戯っぽく笑んだアメリアの目配せを合図に、テティスは己が唇から久方ぶりに歌を紡ぎだした。大いなる響きに自身の声を響き合わせていく彼女に誘われるかのように少しずつ声を深めていけば――澄んだ瑠璃の水面の下に、遠い過去の夢を見る。
 月の歌と言う名のしずくを落とされ、真珠珊瑚を抱いた水面へ広がる波紋。
 透きとおる揺らぎの彼方にアニエスは時の流れを垣間見て、時の中に積もった想いを昇華させていくかの如く喉を震わせた。響きに高まる心を縛る鎖は傍らにいる二人が溶かしてくれる。二人に、皆に、幸せを。新たな道が開けるようにと旋律を織り上げれば、僅かな哀愁と溢れる喜びを滲ませたユズリアの声が重なった。いつの日にか必ず訪れる最期の瞬間まで輝けるよう、時と思い出を重ねて生きたいとの願いを乗せて月の光を歌う。アニエスと二人泣きたい程の想いを抱いてシルフィードを見遣れば、仕方ないなといった風情で彼の響きが重ねられた。二人が己を大切に想ってくれることがわかるからこそ、共に旋律を紡げることを嬉しく思う。朗と風を震わせる声が流れれば、シェリエルが風を包み込むかのように滑らかな音を唇に乗せた。揺れる水面に陶然と見惚れ歌えば、銀の針で玻璃を弾く様に似た透きとおる音が夜を震わせる。
 真珠の珊瑚が小さく弾け、瑠璃の湖に淡く輝く雪が降り始めた。
 深き水の中に広がる真珠の森が、少しずつ雪へと姿を変えていく。
 もしも珊瑚が己が身の変化を怖れるならば、優しい歌を響かせよう。
 月の旋律が導く移ろいは、きっと終わりで始まりだから。
 珊瑚の森も珊瑚の雪も胸に刻み込むように瞳におさめ、ファリアスは誘いをかけるように歌の響きを膨らませていく。豊かな音の波に己の響きを調和させればまたひとつ珊瑚の枝が砕け、降る雪と水面の揺らぎにオリヴィエは心を震わせた。真珠珊瑚の彼方には、何が待っているのだろう。
 涯てなき大海を悠然と旅した鯨の骨は笛となり、タケルの指と息吹に導かれて湖に歌う。湖底に降りゆく真珠の雪が実りのための花となるよう祈りを込めて、微かに震える少女の肩に手を添えた。手にしたオカリナが紡ぐ優しい調べが珊瑚を砕いていく。その様が切なくて、メリーナはせめてこの音色が手向けになればとあらん限りの祈りを乗せた。ぽたりと落ちた彼女の涙に何かを感じたのか、アカネは自身の紡ぎだす音と声を更に深く水面へ響かせていく。
 珊瑚を砕くことはひとの我儘なのかもしれない。
 けれど『何もしない』ことは、きっと淀みを招いてしまうから。
 移ろう世界に、そして――移ろう世界に生きる、数多の命に。

●真珠の泡沫、月の歌に触れて
 艶めく漆黒の夜空には金銀の星が瞬いて、澄んだ瑠璃の湖には真珠の雪が煌いている。
 絶ゆることなく奏でられる旋律は荘厳な響きを成していき、体を透かす音の波に心を揺さぶられるのを感じながら、サナは深い呼吸を重ね澄んだ声を紡ぎ出した。透きとおる歌を魂に刻むべく心を開放し、アモウは妻の肩を抱き寄せる。愛しきもの全てを慈しむ想いを乗せて音を響き合わせれば、サナが「ずっと一緒に歌っていたみたい」と瞳で語り微笑んだ。
 初めて重ねた二人の歌は風の中に溶け合って、瑠璃の水面へと降りそそぐ。
 幾重にも響きあう深い音の中に揺蕩いながら、セイカは誰かに教わった通り心のままに歌声を響かせる。徐々に明るくなっていく声に誘われて、フィサリアは柔らかな息吹をオカリナへと吹き込んだ。緩やかに響きを深めていく音の海に沈みながら、マイトも己の声音を水面の揺らぎに織り込んでいく。
 澄み渡る瑠璃の中を舞い降りる真珠の雪に、知らず胸が騒いだ。
 真珠の月あかりに満ちて、真珠珊瑚の淡い輝きに満ちて、心と体の全てで優しい旋律を紡ぎだす。
 心を歌に紡げばメローの意識は瑠璃の湖に解き放たれ、夜の息吹を抱いた水の中で白の姫達と戯れる。降りそそぐ柔らかな光はテイルズが歌う月の音色。嬉しげな白の姫達の様子にテイルズの心も光と水の中に躍る。深い湖に溶け込む月の光に二人は声を響き合わせ、輝きを増す互いの歌に心を弾ませながら、期待に満ちた眼差しを湖畔のマダム・アデイラ(a90274)へと向けた。
 気圧されたように後退る彼女に歌の海に呼吸を溶け込ませるかの如くハーモニカを奏でていたレーダが瞳を瞬かせる。興味の色を隠せないながらも「気持ちよく歌って楽しめば勝ちだぞ」と微笑み誘えば、心惹かれたのかアデイラの視線が揺れた。その隙にシアが思い切り抱きつけばひゃあと声が上がる。「ちょっとはリラックスできました?」と悪戯の結果を確かめる子供ような笑顔で瑠璃の瞳を覗き込めば、肩の力が抜けたらしいアデイラは「あは」と小さく笑い、幸せの色を湛えるシアの歌声にそっと自身の声を重ね合わせた。響きあう音が生み出す真珠の雪は、きっと皆の想いの結晶だから。
 鮮やかに艶めく夜には真珠の光、優しく頬を撫でる風にはオレンジの香り。
 幻想的な水の上で皆と音を響かせれば、チェニルの心も軽やかに弾む。
「すっげ、嬉しい」
 思い切り破顔してアデイラを誘えば、穏やかな声音が響きを深めた。夜の湖上を導くようにナネッテが高らかに歌い上げれば、時折音を外しながらも後を追うように響きが高まっていく。一緒に頑張りましょうですよとスウが旋律を寄り添わせれば、湖の中に新たな雪が降り始めた。
 瑠璃の水に舞う、柔らかな光。
 この場所に、皆のこころに、優しさがたくさん降り積もりますように。
 瞬きも忘れて見入るシャインの抱いたリュートの音が、降りゆく光に花を添える。
 光の周りに踊る白の姫達は、きっと珊瑚の彼方まで旅に出る。あの向こうに興味があるんだとアデイラを見上げれば、あたしも、と好奇心を湛えた笑みが返ってきた。漂うオレンジの香りに心を和ませたチェルカが竪琴を爪弾き誘えば、アデイラは再び緩やかに旋律をなぞり始める。くすりと微笑んだチェルカが水面を覗き込めば、真珠の雪が星の如くに煌いて。
 覚えのある声に耳を傾けながら、セレは風紋のリラと己の声を響き合わせた。
 皆の音が溶け合えば透きとおる湖には雪が降り、珊瑚の彼方へ新たな道が開くという。
「綺麗な世界と冒険譚に憧れていた、幼い私の夢は……叶っていますね、着実に」
 優しい螺旋のようにめぐる音の連なりは、穏やかに調和し夜の水面を震わせていった。

●真珠の欠片、月の歌に浮きて
 清しく澄んだ水の香りと、甘く爽やかなオレンジの香り。
 心浮き立たせるランガルンカの香りが体を透きとおらせて、まるで月の光を透過させていくかのような心地がした。不思議な感覚に陶然と心を委ねたリラは、皆と歌える喜びを響かせていく。
 月の光が彼方までをも照らすようにと、想いを込めて。
 この歌が自然に生まれてきた歌なら、きっと私にもわかるから。
 オレンジの舟の櫂を握ったマーガレットも、心と体の力を抜いて、水面を揺らす柔らかな旋律に全ての感覚を委ねてみる。穏やかな揺らぎに呼吸を合わせれば、唇からは驚くほど滑らかな旋律が流れ出た。苦もなく歌い上げる彼女の姿に対抗心を刺激されたのか、クリスもオレンジの香りを吸い込み歌を紡ぎだす。優しい月の歌は何故か遠い日に聴いた家族の歌声を思い起こさせて、深き水の中に降りゆく珊瑚は春に溶けゆく雪を思わせた。春になれば雪は溶けて大地に恵みを齎すんです、と拳を握り、リーナは心の赴くままに声を響かせる。
 真珠の雪はどんな恵みを齎すのだろうと首を傾げ、瑠璃の水面を覗き込んだ。
「お姫様達〜知ってます?」
 真珠色の魚が、応えるように湖上に躍る。
 跳ねた水飛沫を浴びくすくすと笑いながら、メビウスが水の流れにも似た透きとおる声を水面に踊らせた。ずっと聴いてみたかったのと瞳を緩めたテフィンも紡ぐ声に旋律を乗せ、揺蕩う響きに溶け込ませていく。緩やかに降りそそぐ月の光を抱くように、アンジェリカは穏やかな音律を紡ぎ上げた。踊りたくなる心地を抑え、髪と手首に飾った鈴をりんと静かに響かせる。澄んだ音はリリムのアコーディオンから広がる優しい音色に包まれて、二人はまるで心が繋がったみたいと笑みを交わした。ググリムの歌声が水面を震わせる中、アスタルはゆるゆると雪が降る湖の中を興味深げに覗き込み、豊かに響く声を故郷の風へと乗せる。言葉少なにただ同じ景色を眺めながら、キズスは彼の声に竪琴の音色を添わせていった。数多の音が高く低く緩やかに軽やかに響き、月の光と珊瑚の光が溶け合うかの如く調和し、空と湖を柔らかな旋律の中に抱きとって。
 螺旋の響きに包まれながら、ケイカは全身を震わせ月の歌を歌い上げた。
 瞬きをするのも息継ぎをするのも何だかとても勿体無くて。
 瑠璃の中に輝く真珠の色へ、途切れることなく声を響かせていく。
 湖に、大気に、波を齎す旋律に合わせ歌えば、風の中にヤツキの猫尻尾がふわりと揺れた。あえかな光に輝く毛並みにセラトは琥珀の瞳を細め、その動きに合わせるかの如く口笛で月の旋律を追っていく。互いを捉えるように揺れる尾と視線に小さく笑いながら、サクは雪の香に似た音を響かせるという横笛を唇に当てた。神ではなく、共に在る皆と水底に眠る珊瑚へ、この音を捧ぐ。
 歌を、口笛を包み込み、透きとおる水の底へと月を満たして。
 淡く降る雪を思わせる音色に溶け込み豊かに響く音は花の声。柔らかな光を孕んで咲く水蓮の花。雪の音に誘われ琥珀の瞳と揺れる尾に促され、フォーティアはしなやかに歌声を響かせ紡ぎ上げる。
 歌に触れられ澄んだ音を立てて砕ける珊瑚の様は、光の花が卵から孵る様を思わせた。

●真珠の花雪、月の歌に降りて
 月の歌が満ちて、月の光が満ちて。
 澄んだ瑠璃の湖の中に広がっていた真珠珊瑚は緩やかに砕けて水底へと舞い降りる。
 真珠の森は姿を消して、そっと月あかりを受け止める掌のような珊瑚の底辺が残るだけ。
 優しい手の上で月のように丸く満ちていけるなら、どんなにか。
 陽の光を抱きとめて返す月のように、陽が眠りの中にあっても穏やかに満ちたくて、ニューラは月の歌を口ずさむ。瑠璃の水面に半ば沈めた鉄琴からは、柔らかな音と波紋が広がって。震えて砕け、真珠珊瑚が輝きながら散っていく。淡い光が水の中に散るように、いつかは家族と手を離さなければならないことを、シュリは知っていた。だから心と体を世界に溶かして月の歌を響かせる。
 君の道が、あの月の様な優しい光に満ちるように。
 月と湖のしずくが微かに震え、柔らかな旋律の揺らぎと甘いオレンジの香りがフィードを音の波の中へいざなっていく。光と織り成す笛の音色が雪を生み出し白の姫を踊らせる。儚き想いを月の光に重ねれば、甘い疼きが胸の奥を擽った。
 雪となって湖底へ降りゆく珊瑚のかけらは、いつかまた真珠の森を成すのだろうか。
 時の彼方まで命を紡ぎいつかまたこの森を目に出来るなら、とルニアは淡い笑みを口元に刻む。白の姫達の命もきっと、代を重ねて時の彼方まで紡がれていくだろう。生命の賛歌を響きの中へ。
 沈む月に、訪れる明日へ向けて。
 揺らぐ波紋に月あかりは煌いて、水の中に降る珊瑚の雪も光を放つ。
 綺麗だけれど儚い風景を抱きしめるようにフルムーンが月の光を歌えば、三日月の竪琴を抱いたリディリナが緩やかな旋律を生み出していく。夜空の月と湖面の月へ向けて、永遠に変わらぬものと、今、変わりゆくものへ。
 雪が降り、珊瑚の姿が小さくなっていく。
 最期の姿を忘れまいとノヴァーリスは瞬きもせずに湖面に見入り、齎される変化への期待を乗せて水の中へと歌を響かせる。傍へと泳ぎ寄ってきた白の姫達に手を差し伸べて、メルルゥは願いを込めて優しい響きで歌いかけた。大いなる世界への感謝と畏敬の気持ちは、忘れない。
 真珠色の魚達が、歌に合わせて湖上に跳ねる。
 満ちる月の歌の響きに重なる水音が心地よくて、世界に響き渡る歌と小さな水音を繋ぐ音律を探りながら、リューのヴァイオリンが新たな音を紡ぎ出した。空に満ちゆく音色に至福を感じれば、彼の音色を受けたメロスの竪琴の響きが湖に満ちていく。
 世界からのメッセージを受け止めて、ただ、感じればいい。
 心が受け止め感じれば、きっと音は歌になり、音楽になる。
「世界との合唱……合奏だね?」
 最後の雪が、水の底へと舞い降りた。

 真珠のひとかけらを受け止めた深い水底から、突如として大きな渦が生まれる。
 大きな渦は水面をかき混ぜ、湖底にぽっかりと開いた穴へ珊瑚のかけら達と幾許かの水を吸い込んでいく。固唾を呑んで水底を覗き込めば、今度は緩やかに辺りの水が震え始めた。湖底の穴からはこぽりと音を立てて、空気の泡と白い何かが浮かび上がって来る。
 花だ、と思った瞬間、湖底の穴が勢いよく水を噴き上げた。
 見上げるほどに巨大な水柱が、清冽な湖水と珊瑚のかけら、そしてひとの顔よりも大きな白い花を降らしめる。何処か覚えのある香りを放つ花は、湖の彼方からの贈り物。

 遥か彼方まで広がる水の片隅で、ランガルンカが緩やかな呼吸を始めた。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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作成日:2007/04/14
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