【永遠を願う罪と罰】花嫁



<オープニング>


「昼食会に出席していただきたいのですよ」
 紺碧の子爵・ロラン(a90363)は、冒険者たちにそう告げた。
 岬の上に建つ城館。そこでは海辺の土地を領有する老伯爵とその最愛の令嬢とが暮らしているという。
「依頼人は伯爵です。ですが冒険者を招いての昼食会という催しは、令嬢のために行われるものです。もう何年も、令嬢は日々を塞ぎ込んで暮らし、城館を出ることさえしないといいます。同盟諸国の冒険者という、彼女にとっては珍しい存在に接し、外界のいろいろな話を聞けば、彼女の気も晴れるのではないか、と……伯爵はお考えです」
 依頼の内容は、つまるところそれだけだった。
 要件をすべて言い終えてから……、紺碧の子爵は、いくぶん躊躇しつつも、口を開く。
「それから……、これはお話しする必要はないことかもしれませんが、一応、伝えておきましょう。……令嬢はなぜにひきこもって暮らしているか。それは数年前、結婚式が行われようとするまさにその当日、花婿を亡くしたからなのです。花婿は領土を隣接する貴族の若き令息。花嫁を迎えに伯爵の城館へ向かっているときに、不幸にもノソリン車ごと断崖から転落したのだとか。おわかりかと思いますが、この件に関係することは禁句ですよ」
 それは言わずもがなのことだったろう。
 だが、そのあと、付け加えられた一言は、聞くものの心に、なにか、簡単には割り切れない澱のようなものを残さずにはいられないものだった。
「……ただ――、彼女は、花婿の話をしてくるかもしれません。令嬢はいまだに、花婿が自分を迎えに来てくれることを信じているのですから。ええ、もちろん、その日からずっと花嫁衣裳のままでね」

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参加者
泪月華想・ミア(a00968)
桃華相靠・リャオタン(a21574)
トロンプルイユ・クレシャ(a22634)
モノクロームドリーマー・カナタ(a32054)
凍月の蒼・エセル(a43317)
桃華の歌姫・アユナ(a45615)
碧落草・シーズ(a46023)
純白虎魂・ミズナ(a57609)


<リプレイ>

 ざざん――、ざざん――と。
 波は断崖にあたって砕ける。
 海の色は深く、その下がうかがい知れることはない。
 たとえそこに、なにか秘密を隠しているのだとしても。

●岬の城館
 冒険者たちが訪れを告げると、使用人たちが物慣れた様子で館内へ案内をしてくれる。執事らしき人物がようこそいらっしゃいました、と一同を歓迎する。
(「トコトンそぐわねーな、俺」)
 桃空空如・リャオタン(a21574)は思った。
 それでもせいいっぱい、晴れの場にふさわしいいでたちにしてきたつもりだ。白い絹の生地に刺繍が施された、異国風の詰襟の服である。いつもはとらない帽子も、今日は外すよりないと心を決めた。
「こんな依頼はじめて」
 そうすることで緊張を忘れようとするかのように、モノクロームドリーマー・カナタ(a32054)が仲間にそっと耳打ちした。かの紺碧の子爵がセイレーン領から持ち込む依頼には、こういう風変わりなものが多いようだ。
「でも、できることをするのみ、かな」
「だな」
 ふたりは囁き合い、カナタは深呼吸をひとつ。
「こういったものを持っていても構いませんか?」
 凍月の蒼・エセル(a43317)が執事に訊ねた。今日は楓華風の衣装のエセルだが、懐中に儀礼用短剣を持っていてもよいかと訊いたのだ。
「結構です。そういったことも冒険者様のたしなみでしょうから。ですが、その――」
 執事の目はちらりと白月剣姫・ミズナ(a57609)に向いた。
 ミズナは物腰こそ礼儀作法にかなったものではあったけれど、格好は冒険者そのものであった。とりわけ、巨大剣がいやがうえにも目を引く。
「我が白虎斬鋼は一心同体故、持参致した。しかし邪魔になるようなら」
「ええ、お食事には差し支えましょう。その間、お預かりさせていただきます」

「お待ちしておりましたよ」
 次に通された部屋では、依頼主である伯爵が一同を出迎える。ロランは老伯爵と言っていたが、せいぜいが初老というところだ。相応に落ち着いた、華美ではないが質はよさそうなローブ姿である。
「この度は昼食会にお招き頂きありがとうございます。私は紋章術士のミア・グレインと申します」
「はじめまして、アユナ・フィーネです。本日はお招きいただきましてありがとうございます」
「クレシャ・スウィートです。お招きありがとうございますね」
 次々に冒険者たちが礼を述べつつ挨拶をするのに、伯爵は、目を細めて応えた。
「ようこそ。このような辺境のことで、大したおもてなしもできませんが、せいぜい寛いでいただきたい」
 薄桜色のワンピースに、やわらかなシフォンのストールを羽織った泪月華想・ミア(a00968)。桃花の描かれた、すこし楓華風の趣も取り入れた独特のドレスに、桜貝の飾りがちりりとかわいらしい音を立てるかんざしを合わせた桃華の歌姫・アユナ(a45615)。そして自身の髪に咲く花と同じ椿が描かれた服を着たトロンプルイユ・クレシャ(a22634)……。冒険者たちがそれぞれに気を使った服装は、伯爵には好意的に受け止められた様子である。
「娘も、みなさまと会えるのを楽しみにしておりましたよ」
 そして、父に促され、彼女が部屋に姿を見せた。
「令嬢はいまだに、花婿が自分を迎えに来てくれることを信じているのですから。ええ、もちろん、その日からずっと花嫁衣裳のままでね」
 紺碧の子爵はそう言った。
 なるほど、彼女は白いドレスをまとっている。大きく広がった釣鐘型のスカートがまず目を引いた。歳の頃なら、二十歳をいくつも出ていないといったところだ。ゆるやかに波打つ髪はセイレーン特有の水の透明感ときらめきをおび、小づくりな顔に施した化粧は派手ではなかったが、かすかに晴れがましいような、はにかみまじりの微笑を浮かべたその表情は、まさしく花嫁のものだった。
「ようこそいらっしゃいました。父がご無理を申しましたのに、いらしていただけて嬉しく思いますわ。わたくし、クリスティーナと申します」
「本日は昼食会へのお招きありがとうございます。私はシーズ・グラスと申します、お見知り置きを」
 碧落草・シーズ(a46023)は進み出て、令嬢へと、持参した花束を差し出した。
 雪のような純白のデルフィニウムに、クリスティーナの顔にぱっと光が差したようだ。
「まあ、素敵」
「あの……、俺も――」
 おずおずと言ってから、ああ俺とか言っちゃったよ的な表情を浮かべたリャオタンだったが、さいわい、誰も気には留めていなかった様子。皆、リャオタンの持ち出したものに目を奪われていたからだ。こちらは青色のデルフィニウムだ。しかし、それが氷の中に閉じ込められている。氷柱花なのだ。
「綺麗。……素敵な花をありがとうございます」
 にこりと笑って、令嬢は言った。
「さあ、どうぞ。お食事の準備ができていますから」

●昼食会
 食事は粛々と、むしろ寡黙とさえ言ってよいほど静かに進んだ。
「お口に合いますかしら」
 令嬢が問いかけるのに、ええとても美味しいです、とカナタが応える。
 実際、料理は素晴らしいものだった。
 前菜は薄く切った生ハムを添えたサラダで、さっぱりしたドレッシングでいただく。
 続いて近くの海で獲れるというカニの身をふんだんに用いたパスタ。
 メインは子羊のローストで、香り高いハーブのソースがやわらかな肉の旨みを引き立てる。
 加えて城館の厨房で焼き上げたばかりというパンに、成人しているものにはワインが、そうでないものにはガス入りの水か果実水がふるまわれた。
 申し分のない味ではあったけれど、場が静かなせいか、緊張感が漂うのは否めない。それでも多くの冒険者は、意外なほど作法の点では問題なかったし、不安のあるものも周囲の仲間たちの所作を盗み見ることで事なきを得ていた。
「昨今は、セイレーン領での冒険依頼も増えているそうですな」
 伯爵は口を開いた。
「だからですかな。みなさん、なかなか堂に入ったものだ。ですが、ご自由にお話しいただいてよいのですよ」
「ええ、ありがとうございます。……正直に申しますと、慣れない言葉使いで話しすぎるとぼろが出ますので」
 エセルがそう言うと、伯爵は声を立てて笑った。
「気になさることはない。そんなことでみなさんを試そうとは思わんですよ」
「よろしいですか?」
 令嬢にも水を向けると、彼女も肯んじてくれる。
「ありがとう。やはりこちらの口調の方が落ち着く」
「みなさま、お食事お済みでしたら、庭へ参りましょうか。お茶をお入れしますから」
 クリスティーナが言った。

●海を眺めて
 海からの風は心地よいものだった。
 庭にテーブルと椅子を出し、冒険者たちが席につくと、給仕たちがお茶の準備をしてくれる。
 白磁のティーカップに紅茶が注がれると、ゆたかな香りが立ち上る。
 あわせて色とりどりの、小さなケーキや焼き菓子が運ばれてきた。
「わたくし、冒険者の方とお話するのははじめて。きっとみなさん、わたくしの知らないことをたくさんご存知なのでしょうね。いろいろな場所を旅されるのでしょう?」
「ええ、そうですね」
 ミアが応えた。
「私は旅団で、竜を探してたくさんの冒険をしました」
「まあ、竜。おとぎ話でしか知りませんわ。竜をご覧になったことが?」
 あまりにも素直な物言いに、ミアはふっと笑みを漏らした。
「残念ながら、まだ。でもその探索の結果、新しい仲間に出会いました」
 呼んでもよろしいですか? とミアが訊ねるので、クリスティーナは不思議そうに頷き返す。
 すると、ミアのミレナリィドールが出現したので、令嬢は目を丸くする。
 魂の回廊にまつわる話は冒険者でないものが理解するのはなかなか難しいことだが、少なくとも、召喚獣という不思議な存在の話題は、彼女にとっても珍しいものだったに違いない。
「フワリンは知ってっかな。……いや、知ってらっしゃいます――ですか?」
 微妙にあやしい敬語になりながら、リャオタンが問う。
 ノソリンに似ているがすこし宙に浮いて歩くホワイトガーデンの動物について、リャオタンは熱心に語った。
「ホワイトガーデンというのは、空の上にあるという世界のことですね。噂では聞いたことがあります。貴方がたのような、翼のあるエンジェルという種族が暮らしているのだということも」
 リャオタンと、そしてアユナを見比べるように言う。
「羽はあるけれど、エンジェルは鳥のように飛ぶことはできません」
 アユナが言った。
「それはすこし残念ね。空を飛べたらどんなにか素敵かと思うのに……。ね、羽にふれてみてもいいかしら」
「ええ、どうぞ」
 クリスティーナの指がそっとアユナの羽毛をなでる。
「ただ、ぼんやりしていると体重がふんわり軽くなって、強い風に吹き飛ばされてしまうんです。だから、強い風の日はお外で考え事をしないように気をつけなくちゃいけないんです」
「まあ、そうなの」
「風に飛ばされて、どこか知らないところに行ってしまったら、アユナは方向音痴なのでお家に帰れなくて困ってしまいます」
 そう言ってアユナは笑った。つられて、令嬢のおもてにも笑みが浮かぶ。
 そうしていると、セイレーンの貴族であるとか、複雑な事情を抱えているとかいうことは関係なく、ひとりの若い娘に過ぎないように見えた。
「ホワイトガーデンの話がでたから、ワイルドファイアのこともお話ししましょうか」
 と、シーズ。
「ランドアースの南方にあるワイルドファイア大陸は、広大な常夏の地で、なにもかもが大きいんです。そうたとえば、イチゴだって――」
 ケーキに乗っている果実を指したあと、彼は両手を大きく広げて、
「こんなに大きいものが実ります」
「そんなに? わたくしが何も知らないと思ってからかってらっしゃるじゃなくて?」
「とんでもありません。植物だけでなく、動物も大きいのですよ。このテラスほどもある野生のネコや、マンモーという大きなゾウのような生き物もいます」
 身振り手振りをまじえて話すシーズ。
 ソーサーから持ち上げたティーカップを口に運ぶのさえ忘れて、クリスティーナはその話に興味深く聞き入った。
「機会があれば……今度は、ワイルドファイアの大きな作物を持ってきてご覧にいれますよ。荷物として抱えられる程度のものまでしか、ゲート転送では運べませんが」
 シーズの申し出には手を叩いて喜ぶ。
「楓華にはムシャリンがおるぞ」
 今度は楓華列島の番だとばかりにミズナが話しはじめた。
 ムシャリンは角のある、勇ましいノソリンだ。
 楓華出身のミズナは、同地の風土や風習について語って聞かせる。
「順番に他大陸の話題が続きましたから……地獄についてもお話すべきでしょうか」
 そしてカナタ。
「私が護衛士として働くエルヴォーグは荒涼とした土地です。他の大陸のように、ゆたかな特色のある風物はありませんけれど……それでも、人々が暮らしているんです」
 そんな地獄の民衆たちに、エンデソレイ護衛士団では『幸せの運び手』を用いた施しを行っている。
「冬にはお祭りを行って、とても喜んでもらいました。……冒険者といっても、戦うだけではないんです。私にとってはかの地の人々を守るのも、大切な使命。そのことを、お話ししたくて」
 クリスティーナは真摯に頷く。
「冒険者のみなさんは無辜の人々のために日々尽力なさっている。そのためにこそ、各地を旅されているのだから、本当はわたくしなどが何も考えずにいろいろな場所に行けて羨ましいなんて言ってはいけないのだわ」
 そんなつもりでは、と冒険者たちは言ったが、令嬢は笑みを浮かべて、固いお話しにしてしまってごめんなさいと返す。
「ここに閉じこもるよう暮らしていると、わたくしにも何もない――、そんなふうに思えてしまって」
「普段は何をなさっているのかな。なにかお好きなことは?」
 エセルが訊ねたが、彼女はそっと首を振った。
「わたくしはつまらない女です。毎日は本当に空虚で退屈。みなさんの話を聞いていっそうそう思ったの。わたくしはなんて無意味な日々をおくっているのだろう、って」
「私で良ければ何時でも貴女の話し相手になりたい――。そんなふうに思っている」
 エセルは言った。
「すこし、図々しいかな」
「まあ。でもわたくしの話なんて、面白いことなんてないのよ。繰言でしかないのだもの。……ご存知なんでしょう、わたくしの花婿のことを」

●永遠の花嫁
 場にしばし、沈黙が落ちた。
 それまで娘の笑顔を穏やかに見守っていた伯爵が、ぴくりと眉を動かすのを、リャオタンは見た。しかし父は口を挟まない。
「領内の民の中にさえ、わたくしのことを、気がふれたと思っているものがいることは知っています。みなさんはどう思われるかしら」
「いえ……」
 クレシャはあいまいな相槌を打った。だが少なくとも、彼女は狂気にとらわれているようには見えない。
「……どんな方なのですか」
 シーズは訊ねた。花婿について、現在形で質問したのだ。
「わたくしと違って、才気にあふれる方でした。本当にやさしくして下さいましたわ。でも……愛しては下さらなかったのかもしれない」
 意外なことを、クリスティーナは言った。
「それでも――わたくしは……今でもあの方を想っています。これは滑稽なことかしら」
「いいえ」
 ミアはかぶりを振った。
「相手を愛し想い続けるクリスティーナ様の気持ちは、とても美しく素敵だと思います」
 それに答えた令嬢の笑みは、しかし、さびしげだった。
 誰にも聞こえない声で、ミズナが、不憫な事よのう、と呟く。
 伯爵は、じっと口元を引き結んでいた。
「……このお菓子、とても美味しいですね」
 すこしの間を置いて、ミアが話題の転換を試みる――。

 ざざん――、ざざん――と。
 波は断崖にあたって砕ける。
 シーズは崖下をのぞきこんだ。
 確かに道幅は狭く、そこは事故が起きても不思議ではない場所だ。
「どう思う?」
 傍らにリャオタンが立ち、問うた。
 しかし今の時点で、シーズにはまだ明確な答はない。
 あの後はなごやかな空気で、時間の訪れとともに会は終わりとなった。
 ただ冒険者たちが城館を辞するその間際、伯爵がそっとかれらに囁いたのだ。 
「同盟諸国の冒険者諸君が、何事にも真摯に臨んでくれるものたちだとよくわかった。……また機を改めて、紺碧の子爵を通じて依頼を出させてもらうこともあるだろうから、縁があればよろしく頼みたい」
 そして、こう付け加えたのである。
「娘は……花婿が今もどこかで生きていると信じているのだよ。……私はそれを否定できない。そうだとしたら、しかしそれはかえって、娘を傷つけることになると私は思う。死んだのならそれは不幸だ。だが生きているのなら、花婿は花嫁を捨てたことになる。娘の考えは、しかし妄念ではない。事故があったのは事実だ。しかし遺体は――見つかっていないのだからね」


マスター:彼方星一 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2007/05/06
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