<リプレイ>
●扉 春の花咲き、香る石畳。 紳士ははたと足を止め、窓越しに見下ろす愛しの君へ、名残惜しげに振り返る。 その耳に甦るは、紅き片翼・エフォニード(a20102)の言葉。 「……貴方の態度が、一番想いを伝えるのでは、と。……勿論、我々も全力でお手伝いします」 背高帽の鍔摘み、目深に被って踵を返す。 共に向かう者らの後を追い、『彼』は石畳の庭を後にした。
●彼女の言葉 大庭へ向かう姿が見えなくなってから、『彼女』は室内――残った者らへ、視線を巡らす。 瑞々しく波打つ青の髪を揺らし妖艶に微笑むのは、年端も行かぬ……思わずロリ以下略なんて単語が過ぎるのはさて置き。 仕草は大人びても、容姿のせいか拭えぬ違和感。これぞまさに『おませさん』といった所。 何にせよ、事件の鍵を握るのは目の前の娘。 どんな答えが返ってくるものか。邪封の巫女・マコト(a60977)は先ず始めに、こう問うた。 「鍵が無くなった頃のことを覚えていますか?」 「さあ」 曖昧な返事。月下残影・トウヤ(a21971)は指先で髪を弄ぶ彼女の様子に、じっと注意を払う。 「無くしたのはお母様なの。いつの間にか大庭に行かなくなって。私はお花に興味ないから、ほっといちゃった」 その母も、今はもう故人だとか。 左様かと頷く、アベノ・メディックス(a49188)。そして、すばり問う。同種族・同性なれば、多少であろうとも信頼して貰えるやも知れぬ、ささやかな期待と共に。 「鍵はどのような形容であったか?」 「形は普通。大きさは掌くらい? いつも開けるの見てただけだし」 髪を弄びながら紡ぐ言葉。書き留めていた、鈍色銀糸・カルア(a28603)はふいと顔を上げた。 「お母様が最後に大庭に入った時期は?」 「判んない」 「母君から、在り処を尋ねられたりも?」 確認するように、トウヤが口を開く。 すると彼女はそういえばと小さく漏らして、髪を指先に絡み付けた。 「一回だけ。知らないって言ったら、そう、って。もう何十年も前だよ」 何十年。 やはり長寿の種族。過ごしてきた年月を外見から量るのは難しい。 ただ……思い出すようなその素振りに違和感が拭えないのも事実。 と、そんな目の前に、駆け抜ける疾風・ラウル(a47393)から差し出される羊皮紙。 「こんな鍵でしょうか?」 そこには、今までの話を統合し描かれた、『鍵』の姿があった。 「うん。上手ね」 髪を指に絡めたまま、薄く眼を細めて、口元にだけ淡い笑みを浮かべる。 ……やはり、この歳ですると、妙な仕草。 だがこれで、彼女の言う『鍵の形』は確認が取れた。 「では私は母屋の各部屋を回るとしよう」 何かあれば『大庭の門前』に。復唱し、メディックスは皆の顔を視線で一巡した。 「では、散会!」
●大庭の門 風に乗る香りは淡白に。 花の面影もなく、漂うは濃緑と土の匂い。 使われなくなって久しき屋敷を、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)が迷いなく進む。 彼女は一体、どのような想いで三つの品を所望したのか。 思い巡らせながら、施錠もなく容易に開く扉を幾つも潜り、目に付いた箪笥の下、絵画の裏など、片端から覗いて回る。 見える場所は綺麗なのに、引出しを開けると、隙間から入り込んだ埃が砂のように積もり、溜息を零しただけで一斉に舞い上がる。 その部屋の中にも、貴重品は殆どなく。中に隠れているのは、文房具や生活用品など、当り障りのないものばかり。 ふと手を止め窓の外に眼をやると、ラジスラヴァの瞳に、大庭を塞ぐ大門前に集う、『彼』を含めた数名の姿が映った。
屋敷の門、というと、忍び返しのついた格子状のものを真っ先に想像するが……今目の前にある門はどうだ。 「おっきな『盾』みたいなの」 体ごとを天に逸らせ、勝利の女神・ニケ(a55406)がびっちり填め込まれた真鍮の門を見上げる。 表面には複雑な紋様。鈍い黄色に緑の蔦が這い回る様は、遺跡の扉といって通用する趣だ。 「対になってるとしたら……鍵もきっと真鍮製だと思うの」 屈んだり、背伸びしたり。草葉の隙間に見える門を、一生懸命に覗き込む。 そんなニケの様子……よりは、腕組みして想い巡らす『彼』の方に投げていた流し目のような視線を、気まぐれを紡ぐ蒼・カノン(a39006)が獣達の歌と共に正面へと引き戻す。 「ねぇ、君達? どっかで鍵穴見なかった?」 すると小鳥達は連れ立って、門を覆う蔦の一点へ。 ここにあるよと言われ、歩み寄れば。 「完全に入り込んでるねぇ……」 この草を退けるのは……面倒臭い。 ここは皆に頑張って貰っちゃおう。 「鍵穴ここだってさ」 そんなカノンの思惑は露知らず、発見の報を聞いたエフォニードが、早速草を掻き分ける。 「大きいですね」 徐々に現れた暗い空洞……それは、薄い菱形。 直様に紋章筆記で様子を日記へ書き留める……その背面に足音。 振り返れば、散会した合間に足を運んできたトウヤとラウル、そして、透深の詩人・フィーネ(a51029)がいた。 かっては一体どんな素敵な庭だったのだろう。 フィーネが巡らせた瞳に映るのは、天辺に茨の如き鋼の返しがついた、分厚い石壁。壁は門に負けじと反り立ち、ぐるりと庭を取り囲む。 「これが鍵穴ですか?」 皆して覗き込む菱形へと、トウヤもまた視線を合わせる。ラウルは、羊皮紙を皆の前に広げ。 「……普通って感じの穴じゃないよなぁ」 「この形で、断面が菱形なの?」 「真中が分厚いなら、上下に鍵山を付けないと、回し辛いはず」 やはり『彼女』の言葉は嘘なのか。 暫しの観察の後、遅れて来た三人と入れ違うようにして、他の皆は本邸へ。 門前に残り、フィーネは一先ず、辺りを飛ぶ鳥達へと獣達の歌で問い掛ける。 「中の様子を教えて貰えませんか?」 『草が一杯』 「最近、中に誰か居た事は?」 居た、という返事に、一瞬心が湧いたものの……それは猫やカラスのことらしかった。 しかし、住み着いているならば、何か知っているかも。 フィーネは鳥達の言葉を頼りに、屋敷の裏手へ。 その間に外壁の一周を終えたトウヤは、勝手口や隠し通路などがないのを確認してから、粘り蜘蛛糸を投射、軽やかに門の頂上へ。 ラウルも粘り蜘蛛糸を集めて手足にくっ付けると、屋敷の壁へと取り付く。 上からの景色は確かに、フィーネが聞いた通り草木生え放題の荒れ模様。ただ、僅かな面影を残すように、ちらほらと花の姿が見て取れた。 身を翻し、大庭の中へと降り立つトウヤ。内側には開いたままの大きな閂。外から鍵をかけてそれっきりなのだろう。 「内側に鍵穴はなし……外からしか開閉できないのですね」 ラウルもまた屋根の上から大庭を見下ろす。 何か辛い思い出があって見たくないのか、本当に興味がないだけなのか。 そんな眼下。無事、猫との邂逅を果たしたフィーネの獣達の歌が、静まり返った屋敷の周囲に、緩やかに流れる。 「……そうですか。有難う御座いました」 「どうだった?」 歌が終わったのを見計らい、屋根から降りて声をかけるラウル。トウヤも丁度、再び門を乗り越えた所だった。 「特に変わった物が落ちていたりはしないそうです。カラスさんとのお付き合いも長いそうですが、そういった話は聞いていないと言ってました」 カルアが考えていた可能性の一つ、『閉めてから投げ込まれた』線もなしということになる。 屋敷内はラジスラヴァが既に探索済み。念の為にトウヤが土塊の下僕を使って再探索させたが、結果は同じだった。 となればやはり、鍵は本邸にあるということに。 「戻るか」 詳細に描いた、今の大庭の風景画をくるくると丸め、ラウルは今一度、本邸へと足を向けた。
●面影 水飛沫涼やかな噴水前。 「きらきらしたものか、さびているものをみつけたら、もってきて、ニケに見せてくれるかな♪」 喚ばれたばかりの土塊の下僕六体は、言われた通りに植え込みの中へ。 その間に、ニケは表門まで引き返すと……また新しく六体を召喚、横一列に並ぶ。 「一緒に歩いてくれるかな♪」 かつかつ、こつこつ。煉瓦敷きの庭を行軍する一人と六体。 がたつきや新しい煉瓦を見つければ直様停止、鍵が隠れていないかを、その都度に調べて回った。 そうして庭を動き回る間にも屋敷を見上げ、窓や壁の景色に、異変がないか……
……ふいと、窓に映る全身鎧。 鎧聖降臨を掛け直し、軽やかなドレス調に再構築、メディックスが華やかにしつらえられた部屋を回る。 使用人らはいつも通りのお勤めを、いつも通りにこなしている。 そんな使用人らに遭遇するたび、メディックスは僅かなりとも情報を得る為、積極的に話し掛ける。 これも全ては、依頼完遂の為。 HGV様の名の下に! なお、HGVはヒューマンガードベントの略らしい。 「つかぬ事をお聞き致すが……」 さてしかし、使用人達は代替わりの際に一新されたらしく、当時に詳しい者は皆無に等しかった。 「そうですか……」 フィーネの方も、人から得られる情報は似たり寄ったり。 ただ、一人だけ。 「お館様と、先代様は、仲が宜しくなかったと伺っております」 今まで何故、門を開けようとしなかったのか。心当たりがないかを問うた言葉に、初老の執事だけがそう返した。 流石に、彼自身も後から職務に就いた身で、それ以上の情報は得られなかったが。 暫し思い巡らせ、フィーネはぽつりと零す。 「お母様を思い出すから、開けたくないのでしょうか」
廊下で、庭で、部屋で。顔を合わせる毎に、皆は新たに得た情報を交換し合う。 「母親か。恋愛関係かと思ってたぜ」 フィーネの話に、ラウルが納得したように頷く。 「残るは離れのみであろうか」 先にメディックスが訪れた時は鍵が掛かっていた。使用人に尋ねても、許可がなければ駄目だと言う。 「さて、如何様にして踏み入ったものか」 思うその目に飛び込んで来たのは……眩い光。 ホーリーライトを頭上に浮かべ、床壁天井、余す事無く照らし出す。 鍵が填め込まれていたりしないか。それは、皆が探さない場所を重点的に捜索するニケだった。 「ニケ氏、手応えは如何に」 応えるように差し出される、錆びた鍵。 「植え込みに落ちてたの」 しかし、それは菱形でもなく、極普通の物。 「……違いますね」 「でも一応見せてみるか」 「ニケはもうちょっとお屋敷巡ってみるね」 彼女の元へ向かう三人に鍵を預け、ニケは再び光と共に、廊下の角へ消えて行った。
●彼女 読み通り、というべきか。 エフォニードがわざと堂々と持ち込んできた真紅のチャクラムに、彼女はずっと興味津々。 そのお陰もあってか、会話も弾み……ただ、情報を聞き出す為といえカノンが親しげに会話をしている姿と、 「あの人結構俺の好みなんだよね〜」 「あは。要る?」 冗談めかした遣り取りに、彼が複雑そうな顔をしていたが。 「でも、どうして鍵が欲しいの?」 庭には興味がないのに。カノンは首を傾げる。さっきラウルが見せた庭の風景にも、余り興味を示す様子はなかった。 「丁度良かったし」 単なる試練か意地悪か。悪びれるでもない彼女。 そんな彼女は中々離れに人を入れようとしない。 彼女立会いの元で調査を……ラジスラヴァも思いはすれど。 「私の部屋なんだから、ないのは私が一番知ってると思わない?」 尋ねても、つん、とした様子で、髪先を指に絡めるばかり。 その時に、トウヤは気付いた。 あれは、嘘をつくときの癖なのだと。 鍵は離れにある。マコトの中にも確信めいた感情が育つ。 「貴女の心の鍵を探しているのだ」 フォローするようにエフォニードが言った言葉に、上手いこと言ってと笑う彼女。 傍に着いて会話を交わしてきたのは、決して無駄ではなかった。 この一瞬を見計らい、カルアはすかさずに切り出す。 「実は今日、北方の女王から賜ったサファイアを持ってきたんだ」 途端に彼女の目の色が変わるのが、その場にいた全員に判った。 それは興味を惹く為にとカルアが道すがら話していたもの。さっきは途中で会話が途切れてしまったのだが。 「見せて見せて」 興奮して、歳相応にはしゃぐ彼女。 そこですかさずトウヤも仕掛ける。 「おや、珍しいのですか?」 「まぁね。でも、もっと凄いのあるし」 「それは是非、拝見したいです」 見栄を張るような言動に、マコトも間髪入れず入り込む。 「いえ、私もそういった品に興味があるものですから」 「凄いよね、俺こんなのしか持ってないよ」 更にカノンが持参の青い宝石を手元で弄べば、彼女は俄に、くるりと身を翻した。 「ちょっとだけ見せてあげる。絶対びっくりするんだから!」 自身満々な様子で、彼女は遂に、離れへと歩みだした。
●鍵 離れは、光っていた。 『刀剣集め』と聞いて最初は訝しんだものだが、こうして現物を見ると。 「きらきらした物が好きなのですね……」 ぴかぴかに磨かれた刀身。 周囲には宝石や靴がディスプレイされ、博物館か何かと見紛う程。 「凄いでしょ」 得意げに、品の由来や曰くを語る彼女。 ……もっとも、許可もなく一歩でも進み出ようものなら、物凄い形相で阻止されたが。 この中のどれかが。 聞き手はカノンとラジスラヴァに任せ、他の皆は睨めるようにして一つ一つを確認し、手掛かりを探す。 断面が菱形で真鍮の鍵。 ……菱形? 「『刀剣』ですね」 「真鍮製の、か」 「こんな模様の」 エフォニードが門の紋様を書き写しておいた紙を広げた。頷いて、トウヤは彼を促す。 「探しましょう。『鍵』はもうすぐそこです」
その瞬間、メディックスは思う様に拳を振り上げた。 「討ち取ったり!」 ……何か違う気はしつつ。 突如あがった勝ち名乗りに、彼女が驚いたように振り返る。 そこには『彼』が居て、その手の中には一振りの短剣。 途端に、彼女の瞳が見開かれる。 「あの方はとても貴女を想っている……だから、ああして奔走している」 エフォニードがそっと囁く。 「……そんな風に想って下さる方と、素敵な恋が出来たらとても幸せだ、と……思いませんか?」 わたしにも大切な方が居る、ですから…… 微笑と共に彼女の背を押す。 「麗しの君。所望の品を此れに」 ゆっくり引き抜かれる短剣。 そして現れたのは、真鍮製のソードブレイカー……そっくりの、『大庭の鍵』であった。 「あーあ、ばれちゃった」 ぺろっと舌を出し、彼女は困った表情で鍵を受け取った。
後日。 他の二つの品の獲得にも見事成功、『彼女』は約束通り『彼』とお付き合いをする事となった。 「飽きたらばいばいだからね」 とは、彼女の弁であるが、現在は存外に宜しくやっているそうである。 ……ちなみに、その真の原因というのが、エフォニードのこっそりハートクエイクアローと、カノンの放蕩の宴合わせ技一本討ち取ったり、のせいなのだが、本人達がそれを知る日が来るかは、神のみぞ知る。

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参加者:10人
作成日:2007/04/22
得票数:ミステリ1
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冒険結果:成功!
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