盾の裏に潜む魔



<オープニング>


 いつかどこかで耳にしたことのあるような言葉――。緑の丘の連なる地帯に現れた二体のモンスターについて、薄明の霊査士・ベベウが説明を続けている。
「まるで石柱のような足を持つ……巨躯の化生が相手です。彼の者はその体躯に相応しい、巨大な盾を有しています。人間の形を象ってはいますが、右腕は生えておらず、二本の足を巧みに操る体術で皆を苛もうとすることでしょう。それに……」
 黒髪の霊査士は言葉を継いだ。人の背丈を優に越えるこのモンスターだけが相手ではない。片腕に装備された長大な盾の、その裏側にも魔は潜んでいるというのである。
「この化生は、眷族の手にする盾の裏側に身を潜めて、表に姿を現すことはけっしてありません。それに、邪竜導士めいた力を発現させてくるため注意が必要です」
 注意すべきは、これら二体のモンスターが互いの短所を補うような関係にあるということ。『蠢く影』が呪われた影を放つことによって冒険者たちを絡めとり、そこへ『巨躯』が大地を揺るがす衝撃波を見舞う他、『蠢く影』は『巨躯』の盾に寄生して堅牢な守りを得ているのである。
「剣士にとって『蠢く影』は侮りがたい相手、また『巨躯』は術士にとって難敵となるでしょう。ですが、こちらも優れた連携をみせることができれば、きっと勝機を得られるはず……皆に、希望のグリモアの加護がありますように」

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参加者
紅炎の紋商術士・クィンクラウド(a04748)
蒼剣の騎士・ラザナス(a05138)
凪影・ナギ(a08272)
麗滝の薬師・カレン(a17645)
白の戦鬼・ブラス(a23561)
焔纏う一陣の風・ディーン(a32427)
深森の迷い子・セーラ(a33627)
烏珠の剣・ヒースクリフ(a34207)
太陽抱く光の乙女・ミレイナ(a39698)
深淵の流れに願う・カラシャ(a41931)
いつか星の大海へ・ミレアム(a45171)
混沌と調和の不死鳥・エイフィス(a58646)


<リプレイ>

 暖かだった春の気配はどこかへと失せて、あたりは青銅色の闇に覆われ、漆黒の天蓋に鎮座する月影は凍え、吹き抜ける風は酷く冷たい――。
(「またあの巨人と盾に対峙することになるなんて、前に来た時は思ってもいなかったなあ……」)
 彼は浅葱色の瞳で、闇の、他よりもより深いと思われる場所を見つめている。紅炎の紋商術士・クィンクラウド(a04748)は感じていた。かつての冒険者たちは異様な抑圧の波動を放っていたのである。紋商術士の手によって、彼女は身につける革の胸甲を、純白の術衣らしきものへと変幻させた。傍らの仲間に会釈をして気持ちを伝えると、世界を巡礼する光の乙女・ミレイナ(a39698)は一変してその美しい顔容から優美な微笑みを失せさせて、静かな、張りつめた感すらある抑揚で、神秘へと告げる言葉を口にした――その身が、不可思議な虹彩を発する魔炎に包まれても、彼女は言葉をやめない。
「……汝も罪を抱いていることを忘れなかれ……」
 ドリアッドの少女はためらうように視線を足元へと傾けさせていたが、そこに微風になびく小花を見たせいか、あるいは、心の裡で決意が固められたためだろう、月を見あげるようにして化生の恐ろしい姿を見遣った。
「燃ゆる木の葉、熱いだけでは済ませませんの……」
 深森の迷い子・セーラ(a33627)は『道標』の名を与えられた不可思議な杖――先端には行き先の記された板が固定されているが、彼女がいつも持ち歩いているので立て札としての意味をなさない――を掲げると、心の力を解き放ち、次いで、渦巻く魔炎を解き放った。
 標的はふたつ――しかし、狙うはひとつ。彼が傾斜を風のごとく過ぎ去った刹那の後、同じ場所に白銀の幌が翻された。見あげねばその全貌を目にできぬ相手へと、その忍びが仕掛ける。手立ては我が身を楔として敵の体躯に打ちこむというもの。凪し残影・ナギ(a08272)は飛翔した。そうして研ぎ澄まされた闘志に包まれながら身をねじり、螺旋を描きながら『巨人』へと迫り、頸部をかすめてその背後に降りたった。
(「冒険者だった頃……どんな奴らだったんだろうな……」)
 胸裡にふと湧いてでた疑問――だが、焔を纏う一陣の風・ディーン(a32427)は気持ちを緩めることはしなかった。その気高い緋色の瞳で、巨大な影の一点を捉え、そこに殺気を収束させる意識をもって魔弾を射なければならない。彼は実際にそうしたのだった。中空に鮮やかな光の線を引いた耀う矢が突きたてられたのは、『巨人』の体躯のわりには狭い眉間であった。
 麗滝の薬師・カレン(a17645)は目元に力をこめて張りつめさせている。その理由は、『触手』の数が多く卑猥さを感じさせる影が、『巨人』の構える盾の裏側からのぞいていたから。ふくよかで愛らしくもある唇をわずかに尖らせて、彼女が細い吐息を紡いだ直後のことだった。『触手』がその歪な影を膨張させ、闇色をして、先端が鋭く尖った幻影を伸ばし、それを戦場のそこかしこへと蔓延らせて、冒険者たちの身を貫いた。カレンは足を貫かれ腕を切り裂かれていたが、その身の自由を奪われてはいなかった――癒しの光波を放つべく言葉を呟く。
「薫風よ、痛みを眠らせたまえ」
 彼は騎上にあって、後方の様子を見遣るべく上肢をひねっていた。仲間たち――特に麗滝の薬師のこと――を案じた後、蒼剣の騎士・ラザナス(a05138)は視線を敵影へと戻した。強い光をあてられた水面がそうするように、彼の手にする『雷剣』は変幻する輝きをちらつかせている。侮れぬ相手――そう認める巨躯へと、彼は疾風のごとく迫り、その膝頭に薙ぎの斬撃を見舞った。
 敵の行く手を阻むようにして散開した剣士たちの背を、いつか星の大海へ・ミレアム(a45171)はその後方から見つめた。翡翠の目をしたドリアッドは、錫杖から玲瓏な響きをたてると、銀環で触れるようにした空間に、光り耀う紋章を描きあげていた。『巨人』は放たれた白銀の狼にしばし苛まれていたが、その歯牙から逃れると、膝を折り曲げ――それでもその巨躯は小山のようだった――驚くほど高く飛びあがった。彼のものが丘の中腹に落下した瞬間、あたりには泥の怒濤が起きあがった。
 自らを敬虔さを繕ったものと自認するリザードマンは、しかし、我が身の頑健さは真実と知っていた。事実、白の戦鬼・ブラス(a23561)は『巨人』の怒濤を浴びせかけられても、未だに自らの足で立っている。しかし、他の術士たちは尋常ならざる膂力に身を晒され、一様に傷つくことを余儀なくされていた。術手套で護られたその大きな拳で、ブラスは虚空の一面を打ち砕いた。そうやって彼は、その身から淡い癒しの光波をたゆたわせ、傷を負った仲間に慈愛を届ける。
 誰かが傷つけられる前に、葬る――。鴻鵠を思わせる眼差しに、薔薇の花びらのような唇をした青年は、眼前に立ち塞がる障壁のごとき巨躯を貫くような視線で見つめている。双頭の刀剣が空に弧状の軌跡を浮かべた直後、高貴なる鳳凰・エイフィス(a58646)の姿は先ほどまで彼が立っていた場所から消え失せていた。長く伸ばされた髪を宙にたなびかせて彼は、目にも鮮やかで危険な旋舞を『巨人』に披露していた。
(「けっして退かぬ。ならば、最期まで戦い抜くのも、また一興」)
 そう心の裡で言葉を連ねた男は、名を双面の道化師・ヒースクリフ(a34207)といった。満ちても欠けてもいない半月の穂先を抱く槍『弦月』を操る翔剣士である。『巨人』へと迫る瞬秒の間、彼の耳元には銀の十字が揺らめいていた。凍えるかのように震える輝きがあたりにちりばめられ、彼が『弧月槍』を幾度も化生の体躯に突きたてている間も、その耳元の銀十字は揺らめいていて、まるで囁きかけでもするかのような輝きをちらつかせていた。
(「盾に隠れて、自分に攻撃が来ないようにするなんて……元は臆病者だったのでしょうか?」)
 少女はそう思った。『触手』は自ら熾烈な威力を発する力を有するにも関わらず、眷族が手にする防具の裏側に張りついて、その姿を表に現そうとはしない。『害なす魔の杖』で月の座す中天を示して、深淵の流れに願う・カラシャ(a41931)は心の力を高めてゆく。そして、彼女は自らまとう美しい細工の防具に、鎧聖のもたらす堅牢さとたゆたう波のような外装とを与えた。
 
 冒険者は化生との対峙を続けた。『触手』が夜の闇すらも貫くのではないかと思われる力であたりを包みこみ、『巨人』がすべてを薙ぎ倒し飲みこむ怒りの奔流を発現させても、彼らは丘の中腹に在り続けた。
 鎧聖を供与されていても、膨張した『触手』の影に触れることは、エイフィスやクィンクラウドには厳しい体験だった。それは、ナギにとっても同様であり、彼らは恐ろしい危機の一歩手前にまで、何度も陥らねばならなかった。だが、ナギにはまだ余裕があった。黒い影に貫かれても、我が身に自由が残されているのだと知ると、彼は血の色をした鋼糸『堕蛇紅血』を虚空で弄びながら、軽口すら叩いたのである。
「おっかねぇーなぁ、元は双子の兄弟か姉妹じゃねぇの?」
 闇の闘気をまとった鋼糸が、音もなく空間を渡り、そして、『巨人』の柱のような足の向こう脛を切断する。――ラザナスはけっして退くわけにはいかなかった。だから、化生の巨躯が驚くべき早さで自身へ迫ってきても、騎上で聖盾『ブリーシンガル』を構え、来るべき衝撃に備えただけだった。『巨人』の蹴りは武人の肉体を微塵に砕くかとも思われたが、ラザナスは耐え抜いた。彼が守りたかった彼女は祈りの続けている――カレンはひとつひとつの言葉を確かめるように紡ぎながら、瞳は閉じて、左右の指先は絡めあわせて胸元に添わせ、静謐なる安寧をその身にまとっているかのようだ。呟かれていた言葉は――森の光よ、不可視の縛を解け。
 ふわりとした風合いの、飾り気のない法衣に包みこまれた彼女の肉体は、太陽によく愛された者に許された黄金の肌をしていて、しなやかで、優美で、少女らしくもあった。セーラが奏でた歌声は、闇のなかで化生と戦う仲間たちそのすべてへと届けられ、肉体には力を、精神には高邁さを取り戻させた。クィンクラウドは、『巨人』の構える巨大な盾を睨みつけるようにしている。『炎鳥の腕輪』の加護を受ける右手が空をかくと、紋章術士の眼前に滴り落ちんばかりの輝きで構成された球体が浮上した。その内部に意味ある言葉を封じて輝きを強めると、彼は腕を再び振りぬいた。
 眷族が光弾を浴びてその巨躯を揺らめかせた直後、盾の裏に潜む『触手』は蠢いて、件の、醜悪な眺めのなかに残酷な痛みをしのばせる力を展開させた。左肩を貫かれ、純白の羽根をいくらか散らされても、ミレイナは悪しき力に屈しない。『白耀翼の杖』から淡い白光を薄暗闇にちらしながら、自らも癒しの光風をまとってそれを仲間たちに届ける。時を同じくしてカラシャは歌っていた。昼日向に見れば、うっすらと青紫の血脈が浮いていて、まるで透明な何かでできているのかとも思われる皮膚をした少女は、胸にたくさんの夜気を吸いこみ、凛とした歌声を響かせていたのである。そして――エイフィスは旋舞を続けていた。彼の途切れることを知らぬ舞いは、美しい双頭剣の剣を怪しく閃かせ、幾度となく『巨人』の下肢を刻んでいた。
 巨大な影が降ってきて、続いてヒースクリフが知覚した事柄は、あまりに重厚で硬質な何かが、その圧倒的な質量を自身の体躯に叩きつけてきたという事実だった。漆黒のダークネスクロークが翻って彼を守ったが、それでも十分ではなかった。痛めつけられた体躯は鉛のように麻痺して、彼は動けなくなっていた。だが、それも、まるで尊い何かを崇めるようにして月を見つめるブラスが、淡い輝きを周囲へと拡散させるまで――そして、祈り続けるカレンがあの言葉を囁くまでのこと。
 全身に痛みは残っていたが、ヒースクリフは一度きりのまばたきを澄ませると、瞬秒の間すらも惜しむように駆けだした。限界に限界はないのだとしても、彼は自己の極限をもって『巨人』に挑んだ。彼の、全身全霊を傾けての斬撃は、光の花びらを散らす美しいものだったが、同時に――俊敏で鋭く、熾烈ですらあった。
 白い鱗がなめめかしいパインヴァイパーの吹きだした緑の気体が、ミレアムの正しく記述した紋章へとまとわりついた。そして、精緻を極める記号の中央から現れた光の獣にも、緑の気体は取りついていたのだった。
 ――化生の見あげねばならぬほどの体躯が、しなやかな体つきの狼によって抑えこまれている。口笛を吹いた者があった。それは、ナギが術士へと示した賞賛の響きであり、彼自身が駆けだすための切っ掛けともなっていた。夜の闇に紛れて、『堕蛇紅血』は化生の肉体へと迫り、それをなますのように刻んだ。ディーンは巨体に迫るナギたちの動きをつぶさに見てとっており、神弓『花鳥諷詠』にはすでに、灰に透き通った矢羽根の魔弾をつがえている。射手の放った一矢は、まさに一陣の風のように標的へと達し、その厚くて岩のような表皮を貫き、肉体そのものを穿っていた。
 巨大な盾の化生に引導を渡したのは、そびえたつその巨躯へと駆け寄ったグランスティードと、その騎上者である武人だった。流れる水のように、なめらかに滞ることなく振りぬかれたラザナスの『雷剣』により足を断たれたのである。
 命を失うと『巨人』は真新しい断面から泥のような何かを耳障りな音とともに噴きださせ、巨体を地に這いずる抜け殻へと変えた。
 誰ひとりとして欠くことなく『巨人』を討った冒険者たちは、続いて、盾の裏側にひそむ『触手』との戦いに移行した。それは血が染みだすようにして丘の斜面に現れて、件の、体躯を膨張させるかのような力を展開させた。そればかりではない、突然にヒースクリフへと飛びかかって、彼の守りを自らのものにしようともした。だが、この奇襲は失敗に終わった。翔剣士は『触手』の能力を警戒していたし、ストライダーらしい機敏さも発揮して、けっして取り憑かれはしなかったのである。
 勝負の帰趨はすでに決せられていたのだろう、その結末は呆気ないものだった。後ろ盾を失った『触手』の肉体はあまりに脆弱だったのである。地をのたうちまわる哀れな成れの果てを仕留めたのはエイフィス。彼は、美しく綻ぶ幽玄の薔薇たちを薄暗闇に瞬かせては、その合間を貫くようにして駆けぬけ、蠢く黒い影に峻烈にして華麗なる斬撃を重ねた――。
 そうして、丘の中途に巨大な亡骸とそうではない何かとが残された。
 
 何か低い物音が聞こえたような気がして、クィンクラウドは眉をしかめた。だが、その物音とは彼が知らぬうちに響かせていた喉の奥からの、ささやかではあるが満足げな喧噪だった。紋章術士が次にしたこと――瞳を細め、声をあげて笑う。
 眼前に横たわる巨大な亡骸を前にして、ディーンが戦いの臨む時分とはすっかり異なる様子となっている。小春日の目映さに耐えでもするみたいに瞳を細め、敬意を示すために腰を折りさえしていた。彼の口からは、先達たちの味わった艱難に対するねぎらいの言葉が紡がれていた。
 蠢かなくなった黒い影は、浜辺に打ちあげられて力なく干からびるだけの海月をどこか思わせるのだった。カラシャはぽつんと佇んで、その群青色の瞳でかつての冒険者のことを見ている。彼は――なんとなく相手は異性であった気がしていた――臆病だったのだろうか。
 ナギは心の裡でふたりに語りかけていた。その際に、彼の飄々とした顔立ちは、真摯な様子となったり苦笑いを浮かべたりと変容した――。
(「存在自体が罪だとかなんだとか俺はそんな風に感じないし考えもしねぇけどよ。あんたらを討つのに、俺なんか心が繊細だから色々準備が大変だったけどよ……でもこのままただ放浪し続けるってのも、きっと疲れたぜ?」)
 その胸に春の小花を合わせたブーケを抱きとめて、ミレイナはふたりの合間にかしずいた。月影の朧な薄膜をまとう化生の亡骸に、彼女は話しかけながら、花束を手向けた。
「神にも忘れられた孤独なあなた……それに、誰も目にも触れたくなかったあなた……。どうか安らかに……」
 彼は彼女の肩へと手をまわし、その髪からカモミールの芳香が舞いあがるのを感じていた。彼女は彼の胸へと整えた指先を這わせながら、瞳を閉じている。
「互いを補いあうふたりだったのでしょうか」
 そう尋ねたラザナスは、自らの胸にカレンの頬が寄せられたことを感じて、肩を抱きとめる腕に少しだけ力をこめた。カレンはラザナスの存在をしっかりと感じていたが、薄く閉じられていた唇をかすかに開くと、暖かな吐息を指先にまぶした後、口元を覆う指先の合間から言葉をこぼれさせた。
「名もなき彼らに森の安らぎと……再びグリモアのご加護があらんことを……」


マスター:水原曜 紹介ページ
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作成日:2007/05/05
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