<リプレイ>
●春の樹木 槍の穂先を思わせる白い花弁が、漆喰の壁に蔓延る蔓草の先端に咲きほこり、それらは、あたりに甘く重たくたちこめるほどの香気をたたせている。そこは長閑な村で、半月状の石が敷き詰められた小径を歩む人々の足取りもゆったりと穏やか、その表情も心なしか微睡んでみえる。早朝からの仕事を終えた農夫たちが帰宅しているのだから、彼が目にした光景から抱いた感慨も、あながち間違いでもないのだが――。書を追い求める者・キール(a58679)は、この集落の長である麦藁帽子をかぶった老人へ、自分たちがここにやってきた用向きの、その説明の続きを行った。 春の柔らかな陽射しを浴びて、彼のまとう鈍色の甲冑には、幾重もの光と影とが織りなす曲線が浮かびあがっている。斜陽支えし鋼盾・ジェフリー(a60090)は、老人との話し合いを終えたキールがこちらへとやってくるのを視界の端に認めながら、この集落で暮らす猫について詳しいという少女の話に耳を傾けていた。腰の裏側に猫の尾を生やしているからといって、必ずしも優美な尾をした獣のことが好きだとは限らないが、この少女は例に漏れない存在のようだった。ジェフリーは礼を言って彼女と別れ、仲間たちと広場に向かった。 広場には大振りな傘の天幕が設置された。その紅い髪をしたエルフは、薄暗い天幕の内部を微睡むような眼差し――それでも嬉々とした様子――で見渡した。これから、このあまりに広くはない空間が猫たちで満たされていくのだと思うと、天幕の番という役割を与えてくれた仲間たちに感謝せずにはいられない、時は滴り落ちる・フィオナであった。 天幕が置かれた広場から、冒険者たちは方々へと散った。ジェフリーはキールと連れだって、集落の北側へと向かった。彼は、片方の先端には猫を誘うための鈴を、そして、もう片方には粘りつく物体をへばりつかせた、身の丈を遥かに越える長さの棒を手にしている。 キールからの、愛らしい鳴き声がしたとの報告を受けて、ジェフリーは歌を口ずさんだ。そのしらべは、獣と意志を通わせることのできる不可思議な力を含んでおり、ぶっきらぼうな重騎士らしく飾り気のない詩句ではあったが、つい先日に友人から教わったばかりの旋律によく合うものだった。傍らに立つエルフが、あたりに清冽な風を渦巻かせるなかで、ジェフリーは剣を引き抜いた。長い棒によってはたき落とされた虫は、石畳の上で転げていたが、鋭い切っ先で背を貫かれると、体躯をうねらせながらしばし仔猫の鳴き声を真似た後、死んで静かになった。 ●漆喰の楓 「恐いよね……仔猫の鳴き声をだすのに、毒を持った虫だなんて……」 目にも鮮やかな緋色の髪をしたその少女は、ほっそりとしていて長い手足を元気よく繰りだしながら言った。小さな石が敷き詰められた小径を、明けの深緋・キマ(a59765)はもうひとりの冒険者と歩んでいる。同行者はキマに対して、自分は仔猫の鳴き声がすると家のなかから表に出て、思わずその姿を探してしまう、と言った。それに、そんな自分は、真っ先にこの集落に現れた虫の餌食になってしまいそうだ、とも――。大人の女性らしいしなやかな仕草で、栗色の髪が伝う胸元に掌を押しあて、自らが恐怖に戦いていることを示した後、穏かに流れ往く・マシェル(a45669)はその美しく整った唇の合間から、赤い舌先をちらりとのぞかせた。小さな笑い声をたてながら、キマは思うのだった。――マシェルみたいな人を、それに、彼女が好きだという猫を、絶対に守ってあげたい。 彼女たちはふたりして歌を唄った。 ――こんにちは、仔猫さんたち。ここで母さんを待っているの? 屋根の上から声がして、しばらくしてから縁に小さな顔が現れた。その緑柱石みたいに美しい目の持ち主は、首を傾げてキマたちのことを見ていたが、再び歌声で話しかけられると返事を寄越してきた。キマが危険な虫について教えてやると、仔猫は覚束ない足取りで屋根の傾斜を降り、マシェルが背伸びをして差しだした掌に飛び移りさらに、彼女の肩へと滑り降りた。 新たな同行者を得たふたりは、それから何匹かの虫を退治した。小さな驚きの声をあげながらも、細長い棒で這う虫の腹を潰してゆくマシェルを、キマは仔猫と視線を合わせつつ、頼もしいとも思ったのだった。 ●家のなか 「僕もこの春、生まれたばかりの仔猫を見たんだ。可愛いよね〜」 繊細な線でのみ包まれた首には朱色の輪が絡められ、その輪に通された金の鈴は娘の胸元で涼しげな音をたてている。鈴の真上には、雲色の飛翔脚・レスタァ(a32114)のあどけなさの残る顔があり、彼女はまんぞくげな様子で愛らしい生物の大きさについて語っていた。片方の掌にのせられるくらい――と、いった具合に。 彼女の同行者は、背に白亜の翼を生やしたエンジェルで、玲瓏な光を秘めた銀の髪の持ち主でもあった。かつて、自分以外の人間が誰もいない孤島で暮らしていた少女は、今や、石畳の道を降りながら仲間の言葉に耳を傾け、擦れ違う人々と挨拶を交わすこともしている。白銀の聖天使・ミーチェ(a62819)の心は乱れていたが、それは幸せな小波のようなものだった。人と接することに不慣れで、言葉をかけられると臆してしまうが、意を決して自身から言葉を返してみると、さらなる喜びが返ってくることをミーチェは知ったのである。 とある建物の扉を叩き、怪訝そうな婦人の了解を得てから、ふたりはなかに入った。レスタァが見当をつけていたとおり、仔猫の鳴き声を発するがその体躯は紐状の肉のかたまりであり、さらには禍々しい毒針までも忍ばせるという虫は、窓辺にかけられた帳の裏側にへばりついていた。 レスタァは同行者を応援した。 「ぷちっと踏み潰しちゃえ!」 「はいっ!」 返事は早かったが、ミーチェが白い長靴の尖った踵で虫を踏み潰すまでには、いくらかの猶予が必要となった。まずは視線で怯える婦人の了解を受けつけ、それから呼気を整えて戸惑う足に言うことを聞かせたのだった――。 仲間たちの待つ広場へと向かう道すがら、レスタァは猫がいそうだと感じた路地の奥に思うとおりの結果を認め、ミーチェの手を取って喜んだ。何度か飛び跳ねた後、レスタァは仔猫に歌声で語りかけた。 「この村に猫を食べちゃう危ない虫がいるんだ。君たちを保護したいからこっちに出てきてくれない?」 レスタァは仔猫をそっと抱きしめた。小さな呼吸を繰り返す腹は暖かくて、それに、絹のようになめらかだった。 ●緑の内奥 茂みから音がしている。そして、そのまだ若い葉ばかりが集まった空間には、黄緑色以外の様々な色彩が存在している。葉の裏側に見え隠れしながら現れる純白は、彼がまとう聖衣の色だった。葉の合間からのぞく金は、彼の髪の色だった。 「やっぱり、いいヤツそうだって思ってたんだっ」 いかにも猫の好みそうな、背の低い植えこみの根元を這いずり、その迷宮のような行く手を睨みつけながら言ったのは、遂に酒解禁なお年頃な狐王子・サルサ(a09812)である。――掌を泥だらけにして、愛らしい存在と疎ましい存在とを探す彼のことを、植えこみの外から見ている娘があった。 「放っておいたら危ないものね、残らずやっつけてしまわないと」 そう呟いたものの、サルサに任せっきりなのを申し訳なく思ったのか、西の善き魔女・ヴァンドーラ(a52517)は、紅が差されて艶やかな唇を真横に引き延ばし弱々しい笑みを浮かべつつ、観念した様子で白状した。 「すまないね、だって……芋虫系は苦手なんだもの」 狐の尾がすうっと生い茂る葉の面に吸いこまれて消えた――かと思った次の瞬間、ヴァンドーラの視界にサルサの首が現れた。彼はその希望に満ちた大きな瞳をまばたかせ、先の尖ったほっそりとした指先で、前方の空間を指し示していた。 再び首を茂みのなかに戻して、サルサが息を吸いこむ――その頬はわずかに紅潮していたが、それは、目当ての姿を見つけたからだろうし、それだけでもないのだろう。彼は仔猫に怖れられぬよう語尾に工夫をこらした歌で呼びかけた。 「仔猫ちゃんやぁ〜い、俺は狐だけども決して敵じゃねぇ……にゃいんだぞぃ? キミらを助けに来たんだにゃあ」 植えこみの外では、少し気恥ずかしくなったヴァンドーラが、頬を手の平で挟みこむ仕草をみせていた。 子だくさんの母猫と連れだって仲間の目前に這いだし、彼女を少し驚かせてから後、サルサはまだ鳴き声がするようだと伝えた。ヴァンドーラは平気そうな顔を繕ってはいたが、虫を発見した際には拡大鏡で注意深く観察を行うこと――蠢く腹に細かな毛が生えている――を提案し、次いで、素手で潰すことは危険なので棒で潰してしまうこと――破れた皮膜から汁が滲む――を推奨した後、悪寒の走った我が身を抱きしめながら、地面にへたりこんでしまった。 自身が胸裡に描きあげた身の毛もよだつ想像によって脱落した仲間の代わりに、サルサが仔猫たちの名誉を守った。彼は魔炎によって縁取られる木葉を湧きださせ、渦巻くその群によって、地を這う虫を跡形もなく吹き飛ばしたのだった。 つれない態度で冷たくしてみたり、突然に好意を頭上にかざして親愛を示してみたり――彼女はとても忙しい。先端に綿のかたまりが生えた何かを操り、時には猫の家族へ歌声で話しかけながら、それに、ゆっくり右往左往もしながら、ヴァンドーラは広場へと続く小径を仔猫たちと歩むのだった。 ●背徳と愛嬌 仲間の掌が足元へ滑るように差しだされたのを、彼女はけっして見逃さなかった。それが悪意のかたまりでないことは知っている。むしろ、自分へと向けられた好意であろうことも――。しかしながら、石畳の道の中央に置かれた黄色い果実の皮を踏みしめてみようなどという考えは、彼女の胸には起こらなかった。足元の物体を、まるで地平の彼方に現れた目映い朝陽でも見晴るかすかのように確かめつつ、悠久の時を往く翼・リア(a45123)は心の裡で呟いた。 (「バナナの皮……見るだけなら楽しいがな……」) 彼女がさり気なく仕掛けておいた物体は、そのまま発動することもなく忘れ去られてゆくのだろう――当の仕掛け人自身からも。足を止めたエンジェルの周囲をめぐりつつ、バナナ皮普及委員会会長・フォー(a60308)は高らかに宣言した。 「リアさんのこと、全力で守るつもりだよ!」 相手の顔容がわずかに傾き、「……世話になる」なる言葉が返されると、フォーは、ひとつ話しておきたいことがある前置し、その焦げ茶色の瞳を煌めかながら、こう言ったのだった。 「虫だから……放っておいたら無視されてたね!」 リアはくすりとも笑わず、フォーは顎をがくんとさげて落胆に身を震わせた。けれど、その塑像のように整った顔立ちには微塵の変化も起こしていないが、リアの心の裡は先ほどとは違っていたのである。そこには細かな波のような震えが広がって、彼女を少しだけ幸せにしていた。 鳴き声がしたからと駆けだしたフォーを追って、リアは路地の曲がり角を走り抜けた。そこは、高い壁によって陽射しの遮られた薄暗い場所で、地面には打ち捨てられた小箱が転がっていた。 「フォーの判断なら尊重したいが……猫に呼びかけとはどうしろと言うのだ?」 やや戸惑った後、リアはフォーからの願いを聞きいれ歌うことにした。その美しい造作の唇から中空へとたゆたった旋律は、幾分の狂いも聴きとれぬ完璧なものだった。――だが、その詩句はあまりに簡潔である。 ――お前は猫か? ――なぜ鳴いている? 返事があった。自分は猫である、母親に隠れるように言われている、少し腹が減っている――などといった具合に。リアの胸に抱きとめられた仔猫に、フォーは先ほどの言葉を繰り返した。 「全力で守るつもりだよ!」 それからふたりと一匹は、薄暗い路地から抜け、春の柔らかな陽射しの降る広場を目指した。その中途で、フォーは仔猫の鳴き声を発する虫を見つけた。あまりに危険であるが故に命を奪われなければならない存在へ、プーカの少女は謝罪をした。彼女の放った風の刃は乱れることなく空を過ぎり、壁面に取りつく虫を両断した。 ●仔猫 「……隙ありだよ!」 さっと掌を返して、フォーが石畳の上に転がした果実の皮――。足をとられてしまった仔猫はくるりと空中を一回転した後、跳ねるようにして駆けてプーカの足元にすがりつき、愛らしい声で鳴いた。フォーは思わずにはいられない――無力な存在の、その強さについて。 助けた仔猫を膝のうえに、キマはあたりを見渡している。村人たちに連れられてきた猫たちを含め、二十を越える数が集められていたから、何とも賑やかで楽しい。 (「可愛い、可愛い、可愛い、可愛い!」) 心のなかでそう繰り返しながら、ヴァンドーラはとある仔猫への挑戦を続けている。石畳に四つん這いとなり、件の綿が生えた何かを用いての戦いである。 片方の膝を立てる格好で腰を降ろしたリアは、小さな顎の裏に指先を差しいれたり、しがみついてくる相手を裏返しにしてりしてやりながら、猫との遊戯に夢中となっているようだ。その表情に変化は見られなかったが、仔猫を見つめる瞳はまばたきを忘れている。 「これでもう、聞こえるのは猫の声だけですね。いくら聞いても心地いいです」 と、言ったのはマシェル。人工池の縁に腰かける彼女の膝には、素焼きの杯が置かれていた。そこには、レスタァが眠れぬ夜にお勧めだと言ったカモミールの茶が注がれてある。マシェルの傍らで、フィオナはレスタァに何事かを伝えているようだ。 「眠りたいけど今は駄目ー。この子たちをおいて眠るわけにはー」 紅い髪のエルフが長い欠伸を済ませところを見計らって、青い髪をしたエルフが口を開いた。傾いて中身がこぼれそうになった杯を支えてやりながら、キールはフィオナに尋ねた。 「ところでフィオナさん……もしかして猫飼ってます? 先日の大事な用ってもしかして……」 フィオナが話したのは、幼い頃の体験――母に置き去りにされて死んでしまった仔猫のことだった。 「んぁ……この仔猫ちゃん、ぜひとも連れ帰って飼いてぇんだけども……!」 サルサは母猫の飼い主らしき少女の瞳を、食い入るように見つめた。相手の頬が紅くなっていることには気がつかなかったが、少女が肯いてくれたことにはすぐに気がついた。彼は飛び跳ね、「にゃあ」と声をあげた。 仲間の見せた突然の動きに、ミーチェは少し驚いていたが、指を差して笑うフィオナにつられたか、自身も少し声をあげて笑った。彼女の手元にも、花の香のする茶の注がれた素焼きの杯がある。皆と一緒に遊ばなければ後悔してしまうかもしれない――そう思ったエンジェルは、同族の傍らへとしゃがみこみ、指先で仔猫の柔らかな喉に触れてみた。

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参加者:10人
作成日:2007/05/09
得票数:ほのぼの11
コメディ2
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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