カロリナの誕生日 〜ハッピーモーメンツ・ロール



<オープニング>


 自分の姿を客観視している記憶は後から修正したものだというが、ともあれカロリナは夢の中に昔の自分を見つけていた。
 木陰が涼しい崖の上。二人のお気に入りの場所だ。  親友のアーラと、カロリナは一冊の本を引っ張り合っている。先に読了してお姉さんぶってやろうと、同じ孤児院で同じ年数を暮らす二人は考えていたのだ。
 じゃれ合ううち、いつの間にか崖っぷちに来ていた。驚いたカロリナはぱっと手を離す。
 勢い余ったアーラはたたらを踏み、崖から落ちかかった。
「カロリナ、本をお願い!」
 慌てて走り寄るカロリナに、本を投げて寄越す。
 崖といってもささやかなもので、斜面を滑り降りて遊べる程度だった。それに借り物の本は彼女達二人を合わせたよりも高価で、傷つけるわけにはいかない。
 親友の手を取るか本を取るか、思案する暇もなくカロリナは本をキャッチした。
 それから、転げ落ちたアーラを追って滑降する。あったのは首の折れた、濁った瞳の死体だけだった。

●洞窟
「カロリナさん、おきゃくさんですよ?」
 カロリナを探しているという老婦人を、ミルコムは彼女の住む洞窟まで案内して来たのである。奥のベッドに寝ていたカロリナは、目を覚まして意外そうに言った。
「院長先生」
「久しぶりに貴方のお誕生日をお祝いしようと思って。それにちゃんと生活しているか心配で」
「ちゃんとしています」
 白い指で洞窟内を指し示す。最低限の家具に沢山の本棚。
「……親友はできた? 暮らし向きがアレでも、助け合う親友がいれば」
「何冊もいますよ。あの本棚の一番左上から」
「カロリナ、人間の親友よ」
 老婦人が釘を刺すと、紋章術士は微かに眉をひそめて困った様子。それが愉快で、ミルコムはつい口を滑らせた。
「こどもみたいです」
「そうでしょう? いつまでたっても子供で……」
 二人の会話に、カロリナは目つきをやや険しくする。普段なら軽く聞き流すはずだが、院長の前では違うらしい。
「ちゃんと人間の親友もいます」
「本当に?」
「来週なんて、皆が集まって誕生日パーティーを開いてくれます。心配しないで下さい」
「あら、じゃあ私も混ぜてもらって良いわよね?」
「え?」
 カロリナは僅かに戸惑ったが、今更引っ込みがつかないらしい。「ええ」と頷いた。
「場所は此処ね? 楽しみにしているわ」
 にこやかに去る老婦人を、二人は見送った。

「ミルコム君。親友のふりをしてパーティーを開いてくれる? 役割(ロール)を演技する、狡猾さの訓練になるわよ」
「あの……ぼくは本当に親友では?」
「人間に親友はいないわ」
「え〜。どうしてですか? つめたいです」
「私は親友を見殺しにして本を取ったから」
「え?」
 それきり返答はなかった。

●酒場
 ミルコムが人を集めている。
「というわけで、パーティーをするんです」
 場所はカロリナが棲む洞窟前の野原。ご馳走等はミルコムが用意する。
 参加する条件は唯一つ。カロリナの親友のふりをして、同席するカロリナの恩人――孤児院の院長――を安心させること。
「何だか事情があるみたいだけどそれはそれとして、ぼくたちの溢れんばかりの友情パワーをみせつけてあげれば、カロリナさんも親友をつくりたくなるとおもうんです」

マスター:魚通河 紹介ページ
 というわけでカロリナの誕生日パーティーです。カロリナは単なるプレイングを掛ける対象であって、主役はPCの皆さんです。

●カロリナの過去
 冒頭の夢の通りです。その他特別なことは何もありません。

●院長
 何処にでもある小さな孤児院の院長で、普通のお婆さんです。
 カロリナが嘘をついたことは薄々勘付いています。そういう意味で、親友のふりは演技であることがバレバレでも大丈夫です。
 事前に院長と話をして、カロリナの過去について教えて貰ったことにしても構いません。
 カロリナは院長の前では昔を思い出して普段より感情的になります。

 それでは、皆さんのプレイングをお待ちしています。

参加者
NPC:烏の雛・ミルコム(a90247)



<リプレイ>


 低木の纏う黒衣が僅か先の光景も意地悪に塗り潰していた。頭上には風に吹き殺される無力な雲以外、何ものもない。
 殺風景な山道だが、ミルコムは楽しいパーティーの予感に浮かれていた。ハミングしながらグランスティードを駆けさせる。ぱかぱかっ、と洞窟前の野原に着くと、そこには既に緩やかな爽風・パルミス(a16452)の姿があった。
「パルミスさん。まだパーティーは準備中ですよ?」
「今年もミルコム君のお祝いも兼ねるんだから〜、こ〜ゆ〜のはお姉さんに任せなさい〜。尤もミルコム君がホストだから〜、ミルコム君がメインで〜、私はサポートの形ね〜」
「そ、そうですか?」
「じゃ〜、何をするか指示してくれる〜?」
「ええと、カロリナさんを起こして、水をくんで……」
 ミルコムはグランスティードの背から降り、パルミスとてきぱき働き始めた。


「お誕生日おめでとう、カロリナ! 十九歳だったら、わたしと同い年だ! どうぞ仲良くしてね♪」
 白楽天・ヤマ(a07630)の屈託のない笑顔に、カロリナは「ええ」と頷いた。
「ミルコムもお誕生日おめでとう♪ 今日は頑張って、院長先生にがつ〜んと、わたしたちの友情パワーを見せつけちゃおうね!」
「みせつけちゃいましょう!」
 ミルコムはヤマにつられて笑顔を作る。院長はまだ来ていないが、冒険者達はちらほらと集まり始めていた。

「まず準備だよね。ボクはシャンパンとジュース持ってきたよー!」
 にこぱ、と笑顔を弾けさせる、紅蒼遊戯・フィネル(a39487)。野原に並べたテーブルに着いているお客に、飲み物を注いでまわる。
「一杯食べるには美味しい飲み物が必要! カロリナさん御酌しましょうかー? ……あ、ボクも食べなきゃ!」
 楽しむことを楽しむ態度でフィネルははしゃいだ。

 小さな盾・マリエッタ(a63925)とミルコムが二人して、料理を乗せた大皿を運んでいる。
「友達に対して一生懸命なミルコムさんの姿勢に感動しました」
「そ、そんな。おおげさです」
「カロリナさんの事は存じませんでしたが、ミルコムさんの大事な方ならわたしもお友達になってみたいです」
「カロリナさんは、ええと……まったく冒険の役に立たない知識がたくさんあって、革靴しか食べられなくてもへこたれないハングリー精神があって……と、とにかく悪い人じゃないですよ!」
 懸命に解説するミルコムの姿に、マリエッタは微笑んだ。

「いつぞやの旅団サバイバルでご一緒した、という程度の縁ですが……お祝いに参上しました」
 眼鏡をすちゃっ、と掛け直し、鉄拳制裁・グロウベリー(a36232)が祝辞を述べる。それから運んできた米俵を降ろした。本が良いかご飯が良いか、悩んだ末にやはりご飯という結論に達したのである。
「プレゼントです」
「これはどうも」
「靴とかじゃなくて、たまには人間っぽい食生活を送りましょうよ。生活にお困りでしたら、言ってくれたら、出来る限りの手助けはしますから」
「人間らしい生活とはたまに言われますが、どこがどうなったら人間的なのか良く分からないんですよね。基準が分かれば当落線ぎりぎりを攻められるんですが……」
 首を捻るカロリナ。そんなことをしている間に院長も到着し、参加者が全員揃った。


「おめでとう、カロリナ」
「ありがとうございます」
 と、無銘の騎士・フェミルダ(a19849)に手を引かれてやって来た院長に答えつつ、カロリナは手振りで演技開始の合図を出す。
「お誕生日を祝うのは楽しいものです。貴方がこの世界に生まれてきて今自分の傍にいてくれる事が嬉しい、という事を遠慮せず堂々と伝えられる素敵な行事です」
「楽しむことを楽しむっ! ね」
 フェミルダとフィネルの言葉に皆耳を傾ける。さらにフィネルが紙を折って作ったクラッカーを鳴らし、パーティーが本当に始まることを告げた。

「わたしはプレゼントとかを選ぶのが苦手だから、お祝いに踊りを披露するよ」
 ヤマはひとしきり舞って一同を楽しませた。それからカロリナの手を引いて、一緒に踵を鳴らし、手で足で、優美な軌道を描く。
「ありがとう」
 踊り終えて、ヤマは言った。
「ありがとう、楽しかった」
 カロリナは頬を染めて親しげな口調で答える。自分が言い出しておいて、親友の演技をするのに戸惑いがあるらしい。
「今度、カロリナの好きな本のことを、わたしにも教えてね!」
「ええ、もちろん」

「カロリナちゃん誕生日おめでとにゃぁ」
 幸せを呼ぶ黒猫・ニャコ(a31704)は手作りシュークリームを差し出した。
「これ誕生日プレゼントにゃ」
「本の形と靴の形のシュークリーム……ありがとう、ニャコちゃん」
「この間教えてもらった本は面白かったにゃ。またニャコちゃんに読みやすい本を教えて欲しいにゃ」
 それらしい雑談を始めるニャコに、カロリナも話を合わせる。
「良かった。次はどんな本を読みたいの?」
「今度は推理小説を読んでみたいにゃ」
「推理小説は詳しくないのよ。事件の描写と思いきや犯人の作中作とか、読者が犯人とか、人間の知性では理解できないトリックを人知を超えた探偵が解くから解決シーンが意味不明とか、そういうのならあるけど……」
 言いながらカロリナは、ニャコやヤマ、フィネル達を家(洞窟)の中に案内する。
「うわあ、本が一杯! 何かきらきらして見える! すごーい、ボクもこんな所に住みたーい!」
 入るや否や歓声をあげるフィネル。輝いているのは彼女の瞳の方だった。

「開けてみて」
 プーカの吟遊詩人・マイバーン(a63859)がカロリナに手渡した箱には、不思議なキューブが入っていた。立体パズルらしいその立方体を、カロリナは無駄に素早く解く。解かれたキューブが開くと、中から光る石が現れた。丁寧に細工がしてあるらしく、洞窟の中を色とりどりの光が照らす。
「どこも売り切れてて、手に入れるのに苦労したんだよ?」
 そういって彼は微笑むと、リュートを手に静かな曲を奏で続けた。

「皆さん御誕生日おめでとうございます〜。つまらない物ですが〜」
 カロリナ、ミルコム、マリエッタに雷獣・テルル(a24625)と、誕生日の近い四人にパルミスはクッキーをプレゼントする。
 フェミルダも四人に花束を贈った。
「おめでとう、カロリナ」
「あ、ありがとう、フェミルダ」
 親友らしく装うため、フェミルダは普通よりカロリナとの距離を近くし、手を取って花束を握らせる。カロリナはやはり赤くなってどぎまぎと応対した。
「毎年カロリナさんは〜、ミルコム君とか誕生日の近いお友達と一緒に〜、こうしてお祝いするんですよ〜」
「カロリナさんにはいつも助けて貰ってるんです」
 様子を眺めていた院長に、パルミスとマリエッタが話しかける。
「まあ。そうなの」
 院長はにこやかに二人の話を聞いていた。

 パルミスとマリエッタが雑用のために去り、代わりに想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)が院長に近づく。
「カロリナさんは気づいていないみたいだけど、彼女を大切な友達だと思っている人は結構います。それに気づいていないことが彼女の一番の不幸なのかもしれませんが……」
「多分、気づいていないことはないと思うのですけれど……」
 老婦人は難しそうな顔で言った。


「ぶっちゃけ私はカロリナさんの親友なんかじゃありません」
 カロリナの演技のぎこちなさも隠し切れなくなってきた頃、楽風の・ニューラ(a00126)がぶっちゃけた。
 くっくっ、と笑う院長に、カロリナは決まり悪そうな顔をする。
「でも私はカロリナさんのこと、好きですよ? だからもしカロリナさんに私の命が絶たれたら……まあやっぱり怒りますけど」
 さっと血の気が引いて青くなるカロリナに、院長は謝った。
「ごめんなさい。でも心配して訊いて下さるんだから、お話した方が良いと……」
「いえ、別に構いません」
 ニューラは静かに続ける。
「……でも、その事で人付き合いを閉ざしてるならもっと怒ります。許せるとしたら、忘れないで、そしてそれでも笑顔でいてくれることだと思うから。
 特務に行く彼を止めずに見送って後悔した一年。また恋もして頑張って生きてます」
 ひとしきり話した後、ニューラはプレゼントを取り出した。
「ミルコムさんへはこれを」
 烏を連想させる黒いマントを手渡す。
「かっこいいです。ありがとうございます」
「そういえば烏の王様は足が三本あるとか。大人の男だからでしょうか」
「? おとなだと足が三本なんですか?」
「カロリナさんへはこれを」
 首を傾げるミルコムを横目に、ハニカム模様の無色のステンドグラスで出来たナイトスタンドを渡した。
「蜂も人も同じで、一人では生きていけませんものね」

 ニューラの話を聞いて考え込む様子のカロリナに、飄風・カーツェット(a52858)は魔道書を渡す。
「俺には読めないんでいつかどんな話だったか聞かせて頂きたいね」
「ありがとうございます。……これは高度過ぎて私も読めませんね。数年先の楽しみになりそうです」
 それから雑談しつつ、何気ない様子で切り出した。
「昔ある地にとても狩りの腕に秀でた女がいた。女には年下の弟子がいてな。二人は程なく恋仲となったが女は随分と男を子供扱いした。
 ある時、男は女が大事にしていた美しい弓を隠してしまった。たまには自分を頼って欲しいという、くだらない餓鬼の思惑で。
 だが女は一人で森に行った。そして二度と帰ってくる事がなかった。
 男はそれを悔いて弓と共に村から姿を消した」
「それで男はどうなりました?」
 カーツェットは眼鏡の奥の瞳を瞬かせ、何処か遠くを見ていた。
「さて……。だが前より人が判る奴になったんじゃないかね? 多分な」
「失敗から学んだという話ですか?」
 カロリナの問いを、カーツェットは適当にはぐらかした。

「親友がいないって……何なんでしょうね?」
「なんだかさっぱりわからないです」
 事情が分からないながらも、グロウベリーは提言する。
「書物も面白いですが……何度読んでも、文面は変化しません。人は良くも悪くも、日々変化します。人の友も、面白いものですよ?」 
「……考えを改めてみることにします」
 カロリナはゆっくりと、慎重そうに言った。
「でも当面、親友なんて出来そうも……」

「少なくとも俺は、カロリナさんは親友だと思ってる」
 そう言ったのはテルルだった。
「だって見ず知らずの他人とあんなこと……。
 暴走したのを助けようとして落盤に巻き込まれたり。
 ゴキブリモンスターに爆破されそうになったり。
 屋敷に忍び込んで犯罪者になりかけたり。
 エギュレ神殿図書館を探しに死ぬ気でグドン地域に殴りこんで、収穫なしだったり……」
 マイナス思考に走りそうになったので、テルルは回想を止めた。
「とにかく、赤の他人とそんな無茶できるわけないでしょ!」
「カロリナさんがどう思ってるかは兎も角〜、私はカロリナさんをお友達だと思ってますよ〜」
「ボクはお友達として一緒にいたいと思うよ。カロリナさんは親友さんを大切にしてるんだ。思い出は大切にして。
 このパーティを楽しめれば皆お友達だよっ」
 このように堂々と宣言されることに、カロリナは慣れていなかったらしい。しかもガードが下がっていた所にテルル、パルミス、フィネルと続けて宣言されたため、動揺して耳の先まで赤くなった。
「それでは改めて、乾杯ー!」
 フィネルがグラスを高く上げる。それから長いパーティーが終わるまで、院長は安心して微笑んでいた。


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参加者:12人
作成日:2007/05/21
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雷獣・テルル(a24625)  2009年09月12日 15時  通報
この話の後、みんなに感情つけてくれたんだよな……ちょっとうれしかったぜ。