【風の翼】迷い



<オープニング>


「父さん……僕はこれで良かったのかな?」
 沈む太陽を立ったまま真っ直ぐと見据え、今は既に居ない父に静かに問う。
 当然、何も返ってこない。
 ただ、頬を風が撫でるだけ。

「依頼が一つ。ただ、そこまで構える様な物じゃない」
 蒼刃の霊査士・ブレイクは今までとは違う穏やかな声で切り出す。
「カレルは冒険者になった。なったが、迷っている。復讐が全てだった自分がこうもあっさり冒険者になって良かったのだろうかと。よくあるタイプの悩みといえば悩みなのだろうけどな……」
 椅子に身を預け、小さく深呼吸するブレイク。
 彼にも何か思うところがあるらしい。
「まあ、そういう訳で自警団長からカレルの事を頼むと言う依頼が来た訳だ。迷いを取り払って、これからカレルがちゃんと冒険者としてやって行ける様にしてやってくれと」
 依頼の内容はここまでだ、とブレイクは一旦話を切り、少しの間を置く。
 そしてこれが一番大切なことだと言いながら話を再開する。
「知っている奴も居るだろうが、カレルは一度ある方向に感情が走り出すと中々止まらない。そこを十分に考えて話をしてやってくれ」

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参加者
蒼の閃剣・シュウ(a00014)
大草原の紋章術士・ミシェル(a00893)
泪月華想・ミア(a00968)
銀鷹の翼・キルシュ(a01318)
朝風の・ジェルド(a03074)
星影・ルシエラ(a03407)
常朝白日・カルア(a05770)
静嵐の邪竜導士・ジェン(a05880)
NPC:風の翼・カレル(a90114)



<リプレイ>

●カレル
「……で、カレルについては大体こんなところでしょう。他に何か聞きたいことはありますか?」
「いや、それで十分だよ、ありがとう」
 ブレイクにカレルの事を聞いていたのは蒼の閃剣・シュウ(a00014)。
 彼は悩み、迷うカレルと話がしたいとこの依頼を受けたと言う。
「じゃあ皆でカレルさんを迎えに行きましょうかぁ」
のほほんとした口調の真昼の銀輪・カルア(a05770)を先頭に冒険者達はカレルの居るという場所に向かう。

 そこにはただ一人で佇み、何かを見つめるような、何も見ていないような顔をしたカレルが居た。
「………………」
 近づく冒険者達に気づく様子も無く、ずっと同じ状態で動かない。
 そんな彼に最初に声を掛けたのは星影・ルシエラ(a03407)だった。
「こんにちは!カレルさんだよね?」
「……うわぁっ!?」
 突然目の前に出てきた顔に驚いて尻餅をつきそうになりながら2、3歩後退するカレル。
 ルシエラにしてはあまり近すぎないつもりだったようだけれど、彼にとっては十分近かったらしい。
 一旦頭を振って、周りを見回した彼が見たのは周りを取り囲む冒険者達。
 この光景はカレルと冒険者達が最初に出会った時に似ている。
 違うのは、
「……皆さん」
 たった一言呟いたカレルの顔が心底嬉しそうな笑顔だったという事。
「それじゃぁ、外は寒いですから暖かいものでも飲みに行きましょうかぁ」
 再びカルアを先頭に、冒険者達は酒場へを戻っていく。
 当のカレルは大草原の紋章術士・ミシェル(a00893)に
「ねぇ夏になったら海にいこ♪このあいだ海に行ったら幽霊船が出てね〜」
「こっちの子がウララでこっちがナナシ!冒険先で一緒になったの♪」
 等と支離滅裂に近いくらいくるくる回る話をされながら引っ張られていた。
 その行動は彼女が彼に感じた、彼が怖くないと言う安心感から来ているものだった。

●迷いを否定する事
「はじめましてかな、カレル。閃きの剣団長を務めるシュウ…シュウ、シドーだ。宜しく頼む」
 言いながらカレルに握手を求めるシュウ。
「こちらこそ」
 やや緊張した雰囲気ながらも、笑顔で手を握り返すカレル。
「そして、冒険者になっておめでとう。祝福しよう」
 次に声を掛けたのは銀鷹の翼・キルシュ(a01318)。
 それに続いて皆からも祝福の言葉が掛けられる。
「皆さん……ありがとうございます」
 カレルはちょっと気恥ずかしいのか、照れながら礼を言う。
 それから疑問を一つ。
「でも、何故僕の居場所……いえ、それはいいとして何故僕をここにつれてきたんですか?」
「あなたの悩みを、ちょっとでも取り除きたくて……」
「迷いを抱えているのだろう?」
 泪月の紋章・ミア(a00968)と朝風の・ジェルド(a03074)の言葉を聞き、カレルは表情を曇らせる。
 迷い。
 彼は冒険者になった以上、それは持ってはいけないものだと考えていた。
 彼は問う。
「……迷わない為にはどうすれば」
しかし、返って来た答えは、少なくとも彼にとっては意外なものだった。
「迷いを抱えておけばいい」
 その答えを聞いた彼は、怒りにも近い表情を浮かべて聞きかえす。
「だったら、冒険者なんてやってられないんじゃないですか!?」
 感情を剥き出しにするカレル。
 そんな彼を宥めながらシュウは。
「正直なところを言うとね、俺もいまだに自分が冒険者になって良かったのかと言う事は迷っている。冒険者になったというだけじゃない、全てが迷いの連続だと思ってる。振り返ればああしておけば良かったと思うことも度々さ」
 本当にこれで良かったのか?
 自分の決断は正しかったのか?
 時折、自分はカレルと同じように思い悩むことがあると苦笑いを浮かべながら言う。
「私もやっぱりこれでよかったのかなぁと思ったりとかぁ、何からすればいいか分からないとかぁ、結構あるんですよぉ……けど、私たちの周りには助言なり元気なりくれる人がいるのですぅ。だから少々戸惑っても、ゆっくり自分なりに行ったらいいんですよぉ」
 カルアが続く。
 ゆっくりゆっくりと、自分なりの道を迷いながら辿ればいいと。
 カレルの表情が僅かに和らぐ。
「……でも、それでも……僕は迷いたく、ない」
 彼の中では、まだ迷う事を拒否しているらしい。
 冒険者という存在は強いもの。
 強い存在が迷っていてもいいのか。
 自分も冒険者になった以上は迷いたくは無かった。
「冒険者になってよかったのかなと悩むことさえあります……でも、今の気持ちを言葉にすれば。なってよかった、って思ってます」
「そんな、根本的な部分でさえも悩みながら……冒険者が成り立つんですか?」
 ミアの言葉にカレルは食って掛かる。
 静嵐の邪竜導士・ジェン(a05880)はそれを制しながら言う。
「冒険者とて木石ではありませんからね。誰しも迷う事もあるでしょう。迷わない方が不思議というものです」
「それはそう、ですけど……でも、だったら……僕はどうすればいいんですか」
「人は皆その瞬間瞬間に迷いを抱えている。少なくとも私はそう思っている。既に君は冒険者になると選択した。それがいいのか悪いのかは気味の人生の岐路ではない。なったからには自分の心に言い訳が必要な真似はするな」
「…………」
 ジェルドの言葉にカレルは返すことが出来ない。
 迷っているのならそれを抱えて生きろと。
 迷いを否定している彼はジェルドの言葉に言い返す事は出来る筈。
 自分の考えと相反する事に反論を作り出す事は簡単なのだから。
 なのにそれが出来ない。
「選んだ道が正しいかどうかは後になってわかる。私の教訓だ。今選択できる最良だと思う道が正しいとは限らないだろう。しかし、それを悔いることができるのは後からでしかない。後悔、とはよく言った物だな。すべては君の人生だ。君が後悔しないと思う道を選ぶといい。たとえそれが最良の道でないとしても、君を思う人が君の周りにいるかぎり、迷うことはない」
「迷うという悩みの答えは出せないのではないかと、それか墓場まで持っていく悩みだと最近俺は思っているよ。今は悔やむかもしれないし悩むかもしれない。でも自分が出した結論が正しいという事を、決断を、正しかったと思える時が来ると、俺はそう信じたい」
「カレルさんの悩みは……迷いは誰もがもっていると思います。私もそうだし……でも、大切な人達に出会うことが出来て……一緒にいる事が出来て……幸せだなって……私たちと……迷いを持ったままでもいい……前に進んでほしいと、そう思います」
 ジェルド、シュウ、そしてミア。
 3人の答えは似ている様で全く違う物かも知れない。
 でも、共通していることはある。
 仲間を頼ればいい、と。
 同じ悩みを持つ仲間となら。
 支えあえばいい。
 一人ではないのだから。
「……僕も、一人じゃないんですよね……」
 カレルがぽつりと呟く。
 それに全員が頷いた。
「大丈夫だとは思いますが、念の為。一時の感情に身を任せて力を振るうのは感心しません。……冒険者となったからには、その力の大きさも自覚せねばなりませんよ。今まで以上に、剣を、力を振るう時にはその意味を考えなければならない。あなたにそれが出来ますか?」
 ジェンが最後に釘を刺す。
 ただ、本当に念の為。
 カレルから返ってくる答えは既に決まっている。
「ええ、もちろん」
 答えが返ってきた瞬間、皆の顔に笑みが浮かぶ。
「では改めて……君が冒険者になる道を選んだことを、心から嬉しく思う……これから宜しく頼む」
 ジェルドが手を差し出し、それをカレルは握り返す。
 それに続いて全員と握手していく。
 しかし。
「あれ?」
 一人足りない気がする。
 そう思った瞬間。
「いたたたぁっ!!?」
「ウララ、ひとの尻尾引っ掻いちゃだめー!」
 猫のウララを追いかけていたミシェルの声。
 どうもウララが逃げた先がカレルの尻尾だったらしい。
「ごめんなさい……」
 明らかにしゅんとなるミシェル。
 そんな彼女の頭に手を置いてカレルは
「気にしないで下さい」
 と優しく声を掛けていた。
 ぱぁ、と明るくなるミシェルの表情。
「あ、そうそう!それでね……」
 再び始まるミシェルの話。
 引きずられていくカレル。
 思わず笑みが零れる、そんな瞬間だった。

●最後の仕事
「それじゃあ団長、行って来ます」
 カレルは自警団の団長に一言挨拶をし、その場を後にした。

 ルシエラの提案で、カレルは自警団としての最後の仕事をしていた。
 最後の仕事は巡回警備と戦闘演習。
「私、星とかカンテラの灯とか、暗い中に光るのが大好き。真っ暗な中でも、小さくてもちゃあんといるよね、あるよねって、安心だから。私も弱いけど、ちゃんと光って頑張りたいの」
 カレルの巡回警備中、暗い夜道を歩いている間にカレルについて来たルシエラが言った言葉。
 冒険者でも自警団でも、どんな手伝いでも。
大切な人達の笑顔を見ていたいと、思うからだと思う。
復讐とか悲しい気持ちを置いて、冒険者になると前に進むのは、大切に思ってた人への気持ちが薄れるわけじゃないから、大丈夫、と。
「そうですね。僕も、結構好きですよ」
 笑顔を見ていることが。
 ……カレルの光も、どんな闇の中であっても恐らく光り続けられるだろう。
 彼には仲間が居る。
 復讐のみを望んでいた時とは違って。

「僕が教えて上げられるのはこの位だね」
 カレルはキルシュに剣を習った。
 アビリティの基本的な使い方等。
「これから冒険者として幾多の依頼を経験するだろうけど、相手と戦うだけではなく、誰かを救ったり護ったりすることが必要な時がきっとあるはずだから。そのためにも、アビリティの使い方や翔剣士が最も得意とする戦い方をある程度は習熟しておいた方がいいと思うんだ。依頼を受けた時、最初のうちは緊張しやすいし。悩みがある時は頭で考えるより、ともかく身体を動かしておいた方がいい時があるから」
 キルシュはもう一つ付け加える。
 自分も依頼で失敗したことがあるし、口下手な自分ではカレルの役に立てられるかどうかはわからない。
でも、少しでもカレルの悩みを解消できる糸口になれば幸いと。
「……君のお父さんも、これでよかったって思ってるよ。きっと」
 カレルはその言葉に何も言わず、ただ優しげな笑顔で返した。
 本当に心の奥底からの笑顔で。

●迷いは抱えたままでいい
 再び酒場。
 一角ではカレルが冒険者になった祝いが開かれていた。
「でもカレルさんって同い年だったんですねぇ……年上の方と思ってたんですがぁ。あ、ごめんなさい」
「いえ。謝るようなことじゃないですよ」
 カルアの言葉に半分苦笑いしながらカレルが答える。
 そんなやりとりを始めとして、祝いは終始和やかに進んでいた。
 時折、
「私が属している旅団……閃きの剣に来ませんか?閃きにはたくさんの仲間がいます冒険者として、カレルさんの手助けに……支えになると思います。私達は歓迎しますから、だから、考えておいてくださいね」
「来るのだったら俺も歓迎するよ。その時は改めてこの言葉を贈りたい。閃きの剣へようこそ、と」
「薫柚亭もいいですよ。団員を、家族として迎えてくれる、暖かい旅団ですから」
 等とカレルを勧誘する者も居た。
「……で、何故俺が此処にいるんだ?」
 何時の間にかブレイクが居る。
 ミアが無理矢理かどうかはよく分からないが、とにかく引っ張ってきていた。
 やや不機嫌そうなブレイクにミアが囁く。
 どこかの誰かさんも居るから大丈夫、ね?
 何だか居心地が悪そうな、それでも席を離れようとしないブレイク。
 彼もカレルを祝いたいと思う気持ちは同じなのだろう。
 復讐から、前を向いて生きる事に生きる目的を切り替えることが出来たカレルを。

 これから共に生きる仲間に囲まれたカレルは最後に一言。
「迷ったままでも。それを抱えて皆と一緒に歩いていけばいいんですよね」


マスター:式零一 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2004/05/07
得票数:冒険活劇2  ほのぼの20 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
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