【夢の泉に満ちて】空と春のみちしるべ



<オープニング>


●泉のほとりサニーベリー
 祝福の地から仰ぐ青空は日毎にその彩りを深めていく。
 けれど彩りが深まるにつれて明るさも増し、空はいよいよ軽やかに透きとおっていった。
 空は鮮やかに柔らかに澄み渡り、青い空を翔ける真白な雲すら光を抱いて、楽しくて仕方がないとでも言いたげな風情で涯てなき蒼穹を流れていく。軽やかに空を行く雲の影は大地に広がる萌黄の春草の上に落ち、吹き渡る風が生み出す萌黄の光の波と共に彼方を目指す。萌黄の上に描かれたきらきらと輝く光の孤は祝福の地を行く清らな水の流れ。清流の内なる村も萌黄の大地も、今一年の内で最も花に満ち溢れる季節を迎えていた。
 花に溢れ明るい杏色の屋根が並ぶ小さな村は、まるで絵本の中の国のよう。
 優しい空気と素朴な華やぎに満ちた村の奥には瑞々しい新緑を湛えた春楡の大樹が聳え、その根元に冷たい清水溢れる泉を抱いている。水の湧き出る心地良い音と共に響くのは、風にそよぐ葉ずれの音と、木漏れ日の中に泉の水の気泡が弾ける音。木漏れ日が踊り風と水が歌う泉の傍には、小さな花々の蕾がひっそりと息づいていた。
 村が春の祭りを迎えれば、蕾達は乙女の手から泉の水を受け、輝く水飛沫の中で一斉に花を咲き綻ばせる。それはまるで、大地が優しい腕の中に抱きとめていた歓びを全て解き放つかのよう。
 泉のほとりサニーベリー。命の息吹に満ちた祝福の地が、今、春を寿ぐ祭りの日を迎える。

 春楡の奥に広がる森からは、緑の香を抱いた風が吹いてくる。
 風は緑の香に花の香を絡ませて、肥沃な土の甘い香を忍ばせる。泉を撫で清流を渡った風は澄んだ水の匂いを纏い、晴れ渡る空から降る陽の光の匂いを抱いて、空と大地の狭間を翔けていく。
 春の歓びに満ちたこの風こそが、祝福の地へと至るみちしるべ。
 遠い昔、長い旅の果てにサニーベリーの地を見出した春乙女達を導いた、命の息吹。

●サニーベリーへようこそ!
 硝子杯に満たした炭酸水に、苺のジャムをひと匙掬って落とす。
 淡い桃に溶けていく苺は細かな炭酸の気泡と相まって、きらきらと宝石のように輝いた。
 いつの間にか覚えてしまったサニーベリー独特の飲み物を作りながら、湖畔のマダム・アデイラ(a90274)は向かいに腰掛けた藍深き霊査士・テフィン(a90155)が話を切り出すのを待っている。
 幾人かの冒険者達が集まってきたのを確認してから、霊査士は皆に手元の書状を広げて見せた。
「サニーベリーから冒険者様方へ、春祭りへの招待状が来てますの」
 山の滋養に満ちた水や肥沃な大地、そして温暖な気候に恵まれた、祝福の地サニーベリー。
 近隣から多くの人々が保養や療養に訪れるという小さいながらも活気に満ちたこの村が、春を寿ぐ祭りの日を迎えるのだ。祭りの主役たる『春乙女』を務めるのは、冒険者達ともすっかり顔馴染みとなった少女チェルダ。冒険者達の内幾人かが『春乙女』のサポートを務める『春乙女の守人』に名を連ねていることもあり、サニーベリーにとって最早冒険者達は部外者ではなくなっている。無論多忙な冒険者に無理を強いることはできないが、これまで力を尽くしてきてくれた彼らにもに是非祭りを楽しんで欲しいというのは、チェルダや村人達の切望するところだろう。
「ほなあたしらは春祭りを楽しんで来たらええだけなんかな?」
 淡桃に透きとおる炭酸水に口を付けつつアデイラが声を弾ませる。だが霊査士は数度瞬きをして、それだけではありませんの、ともう一通の書状を取り出して見せた。
「チェルダ様の師である硝子職人様から依頼が来ていますの。春祭りが終わったあと、サニーベリーから街へ戻るチェルダ様の護衛をお願いしたいとのこと……」
 チェルダは元々、街の硝子職人の許で修行中の身の上であった。今は春祭りの為サニーベリーへ戻っているだけで、春祭りが終われば当然彼女は師の許での修行の日々に戻る。だが問題は、彼女の師である職人が作る硝子細工が非常に高価な物として近隣に知られていることであった。チェルダが職人の弟子であることが知られれば、硝子細工を狙う賊に襲われる可能性があるのだ。
「ご存知の通り、サニーベリーから戻る際には小さな山を越えなければならないのですけれど……その山には最近、以前皆様に捕らえて頂いた山賊とは異なる賊の姿が見られるようになったそうですの。ですが……チェルダ様ひとりではとても危険ですけれど、冒険者が護衛に付いていれば、今回の賊はあっさり襲撃を諦めるはず……」
「ん〜。ぱっと見ただけで冒険者やってわかるよう身形に注意しとけば、後は特別なことしたりする必要はないってことでええかなぁ?」
 アデイラが首を傾げれば、霊査士も今度は「ええ、それだけ気をつけて頂ければ」と頷いた。
「ですので、あまり気負わず……どうか存分に、サニーベリーの春祭りを楽しんでらして下さいまし」

 泉のほとりサニーベリー。命の息吹に満ちた祝福の地が、今、春を寿ぐ祭りの日を迎える。

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参加者
琥珀の狐月・ミルッヒ(a10018)
蒼天を旅する花雲・ニノン(a27120)
桜雪癒羽・アスティナ(a27630)
無音の弓・フロノ(a35376)
梅・ミンツ(a44937)
アフロの医術士・ウィズ(a47838)
蔭ノ滴ル白蕾・アティセネィク(a51177)
花酔い・ラシェット(a53996)
NPC:湖畔のマダム・アデイラ(a90274)



<リプレイ>

●夢の泉に満ちて
 春の息吹に満ちた祝福の地に、深く透明な夜が訪れる。
 春陽の名残を抱いた大気にはほんのりと心地よい夜気が混じり、瑞々しい萌黄の春草をそよがせる風が絶え間なく流れる小川を渡り、優しい涼気をサニーベリーの村の中へと送り込む。村は透明な夜の蒼に沈んでいるけれど、家々の窓から零れてくる燈火のあかりはとても柔らかで――暖かなもの。
 村の奥に佇む大きな春楡の根元、清水が溢れ細かな気泡立ち上る泉には、昼間の木漏れ日の代わりに村人達が燈す優しい灯りがほのかに満ちている。透きとおる夜闇の中で時折柔らかに煌く泉を窓から見遣り、仮初の帳・ラシェット(a53996)はほうと穏やかな息を吐いた。
 開け放した窓からは村に咲く花の香りを乗せた春の夜風が流れ込み、部屋に飾られた数多の花の香りと合わさり緩やかに広がっていく。欅で建てられたこの小さな家は、春乙女のための『花の家』。この家には守人達が乙女のために集めた花がポプリやドライフラワーとなって溢れている。
 優しい温もりに溢れた祝福の地――サニーベリー。
「……本当に、そうね」
 知らず微かな笑みを零して振り返る。床には桜色に染めた麻のラグが敷かれ、その上に置かれた春楡のローテーブルにはお茶の用意が調えられていた。
 サニーベリーの花々を使ったお茶を淹れ、香ばしく焼き上げた甘さ控えめのタルトには苺のコンポートとヨーグルトを乗せて、蒼天を旅する花雲・ニノン(a27120)が緩く尾を振りながら皆に花茶と菓子を配る。今までの思い出話でもしようなぁ〜んと言えば、花茶を飲んで幸せそうに息をついていた桜雪癒羽・アスティナ(a27630)が「ついにお祭りなのですねぇ」と嬉しげに口元を綻ばせた。
「とうとう春祭りの本番で、とうとうあの花が咲くんだよなっ!?」
 春楡のテーブルに身を乗り出した梅・ミンツ(a44937)が、今夜はわくわくして眠れないかもなっと瞳を輝かせれば、やっぱ子供だなと破顔したカルストに大きく髪の毛をかき混ぜられる。そう言う彼の犬尻尾も楽しげに揺れていて、幸福の在処・ウィズ(a47838)はクリフと顔を見合わせこっそりと笑い合った。深い紅に艶めく苺と真白なヨーグルトのコントラストが鮮やかなタルトを頬張れば、爽やかな甘酸っぱさが口の中いっぱいに広がっていく。
「苺と言えば、炭酸水に苺ジャムを入れて飲むのがすっかりお気に入りになったんだよね」
 そう言って青藤色の髪の青年を見上げてみれば、汲んで来たばかりの泉の水がありますよと淡い水色に透きとおる硝子の水差しを差し出された。柔らかな部屋の灯りに炭酸の気泡が煌く様を眺めつつ「夏頃に春楡の根元で昼寝をしてみたいな」と笑って、きっと濃い緑の匂いと冷たい泉の水の香りが気持ちいいんだろうなと思いを馳せる。
 楽しい話と思いで心を満たしたかった。――さよならは、言わないから。
 柔らかに吹き込む夜風が髪を撫でていく様に瞳を細め、蔭ノ滴ル白蕾・アティセネィク(a51177)は己とチェルダに温かな花茶の杯を取り、微かな忍び笑いと共に囁きを落とした。
「――で、守人に恋人候補を見付けましたか、チェルダ?」
「……っ!」
 花茶に咽たチェルダが何かを言う前に「ちょっと尋ねてみただけですよ」とくすくす笑って言葉を遮る。出鼻を挫かれ口をぱくぱくさせる彼女の背中をさすってやりながら、琥珀の狐月・ミルッヒ(a10018)も堪えきれずにあははと笑い出した。ミルッヒさんまで、と声を上げたチェルダにごめんごめんと手を振って、改めて少女の瞳を覗きこむ。
「春乙女になってみて、どうだった?」
 微かに首を傾げて問いかけてみれば、ラベンダーの髪の春乙女が満面に笑みを咲かせた。
「想像してたよりもずっと楽しくて――とても、幸せな春になりました」
 こうして皆と仲良くなれたのが何よりも素敵な春の贈り物、と照れ臭そうに続けるチェルダに「きっと修行の糧になるって思うよ」と微笑みを返す。いつか貴女に硝子細工を作って貰いたいわとラシェットが言えば、職人さんの所に会いに行ってもいいかな、とウィズが便乗した。チェルダは「霊査士さんが時々冒険者さんを誘って師匠の所に遊びに来てますよ」と笑い、その時に声をかけてくれれば顔を出します、と約束する。
 春乙女の使命を全うし、チェルダはサニーベリーから街へと戻る。
 明日の春祭りで花を咲かせることが――春乙女に課せられた使命だ。
「いよいよだね……緊張する?」
 問いかける形で言葉を紡いだが、自分もまた緊張していることを無音の弓・フロノ(a35376)は自覚していた。皆とは初めに思っていた以上に深く優しい絆で結ばれたから、皆と一緒ならきっと祭りは成功すると信じている。けれど未来はやはり不確かだから、様々な思いが綯い交ぜになって胸を満たしていた。きっとそれは「わくわくするような期待感」と言うのだろうけど。
 全然緊張しませんって言うとやっぱり嘘っぽいですよね、と深呼吸するチェルダの肩をぽんと叩き、「いつも通り、笑顔の可愛い貴女でね」とラシェットが微笑んでやった。チェルダちゃんは早く寝た方がいいよねとミルッヒが言えば、夜更かししすぎて寝坊しちゃったら大変なぁ〜んとニノンも同意する。
 皆で一生懸命春乙女の衣装を考えて、チェルダはその衣装のために体を張ろうとした。
 それは大切な思い出だから、祭りで春乙女の衣装を纏ったチェルダには誰よりも輝いていて欲しい。
 目の下に隈なんて作ったら大変だものとチェルダを諭すミルッヒの言葉に、そのとおりなぁ〜んとニノンは神妙な顔つきで頷いた。
 楽しい祭りを控えて浮き立つ心はなかなか眠りの海へ沈みそうにはないけれど。
「何だか……ものすごく早起きしちゃいそう」
 ぽつりとしたフロノの呟きに、花の家は明るい笑い声で満たされた。

●春乙女の花冠
 祝福の地の目覚めは、柔らかでひんやりとした淡い朝靄と共に訪れる。
 御伽噺の村を優しく霞ませる朝靄の中に立ち穏やかに射し込めてくる曙光を感じながら、ミルッヒは大きく伸びをした。深呼吸をすれば体の中には清涼な水の気配が流れ込んでくる。咲き零れる花々もきっと、澄んだ朝露を纏ってきらきらと輝いているだろう。
 朝靄を透かして仰ぐ空は、淡く柔らかな紫に染まる。それはふわりとしたチェルダの髪の色。
「あの子の髪に合わせるなら……純粋な白の中に細やかな黄、可愛いピンク」
 そんなところかしらねとラシェットに声をかけられ、白と淡い色の花がいいよねと瞳を細めてミルッヒが返す。春色の衣装を纏う春乙女は何より綺麗だろうから、飾る花はあくまで彼女を引き立てるように。宜しくねと女性二人に瞳を向けられたクリフは了解ですよと微笑んだ。アオキの葉が欲しいといウィズには「花の家の北側に植えられていましたよ」と答え、花ならおれも負けないぜと胸を張るミンツと二人先頭に立ち、クリフは村の中へと歩き出した。
 サニーベリーは普段から花に溢れた村だが、春祭りを控え普段よりもひときわ多くの花に満ち溢れていた。誰かの庭に咲いている花も、この日限りは皆の――春祭りのための物。きっとどの花もあの春楡と結ばれてるんだろうなとミンツが笑えば、「ええ、きっと」とクリフも瞳を和らげた。
 柔らかな花弁をふわりと重ねた白のスイートピーに、甘いピンクに咲くデルフィニウム。
 そして光のかけらのように細やかに咲き零れる、黄のアリッサム。
 ミンツと相談し皆に確認しながらひとつひとつ花を摘んでいくクリフの様子に、ラシェットが感心したように笑みを零す。それにしてもと前置き「クリフと花は結びつくけど、カルストと料理は意外だったわね」と呟けば、ミルッヒがぷっと噴き出した。初めて会った時のカルストちゃんの仏頂面には驚いたけどと紡ぎ、クリフちゃんは笑顔で迎えてくれたから嬉しかったと笑う。
「守人に誘ってくれてありがとう。クリフちゃんも……守人のお仕事、後から素敵な気持ちで思い返せるよう過ごしてね」
 お腹の中に抱えきっちゃう事は無しでっ、と茶化すように笑って彼の髪に愛らしいスズランの花を挿してやる。クリフは擽ったそうに瞳を細め、隠し事を見透かされたような笑みを見せた。
「実を言えば初めは面倒だったんです。けれど今は楽しくてたまりませんよ。……皆さんのお陰でね」

●春乙女の朝餉
 柔らかな光が射し込める厨房は、花の家の小ぢんまりとした作りを思えば随分と広い場所だった。
 きっと複数の守人が調理をするって前提になってるんだろうなと思いつつ、フロノは自然と零れる笑みを隠すことなく楽しげにエプロンを身につける。朝はいつだって大切なもの、それも今日は春祭りの日なのだから、最高のスタートで一日を始めたい。それに何より。
「サニーベリーの素材で作るごはんだもの、絶対そこらのものより数倍美味しい……!」
 瞳を細め幸せいっぱいに呟けば、絶対ですよぉと明るい声音でアスティナが応じた。パンケーキと野菜たっぷりのスープを作るのだという彼女に、スープには細かくみじん切りにした野菜を加えて風味を際立たせたいとフロノは声を弾ませる。何しろ籠に盛られた朝採りの野菜達は、肥沃な大地で育まれたことがひとめでわかるほど艶やかで、鮮やかな命の香りを漂わせているのだ。
「カルストさぁん、後でお味見してみていただけますかぁ〜?」
 手際よく野菜を刻み始めたアスティナが言えば、「おう」とカルストは気軽に返す。料理が得手でないアティセネィクは肩を竦め、手伝いに徹するべく指示を求めて傍らを見遣った。
「白……カルストの言う様に私はするつもりだよ」
「だから白わんこって言うなー!」
 真白な犬尻尾を逆立てて今朝も元気にカルストが叫ぶ。
 皆は一斉に吹き出し、わんことは言ってないよとのアティセネィクの言葉に更に笑いが弾けた。
 桜で燻製したベーコンを添えた目玉焼きを作ることになったらしい二人の背中を眺めつつ、ニノンは笑いすぎて眦に溜まった涙を拭う。気を取り直し「フルーツたっぷりのヨーグルトサラダを作るなぁ〜ん」とチェルダに好きな果物を訊ねれば、苺と枇杷かなぁと明るい声音が返ってくる。
「折角だから好きなものばかりで作っちゃうなぁ〜ん!」
「うわぁ……素敵!」
 瞳を輝かせたチェルダは手を打って喜び、ニノンは照れ笑いをしつつ気合満点で果物を切り始めた。
 鮮やかな黄身が燦然と輝く目玉焼きに、薫り高くカリカリに焼かれたベーコン。そして、滋養たっぷりの野菜をふんだんに使い、味見をしたカルストが太鼓判を押した野菜スープと、爽やかなフルーツの甘味が幸せなヨーグルトサラダ。ふんわりと焼き上げられたパンケーキには苺ジャムを添えて食卓を整えれば、花冠を作りに行っていた皆がタイミングよく戻ってくる。
 温かに満ちる香りは幸せの香り。サニーベリーでおやすみとおはようの挨拶を交わし、皆で囲む朝の食卓は間違いなく幸せなものになる。皆で食べる朝食はきっと美味しいですねぇ〜とアスティナが顔を綻ばせれば、皆も幸せそうに笑って頷いた。
「さぁ! 朝からハッピー気分山盛りで、お祭りに向けてがつーんと気合いれようなぁ〜ん!」
 ニノンの言葉を合図に其々頂きますの言葉を交わし、皆は揃って幸せな朝餉を楽しんだ。

●空と春のみちしるべ
 薄紗にも似た朝靄は、大切な贈り物を包むラッピング。
 祝福の地を包む薄紗を柔らかな風が開いてみれば、そこには明るく華やかな春が包まれていた。
 遥か高く澄み渡る空は青く、降りそそぐ眩い陽射しがサニーベリーに連なる明るい杏色の屋根を照らし出す。至るところに優しい色の花が咲き乱れ、小川から引き込まれた水と泉から溢れる水が硝子で作られた細い管を通り煌きながら村中を巡っていた。光の粒子がきらきらと弾け、あちこちで奏でられる春を祝う調べと合わさり祝福の地を幸せで満たしていく。
 行き交う人々の誰もが輝くような笑みを浮かべているのが嬉しくて、ミンツは習い覚えた曲をハーモニカで紡ぎながらゆっくりと村を回った。アティセネィクも眩しげに瞳を細め、緩やかに空と大地へ向け瞳を巡らせる。かつて故郷で聴いた懐かしい笑い声が耳元に甦るようで、微かに胸が温かくなった。
 広場で振舞われていたサニーベリー伝統のフィナンシェを抱えてニノンが駆けてくる。これは彼女やアスティナも一緒に作ったものだ。サニーベリーが最初よりもっと好きになったのですぅと笑うアスティナと二人でほんのりと桜が香るフィナンシェを配り、美味しいと誉めそやす声に胸の奥が擽ったくて笑みを零す。ミルッヒが汲んで来た泉の水には勿論苺ジャムを入れて。
 淡い桃色に透きとおる炭酸水の煌きに声を上げ、皆で笑って杯をあわせた。
「皆と一緒に頑張れたのも、サニーベリーに来られた事も、全部が全部素敵な僕にとっての絆」
 皆が、大好き。
 明るい光の下でミルッヒが言えば、我慢ができなくなったらしいニノンが湖畔のマダム・アデイラ(a90274)に抱きついた。あたしも皆大好きと抱きしめ返す彼女に酒杯を手渡して、ラシェットは幸福に満ちた村を見渡してみる。
「今回で見収めだと思う? ……私はそんな感じがしないの。どうしてかしらね」
「それはきっと……」
 サニーベリーが、心の還る場所になったから。
 ラシェットの耳元で囁き、アデイラはふわりと身を翻した。
 人々が村の奥へと向かっている。春祭りがクライマックスを迎えるのだ。

 淡く緩やかに移ろう春の色の衣装を纏い優しい色の花で丁寧に編まれた花冠を戴いたチェルダは、初々しく美しい――まさに春の乙女だった。
「えへへ、似合ってる」
 嬉しそうに、擽ったそうに笑うフロノが泉の水を満たした杯を掲げ、皆で一斉に杯を鳴らす。
 チェルダの手には桜色の花霞を映しとった色に透きとおる『春水のグラス』。
 グラスに掬った泉の水で春楡の根元に花を咲かせるのが、春乙女の使命だ。
「花、桜色だぜ、絶対に。皆と一緒にいると間違いないって思うっ」
 満面の笑みでミンツが言えば、チェルダも力強く頷きを返す。
 街に帰ったら使ってね、とウィズはラベンダー色の小袋に忍ばせたアオキの葉を手渡した。これは火傷に効く葉だから、きっと硝子細工を作る彼女の護りになる。安心して行ってきてとチェルダの手に触れる様に微笑みながら、アティセネィクはそっと春乙女の背を押した。
 結ばれた絆は優しいものだから、きっと桜色の花が咲く。
 皆が皆のことを好きになって、誰一人欠けても得られなかった深い絆を手に入れたから。

 春楡の大樹から落ちる木漏れ日が、清らな泉を輝きで満たす。
 美しい春乙女が春色の硝子杯で清冽な水を掬って振りまけば、透きとおる水飛沫が辺りに満ちた。
 きらきらと輝く水と光のかけらを受ければ、萌黄の萼が弾けるように綻んで。

 甘やかな桜色の花弁が――咲き零れた。


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