雪の風、瑞兆の鶴



<オープニング>


 最初に農夫が犬を見かけた時、彼は草を食わせに山上へと向かった羊飼いの少年が犬を連れて戻ってきたのかと思った。
 山頂方面からゆっくりやって来るその犬は、ちょうど羊飼いの少年に従う小柄な牧羊犬に良く似た姿形をしていたから。
 だから、気にしなかった。気にする必要がない様に思った。それは今、自分が藁をかき集めるのと同じ日常の一ページに過ぎないのだと思っていた――しかし。
「……いや、おい。ありゃ何だ?」
 犬が帰ってきた割に、肝心の羊と羊飼いが帰って来る気配がない。ようやく不審を覚え、農夫は近付く犬へと目を凝らした。
 犬の周りに、白いものが舞っていた。その正体に気付くまで時間が掛かったのは、それが余りに季節外れなものだったからだ――そう、雪を交えたそよ風が、犬の周りを取り巻いているのだ。
 血の様に紅い眼光よりも、愛らしい外見に似合わぬ鋭利な爪牙より、その雪と風が犬の異常さを告げている。農夫は決して愚かではなかった。例え犬の爪牙が眼光同様の紅で塗りたくられている事に気付かなくても、羊飼いと羊の辿った運命をはっきり理解し、これから起こる惨劇を予測することも出来た。その予測に対し、すぐさま対処に動く行動力も持ち合わせている。
 なのに――、
「……くそっ」
 何としても村に戻り、危機を知らせる。彼の咄嗟の決意は、報われることはない。身を翻した瞬間、不吉な音が背中に迫った。絶望感が一方の手で背中を力強く押し、もう一方の手で彼の顔を強引に背後へと引き戻す。
 恐怖に顔を引き攣らせて、農夫は走りながら背中を振り向いた。それが人生最後に目にする光景になると、頭のどこかで理解する中で。
 果たして、そこに広がっていたのは死の光景。もはや視界一杯に迫った数多の鋭利な羽根、その弾幕の向こうに神々しささえ備える鋼鉄の鶴が、翼を大きく広げていたのだった。


「農村が犬と鶴のコンビに襲われて、多数の犠牲者が出たの」
 犬だけ、或いは鶴だけなら、野犬の群れや変異動物の被害を想像した冒険者もいたかもしれない。だが、ヒトの霊査士・リゼル(a90007)の言葉は二種の動物を一組で扱っている。
「もちろん、普通の犬と鶴じゃないわ。地吹雪が体に纏わり付いてる犬とか、鋼鉄で体が出来てる鶴なんていないもの」
 問うような視線を向けた冒険者を見返し、リゼルは首を縦に振った。
「犬型の魔物は戦いになると、自分の周りにトラップフィールドみたいな力場を作り出すみたい。その力場が失われたり、後衛の鶴型にこちらが向かわない限り積極的な行動はしてこないけど、身体を取り巻く雪混じりの風が強く吹雪いてる間は、身動き出来ない代わりに相手の攻撃をそのまま弾き返し、凍りつかせる力があるの。それに、遠距離戦でも地中から不意に飛び出す毛針って言う攻撃手段を持ってるわね」
 直接的な火力や耐久力、装甲はさほどではない替わり、吹雪を中心にした守りの構えは堅い。迂闊な攻めはこちらが大やけどをする羽目になりかねない相手だ。
「鶴型の魔物は鋼で出来た鋭利な羽根で遠距離攻撃を仕掛けてくるわ。地表すれすれにたくさんの羽根を飛ばしてくる単体攻撃は威力重視、上空から燃え上がる羽根を降り注がせる範囲攻撃は、威力はそんなに高くないけど魔炎付きのようね」
 犬型が盾の役割を重視するならば、鶴型は矛の役割を担っているようだ。その二体の間合いは常に十五メートルの距離。同士討ちを避ける備えなのだろう。
「最後になるけど」
 そう前置きして説明の締めに入るリゼルの表情には、少し判断に迷うような気配があった。
「注意して欲しいんだけど……鶴型はそのおめでたい姿に見合った幸運持ちみたいなの。状態異常を仕掛けても長続きしないと思っていいわ。それと、犬型の全ての攻撃には同じタイプの状態異常が付与されてるみたいなのよ。それが何かまではちょっとわからないんだけど……直接ダメージを与えるものでは、なさそうなんだけど」
 リゼルはもどかしそうに息を吐く。後の事は、どうやら現地で身をもって確かめるしかなさそうだった。

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参加者
業の刻印・ヴァイス(a06493)
物語の終末・シャノン(a32103)
鱗はお茶の味・オルフェ(a32786)
青き絆のカンタドール・ユナン(a37636)
叫鴉・エドワード(a48491)
王虎・アデル(a48929)
星喰らう蒼き闇・ラス(a52420)
仁吼義狭・シリュウ(a62751)


<リプレイ>


 王虎・アデル(a48929)が高台から目にしたその村は、遠目にも死と滅びに満ちていた。敵を村の一角に見出し、戦いの準備を整え、高台を降り、実際に村内へと進んでも、その事実は凄惨さを増しこそすれど惨劇の事実を違える事はない。
 其処此処に散らばる、暴虐の跡。穿たれ、焼かれ、噛み裂かれ、啄ばまれたかつて生き物だった幾つもの塊。人畜の別なく、老若男女を問わず、等しく恐怖と苦悶をその顔に浮べたまま息絶えた数多の遺体。
 家屋は例外なく扉が打ち砕かれ、赤い血の帯が戸口から外へと描き延ばされていた。その帯の行き着く先は、そのまま数多の遺体へと繋がっているのだ。
「……大分被害者が出たみたいなぁ〜ん」
 今また炭化した一組の遺体――幼な子らしき小柄な骸をその身で守るようにかい抱いた大人の骸に黙祷を送り、アデルは小さく頭を振った。
「胸糞悪い、縁起良くても悪いことしてちゃ意味無いんだよ」
 後に続く迷時の紅狗・シャノン(a32103)もまた瞑目して、すぐにその眼差しを前へと戻す。もはや戦場は間近、死者への弔意に裂ける時は多くない。
「モンスターがいるのは村の中心……あの辺り、だよね?」
 あぜ道の先、段丘の上に開けた一角を見つけ、闇に沈む蒼・ラス(a52420)がアデルに問うた。一度周囲の様子を見渡し、それから彼が高台から目にした家屋や畑の配置を思い起こし、そして躊躇う事なく首を縦に振る。
「もうそこから見えるはずなぁ〜ん!」
 そう応じる間に『そこ』、目的地を望む場所へと辿り着き――そして、一様に表情を強張らせた。
「鋼鉄の鶴を見てもありがたや〜、なんて思えないな……」
 青き絆のカンタドール・ユナン(a37636)が零した感慨は、憤りに満ちていた。当然だろう、彼が目にした光景は祝福とは余りにかけ離れた光景だったから。
 少し開けた空間に散らばる遺体の只中で、魔性の犬と鶴が佇んでいた。その全身は血の色に、赤黒く、斑に染まっている。一体どれほど殺したのだろう、地の体色も一目には分からぬ程に返り血を浴びた鶴は、それでも尚優美さを失わない挙措で長い首をこちらへと傾がせ――、
「行くぞ!」
 バサリ。金属の翼を持ちながら、不思議に柔らかい羽音を立てて鶴が大きく両翼を広げるのを契機に、冒険者達は一斉に駆け出した。


 二体の魔物の位置取りは、犬が手前で鶴が奥。身を包む雪風を吹雪に変え、鶴を守る様に立ちはだかるその魔犬に冒険者達は駆け寄って、そのまま傍らを通り過ぎた。
「じゃ、犬はよろしく」
「ああ、わかっている……」
 通り過ぎた後、ラスはそのまま鶴へと進み、業の刻印・ヴァイス(a06493)は動かぬ魔犬の背を窺うかの様に身を翻す。ヴァイスとアデル、シャノンの三人が犬を抑え、ラス達五人が鶴を撃つ。個々が考える順序にややブレはあったが、概ねそれが冒険者達の採った策なのだ。
 この時点でヴァイスとラスの二人、既に無傷ではない。四体いたはずのリングスラッシャーも、一体しか残っていなかった。
 冒険者達が駆け抜けた後に残る、大小多様な罠の痕。虚空に、地面に唐突に現れた罠は、魔犬が広げた領域が喚んだモノ。二人に続いて領域に入った冒険者達の内、鱗はお茶の味・オルフェ(a32786)もまた突然現れた鋼線によって傷ついていた。だが、鱗越しに喉下を鋭く抉ったその傷を気に掛ける暇等、彼にはない。
「あの鶴を、みんなで、がんばって、打ち落とさなくっちゃ……!」
 傍らのラスと共に見上げた視界、一杯に広がる光の紋章と炎の雨。今にも紋章越しに降り注がんとする鋼の豪雨の向こうに、ゆったりと飛翔する魔物の姿がある。
「やっぱり大型鳥類は蛇の天敵なのか。状態異常に抵抗がある奴相手だと俺は役立たずなんだけどな」
 その身に三頭蛇を絡みつかせて、叫鴉・エドワード(a48491)はウェポン・オーバーロードで力を高めた漆黒の翼を強く握った。刹那、地上から打ち出された光の帯とそれを覆い隠す様な激しい閃光、黒いブーメラン、そして炎雨が交錯する。攻撃の成否を見届けることなく、三人は即座に地を蹴って――僅かに遅く、炎の中に包み込まれた。
「ちっ。射撃は苦手なんだがな。四の五の言っていられねぇか」
 夢追う剣客・シリュウ(a62751)が吹雪に包まれ身動きしない魔犬の傍らに差し掛かったのは、一番最後。空を舞う鶴の姿にやや渋面を作り、アビリティで生み出された鎖を得物と繋ぎ、
「……っ、分の悪い賭けは嫌いじゃない。楽しませてくれそうだな」
 それを投げ放つ矢先に背中を襲った痛みに、シリュウは鞍上僅かに揺らぎながらも不敵な笑いを浮かべて見せる。
 肩越しに確かめた傷口はべったりと絵の具を塗りたくったように黒く染まり、先ほどまで尻尾を向けていた魔犬は、今やこちらに向かって牙を剥いている。そして彼の身を守る吹雪は、既に完全に凪いでいたのだった。

「ほんと、迷惑な犬だな、同じ犬として申し訳ないね」
 一歩、間合いを詰めてシャノンが闘気を込めた一撃を振るう。ざっと横に跳んで避ける魔物の周囲には、今はちらほらと綿雪が僅かに見えるばかり。
「さて……首尾良くいってくれよ……!」
 その犬型の逃げる先を追いかけて、ヴァイスが粘り蜘蛛糸を投げつけた。既に、魔物にはバッドラックシュートは届いている。これが上手く絡めば、当面の足止めは叶うはず――だが僅かに届かず、却って二人の方が突如現れた罠に手傷を受ける。
 また一針、太い毛針が地に潜った。その行く先は、分からない。身をもって阻む事も出来ず、表情も険しく振り下ろしたアデルの戦斧は護りの天使の力も得て魔物の肩口に深く食い込んだ。互いにほぼ正面に向き合い、魔物の顔を見据える。
 ――視線が、『合わない』。
「邪魔するんじゃないのなぁ〜ん!」
 刃先を引き抜きざまにそう叫んで、アデルは焦りの色を強くした。アデルだけでない、皆が多かれ少なかれ焦燥を抱いている。
「この犬、全然こっちを気にしてないね……!」
 シャノンの再度のデストロイブレードは、今度こそ犬型をまともに捉えた。それでも、魔犬は彼らへ注意を移そうとしない。魔犬が紅の凶眼を向けるのは、どこまでもただ一点。
「動くなと、言ってる!」
 長毛がくるりと巻いて、太い毛針が水に潜るように地中へと消える。ヴァイスの放った蜘蛛糸が、ようやく魔獣を捕らえたのはその直後。
 それでも魔犬は睨んでいた。身に絡みついた白糸を振りほどこうともがきつつ、ただ二人の冒険者を。
 毛針が地中を真っ直ぐ進む先、今ある位置――鶴から十五メートルという距離――から手の届く冒険者中、もっとも鶴に近い者。双方に回復が届くよう、中間に陣取ったオルフェとユナンの姿をひたすらに見据えていたのだ。


 降りしきる燃える羽根が、頭上に被さるマントを執拗に叩いていた。その激しい音が耳を打つ中、ユナンは場を支配する魔犬の領域に意を注ぎ――すぐに茫洋とした光が、彼を中心とした地面に広がってゆく。フォーチュンフィールド、戦場の皆に幸運を齎すアビリティが魔犬の領域を上書きしたのだ。
 ユナンとオルフェ、回復を受け持つ二人は可能な限り鶴班と犬班双方に回復を与えられるように陣取っている。双方に陣取る味方に治癒の術を差し伸べられる距離……つまりそれは、双方の敵の間合いに陣取っているという事と同義でもあった。
「隠された状態異常、やっぱり不幸だったね……」
 身を焦がす炎の中、苦しげな声をオルフェは漏らした。彼もまた、犬寄りに位置を取った際に毛針の攻撃を受けている。二度ほど凱歌を歌い上げても未だ不幸は拭い去られるに至らず、召喚獣を顕現させぬ身には、火傷も罠の傷も殊の外に重いのだ。
「落ちよ怒槌、神鳴る力を受けるがいい!」
 状況は、決して楽観できるものではない。当たれ、落ちろと念じつつ、エドワードは再びブーメランを投じた。黄色いガスを曳いて、鶴へと飛んだ得物は果たしてその腹を強く打ち――、
「……そういえば、水鳥を丸呑みするという大蛇もいたな」
 さして期待はしていなかった事が、現実となって現れた。呟きをかき消すのは、大質量の金属が大地に激突して生まれた轟音。エドワードの一撃に込められた稲妻が、ほんの一瞬鶴を麻痺させ――結果として一呼吸の間、飛翔する力を失った鶴は地面へと墜ちたのだ。
「二度目はない!!」
 巻き起こった土煙が収まる前から立ち上がろうともがく魔物を、今度は爆発が呑み込んだ。
「こいつらの相手もしてもらおうか……!」
 シリュウが巻き起こしたその爆炎が収まらない内に、ラスは足止めにとリングスラッシャーを新たに喚ぶ。
 見据える先、灰色の煙が薄れ行く中にゆっくり身を起こす鳥の影が見えている。飛び立つ様子は、今はない。大きく翼を広げた影、あれは飛び立つためではなく、恐らく――、
「……来い!」
 ――ラスの呼びかけに応じるように、無数の羽根が低く飛び来たったのはその直後の事だった。

 長い獣毛に絡み付いた粘り糸が、不意に形を失ってずり落ちた。見れば、不幸の証たる黒の刻印も既にない。
 犬が身体を大きく震わせるや、地面がたちまち輝きを失ってゆく。代わって不意に足元から突き出した木槍に強かに突かれて、シャノンはぐらりと態勢を崩した。
「ほんと、迷惑な犬だな!」
「あちらの邪魔はさせないなぁ〜ん!」
 機先を制されたシャノンの一撃は浅く、機を同じく繰り出されたアデルの一撃は空しく地面を抉る。不首尾に終わった攻撃に、すぐさま退くシャノンとアデル。しかし、犬の反応はまるで拘束される前と変わるところはなく。
「癒し手から潰すのは常套……!」
 己の頭越しに鶴班、回復班へと向けられた殺意を阻むべく、ヴァイスが投げつけた漆黒の絵札は再び犬の身体に不幸を塗りつけた。
 ――しかし。
「回復班、針が行くぞ!」
 それだけでは、まだ犬の動きは止まらない。そして地中に潜って目標へと進む毛針から味方を庇う術は、ヴァイスにはないのだ。
 歯噛みしつつ、彼は次なる一手、粘り蜘蛛糸をその手に生み出す。戦いはまだまだ、終息の気配を見せない。

 この時、鶴と犬の距離は三メートルほどまた開いていた。エドワードが打ち込んだ破鎧掌によるものだ。これによって鶴班が多少間合いを広くとっても犬の攻撃圏に入ることはなくなったが……その為に、却って回復班に犬の攻撃が集中する結果を招いている。
「オルフェ、ラスに聖女を掛けるからそっちは」
「わかった、それじゃ僕は凱歌を歌うよ」
 ユナンはオルフェと声を掛け合うと、輝く腕を眼前に掲げた。オルフェは犬班の側へと少し、移動する。そこに展開する罠の領域を再び上書きする余裕は、今はない。歌声を紡ぐオルフェの前に、たちまち美しい小さな聖女が現れる。
「いい加減に、沈んだらどうだ!」
 シリュウの振るった両手剣が、鶴の片翼を半ばまで爆ぜ砕く。さらに迫るラスの刃をその砕けた翼で受けて、
「……!!」
 ほとんど零距離から打ち出された数多の羽根を、ラスは避けきることができなかった。
「よくもやってくれた!」
 怒りの言葉とは裏腹に、エドワードは無造作な動きで『黒翼』を鶴の広げた翼へと投げつけた。達人の一撃に鶴が怯む隙にラスが間合いを計り、彼の深手をオルフェとユナンの歌声が癒す――と、その一方、オルフェの歌声が中途で途切れた。
 再び、彼の脇腹に不幸の毛針が突き立っている。一度は癒えた漆黒の印が、また彼の身体を蝕んでゆく。
 それを待ちかねた様に、鶴が大きく両翼を開いた。シリュウの一閃が再び鶴を撃つが、それは鶴を二度と飛べぬ身体に整形させただけに止まった。
 残る翼から垂直に打ち出された羽根は次第に熱を帯び、炎を発して――一点で反転し、地へと降り注いだ。容赦なく、片膝を付くオルフェをその只中に巻き込んで。


(「確か、撤退条件は……」)
 回復アビリティの残余が二割、若しくは戦闘不能者が四名。罠に傷つき、斬撃を打ち込みつつ、シャノンの脳裏に取り定めた撤退条件が過ぎった。
 いま少しで倒せるかと思った犬は存外にしぶとく、幾度か拘束と解放を経ても未だに止めを刺しきれない。
 回復術の使い手は既に一人が倒れ、範囲攻撃と強力な単体攻撃を使い分ける敵を相手に回復の手は回りきっているとはいえない。ユナンが抱える残り回数自体にもそう余裕はないはずだ。
 このまま持久戦になれば、徐々に磨耗するばかり――撤退と言う選択が、現実のものとして視野に入ってきたその時だった。
「……いや、賭けは俺達が勝つ!」
 手負いのシリュウが放った一撃が、激しい爆発を巻き起こす。その煙が晴れた時、そこにあったのは、もはやその神々しさなどどこかへ失せた、半ば崩れたオブジェだった。
「まだ死んでない……けど!」
「ここで!」
 ラスの、エドワードの攻撃がさらにオブジェを突き崩し、鋼の鶴を『鶴だった鉄塊』へと変えてゆく。それでも鶴は翼の残骸を大きく広げ、ラスを無数の羽根で貫き――それが、最後の反撃となる。
 ラスの体が地面に崩れ落ちるより、シリュウとエドワードの打撃が、鋼の身体を打ち崩すのがほんの僅かに早かったのだ。

「……なんだ?」
 不意に、魔犬が悲しげな咆哮を上げた。風が強まり、雪も重なり、たちまち魔犬の周りに季節はずれの吹雪が巻き起こる。
「鶴を、倒したのかなぁ〜ん」
 その意味するところに気付き、アデルが背後の鶴班へと視線を向ける。
 そこに、鶴はいなかった。そこに在ったのは、ガラガラと崩れ落ちる鉄の塊……そして、倒れた仲間を安全な場所に移し、こちらに馳せ戻る三人の仲間の姿。

 相方を失った今、犬型の魔物には己が身を守るため吹雪の中に閉じこもる。
 巡らせた罠の領域はユナンに覆され、攻撃を時に跳ね返されながらも果敢に繰り出される攻撃に血肉を穿たれ――徐々に、磨耗していった。
 そして吹雪が凪ぎ、犬の四肢が大地にくずおれるまで多くの時は要さなかったのだ。


 村から離れた山の中に、真新しい墓が二つ並んでいた。
 埋葬したのは、ヴァイスとラス。墓の下に眠るのは、彼らが打ち倒した二体の魔物。
「明日は我が身だからな……せめて、眠りだけは」
「……そうだね」
 魔物は、グリモアの加護を失った冒険者の成れの果て。彼らの生前を想い、自分達の行く先を想い、ヴァイスとラスはそっとその安息を祈る。
(「彼らも、無念を残して魔物になったんだろうか……」)
 シャノンが祈りを捧げるのは、殺された民にであって魔物に対してではない。だがふと、そんな想いが胸に過ぎった。
 じっと、墓標に目で問いかける。もちろん、答えはない。多分それを知らずに済む事は、幸いな事なのだろう。そう、納得する。
「さて、帰るか」
 しばしの黙祷の後、ラスは大きく延びをした。

 そして一行は帰路に着く。炎の雨も、時ならぬ吹雪も二度と見舞うことのない村を後にして。


マスター:朝比奈ゆたか 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2007/05/28
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冒険結果:成功!
重傷者:鱗はお茶の味・オルフェ(a32786)  星喰らう蒼き闇・ラス(a52420) 
死亡者:なし
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