とある初夏の日に



<オープニング>


 原罪説、というものがある。
 確か、人は生まれながらにして罪を背負い……というものだったか。くだらないとは思いつつも、思うところもある。
 例えば、物欲。生きるのに必要が無いと分かりきっているものでも、突然欲しくなる事がある。その瞬間の欲望というものは抗いがたく、手に入れた時の歓喜は中毒性にも近いものがある。
 そして、物欲と多くの場合にセットである食欲。これもまた、時として必要以上に欲しくなる事がある。これもまた、人の持つ業と言うべきものだろう。
 ……そう考えると、原罪説というものも、あながち胡乱な与太とも言い切れないのだ。
「……ふーん。それで?」
 淡々と語る青年の目の前に居る金髪のエルフの少女の言葉に、青年は分かっていない、という顔で語り始める。
 実に人の一生よりも遙か長い年月を経て形作られ、受け継がれてきた技術の重み。
 30年という、まさに半生をかけて磨き上げられた、芸術というべき域までに昇華された熟練の手腕。
 それが合わさった時に生まれ出るきめ細やかな味わいが、どれほど舌の上で美しく踊るか。
 その完成度は、それ自体がそうなるべく生まれでたかのような輝きを持つということを。
 それに抗う事は、例え世捨て人でも無理であるに違いないのだ、と。
「……あー、デストさん。暑い日に冷たいジュース飲みたくなるのは、人として普通ですから。原罪説とか絡めなくていいです」
 髪を2つに縛った霊査士の少女が如何にもウンザリした、という表情でジュースを注文している。暑い日は、長話というものはしないに限る。炎天下で、しかもスーツ姿であれば尚更だ。
「デストってば昔はチンピラみたいだったくせに、最近キャラ変わってて扱いづらいんだよ」
「それを言うならアルカナさんだって最近は……」
 ……急に騒がしくなった店の軒先を、通行人達が微笑ましい顔で眺めては通り過ぎていく。
 デストはこの日、たまたま立ち寄った店で、この時期の名物の果汁ジュースを飲みながらノンビリとしていたのだが……どうやら、丁度いい気分になった所を2人に発見され、現在に至るようだ。
「……でさ、デストはどう思う?」
「ん? ああ、いいんじゃないか」
 聞いていなかったらしく、アルカナの言葉にデストは適当な返事を返す。
「じゃあ、決まりですね。来週にでも皆さんに声をかけるとしましょう」
 こうして、後日。件の店に冒険者達が集合することになったのである。

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参加者
NPC:放浪剣士・デスト(a90337)



<リプレイ>

 季節は、初夏。空は突き抜けるように青く、風は少し生ぬるい。
 泳ぐには最高の天気と言えそうだが、まだそこまでの暑さでもない。
 この微妙な時間というものは意外と少なく、そういう意味では貴重な時期である。
 となれば、この気だるい時間を如何に過ごすかは重要なポイントなのだが……。
 此処、海の傍に建つ茶屋に集まった冒険者達は、早速それぞれの楽しみ方で満喫している。
「イェア、最近何かと物騒だけど涼みながらくつろぐのも悪くないわよね?」
 異風の叫奏者・ガマレイ(a46694)の言葉が、青空に広がっていく。
 ランドアースに生きる冒険者であれば物騒な話題には事欠かないが、最近は特にそうであろう。
 ガマレイもまた、それを深くかみ締めている1人であった。
「いやぁ、たまにこういう息抜きもいいやなぁ」
 その言葉に答えた炎舞・ベア(a49416)が、少し潮の香りのする空気を思い切り吸い込むようにして伸びをする。
 2人のいる場所は、2階の窓際。少し生暖かくなってきた初夏の風が吹き抜ける場所で、果物をガブリと齧る。
 口の中に広がっていくジューシーな果汁は、まさに完璧。
「……これでパインサラダがあれば完璧なんだけど」
 なんだか縁起でもないような台詞を言うガマレイに酌をされたベアは、果実ジュースでそれに返礼する。
 他愛もない会話を繰り返す、他愛もない時間……そんな時間は少しずつ過ぎてゆく。
「一緒に飲んでみたいんやけどなぁ、エンジェルちゅうのは見た目変わらんしなぁ」
 確かにエンジェルというものは20歳以上になる事は無い。
 要するにお酒を飲めない種族ということではあるが、お酒の味は覚えないほうがいいという説もあながち間違いではないだけに、幸せか不幸せかは議論の分かれるところだ。
 そんなベアの台詞を何となく聞いていた木陰でティータイムをとる犬・スフェーン(a55609)は、ふと窓の外を見る。
 普段見慣れた、岩場ばかりの海とはまた違った海の顔。
「白い砂浜、寄せては返す波……喧騒の最中であっても、それはやはり心落ち着く景色だよな」
 アイスレモンティーの入ったコップについた水滴を、指の先で拭う。
 指先の冷たい感触と、頬に感じる暖かい風。やがて来る夏を、スフェーンは身に感じながら下を眺める。
 どうやら、1階では早くも酒盛りが始まっているようだった。静かな雰囲気を愛する面々が、次々に2階に登ってくるのが分かる。
「遠慮するな、どんどん飲め! 今日は無礼講だ」
 白いサマードレスを纏った女性……紅蓮の月・エフェメラ(a63888)が、傍らの銀狐を軽く撫ぜつつ笑う。
 すっかり酒盛りの様子を呈してきた1階では、夜闇の霊査士・ミッドナー(a90283)を筆頭とした酒豪の者達が我先に樽を開けている。
 麦酒に果実酒。どちらも青空の下で飲むには最高のものばかりである。
 特に、果実酒の味の良さといったら。こういった酒の類は数年ねかせるのが基本ではある。
 しかし、造りたての果実酒というのも、中々オツなものであったのだ。
「んっ、美味しい……」
 死滅の黒炎・ユーティリス(a27063)は、そんな酒盛りに混ざって、ゆっくりと果実酒を喉に流し込む。
 良く冷えた果実酒は喉を通って、胃にまで良く染み渡っていくようだ。
 良い素材を、良い技術で。たったそれだけの事が、これ程までに味を高めているのだ。
「あ、忘れてた。かんぱーい!」
 響く乾杯の声に合わせ、少し離れた場所で見守るような視線を送っていた暁天の武侠・タダシ(a06685)もまた、グラスを掲げる。
 何かを深く考えるような目ではあるが、優しさにも満ちた様子であった。
「ちょ、ロープ! ロープやって!」
「ロープなんか無いんだよ。此処にあるのは砂浜のみ。つまり白き砂のマットに15歳以下禁止の赤くて黒いのとかそーゆーのが広がっていくんだよ」
「……絡み酒だね」
「みたいだな」
 一方、早くもベロンベロンに酔っ払っているトレジャーハンター・アルカナ(a90042)に絡まれて無茶な体勢の技をかけられている終曲奏者・ネジ(a28473)。
 その様子を見ていたエフェメラもユーティリスも、どう助けたものかと悩みつつも状況を楽しんでいる。
 ネジも冒険者だ。ちょっとやそっとではどうにもなるまい。
 何より、あんな無茶なホールド技を受けたら色んな関節が痛くなる。こんな天気の良い日に関節を痛めたくは無い。
「アルカナさん、釣りしましょ、釣り! こんな場所にしか居ないレアな魚が釣れるかもしれませんよ?」
「む、レアな魚かあ……よし、やるんだよ♪」
 みんなの・ゼソラ(a27083)の言葉に、意外とアッサリとネジを放すアルカナ。
「じゃ、行きましょーか♪」
「おう、なんだよ♪」
 そのまま波打ち際へと走っていく2人。その場所に魚が来るかどうかは、未知数なのではあるが。
 来ても小魚ではあるだろうが……釣りとは過程を楽しむ事が大切なので、さほど問題ではないのかもしれない。
「なんか騒がしそうなのが走ってくるなあ」
 波打ち際を散歩していた魔哭・ディーン(a42160)は、思わずそんな言葉を口にする。
「えいっ……うわ、ひゃあっ?」
 隙ありと見て飛びついた花守狐・イナルナ(a41972)はそのまま投げられ、海にダイブしてしまう。
「ったく……なんでこんなトコまで相手つき合わされねえといけねえのか……」
 軽く頭を掻きつつ歩くと、自分を見ている視線に気づく。
「……なんか用か?」
 それに答えるように何か言い掛けたデストに、イナルナが泣きついて台詞が中断される。
「ディーンが酷いんです!」
 そんなイナルナをを慣れた手付きでディーンのほうに押しやると、そのまま踵を返してデストは歩いていく。
「タコだっ、タコが釣れましたよ!?」
 そんなゼソラの声に思わず振り向いた時には、デストはすでに遠く建物のほうまで歩いて行ってしまっていた。
 そう、多くを語る必要などはない。
 必要なものはパパイヤのジュースと、よく熟れたマンゴー。
「……それから、ついでにバケツ一杯の水をくれ」
「水、ですか。少々お待ちください」
 やがて運ばれてきたバケツの水に、足をひたす。
 素足に直に伝わる水は冷たく、暑くほてる体を冷やしていくようだ。
 そこに喉から流し込まれていくパパイヤのジュースの、何と心地の良いことか。
「原罪説、か……確かにこれは罪深いまでの心地良さだ」
 そこに丁度やってきたデストを見て、無銘なる赤・デスペラード(a27803)は微笑を向ける。
「なかなかに面白い話しをしていたそうじゃないか、良ければ聴かせてくれ」
「……アルカナだな」
 誰がデスペラードに話したのかを一発で看破したデストは、仕方ないといった表情で腰を下ろす。
「デスト殿、こんなジュースは如何のぅ?」
 しばらく語っていたデストのところにやってきた光纏う黄金の刃・プラチナ(a41265)は、気持ちよさそうに寝ているデスペラードを見て、少し声のトーンを落とす。
「……混ぜすぎだな。もう2、3種類減らしてみろ。この時期のフルーツは自己主張の強いものが多いからな……」
「なるほどのう」
 律儀に頷くプラチナ。そこにやってきた硝華・シャナ(a52080)を加え、静かで優しい時間はまた流れていく。
 波の寄せて返す音は静かに響き、心地良い感覚を呼び起こしていく。
「海って、何度見ても不思議なものですね」
 天藍守護天使・ティエラン(a18341)は、波打ち際で足を浸すようにして隣の流天月輝・セリオス(a00623)に語りかける。
「この水って、どうして塩辛くて、どうしてなくならないのかしら……」
 その問いは、決して答えを求めるものではない。世の中には、答えの無い事が答えの問いもある。
「転ぶなよ」
 ただ、それだけをセリオスは言って隣を歩く。
「セリオスさんとこうして浜辺でゆっくりするのって、あんまりないですね」
 そう言ったティエランは、1階のテラスから海を眺めている燬沃紡唄・ウィー(a18981)にふと視線を送り……波に足をとられ、思わずバランスを崩す。
「ふぅ……だから言っただろうが……ほら、しっかり捉まっていろ」
 ぶっきらぼうに、しかし優しく手を組んで歩く2人。その足取りもやはり、優しい。
「……」
 その様子を見ていたウィーの横で、蒼き闇の紅蓮・シアン(a56594)はリンゴを齧る。
 思った以上に溢れ出る果汁が服を汚しそうになり、そっとウィーがおしぼりを差し出す。
 特に互いから語る事は無く、しかし静寂というわけでもない。
 語らずとも、分かり合える事はある。
 それでも、何かを話してみようと考えるシアンに、ウィーは少しだけ口を開く。
 そんな、優しい空間を潮風が吹きぬけていった。
「またのんびり飲みながら、また他愛ない話をしながら、また素敵な時間を過ごしたい、な……」
「ワイはいつもどおり飲んでばっかりやけどな」
 ガマレイとベアは、互いに笑ってグラスを合わせ。
「何だか考えに来たわけじゃないのに色々考えてしまいます……でも、私はデスト様と出会えてとても嬉しいですわ」
「……そうか」
 硝華・シャナ(a52080)はそう言って、響く波の音に耳を澄ませ。
 そしてやがて、静かな時間は終わりを迎えていく。
 待ち構える、大きな試練の前の優しい時間。
 そこで得た安らぎを胸に秘め……静かな決意の炎を灯して。
「……じゃあ皆さん、帰りましょうか」
 名残りを惜しむような波の音を背に……いつか、もう1度この場所へ来ようと……誰かが、そんな事を口にして。
 広がっていく同意の声は、やがて来る夏の空へと溶けていった。


マスター:じぇい 紹介ページ
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作成日:2007/06/02
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