【永遠を願う罪と罰】選択



<オープニング>


●承前
 岬の城館に暮らす、ある伯爵とその令嬢。
 数年前、令嬢は婚礼を控え、最愛の花婿を事故で失ったという。
 依頼、令嬢は深い哀しみとともに無為な毎日を送っている。花嫁衣裳のまま、いまだ訪れぬ花婿を、彼女は永遠に待ち続けるつもりなのかもしれない。
 花嫁は言った。
「それでも――わたくしは……今でもあの方を想っています」
 そしてその父は言った。
「娘は……花婿が今もどこかで生きていると信じているのだよ。……私はそれを否定できない。そうだとしたら、しかしそれはかえって、娘を傷つけることになると私は思う。死んだのならそれは不幸だ。だが生きているのなら、花婿は花嫁を捨てたことになる」

 果たして、森の奥の屋敷に、花婿はひっそりと隠れ住んでいた。
 ……もうひとりの、男とともに。
 男は言う。
「余人には理解できないことかもしれません。あえて理解してもらおうとも思いません」
 そして花婿だった青年は、語った。
「……クリスティーナには申し訳ないと思います。でもロレンツォとの今の暮らしが、現在のぼくにはすべてです。伯爵にこのことが知れたら、父にも火の粉がかかります。彼女の気持ちは、時間が解決してくれることもあるのではないでしょうか。……やはり、このまま、すべて秘密にしておくしかないのでは、と――」

●選択
 紺碧の子爵は、三度、冒険者たちを集めると、岬の城館への招待があった旨を告げる。今度は夜会――、夜が更けゆくのを、静かな楽の音を聞き、語らいに費やして過ごそうと言うのである。
「もちろん、伯爵の意図は、先日の『依頼』の結果を知りたいということにある。花婿の生死を確かめる、という『依頼』については、諸君に斡旋した覚えはないが、結果として森の屋敷に赴いたのだから同じことだろう。……要は、伯爵が納得すればそれでいい」
 紺碧の子爵の言外にある示唆を、冒険者は理解する。
 伝えることは、必ずしも真実でなくとも構わない――。
 むろん、真実を告げてもよい。それは冒険者にゆだねられる。
 錯綜する感情と思惑の糸の中で、何が暴かれ、何が秘匿されるのか。それによって誰が微笑み、誰が傷つくことになるのか。
 その結果は、冒険者が選択しなければならない。

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参加者
泪月華想・ミア(a00968)
桃華相靠・リャオタン(a21574)
トロンプルイユ・クレシャ(a22634)
モノクロームドリーマー・カナタ(a32054)
凍月の蒼・エセル(a43317)
桃華の歌姫・アユナ(a45615)
碧落草・シーズ(a46023)
純白虎魂・ミズナ(a57609)


<リプレイ>

●前奏
「申し訳ありません。こんな形の訪問は非礼と思ったのですが」
 屋敷に招き入れられてから、マントの人物がフードをおろせば、碧落草・シーズ(a46023)の顔があらわれる。
「いいえ、ご心配なく。……少々、驚きましたがね」
 応対するのはセイレーンの壮年紳士だ。身なりのよさと物腰が貴族であることをあらわす。客たちを前に、紳士は口を開いた。
「息子たちのことですね」
 もうひとりの来訪者――それは男装のモノクロームドリーマー・カナタ(a32054)だった。カナタは頷いて、告げる。
「紺碧の子爵から依頼を受けて森に赴き、ご令息にお会いしました」
「……そして、次の依頼は、岬の伯爵の夜会に出席することです」
 シーズの言葉に、紳士の頬が、ぴくり、と動いた。
「安心して下さい。私たちは、伯爵に話すつもりはありません。花婿はすでに死んでいる。……伯爵にはそう報告するつもりです」
「……そう判断して下さったのですね。礼を言うべきでしょうね。息子たちにかわって」
「ぶしつけですが……二人を匿っておられるのは、何故ですか?」
「……何故でしょう」
 セイレーンの紳士の顔に、どこか自嘲めいた表情が浮かんだ。
「私は動転していました。息子は瀕死だ。同じく重傷のロレンツォ君が……どうかこのまま、ふたりを死んだことにしてほしい、と。そうすれば、伯爵家との婚約もなかったことにできるから、と。言われるままに、従ってしまった。その時は最善に思えたのです」
「今は、そう思っておられないと?」
「わかりません。……冒険者のみなさんなら、どう判断されるか、それを知りたかったのです。もうあとは何があっても、ふたりの運命となるでしょう」
 シーズとカナタは顔を見合わせた。
「……婚約を破棄したことで、伯爵家に違約金が発生するといったことは?」
「そこまでの取り決めはしていません。むろん、ミケーレが生きているのを知っていたとなれば、伯爵は私を糾弾するでしょうが……、それだけのことです」
 花婿の父は、肩をすくめた。
「私に罪があるなら、罰は受けるよりありますまい」
 深い、息をつく。そこにあるのは、静かな諦めの境地と見えた。

●再び、岬の城館へ
「このような素敵な席にお呼びいただき、ありがとうございます」
 と、泪月華想・ミア(a00968)が一礼。
 岬の城館は、以前、訪れた時とは違う華やぎをもって冒険者たちを迎え入れた。
 伯爵に招かれた楽師たちが静かに音楽を奏でるなか、随所にろうそくが灯されている広間へ、案内される。
(「……相変わらず、俺、そぐわねぇぇぇー」)
 2度目ではあるが、まだ場慣れしていない様子の桃空空如・リャオタン(a21574)。
 一方、白月剣姫・ミズナ(a57609)は、今回は夜会にふさわしいドレスを調達してきたようだ。そうしていれば、彼女もひとかどである。……ただ、やはり武器は持参してきており、入口で館の使用人に預けてはいたが。
「ようこそ。またいらしていただけて、嬉しく思いますよ」
 両手を広げて、伯爵が歓迎の意をあらわす。
 口々に礼を述べる冒険者たちを制して、
「堅苦しいことは抜きにしておくつろぎください。お若い方ばかりでお酒のお相手をお願いできないのはいささか残念だが、他の飲み物や、食べ物はいろいろと用意させてありますからな」
 あ――、と桃華の歌姫・アユナ(a45615)が気づいた。
 部屋の奥から、侍女たちをともなって、伯爵令嬢クリスティーナが姿を見せる。
 リャオタンが、ちいさな花束を彼女へ渡した。とにかく花を持ってくればいいのだ、刷りこまれているらしい。だがあながちそれは外れでもない。可憐な小菊の花に、クリスティーナは微笑みを見せてくれたから。
「あの……、もしよろしければ、これを」
 ミアからも、手土産が渡される。クッキーだった。
「僕からも。前回、お約束したものです」
 そこへ、シーズが持ってきたものは――
「まあ」
「なんと」
 令嬢と伯爵が、揃って目を丸くした。
 先日の昼食会で、シーズはワイルドファイア大陸のことを、彼女に話した。作物が、ランドアースの何倍もの大きさで実るのだと。
 彼が調達してきたのは、ワイルドファイアのイチゴを使ったお菓子。ひと抱えもある巨大イチゴを、そのまま使ったものだったのだ。
 この珍しいお土産に、伯爵と令嬢はすっかり心を奪われたようで、夜会はこの巨大イチゴの鑑賞会から幕を開けた。
 それは、冒険者たちが知ってしまった事実の重さを、ひととき忘れさせる、なごやかな空気を生み出す。
 凍月の蒼・エセル(a43317)は、そんな皆の様子を、静かに眺めていた。
 いつのまにか、その傍らに、トロンプルイユ・クレシャ(a22634)。
 エセルが、どうかしたかと目で問うのへ、クレシャはちいさく、
「嘘は、得意じゃない」
 と呟いた。
「建前であっても――嘘を嘘としてつくのは。……オレは誰の味方だろう」
 哀れな花嫁か。
 数奇な運命の果てに、身を隠す花婿か。
 それとも。
「おそらくは誰の味方でもない」
「……私もだよ」
 と、エセル。
「ただ、見定めたい。……何にせよ、ふたりとも幸せになってほしいな」
「こうあってほしいと願うのは、身勝手な願望なのかもしれない」
 クレシャは言った。視線の先には、クリスティーナの横顔がある。
 
 テーブルの上には、飲み物のほか、甘いもの――ミアが持ってきてくれたバニラビーンズのクッキーを含め――や、サンドイッチやキッシュなど簡単な夜食類が並ぶ。
 楽師たちは交替で音楽を演奏し続けている。
 静かな音楽に耳を傾けながら、ゆったりとした夜の時間を過ごす。それはとても贅沢な時間だ。冒険者たちは、貴族の愉しみというものの一端を堪能する。優雅といえば優雅だが、ある種の頽廃とも言えるだろう。伯爵たちは、こうした日々を、この海辺の領地で長年過ごしてきたのだろうか。
「蛍を――見たことがあるんです」
 ミアが、ふいに、そんなことを話した。
「星空の下に、舞う蛍。とても奇麗で、幻想的で……大切な思い出です」
「どなたか、大切な方と……?」
 クリスティーナは問うた。
 ミアはそれにはただ穏やかな笑みを返しただけで、
「星を、見ませんか。……ここは空が広くて、きっと星空が素敵だろうと」
「ああ、そりゃあいい」
 令嬢より先に、リャオタンが応えた。
「ちっと庭でも歩くか――じゃなくて、歩きやがりマスカ? いや、歩きマショウカ?」
 まだ敬語に慣れない様子なのを、くすくす、と笑う令嬢。
「失礼。……長く暮らしていると、そんなこと、思いもしませんでしたわ。ミアさんたちがご覧になりたいのでしたら、参りましょう」
 と、立ち上がる。
 リャオタンが灰色の瞳を伯爵に向ける。娘の父は、察したようだ。かすかに、頷いた。

●父と娘
「森へ行きました」
 簡潔に、カナタは言った。
 クリスティーナにはミア、リャオタン、そしてミズナとアユナがともなってゆき庭へ。かれらが出ていくのを待って、カナタは口を開いたのだった。
「紺碧の子爵は働いてくれたようだな」
 父親の顔が、伯爵の顔に変わるのを、冒険者たちは見る。
「して?」
「花婿は、生きてはいません」
「……」
 エセルは、すこし離れて、じっと伯爵を見守っていた。
 青い瞳が、かすかに見開かれ、唇がなにか言いかけて開くのだが、すぐまた引き戻される。
 伯爵は、花婿が生きていると、確信に近く思っていたようだ、と、エセルは思う。
 しかし根拠あってのことというより(そうであるなら冒険者など使うまい)、思いこみに近いものだったのだろう。あるいは、そう思いこみたかったのか。それなら彼は、娘と同じだ。しかしきっと娘とは違う理由で、彼も幻想にすがった。
「死んで――いた……。それはつまり……」
 答えをもとめて、伯爵の目が冒険者の顔のうえをさまよう。
「ええ。事故を生き残ってなどいないということです。森の屋敷は無人でした」
「そうか」
 伯爵は息をついた。
「残念――、というべきなのだろうな、クリスティーナのことを思えば」
「ふたりは……昔からの知り合いだと」
 エセルが訊いた。
 伯爵は……いや、クリスティーナの父は頷く。
「知ってのとおり、われらふたつの家は領地を隣接する。ふたりは年も近く……ミケーレの家の使用人の子で、ミケーレの守役だったロレンツォという子がいたのだが、その3人で互いの家を行き来し、いつも一緒だった。ミケーレとクリスティーナが結婚するのは、その頃から決まっていたようなものだ。むろん強制したつもりはない。見合い話などいくらでもあるのだし、クリスティーナが望むならマルソーの社交界に出してもよかった。だがあの娘は、ずっとミケーレといたいのだと言ってね」
「これからは、どうなさるおつもりですか」
 エセルの言葉は、決して無礼ではなかったけれど、伯爵にはきっと重くのしかかったのだろう。長い沈黙が落ちた。
 誰もが、その言葉の続きを思う。
 このままにはしておけない。
「……しかるべき、結婚相手を、クリスティーナに見つけてやらねばならぬだろう。今すぐとは言わぬ。すこしずつでも、気を変えてくれればよいと思うがな」
 黙って話を聞いていたシーズは、クレシャがそっと席を外すのを見た。庭のほうへ向かったようだ。

「あー、冷えるといけないから……なにか、羽織るもの持って来てやってくれないか」
 リャオタンが、そんな口実をつけて、後をついてきた使用人を追い払った。
 ミズナも周囲に目を光らせて、庭には冒険者と、クリスティーナしかいないことを確認する。
「うかがってもよろしいですか?」
 アユナが小首を傾げて令嬢に問いかける。
「この前、お会いしたとき、花婿の方は、やさしいけれど、クリスティーナさまのことは愛して下さらなかったかもしれないって……そう仰ってました」
「ええ、言いましたわね」
「なぜですか」
 アユナは訊ねた。花嫁が、花婿の愛を疑ったということだ。
「そうね……。はっきりした証拠とか、そういうものはないの。それなのに、疑うようなことを言って、わたくし、いけない花嫁ね」
「いえ、そんな……っ」
「ミケーレさまは、わたくしのことを好きでいて下さったと思うの。でもわたくしは、あの方にとって特別な存在にはなれなかったのじゃないか、っていうことなの。ミケーレさまはやさしい方だわ。誰に対しても、やさしい……」
「……他に……好きなひとがいたのかもしれないって……感じられたのじゃないですか」
 おずおずと、アユナが切り出した言葉に、クリスティーナは、くすくすと笑いだす。
「ミケーレに? ……でもわたくしたち、ほとんど一緒に暮らしたようなものよ。ミケーレの傍にそんな女性なんかいないことはよく知っています」
「でも、クリスティーナさまは特別な存在になれなかったと」
「ええ、そう。誰も、ミケーレの特別にはなれなかったのよ。誰も。……誰かいたとしたら……ロレンツォくらいね」
 その名に、冒険者たちははっと顔を見合わせた。
「3人は、幼い頃から仲が良かったと聞くが」
 ミズナが口を開いた。
「ええ、とても。わたくしたち、きょうだいも同然でした。……考えてみれば、あの頃が、わたくしたちにとっていちばん穏やかで、楽しい季節だったのかもしれない。……でも、ロレンツォはすこしだけ先に成長した。やがて、お父様が、わたくしにも結婚相手を見つけなくてはと仰ったから、それならわたくし、ミケーレと結婚しますと言ったの。やさしいミケーレと、この海辺で、静かに暮らせたらどんなに素敵かしら。賢いロレンツォもそばにいてくれたらなお心強い。最初は、ロレンツォは反対したのだけれどね。ミケーレがもうすこし大人になるのを待つべきだって。それですこし延期になったけど、最後はやっぱり賛成してくれた」
 クリスティーナが語るのを、冒険者たちはじっと聞いていた。広間の楽の音も、ここまでは届かない。
 かわりに、波の音が聞こえてくる。

●真実
「クリスティーナさま」
 アユナが、まっすぐに、彼女を見つめて言った。
「真実を知り、受け止める勇気がおありですか」
「え?」
 冒険者たちは、みな、無言で、彼女を見つめた。
「待ち続ける気かい。永遠に」
 リャオタンが、ぼそり、と言った。
「何を、待っているの?」
 いつのまにか、クレシャがいて、そう聞いた。
「花婿を待っても、仕方がないと、おっしゃるのね。確かに、わたくしは無意味なことをしています。でも……わたくしが、永遠にあの方を待ち続けたとして、誰も困らないのではなくて?」
 その言葉に、しかし、アユナは、
「いいえ!」
 と叫んだ。
「真実と向き合うことはとても辛いし、苦しいけれど、乗り越えることができれば、きっと新しい未来が待っているんです。アユナにも、できました。だからクリスティーナさまにもできるはずです」
 アユナの、真剣なまなざし。
 令嬢の怪訝な表情。そして、間――。
 海から吹く夜風が、庭の樹木をさわがせる。
「……真実、と……おっしゃったわね……」
 その声は、いくぶん、ふるえて。
「それを、お知りになりますか?」
 アユナが、繰り返した。
「……」
 クリスティーナの唇が、言葉を紡いだ。
 冒険者たちは、頷いた。
 そして。

 ざざん――

 夜の海に、波が砕ける。

 ざざん――、ざざん――

「…………そう」
 青ざめた顔で、話を聞き終えたクリスティーナは、それだけを言った。
「……ふたりは……生きて……」
「クリスティーナさま」
 ミアが言った。
「ミケーレさまは、貴女のことを大切に思って、そのような選択をされたのだと思います。それが……最良の選択だったかは、わかりませんが」
 そして、彼女は続ける。
「私たちは、伯爵にはこの真実を伝えません。クリスティーナさまにだけ、お伝えします。もしも……ふたりに会われたいのなら、貴女の名で、冒険者に依頼を下さい」
 令嬢は、大きく目を見開いて、ミアを見つめ返した。
 そして、ぐらり、とその体が傾く。
 ミアが支えた。
「……そんな。……わたくしに……それを選べというの……」
 真実の衝撃よりも、選択をゆだねられたことが、彼女には重かった。
(「必要なのは――」)
 リャオタンは、クリスティーナを見る。彼が渡した小菊を気に入って、彼女は、そのうちの一輪を、髪に飾った。きらめく水の髪に浮かんだような、小菊の花。
(「必要なのは、勇気、かもしれない」)

 小菊の花言葉は――真実。

●後奏
 その後――
 エセルは独り、ミケーレたちの暮らす場所へ赴いた。
 ふたりのその後に、変わりはない様子だった。
 窓から、ふたりをうかがいながら、エセルは、そこに、ささやかな幸福があるのをみとめる。秘密と嘘と、他の誰かの哀しみと引き換えに手に入れた暮らし。
 しかし、この均衡を崩せば、今度はかれらが悲しむ番となる。
 両立はできないのだろうか。
 エセルは、ただ無言で、そこに立ち尽くすのだった。


マスター:彼方星一 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2007/06/04
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