地獄街道の帰郷 〜飼育する人達〜



<オープニング>


 バタバタバタ……。
 不意に強く吹いた風に煽られたテントが立てた音に、テントの中にいた若夫婦と2人の子供と祖母、の5人家族はひしと抱き合った。
 もうどのくらいこうして、互いに抱きしめあって日を過ごしているのだろう。ここでの生活が長くなるに従って、日付の感覚さえなくなった。
 帰りたい。
 ずっとずっとそう思い続けている。
 懐かしい我が家。列強種族に提供する為の家畜の世話を生業としていたあの頃。
 生活は楽でも豊かでもなかったけれど、そんな日々の中にささやかな幸せと家族の笑顔があった。
 ……それがまさか、こんな処に連れてこられて、そのまま放置されてしまうとは。
 帰りたい。あの村に、あの日々に。
 だけど、誰もそれを口にすることはしない。
 口にしても無駄だということを、口にするだけで自分も家族も辛くなるのだということを、知ってしまっているから。
 ここから立ち去ることを咎めるものはもういないけれど、村に帰ろうと決心することが出来なかった。
 村までは大人の足で歩いても3日かかる。子供を連れていてはそれ以上にかかるだろう。
 もし無事にその旅程を進むことが出来たとしても、村へ行く為の唯一の道にかかっていた橋は戦いの際に落とされてしまっている。そしてまた、その橋の付近にはアンデッドが徘徊している……。
 彼ら家族の力では、どう考えても故郷に帰ることは出来ない。だが諦めもつかず。帰りたいという思いだけが募る。
 バサバサッ。
 ひときわ大きくテント入り口が煽られ、家族はより一層ひしと寄り添った。
 煽られた布地はそのまま戻らず、外光と風が入ってくる。そして。
「このテントにも人が住んでるですか?」
 ひょっこりと覗いたのは、光のような金の髪、大きな青い瞳の少女――ちいさなちいさな勝利の女神・ニケ(a55406)だった。
 それが自分達を害する存在なのか、助けてくれる存在なのか……ニケから目を離せずにいる家族の顔には、不安と恐怖、希望と期待が複雑に混ざり合った表情が浮かんでいた。

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参加者
想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)
チョコ魔人・ルイ(a02276)
七天狐・リョウマ(a37240)
小さな探究者・シルス(a38751)
比類なき斬魂の使途・ディソーダー(a43968)
踊る子馬亭の看板娘・ニケ(a55406)
爆走する玉砕シンガー・グリューヴルム(a59784)
千変万化の黒狸・ドロレス(a63137)


<リプレイ>


 ちいさなちいさな勝利の女神・ニケ(a55406)が家まで送って行こうと申し出ると、家族は冒険者の目に留めてもらえた幸運を喜び合った。これで、故郷の土を再び踏めるかも知れない。
「僕達が皆さんを村までお送りしますね。よろしくです」
 小さな探究者・シルス(a38751)は安心させるような笑顔を浮かべ、まだ緊張している様子の家族に挨拶した。
「道中の事はお任せ下さい。必ず皆さんを無事に故郷の村に送り届けますので」
 七天狐・リョウマ(a37240)が約束すると、家族は何度も頭を下げて礼を述べた。
「えっとね、ニケはね、ニケっていうの♪ だからね、ニケのこと、ニケって呼んでね♪ 皆さんのお名前は何ていうのかな?」
 ほにゃっと柔らかな笑顔でニケに尋ねられ、家族はそれぞれ名乗った。父親がケイン、母親がアリア、祖母がセルマ。子供達は母親に促されて、
「僕はジェム。よろしく」
「あたしはローザ……なの」
 兄ははきはきと、妹ははにかみながら名前を告げた。爆走する玉砕シンガー・グリューヴルム(a59784)はその頭に軽く手を載せる。
「色々あっただろうが安心してくれ。私らがちゃんと村まで送り届けてやるさ」
「うん」
 手の下で小さな頭が2つ同時にこくりと頷く。無邪気に見上げてくる目に希望の火を再燃させて。

 ささやかな生活の品以外、荷造りする物は無く、出立すると決めれば支度はすぐに整った。
 比類なき斬魂の使途・ディソーダー(a43968)、リョウマ、グリューヴルムが前に立ち、時間と空間の支配者・ルイ(a02276)と千変万化の黒狸・ドロレス(a63137)が後ろの位置につき。家族を間に護るようにして、冒険者達は村への道を踏み出した。
 故郷に帰れる。その思いからか家族の足取りは軽く、最初は想像以上に旅程がはかどった。けれど、最初の意気込みだけで到着できるほど村は近く無い。
 家族を甘やかしてはならないと、想いの歌い手・ラジスラヴァ(a00451)は出来るだけ自分達のことはやらせていたが、徐々に足弱なセルマが遅れがちになり、やがては歩いている時間と休憩の時間が変わらないほどになってきた。旅程の進みが悪くなるにつれ、子供達は退屈して、だだをこねたり気ままに道を逸れようとしたりし始める。
「良い子にしてたらこれをやるよ」
 自分でも齧りながらルイがチョコレートを見せると、子供達が寄って来て、ちょうだいと手を伸ばす。
「食べながら歩いたらみっともないよ〜?」
 休憩の時にね、とニケはルイと子供達、両方に言い聞かせた。
「むぅ……」
 ルイは手にしていたチョコを頬張ると、残りは後の楽しみにしまっておく。代わりにと、土産に持ってきた品物を取り出してジェムとローザに渡した。
「ありがとう。わぁ……ふかふか」
 ローザはぬいぐるみの柔らかな毛に顔をうずめた。久しぶりに触れる柔毛に、故郷の家畜のことを思い出してか、小さな声で、みんな無事かな、と呟いて。
「これなぁに?」
 ジェムは金属で出来たフィギュアを弄り回している。
「それは真なるギア・完全剛体といってだな……」
 ルイが説明する空の大陸に在るギアの話にジェムは目を輝かせる。この世界の者の大半は、生まれてよりこのかた地獄以外の場所を知らず、そしてそのままここで一生を終える。ジェムは夢物語のような別大陸の話に聞き入った。
 話を聞き疲れてくると今度はラジスラヴァが歌を子供達に教え、興味を他に逸らさないように気をつけた。子供達は土産を大切に抱えて、ルイにもっと話をしてくれとせがみ、ラジスラヴァと声をあわせて歌い、跳ねるように村への道を辿る。
 外を出歩かぬテント生活で予想以上に弱っているセルマには、グリューヴルムが手持ちの材料で拵えておいた背負子を取り出し、
「こ、こんなこともあろうかと、作っておいたぜっ」
 足を引きずるように歩いているセルマを座らせる。
「こんな事までしていただいては……」
 恐縮しきりのセルマを、これくらい何でもないからと安心させ、リョウマが背負った。軽く揺すってみると、しっかりとした感触が肩に感じられる。これなら大丈夫そうだ。
「疲れる前に交代するからな」
 ディソーダーはリョウマに声をかけた後、白い日傘を開いてセルマに持たせた。
「傘……?」
「日傘だ。ここではあまり必要ないかも知れないが……」
 地獄に差すのは薄ぼんやりとした紫の光。日傘が必要なほどに陽光が降り注ぐことはない。だが、ただ背負子に揺られているよりは、多少なりとも気分転換になるだろう。セルマは日傘を掲げ、ディソーダーに地上の光の事を尋ねた。
「太陽……地上にはそんな明るいものが浮かんでいるんだねぇ……」
 頭上に視線を彷徨わせるセルマの様子が、皆から少し離れた殿を歩くドロレスからはよく見て取れた。
 一般人の知る世界は狭い。地獄の人は地上を知らず、地上の人は地獄を知らず。様々な世界を知り、様々な服飾を知る事の出来る同盟冒険者という存在を思い、ドロレスは白と緋の巫女服にそっと手を滑らせた。

 先頭に戻ったグリューヴルムは、獣達の歌を使って周囲からの情報収集に努め、危険そうな区域があれば迂回路を辿った。生き物が死ぬとアンデッドになる世界だから、危険の状況は刻々と変わる。安全を確保しようと思えば気が抜けない。
 その緊張を家族には悟らせないように、ニケは歩調をあわせて歩きながら、あれこれと話しかける。
「ちゃんと動物さんのお世話をしてあげてたんだ〜。えらいね♪」
 故郷の話をする子供達を褒め、セルマの話す昔話にラジスラヴァと共に耳を傾け。話を聞いていると、地獄という場所であっても一般の人にはそれぞれの生活と日常があるのだと実感できた。大変だと思うことも多々あるが、人々はそれなりに順応して暮らしているようだ。
「橋が落ちたそうですけれど、どんな状態なんでしょうか?」
 シルスは歩きながら質問を投げかけ、橋付近の情報を仕入れておいた。聞いた限りでは橋の再建は可能なようだが、詳しい事は現場に行って確かめる必要がありそうだ。
「身体の調子はいかがですか?」
 環境の急速な変化は身体にも影響を与える。リョウマはまめに家族に声をかけ、体調を尋ねるようにした。休憩時間にはシルスがハーブティーをふるまう。
「これどうぞ、疲れが和らぎますよ♪」
 温かい茶と立ち上る香りが、包み込むように疲れを癒してゆく。
「休憩中なら食べてもいいよな」
 ルイは子供達に分けながら、自分も大量にチョコレートを食べた。リョウマもおやつにと、雪見ホットケーキを切り分ける。
 護衛に土産に茶におやつ。安全そうな場所ではルイが召喚したフワリンという遊び相手付き。
「送っていただけるだけでも十分なご好意なのに……こんな贅沢な旅を、有難うございます」
 この場所に連れて来られた時との違いに、驚きと嬉しさと恐縮と……様々な感情が混ざり合った表情で、アリアは深く冒険者に礼を述べた。


「この辺りで野営にしませんか?」
 リョウマは見晴らしが良く水場が近くにある場所で足を止めた。
 テントを張って今宵の寝床とし、調理や獣避けの為の火を焚いてと、冒険者達は手馴れた様子で野営の支度を整えた。
「皆さんのお口に合うといいけれど……」
 ニケは持参した味噌を使って温かなスープを作り、皆に振舞った。
「味噌スープっていうらしいんですけど、とってもおいしいんですよ♪」
 リョウマはバイオリンで幸せの運び手を奏で、皆を胃袋まで満ち足りさせた。
 満腹で寛いだ気分になっている処に、ラジスラヴァが焚き火の前に進み出て踊りを披露する。家族には馴染みの深い、冒険者には目新しい、エルヴォーグに伝わる昔話を歌にし、それに合わせてと身体をしならせる。道中、セルマから聞かせてもらった昔話から作ったばかりの歌と踊りだ。
 ぱちぱちと拍手をする子供達に、明日はこの歌を教えてあげるからと約束した後、ラジスラヴァは今度はランドアースでの出来事を歌にして聴かせた。それは彼女が依頼で出会ったわがままなお嬢様の話。
 余興に声を上げて笑っているローザを、ドロレスは手招きして自分のテントに連れて行った。ややあって出てきた時には……。
「ローザどうしたの、その格好?」
 仰天して立ち上がったジェムに、ドロレスがにこにこと答える。
「可愛いでしょう? 街で流行しているファッションですの」
「う、うん……でもちょっと……短すぎ……ない?」
「あら、これくらい普通ですわよ」
 ね、とドロレスはゴスロリドレスの短い裾を押さえているローザに笑顔で同意を求めた。

 家族が寝静まった後も、冒険者は交代で見張りの任についていた。今日の見張りはニケとディソーダー、ドロレスとラジスラヴァの2組。明日の夜はリョウマとルイ、グリューヴルムとシルスの2組……と、交互に休めるように当番を組んである。
 交代時に互いを蹴り起こしそうな腐れ縁のルイとグリューヴルムと、それを眺めるリョウマとシルス、という様子の男性陣の見張り番とは違い、今日の見張りは……。
「そろそろ交代の時間ですわよね?」
「しっ……良い雰囲気だからしばらくこのままにしておきましょう」
 張り切って見張りをしているニケとそれを見守るディソーダー。物陰からこっそりと胸ときめかせるドロレスとラジスラヴァ。
 火の近くにいなくても頬に自然と赤みがさしそうな……そんな野営のひととき。


 昼間はケインとアリアを励まし、セルマを背負い、ジェムとローザの気を逸らさぬように進み、夜間は野営で身体を休め。途中、危険もあったが、それは家族に気取られぬうちに冒険者の手によって片付けられ、彼らは村まであと僅かの地点までやってきた。
「あそこが橋のかかっていた場所だ」
 ケインが指差す方向には、確かに橋の残骸が残っている。
「おうちはあっちなの」
 走り出したローザの目の前に、ふらりと生気無き死人が起き上がった。腕が振り上げられた拍子に、腐った肉片が飛び散る。悲鳴を挙げるローザをニケは自分の身を被せるようにして庇った。衝撃に備えて身体を緊張させたが痛みは襲ってこない。不思議に思って振り返れば、ニケの前にはディソーダーの背があった。
「ディー!」
「かすり傷だ。早くローザを向こうへ連れて行け!」
 後ろ手に指示すると、ディソーダーはアンデッドに闘気を凝縮した一撃を叩き込んだ。その間も、わらわらとどこからともなくアンデッドが湧いてくる。
 ニケがローザの手を引いて皆の処に駆け戻ると、ラジスラヴァは家族を戦いの場から避難させにかかった。
「一塊になってください」
 リョウマは家族を集めた真ん中に、セルマをゆっくりと下ろした。
「大丈夫ですよ。皆さんには近寄らせませんから」
 はっきりと約束するシルスの声に、セルマを囲んで輪になった家族は、震えながら頷いた。
 ラジスラヴァ、リョウマ、シルス、ニケはその外側を更に囲み、寄り来るアンデッドに容赦無い攻撃を与え、あるいは怪我をした者に治療を施し、家族の身を護り続ける。
「わたくしの姿を目に焼き付けなさい!」
 敵の真っ只中へと飛び込んだドロレスの頭部が光り輝き、アンデッドの注意を家族から引き離す。アンデッドの大半は痺れたように動きを止めてドロレスに魅入られ、それ以外は攻撃の対象をドロレスにかえて迫り来る。
 そこに、狙い済ましたようにディソーダーの巨大剣が竜巻を呼び、迫り来るアンデッドを巻き込み、引き裂いた。反動でディソーダーを襲った麻痺を、グリューヴルムの歌う力強い凱歌が解き放ち、同時に傷も癒す。
 びしりとドロレスの振るう鞭が腐った獣を両断する。グリューヴルムが空中に描く紋章から放たれる光が敵をまとめて屠ってゆく。
 湧き出るが如く現れる敵も、冒険者の連携の前には抵抗するすべもなく倒れていった。死から生まれたモノを死の底へと還し終えると、冒険者達は恐怖に固まっている家族に全てが片付いた事を告げ、安心させた。

 アンデッドがいなくなったので、迂回すれば落ちた橋の対岸に渡る事も出来るようになったが、今後の事を考えれば橋は直しておきたい。
「これも使ってね」
 ニケは持ってきた荒縄を渡すと、ラジスラヴァと共に家族の護衛につき、ドロレスが周辺の見張りを行い、残りの者は協力して橋の再建に取り掛かった。
 ルイが付近で調達してきた木の板を、家族の手も借りて、皆でロープで繋いで足場にする。
「しっかりした橋は難しいが、簡易的にでも復旧させられたら便利だろうからな」
 グリューヴルムは繋いだ板の強度を確かめた。
 シルスがニケが呼んだフワリンに乗り、対岸に手すりのロープを渡す。そこに足場を吊り下げる形にすれば、簡単な橋の出来上がりだ。念の為先に渡って安全を確認してから、気をつけて渡ってくださいねと、家族を渡す。
 ぎしぎし揺れる不安定な橋だけれど、これが村と外とを繋ぐ架け橋になる。一歩一歩踏みしめて橋を渡り終えると、家族は待ちきれず駆け出した。懐かしきわが家へと。


 長く空けた家は傷んでいたが、家畜は村の人が世話してくれていて無事だった。家族が帰ってきた事を村人は自分の事のように喜び、何度も何度も冒険者に礼を言った。彼らが村に帰ってくる事を諦めかけていただけに、この帰郷は村全体を喜びで満たした。
 どう感謝しても足りないと涙ながらに冒険者の手を取る家族達に、グリューヴルムはいやと首を振る。
「この帰郷は、帰りたいという希望があって成し得た物さ。私らはその手伝いをしたにすぎないぜ」
 これで任務は無事完了。だが冒険者達は自分達の疲れには構わず、家の補修や掃除などの手伝いを行った。
「こういう掃除って、気持ちが暖かくなりますわね……」
 ドロレスは微笑みながら箒で家を掃き清めた。
「良かったな。みんなが帰ってきて」
 ルイは動物の世話をしながら、優しく話しかけて撫でてやった。
 その日は綺麗になった家で家族と冒険者は健やかな眠りを満喫し、そして翌日……冒険者達は清々しい気分で村を発つ。
「長旅お疲れ様でしたなの。おばあちゃん達も元気でね♪」
 地獄にはない太陽に似たニケの笑みに、家族も負けない笑顔で応えた。
「これからまた大変でしょうど頑張ってくださいね」
「シルスさんの言うように、これからが本当に大変だと思います。でもそれに負けないで頑張ってください」
 家族の生活はこの地獄という場所でこれからも続いてゆく。シルスとラジスラヴァの励ましに、家族も、共に見送る村人達も強く頷いた。過酷な世界ではあるけれど、故郷の地ならば、共に暮らす人々のいるこの場所でならきっと頑張れる。
 別れを告げて歩き出せば、村人は揃って手を振って見送ってくれた。
「ありがとう! さようなら!」
 ジェムはしっかりと、ローザは泣きながら、強く強く千切れるほどに手を振った。いつまでもいつまでも。冒険者達の姿が彼方に見えなくなっても、ずっと――。


マスター:香月深里 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2007/06/19
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