<リプレイ>
●PURPOSE 竜巻が見えた。 体躯ゆえ、一足で遠のく距離がもどかしい。 休む事無く動き続ける。それは、彼らも同じであった。 十名が一丸となって、ただひたすらに。 どのくらいを走り抜けてきたのか。耳に届くのは、共に走る皆の弾む息遣いと――風の巻く音。 前方に立ち昇る渦。それよりも更に向こうに、町が見えていた。 高くなる目線。 自然と現れ、騎乗状態となった召喚獣の上で、巨剣の傭兵・アレグロ(a10145)、海神の赤槍・トバイアス(a15257)、霧隠・ヤクシ(a34390)が、走るために置き去りにしてきたそれぞれの得物を、それぞれの手元へと呼び寄せる。 背中に浮かぶ闇と銀の召喚獣をはためかせ、春謡・ティトレット(a11702)と、医術士・サハラ(a22503)が、行動を共にする者達へ、順次鎧聖降臨の加護を降らせていく。 吹き付ける風が強さを増し、遠く見えていた街並みの造型が、よりくっきりと見え始める。 何も言葉にして言うべきことは無いのだ。 押し戻すような向かい風の中に突入して、饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)はただ黒い炎だけを身に纏った。 同じ色の炎と、とぐろ巻く黄の蛇に身を包み、永遠に響く奏唱・シェルド(a45558)が遂に追いついた巨躯を、横手に見上げた。 大神ザウスの残した災い、ウェルダン…… 例え、一歩でも遠いうちに。 仲間の中での最大射程、ヤクシの握る装飾の無い弓に、一筋の矢が生まれた。 弦を弾く音が、ごうごうと鳴る風の中に消える。 ただ、解き放たれた矢は流れに逆らって飛び、見事な曲線を描いてウェルダンの複眼脇へと、着弾した。 一瞬消える駆動音。大きさの割に何処か頼りない昆虫のような足、その歩みが、俄に止まる。 竜巻とは逆周りに、ウェルダンの身体が僅か横に巡った。 それは、対峙の瞬間。 見て取った、浄火の紋章術師・グレイ(a04597)が、沸いて揺らめく黒い炎と共に、アンサラーの名を冠す剣をすらりと抜き放つ。 駆ける足を止め息を整えながら皆へと視線を走らせれば、三、四、三、に別れた三つの陣が滞りなく敷かれてゆく。対となる右翼の位置の先頭で、深呼吸と共に槍を構えたトバイアスが、ゴーグル越しに巨大なギアを睨む。 「くそったれが、こんなモン寄越しやがって……叩き潰してやるぜ」 「これ以上被害を拡大させる事はさせません」 誰にともなく頷き、エンジェルの医術士・アル(a18856)は術手袋を填めた手を、強く握り締める。 俄に、赤く大きな複眼に、光が宿った。 「来るぞ!」 短く鋭く、正面のアレクサンドラから発せられる警告の声。 反射的に全員が身構えたその瞬間、人一人余裕で飲み込む光の帯が、正面中央に位置取るヤクシに向け、報復のように撃ち放たれた。 焼けるような痛みが、前といわず横と言わず、とにかく全身を包むように走る。 その残光が消えきらぬうちに、右翼に眩い光が生まれた。 止まる事無く渦巻く風に逆らうべく、長い銀の杖を地に付き立てた、殲姫・アリシア(a13284)の眼前に、輝く紋章が浮かぶ。 ――親愛なる君が、君たちが命がけで護ってくれたこの世界、私も護るから。無駄になんかしないから。 想いを感じ取ったかのように、紋章はじき赤く色を発し、明々と燃える巨大な火炎の玉へと姿を変え……拘束具で身を繋ぐ召喚獣の力を帯び、もう一度色彩を変える。 今、私に出来る事をするの。 私が、護るんだ。 弔い合戦なんて、口が裂けても言ってやらない。 杖が抱く黒水晶と黒い翼に、アリシアの強い眼差しと、虹色に揺らめく炎が映り込んだ。 そして、そのアリシアと対を成す左翼にも、巨大な赤が灯る。 アンサラー。その名は、応報の剣に由来を持つと言う。 ならば必ず、応えて見せよう。報いて見せよう。 彼らがくれた時間を生きるものとして。 空に散った心の叫びに。 グレイの身を包む黒い炎が、掲げた腕を、切っ先を伝い、紋章から転じて燃え盛る炎へと、更なる力を与える。 互いの視界の端に、互いの火炎を認めた刹那、二人は頭上に揺らめく魔力の塊をウェルダンへと解き放った。 虹色と赤と。異なる二色のエンブレムノヴァが、ウェルダンの斜め前方から、挟み撃ちでもするようにぶち当たる。 鈍い音がして、炎は水のように破裂、遠慮無く撒き散る火の粉を掻い潜り、左翼のアレグロが騎乗する青い召喚獣を繰り、ウェルダンの袂へと肉薄する。 握り締めたるは、幾多の傷を刻む武骨な巨大剣。ほんの僅かな外装のみを取り付けて力を増したその柄へ、思う様に闘気を注ぎ込む。 一拍遅れ、中央からはティトレットが地を蹴った。 何処を見ているのか、今一つ判別のつかない赤い複眼。逆手に携えた盾を胸元に、横薙ぎの風の相間を縫って、軽やかに飛び上がる。 思う事は多いけれど、それを語る言葉を私はまだ持たないから。 ただ、全力で打ち倒すのみ。 振り上げた足に描き出される眩い軌跡は、その想いを現すようにウェルダンへと真っ直ぐな線を描く。 その視線脇、鈍い駆動音を竜巻の中に散らすウェルダンの足元には、既にアレグロの姿。真一文字に口元を結んで下段に構える切っ先に、駆けぬける召喚獣が突撃の力を与える。 生かされた身として、この地を守るが責務。 ……果たさねばなるまい。 心はこの一撃に乗せて。 巨大剣に蓄えられた力が、爆発となって顕現する。 遠心力を利用して横薙ぎに叩き付けた刃。発せられた鈍い金属音は、その刀身自身が巻き起こした爆音に掻き消える。 微かに揺れるウェルダンの巨躯。いや、ウェルダンにとっては微かでも、冒険者にば十二分な差になりうる。 唐突にがくん、と眼前に下がってきた顎の継ぎ目へ、ティトレットは鉄をも切り裂く鋭い蹴りを、捻じ込むように撃ち放った。 手応えはまだ硬い。 衝撃と、元の高さに戻っていく顎の振動に弾かれ、そのまま跳び戻って距離を置くティトレット。 その背面で、力強いヴァイオリンの音色が鳴り響く。 「戦いの歌なんて、本当は好きじゃないんだけどっ!」 シェルドの身体を包む黒い炎が、弓を引く腕に合わせ、忙しなく揺らめく。音に合わせ、喉を震わすシェルドが奏でるのは、高らかな凱歌。 「もっと嫌いなのは、僕らの自由を阻む存在だからっ!」 五線譜に踊る音階のように上下に揺れていた黒炎が、歌声に合わせやがて暖かな光を放つ。 その光は、騎上で矢を番え身構えたまま、期を窺っていったヤクシの傷をじきに掻き消し……引き絞った弦に番えられた薄暗い矢尻、痛みに僅かぶれていたそれが、鮮明にウェルダンへと定まった。 刹那、射放たれる一矢。 それは跳び戻ったティトレットの頭上を越えて、高さを取り戻したウェルダンの顔面に、真っ向突き立った。 頼りない見た目とは裏腹に、貫き通す矢は装甲を物ともせず内部へと衝撃を届けてくれる。 そして、その矢を追うように、薙ぐ風に四足の召喚獣と共に地を踏み締め、布陣の直角位置から駆け出すはトバイアス。 黒い弾丸の如き召喚獣の騎上で手にする赤銅の槍は、駆け抜ける景色の中に一筋の赤い線を描き出す。 迅速に、だが、その動作は何処か悠々としても見えた。 何故ならば、それは達人のみが成しえる体捌き。 無造作にウェルダンの足元へと肉薄し、トバイアスは外装を得て両刃と化した槍を、想い溢れて有り余る力と共に、思う様に突き立てた。 勢い故か、耳障りな甲高い音を立ててぶつかり合う、穂先と装甲。だが、それもじき、轟々と鳴り止まぬ嵐の中に散り消える。 せめて傷を穿とうと更に力を込めて押し付けながら見上げれば、複眼の辺りに、燃える木の葉が舞い踊るのが見えた。 帯状に連なる赤。その出所は、アレクサンドラの描く紋章であった。 ただ真っ直ぐにウェルダンを見据え、翳した掌。銀細工の光る術手袋を、腕を伝って紋章へと注ぎ込まれる、黒い炎。 全てを一身に受けて噴出した木の葉達は風に煽られ渦を巻きながら複眼の赤を包み込むと、やがて天へ昇る一塊の炎の柱となって、激しく燃え上がった。 炎は一瞬で消え失せたが、複眼には煤けた後が僅かに残る。 しかしウェルダンも、それがどうしたとでもいった素振りで駆動音を響かせると、被弾振動の延長であるかのような何処か適当な動きで…… 「仕掛けてくるぞ!」 警告が、風に乗って舞う。 身構えた途端、近接していた三人が纏めて跳ね飛ばされた。 翻る銀色。 辛うじて届かなかった顎に一瞥をくれてから、サハラは白い術手袋を填めた指先に、身に纏う黒炎を集める。 「神様もとんだ置き土産を残してくれちゃったねー」 全身真っ白な着衣とは対照的に、深い色合いで揺らめく黒。集められたそれは瞬きをする間に色を転じ、暖かな癒しの光となって辺りへと広がる。 対する右翼からも、鏡でも返すように傷を癒す光の輪が、静かに広がっていた。 「位置取りによっては、複数にも攻撃が及びますのね」 差し伸べた術手袋に意識を合わせれば、アルの身体から沸き上がるように広がっていくヒーリングウェーブ。跳ね飛ばされた三人の位置をしっかり把握して位置取りを調整、全員を範囲へと抱き込み、その傷を癒していく。 円の中心を掠めるようにして、重なり合う暖かな光。 瞬く間に取り戻される体力。 体勢を立て直す一瞬に訪れる、睨み合いの間。 この世界を去った神の忌々しき遺産なんかに、僕らの世界を蹂躙させるもんか! 薙ぐ風に足を踏み、構えた弓を弦へとあてがいながら、シェルドは再び駆け抜けていくティトレットの背中を見つめていた。
●WELL-DONE 「光線来るよー!」 「右後方!」 陣の位置構わず、警告を示す声が絶え間なく上がる。 直後に右翼を射る熱線。頭上から降ってくるような光線の照射に、トバイアスが舌を打つ。 右翼の後衛は、他班に比べ耐久に劣る。鎧聖降臨がない事に加え、アリシアとアルの召喚獣は、防御には適さぬミレナリィドール。それを看破したのか、それとも偶然なのか。前足を失って前屈み、剥げ落ちた装甲から不気味に駆動する内部を曝け出し、戦いも終盤の様相を呈すウェルダンの攻撃は、若干右翼に集中しているように見受けられた。 「目聡てェな!」 迸る稲妻。赤銅を輝かせる電刃の一撃を、ようやく剥がれ落ちた装甲の隙間へと突き立てるトバイアス。 直接攻撃ならまだしも、光線だけは間に割って入るのが難しい。とはいえ、その直接攻撃も、質量に任せて無理矢理突破されてしまうことが多いのだが。 「立て直す、支援頼む!」 よろめく身体、突き立てた銀の杖に体重を預けて立ちながら、アリシアが少しばかり冷たい口調で、他班へと檄を飛ばす。傍らでは、不屈の魂が、一度突いたアルの膝に、再び立ち上がる力を与える。 頷きで応じて、即座に左翼からアレグロが青い弾丸のようにウェルダンへと迫る。 その頭上を越えて、一足先にウェルダンの顔面に渦巻くのは、グレイより届けられる、燃える木の葉。 クレマチスと剣の紋章抱く切っ先、紋章へ注ぎ込まれる黒い炎。引火したかのように燃えて飛び出す緑が、未だ止まぬ竜巻と共に渦巻く。 そして、それはもう一陣。 ただ真摯にその動向を見据え、動きを読み取りながら、アレクサンドラの差し伸べた手で、銀細工が光る。 同じく注ぎ込まれた黒炎が紋章から飛び出す木の葉をより赤く染め上げ、空へと解き放つ。 糸のように、竜巻に撒かれ棚引く緑の業火。二筋の帯であったものはやがて混ざり合い、天を貫かんばかりの螺旋の柱と化して、ウェルダンを熱く焦がす。装甲内にまで達する熱量に、剥げた隙間から黒い煙が上がり、ウェルダン自身の生み出す風の中に散らばっていく。 視界が晴れたその脇腹に、今度は強い衝撃が走る。 物言わぬ巨躯へ向け、騎上の巨漢が一際高く掲げた武骨な刃を、心赴くままに叩き落していた。 召喚獣の力をも加え、有りっ丈の力で叩き付けられる巨大剣。ひたすらに溜め込まれていた闘気が噴出し、甲高く小気味良い音と共に、内部の部品を強引に弾き飛ばす。 残るのは、抉り取られたような跡。役立たなくなった足がまた一つ、ウェルダンの身体から抜け落ちた。 続け様の衝撃に、ウェルダンの注意が、左翼へと惹かれる。 この今のうちに。 まだ少し震える膝で立ち上がったアルが、天を掴むように術手袋を掲げる。 広がる癒しの力。 自らと、傍らで紋章を描き、次へと備えるアリシアの身体を包む、暖かな光。 そして、荒れる風をものともせぬ力強きヴァイオリンの音色が、凱歌となってシェルドから届けられる。 「……『変化』には意味がなくちゃダメなんです。音楽でも、そして、戦いでも!」 光と共に届いた歌は、見事、残る痛みも全て消し去っていった。 「もう大丈夫かなー?」 横切る砂塵を盾で払い、目配せた視界の端に健勝な姿を認め、サハラは今一度正面へと視線を戻す。 そこでは丁度、突き出た顎のような部分を踏み台にして、ティトレットが前屈みに沈むウェルダンの頭部へ飛び上がった所であった。 巻くような風に、背に浮かぶ闇色の召喚獣を靡かせて、斜め下方に見える複眼へ、眼一杯に伸ばした足で、眩い軌跡を描く。 まだ足に返る感触は硬い。 だが、鉄を切り裂く衝撃は、その赤い光に無数のひびを生み、白く濁らせた。 そして、反動を利用し跳び上がった足元へ。 番えた矢に迸る光が、騎上のヤクシの横顔を青白く照らす。 正直に云えば、遺恨はない。 「ですが、同盟の冒険者である立場としては捨て置けませんから」 零した言葉は、雷鳴に打消された。 複雑な軌跡を描き飛ぶ稲妻の矢。 絶妙な間を以って爪弾かれた弦。解き放たれた矢は、天誅の如くウェルダンの複眼を射抜き、飛び上がったティトレットのその足元で、見事に砕け散った。 がくんがくん、ぎこちない動きで前のめりに仕掛けられた攻撃は、しかし、身構えたアレグロに届く前に、力を失って停止する。 やがて、目の前を行過ぎる砂塵が消え、濁っていた空が、穏やかな青に変わった。
●AIR 迫り来る竜巻の脅威は、取り除かれた。 町への報告を終え、早駆けて戻るヤクシの姿を、トバイアスが乗り上げたウェルダン残骸の上から見つめる。 アリシアははたと、遠い海の方角へと眼をやる。 「君がどんな思いでその道を選んだのか、推測の域は出ないけれど」 なんにせよ護ってもらったことに変わりはないんだよね。 もう居ない『君』に馳せる思い。アリシアの手にした紅地のリボンが、穏やかに流れる風にそよぐ。 「これ、ずっとずっと大事にするから」 君の願い、引き受けたから。 空と海と大地の狭間で眠る君に、いつか胸を張って逢えるように。 皆の分まで生き続ける。 例え傲慢だと思われても―― 皆もただ静かに、同じ景色を、瞳に映していた。

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参加者:10人
作成日:2007/06/19
得票数:冒険活劇4
戦闘14
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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