<リプレイ>
●星に願いを さいはて山脈の麓。豊かな森の中に村はある。 そこからも少し歩く距離。湖畔に1人で立てば、清流のせせらぎが聞こえてきそうな静けさだった。 アイシャ(a04915)を連れ、グランスティードで昼のうちに目的地へ着いたサンタナ(a03094)は、思わず深呼吸する。 澄んだ空気が胸を満たし、寄り添うアイシャのノースポールの香りが鼻をくすぐった。 「水の側ゆえ、夜は冷えるからのぅ。羽織っておくと良いのじゃ」 薄手のショールを広げると、サンタナは風に晒されたアイシャの素肌を包み込む。そのまま抱き寄せられ、彼女は恥ずかしそうに頬を染めた。 願いが叶うと言うけれど。 (「私にはもう、これ以上願いなど……」) 崖の上、先端の特等席で空を見上げたアイシャは、ただ幸せそうに目を閉じた。
陽の長い時節――初夏の夕暮れは、殊更にゆっくりと訪れる。 絶えることなく流れ続ける清らな水に、ニューラ(a00126)は素足を潜らせた。 『約束が、果たされますように……』 切なさに痛む彼女の心を留めているのは、使い込まれたスキットルと虹の海鳥の止め具。漆黒の髪を揺らし、水面をざわめかせた風は、留まる身を置いて吹き抜けて行く。 風の行方に空を振り仰げば、ごく薄い闇の天幕が辺りを包み始めていた。
もうすぐ、1番星が見える頃。
物思うアキュティリス(a28724)やカナト(a65324)のような者達は、薄藍の帳にひっそりと紛れて歩く。 闇が舞い降りてきても、道を見誤ったりはしない。きっと今夜は、蛍達が、儚くも美しい輝きで、冒険者達を誘ってくれるから。 辿り着いた崖の上には、思い思いに願いを抱える冒険者達。
『大切な仲間が欠けぬよう……』 『悲しい思いをする人が、少しずつでも、1人でも多く減るように』 『この地に生きる全ての人が、幸せでいられますよう』
冒険者だから。戦を経験したからこそ、そう願う者達。 たとえ夢物語でも、信じ、願う心を忘れては近づけない。ぎゅっと両手を組んで目を瞑り、真剣に願うイク(a60414)の足元から、ふっと蛍が飛び立った。 まるで、彼女の願いを聞き入れたように、星へ届けと仄かに光る。 口に乗せずとも、聞こえているとでも言いた気に、ひっそりと願うアリスティア(a65347)やシンイ(a65512)の周りにも、蛍は掠め飛ぶ。 目を見開いて、アリスティアはその行方を追った。 そして、冒険者だからこそ。願いは自分で叶えるものと信じる、誓うガルスタ(a32308)やショウ(a27215)のような者達も……。 星1つだけが瞬く薄闇の空から、ふと目を転じたショウは、淡い光の乱舞に目を細める。一瞬、心動かされた己を嘲るように、ふと口の端で笑った。 願うなら、精々、自分の力の及ばぬこと。 『散っていった者達が、安らかに眠れるように』と――。
いくつもの蛍が、いくつもの願いを受けて輝き、夕闇は次第に深くなる。 『過ぎ行く時の中で、彼女の笑顔が曇らぬように』 『あの子が、今も笑っていますように』 家族の幸せを祈る声が聞こえて、カラス(a64589)はシャイアントソードの柄を握り締める。 伝説でもいい。叶うと言うのなら、星にでも何にでも、祈ってみるだろう。 (「裏切り者を、この手で……っ」) たゆたう蛍に手を伸べると、鍛錬のために硬くなった指先で明滅し、ふわりと飛び立った。 悲しみは、復讐を誓う激情に埋もれている。 裏切りの日常に、涙はとうに涸れ果てて。生き延びるため――誓いを果たすためだけに生きてきた。 けれど……蛍の淡い光は、そんなカラスの心の奥底を照らし出す気がした。 見渡せば、蛍達の乱舞。 星も、蛍も、見分けが付かなくなりそうな……光の天蓋が広がる。 「願いは、叶うでしょうか……?」 水際に座り込んだアキュティリスが俯くと、クロッカスの花が水を含んで色を濃くした。 水面に、大切な面影を思い浮かべようとして、滲む。 思い出ばかりが脳裏を巡り、溜息をつきそうになった時、すぐ傍に、ほんのりと淡い輝きが起こる。 長い、長い時を過ごした彼女でも、奇跡を信じたくなるような美しさだった。 ぼんやりと見上げ、カナト(a65324)は瞬く光の中に1番星を探した。 (「僕は、他人とは違う何かが欲しい……」) 漠然とした願いは、けれど、いつも心の中にある。 どうすれば見つけられるのか、それが分からなくて。いつも、ただ、繰り返し願っている。 『特別』であることは、歴戦の冒険者達にも難しいこと。 幾度も繰り返す冒険の果てに。 誰かが、カナトを『特別』だと思う時に。 そう在ることが出来るのだから……。 (「叶うだろうさ……」) 夕闇に舞う蛍を見ながら、ガルスタは心内に呟く。 強さを手に入れながら、それでも冒険者達が何かに願うことを、彼は否定しない。きっと、想いの強さは――願いを叶える強さに変わるから。 『集まった者達の願いが、星に届くと良いな……』 だから、今は。 そう祈ることにして――。
清い流れの傍で、メリーナ(a10320)のためにと、タケル(a06416)は葉蘭と松葉で簡易の虫籠を作る。 「虫籠……?」 何の変哲もない葉が、タケルの手で姿を変えていくのを、メリーナは驚きながら見守った。 籠が出来上がると、タケルは、その手に優しく蛍を包み込む。1匹を虫籠へ入れると、仄かに籠の中が灯った。 手伝おうとしたメリーナの指先は彷徨い、結局は、捕まえ損ねてしまう。 「あ……」 「大丈夫だよ」 3匹を虫籠に入れると、タケルはメリーナを誘い、2人で川辺の岩へ腰掛ける。そうして、光を放つ虫籠を、彼女へ差し出した。 「彼らは、光で言葉を交わすのだそうですよ」 蛍よりも、向けられる笑みが、眩しいとでもいうように目を細めるメリーナ。 (「いつも、こんな穏やかな気持ちでいれたらいいのに」) 思うと、彼女はタケルの肩に寄りかかる。 時は、清かな水音となって、2人の間を流れて行った。
●宵の宴 「ふーむ? ライナスに、蛍と願い星の湖、か。こりゃまた似合わん……って、い゛でてっ!」 キッパリ言うティキ(a02763)の耳を、ぐいぐいと誰かが引っ張った。 キッと振り返ると、目の合ってしまったニューラが、「私じゃありませんよっ」と首を振っている。 『今日は』礼を言うつもりだったのだ。 「そりゃ、お互い様」 そう言うライナス(a90050)に見下ろされ、「お前か」とティキは毒づいた。祝いのひと言でも言ってやるつもりだったが、その案は心中で却下する。 「陰口は言わないことだなっ」 悪戯が成功したからか、当のライナスは機嫌が良い。 「ライナスさん、こっちー!」 呼ばわる声は、バーミリオン(a00184)。レスター(a00080)の傍らで、酒瓶2つを振っている。 「お酒も用意したのー」 「お前は飲めないだろっ」 むにっと頬を引っ張ってツッコむと、「ろまらいよぅ(飲まないよぅ)」と笑いが返る。 「誕生日だと聞いたよ。おめでとう」 「おめでとうございます」 タケルとメリーナが、バーミリオンに無沙汰の挨拶をする道すがらに声をかけてくれる。気付いて、ガルスタやカラス達も。 「おめでとうね。それに、ありがとう」 カリナ(a18025)が言うのに、何のことか分からずライナスが首を傾げると、 「そういうこともあったんだよ」 護衛士団でのことを指して言い、少年は微笑した。 「お酒の後で、お茶煎れてあげるよ。お茶請けは葛切りで」 料理が得意でなくても、何とかなりそうなメニューだ。 毒づいていた某エルフも、実はスープを作ろうとしていたが……祝いの心が消えた分、危険な液体になるかもしれない。 「お! じゃ、これも飲んだ後にな! 祝い代わりだ。懐かしいだろ?」 そう言って、ダグラス(a02103)が手渡してきたのが緑汁だと気付くと、さすがにライナスの笑顔は引き攣る。 わっはっは、と笑って去って行くダグラスを、緑汁を知る複数名が、恐ろしげに見送っていた。 けれど、そんな他愛ないやり取りこそ、ダグラスの願い。 『仲間と笑いあって過ごす日常が、続いて欲しい』 願いをかけた夜空をチラと見上げ、彼は口元に笑みを浮かべた。 お弁当を食べ、元気に走り回っていたミリアム(a03132)が、 「ダグラス、蛍捕まえてほしいなー。ほたるぅ〜」 と大声で手招きする。それに気付くと、彼はまた破顔した。 「いいけどな。最後は逃がしてやれよ?」 蛍の命は短い。それに、星空とも見紛う蛍の群れは、皆の願いの光だから。 ニカッと漢笑いすると、ダグラスはすっと伸べた手に蛍を捕まえる。両手に包み込まれた光が、ミリアムの頬を照らした。 「キレイだね……」 言いながら、うつらうつらとし始めるミリアムを、ダグラスは苦笑しながら抱き寄せた。 「う……」 感動の場面なのに、嘔気がこみ上げるのは手作り弁当のせいか。 「(成長しても、料理の腕は相変わらずなんだなぁ……)」 呟きながらも、見越して薬草を持参するのだから、お似合いということだろう。
やがて、夜は深まり。サンタナが、アイシャお手製のハートのパンを頬張る頃。 冒険者達の手持ちのカンテラには灯が入れられ、月琴の音は宵の宴を始める空気。 「肴が欲しいな……」 酒はあったがツマミが無いのに気付き、ライナスは辺りを見回す。 「お魚?」 「ツマミのことだよ。……芋の苗なら持参したんだけどね。焼いても煮ても蒸しても美味しいし」 バーミリオンに説明しながら、レスターは真顔で苗を差し出した。 「……」 好きは好きだが。なぜ、苗?! 焼いても煮ても蒸しても、食えない気がするが?! 無言の問いに、レスターはクスクスと笑う。 「誕生日の祝いだよ」 荒れた土地でも成せる事をなし、力なき弱者が何処でも住み笑えるようにしよう。――そう語りかける代わりに。 海よりも深ーい理由があるのだと笑うレスターから、苗を受け取ると、 「で、ツマミは無いままだな」 とライナスは苦笑した。 少し出歩いた彼は、ダグラスの所で目当てのものを見つける。 近くで、物思いに耽り、蛍を見遣っていたバルモルト(a00290)が、ライナスに気付いて杯を寄越した。 「よう、一杯どうだ?」 「何をしんみりしてるんだよ?」 受け取りながらそう声をかけると、「たまにはいいじゃないか」とバルモルトは苦笑する。 願いを運んでくれるという蛍を見ながら、彼は溜息のように吐き出した。 自分の願いは……もう、叶うものではないから、と。 散った命も、秘めた想いも、蛍の灯火ほどに儚く思えるばかりだった。
三弦を掻き鳴らし、アリスティアが訳の分からない歌を歌い始めると、場は賑やかになり始める。 「何だよ、その歌はー」 「もっと雰囲気のあるやつにしろって」 笑い含みのツッコミに、アリスティアも笑って返す。 そうして、違う歌を歌ってみるけれど、巧いワリには感動とは程遠く。再び、周りからツッコまれる繰り返し。 酒の入った者達には、酔いも回り始めていたから、たったそれだけでも笑い転げていたのだけれど。
酔い醒ましは、お茶と葛切り。それに、山菜のスープ。 味の薄すぎたスープは、採れたての山菜の御陰で、皆の舌を満足させていたのだった。
|
|
参加者:20人
作成日:2007/06/22
得票数:ほのぼの10
|
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
|
|
あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
|
|
|
シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|
|
|
|
|