<リプレイ>
●蒼き虹のねむり 揺蕩う空気は潮の香りと海の潤いに満ちている。 天然の岩回廊を成す岩盤は濃密な海の気配を孕んだ空気に濡れ、鮮やかな漆黒に艶めいていた。 荒い岩肌に挟まれた狭き道を、淡い燐光を放つ光苔に導かれる様にして無言で進む。 永遠に歩き続けるかの如き錯覚を覚え始めた頃、柔らかな燈の先に――深い海の底が広がった。 掲げた燈火の光は澄んだ夜闇を思わす蒼を帯び、広大な空洞の中に満ちていく。深海の底で静かに眠る水を流した様にも見える岩壁を一面に覆うのは、涯ての地の夜空に煌く極光を閉じ込めたようなオパールの層。燈火に合わせて柔らかに揺れる蒼き虹に、スズは感嘆の声を洩らした。 体を透かし魂に溶け込んでいく様な光は、希望のグリモアの元で誓いを立てた日のことを思い起こさせる。蒼き虹を、希望を閉じ込めた壁に触れれば、心が滑らかに澄んでいくような気がした。 澄んだ心で、蒼き希望へと誓いを立てる。 これ以上、大切なものを失わないように……強くなる。 もう二度と――こんな思いをすることのないように。 海の気配を孕む空気に淡い虹の光が溶けて、柔らかに身体を包み込んでいく。 それは何処か命の息吹を思わせたから、ヒヅキは穏やかに瞳を細めた。 奥に広がる湖からは、もうじき日毎生まれ変わる清冽な光がやってくる。 憎しみは朝一番の光に溶かし、命が重ねられてきたこの世界で幸せを重ねていこう。 この世界を残していってくれたひと達へ、後で伝えることが出来れば――きっと素敵だから。 透きとおる蒼を抱いた虹は、きっと空の涯てに翻る光の紗。 柔らかに揺らめく光に半身で寄りかかれば、コウの口元に自嘲めいた笑みが小さく浮かぶ。空の涯てで彼の命が散ったと知ってもあまり悲しくはなく、散りゆく命を見送ったであろう彼についてもあまり心配はしていない己は――薄情なのだろうか。 彼は全力で生き抜いたのだろうし、彼は絶対に命の意味を履き違えたりしないだろう。 悲しむのも心配するのも何か違う気がして、けれどそれもかける言葉を見つけられずにいる己への言い訳にも思えて心が揺れた。知らず深い吐息を洩らせば、背中に小さな温もりが押し当てられる。 「ちょっとだけ……一緒におっても、ええかな?」 「……ええ」 額を寄せてきた彼女に訊きたいことはあったけれど、それは喉の奥に呑み込んだ。 蒼の光を胸に閉じ込めるように目蓋を伏せて、彼へかけるべき言葉に想いを馳せる。 緩やかに揺蕩う潮の香りの中に蒼の虹が深く揺らめく様は、まるで深い海の底にいるかのよう。 彼女が永遠に眠る場所もこの様な所なのだろうかと、空洞の片隅で抱えた膝に顔を埋める。柔らかなブランケットが肩に掛けられるのを感じながら、静かに紡がれる言葉に耳を傾けた。 「……ボギーはお二人が大好きなので、お二人が仲良しなのがとっても嬉しかったのですよ」 仲良しだからいつでも一緒に遊びに行ける。 何の疑いもなくそう信じられた日々が遠くて、アスティナの瞳に涙が滲んだ。 振り仰ぐ天蓋も、見下ろす足元も、深い蒼の虹の中。 何処か寄る辺ない心地を覚えたフィーネはそっと己自身を抱きしめる。 少しは強くなれたと思っていたのに、大切なものを守りたかったのに。 でもまた、誰かに守られていただけ。 敬虔さをも漂わせる様な表情で蒼の虹に見入るノリスを視界の端に捉え、ナシャは浅く息をついた。皆が想いに沈む空間では無粋だったかと、土塊に命を吹き込む為の紋章を描く手を止める。肩を竦め傍らを見遣れば、緩やかに波寄せる湖岸に腰を下ろしたエメルディアが微かな笑みを返してきた。 透きとおる水に手を浸してみれば、水は思いのほか柔らかで温かい。 意外な感触にエメルディアが瞳を瞬かせていると、深縹の色に揺らめく水の中からゆっくりとトネニリが浮かび上がってきた。もっと凛然とした冷たさがあると思っておったがのぅ、と呟く彼女に「へぇ」と軽く目を瞠り、ユングヴェは揺蕩う波に素足を浸してみる。深山の湧水の如き清冽な冷たさを想像していたのに、この水の冷たさはもっと優しくて、穏やかだ。 湖の奥底から繋がっているという、海の優しさだと思った。 燈火が揺らぐ様に合わせ、寄せては返す波の揺らぎに合わせ、揺蕩う深い蒼の光が緩やかに波打っていく。まるで空間自体が呼吸している様だと思いながら、その中に溶け込んでいる傍らの相棒の呼吸に深い安らぎを覚え、フィードは唇だけで小さく笑った。オパールが希望の象徴であるならば、宝石の如く煌くこの相棒もまた、己にとっての希望の象徴だ。 柔らかに伝わってくる傍らの相棒の気配に瞳を和らげて、ラジシャンは蒼の虹を抱く天蓋を仰ぐ。たとえ星空の只中に放り出されたのだとしても、今ならば不思議と怖くはなかった。煌きを内包する以上、そこには僅かな影も生まれてしまう。けれどだからこそ、影を越えて輝く光は強いものなのだろう。 影を越えて輝く光を重ねて生まれる虹は――やはり『希望』と呼ぶに相応しいのだろうと思った。
●蒼き虹のゆらぎ 深縹に揺らめく水面に抱かれ、蒼き虹を仰ぐ。 ゆらゆらと揺れているのが己なのか虹の天蓋なのかも判らなくなる程の時を過ごしながら、それでもリャオタンは虚ろな瞳を虚空に彷徨わせたままだった。 刹那の安堵も闇に消えて、手を伸ばそうにも決して光に届くことはないと知っている。 優しい揺りかごの様な水を掻く気力など何処にもなくて、胸の内で誰かに謝った。 ――駄目な奴で、ごめん。 優しい虹を閉じ込めた壁にそっと額を寄せてみれば、心までもが穏やかな光に包まれていく様な心地になった。あの日空へ向かう人々を見送った時の歯がゆさも柔らかな薄紗に包まれて、思い返すたびに心を傷つけていた棘もゆっくりと消えていく。 けれどそれはきっと、この光だけのお陰ではなくて。 気付けば差し出されていたタケルの手を取って、メリーナは感謝を篭めた微笑みを返す。 小さな手をそっと包み込む様に握りながら、タケルは少女を水際へといざなった。 穏やかな水の呼吸に身を委ねればきっと、憂いも揺らぎの中に溶けていくだろうから。 探していた相手は深縹の水の上に揺れていたから、シアは迷わず水の中へと足を踏み入れた。 言葉にするのは難しかったから、ただ手を握り微笑んで、思い切り抱きしめる。揺蕩い揺れる波の中で返ってくる抱擁はまるで縋りつくようだったから、水に溶けそうな髪を優しく撫でてやった。波に濡れた肩を温かな雫が更に濡らしたから、全てを受け止め包み込もうと心に決める。 大好き、とすぐ傍の温もりと彼方へ向けて囁いて、アデイラは水とシアに抱かれて暫く泣いた。 透きとおる水面に揺れる蒼の虹は夢の様で、知らず瞳が和む。 けれどレオンハルトはすぐさま首を振り、その瞳に強い決意を秘めた光を宿した。 手の届かぬ場所へ旅立ったひと達にこの光景を語るのは、まだ先のこと。いつか全てをやり遂げて眠りにつくその日まで己は進み続けるのだと、深く息を吸い込み水の中へと潜り込んだ。 緩やかな呼吸を繰り返す水の中は、深い蒼の光に満ちている。 水と光の揺らぎに全てを委ね、オリヴィエは水の呼吸に添わせる様にゆっくり思考をめぐらせた。己が傷つくことに迷いはなかったけれど、周りに心配をかけてしまうのには躊躇いがある。大きな水の揺らぎに慕わしい気配を感じてもたれかかれば、後を追って潜ってきたらしい悪友の腕が包み込む様にして頭を抱え込んでくれた。命に触れられることに安堵して、ファリアスは眩しげに瞳を細める。 深い蒼の虹の奥底から、眩く清冽な光が滲んできた。 水底から広がっていく光にセレティアは瞳を瞬かせ、口元に淡い笑みを浮かべた。夏空を瞳に宿した少女は初夏の空に失われ、その空から齎された光が今こうして洞窟の奥へと届いている。 それを思えば切なくて、けれど何処か安らかな心地にもなれた。 「……だって、何人たりとも光を遮ることは出来ないもの」 ゆるゆると滲んでくる光を見遣りながら、夜明けは全ての者が望むものではないだろうと微かに瞳を眇める。闇の安寧に抱かれていたい者にとって、眩い曙光は苦痛でしかないはずだ。 けれど、闇を払う光こそが先を照らす希望なのだとガルスタは理解していた。 望む望まぬに関わらず、常に希望の光は射すものだから――進まねばならないと思う。 前へ。未来へ。 深く揺らめく蒼の虹が希望を孕むのなら、虹に抱かれていれば触れることができるだろうか。 希望のグリモアの下に逝った、彼等にも。 光と水が揺らめくままに思考を漂わせれば、いつしか夜は深い虹の底から訪れた光に溶けていく。 あの人が命を賭した途。 仲間が命をかけて繋いだ途。 君が命をかけて歩む途。 皆が築いてきた途だから、命をかけて守りたいと思える。 途は遥か彼方まで続くのだと信じて、ハルトは暁へと彼女を送り出した。
●蒼き虹のめざめ 揺蕩う水は深縹の色に染まり、蒼い虹を抱いていた。 深い水の底へ潜れば潜るほど辺りが明るくなっていくのが不思議で、メロスはくすりと小さく笑う。 唇から零れた細かな気泡は湖底の穴を抜けて明るい水面へ向かったから、メロスも煌く気泡を追ってゆっくりと浮かび上がっていった。 夜が明けて陽が昇る。 当たり前の様に思えるそのことを、当たり前だと思いたくはない。 繰り返される世界の営みを守ってくれたひと達を抱いて、遥か彼方まで続く途を進んでいく。 息の続く限り水を掻いて水面へ顔を出せば、広がる世界の彼方に光が見えた。 菫と薔薇に溶け合う空へ射しかけられた陽の光が眩くて、知らず浮かんだ涙にリディアの視界が揺れる。空の彼方に散ったあのひとは覚えてないかもしれないけれど、私はあのひとにして貰ったことを忘れない。――だから。祈りにも似た誓いを胸に秘め、そっと両手を組み合わせた。 蒼の虹揺蕩う夜の胎内を抜けて、暁の海に生まれ変わる。 清冽な光に満ちた水の上に顔を出せばその拍子に水が口の中へ飛び込んで、涙に似た海の味にアクラシエルは微かに苦笑した。泣くのは終わりにするけれど、希望を繋ぎ海に眠った友を決して忘れない。彼の繋いだ希望を、ずっと護り続けていく。 手を取り合って水面へ浮かび上がってみれば、驚く程穏やかな心地で海と光を眺めることができた。 貰った名を殺したくなくて生き続けていただけの筈なのに、いつしか大切なひとを支えるために生きたくなった。柔らかに笑むシルフィードに微笑みを返し、アニエスは希望を宿す朝の光を取り込む様に深く息を吸い込んでみる。ひとの心は容易く移ろうものかもしれない。 けれど強い絆を結ぶ事は出来るのだと――信じたいと思うから。 金とも銀ともつかぬ光の中に、空と水の境界が溶けていく。 波に揺られながら温もりを抱き、辛いねと知らず零せば、辛さを呑み込むよりは哀しみを光に溶かす方がきっと良いから、と紡いだ藍深き霊査士・テフィン(a90155)の唇が頬に触れた。かつて共に死線を潜り、眩い程に煌く帰還の喜びを分かち合った戦友達が、この空と海の彼方に眠っている。守りぬいたこの光をいつか彼女達自身が見られれば良いと瞳を緩め、ボサツは昇り来る陽の光を受け止めた。 いつの日かめぐり来る、再生の時に。 深縹に沈む湖底の穴は何処までも続くかの様で、傍らの気配が消えてしまいそうな不安に駆られたマイシャは、ウィズの手を固く握り込む。彼が何を感じたのか解る様な気がして、ウィズは強気な笑みを浮かべて彼の手を握り返した。互いに身体を引き寄せあって穴を抜け、光に満ちた水面を目指す。 清冽な光に満ちた大気の中に顔を出せば、互いの顔に満面の笑みを見出すことができた。海も案外大したことないなと声を詰まらせ笑うマイシャの眦に何かが光る。それには気付かぬ振りをして、ウィズは空と海が交わる遥か彼方へ瞳を向けて呟いた。 「ありがとう、おまえに負けない冒険者になってみせる」 暁の光と共に生まれ変わりたくて、キクノは懸命に水を掻く。大切なひとを失った日から溢れて止まらない涙と哀しみも、水を潜る間にきっと流し尽くせるから。漸くのことで水面の上に顔を出せば、水平線から射し込める眩い光に瞳を射られ、知らず深い息が洩れた。呼吸を整えながら思うのは、確かに自分が生きているということ。アクエリアスは光と海水が沁みる瞳を幾度も瞬かせながら、生きて前に進もうとする限り必ず希望はあるのだと口元を綻ばせた。 鮮烈な光の中に溶け合う空と水の境界から、輝く太陽が顔を出す。 潮の香に混じる陽の匂いを身体いっぱいに吸い込んで、クリスは空を仰いで息をついた。 己を育んだ空の故郷への、ずっと見ていきたいこの大地への感謝を、いつまでも忘れはしない。この地でできた大好きな人もいるからと呟き、親分もだぞと囁けば、嬉しげに瞳を細めたテフィンにくしゃりと頭を撫でられた。 波間に揺蕩いながら皆をぼんやり眺めていたスゥは、頬に当たる光の方へと視線をめぐらせる。瞬いた瞳に眩い光と煌く水面、そして薔薇色に染まる空が飛び込んできて、思わず唇から言葉が洩れた。 「……キレ、イ……みんな……是を守りたかっ、たんだね」 波音に溶けそうな声音に「そうだね」と返しながら、ユラは眩しげに瞳を細め微笑んだ。 あの日空と海の狭間に散った中に深い知己はいなかったけれど、こんなにも心が痛むのはきっと、自分が愛しているこの世界を彼らも愛していたからだと思う。 なのに、愛しい世界を守った彼らは――もういない。 彼方に眠るひと達へ向け、レイアは彼らが紡いだ未来を途切れさせぬとの誓いと共に祈りを捧ぐ。
深縹の水の彼方で煌く光を目指せば、胸に蟠る悔しさとやるせなさは何かに昇華されるだろうか。 しなやかな腕で澄んだ水を掻きながら、イヴァナは愛しさと寂しさを胸に詰まらせる。 あらゆる生命と向き合うための一掻き。 あらゆる可能性を見出すための一掻き。 あらゆる局面で強く自分を保つための一掻き。 祈るような心地で水を掻き分け水面へ顔を出せば、東から射し込める曙光が瞳に飛び込んできた。 未来へと続く、希望と言う名の――光。
優しく柔らかな水の中に漂っていれば、いつまでもこの場に留まっていたいような気持ちになった。水面を透かして届く光は穏やかに揺れ、夢のような光景を作り出す。けれどずっとこうしてはいられないと知っていたから、水面に浮かび上がって大きく息をついた。 ひとは海の中では生きられず、翼を持ってはいても大地なしでは生きられない。 水面に揺蕩い空と海の狭間を光で満たす朝日に瞳を細め、アンカーは東の水平線に背を向けた。
大地へ帰ろう。 皆が命を賭して守った地へ、希望の光射す大地――ランドアースへ。

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参加者:38人
作成日:2007/06/25
得票数:冒険活劇3
ほのぼの25
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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