迷子のエンジェルさん〜素描の道標〜



   


<オープニング>


「迷子……?」
 走る救護士・イアソン(a90311)は頷いた。
 彼の傍らで、どこでもフワリンに乗せられているのは、5、6歳と見えるエンジェルの男の子。
 住んでいた場所は、どこだか、当然、説明できない。迷子だから。
 しかしそこは浮島の端に近く、ここでうっかり風にでもさらわれたら光の海まで飛んで行ってしまうところだった。
「近くにエンジェルの集落はありません。このへんは人家がまばらですし……、とりあえず、人の住む方向へ行ってみればどうかと」
 イアソンがそう提案する。
「闇雲にか?」
 文字通り、雲を掴むような話だ、と、桃空空如・リャオタン(a21574)は思った。
「手がかりは、あります」
 イアソンに促されて、少年は、肩から提げている、体格にしては不釣り合いに大きいカバンから、それを取り出してみせた。
 一冊の、スケッチブックだ。
「見てください。風景が描きとめられています。しかも、なかなか巧いでしょう?」
 ページをめくれば、年齢のわりに達者な筆致で描かれた素描が続く。
「かれは道々、気になった場所や物をスケッチしながら歩いているうちにここまで来てしまったのであります。逆に言えば――」
「そうか。その絵に描かれているものを見つけて、たどっていけば!」
 リャオタンが、ぱちん、と指を鳴らした。
「その通りであります。……さあ、さっそく、出発しましょう」
 もう一度、リャオタンは、少年を見る。
 フワリンの上で泣きもせず、ただ唇を引き結んでいた。金の髪に、緑の瞳の少年。……イアソンと並ぶと、なんだか兄弟みたいだな、とリャオタンは思うのだった。

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参加者
陽華・ウィルア(a06858)
穹窿の騎士・ライ(a20384)
桃華相靠・リャオタン(a21574)
悠揚灯・スウ(a22471)
蒼翠弓・ハジ(a26881)
ヴォリエール・アナイス(a37063)
白華遊夜・アッシュ(a41845)
書庫の月暈・アーズ(a42310)
NPC:走る救護士・イアソン(a90311)



<リプレイ>

●出発
「……ええと、私はアーズ。貴方のお名前を訊いてよろしいかしら?」
 腰を落として視線の高さを揃え、書庫の月暈・アーズ(a42310)が訊ねた。
「私はスウっていうのですよ」
 続いて柔らかに揺らめく白灯・スウ(a22471)がにこやかに話しかけるが、少年はじっと口元を引き結んだままだった。
 陽華・ウィルア(a06858)が、あ、と小さな声をあげた。男の子が手にしているスケッチブックの端に、その文字をみとめたからだ。
 「たお」と書かれたそれが、彼の名前であろうことは想像に難くない。
「タオくんね」
 ヴォリエール・アナイス(a37063)がやわらかに微笑んで、言った。
「夢中になって絵を描いてるうちにここまで来てしまったのね。でも大丈夫」
 絵に描かれた場所を探してたどっていけば、もといた場所へ戻れるはずだ。
 冒険者は彼を送り届けるために、出発の支度をはじめた。
「迷子にしては落ちついてるですね、ちみっこ」
 白華遊夜・アッシュ(a41845)が、出発を待つ少年のそばに寄る。彼の頭には赤毛のウサギ。そのまたうえにはハムスター。相手は5、6歳の子どもであるから、当然、アッシュのほうが背が高い(ペット類含まず)のが、そうやって見下ろせることに満足げに微笑む。
「おぅ、ガキ」
 続いて桃空空如・リャオタン(a21574)がやってきて、少年の前に立ちはだかるようにして言った。
「無理に喋れとはいわねぇが、頷くとか意思表示ぐれぇはしやがれよ」
「……」
 ぐぅ、と、彼の口がへの字に歪んだ。
「あ! リャオタンさん、泣かしましたね!」
 走る救護士・イアソン(a90311)が、さっと、少年を守るように傍に腰を落とした。
「べ、べつに、俺は……!」
「アッシュさんも、つつかないでください。さ、もう出発するのでありますよ」
 こうして、ホワイトガーデンの道行きがはじまった。

「なんだかピクニックのようだね」
 と、穹窿の騎士・ライ(a20384)。見上げれば、真っ青な空に架かる円い虹。そして流れゆく雲。気候はおだやかで、そよ風が心地よかった。
「最初のページは……と、これは花ですよね。虹色の花。ランドアースでは見かけないような……?」
 蒼翠弓・ハジ(a26881)が、タオ少年のスケッチブックをのぞきこんで言った。最初のページとはつまり、今の場所からいちばん近い最初の道標ということだ。
「これはニジイロタンポポだな。フワリンが食う草だ」
 と、リャオタン。
 このあたり特有の野草のようだ。まずは、この花が咲いている場所を探せばよいだろう。
 しばらく道を進む。
 ハジが、持ってきた金平糖を、少年に勧めた。受け取って、ぽりぽりと食べている様子は、喋らないことも相まってなにか小動物のようでもある。
「あ、これかな?」
 やがて、周辺の草原の中に、そよ風に虹色の花が多くみられるようになった。

●青空のスケッチ
 正しい道を来ていると確信した一行は、スケッチブックのページをめくりながら、先を進む。
 イアソンがどこでもフワリンを呼び出して、少年を乗せてあげると、アッシュはすこしうらしめげな目で少年の頭の位置が高くなるのを見遣る。
 道端に転がっている岩や、ちろちろと流れる小川、わかれ道に立つ木、その木の上の鳥の巣……、目印を次々に探しながら、かれらは進んだ。
「そろそろ休憩にしましょうか」
 開けた原っぱに出たところでイアソンが提案したので、ここで昼食をとることにする。
 ハジが草地の上に敷物を広げ、タオを座らせた。
 アッシュが小枝を拾ってきたので、火を起こし、アナイスがお茶をいれる。
「お弁当作ったのですよ」
 スウとウィルアがにこにこと広げたランチボックスには。
 くまやフワリンの形をしたおにぎりが詰まっていた。
 ウィルアは星型のものも握った。スウのボックスにはフワリン型のサンドイッチも。
 それぞれの個性で、くま型といっても微妙にフォルムが違うのを、興味深く眺めたのはタオ少年……よりもむしろイアソンであった。
「これはいいくまでありますね!」
「見事なのです。どっから食べていいやら」
 アッシュもかわいらしいおにぎりに見入っている。
「ありがとうございます。いただきますね」
 と、ハジ。
 青空の下、冒険者とエンジェルの子どもの昼食のひとときだ。
「さ、お茶が入ったわ。熱いから気をつけて」
 アナイスがそっとカップを手渡すと、少年の目がその中に吸い込まれる。
 お茶の中に、ふんわりと広がる花びらを見たからだった。そして同時にただよう甘い香り。花を使ったフレーバーティーだ。
「どう?」
「……おいしい……」
 ぼそっと、呟かれた言葉に、微笑む。アナイス。
「なんでぇ。喋れんのか」
 リャオタンがそんな反応を漏らした。
「あとでデザートもあるの。お口に合うといいけれど」
 アーズはきれいなゼリーを作った。くま型のコーヒーゼリーと、フワリン型のソーダゼリーだ。
 まくまくと無心に食べるアッシュ。ウサギとハムスターはあたりをちょこちょこ走りまわっているようだ。ふと、口を動かすのを止めると、少年にじっと見つめられていた。食べさしのおにぎりを差し出す、と、かぶりを振る少年。
 そんなよくわからない一幕を挟みつつ、お腹がいっぱいになった頃合に――
「一緒に絵を描こう」
 と、ライが少年を誘った。
 ウィルアもそのつもりだったようで、賛成の意をあらわす。
 せっかくだからということで各自、画用紙を持って思い思いの絵を描いてみる。
 ハジは空に架かる虹と、浮かぶ雲のかたちを描きとめ、自らの絵の出来ばえに、自身で苦笑を漏らす。――と、気づくとリャオタンがその絵をのぞきこんでいた。
「ちょっと、見ないでくださいよ」
 笑いながら、かわりにリャオタンの手元をあばく。
「へえ、お上手ですね。フワリンですか」
「ふん、愛のなせるわざだな」
「横のは木か何か?」
「……俺だ」
「人!?」
「その驚き様は人にすら見えないという意味か!」
「あ、いや」
「ふわりん、書いた、です」
「おー、アッシュもフワリ……ン、か……」
 アッシュの自由帳には、謎のピンク色の球体が描かれていた。
「よく描けているね」
 ライは、少年が、草にとまったテントウ虫を見つけて、熱心にスケッチしているのをみとめる。
「絵は誰かに教わったの?」
「…………おとうさん……」
「ふうん。今日は、友達と一緒じゃなかったの?」
「………………いつも、ひとり」
 ぽつり、ぽつりと応える。
 いつもこうやって、独りで絵を描いているのだろうか。
 そういえば、スケッチブックには人間の絵がなかったな、とライは思う。

●大きな樹と、大きなくま
「では、そろそろ出発しましょうか」
 イアソンが皆を促した。そして、タオを乗せるためにどこでもフワリンを呼び出そうとするが――
「いちいち10分ごとに出してられっか、めんどくせー!」
 リャオタンが言った。
 そして、ひょい、と少年を抱え上げて、肩車をする。
 驚いて、はっしとしがみつく少年に、
「あんま帽子さわんじゃねーぞコラ、ズラしたら泣かすかんなッ」
 大声を出す。かといって手を離したら、
「バカヤロ、ちゃんと掴まってろ、落ちたいのかてめぇはっ」
 とくるのだから始末が悪い。
「リャオタンさん、掴まるなと言ったり掴まれと言ったり、それじゃタオくんが困るのでありますよ」
「うっせー文句あっか!」
 イアソンとのやりとりに、スウがくすくす笑った。そんなことを言いつつも、落とさないよう気遣っているのが、見ていればわかる。
「次の目印を探そう。……この大きな樹だね。高いところから探してみてよ」
 ウィルアが、リャオタンの肩の上のタオに向かって言った。
 2メートルに達する長身のリャオタンの上に、少年がのっかった様子はまるでトーテムポールかなにかのようだ、と内心で思って、ウィルアは自然と微笑をこぼす。
「この樹はいいとして、これは何かな」
 そして少年から預かったスケッチブックをめくってみた。
 大きな樹木が描かれている隣には――
「……くまさん?」
 イアソンが目をしばたく。
「くまさん……ぽいですね」
 スウも首を傾げた。
 おおきな楕円に、ふたつのちいさな丸。くまのシルエットと見えるものが描かれているのだが……。
「ぁ」
 肩車の上で、少年がちいさく声をあげた。
「見えるんですか?」
 ハジが訊ねた。
 遠眼鏡をとりだして、少年が指す方向を確かめる。
 丘の上に立つ、大きな樹が見えた。

 そこまで歩いて、またすこし休憩の時間をとる。
 リャオタンとアーズが、嬉々として樹に登りはじめた。
 ウィルアが、木陰にキイチゴが実っているのを見つけて、タオを呼び寄せた。
「美味しそう。採ってみたら?」
 ふたりで、実を摘んでみる。口に入れると、甘酸っぱい香りが広がった。
 その様子を、アナイスは木漏れ日の降る草の上に腰を下して、穏やかに眺めている。
 そうしていると、人懐っこい小鳥たちがさえずりながらやってきたので、アナイスは目を細めた。
「みんな!」
 そのとき、樹上からアーズの声が降ってきた。
 彼女は、木の枝に登ると、そこからあたりの風景を見渡していたのだった。
 このあたりはなだらかな丘陵と草原が続いているようだ。
 空に架かる虹の輪と、広々とした緑の大地。そして彼方にたなびく雲の海……。そんな眺望に目を奪われていたが、ふと下を見降ろして……それに気づいたのである。
「下を見て!」
 枝から飛び降りて、皆に丘の下のほうを示す。
「あ――」
 スウは息を呑んだ。
 やってきたのと反対方向の、丘の下にはちいさな湖水が、澄んだ水をたたえ、陽光をきらきらと反射していた。その鏡のような湖面はやわらかな楕円を描き、それに隣接するように、なにかの花でも咲いているのか、すこし色のかわった草地がある。
「くまさん、ですね……」
 例のスケッチの謎が、これで解けた。彼はこの風景を描き留めたのだ。

「ほとりまで行ってみない?」
 と、アーズ。
 少年をともなって、丘を下った。
「澄んだ青色はいちばん好きな色なの。見ていて心が晴れるわ……」
 遠くからは日差しをうけて銀盤のようだった水面は、近くで見れば深い青色。
 しばらく、少年と手をつないで、アーズはその眺めに見入った。
 それから湖畔に茂っている笹に似た植物に目をとめる。
「私も本でしか知らないのだけど――」
 葉を摘んで、彼女はそれを器用に折り、編んでみせた。
「笹舟、というのだそうよ。これを水に流して……、そんな催しが、楓華列島というところでもうすぐあるそうなの。あなたもやってみる?」
 そう言って、そっと葉をひとつ、差し出す。
 見よう見まねで少年が笹舟を折っていると、どこかから奇妙な音が聞こえてきた。
 樹上で、リャオタンが吹くオカリナの音である。
 ときおり調子のはずれた音が出て、アーズはくすっ、と笑みを漏らした。
 そして、アーズとタオの笹舟は、湖の上を渡る風に運ばれて、静かに流れてゆく。

●フワリンの丘
「うわー、いっぱいいる……」
 ハジが感嘆の声をあげたのも無理もない。
 いよいよ一行がたどりついたそこが、フワリンの丘である。
 おそらくこのあたりに住んでいると思われる野生のフワリンたちが、のんびりと、ただよっている様は、その色とりどり具合からして、まるで玩具かお菓子をバラまいたようでもあった。
「ふわりんです、ふわりん!」
 アッシュが、群れの中へダイブ!
 逃げ遅れたフワリンにしがみついてその感触を楽しむ。
 リャオタンも、おとなしい一匹をみつけて、ぎゅむ、と首を抱いてみる。なぁ〜ん、と間延びした特有の声。その声、感触に、とろん、と表情がとろけた。ああ、あいつはどうしているかなあと、故郷に残してきた愛フワへ自然と思いは駆け巡る。
「よっしゃ!」
 それから急にキリリと表情をひきしめ直し、リャオタンは高らかに宣言するのだった。
「村までフワリンレースだ!」
 びし、と指したのは丘の下。そこに見える集落が、タオの暮らしている村であろう。
「だが、フワリンをぶいぶいいわして地元を席捲した俺様は、いわばフワリン騎乗のプロ! 素人どもにはハンデをやろう」
 ふふん、と笑って。
「こいつだ」
 と、タオの首ねっこを掴んだ。つまりリャオタンは重石がわりのタオとふたり乗り、あとの面々は一頭にひとりが乗って競争しようというわけだ。
 各自、思い思いに気に入ったフワリンのもとへ。
「乗せてもらえる?」
 アナイスはやさしい目をした白のフワリンをなでた。
「やるからには一番を狙いますよー」
 ハジが、ピンクのフワリンに跨って言った。
「みんなやる気だね」
 とライ。笑っているが、いつしかその目が真剣に。
 そんな皆の様子に気圧され気味のアーズは、乗ったフワリンにすがるように、
「あの場所までがんばりましょう」
 と、声をかける。
「よーし、いっくぜーーー!」
 そして一斉にスタート。
 まっしぐらに丘の下を目指す……、といっても、そこはフワリン。時速は8キロ!
 まるでそれはそよ風のようにやさしい。
 アッシュはぎゅっとフワリンにしがみついて、にこにこと。
「がんばって!」
 スウが、自分のフワリンに声援をかける。
 一斉にスタートしたはずなのに、すこしずつ差ができてくるのは、斜面上のコースどりの違いと、フワリンの個性なのか。
 さすがにプロを豪語するだけあって、その中を、リャオタンの一騎がすーっと抜きん出ていく。
「タオくんを落しちゃだめでありますよ!」
 イアソンの声かけに、へへんと、不敵な笑みだけを返す。
「!」
 ウィルアは、追い抜かれざまに、リャオタンの前に乗ったタオを見て、あっと目を見開いた。
 笑っている。
 斜面を滑り降りながら、風に髪をなびかせて、少年は、それまで見せたことのなかった笑顔を、輝かせているのだった。

 そのまま、リャオタン一位でゴール。
 得意げに振り返ると、仲間たちが次々に追いついてくる。
 一方、集落のほうからは、何だろうとエンジェルたちが顔を見せていた。
「タオ!」
 ひとりの、年長のエンジェルが駆けだしてきた。
「どこに行ってたんだ。心配したんだぞ」
 細面の、まだ青年にしか見えないが、彼が少年の父親であるらしかった。
 父親は冒険者たちに頭を下げて何度も礼を言う。
 ふたりはもと住んでいた村がピルグリムの被害にあったので、流れてきて今はこの村に住んでいる身なのだという。生来大人しい少年は、そのせいもあって友達がなかなかできず、独りで遊んでいることが多い。これからは気をつけるし、タオにも友達ができるように考えてやりたい、と父親は言うのだった。

 別れ際、アッシュが自由帳の一枚を破って渡した。謎の球体(註:フワリン)が描かれていた。
 かわりに、タオがスケッチブックの頁をちぎってくれた。
 いったいいつの間に描いたものか……
 そこにはこの日、道中をともにした冒険者たちと思われる姿が、描かれているのだった。


マスター:彼方星一 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2007/07/04
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