【永遠を願う罪と罰】終幕



<オープニング>


「外へ……行ってみたいの」
「……」
 娘の言葉に、老伯爵は、しばし、その意味をはかりかねたように、ぽかんと沈黙を返すことしかできなかった。
 令嬢は、花婿を亡くして以来、もう何年も、その館から一歩も出たことなどなかったのだから。
「……そろそろ、わたくしも、気持ちを切り替えたほうがいいと……、お父様もそう思われませんこと?」
「もちろんだとも。クリスティーナ。まったくそのとおりだよ」
 彼はほとんど涙を流さんばかりに、娘の手を握りしめる。
 令嬢は、しかし、そっと目をそらしたのだった。

「かの令嬢は、実に数年ぶりに城館を出て、外に出たいとご所望だ。そこで冒険者諸君に護衛を頼みたい。……なんでも、幼い頃によく遊んだ、森へ出かけたいのだとか」
 紺碧の子爵のおもてからは、彼がどう考えているのかはわからない。
 おもてだって問題が発生しない限りは、何も言いはしないのだろう。ただ彼はセイレーン貴族からの依頼を冒険者たちに届けるのみ。
 しかし、何も気づいていないわけではないのは、次の言葉からうかがい知れる。
「偶然だが、先日、グドン退治に行ってもらった森だ」

 花婿を失い、ふさぎこんでいた令嬢。
 しかし花婿はひそかに森の奥で生き延びている。もうひとりの、男とともに。
 それを知った花嫁が、かれらの住まう森へ行こうとするのは……、やはり、かれらに会う決心をしたということであろう。
 ……彼女が何をどう考え、そして、かれらがどう受け止めるにせよ――、その日、ひとつの終焉が訪れることは、間違いないと思われた。

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参加者
泪月華想・ミア(a00968)
桃華相靠・リャオタン(a21574)
モノクロームドリーマー・カナタ(a32054)
彷徨う水の商人・セイン(a40617)
凍月の蒼・エセル(a43317)
桃華の歌姫・アユナ(a45615)
碧落草・シーズ(a46023)
純白虎魂・ミズナ(a57609)


<リプレイ>


 一台のノソリン車が行く。
 車の様子からして、やんごとなき人物が乗っているらしいことはすぐに見てとれる。護衛とおぼしきグランスティードに騎乗した冒険者の姿も見えるので、なおさらだ。
 車を見た人々は、岬の城館の伯爵様のお出かけだろうと思ったに違いない。もしその令嬢だと知れば、驚いたはずだ。彼女がもう何年も、館から一歩も出ない暮らしを送っていたことは、領民にも知れ渡っていたから。
 御者台に、ともに座らせてもらいながら、碧落草・シーズ(a46023)は思う。
 本当にこれで正しかったのか。
(「彼女を、かれらと会わせてあげたいというのも、突き詰めればお節介と自己満足だったのかもしれない――」)
 ノソリン車の中で、当の伯爵令嬢クリスティーナは、ただ静かな微笑を浮かべているばかりだった。
「お疲れではないですか?」
 泪月華想・ミア(a00968)が気遣うのへ、大丈夫、と応える。
 傍目にもわかる緊張が、久々の外出のせいだと、傍仕えのメイドたちに不審に思われなければいいけれど、とミアは思った。

 その頃――。
 モノクロームドリーマー・カナタ(a32054)は、ひとりのセイレーン貴族と対面している。
「クリスティーナを……ミケーレたちに?」
 セイレーンの紳士は目を見開いた。
「驚きました。そのことをわざわざ?」
 カナタは頷いた。
「それを知る権利がおありだと思いましたし。ミケーレさんが生きていることを伯爵に伝えたりはしていません。そのうえで、クリスティーナさんが選んだ通りに……。どうか、見守っていただきたいんです」
「それはクリスティーナが?」
「ええ。彼女はすべてを知ってもなお、彼に会いたいと願って。真実を知って、そのままにしておくという選択肢もあったのに、会うことを選んだんです。自分の、意志で。……どうか彼女のその気持ちを、汲んであげていただけませんか」
「邪魔をするなということでしたら、もとより息子たちの問題に口を出すつもりはありませんよ。……むしろ私は彼女に謝るべきなのかもしれませんな」
 セイレーンの紳士は言う。
「あるいはミケーレにも、それだけの勇気があればよかったのだが」

 気候は外に出るにはちょうどよい。晴天の下、森の中の開けた場所で、クリスティーナはノソリン車を降り、軽い昼食を摂ることにした。メイドたちが敷物を広げて支度を行う。
「気持ちのよい場所ですね。緑がとても美しいです」
 同行した冒険者のうち、彷徨う水の商人・セイン(a40617)はクリスティーナと初対面だったが、ものなれた様子で、親しげに話しかけ、すぐに打ち解けた。決して礼儀は欠いていないのに、相手との距離を縮めていく様子は、さすがセイレーンの商人と言えただろう。
 しばらく、他愛もないひとときが過ぎ――
 桃空空如・リャオタン(a21574)がそっと仲間たちに目くばせを送った。
 薄紅純愛砂糖菓子・マリエッタ(a40646)がそっとリュートを奏ではじめる。
 それが眠りの歌と気づかれる間もなく、傍仕えのメイドたちがことり、と、眠りに落ちた。クリスティーナのおもてに、わずかに翳りが差したのは、人をたばかることに慣れていないからだろうか。
「頼んだぞ」
 リャオタンの言葉に、マリエッタは頷いた。
 次に、使用人たちが目覚めた時には、事は終わっているだろう。それがどんな結末であるにせよ。


 クリスティーナの傍に、シーズと、桃華の歌姫・アユナ(a45615)だけが残った。
 あとのものたちは、連れ立って森の奥へと向かう。
 途中、カナタが追い着いてきて合流した。
 過去に一度だけ通った道を再び行けば、ひっそりと樹々に隠れるように建つ館が、あの日と変わらず、冒険者たちを迎えるのだった。
 呼び鈴に応えて顔を見せたロレンツォは、はっと表情をこわばらせた。
 冒険者たちの顔を見渡す。
 凍月の蒼・エセル(a43317)の、静かな青い瞳。白月剣姫・ミズナ(a57609)の、決意を秘めた表情。
「……愉快なご用件ではないようですが、立ち話をしていただくわけにも参りません。お入り下さい」
 セイレーンの青年は、言った。

「なんですって!?」
 応接間に通され、用件を切り出せば、館に暮らすふたりは息を呑んだ。
「それは一体どういうことなんです。貴方たち、何の権限があって……」
 激昂を隠し切れないロレンツォに、ミケーレは、
「クリスティーナが紺碧の子爵を通じて依頼を出したのなら、冒険者の人は来るよ」
 と、いさめるように言ったあと、でも――、と息をついた。
「他の人たちならいざしらず、貴方たちには事情をお話したのに。理解していただいたと思っていたのですが」
「お気持ちを裏切って、大変申し訳ありません」
 ミアが言った。
「けれど貴方様と同じように、クリスティーナ様もたくさん悩まれたと思います。会っていただけませんか……。ミケーレ様自身のためにも」
「このままそっとしておくのが2人のためだというのがなぜわからなかったんですか」
 ロレンツォが割り込む。
「貴方たちは、クリスティーナをよけいに傷つけているんですよ」
「あのお嬢サンは――」
 しかしリャオタンは言うのだった。
「アンタらが思うほど弱くねえ。いや、強くなったんだろう。少なくとも、真実を知った上で再会を選ぶくらいには。……怖くないワケがねえ。それでも、来たんだ」
「会って何になるというんです? 無意味だ。こんなこと――」
「それは」
 ずっと様子を見ていたエセルが、いくぶん強い調子で割って言う。
「ミケーレが決めることではないのかな」
「……」
 ロレンツォはいかにも心外だと言わんばかりの顔で、エセルを見返した。
「失礼ですが」
 次に口を開いたのはセインである。
「ミケーレ様たちはクリスティーナ様でなく、ご自身が傷つきたくないゆえにお会いになろうとなさらないのでは? 時間が解決すると仰いますが、時間は時に人の心を壊死させてもいくものです」
 ミケーレはかなしげな微笑を浮かべた。
「そのとおりかもしれません。ぼくは今となっては彼女と会うのは……怖い。でももう知られてしまった以上……、そこまで来ているクリスティーナを追い返すのも無意味なことだね」
 そして言うのだ。
「……いいでしょう。彼女に会います。それがきっと、ぼくに与えられる罰なのだから」

「この森は思い出の場所だと」
 シーズが問うのへ、クリスティーナは頷いた。
「わたくしたちが兄弟のように育ったことは前にお話したとおりです。わたくし、子どもの頃は、これでも外で遊ぶのがとても好きでした。ミケーレは家の中にいるほうが好きな子どもだったけれど、3人でならどこへでも出かけたわ。ロレンツォは草花や虫のことに詳しくて、いろいろ教えてくれもした」
 青い瞳に映るのは、きっと、今はもう届かない遠い日の出来事。
 アユナはぐっと自分の手を握りしめた。
 まるで自分のことのように緊張してしまう。本人ではないアユナがこれほどなのだから、きっとクリスティーナ自身は、静かに見せていてももっと落ち着かないのだろう。
 そこへ、仲間が対面の許可を得られたことを告げにくる。
 いよいよだ。
 クリスティーナを森の奥へと案内する。
「あの……、クリスティーナさま」
 アユナがおずおずと、声をかけた。
「昔、アユナが挫けず誓いを貫き通せますようにって願いをこめたお守りです。気休めにもならないかもしれませんが、よろしければお持ち下さい」
 そう言って差し出したのは、あわい薄桃色の、ちいさな水晶だった。
「まあ」
 クリスティーナは驚いて立ち止まり、それから、アユナの手ごと、その水晶を包み込む。
「ありがとうアユナさん」
「少しでも、力になれたら嬉しいです」
 微笑を見せたアユナに、クリスティーナはそっと腕を回した。
「ありがとう。貴方はやさしい子ね。何があっても……、わたくし、このことを忘れないわ」


 しばらくは、場を支配していたのは重い沈黙だけであった。
 冒険者たちはみな、見守るにとどめ、あえて積極的に口を挟もうとはしなかった。
 テーブルの上で、ロレンツォの用意した紅茶がゆっくりと冷えていく。
「……嘘を――」
 やがて、最初に口を開いたのはロレンツォだった。
「嘘をついていたことは、謝ったほうがいいのだろうね。……結果としては、きみを2度悲しませることになってしまった、クリスティーナ」
「……ふたりは……今、しあわせ……?」
 クリスティーナは言った。
 ロレンツォは言葉に詰まるような、ミケーレははっと胸を突かれたような表情を見せる。
「クリス、ごめん」
 ミケーレは泣き出しそうな顔で言った。
「だってもう、戻れないでしょう?」
「戻れたら、どんなにいいか!」
 伯爵令嬢は、ふっと微笑んだ。そうね、と囁くように。
 その瞬間、ロレンツォさえ、目を伏せて、遠い追憶に心をゆだねたようだった。
 木漏れ日の野原で、無心に笑い合う、3人の少年少女。セイレーンの水の髪のきらめきは、ひときわ純粋で、その光景は、陽光にかすむほど眩しい。
 ミケーレが、はっと顔を上げた。
「……でも、伯爵に事が知れていないのだったら……クリスティーナさえよければ、いつでも来てもらったっていいんだ。そうだよ、ぼくもロレンツォも、クリスのことを嫌いになったわけじゃないのだし」
「そんなことできはしないよ、ミケーレ」
「ロレンツォ!?」
「鼎(かなえ)の足の一本が欠ければ、もう立つことはできない」
「……わたくしが、結婚を望んだからかしら」
 クリスティーナは問うた。
 ロレンツォは静かに応える。
「どうだろう。そうかもしれないし、そうでなくてもいつかは来る破滅だったのかもしれない。いずれにせよ、罪は僕にあることになるのだろう」
 そして、席を立つ。
「どうするのじゃ」
 そのまま立って行こうとするのへ、声をかけたのはミズナだ。
「女性がわざわざ出向いて貴殿らの話の聞こうというのじゃ。貴殿らはそれに応えねばなるまい。貴殿らのそれが義務じゃ。ここまできて拒否は許されぬぞ」
「……。しかしクリスティーナ。きみは僕たちを許さないだろう」
「そういうことを、言いにきたのではないの」
 クリスティーナは言った。
「正直、何をいえばいいのか……。ふたりが生きていたということだけでも驚いて、混乱したし。でももう、昔のようにはなれないということもわかったわ。だからミケーレ。あなたが今の暮らしをしあわせに送っているのなら、それでいいと思ったの。そうしたら、わたくしは、きちんと、お別れを言おう、って」
「クリス。ぼくたちはひどいことをしたよね」
「わたくしだけ、蚊帳の外だったのですものね」
 クリスティーナは、唇に笑みを上せた。
「それでも……。ふたりが生きていてくれたことは、嬉しいと思うの」
 ぐっ、と、ミケーレは言いかけた言葉を詰まらせたようだった。
「貴方たちは」
 しばしの沈黙の後、遠慮がちに、セインが口を開いた。
「時間を止めたかったのかもしれません。でも時間はつねに過ぎゆくものです。永遠なんてありません。変化があるからこそ、人は大切なものを護り、過ぎゆく時間のかわりに思いを重ねてゆくのです。……クリスティーナ様が時間を進めることを選んだように、貴方たち3人の時間を動かす時が来たのですよ」

 それからは――
 まるで他愛のない、思い出話や、近況の交換に終始した。
 それは文字通り、永遠に凍結されようとしていた偽りが崩壊し、止められていた時間が溶けだしていくさまだったのだろう。


 クリスティーナが辞したあと、ミアとエセルだけは屋敷を去らなかった。
 ミケーレは沈んだ様子である。
 ロレンツォはテーブルを片付けながら、冒険者たちに、
「僕たちのことなら心配いりませんよ」
 と、告げた。
「なにか困ったことがあれば言ってほしい」
 エセルの申し出に、微笑を浮かべた。どこか自嘲めいた笑みだった。
「……責めないのですね」
「ミケーレ様も、もう十分に苦しまれたと思います。そして貴方も」
 ミアが控えめに言う。
「私は、お三方ともが、いつか、幸せに届かれることを、願っています」
 そんなミアを気遣うように、エセルがそっと彼女の肩にふれた。
「ミケーレはともかく、僕にはそんな資格はないかもしれない」
 ロレンツォは言った。
「けれど……、人を好きになることそれ自体は、罪ではない。そうですよね……?」
 その言葉に、ミアは、ええ、きっと、と頷く。
 それに救われたように、ロレンツォは伏し目がちに微笑む。ありがとう、と小さな声で応えた。

 アユナは、傍らを歩きながら、クリスティーナの手をそっと取った。
 後悔していなければいい――。彼女は思った。
「これからじゃ!」
 ふいに、ミズナが言った。
「少しでも前に踏み出して、また新しい恋をすると良いのじゃ。がっちりと女を磨いて、連中よりももっと良い男を得るがよいぞ。十分に魅力的なのじゃなから引く手あまたであろうぞ。このミズナが請け合うのじゃ」
 と言いつつ、ミズナはまだ恋愛の経験はないのじゃがのぅ、と小さく付け加えられたのに、クリスティーナはくすりと笑った。
 そして。
 ぽろり、と、その瞳から、涙がこぼれた。
 アユナは彼女の手を握る手に、力をこめた。
 ぐっとくちびるをかみしめる。そうしなければ、自分も泣き出してしまいそうだったから。でもそれはできなかった。本当に悲しいのは、クリスティーナのほうだから。せめて、自分は、笑顔で最後まで見守ってあげなくては。
 そんな気持ちを察したのだろうか。
 クリスティーナはアユナの手を握り返しながら、もう一方の手で、彼女の髪にふれた。
 青い瞳から、あとからあとから零れおちる涙は海の色をうつした宝珠のようだった。

「会って真実と向き合うのがいい……、そう思ったのですが」
 ぽつり、とシーズが言った。
「自分がそう思うからといって彼女たちもそう思うとは限らないのですよね。どうしてそう思ってしまったのか。今回のこと……これでよかったのか悪かったのかわかりません」
「かかわった以上、最後まで見届けたいと思って、来たけれど」
 カナタが続ける。
「かける言葉も、うまく見つからない。……でもあのままにしておいたって、あの状態が永遠に続いたとは思えません。かれらも――、そう感じていたと思いたい、かな」
「せめてこれがキッカケで、うつむくばかりだった彼女の視線が未来へ向けば……。そう思います」

 別れ際、リャオタンがクリスティーナに花束を渡した。三度、彼女に渡した花束。
「花嫁は、ブーケを持つもんだろ」
 目の覚めるような向日葵の黄色――。
「わたくし、もう花嫁ではないわ」
「なら捨てるんだ。花嫁衣裳をを捨てて、歩き出すために」
 令嬢は微笑んだ。
 青い空に、あざやかな黄色いブーケが舞うのを、リャオタンは確かに見た、と思った。


マスター:彼方星一 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2007/07/07
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