ティアレスの誕生日〜情趣纏綿〜



<オープニング>


●林檎の庭
 様変わりした街が、揺らめく燈籠の灯火で彩られる頃。
 林檎の樹の枝に括り付けられた、ちいさなランプへと火が燈された。昼間喫茶として開いていた扉が、本来の姿に戻るべく暖かな洋灯で照らされる。漂う空気は何処か高貴で、重たい扉は隠れ宿に立ち入る者を選ぶかのよう。
 彼の店は、「Apple Garden」との名を持っている。
 棚には多種多様な酒瓶が並び、渋いマスターは黙々とグラスを磨く。注文を受ければ無言で手を止め、客の為にと動き出す。
 今宵の舞台に選ばれたのは、そんな店のバーカウンターだ。

●ティアレスの誕生日
 とある昼下がり、とある酒場での会話である。
「で、ティア君はどんな風に祝われたい?」
「……そういう尋ねられ方をする時点で全てが嫌だ!」
 黒曜石の駒を指先で摘みながら、馥郁たる翠楼・エテルノ(a90356)は齎された返答へ大仰に肩を竦めて見せた。視線を盤から外し、毀れる紅涙・ティアレス(a90167)の引き攣った顔に向ける。
「君の誕生日は5月の11日でしたね」
 エテルノは柔らかい声音で語りかけた。
「ですが今年の5月は何かと忙しなく、今日まで君の誕生日を祝う機会は無かった」
「…………」
「そんな顔をしてもダメですよ」
 表情を渋くしたティアレスを見て、エテルノはくすくすと笑みを零した。
「私以外の誰かが祝ってくれるとでも仰るんですか? ん?」
 満面の笑みに尋ねられたティアレスは、不機嫌そうなまま暫く沈黙し、
「煩い。黙れ」
 低い声で彼を突き放すと席を立つ。
 ぱちり、と不思議そうに瞬きをしてから、エテルノはやれやれと溜息を吐いた。

●情趣纏綿
「――と言う経緯で、主賓は非常にご機嫌斜めです」
「まあ……」
 エテルノから状況を聞き、幸福を齎す女・ベアトリーチェ(a90357)は同情を瞳に滲ませる。
「余程、動揺していらっしゃるのね」
「今回ばかりは、私にも責任の一端があると認めない訳には参りません。ティア君の気が多少なりとも紛れるような催しを考えましょう」
 幸いにして、ティアレス行きつけのバーなるものが存在するらしい。
 ひんやりとした地階にて夜、たったひとりのマスターが客人に酒を振舞う店だ。
 夏野菜のチーズフォンデュを筆頭に、季節を感じるサイドメニューまで整っている。脂がたっぷり乗った鮪とサーモンをタルタルにし、青々としたバジルで飾る。小海老と生湯葉をラビオリ仕立てのサラダとし、完熟トマトと歯応えの良いタコとを合わせたマリネを添える。半熟玉子にアンチョビを添え、ハッシュドポテトには熱したゴルゴンゾーラチーズを掛ける。
 鶏白レバーのテリーヌはあるだけで酒の進みが増すものだし、焼きたてのふっくらキッシュは中途半端な小腹の隙間を綺麗に埋めてくれるだろう。
「さて……。若しもティア君への差し入れをするおつもりでしたら、今回は甘い菓子類の持ち込みは控えて下さい。酒も果実酒は避け、出来れば甘味の薄い蒸留酒を選んで頂きたい。勿論、ティア君と関わりなく過ごす御予定でしたら、幾らでも甘いものを食べて頂いて構いません」
 大丈夫ですよ、とエテルノは笑んだ。
「基本的に彼は、周りに気遣われるのが嫌いですから。皆さんが様子を見に足を運んでくだされば否応無く、見栄を張るため『普段』に近づいていくはずです」
「…………」
 ベアトリーチェはにこにこと微笑んだまま、特に何を指摘することも無い。
 根本的な解決にはなっていないような気がしないでもないが、空元気だろうと何だろうと状況が改善されるのは有難いこと。いつまでも普段以上にナーバスで居られては迷惑なのだ。

マスターからのコメントを見る

参加者
NPC:毀れる紅涙・ティアレス(a90167)



<リプレイ>

●誕生日祝い
「ティアレス殿、一局どうかなぁ〜ん? フフフ……」
 チェス盤を持ち込んで来たラスキューに勝利(ラスキューの最短敗北記録が二行目に更新されました)しつつ、毀れる紅涙・ティアレス(a90167)は何とも言えない顔をして黒酢カクテルを一口飲んだ。無神経に気遣われると言う稀な体験を楽しみつつ、鶏白レバーのテリーヌをバゲットに乗せる。
 そう言えば、彼に初めて出会ったのもこの店かと思えば感慨深い。縁とは不思議なものだ、とフィードは思わず笑みを浮かべた。折角だから、後で一杯奢りに行こう。生命の水と謳われる掘り出し物の酒瓶を片手に、アレクサンドラは隠れようとする知人の手を取って彼に引き合わせた。ヤマは緊張に眉を寄せながら、きちんとした一礼と共に名を告げる。
 覚えておく、と頷いたティアレスにソリッドが声を掛けた。馬鈴薯を蒸留させた酒をグラスに注げば、野の花を思わせる甘い香りが立ち昇る。度は随分強いものだからと念を押し、後は言葉少なにアリエノールは二人を見守る。夜は穏やかに流れるものだ。
 サナは澄んだ蒸留酒のクリスタルボトルと小さなブーケ、そして夫婦で作った鶏肉のハムをティアレスへの祝いとして贈る。妻が新調した衣服に目敏く気づいて頬を緩めつつ、アモウは摘みを彼に勧めてしみじみと語った。
「少し不器用だけど、情に深いその心の輝きを、どうか三十路になっても忘れないようにな」
 ティアレスは笑顔のまま、微妙に顔を引き攣らせる。変わりの無い様子に安堵しながら、キャメロットは彼に声援を送った。自ら運営する服飾店の様子を知らせると、実は彼も時折覗いているらしく、盛況で何よりと瞳を細める。微笑んでグラスを持ち上げたルーツァは、ふと彼の「普段に近付く方法」を思い出して目を伏せた。どうか心に留めておいて欲しいと語る彼女に、ティアレスは諦めた様子で溜息を吐きつつ顎を引く。
 邪魔をするつもりは無いながら、挨拶だけは、とティアレスの顔を見に来る者も多かった。ネフィリムもひそひそと内緒話を囁いてから、恋人と共に席へ向かう。厳しそうな方ですけど、と逆接で結べばヴィアドも笑んで、気懸かりなのは胃だろうかと応えつつ、初めてこの店を訪れた際は隣に彼女が居なかったのだと些かの感慨も得た。
 存在の奇跡に、とジョージィは鮮やかな臙脂と金の紐を飾った酒瓶を掲げて見せる。気兼ねは不要と歪んだラベルを指差して、相棒と共にカウンターへ腰掛けた。オズロは頬を掻きながら、ティアレスが見れば真摯な態度で己の不器用さを呪う。ふと見掛けた知人の姿に、小さく手を振れば、気付いたコーリアも笑みを浮かべて頭を下げた。
 淡い菫色のワンピースをふんわりと広げて、磨き抜かれたグラスを取る。巡り来た再訪の喜びを覚えつつ、すべての季節に刻まれた色を思い返すように後ろを振り向く。小さく息を吐き出しながら、今夜、此処で過ごす時間に感謝した。

●林檎の庭
 まず心を篭めて礼を送ると、クオンは奥まった席に着く。鯛と香草のマリネを注文し、白米が無いと聞けばサフランライスで手を打った。帰らぬ日々を懐かしみ、静かな宴の宵を眺める。酒独特の苦みに眉を寄せながら、ノヴァーリスは甘口の果実酒を口にした。ホワイトアスパラガスのクリーム煮を横に、少しずつ慎重に酒を呑む。
「とろーりなチーズが、んまいのなぁ〜ん……」
 熱したゴルゴンゾーラチーズを掛けたハッシュドポテトに頬を染めつつ、カナリーは満足げに息を吐いた。今度は甘いお菓子を食べようとティアレスに約束を取り付けたし、後は好きなだけ好きなものを食べるのだ。彼の誕生日を共に過ごせることを喜びつつ、リウナは蕩けたエメンタールチーズに夏野菜を潜らせ、舌を火傷しないよう気をつけながら口に運ぶ。
 カルヴァドスの香るチーズフォンデュに舌鼓を打ち、リピューマは店のマスターに感謝の気持ちを率直に述べた。此処に居る理由は様々だけれど、そのひとつを担われたことに揺るぎは無いと考える。ルージは焼き立てのキッシュを食べながら、ティアレスの眉間に刻まれた皺が薄まるように祈ってみた。綺麗な人は笑顔は特に綺麗だから、周りもきっと嬉しくなる。
 誰かの誕生日と言う機会に皆が集うのは中々楽しい。レーンはにこやかにベアトリーチェと歓談しつつ、檸檬の薫る炭酸水を手に取った。去年はティアレスの誕生日を如何にして祝ったかエルノアーレが語れば、王女は芸術都市は随分と栄えていることをちらりと明かし、冒険者の力が要されるほど困窮した事態は少なくとも現在脱しているのだと微笑んだ。
 プラムに誘われた王女は、わたくしで宜しければと承諾し、彼女が奏でるオカリナの音色に合わせ祝いの詞を歌い始める。歌唱を趣味とするセイレーンの歌声は、慎ましやかな音量を保ち地階に響いた。セドリックは笑みを深めると席を立ち、マスターに曲を奏でたいと願い出る。素敵なお店で気分が良くなればお礼に演奏をと思うのも当然だ、とばかりに彼は普段通りの飄々とした眼差しで黒い楽器を弾き始める。
 遊牧の民が作るミルクウォッカ、そして副産物として作られたアーロールと言う乾燥チーズをティアレスに贈るとジェネシスもまた胡琴にて古きより伝わる曲を奏で始めた。朱塗りのヴァイオリンを携え、アニエスは好む曲は何かとティアレスに問う。古典的で華やかなものが好きだと答えつつ、今であれば穏やかな夜を思わせるものが良い、とティアレスは笑んだ。彼は構い甲斐のある主賓を見遣って少し考え、何か納得したように小さく頷く。

●夜の食事
「誕生日、おめでとう」
 緊張した面持ちのシュナは、出来るだけ気持ちを篭めて言葉を贈った。何度と無く紡がれたその在り来たりな祝辞は、誰もが其の侭、率直な想いを抱いて口にしている。赤いリボンで飾った品をティアレスに手渡し、アカネはトマトとバジルのソースで綺麗に彩られた冷製パスタを注文した。
 オリーブオイルがたっぷりと掛けられた鱸のマリネを挟む胡麻のクレープが運ばれて来る。茸のクリームソースをふんだんに掛けた白身魚のパイ包み焼きにはシャンパンで香り付けがされていた。何処にでもあるような食材に手間隙を掛けた料理の数々に、度数が低めのドライな白ワインを勧められ、イヴァナは感嘆の息を洩らす。
「酒は、やはり無理か?」
 理由として考え得るものを挙げれば、酔わされる為に慣らさないのですよ、とエテルノは楽しみを堪えるような瞳を細めた。イグニースは溜息を吐くと、生きる限りは火に焼かれながら海に漂うようなものか、とティアレスに視線を向ける。らしくない素振りを全くと言って良いほど見せない彼を見遣りつつ、ロディウムはマスターに声を掛けて「後で彼に渡して欲しい」とカードを預けた。
「これからも、ティアレス殿がティアレス殿でありますように」
 杜松の実が薫る蒸留酒を手渡し、ユズリアは精一杯の気持ちだけ告げる。苛立ちの原因は予測出来るけれど、下手に何かを言うことも無い。エルサイドは何食わぬ顔でブランデーの瓶と美しい絹のスカーフとを贈る。既に貰った気もするが、と無感情に述べながらティアレスは品々を受け取った。
 辛いのは嫌だと駄々を捏ねる彼にグレイは溜息を洩らしつつ、誕生日くらいは、と常飲には向かないニガヨモギのリキュールを使ってカクテルを作る。幸せな夢が見られるらしいですよ、と笑んで勧めた。良い機会を与えてくれたことに感謝もしつつ、今頃如何しているだろう、とナミキは呟きかけた言葉を飲み込む。ティアレスもまた僅かばかり視線を下げた。
 寂しがってくれていたなら女冥利に尽きるのだが、とユーリィカは黒ビールにシャンパンを注いだ辛口のカクテルを手に微笑み掛ける。言葉尻を捉えた彼女の口振りに、ティアレスは淡く苦笑を浮かべると、否定はしないでおこう、と緩く首を傾けた。透明なシードルを両手で持ち、想いに偽りは無いのだとリィリが述べれば彼は浅薄な視線と共に口を開く。
「成長云々は精神の問題だ。焦りの有無など無関係だろう。……ところで『こんなに』とは現在を指しての言葉か。近頃の変化は、先の戦に因を持つと聞いていたが?」
 顔を顰めて彼は続けた。
「悪いが、合わんのだと思う」
 深紅の薔薇を胸に飾ったレインは、楽しいからでも嬉しいからでも無い笑みを湛える。貴重な時間を皆が割いたと思えば幸いでは無いか、と言い添えつつも「偶には不機嫌でも良いと思うのよね、いつも笑ってなんて居られないから」と繊細な芳香を漂わせるブランデーを勧めた。根を張るものが見える程度に心を許してくれるなら、それすら喜ぶに値するのだろう。

●時間の価値
「信じて待つなど、言うのは楽なのだがな」
 実際に待つ身になれば中々辛い、とガルスタは洩らした。じきに成人なのだと告げながら、一杯貰って欲しいと呑むつもりで置いたカルヴァドスを取り寄せる。有難く頂こう、と答えるティアレスにアネモネもまた声を掛けた。祝う気持ちに差異が無ければ、多少の誤差を誰が気にするものか、と誕生への感謝を紡ぐ。
 淡い紫の衣装に袖を通したオリエは、金のリボンを掛けた赤い袋を手渡した。多くの人が今日の機会を待っていたのだろうと思えば、なんだか心が和むようで頬も緩む。成人したら共にワインを、との機会を持てずに居ることを詫びるティアレスを見、ティーナはにっこり微笑んだ。またの機会に、と明るく返す。
 以前の礼と祝いの席が重なっただけ、気遣いは無用であると前置きをしてファオは言葉を選びつつ短く語った。向かう人が居て待つ人の居る働きは時の流れと等しく自然なもの、であれば心の動きも自然なこと。どうか保たれますようと僅かな心証を添え頭を下げれば、おまえは受け入れるのが巧い、と納得したように頷かれる。
「誰かに頼りたくなる時って、ティアレスさんしか思いつかないんです」
 信頼の証だと思って許してくださいね、とエリスは紡いだ。彼は光栄と薄く笑って、あの程度であれば寧ろ心地良いものだ、と無色のラム酒に無色のキュラソー、そしてブランデーを足し檸檬の香りを添えたカクテルを奢り返す。
 髪を纏めさっぱりとした衣装で来場したミナは、胃が弱ってるなら酒も紅茶も控えた方が良いぜ、とからかうような笑みを浮かべてこれからに声援を送った。尤もな指摘に沈黙するティアレスを見、「食べないのなぁ〜ん?」とルルノーは首を傾げる。美味しいのでどうぞなぁ〜ん、と幾つもの皿を勧めつつ自らも積極的に平らげていた。
「……愛されてるのぅ」
 しみじみと呟いたルーシェンは、その瞳に様々な感情を浮かべて奥歯を噛み締める。皮製の小箱を押し付け、元気出せ、と気遣いの無い言葉で彼の贈れた誕生日を祝ってやった。
「今日は、ご相伴させて頂こうと思います!」
 拳を握り締めたロスクヴァは、胡椒や香辛料を効かせたレバーの唐揚げを差し入れつつ宣言する。かりっとした歯触りと、臭みの抜けた味は強い酒にも良く合った。最初は甘い酒から始めろ、と彼は苦笑して苺のリキュールを下地に、生クリームとバニラのアイスクリームを溶かしたピンク色のカクテルを勧める。
 随分楽しげな様子にメローは瞳を緩く細めて、彼と視線が合えば小さく笑んだ。グラスを軽く掲げるも特に何を言うでも無く「今」を居ることで示している。ティアレスも理解はしているのか、ただ穏やかに酒を傾けた。
 呟くように洩らしたリャオタンの言葉には幾らか――このような夜であれば多少の弱みを過剰な嘘で隠しはしない――笑みを深めながら、「理想と言うものがある。それを成すには、今時分の年で無ければ難しい」と謳うような口調で返す。年を経るならば次のものを見出せねばならんと軽い仕草で肩を竦めて見せ、祝辞と来訪に感謝しよう、と今宵の想いに言葉も向けた。


マスター:愛染りんご 紹介ページ
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作成日:2007/07/12
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