<リプレイ>
●ちかい・いたみ 此の地では、この有り様すら森と呼ばねばならないのか。
芽吹く端から貪られ申し訳程度に葉をぶらさげた低木、根まで食い尽くされまばらな野草の跡。 その中を可能な限りの偽装と消音・消臭を施し、召喚獣を遠ざけ、息さえ潜めながら歩む冒険者達。 慎重に対策を講じられた進軍に加え、かつて幾たびとなく行われた掃討の恩恵か、これまでグドンとの遭遇は皆無であった。時折乾いた骨が捨て置かれているのを見かけるのみ。
都合で放たれ殖やされ、今となってはこれを討ち……。 守るべき民を脅かす忌むべき存在といえど、それらもまた、命であるというのに。 (「それでも……この地が豊かに育まれる地となるよう、尽力すると、決めました」) 人の身勝手さを痛感し自覚しながらも、温・ファオ(a05259)の瞳に迷いはない。 清冽な少年を思わせる容貌には不似合いな、頬の傷痕を無意識に指でなぞり……。銀月の戦女・シーリス(a01389)も又、ファオと同様の逡巡を経て己が役割の完遂をと今は戦意に火を灯す。 「自然を暴力的なまでの営みで破壊するグドン……。蔓延らせておく訳には参りませんから」 「ええ、此処で終わりにしましょう。この気持ちは皆一緒だと思うから」 月蝶宝華・レイン(a35749)が微笑をたたえ応じる。
道中通過したチキンレッグ領のあちこちにはまだ戦役の傷痕や難民が存在した。 グドンを放置し更なる繁殖を許せば。 程なく、此の地も完全に食い潰され、より豊かな地を求めての離散を免れ得ないだろう。 「もう、逃すことは許されませんわ。過ちは、二度と……」 大切な方達の笑顔を、護るためにも。 悲壮な決意を湛えたチキンレッグの少女、黒椿・オウリ(a51687)の羽毛を澱んだ微風が撫ぜる。 守り袋を一度だけ紐解き、中から転がり現れた七つ葉のクローバーを握り締めた。
一行は進む。初夏の朝露を宿すよるべすらない不毛の大地のただなかを。 「ラクウェルが見た花畑……それが未来なら少しでも早く訪れて欲しいな」 その光景を見てみたい、と、今日も明日も風任せ・ヴィトー(a47156)は強く願う。 いや、引き寄せるのだ。己の剣で、未来を。 空を見上げ呟かれた声に黒炎を纏う調理人・サタナエル(a46088)がこくりと無言で頷く。
それぞれの想いや決意を胸に。ただひとつの、為すべき事の為に。 蒼翠弓・ハジ(a26881)が覗きこんだ遠筒越し、蠢く影が幾つかみえた。 気取られぬよう。より一層の注意を払いながら風下へと廻り込み、仕掛ける機をはかる。 何人かはウェポン・オーバーロードや黒炎覚醒といった準備を用心深くマントの下で済ませた。 予め打ち合わせておいたハンドサインが瞬時に幾つも飛び交う。
すべての準備が整ったのを目視した後。 愛弓に括られたスカーフが風にそよぐ様を少年の翠瞳は見詰める。風を捉えるハジの前で揺れる、金木犀。 (「水と緑でこの地を癒し……ここで眠った人に花の香りを届ける為に」) わずかに緩むスカーフをきゅっと結びなおした後、滑るように、指先がそっと弦に添えられる。 赤く小さな輝きが生まれた。番えられる、赤矢。大きく深く、肺が風を吸い寄せた、その一拍後に。 「――武運を!」 ●地這うものたちのうた 爆炎と衝撃風、そして地響き。何体かのグドンが吹き飛ばされ……それを合図に冒険者達はよどみなく陣を為して斬り込む。内部に術士陣を庇う様に抱えこんだ、緩やかな菱形陣。 恐怖の悲鳴、混乱の怒号。奇襲は完全に成功し、着弾点を中心に波紋のように、グドンの群れに騒乱が拡がる。 「さぁ……どんどん行くぞ」 いまだ組織だった反撃に到れぬ敵へ、ヴィトーは容赦なく流水撃を浴びせた。横薙ぎに繰り出される蛮刀が唸り、紅い猫目石に更なる赤を注ぐ。
敵は川沿いの枯れた森の中散って休息を取っていた処。ピルグリムグドン2体を頼みにしてか、密集といえる程は寄り集まってはいなかった。 ピルグリムグドンの姿はまだどちらも視認し得ていなかったが、ならば今の内、雑魚を効率よく始末しておく好機でもある。 「露払いは、任せて……往けプロキオン」 扇型に前衛を為す三者のひとり、シーリスは青鎧白馬に騎乗しての勇姿。 人馬一体。盾を押し立てて構え、振り上げた黒竜剣が産んだ剣風もまた何体もの狼グドンを粗末な鎧ごと断ち割ってゆく。 そしてもう一つの馬影。オウリが駆るのは赤鎧白馬、名は彩雅。 馬上で鎧聖の加護を得、纏う薄紅の鎖帷子が更なる護りの力を増す。睫毛をしばたかせ、漆黒の瞳は蛇の半身を追い求める。 そんな彼女の下に半ば錯乱気味の狼グドンが4体殺到し、数を嵩に襲い掛かった。 が、レインの放つ紋章光と、ペトルーシュカと三つの断章・ラグゼルヴが撒き散らし針の雨とが、周囲の別のグドン達ごと焼き沈める。 「いたみいりますわ」 オウリの小さな会釈。青藍の鶏冠が揺れる。
冒険者達が事前の取り決めは細部に渡り、しかも柔軟性に富み。 目配せと簡潔な声掛けだけで事足りる。ひとつの強大な戦闘者と化した陣は、狂騒の戦場に於いても互いに信頼で強固に結ばれ、有機的に絡み合い躍動する。 「みつけた……あそこじゃヴィーにぃ、ハジ」 前衛陣越し、サタナエルが褐色の腕を差し伸べると同時にブラックフレイムを放った方角。 狼グドン達に幾重にも囲まれ守られた少し大柄なグドン。 いや、毛むくじゃらの脇腹には狼頭がもうひとつ、唸りをあげているのが確かに一瞬、見えた。 「……来ます、気をつけて!」 続けざま、今度はファオが警告の声をあげる。疾風。血しぶき。 味方グドンらが道を開けたそこに、柄の部分が半ば腐れ朽ちた細槍を振り回し冒険者達めがけて猛進する半狼半蛇のグドンの姿があった。 「……っ! 手酷い返礼じゃの」 ラクウェルの霊査情報から蛇身ピルグリムグドンの攻撃手のひとつにソニックウェーブに類似した技を持つだろう事は多くの冒険者達が予想していた。サタナエルもまた。 仲間からの声もあり、かろうじて直撃を避け悲鳴ひとつ上げず耐えた彼女。鮮血が滴る褐色の細い肩にすぐさま、聖女の癒しが降りかかる。 「あなたのお相手は、わたくし、ですわっ!」 高らかに蹄を鳴らし、オウリが割り込むようにして蛇身の前に突進を敢行し……騎上から勢いそのままに振りかぶった大鎌・朱天童子を力任せ、斜めに振り抜く。 咄嗟に動いた細槍の柄をすりぬけた薄紅の三日月の軌跡は夜気を思わせる闘気を纏い、ピルグリムグドンの腕から背に掛けた部位を疾り、襲いかかる。 横合いからの不意打ちの形。だが、蛇尾をくねらせて回避行動に出た敵にはあと半寸、足りない。 残影だけを裂いて空を切ったオウリのデストロイブレード。 それでも強敵たる切り込み隊長の意識を後衛陣たちから引き剥がすことに成功したオウリは両手で大鎌の柄を握り直し、にこり、勝気な笑みを浮かべる。 ひらり。構えなおし一閃された朱天童子の柄で赤いリボンと金鈴が、ちりり、可憐に踊る。
一方でグドンの獣波の向こうに留まったままの三頭も黙ってはいない。 ――オォォォォォ……ォン! 昂揚とも怒りともつかぬ咆哮が肩の上の狼頭から吐き出された後。 冒険者からアビリティと闘志を根こそぎ奪いさる芳香が辺りに満ちる。 「任せて」 だが備えは万全。鮮烈な紅が咲く。 戦場にベルベットローズを捧げたセイレーンの少年は攻勢の熱からしばし冷め、凱歌を紡いだ。 邪な香気を鼻先でからかうかの様に軽やかな歌声。 高らかな凱歌。静謐の祈り。毒消しの風。完全にブレスの範囲外に位置するハジを含め、陣の何処からでも状態異常回復が発動できる態勢。 「……元を、断つ」 続けて三頭へと放たれたハジの反撃の一矢は、だが、敵影に阻まれる。グドンの1体が黄金炎に苛まれ翠氷に身をこわばらせたまま絶命する。 三頭が吐き出す息吹は決して彼ら自身は傷つけず、彼らを脅かす外敵だけを静かに排除してくれる。群れにとってそぼ降る慈雨に等しいのかもしれない。 いずれにせよ。 ハジのレッドブルー射撃以外敵の足を止める術も他に惹きつけ続ける手札も無い一行にとっては、僥倖であった。冒険者達の火力をもってすれば殲滅した方が早いとはいえ、前衛陣に遠距離攻撃が無い上にこの敵数。もしも敵全体が離散に徹していたのなら低くない確率で取りこぼしも生まれていたであろうから。 ならば、と。ハジは素早くナパームアローへと切り替える。阻む壁ごと粉砕し、獲物の喉元をこじあけるまで。三頭もまた、無力化を諦め猛毒の吐息で敵の体力を削る攻めへと転じた。 「思う存分戦おう。 ……この地が少しでも早く蘇るために」 長柄と長柄を切り結び、蛇身と渡り合うオウリを援護するべくサタナエルが渾身のデモニックを浴びせる。 回避に優れると評されていただけあって、それすらも幾度となく踊るような体捌きで回避され、時に反撃の連撃が、二突、三突とオウリの心の臓あたりを脅かしもした。 だが、鎧聖の防御で凌ぎ、仲間からの回復を受け、絶妙なタイミングで噛み合った援護攻撃の支援を受け。前衛陣のなかでは経験に劣る彼女は、だが、互角に近い闘いを繰り広げていた。 「これでも食らって……大人しくしとけッ!」 常には聞けぬ、激した粗暴な叫びと共に更に加わる刃。 周囲のグドンをあらかた薙ぎ払い、滅し尽くしたヴィトーが対蛇身に加勢したのだ。達人の一撃は消沈効果で敵を封じ込めるには至らぬが、それでも突然の痛手。わずかに蛇身の動きに隙を生んだ。それを見逃す冒険者はこの場には存在しない。 「ラクウェルの『視た』花畑が現実のものになるために……」 焼き尽くす。 紅槌の杖を両手で掲げ、何度目かのサタナエルのデモニックフレイムが蛇鱗を撃ち叩かんと襲い掛かる。異貌の魔の姿形に燃え盛る猛火が、突如。前触れもなくその色と火勢を一変させた。 ついには戦場全体を覆わんばかりに膨れあがる激しさと裏腹に。 淡く、どこか優しくすらある虹色の――灼光へと。
「グリモア……エフェクト……」 献身的に盾役を続けていたヴィトーはほんの半瞬、心奪われた。 にわかに生まれ、遠く距離を置く我が身すら照らす光彩を、綺麗だとラグゼルヴは感じた。 『美』とは往々にしてエゴイスティックで。他者を傷つけ奪おうとさえする。だからこそ彼はグドン達を踏みつける事を厭わずこの地に『美』を取り戻さんと戦っている。だが。 「……皮肉の効いた、光景だね」 ピルグリムグドンが全身に帯びた数々の傷ごと、かき抱くようにして。 きらきらと、静かに光は収束し。 蛇身のピルグリムグドンはゆっくりと息絶えてゆき……。 ――ザワリ 傷ひとつない白鱗を煌かせ、仮初めの器を得てふたたび立ち上がるピルグリムグドン。 「せめても、早く終わらせてあげるよ」 ラグゼルヴは視線を戻して無造作な動作で術手袋に覆われた腕を振り、射程に捉えた逃げ惑うグドンの背をあっさりと焼いた。
敵群を率いる白纏う双璧の片方を砕き、奪い取ったことで完全に戦況は傾いたのであった。
●楽園じゃなくても 一枚加わった前衛役。少女天使の忠実な僕と化した白駒は、なめらかに蛇身を滑らせ容赦なく敵陣に躍りこむ。再びグドン達に巻き起こる恐慌、混乱。 ――ウオォォォォォ…… 咆哮。 残された三ツ頭のピルグリムグドンが懸命に建て直し、毒のブレスを冒険者達に浴びせる。 今度は殆どの味方が回避した。残る仲間も耐え切った。 それを見て取ったファオが黒炎を撃ち込もうとした、その直後。 彼女は気づいてしまった。 どれほど裏切りの刃を浴びせられようと、三狼頭は蛇身をその息吹の内に捉えているのに、頑なに焼こうとはしない。知能が状況の理解に追いつかないだけなのか。 それとも……。 「……それでも、進むと……決めたのですから……!」 眼をそむけたりはしない。顔をあげ前を向き、そして、戦うのだ。 彼女の手には、凛と、白花の刺繍。 俯きがちに咲く清楚な佇まいに、今は、未来を切り拓く力を漲らせ。
きらきらと。儚いちいさな星のように花弁のように。 生命とは連鎖。 真なる叡智への道は遠く、相克を免れ得ないちっぽけな身であろうと。どこまでどこまでも。 遠く長くつづられつづいてゆく、果て無き無限の物語。
終わらせる。 「皆さんと共に……終止符を」 するり、しなやかに紅涙をぬぐうようにレインは両手杖に白い指と純白の少女人形を添わせる。 しんしんと紋章雨は降り注ぎ、幾多の敗残の狼を死出の旅路へと送り出す。
終わらせない。 (「この地で共に戦った人、この地に残った人に……恥じぬ戦いを」) とすん、と。ハジの放った一矢が複雑な軌道を描き、三頭ピルグリムグドンを貫き穿つ。 繋げるのだ。次の戦いへと。未来へと。
レインとラグゼルヴが三頭を滅した頃にはもう追討戦に移行していた。 後はただ、一匹の敵も逃さずいかに敵を殲滅し終えるか。 『次』と『その次』を見据え、いかに消耗を抑えてそれを成すか。 勝利は既に、グリモアの冒険者達の側に在った。
そして怨嗟と苦悶の悲鳴もいつしか絶え……。 「……五十三体。集落のグドンすべて討ち取った様ですね」 森のあちこちに折り重なり横たわる遺骸を検め終えた女武人の銀狐尾が馬上、風にそよぐ。 「五十四体目も……じゃの」 サタナエルの下した命を果たし終えた蛇尾のクローンは跡形もなく霧散する。 剣を鞘に収め、その様を見届けるヴィトー。 「じゃ……安らかに」 感慨をあえて排した素っ気ない物言いで、彼なりの弔いを済ませるのだった。
●いつかの花迎え 事前に定めた連戦条件よりまだ僅かに余力を残し、重傷者も皆無。 不用意に敵を誘き寄せぬよう持参の水で血を拭い匂いを落とした一行は、再び小川沿いに遡上を再開した。 次の集落をさほど苦無く殲滅し終えた後に、それはあった。 倒木が幾つか折り重なって陰になった、ささやか草地の一角。 「これ……花の芽、よね」 「え……!?」 命は強く尊いものだから、きっと、ラクウェルがみた花畑も現実の物となる。 そう信じていたレインですらも、発見した時には目を疑った。 「幻じゃ、なかったな」 「ラクウェルさんがご覧になった花弁は、ずっとずっと近い未来、でしたね」 ファオはそっと水袋を傾け清水の滴を降り注ぐ。 ――あるいは、この地にも銀葉アカシアが咲き誇るようになるのだろうか。
そして三連戦。疲れは見え始めるが芽吹きに鼓舞されたように一同は戦い、これを制する。 先迄より個体数が少ない事も幸いした。沈みゆく赤陽。 最後の水を使い切り、互いに支えあいながら引き上げる冒険者達。疲労を癒して余りある達成感がじわり染み渡る。
「私達の戦いが、あの小さな命を守ることに繋がると、祈りたい……」 シーリスがもう一度振り返り、愛おしげに目を細めた。

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参加者:8人
作成日:2007/07/29
得票数:冒険活劇11
戦闘17
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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