全ての人に愛の手を 〜荷車引き技能審査会〜



<オープニング>


●道行けば
「えっほ、えっほ、えっほ、えっほ」
 世の中が騒がしくなっても、いやいや、騒がしいからこそ地道に仕事をする人も居る。
 街道沿いにノソリンが行き交う中で、急ぎの便やら壊れると厄介な大きな物などは、やはり人力の輸送が一番の様子です。
 街から街、人から人への愛を運ぶ運び人、それを人は愛を込めて……。
「おーい。あんちゃん!」
「ん? ほら、呼ばれてる」
 髪を高い位置で一つにまとめた女性、翡翠色のレスキュー戦乙女・ナタク(a00229)が近くに居た男性の肩を軽く叩く。
「ん? ……おを!」
 ポムと、手を叩いて後頭部を掻く人物が一人。
「ああ、これなぁ。あの村で噂のある奴だな」
「む?」
 今、聞き捨てならない情報が飛んだ気がして、声の主に向けて回れ右。
「ああ、あんちゃんは関係ないよ。それだけ立派な体格してるしさ。山向こうの村で行われる『荷車引き技能審査会』のお手伝いを募集してるんだ」
 村人によれば、この審査会は荷車引き技能の向上、勤労者の人柄、勤労意欲などを見ることが目的で開催されていて、具体的に募集が掛かっている仕事は審査会の準備だという。
 『水溜り』『丸太橋』『築山直角迷路』『街中走行』『巨石地帯走破』等々の様々な障害を作成したり、試験本番に実際に仕掛けを動かしたり、通行人として轢かれる等、エキストラ要員としての作業も勿論含まれているのだという。
 この試験は冒険者も勿論受けることが可能ということで、仕事ついでに参加したら更新できるよという、貴重な話だった。
「良い話をありがとう」
 親切に答えてくれた村人に一礼して、青い髪の女性は隣で荷車を押している男を覗き見てみた。
「……うーん、やる気満々、かな?」
「……ふふ」
 今日の男の仕事は食肉運び。
 速さが求められることこの上ない、人力任せの仕事だが、それが終われば今話を聞いた村に直行しようと、男は荷車を引く腕に力を込める。
「色々ごたごた続きだからな、他にも荷物を持っていくか……」
 運ぶ荷物は色々有れど、小さな笑顔が待っていると思えば、腕に掛かる重さも軽くなる。
 山あり、谷あり、渓谷の狭い道やぬかるみを越えて進んでいく荷車達。
 村に向かって動き出した荷車の群れの中で、ナタクはお仕事半分、興味半分参加してみるかなと頷くのであった。

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参加者
漢・アナボリック(a00210)
翡翠色のレスキュー戦乙女・ナタク(a00229)
御隠居・ミットナゲット(a23243)
剣姫・カアラ(a25761)
世界を救う希望のひとしずく・ルシア(a35455)
蒼天に歌う白燕・アリスティア(a65347)
レッドアイ・クラウディア(a66825)
劇団危険狩人・ポロロン(a67311)
NPC:鉄拳調理師・アンジー(a90073)



<リプレイ>

「ま、そないなこともあるわな」
「……うむ」
 作業の途中での休憩時間。
 普段着に割烹着、頭に髪留めの三角巾姿で給仕している鉄拳調理師・アンジー(a90073)に慰められて、漢・アナボリック(a00210)としては言い様の無い落ち込み具合も少しは晴れた様子だった。
「うっかり失効……まあ、世の中そう言う事もある……」
 色々面倒な事情がある様子だが、ヒトの瞳が背中に付いてないのは後ろ向きに生きて行かないからだと誰かが言っていた気がする。
「えへへ!」
 ブイッと、サインを出して朗らかに笑うのは翡翠色のレスキュー戦乙女・ナタク(a00229)。彼女の場合、巧く間に合った様子だった。
「しかし、これは冒険者の仕事か? 餅は餅屋でその手のプロに頼んだ方がいい気もするが」
「確かに、本来ならそれで良いかも知れないけれど……単純作業を馬鹿力でこなせるのって、やっぱり冒険者じゃないと駄目じゃないかな? ほら、何とかと鋏は使いようって言うじゃない?」
 遠矢射る・クラウディア(a66825)の呟きに軽く答えるナタクだが、その回答に冒険者達は半ば固まっていたのは気のせいだろうか。
「……まぁいい。引き受けた事だし、全力でやらせて頂く」
 自分自身に言い聞かせる様に、先ずはマッピング。
 と、思って作業を開始したクラウディアだったが、初めて早々にこれは生半可な気合で済まされるものではないと言うことが彼女には判った。
 何故なら、彼女が「これでいいのか?」と考えた依頼でも、初めて取り組む依頼だという剣姫・カアラ(a25761)の様に、気合充分に仕事をし続ける者が現れたからだ。
「ナタク殿があそこに居て、カアラ殿があそこと、あそこ……アナボリック殿は作業が終わり次第カーブ外で待機、あれ? カアラ殿があそこに居る?」
「違うよ〜。ボク、ここに居ないよ? あと、この仕掛けは僕が弄れなくて嫌いだから壊しておいたよ〜♪」
「ふむ、嫌いだから……まて、これは元々あった仕掛けではないか? ポロロン殿も、元々この配置だと聞いているぞ?」
「え〜それだとツマンナイし〜♪」
 悪びれもせず、頭の上で腕組みなどしてみせる劇団危険狩人・ポロロン(a67311)に、クラウディアは頭を抱え込みそうになる。
「いけない。これでは、私が舐めてかかった上にまともに纏めも出来ない無能者の烙印を押されてしまうではないか?!」
「……。終わったぞ」
「早い! え? アナボリック殿、もう終わったので?」
「……」
 無言で頷くアナボリック。彼の目標だった材木と岩石の搬入はいつの間にか午前中で終わってしまっている。それもその筈、もともとの規模は村人達の中で若い衆が出て毎年補修と修繕、新築を繰り返してきた規模の準備だ。
 そこに細かい技は身に付かなくても、力で乗り切ることなら充分挽回可能な冒険者達が群れを成して参加したのだ。
「あ〜、これいいですね。この速さならついでに出来ますよ」
 計画書を簡単に書いて出していた中で、数件の案が時間内に出来そうだという話だった。
「ホントに? これでも救助団で土木作業は慣れてるから、築山でも側溝でも何でも作るよ♪」
 ナタクも腕まくりで機器として作業に没入している。
「目標は全員合格だよね! 人を不合格にする目的で検定するなら、そんなものは必要ないんだよね!」
 世界を救う希望のひとしずく・ルシア(a35455)も乗り気である。
 彼女の場合、コースそのものの仕掛けではなく、踏んだら危ないマキビシ、尖った石という、実際に道路に落ちていると危険性の高い品を準備して、通行に邪魔な障害物、大岩、倒木などを検定の際に準備して何時でも出せる様に下ごしらえは終了していた。
「普通に走らせることが出来る人は、充分クリア出来るものですからね、基礎は矢張り大切ですよ」
 と、村人の視線の先で準備のために荷車を押しているアナボリックは施設の中の障害を意とも簡単に制覇していく。
「さ、流石……プロ」
 唖然となるルシアの横で、見慣れた光景だからと頷いているだけのナタクである。
「ホラ、築山で坂道発進とか、側溝のある細い道で脱輪しないか? とかさ、技能検定にもってこいでしょ♪」
「よく似たのはあそこと、あそこ、かな?」
「ウンウンウン。あそこにこう盛り上げて、植樹したら土が流れないし、数年持つ様になるからね」
 ナタクの提案に主催者が指差す場所を見て、十分にコースの改良、改善に時間が取れるよと闘志を燃やすナタク。
「『革ロープ』『カンテラ』『黒い傘』『革のテント』……準備はひとまず終わり」
 ウンウンと、頷いたカアラは夜間作業に従事する為に休憩を終えた風斬りの旋律・アリスティア(a65347)にカンテラを差し出した。
「うむ」
 ザッザッザ。
 足音も軽く、歩き出すアリスティアの手には矢と鳴子が大量にある。
「働いた後の食事は旨いのぉ……ほっほっほっ……ん〜ありゃ何かのぉ?」
 御隠居・ミットナゲット(a23243)は当日の敷かれ役を自認している冒険者の一人だが、勿論一般人が引く荷車如きで怪我を負う気など無い。ただ、轢かれ役には最適じゃろうと、高笑いをして村人達から乾いた笑いで返された経験がある。
 確かに、自分達の村では長老格に近い高年齢の人物が太鼓判を押されるのだ。冒険者の身体能力を改めて思い知らされたのはいいのだが、それでもミットナゲットには無理をしないようにと、十分に準備の者達から話が行っていた。
「ほっほっほっほっほ」
「……やる気、十分だな」
「そうみたいだねホント」
 アナボリックはミットナゲットを見ながら。ナタクは闇にカンテラを持って消えたアリスティアを見送りながら。
 それぞれ見つめる対象は違えども、抱く思いは同じという、奇妙な一致を見ていたのだった。
 それもその筈、つい先日の夜半に、会場を通りかかった村人が不審火に気が付いて会場内を調査したところ、アリスティアが闇の中でも作業を続けていたのだ。
 だが、その姿が余りに異様ということで、声をかけたところ本人は「私は普通だぜ?」と返すばかりで、怖くなった者が朝になって冒険者達に話を持ちかけたらしい。
「一般人が怪我しない程度って良いながら、矢を仕掛けるのはやりすぎじゃないかな? 紐の罠は判るとして……」
「そうですね、出来れば撤去をお願いします」
 と、自分の年齢の半分に満たないだろうアリスティアを見送った村人は続ける。
「熱意は買いたいのですが、事故があっては困ります。それに、矢が飛んでくるのは既に問題外ですから」
「……ん?」
 ポロロンは自分に集まる視線に首をかしげながら、笑顔で返して見せる。
「まぁ〜。その子の仕掛けじゃ、怪我をする程の物は無いじゃろう。じゃが、夏場は特に物が腐ったり、暑くなったりするでのぉ。年寄りには堪えるんじゃよ。ほっほっほっほっほ」
 妙に達観したミットナゲットの笑いに救われているような、止めを刺されているような……。
 奇妙な気分になりながらも、時間だけはゆっくり流れていくのだった。

●〜荷車引き技能審査会〜
 朝早くから爽快感溢れる澄んだ空気と、適度に樹林帯と草原を渡ってきた風が涼しさを参加者達に与える会場では、『荷車引き技能審査会』の開催を告げる進行役の声が響いていた。
「大丈夫? 昨日も遅くまで試走していたみたいだけど」
「……問題ない。何時でも出動できる」
「あ、いや、出動じゃなくてね?」
 心配そうにアナボリックを見るナタクに、返す頑強な肉体の鎧に身を纏ったアナボリックだったが、直前までの試走で無理がたたっている様子だった。
「大丈夫じゃないと困るのだ」
 既に疲労困憊といった様子のクラウディア。
 根が真面目なことが災いしてか、アナボリック達の試走に伴う改良や、修繕に伴って変更された仕掛け、人員配置などを事細かに彼女が書き足していった為に、運営のマニュアルは膨大なものになりつつある。
「そろそろ、危険ポイントの周回だ。私は応急手当が出来るので、万一怪我人が出ても緊急処置は可能だ」
「……ん。私もコースに居るので。何かあったら、向かおう」
 カアラが言ったのを、彼女が誰か怪我人を見つけたらだと判断したクラウディアは頷いて歩き出す。
「……当たり屋。何処で行こうか?」
 参加者を悩ませてやることも、少し役得という表情でクラウディアは自分の作った配置図を頼りに、他の冒険者達と被らない様に位置を変えてある。彼女自身の選んだ場所は、役員達から一番危険だといわれた場所。を、少し過ぎた所だ。
「人間、危険が去って緊張が解けた瞬間が最も無防備なんだよ……」
 とは、クラウディアが漏らした言葉だが、冒険者達の誰もがその言葉の意味をよく知っているだけに、少し可哀想な気がしながらも、彼女の場所については誰も詮索しないということになっていた。
「カアラもコースに居ることだし、大丈夫でしょ。さて、それじゃそろそろ僕も行かなくちゃ」
 ナタクは轢かれ役に専念するということで、角を曲がったところの町人Aに抜擢されていた。
 役員曰く。
「あの身軽さは凄いですからね。当たる前に避けてくれると思いますし、もしも当たっても硬いって凄いですよね」
 だ、そうだ。
「ほっほっほっほ。さて、そろそろわしの出番じゃな」

『止まる』
『避ける』
『轢く』

 三枚のカードを地面に突き立て、ミットナゲットが立ちはだかる。
「さ、どれを選ぶ?」
「え? え? じゃ、止まるで」
 過半数の人間が止まるを選び、ミットナゲットの術中(?)に掛かっていく。
「ほっほっほ。年寄りは大切にするもんじゃぞい」
「はぁ」
 荷台の上に新たな荷物となって乗り込み、天気の話に近所の年頃の娘との懇談話や仲人斡旋、果ては冒険物語の講談と、ミットナゲットの荷物は時間を費やされるのだが確実に参加者達はゴールしていく。
「はい、走り終わった人はこちらへ!」
 ルシアに呼ばれて、発行前にある講義に呼ばれた者達の前でストライダーは胸を張って一礼する。
「今日はお疲れ様! このコースでは、早く走る事ではなく、安全に走る事を重要視します。途中、マキビシ等普段の場合、避けられない障害もあったかと思いますが、自分達は痛くても我慢できるかもしれないけれど、ノソリンは暴れだすかもしれませんよね」
 ルシアの言葉に頷きあう参加者達と、コースに出ていた本番中の参加者を見守る彫像のようなアナボリック、そして通行人ナタク。
「そういう物が落ちていれば、拾って道を安全に走れるようにする。何とかならなさそうな物は、例えば、通りすがりの武道家に壊してもらう……。まぁ、これは冗談としても、助け合いの精神で乗り越えられます」
 と、しゃれっ気を出して笑顔を見せるルシア。言葉と一緒に指差した自分とナタクだが、二人して頷きながら作って見せた腕の力こぶに、参加者達から笑い声が上がる。
「こんな風に……」
 微笑みながら説明し、教材の大岩を蹴り壊したルシアに感嘆の声が上がる。
「……あれ? これ、何でこんなところに像が?」
 コースのカーブを抜けて、減速した荷車を引いていた者にとって一番視線の辿り着く場所に、その男は在った。
 モゾリと、ブロンズ色の筋肉が蠢き、身間違えたかと目を擦った者の前で、確かにブロンズの筋肉が……。
「……。世の中、そう言う事もある」
 しゃべった。
「!! ひぃぃぃ!!!」
 顔面蒼白となり、ゼロから一気に加速して荷車が走り去る。
「ほっほっほっほっほ……」
 ときおり、ミットナゲット老の声が遠ざかっていく気がするのだが、問題ない。
「いけない……」
「え? よっと!」
 カアラの声に気が付いて、猛然と走ってくる荷車からひらりと避けるナタク。
 だが、荷車は急に止まらない。
 地面を蹴って木立につかまり、荷車の直上へ避難するナタクの足元で、何とか荷台が壁に激突する前に停止する。
「この行為は許されないぞ……」
 カアラがとっさに結びつけたロープが荷台の暴走を止め、額の汗を拭うカアラの上で……。
「カアラ、後ろ」
「ん?」
 ナタクの声に振り向いた瞬間に、次の荷車に吹っ飛ばされるカアラ。
「……存外、厄介なものだ」
「いや、無事なことが普通、凄いと思うけどね」
 ムクリと起き上がってくるカアラに苦笑するナタク。
「ところで、この荷台の上に落ちている物は……」
「……ポロロンの仕掛けだ」
 流石と言うか、悪戯ならばプーカの専売特許だといわんばかりに、『築山直角迷路』で上から降ってくる完熟トマトに梅干し、ゴーヤ、すいか、卵、ドリアンの中身、豆腐、完熟バナナ、こんにゃく、納豆と、中にはそのまま食べた猛者も居るといわれる障害の数々が時折荷台の上に残っている。
「時々、敷かれてたりしてねあははは」
「……」
 軽く笑うナタクだったが、カアラは笑わない。
「あは、あは? マジに?」
「……」
 無言で頷かれるナタクであった。

●戦い(?)終わって
「イタズラしてごめんね? すっごい楽しかった〜」
 轢かれたけど! と、加えたポロロンに苦笑する冒険者達。
「ボクは8段に成功したよ!」
「8段とは、何じゃろう?」
 ナタクが嬉しそうに言うのを、ミットナゲットが首を傾げる。
「えーとね。『グラスに注いだ水をこぼさないように規定時間内にコース一周』と、『絹ごし豆腐を崩さないように』の2つだよ。安全性と迅速性に注意して、余裕を持った荷車操作を心がけていたら成功だよ♪」
 ほうと、感心した様子の冒険者達の中で、アリスティアは薄く微笑んで仕掛けの成功に満足している。すると。
「えーあの『綱渡り』も? すっごーい!」
「ポロロン、さては……」
 握り締めたナタクの拳がボキリと音を鳴らす。
「良い経験ではあった……また機会があれば、試させてもらおう」
 小さく拳を握るカアラの横で、さめざめと泣いているのはルシア。
「私も受験しようと思ったのにっ……」
 講師役に目覚めたのか、すっと講談に立っていたルシアは参加しそびれていた。
「……ん」
 夕焼け空の下で、会場を寡黙に整理して立ち去るアナボリックの胸元には、参加終了の証明が下がっているのであった。

【END】


マスター:IGO 紹介ページ
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参加者:8人
作成日:2007/08/22
得票数:ほのぼの2  コメディ10 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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