<リプレイ>
●地に、足音を刻み 地に、足音を刻み。 心に、果ての地の記憶を刻み。 腕に、心と同じ鮮やかな業炎の印を刻む為に、スゥベルの靴底が砂を噛んでいく。 幾月ものあいだ風だけが通ったこの道に、今宵に限り冒険者達が足音を響かせる。一人また一人とバラバラに、誘い合うでもなく各々の足に任せるままに。 ふと見上げたルナの瞳に染み込んでいくのは月の光。 「私の名の由来。私もあんなふうに輝けるのでしょうか」 秋深く、夕の紅を通り越して黒に沈んだ夜の道。宵のヴェールを剥がそうとする月光から逃れるようにリレィシァもまた羽を揺らしていた。 彼女が聞いた所によると、この道の果てに荒涼と広がる墓地があると言う。 「その墓地を守るのは、あたしと同じ墓守」 慣れ親しんだ墓場の風に先導されてニフリスが呟けば──やがて、第一の墓が見えて来た。 「ここに眠るのが誰かはわからないけれど」 既に碑銘を風に奪われた墓石は、訪れたアクアーリオへ自身の名を刻めと誘うように、月光の底で身を横たえている。 「誰の為でもある墓なら、己の名を刻むのも良いのかな……」 名を語らぬ白髪の少年が戯れに碑銘をなぞって目を上げれば、先に広がるのは新たな主と成り得る者の訪れを歓迎する主無き墓の群れ。 ──この墓の下には誰も居やしない。それが分かっていながら、キュリアは紅月の瞳を細めずにはいられない。 「そう。誰もいない。一時、誰より思い続けたかの方も――その背中を追い続けたあの人も」 闇に吸い込まれるキュリアの背と呟き。やれやれとその姿に首を振ると、それを追うようにレンもまた闇の中へ歩を進めた。 「また、自分を苛めているんだね……全く、不器用なんだから──」
「しかしこんなにお墓があったんだね」 トロンが墓の入口から歩を進めるにつれて、石の骸は一つ増え二つ増え、寄り集まるように間隔を狭めていった。それこそ、触れればドミノのように倒れそうな程に。 「俺はあまりに沢山の命を──」 フード越しの視界に入る墓の数と、今まで自分が殺めた者の数はどちらが多いのか。死者の地を彷徨いながら、レーダは言葉を紡ぐ。 彼の置き忘れた言葉を継ぐように、そして、この墓の中に己が明日を奪った者の墓があるかのように、ヴァイスもまた鉄黒の瞳を細めた。 「沢山の命を奪ってきたよ。俺は弱いから……今でもその重みに迷う」 だから。迷うからこそ。と言葉のリレーの最後を飾るように、アーリスは歩き出した。 「殺めた命を忘れない為の、戒めとして印が欲しい。今日はその為にここへ来たのだから」
●死者に、思いを刻み 月の光と墓場の風は冷たく暗く、エーベルハルトが竜の力を振るう度に浮かぶ肌の紋様を曝け出そうとしているかのよう。 「ああ……逃げても逃げても追っかけて来やがる」 過去から手を伸ばしてくる暗い空気を打ち払って、彼は舌を打った。 この夜、月に誘われて。 気紛れに、されどこの地の哀しみに囚われることなく蒼の少女が墓を行く。クールが足を止めたのは、星が手の届くほど近くに見えたから。 目の痛くなるような星空を見上げ、チグユーノは冷え切ったウィーの手をそっと引いた。 「吾の手暖かいですか? ……地獄に行けば、また空の無い日々を送られるのですね」 二人を見る者がいれば、森で迷う童話の兄妹を連想しただろうか。星空の下で眠る死者を眺め、ウィーは届かない誰かへと一人呟いた。 ──もしボクが眠る場所があるなら、それはこんな星空の底じゃない。ねぇ、『 』。
誰にも届かない言葉が、風に連れ去られて枯葉を払っていく。 「おねえちゃん発見なぁ〜ん♪」 墓守一人では間に合わないのだろう。墓に積もる落葉を払うユーリの視界に、古びた井戸に腰掛けた少年が飛び込んできた。 「おや、ミミュ君?」 「ココにはどんな人たちが暮らしてたのかなぁ〜ん?」 視線の先は死者の街。骸と共に死者の思い出が埋まる場所。自虐を込めたエスの言葉を借りるなら、死んだ人の気持ちなんか二の次で残された生者が慰めを求める場所。 だからなのか。この地の主……来客を出迎える墓守の女もまた、現実感の薄い佇まいを月に晒しながら、訪れた少女の話を聞いていた。 「……貴女は多くを望み過ぎる。人は何かを切捨てねば生きられない」 「ならば世界は……私が僅かな希望を持つ事すら許さないと?」 枯れたような低い墓守の言葉に、匿名希望の医術士は心を抑え込むようにぎゅっと……いや、すかすかと己の胸元を握り締めた。 ……何やら一見哲学的だが本人以外どうでも良さそうな会話を横目に、シスは静かに歩み出る。 「あなたがこの地の墓守ですか?」 耳にした通りの、黒い外套と寂寥たる雰囲気を纏ったドリアッド。 時に人を暖め、時に敵を燃やし尽くす──二つの顔を持つ炎を紋様にして、訪れた者に刻むと言う女性。 「ならば自分の炎がどの様なものか、この瞳から読み取って欲しい」 叶うなら、涙の代わりに炎が零れて手に灼き付くように。そんな灼印を望むアーケィの紅瞳を覗き込んで、墓守は振り返った。 「今宵に限って千客万来だな……」 億劫そうに見えても、歓迎していないわけではないのだろう。彼女は先導するように、住居というより寝ぐら、家と言うより廃屋に属する古びた家を指し示す。「どんな灼印をお願いしちゃおっかな〜」と、袖を捲るケールが足を踏み入れれば、そこは、およそ生活感が欠如した家だった。 「墓守さんはここで一人で居られるのですかなぁん?」 クレナが夜景から室内に目を移してみれば、そこは暖炉に火の一つも入っていないおばら屋。大した物など何も無い。 ……いや。一足先に訪れていたノリスが、刻まれた印が乾くまで上半身を曝け出してはいたが。 『エンジェルは初めて見たが……予想の外、筋肉質な種族だな』 筋肉質で気持ち悪いと言われる事を期待していたらしく、残念そうなノリス。初のエンジェルが彼だった事は、墓守にとって不幸か不幸かはともかく。 食べ物か顔料の素材かも判別し難い瓶詰めの杏や苺を見ながら、クロウは尾を振って懐を探り出した。 「テスリア殿、こんな事もあろうかと秋の味覚ご飯を用意したでござるなぁ〜ん♪」 「いいですね。墓守さんにも食べて貰いましょうか」 お腹も空きましたし、と相槌を打ったテスリアに意見を問う声が一つ。 「灼印ですが、私には何処が一番映えると思いますか?」 「僕としては普段は隠れる、ふくn──」 「ふく? ふくらはぎですか?」 そっと裾をはだけたアキュティリスから目を逸らし、「服の下が良い」と言おうとしていたテスリアは部屋の隅で素数を数え始める。彼の反応を知ってか知らずか、彼女は首を傾げた。 「違いましたか? では、ふ──太ももの方でしょうか?」
●身に、炎を刻み 雲に隠れがちな今宵の月のようにふらりと訪れる冒険者達と、その度に刻まれる、一つとして同じ物など無い焔の印。 背に灼印を刻んで貰っていたアトリが窓に視線を投げれば、一人、墓を歩くジンの姿が見える。左耳のピアスを撫でながら立ち止まった武道家の唇を読む事が出来るのならば、『師匠……』と呟いたのがわかっただろうか。 反対側の窓からは、墓の半ばで佇むエッセンの姿。まるで名も無き墓に明日の自分を見出しているのか、瞳の色は無色に等しい。 「無名の墓か……空きはあっても予約なんざしたくねーけどな」 振袖にも似た八仙過海を羽織り直して出て行くアトリと入れ替わったのは、銀のエルフ。 冷え切った肌の上を筆が走るのを感じながら、ヒヅキは視線を落とした。これまでも、そしてこれからも命を奪い殺すであろう腕を戒めるように、描かれる紫紺の茨が彼女の手を絡めとっていく。 冷たい冬の息吹が天然の顔料を乾かすまでしばし。たくし上げていた髪をふわりと下ろしながら、ソフィアは肌の上で寄り添う三日月と蝶の印を指でなぞった。 「この印のようにいつまでも一緒に。例えこの身に何が起きようと……」 己の強さを形にする者がいる。決意を示すような印を刻む者達がいる。その心の有り様が羨ましい……と、イクセルは自分にだけ届く声を紡いだ。 友は、前へ進む自分の事を格好いいと言う。だがその実、自分の強さを一番信じられないのはイクセル自身に他ならない。 「だから戒めの……印を」
墓守の許を訪れる理由は人それぞれ。 何故灼印が欲しいかと問われれば、サミィはこう答えるだろう。「臆病だから、心の牙が欲しい、んです」と。 闘う獣の強さが欲しい、と墓守の前に立ったサミィが望んだ紋様。それは狼の牙のような戦化粧だった。 「狼と言うのは、あれで中々義理堅い獣……」 後ろに佇むローに囁くように、墓守は唇を動かす。彼女の瞳にどんな己が映っているのか見定めながら、黒衣の青年は口を開いた。 「墓守殿が私を見て狼を見出したのなら、その印をお願い致したい」 刻まれる印は、植物を元にした色もあれば、土顔料もある。中でも一番多い色は……赤だろうか。 真紅と淡紅はオレの好きな女に似合う色なんだ。と紅の色を掬い取りながら、ウィズは墓守に告げた。 「護って、護られて、護りぬくような相手、貴女にもいるか? いねぇならオレと……」 「恋人の話をしながら他の女を口説くとは、全くセイレーンという輩は節操が無い」 くくく、と可笑しそうに笑いながら、墓守はウィズの手を取った。 「ならば色気の無い墓の森で戯れの逢瀬と行こうか……」
●石に、思い出を刻み 訪れた客の足も休み始める夜半。 「このお墓ひとつひとつに色んな人の人生が詰まっている感じがするなぁんね……」 月の下に出てみれば、先程より少し月が天頂に向かっただろうか。霜月の風がチハヤの供えた菊の花を揺らしていた。 「名も無き……墓石の、森……」 ほぅっと小さく吐息を零すリオルーナの歌声と海燕の石を握った小さな手を取りながら、ハーツェニールは瞳を閉じる。 獣を石に刻んだ『聖石』を持つ騎士の都ルクサージュ。この墓場は、かの都から僅か一時間の位置にあると言う。 「俺の持つ石の騎士もここに眠ってるんだろうか」 その声が耳に届いたのか、センテンスは少し眉を上げた。 「……前はニライに連れて来られたんだったか」 「少しはお父さんの息子として立派に、はーどぼいるどになったかなぁ〜ん?」と首を傾げるニライの身長もいつしか随分と伸びた。このままならいつかは自分を追い越すのだろうか、と眩しげにニライへと瞳を細め、センテンスは姿を見せた墓守に指で示す。 「あいつの持ってる鯨の石を参考に印を作って欲しいんだが」 最初、墓守は反応を見せなかった。 墓の街を抜けて来たリカルが声を掛けるべきか迷う程の言葉の凪を経て、紡いだ言葉は思いを馳せるような響き。 「……ルクサージュ騎士団の聖石か。珍しい──いや、懐かしい物を見た」 「知っているのか?」 あの都には、結構前にお宝探しに訪れたきりだが……記憶を手繰りながら瞳に疑問符を浮かべたリカルの問いに、墓守は静かに頷いた。 「石に獣の意匠が彫られた物が聖石ならば、彫った人間が居なかったはずもあるまい」 「それが貴女だと? ……貴女がこの地で、弔われた者と共に墓守を続ける事と関係が……?」 鎮魂のオカリナから唇を離したソラの問いに墓守は首を振る。 「私ではない。私の先祖が彫った……と母から聞かされた。事実かどうかは知らないが」 この地で墓守を続けるのは、ここしか知らないが故。フードで表情を消しながら告げた彼女に、手を上げたのはクーカだった。 「聖石なら僕も手に入れたのです……その、墓を暴いて」 でも、子供の物と思われる石を興味本位で奪った僕は、凄く酷い事をし──と、拳を握り締めて己の行為を悔いているかのようなクーカの言葉がふと、止まった。 「?」 その理由は一つ。果たして誰の悪戯か事故か、直線一列ずらずらと目の前の墓が一斉に倒れている姿を目にしたから。 「──これに比べたら可愛い物だ、と私は思ってしまうが」
●そして、願いを刻む 「ここは、静か……」 群青の印が刻まれた手を月に透かすエルクの視線を受けながら、月は空の頂点に君臨するのを諦めて去っていく。 「本当に……眠るにはいい場所です」 生者も……そして死者にとっても。 ぼんやりと死者の街を行くタケルの額で、久方振りに風に晒された額の緑石が風を受けて羽ばたく翼のような刻印を月に見せていた。 日付の変わった世界では、風すら囁きを止めて無音。その世界を、ただ大樹の枝に腰掛けたイリスの澄んだ声だけが雪のように降り積もっている。 「……る、らら……るるる、ら……」 イリスの歌が途切れ途切れに聞こえる墓地の中。隣に座ってもいいかねと腰を下ろし、ネロは蒼天古酒を傍らの墓に置いた。 「椿髪の美人と飲む酒も捨て難いが……歌を聴きながら死者と飲む酒も悪くないってね」 歩みを止めた死者の街。辛うじて残る碑銘の全てが過去の名。 だからモニカが縫うように歩いていくのもまた、墓自体ではなく過去の記憶なのだろう。別の道を辿った自分と別れを惜しむように立ち止まると、彼女は瞳を閉じた。 「安穏と生きる道もあった。けど俺は戦いながらどうにか生きてるよ……父さん」
やがて、一人二人と冒険者達が、過去だけが滞留する墓場へと背を向けて再び歩き出す。 「思い出は少しずつ薄れていく。この傷と同じように」 ──小さな傷も死に至る傷も体から消え失せて、傷痕はただ記憶の中。 「だから、目に見える痕が欲しかったのかな」 ラティメリアの腕を縛る歪んだ蒼の波模様は、同じ水の髪を持つ妹の真っ直ぐな蒼い波印とは似て非なる物。 「……姉さん?」 躊躇うように口を開いた妹の左肩口。そこに刻まれた鮮やかな波に飲み込まれれば、己に刻まれた歪んだ波はどう変わるのか。そんな取り留めのない事をラティメリアは冬の風に思う。 ──夜が明けた。 月の魔力は消え去って、陽の下で見ればこの墓場とて何の変哲もない石の群れ。 幾年月も飽きずにその光景を眺め続けた墓守はふと息を吐いて、死者を導く鴉のように墓石の森に佇むシャスタに気付いた。 「……まだ客が残っていたとは」 「一つずつ墓を回って、手を合わせたいと思いまして」 ……意味もキリもありませんが、と笑って、最後の冒険者がこの地に背を向けるのを見て、陽光の下で墓守の娘はフードを下ろした。 冒険者達の刻んだ足音が、まだ耳に残っている。 彼らはこの地の記憶を、心の端にでも刻んでくれたのだろうか。 冒険者の身に焔の印を刻んだ手が、風に震えている。 「産まれてこの方、望みを聞くことはあれど……何かを望むことなど無かったが」 願わくば……この墓に彼らの名が刻まれぬよう。

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参加者:52人
作成日:2007/11/23
得票数:ミステリ25
ダーク3
ほのぼの7
えっち4
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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