≪勇猛の聖域キシュディム≫唯一の死



<オープニング>


 中庭には、午前の涼しいうちに木陰で学業を済ませてしまおうという子らの姿がある。彼は伸び伸びと暮らしているのだろう、一様にして幸せそうに見えた。
 一階には、甲斐甲斐しく業務に勤しむ商会の人間たちの顔がある。怒号などは聞かれない、だが、活気に満ちあふれた職場であるようだ。
 マテウスは、子らの寝室のある二階に私室を有している。おそらく、残り少なくなったであろうバルマン派のリザードマン冒険者たちのうち幾人かが、リザードマン軍のかつての将を護衛するために派遣されているはずである。
 
 キシュディム護衛士たちは、マテウスを殺さねばならない。そして、それは唯一の死であることが好ましい。
 マテウスを護る元リザードマン護衛士たちには、沈黙を強いねばならない。その生死は問われないが、亡骸を残しては厄介なことにもなりかねない。
 マテウスは、二重、三重の守りを構築していると考えられる。第一には商会の本部が置かれた館という建築物である。第二には、リザードマン護衛士たちである。そして、第三には共に暮らす子供たちという障壁である。もし仮に、マテウスが非業の死を遂げることになり、それがアイザック王の意志によるものであることが子らに知れたなら、憎しみの連鎖は永劫、この国を苦しめることにもなりかねない。
 
 マテウスは死ななければならないが、その死は彼の秘められた意志を伝えるものとなってはならない。彼の死が隠されることがあってはならないし、それが例え突然であっても、不自然であってはならないのである。
 彼という後ろ盾を失えば、バルマンから戦いを継続させる力は失われるだろう。そうなれば、最後の仕掛けに相応しい舞台が、八月の王都に用意されているのである。危機とすべきか、好機とみるか、それは護衛士たち次第であろう。
 
 この命は、非情だが避けられぬものとして、団長より護衛士たちに伝えられたのだった。

マスターからのコメントを見る

参加者
暁の幻影・ネフェル(a09342)
在天願作比翼鳥・キオウ(a25378)
博士・ユル(a32671)
剛健たる盾の武・リョウ(a36306)
蒼鴉旋帝・ソロ(a40367)
空游・ユーティス(a46504)
若緑樹へ寄り添う紫眼竜・シェルディン(a49340)
孤独を映す鏡・シルク(a50758)
NPC:黒水王・アイザック(a90110)



<リプレイ>

 窓辺には二重に帳がひかれており、室内には喘ぐような熱気と重苦しい抑圧感とが満ちて、喉が酷く渇き、何度も何度も木の器を空にせねばならなかった。それでも、暁の幻影・ネフェル(a09342)は火を灯したいと欲している。獣脂蝋燭の並べられた燭台に、己の燻る心に――夜の訪れを待っていた。
(「納得できない点はあるかもしれない、でもやらなきゃいけない。それが、キシュディム護衛士としての勤め……」)
 奇妙な形に折れ曲がった指先が、自らまとう白衣の襟へと伸ばされる。博士・ユル(a32671)は上着を脱ぐと、それを深々と頭をさげる執事のような格好に折りたたみ、少し不思議なものでも見るかのような表情となった。
「私も……白衣を脱ぐのか……」
 そう呟くと、ユルは他の仲間たちと手早く準備にとりかかった。種族が特定されぬように衣服を着替え、また、リザードマンの特徴である長い顔がその裏側に秘められているかに見える、細長い仮面をかむった。
 マテウスには表と裏の顔がある。その思惑は表裏一体となっているやに思えるが、それを知る者はこの国に少ない。キシュディム護衛士たちは、高名なる商人という表の顔をしたマテウスが、皮肉にも旧体制派によって討たれるという物語を編みだした。バルマンらとは異なる、稚拙で性急な者たちを生みだしたのだ。
(「マテウス氏か、かなりの人格者のようだ。俺も氏に触れてみたかったな……。しかし、陛下とベベウの言葉を信じ、護衛士として戦わねばな……」)
 はらりと額に落ちてきた前髪を、頭頂に向けて撫でつけると、剛健たる盾の武・リョウ(a36306)は、白塗りの仮面の息苦しさに耐えた――否、我が心の狂おしさに気がついた。
 緋色の鱗をしたその娘は、仲間から武具を預かると、それを胸元にたくしこんだ。彼女は壁に置かれた椅子に半身になって腰かけると、形の良い足を組み、長靴の紐を結びなおし始めた。一握の良識・シェルディン(a49340)は、とうに仮面をかむっている。その表情は隠され、その願いもまた、けっして口にはされない――。
 二枚の帳を通して聞こえてくる声は、窓の下の路地を急ぐ女たちのものだった。晩餐までに時間がないせいか急いているが、仮初めの自由を得て愉しむふうでもある。
(「陛下の親友であったお方……」)
 伸ばした背を西側の暖かさを帯びた壁面に預けるようにして、孤独を映す鏡・シルク(a50758)は、そう心の裡で呟いた。そのすぐりの実のように澄んだ光を湛える明眸は、黒水王の鱗から何かを読み取ろうとしているのだが、伝えられる事柄は少なかった。ただ、王は堂々とした――不遜ともいえる――態度で長椅子を占領し、くつろいだ様子で頬杖をついている。キシュディム護衛士たちにしか見せられない姿形をとっているようだった。
 無言の時が静かに流れ去った。密なる闇が、護衛士たちの体躯にも心にも絡みつくようにして訪れた――。
「アイザック王……行ってまいります」
 難攻不落の渇き・キオウ(a25378)が告げると、黒水王は身を正そうとしたが、すぐに止めた。長椅子の下に横たわらせていた大剣へと手を伸ばし、その鞘から冷たい響きを起こさせながら、切っ先を天へと突きつけてみせただけだった。それに、口元は縦に裂けて笑ってもいた――。まばたきをし、白塗りの仮面で自らの顔容を封じ、秘密の部屋から踏みだす瞬間――キオウは、かつての自分が、暗兵だったころの自分がやってくる感覚に苛まれていた。
「お兄様――陛下。あなたの友人であり裏切り者である男に、お言葉を賜りたく。友としての言葉でも、王としての言葉でも、伝えることで最期の餞とすることがでればと。そして、彼との戦いの際、あなたの心もともにあるように……」
 言葉が済むと、彼はそのほっそりとした身体を折り曲げてゆき、恭しい辞儀とした。自身の爪先を見つめる皓闇・ユーティス(a46504)の頭上から、黒水王のひび割れたような声が聞こえてきた。
 
 リョウは奇襲ならぬ奇襲を開始すべく、仮面の裏側から高らかにのたまった。
「我はリザードマンのための国を再興する礎とならん!」
 灯りに照らされた男は、リザードマンらしい口元を酷薄な形に引き延ばしていた。鱗の唇からは尖った牙がのぞいている。その様子は落ち着きはらったものだった。明らかに狂戦士が扱うものとわかる大剣を背から引き抜くと、低く押し殺したような笑いをあげた。
 リザードマン冒険者が見せる態度に不可解さを感じながらも、ユルは鱗を思わせる意匠の篭手で空を掴み取り、目前の空間に光の紋章を記述した。次いで、用意していた言葉を口にする。
「愚かにも現体制に諂う商人マテウス、亡き者にして我らが誉れとする」
 紋章から放たれた弧状の輝きが、邸宅の正面に広がる庭園へと、まるで雨のように降り注ぐ――と、家屋の左右から新たなふたつの影が現れたことに術士は気づいた。敵方の冒険者は三名であるらしい。
 円形の盾を構えるリョウへ、武人らしき娘の斬撃が叩きこまれる。リョウは、剛健たる太刀『梅幸』を鮮やかに振りぬいて、その切っ先に娘の鼻をかすめさせた。敵は静かに激高したようだった。武闘家が放ってきた光の線を引く蹴りを、ネフェルは鉄甲の嵌められた片腕で受けとめた。その圧力のあまり通りの石畳に転げたふうを彼は装った。館から誘いだし、マテウスの身近から引きはがさねばならない。狂戦士により放たれた苛烈な斬撃を受けとめた後、シェルディンは『いくつかの選択』の意を与えられた槍で空を薙いだ。同族の鱗を切り裂きはしない。敵に、優位に立っているという高揚を与えるために、わざと外している。その時だった。シェルディンの胸元にしまわれていた対の手套が消失に、彼女に暖かさだけを残した――。
 キシュディム護衛士たちが犯した過ちは多い。戦いの息吹を感じとるや否やその身を展開させる召喚獣たちの存在があったし、館の敷地内ではいざ知らず、街中で冒険者の力を発現させながら戦うということは、多くの人々の目に触れるところとなったのである。秘せられるべき戦いが、その戦場を無為に広げることにより、衆人の知るところとなっていた。当初の名乗りにしても奇妙な言葉として聞こえただろう。バルマン派の、おそらくはマテウスが敷いたであろう情報網に、現体制に抗うまとまった数の冒険者があるという情報がかからぬはずがない。
 ただ彼らは助けられていたのである。三名のリザードマン冒険者が、迷うことなく追撃を続行してきたという事実に――。
 武闘家の放った鉄をも切り裂く蹴りが、シルクの左肩を切り裂いた。傾いてしまった面を庇うあまりに生じた隙のせいである。指先へと練りあげた気を、たゆたいながら宙に拡散し、標的を絡めとる糸の束へと変えたのはネフェルだった。リザードマン冒険者たちは、腕や足を絡めとられて身動きができなくなっている。そこへ、リョウが太刀を石畳に打ちつける所作から、闘気の粉塵を舞いあがらせる力を展開した。
 あたりに舞いあがった煙幕が消えた頃には、五名の襲撃者たちの姿は煙のごとく失せていた――。
(「……氏を赦したいと思ってしまったのは、氏のためではありません。例えどんなに貢献しようとも、犯した罪は消えることなく、逃したとしてもいつかは果てる身……。それでも赦したいと願ったのは、孤児たちのため……あの子たちを傷つけたくないと願ってしまったため……奇跡を願うのは愚かでしょうが……」)
 石畳の続く坂を駆けのぼりながら、シェルディンは思いつめた眼差しのまま、次は胸裡に想いを連ねるのではなく唇を震わせて言葉を紡いだ。
「……どうか最良の結末を」
 
 邸宅の側面を、武人らしき身形をしたリザードマン娘が駆けてゆく。奇妙なことに、彼女は笑っていたようだった。庭園をめぐる護衛が姿を消したと同時に、ユーティスたちはマテウス邸への侵入を開始した。経路は先の機会に確かめられている。それでも、キオウは罠が仕掛けられている可能性に留意し、慎重な突破を試みて、それを成功させた。
 廊下をひとりの猫ストライダーらしき少年が歩いている。階下に消えた彼は、しばらくして水の注がれた木の器を大事そうに両手で抱える姿で戻ってきた。廊下の影からその姿を見遣っていたキオウは、掌を返す仕草でユーティスに合図を送った。少年がゆっくりと扉を閉めようとした瞬間、ユーティスは薄く開かれた扉の隙間に向けて、息吹を吹きこむように、子守歌の静かな調べを飛びこませた。器を持ったまま倒れかかった少年のことは、腕を伸ばして支えてやり、そのまま抱きかかえて空いた寝台へと横たわらせてやった。
(「この先、彼を生かして多くの血を注ぎ出すか、それとも、彼の血を注ぎ出して多くを生かすか――答えは決まってる。言葉を交わした時間はわずかだった……その面影には懐かしい気がしたけれど」)
 彼の手には、甲に黒い鳥の姿が刺繍された手套が、嵌められぬまま重ねられた状態で収められている。蒼鴉旋帝・ソロ(a40367)は、これまで幾度となく歩いた廊下を静かに進みながら、マテウスの居室の正面へと向かっていた。半身となった彼の傍らへ、キオウが尾を床に擦らぬように注意しながら歩み寄り、扉に備えられた錠前をのぞきこんだ――が、その時だった。部屋の内側から声がした。
「お入りなさい。人払いは済ませました。私ひとりだけです。それに……私が死ななければならないこともわかっています」
 扉を開いたのはソロだった。彼は、鳥の嘴を思わせる『望夜の面』で秘していた顔容を露わとし、傀儡の使い手に親しみのこめられた挨拶を送った。
「あなたは夢があるとおっしゃっていた……その夢とは?」
 逸らさぬ視線でマテウスを捉えながら、ソロが尋ねる。答えはすぐに返ってきた。
「リザードマン領の平和と繁栄。繁栄は二の次でいい。今の世に生きた人間が、後世に語り継ぐことのできるような平和が欲しい」
 次いでソロが質問を投じる。
「なぜ、バルマンの後ろ盾となったのです? 昔は反りが合わなかったのに、なぜ、今はその彼と運命をともにするのです?
 マテウスは、少し困ったような表情となった。
「今も嫌いですよ。私はバルマンのような男、心の底から嫌悪しています」
 深い息――相手には気取られぬように――で気持ちを整え、ソロは問うた。
「子供たちを慈しみ深く育てる貴方、旧体制派の後ろ盾として暗躍する貴方――どちらが本当の貴方なのです?」
 声をあげて笑った商人は、慌てて口元を覆い、赤い酒の注がれたグラスを煽った後、居ずまいを正して体面を整えた。マテウスは、ソロとキオウとユーティスの顔を順に見遣り、静かな抑揚の言葉で言った。
「両義性とでも申しあげておきましょうか。あなた方の判断に委ねたいと思います」
 立ちあがったキオウは、マテウスに冷たい口調で尋ねた。
「王に伝えたいことはあるか?」
 傀儡の使い手は何事かを言いかけたが、首を横に振った。彼は口を開いたが、それは黒水王への伝言ではなく、自らの死に関する危惧であった。
「私の死についての手立ては? 旧体制派が殺したことになさると……それではいけません。自然な死に見立てなければ。子らが悲しみはしても、受け入れることのできる死でなければいけません。あの子たちが誰かを恨んで一生を台無しにすることはあってはいけません。それに、バルマンを欺きたいのなら……。私はすでに伝えてあるのです。臓腑の具合が芳しくない、と」
 マテウスは口を開き、口蓋の上側を指差した。
「ここを貫きなさい暗兵さん。私には迅速な死が訪れ、子らは喀血して死んだと思うでしょう。遺書は商会に預けてありますし、指示も残してありますから、問題は何もありません」
 キオウの指に気が収斂する――指先は震えてはいない。
 マテウスが死ぬ直前に、ユーティスは黒水王から伝えられた言葉を、丁寧な発音で口にしていた。
「後は、任せろ。安心して、死ね」
 
 暗い部屋からは、すでにあの二重の帳は払われており、月明かりがほんのりと射しこみ、夜気を含んだ心地よい風が吹きこんでもいる。
 長椅子から立ちあがった王を前にかしずいて、ソロは報告を行った。可能な限りすべて、あの男が話した言葉を再現した後、彼は肩に王の掌の重みを感じながら、絞りだすような声で言った。
「陛下、何としても旧体制派を止めなければ 注いだ彼の血を無駄にせぬように……」
 あの男は、穏やかに死のうと試みていたようだった。ユーティスは、机に伏した男の、涙の浮かんだ眼差しが、壁に飾られていた一枚の絵画に向かっていたことを思いだした。ヒトの青年は心の裡で呟いた。
(「立場の違いこそあれ、この国を想う心は一緒のはずなのにね。お互いが納得いくまで話し合って分かりあえればよかった。とても残念だよ――」)
 ユルは、仲間の口から聞かされたマテウスの策に驚かされていた。だが、これで、バルマンらは動きを激しくさせざるを得なくなる。戦いを継続させる力を、マテウスという後ろ盾が崩れ去ったのだから――。彼は思うのだった。バルマンを追いつめたのは、我らキシュディム護衛士であるのか、それとも、マテウスであったのか、と。
「酷い顔だな」
 突然に王からそんな言葉をかけられて、シルクは珍しいことに狼狽を見せた。といっても、その白くて優美な線を示す尾が張りつめた様子を見せただけのことである。少年は、したり顔で瞳を閉じ、立てた人差し指を頬のあたりで揺らめかせながら、自分がいかに愛らしい存在であるかについての発言を行った。生意気とアイザックは笑ってくれたし、それがシルクには嬉しかった。
(「互いに信頼しているからこそ、交えられない友情故の結末だったのかもしれん――」)
 リョウにはそう思えて仕方がなかったのだった。マテウスという男の真意が、真の目的がどこにあったのか。王への裏切りが、リザードマン王国の平和を願ってのことであったのだとしたら――。
「もし、子供たちに後見人が必要でしたら……私がなってもよろしいでしょうか……。偽善と同じでしょうけど、せめて……」
 思いつめたシェルディンに対し、アイザックは冷たく不可能であると言い放った。だが、途端に相好を崩して、こうも付け加えたのだった。
「数年後になれば事態も変わっているだろうからな、それまで待ってろ。今は商会の連中に任せろ。奴のことだからな、ぬかりはないはずだ。影ながらというだけにしておけ。いいな?」
 深々と頭をさげたシェルディンの横顔を、ネフェルは忘れられそうになかった。傷ついたのは何も命を失った者ばかりではない。命を奪う側も傷つかねばならないのだし、そうでなければいけない――。彼は、王とキシュディム護衛士たちに伝えた。
「……次で最後にしましょう。もう、不幸になる人を作らないためにも……」


マスター:水原曜 紹介ページ
この作品に投票する(ログインが必要です)
冒険活劇 戦闘 ミステリー 恋愛
ダーク ほのぼの コメディ えっち
わからない
参加者:8人
作成日:2007/08/09
得票数:冒険活劇2  戦闘3  ミステリ4  ダーク13 
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
   あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
 マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。