ドラゴン襲撃:凍れる世界樹



<オープニング>


●ドラゴン襲撃
 希望のグリモアを襲う12体のドラゴンを前に、冒険者達は決して絶望する事無く迎え撃ち、新たな力『ドラゴンウォリアー』を得て、それを討ち果たした。
 それは、ドラゴンの力に飲まれる事無く、その力を使いこなした奇跡の瞬間であったのだ。

 この奇跡の影には、数多の犠牲があった。
 特に、ドラゴン界への潜入を行なった『ドラゴン特務部隊』は、その半数が帰還不能となっていたのだ。

 だが……だからこそ。
 邪悪な意志を持つドラゴンから、世界を護る為に、ドラゴンウォリアーの力を正しく使わなければならないのだろう。

 ドラゴン界とドラゴンロード、そして、その配下たる数多のドラゴンとドラグナー達は、未だ健在なのだから。

※※※

「みんな、聞いて。ドラゴン達の、次の目的が判ったの」
 そう切り出したのはヒトの霊査士・リゼル(a90007)であった。
 どうやら、ドラゴン界から戻って来た『ドラゴン特務部隊』が持ち帰った様々な情報などもあり、ドラゴン達の次の目的が判ったらしい。

「彼らは、インフィニティゲート以外の、ランドアース大陸のドラゴンズゲートを目指しているようよ」
 竜脈坑道、ルシール=クァル神殿、太陽の石棺、ヴォルカノン洞窟、バランの大渦、毒蛇城、黄金霊廟、精霊の社、ディアスポラの神槍、ピュアリィフォール、死者の祭壇、ドゥーリルの灯台、エギュレ神殿図書館……。
 ランドアース大陸のドラゴンズゲートが、数多のドラゴンに狙われているというのだ。

「どうやら、ドラゴン達はドラゴンズゲートを利用して、更なる力を得ようとしているようね。同盟諸国の冒険者が、ドラゴンウォリアーの力を手に入れたといっても、大陸全土に広がるドラゴンズゲートを防衛することなんて、できはしない。そう思ってるのじゃないかしら?」
 リゼルは、ここまで言うと少し言葉を切り……。
 軽くウィンクして、こう続けた。
「インフィニティゲートの転移については、ドラゴンロードも知らなかったみたいね」
 と。

 インフィニティゲートからの転移によって、ドラゴンズゲートで待ち構え、やって来るドラゴンを迎え撃ち撃破する……。

「ドラゴンウォリアーの力、邪悪なドラゴン達に見せつけてあげましょう!」
 リゼルはそう言うと、冒険者達に、親指をぐいっと立てて見せたのだった。

●凍れる世界樹
 蒼銀の虹を帯びた皮膜の翼がばさりと風を打ち、冷たい銀の輝きを帯びた蒼の鱗に包まれた巨躯が空へと舞い上がる。遥かなる天上を優美に旋回するその姿は荘厳さすら感じさせたが、くりくりと良く動いて世界を見渡すつぶらな漆黒の瞳は何処か幼さを漂わせていた。
 空は青く透きとおり、薄らと菫の色が重ねられている。西へと瞳を向ければ鮮やかな茜と薔薇の色が空へと溶け込んでいて、蒼銀のドラゴンはわぁと純粋な感嘆の声を上げた。
 夕暮れの空は鮮やかな花を流したようで、眩い橙に蕩けた楕円の夕陽は作りたての飴のよう。
 きらきら輝くあの飴を冷たく冷やして食べることができたらなら、どんなに楽しいことだろう。
 そう。夏のランドアースがこんなに暑いなんてこと忘れてたから、たくさん冷たくして楽しまなきゃ。
 楽しい予感に漆黒の瞳を輝かせ、蒼銀のドラゴンは西を目指して羽ばたいた。
 途中で高く聳える山脈を見つけ、山頂すれすれまで降下し力強い羽ばたきで風を起こしてみる。頂を覆っていた万年雪が突発的な吹雪のように舞い上がり、朱金に輝く夕陽の光を映してきらきらと煌いた。――ああ、やっぱり冷たい雪や氷は、世界中の何よりも素敵だ。
 機嫌よく口笛を吹いてみれば、澄んだ音と共に氷のかけらが風に舞う。
 西の向こうにあるのは大きな切り株と森だと聞いた。
 冷たいブレスを吹きかけてやれば、きっとすぐに皆凍りつくだろう。
 凍りついた切り株に思い切り体当たりすれば、澄んだ音を立てて砕けるに違いない。森はきっと冬の霧氷がついた時のように蒼銀に煌いて、その上でころがってやればきっと硝子の鈴めいた音を響かせ崩れていく。その想像があんまり楽しかったから、ドラゴンは喉を震わせくすくすと笑った。
 この世界は何て楽しいんだろう。
 卑小な人間達に独占させておくのは勿体無い。いっそ人間も凍らせて遊べばいいんだ。
 あんなちっぽけなものひとつじゃ楽しくないから、たくさん、たくさん凍らせなきゃ。
 凍らせた人間をたくさん集めて踏んでみたいな。
 そうすれば、ちょっとくらい楽しい音が聴けるかも。

 期待に胸を膨らませ、蒼銀のドラゴン――『蒼氷の戯れアイルメイル』は西へ向けて空を翔ける。
 目指す場所は大陸の西の彼方、森の中に鎮座する巨大な切り株、千年世界樹だ。

 薄らと水色がかったグラスに冷たい珈琲を注ぎ、ふわりと芳香広がる蒸留酒を一滴垂らす。
 深い琥珀に澄んだ珈琲の上にきめ細かく泡立てたミルクを乗せるのがここ最近の好みだったが、藍深き霊査士・テフィン(a90155)はすんでのところで気を変えた。
 泡立てたミルクが、何だか雪のように思えたのだ。
 代わりに普通のミルクを注いで貰って、霊査士はカウンターの席を立つ。
「西へ……千年世界樹へ赴いて下さる方、いらっしゃいますでしょうか?」
 騒然とする酒場を見回して、己の担当する依頼を請けてくれる冒険者を募った。
「皆様もとうにお聞き及びのことと思いますけれど……西方ドリアッド領の森の奥深くに、今まで存在を知られていなかったドラゴンズゲートが発見されましたの。巨大な切り株の外観を持つそのドラゴンズゲートの名が、千年世界樹。ここに向かっている蒼銀色のドラゴン退治を、皆様にお願い致します」
 蒼銀の色をしたドラゴンの名は、『蒼氷の戯れアイルメイル』。
 凄まじい吹雪のブレスで全てを凍りつかせることを好むドラゴンだと霊査士は説明した。
「千年世界樹の切り株や周囲の森を凍らせるのを、とても、とても楽しみにしているよう……。けれど、そんなこと楽しませてやることはありませんの。かのドラゴンは此方が待ち伏せしているとも知らず、暢気にやって来ますから……遭遇次第、即擬似ドラゴン界へ引き摺り込んでやって下さいまし」
 精神的に幼いところがあるらしいそのドラゴンは、すっかりと油断しきっているようだという。千年世界樹の傍の森に潜んでいれば簡単に先手を取ることができるだろうと霊査士は告げた。
「ドラゴンは凄まじい吹雪を吐き、皆様や森を凍らせようとして来ますの。けれど幾ら森を凍らせても、擬似ドラゴン界ならばそれは……ただの映像。ですから実際の森や千年世界樹に被害が出ることはありませんけれど……皆様には、大きな痛手と魔氷の効果を齎しますの。非常に広い範囲に届く攻撃ですから、充分にご注意下さいまし」
 吹雪の痛手と魔氷効果も相当な困り物ですけれど、問題は、その後。
 霊査士はそう続けて、相応しい言葉を探すかのように束の間視線を揺らした。
「このドラゴン……吹雪の他に、非常に強力な体当たり攻撃もするのですけれど……凍りついたままの敵には、少しばかり変わった攻撃をしますの。体当たりをして、その後……そう、何だか駄々っ子のように腕を振り回して殴りつけるような、感じ……?」
 魔氷状態の敵への体当たり攻撃のみ追撃効果が発生する、と考えて頂ければ……と霊査士は語る。つまり『凍らせたもので遊びたい』というわけだ。そういった辺りに精神的幼さが表れるのだろう。
 その『幼さ』につけいる隙はないだろうか。
「無論とても強力な敵ではあるのですけれど……勝機がないわけではありませんの」
 ランドアースはドラゴンの遊び場などではないのだと、きっちり教えて差し上げて下さいまし。
 霊査士は微笑みと共にそう締めくくって、冷たい珈琲のグラスに口を付けた。

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参加者
晴天陽光・メリーナ(a10320)
墓掘屋・オセ(a12670)
傾奇者・ボサツ(a15733)
清閑たる紅玉の獣・レーダ(a21626)
蒼翠弓・ハジ(a26881)
空言の紅・ヨル(a31238)
夢見る翼・リディア(a32842)
護る盾・ロディウム(a35987)
紺壁の超勇将・フェンリル(a42161)
白鈴・アルマディ(a52818)


<リプレイ>

●黄昏の森
 眠りゆく太陽はひときわ大きく輝いて、朱金を帯びた光で辺りを夕暮れの色に染め上げている。
 強く眩く、けれど何処か優しさと切なさをも滲ませる、黄昏の陽射し。
 夕陽は山の如き威容で大地に座す巨大な切り株を照らし、その周囲に艶やかな濃緑を茂らせる森の中へも鮮やかな陽射しを投げかけていた。
 風に梢がそよぎ、緑の天蓋の合間から強い陽射しが射し込める。不意に視界を灼かれたような心地になり、蒼翠弓・ハジ(a26881)は思わず瞳を細めた。幾度かの瞬きで視界を取り戻しても、ずっと憧れていたあの背中を追う事はもうできないのだと知っている。けれど、俯く気も敵を憎む気もなかった。
 信じてくれていると知っているから、その信頼に恥じる事は決してしない。
「……これが弔いの戦いだとは考えない」
 振り仰ぐ様にして毅然と東の空を見据えるハジを見遣り、清閑たる紅玉の獣・レーダ(a21626)は自身に確認するかの如く呟いた。きっと彼らも弔いなど望まない。けれど彼らが皆に託した力は彼らが貫いた心の証だと思うから、全身全霊をもってその心に応えようと唇を引き結んだ。
「……眩しいね」
 梢から零れる黄昏の木漏れ日は強く煌いたから、ぽつりと落とされた傾奇者・ボサツ(a15733)の言葉を不思議に思う者はいなかった。だが彼が眩しく感じたのは、哀しみを越えんと真直ぐに前を見つめるハジやレーダの姿だ。嫌な予感が当たった事を知った日から、己の心にはずっと凪が訪れぬまま。胸の裡では遣り切れなさが暗くさざめいているから、彼らの様に毅然と前を向く事が――今はまだ、できない。空には、蒼が重ねられているから。
「私の身体、一体どうなってしまったのかな……」
 魂の奥底に馴染みのない力が溢れる感触に、晴天陽光・メリーナ(a10320)は珊瑚の煌く楡の杖を不安気に握りしめる。その手に微かな震えを見て取った夢見る翼・リディア(a32842)が、杖を握る手にそっと己の手を重ねた。
「新たに手に入れたこの力で……ドラゴンを迎え撃って、世界を護りましょう」
 護る力なのだとリディアに言われれば、不安に曇っていた胸の裡に暖かな光が射した様な心地になる。ぎこちないながらもメリーナは笑みを見せ、絶対護ってみせると今度は決意を篭めて杖を握った。
 墓掘スコップを肩にもたせて頭上を仰ぎ、墓掘屋・オセ(a12670)が「氷の竜……か」と小さく呻く。
「こう、やたらと暑い時期には有り難くも思えるが……冷やし過ぎ、ってのも些か風情の無い話だ」
 さっさと退散願うとしようかね、と微かな笑みを口元に刷けば、護る盾・ロディウム(a35987)も吐息を洩らす様にして笑みを零した。最後の選択の日には無意識に使っていたこの力を、今日は己自身の意志で確かなる力として振るいたいと思う。
「ええ、がつんと竜退治といきましょう」
「この戦いは、アイルメイルにとって非常に高くつく事になるだろうな」
 軽く肩を竦めつつ、紺壁の超勇将・フェンリル(a42161)も口髭の下に笑みを浮かべた。幼い考えしか出来ぬ者に過ぎた力を与えても害でしかないのだがのぅと呟けば、白鈴・アルマディ(a52818)が「精神が幼くても油断はしない」と応じる。
 幼く邪悪なものほど、性質の悪いものは無いのだから。
 気を引き締めて頭上を仰いだアルマディの瞳に、梢の彼方の空に煌く蒼銀の色が映る。だが――
「ヤツが来た……けれど、もう近いっ!!」
 森の中、梢の天蓋の合間からから空を見遣っていた冒険者達は、かなり接近するまでドラゴンの姿に気付くことができなかった。遠眼鏡でも使っていれば幾らか違っていたのかも知れないが、最早事前準備をしている猶予はない。機先を制することが何よりも肝心なのだ。
 戦う意志が辺りを包みこみ、『蒼氷の戯れアイルメイル』を捕らえる檻として世界から切り離す。

 強大で美しい貴方に比べれば、私達はちっぽけで弱い存在なのかもしれない。
 けれど貴方達の誤算は――愛しい世界を守るためになら、私達は強くなれるってこと。

「おいで。そのことを、教えてあげるね」
 真紅に染めた瞳を細め優しい歌を紡ぐ様に囁けば、空言の紅・ヨル(a31238)の背に紅い蝶の羽が顕現した。展開された異界にも変わらず射し込める光に銀の紋様を煌かせ、吹き渡る風を羽が孕む。
 行く先は黄昏の空。冷たい息吹で世界を染めんとする、蒼銀のドラゴンのもと。

●凍れる世界樹
 緑なす森を覆う梢の天蓋を抜ければ、切り離された世界の中に不思議な色の空が広がっていた。
 薔薇と桔梗を重ねあわせたかの如き色。陽の終わりに僅かの間空を彩る、黄昏と夜の狭間の色だ。
 朱と金を溶かし込んだ陽光に蒼銀の鱗が冷たく煌く。漆黒の瞳が驚きに見開かれる。
「側面を狙うのは無理です!」
「なら……正面から!!」
 経験に裏打ちされた洞察力で状況を把握したハジが咄嗟に声を張り上げる。流れる風を踏みしめ深緑を棚引かせる大弓に番えた闇色の矢を鋭く放てば、陽射しをも貫く矢を追う様にしてレーダが風を蹴った。蒼銀輝く首元に突き立つ矢を目掛けて飛び込み、銀の刃を一閃する。間髪入れずに仲間の攻撃が叩き込まれる様に此方が先手を取った事を確信し、腿の辺りまで伸びた白い髪の下で微かに尾を震わせた。
 銀から黒へと流れる髪を靡かせアルマディが跳躍する。
 何時かまた巡り合う機会もあるだろうと思っていたひととはもう会えない。
 彼のひと達程の想いや力が自分にあるかは判らなかったが、彼らが為したことに応えるため全力を尽くさねば、と黒い剣の柄を強く握った。
「私達と遊ぼう……たっぷりとな!」
 湧き上がる破壊衝動を純然たる力に変えて、渾身の一撃を叩きつける。
 凄絶なまでの破壊力を乗せた水晶の刃が、蒼銀の鱗に覆われた眉間に深い傷を刻み込んだ。
 天穹に轟くアイルメイルの咆哮にびくりと身を竦め、メリーナは一対の純白の羽と化した耳を震わせる。心と心で通じ合えたら闘ったりしなくてすむのにとの哀しみが胸に滲んだが、それも侮蔑と怨嗟に満ちた声が大気を揺るがし響くまでのこと。

 ――ちっぽけな虫けらのくせに生意気な!

 黒い衝動に心を染め、自分達を至高の存在と定義する彼らと分かり合うことは――できない。
 なら護るために力を尽くすだけ、とメリーナは唇を噛みつつ仲間達のもとへ護りの天使を招来した。
 冒険者がドラゴンを頂点とした扇状の陣形を整えた刹那、アイルメイルが蒼銀の鱗をさざめかせる。溜息でもつく様な風情で開かれた口からは、猛る様な吹雪が轟と唸りを上げて吐き出された。
 世界を満たす柔らかな光に煌く雪を孕み、全てを凍てつかせる暴風が冒険者達に襲い掛かる。
 眼下に広がる森を一瞬にして凍らせ真白な雪を積もらせた吹雪が消えた瞬間、吹雪の届かぬ後方に位置取っていたハジは、ヨルの健在を一瞬で見て取り牽制のための一矢を放った。鼻先で痛烈に爆ぜた焔の矢にドラゴンが怯んだ隙に、ヨルが願いの力を乗せた癒しの歌を紡ぎ上げる。柔らかな光に包まれた戦場は既にリディアの支配下にあった。体の痛みと異常を拭い去る歌声と幸運を齎す領域の効果を受け、冒険者達は身を覆った魔の氷を次々と振り払っていく。
 だが、挑発に使おうと召喚した土塊の下僕を今の吹雪で粉微塵にされたことに気付き、ボサツが僅かに眉を寄せた。術を使った後に一瞬の間が生じるのは如何にもし難いと嘆息し意識を切り替える。改めて眼前の敵を見据えれば、瞬く間に敵へ迫ったオセが鋭利さを増したスコップをドラゴンの横面に叩きつけていた。
「横から失礼、坊主。……とは言っても、そっちの方が年上かね?」
 黄昏の陽射しを映し金に煌く長い髪、そして壮麗な金のラインを引いた黒のコートが翻る。鋭く輝く軌跡と鮮やかな薔薇を蒼銀の鱗へ幾度も見舞いぼそりと呟けば、巨大な漆黒の瞳がぎろりとオセを睨めつけた。だがその途端、今度は逆の頬にフェンリルの斧が叩き込まれる。

 ――お前ら、許さない!

 アイルメイルの大音声が轟けば、瞬時に彼我の距離を詰めたロディウムが紅に透きとおった剣を振るい、嘲りを含ませた声を上げる。燃え立つように輝く赤き髪と額の宝石が嘲笑う様に煌いた。
「図体ばかりが大きくて、中身は子供か……」
 びり、と大気が震え、あからさまな殺気が噴出する。
 巨大な翼でばさりと風を打ち僅かに後退したアイルメイルの口から、先程より威力をを増したかに思える吹雪が迸った。だがその分精度は甘くなったらしい。力強く刃を構えていたアルマディが、鍛え上げた身体能力でもって此方を押し潰さんばかりの吹雪を斬撃として跳ね返す。対して無防備な構えでは無理かとボサツは思ったが、身の内に還ったダークネスクロークの力が防御を後押しした。蒼を翻す召喚獣の力は確かに己の内で息づいている。自身とアルマディが反射した衝撃波がドラゴンを打ち据える様を見下ろすかの如く、ボサツは大きく跳躍した。
「ブレスのキレが悪いんじゃないの!?」
 快哉の如く叫び、蛮刀に収束させた強大な気を撃ち下ろす。蒼銀の頭上に衝撃が炸裂した瞬間には、オセとレーダが左右から襲い掛かっていた。無造作な仕草から鋭い剣閃を放てば、その勢いと風に長い髪が煽られる。慣れぬ長さの髪を持て余し、レーダは白い眉間に皺を寄せた。
「……どうでも良いが。……髪、邪魔」

 ――どうでも良い、だって……!?

 至近距離で呟かれたレーダの言葉を己へ向けられた物と思い込み、アイルメイルは更なる怒りを滾らせる。先手を取り敵から状況を把握する余裕を奪った冒険者達にとって、このドラゴンから冷静さを失わせるのはいとも容易いことだった。

●砕ける蒼銀
 僅かに桔梗の色合いを強めた黄昏の空に咆哮が轟く。
 激昂したドラゴンは蒼銀の巨躯を勢いよく捻り、生じた風に近距離で煽られた冒険者達へ空をも覆わんばかりの翼を肩ごと叩きつけてきた。冒険者達は全身を軋ませ激しく打ち据えられた勢いのままに落下していく。「リディアさん!」とすかさず叫んだヨルに応え、翼の代わりに背を覆う艶やかな銀の髪を得たリディアが夏空の如く煌く青玉を戴く杖を掲げた。
「私ひとりでは無理でも、皆で力を合わせればこれくらいの傷、すぐに回復できるわ!」
 命を救わんとする願いを抱き、淡い光が一気に辺りを包み込んでいく。
 優しい光に重ねられるのはフェンリルの紡ぎ上げる癒しの歌。成人前の若々しさを取り戻した口元から豊かな髭は消えていたが、仲間を鼓舞する意気を乗せ、彼の歌声は熱く朗々と響き渡った。
「我の歌声で今一度戦う勇気を与えよう。主達は……誰にも負けぬ勇者だ!」
『フェンリルさんを基点に陣形を!!』
 落下した仲間がリディアとフェンリルの癒しで戦列に復帰してくる様を的確に把握し、ハジは皆の脳裏に素早く指示を響かせる。一旦は戦列を崩したものの、冒険者達は即座に新たな陣を整えた。扇状の陣形の孤に位置取り、メリーナは強い意志に煌く碧藍の瞳をドラゴンに向ける。
「ここは貴方の居場所じゃないの。好き勝手をして遊んでいい場所でもないの!」
 私達にとってかけがえのない大切な場所なの――!
 泣き出す寸前の様な声で叫び、仲間達のため強力な護りの天使を生み出していく。
 直後に荒れ狂う吹雪が襲い来て、触れたもの全てを蒼く煌く氷に閉じ込めた。
 だが距離を取っていたハジが冷静に祈りを捧げれば、後衛の術士達を縛めていた氷が砕け散る。
 吹雪にタイミングを合わせていたヨルは息つく間もなく凱歌を歌い上げ、陣を移動したため範囲から外れてしまった幸運の領域でリディアが新たにこの場を支配した。ならば護りに徹しようと、メリーナは改めて皆の痛手を引き受けてくれる白き羽の天使を招来する。冒険者達の護りは、揺るぎない。
「大した吹雪ですが……結局はそんな小手先の技に頼るんですね」
 相手を見下ろしつつ挑発的な台詞を吐き、アイルメイルの上方からロディウムが斬撃を繰り出した。

 ――何だって!?

 蒼銀のドラゴンは憎悪に満ちた眼差しをロディウムに向けんと首を巡らせる。
 刹那、凄まじい衝撃がアイルメイルの腹部から脳天へと突き上げた。
「……楽しい音はきけたか?」
 ロディウムに気を取られた隙にドラゴンの下方へと飛び込んだアルマディが、極限まで高めた力を乗せた一撃を喰らわせたのだ。狐耳がぴくりと得意げに動く。
 戦場の風は、まさに冒険者達を後押しするかの如く吹いていた。
 風はいつも味方してくれる、きっと今日も力をくれる。
 深く息を吸い込み微かな幼さを覗かせる表情を引き締めて、ハジは風の護りを願う弓から矢を放つ。
「――武運を!」
 馴染んだ戦場の風を肌で感じつつ、その風の中を翔ける。
 かつて戦いの中で彼と肩を並べていたから、あの頃共に感じた風を感じていたかった。
 闇色の矢が突き立った眉間へボサツが続け様に猛り爆ぜる気を叩き込めば、痛みと衝撃に咆哮したアイルメイルが大きく仰け反る。その好機を逃さず加速したレーダが、一気に蒼銀の胸元へ飛び込みその鱗を大きく斬り裂いた。畳み掛ける様にオセも喉元へ迫り、空間ごと裂く勢いで薔薇を散らす。
「この大地に、手前らの居場所も墓も無ぇよ」
「不用意にここを選んだ事を死して後悔するとよい!」
 堪らずに巨躯を折ったドラゴンの正面から跳躍し、フェンリルが大上段に構えた斧を打ち下ろした。

 最早、アイルメイルの命は風前の灯火。

 もう癒しの歌は必要ないと悟ったヨルが、全身に揺らめく黒き炎を手繰り寄せる。
 アイルメイル、お前の欠片は黄昏を映してきっと美しく煌くだろう。
「──砕け散るがいい!」
 放たれた漆黒の炎は、蒼銀のドラゴンの最後の命を喰らって爆ぜた。

 朱を重ねた橙の残照に照らされ、巨大なドラゴンと砕けた鱗のかけらがきらきらと輝きながら落ちていく。切り離された世界がゆるりと解けるのに従い地上へ戻った冒険者達は、大きな地響きでアイルメイルがその骸を大地へ横たえたことを知った。
「この力は破壊する為のものではなく、愛すべき大切なものを護る為に使うものなのですね」
 樹々の間から己が護った千年世界樹を見遣り、メリーナは安堵の滲む笑みを浮かべる。
「酒場で蒸留酒入りのよく冷えた珈琲でも愉しみたい物だね」
 満足気な息をつきつつそう言ったオセが「勿論、フォームドミルクはたっぷりでな」と続ければ、皆が小さな笑みを零した。けれどリディアはドラゴンが落ちたと思しき方角を見遣り「これからはこんな戦いが続くのね」と微かな不安を乗せて呟く。
「やれやれ、幼い精神でもこれほどまでの強さだ……改めてドラゴンの恐ろしさを学んだのぅ」
 フェンリルが同調する様に頷いたが、すぐさま彼は口の端を擡げた。
「だが、やはりドラゴンは倒せない相手ではないという事をハッキリ理解した」

 強大なるドラゴン達に対する反撃の狼煙は、上がったのだ──。


マスター:藍鳶カナン 紹介ページ
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作成日:2007/08/17
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