<リプレイ>
●黄昏の森 眠りゆく太陽はひときわ大きく輝いて、朱金を帯びた光で辺りを夕暮れの色に染め上げている。 強く眩く、けれど何処か優しさと切なさをも滲ませる、黄昏の陽射し。 夕陽は山の如き威容で大地に座す巨大な切り株を照らし、その周囲に艶やかな濃緑を茂らせる森の中へも鮮やかな陽射しを投げかけていた。 風に梢がそよぎ、緑の天蓋の合間から強い陽射しが射し込める。不意に視界を灼かれたような心地になり、蒼翠弓・ハジ(a26881)は思わず瞳を細めた。幾度かの瞬きで視界を取り戻しても、ずっと憧れていたあの背中を追う事はもうできないのだと知っている。けれど、俯く気も敵を憎む気もなかった。 信じてくれていると知っているから、その信頼に恥じる事は決してしない。 「……これが弔いの戦いだとは考えない」 振り仰ぐ様にして毅然と東の空を見据えるハジを見遣り、清閑たる紅玉の獣・レーダ(a21626)は自身に確認するかの如く呟いた。きっと彼らも弔いなど望まない。けれど彼らが皆に託した力は彼らが貫いた心の証だと思うから、全身全霊をもってその心に応えようと唇を引き結んだ。 「……眩しいね」 梢から零れる黄昏の木漏れ日は強く煌いたから、ぽつりと落とされた傾奇者・ボサツ(a15733)の言葉を不思議に思う者はいなかった。だが彼が眩しく感じたのは、哀しみを越えんと真直ぐに前を見つめるハジやレーダの姿だ。嫌な予感が当たった事を知った日から、己の心にはずっと凪が訪れぬまま。胸の裡では遣り切れなさが暗くさざめいているから、彼らの様に毅然と前を向く事が――今はまだ、できない。空には、蒼が重ねられているから。 「私の身体、一体どうなってしまったのかな……」 魂の奥底に馴染みのない力が溢れる感触に、晴天陽光・メリーナ(a10320)は珊瑚の煌く楡の杖を不安気に握りしめる。その手に微かな震えを見て取った夢見る翼・リディア(a32842)が、杖を握る手にそっと己の手を重ねた。 「新たに手に入れたこの力で……ドラゴンを迎え撃って、世界を護りましょう」 護る力なのだとリディアに言われれば、不安に曇っていた胸の裡に暖かな光が射した様な心地になる。ぎこちないながらもメリーナは笑みを見せ、絶対護ってみせると今度は決意を篭めて杖を握った。 墓掘スコップを肩にもたせて頭上を仰ぎ、墓掘屋・オセ(a12670)が「氷の竜……か」と小さく呻く。 「こう、やたらと暑い時期には有り難くも思えるが……冷やし過ぎ、ってのも些か風情の無い話だ」 さっさと退散願うとしようかね、と微かな笑みを口元に刷けば、護る盾・ロディウム(a35987)も吐息を洩らす様にして笑みを零した。最後の選択の日には無意識に使っていたこの力を、今日は己自身の意志で確かなる力として振るいたいと思う。 「ええ、がつんと竜退治といきましょう」 「この戦いは、アイルメイルにとって非常に高くつく事になるだろうな」 軽く肩を竦めつつ、紺壁の超勇将・フェンリル(a42161)も口髭の下に笑みを浮かべた。幼い考えしか出来ぬ者に過ぎた力を与えても害でしかないのだがのぅと呟けば、白鈴・アルマディ(a52818)が「精神が幼くても油断はしない」と応じる。 幼く邪悪なものほど、性質の悪いものは無いのだから。 気を引き締めて頭上を仰いだアルマディの瞳に、梢の彼方の空に煌く蒼銀の色が映る。だが―― 「ヤツが来た……けれど、もう近いっ!!」 森の中、梢の天蓋の合間からから空を見遣っていた冒険者達は、かなり接近するまでドラゴンの姿に気付くことができなかった。遠眼鏡でも使っていれば幾らか違っていたのかも知れないが、最早事前準備をしている猶予はない。機先を制することが何よりも肝心なのだ。 戦う意志が辺りを包みこみ、『蒼氷の戯れアイルメイル』を捕らえる檻として世界から切り離す。
強大で美しい貴方に比べれば、私達はちっぽけで弱い存在なのかもしれない。 けれど貴方達の誤算は――愛しい世界を守るためになら、私達は強くなれるってこと。
「おいで。そのことを、教えてあげるね」 真紅に染めた瞳を細め優しい歌を紡ぐ様に囁けば、空言の紅・ヨル(a31238)の背に紅い蝶の羽が顕現した。展開された異界にも変わらず射し込める光に銀の紋様を煌かせ、吹き渡る風を羽が孕む。 行く先は黄昏の空。冷たい息吹で世界を染めんとする、蒼銀のドラゴンのもと。
●凍れる世界樹 緑なす森を覆う梢の天蓋を抜ければ、切り離された世界の中に不思議な色の空が広がっていた。 薔薇と桔梗を重ねあわせたかの如き色。陽の終わりに僅かの間空を彩る、黄昏と夜の狭間の色だ。 朱と金を溶かし込んだ陽光に蒼銀の鱗が冷たく煌く。漆黒の瞳が驚きに見開かれる。 「側面を狙うのは無理です!」 「なら……正面から!!」 経験に裏打ちされた洞察力で状況を把握したハジが咄嗟に声を張り上げる。流れる風を踏みしめ深緑を棚引かせる大弓に番えた闇色の矢を鋭く放てば、陽射しをも貫く矢を追う様にしてレーダが風を蹴った。蒼銀輝く首元に突き立つ矢を目掛けて飛び込み、銀の刃を一閃する。間髪入れずに仲間の攻撃が叩き込まれる様に此方が先手を取った事を確信し、腿の辺りまで伸びた白い髪の下で微かに尾を震わせた。 銀から黒へと流れる髪を靡かせアルマディが跳躍する。 何時かまた巡り合う機会もあるだろうと思っていたひととはもう会えない。 彼のひと達程の想いや力が自分にあるかは判らなかったが、彼らが為したことに応えるため全力を尽くさねば、と黒い剣の柄を強く握った。 「私達と遊ぼう……たっぷりとな!」 湧き上がる破壊衝動を純然たる力に変えて、渾身の一撃を叩きつける。 凄絶なまでの破壊力を乗せた水晶の刃が、蒼銀の鱗に覆われた眉間に深い傷を刻み込んだ。 天穹に轟くアイルメイルの咆哮にびくりと身を竦め、メリーナは一対の純白の羽と化した耳を震わせる。心と心で通じ合えたら闘ったりしなくてすむのにとの哀しみが胸に滲んだが、それも侮蔑と怨嗟に満ちた声が大気を揺るがし響くまでのこと。
――ちっぽけな虫けらのくせに生意気な!
黒い衝動に心を染め、自分達を至高の存在と定義する彼らと分かり合うことは――できない。 なら護るために力を尽くすだけ、とメリーナは唇を噛みつつ仲間達のもとへ護りの天使を招来した。 冒険者がドラゴンを頂点とした扇状の陣形を整えた刹那、アイルメイルが蒼銀の鱗をさざめかせる。溜息でもつく様な風情で開かれた口からは、猛る様な吹雪が轟と唸りを上げて吐き出された。 世界を満たす柔らかな光に煌く雪を孕み、全てを凍てつかせる暴風が冒険者達に襲い掛かる。 眼下に広がる森を一瞬にして凍らせ真白な雪を積もらせた吹雪が消えた瞬間、吹雪の届かぬ後方に位置取っていたハジは、ヨルの健在を一瞬で見て取り牽制のための一矢を放った。鼻先で痛烈に爆ぜた焔の矢にドラゴンが怯んだ隙に、ヨルが願いの力を乗せた癒しの歌を紡ぎ上げる。柔らかな光に包まれた戦場は既にリディアの支配下にあった。体の痛みと異常を拭い去る歌声と幸運を齎す領域の効果を受け、冒険者達は身を覆った魔の氷を次々と振り払っていく。 だが、挑発に使おうと召喚した土塊の下僕を今の吹雪で粉微塵にされたことに気付き、ボサツが僅かに眉を寄せた。術を使った後に一瞬の間が生じるのは如何にもし難いと嘆息し意識を切り替える。改めて眼前の敵を見据えれば、瞬く間に敵へ迫ったオセが鋭利さを増したスコップをドラゴンの横面に叩きつけていた。 「横から失礼、坊主。……とは言っても、そっちの方が年上かね?」 黄昏の陽射しを映し金に煌く長い髪、そして壮麗な金のラインを引いた黒のコートが翻る。鋭く輝く軌跡と鮮やかな薔薇を蒼銀の鱗へ幾度も見舞いぼそりと呟けば、巨大な漆黒の瞳がぎろりとオセを睨めつけた。だがその途端、今度は逆の頬にフェンリルの斧が叩き込まれる。
――お前ら、許さない!
アイルメイルの大音声が轟けば、瞬時に彼我の距離を詰めたロディウムが紅に透きとおった剣を振るい、嘲りを含ませた声を上げる。燃え立つように輝く赤き髪と額の宝石が嘲笑う様に煌いた。 「図体ばかりが大きくて、中身は子供か……」 びり、と大気が震え、あからさまな殺気が噴出する。 巨大な翼でばさりと風を打ち僅かに後退したアイルメイルの口から、先程より威力をを増したかに思える吹雪が迸った。だがその分精度は甘くなったらしい。力強く刃を構えていたアルマディが、鍛え上げた身体能力でもって此方を押し潰さんばかりの吹雪を斬撃として跳ね返す。対して無防備な構えでは無理かとボサツは思ったが、身の内に還ったダークネスクロークの力が防御を後押しした。蒼を翻す召喚獣の力は確かに己の内で息づいている。自身とアルマディが反射した衝撃波がドラゴンを打ち据える様を見下ろすかの如く、ボサツは大きく跳躍した。 「ブレスのキレが悪いんじゃないの!?」 快哉の如く叫び、蛮刀に収束させた強大な気を撃ち下ろす。蒼銀の頭上に衝撃が炸裂した瞬間には、オセとレーダが左右から襲い掛かっていた。無造作な仕草から鋭い剣閃を放てば、その勢いと風に長い髪が煽られる。慣れぬ長さの髪を持て余し、レーダは白い眉間に皺を寄せた。 「……どうでも良いが。……髪、邪魔」
――どうでも良い、だって……!?
至近距離で呟かれたレーダの言葉を己へ向けられた物と思い込み、アイルメイルは更なる怒りを滾らせる。先手を取り敵から状況を把握する余裕を奪った冒険者達にとって、このドラゴンから冷静さを失わせるのはいとも容易いことだった。
●砕ける蒼銀 僅かに桔梗の色合いを強めた黄昏の空に咆哮が轟く。 激昂したドラゴンは蒼銀の巨躯を勢いよく捻り、生じた風に近距離で煽られた冒険者達へ空をも覆わんばかりの翼を肩ごと叩きつけてきた。冒険者達は全身を軋ませ激しく打ち据えられた勢いのままに落下していく。「リディアさん!」とすかさず叫んだヨルに応え、翼の代わりに背を覆う艶やかな銀の髪を得たリディアが夏空の如く煌く青玉を戴く杖を掲げた。 「私ひとりでは無理でも、皆で力を合わせればこれくらいの傷、すぐに回復できるわ!」 命を救わんとする願いを抱き、淡い光が一気に辺りを包み込んでいく。 優しい光に重ねられるのはフェンリルの紡ぎ上げる癒しの歌。成人前の若々しさを取り戻した口元から豊かな髭は消えていたが、仲間を鼓舞する意気を乗せ、彼の歌声は熱く朗々と響き渡った。 「我の歌声で今一度戦う勇気を与えよう。主達は……誰にも負けぬ勇者だ!」 『フェンリルさんを基点に陣形を!!』 落下した仲間がリディアとフェンリルの癒しで戦列に復帰してくる様を的確に把握し、ハジは皆の脳裏に素早く指示を響かせる。一旦は戦列を崩したものの、冒険者達は即座に新たな陣を整えた。扇状の陣形の孤に位置取り、メリーナは強い意志に煌く碧藍の瞳をドラゴンに向ける。 「ここは貴方の居場所じゃないの。好き勝手をして遊んでいい場所でもないの!」 私達にとってかけがえのない大切な場所なの――! 泣き出す寸前の様な声で叫び、仲間達のため強力な護りの天使を生み出していく。 直後に荒れ狂う吹雪が襲い来て、触れたもの全てを蒼く煌く氷に閉じ込めた。 だが距離を取っていたハジが冷静に祈りを捧げれば、後衛の術士達を縛めていた氷が砕け散る。 吹雪にタイミングを合わせていたヨルは息つく間もなく凱歌を歌い上げ、陣を移動したため範囲から外れてしまった幸運の領域でリディアが新たにこの場を支配した。ならば護りに徹しようと、メリーナは改めて皆の痛手を引き受けてくれる白き羽の天使を招来する。冒険者達の護りは、揺るぎない。 「大した吹雪ですが……結局はそんな小手先の技に頼るんですね」 相手を見下ろしつつ挑発的な台詞を吐き、アイルメイルの上方からロディウムが斬撃を繰り出した。
――何だって!?
蒼銀のドラゴンは憎悪に満ちた眼差しをロディウムに向けんと首を巡らせる。 刹那、凄まじい衝撃がアイルメイルの腹部から脳天へと突き上げた。 「……楽しい音はきけたか?」 ロディウムに気を取られた隙にドラゴンの下方へと飛び込んだアルマディが、極限まで高めた力を乗せた一撃を喰らわせたのだ。狐耳がぴくりと得意げに動く。 戦場の風は、まさに冒険者達を後押しするかの如く吹いていた。 風はいつも味方してくれる、きっと今日も力をくれる。 深く息を吸い込み微かな幼さを覗かせる表情を引き締めて、ハジは風の護りを願う弓から矢を放つ。 「――武運を!」 馴染んだ戦場の風を肌で感じつつ、その風の中を翔ける。 かつて戦いの中で彼と肩を並べていたから、あの頃共に感じた風を感じていたかった。 闇色の矢が突き立った眉間へボサツが続け様に猛り爆ぜる気を叩き込めば、痛みと衝撃に咆哮したアイルメイルが大きく仰け反る。その好機を逃さず加速したレーダが、一気に蒼銀の胸元へ飛び込みその鱗を大きく斬り裂いた。畳み掛ける様にオセも喉元へ迫り、空間ごと裂く勢いで薔薇を散らす。 「この大地に、手前らの居場所も墓も無ぇよ」 「不用意にここを選んだ事を死して後悔するとよい!」 堪らずに巨躯を折ったドラゴンの正面から跳躍し、フェンリルが大上段に構えた斧を打ち下ろした。
最早、アイルメイルの命は風前の灯火。
もう癒しの歌は必要ないと悟ったヨルが、全身に揺らめく黒き炎を手繰り寄せる。 アイルメイル、お前の欠片は黄昏を映してきっと美しく煌くだろう。 「──砕け散るがいい!」 放たれた漆黒の炎は、蒼銀のドラゴンの最後の命を喰らって爆ぜた。
朱を重ねた橙の残照に照らされ、巨大なドラゴンと砕けた鱗のかけらがきらきらと輝きながら落ちていく。切り離された世界がゆるりと解けるのに従い地上へ戻った冒険者達は、大きな地響きでアイルメイルがその骸を大地へ横たえたことを知った。 「この力は破壊する為のものではなく、愛すべき大切なものを護る為に使うものなのですね」 樹々の間から己が護った千年世界樹を見遣り、メリーナは安堵の滲む笑みを浮かべる。 「酒場で蒸留酒入りのよく冷えた珈琲でも愉しみたい物だね」 満足気な息をつきつつそう言ったオセが「勿論、フォームドミルクはたっぷりでな」と続ければ、皆が小さな笑みを零した。けれどリディアはドラゴンが落ちたと思しき方角を見遣り「これからはこんな戦いが続くのね」と微かな不安を乗せて呟く。 「やれやれ、幼い精神でもこれほどまでの強さだ……改めてドラゴンの恐ろしさを学んだのぅ」 フェンリルが同調する様に頷いたが、すぐさま彼は口の端を擡げた。 「だが、やはりドラゴンは倒せない相手ではないという事をハッキリ理解した」
強大なるドラゴン達に対する反撃の狼煙は、上がったのだ──。

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参加者:10人
作成日:2007/08/17
得票数:冒険活劇5
戦闘31
ほのぼの2
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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