＜リプレイ＞
容赦のない陽射しに熱せられた泥の面は、まるで磨きあげられた銅板のように煌めいていた。振り返ればそこに、灰褐色の石材が隙間なく積みあげられた『毒蛇城』の、禍々しくも無骨な偉容が確かめられる。冒険者たちは遺構の影にうずくまり、泥の敷き詰められた野の上空に現れるべき姿の到来を待ちかまえていた。
（「ちょっと前まで何千人で相手してたのに、今はこのとおり――」）
額に渡された青玉を思わせる布地が、それよりもさらに明るい青の瞳へと滴ろうとする汗を留めてくれている。生涯未完・ジェド（a17065）は、皮膚と布地に合間に指を差し入れながら、暗がりに身を伏せる仲間たちの姿を見渡した。そこには身をひそめる者たちの気配が九つしか存在していなかった。
（「……どの様な力を求めてきたかわからないですが、奪うための力を得らせはしない……」）
心の裡で呟いた青年は、髪先に濃紫の百合を咲かせたドリアッドで、名を終夜の幻影・エンド（a34108）といった。ほっそりとしていて長い指先を鼻梁へと這わせると、彼はそのまま眼鏡の位置を正し、見つめていた足元から視線を掲げた。唇の形だけで、彼はともに戦う悪友に伝える。頼りにしてますよ――と。
黥徒・ラオ（a45058）は悪友に対して背を向けている。唇は不安げに結ばれ、瞼は閉じられて、今にも何事か言葉を発しそうで、今にも紡がれた言葉以上の意志を表しそうだった――が、彼は腕組みをして立つ姿勢を崩そうとはしない。エンドの視線を背に感じながら、ラオは心の裡で呟いた。
（「護りたいモノがある以上、俺は姿を変えてでも戦おう。どんなに知能があろうと、図体がでかいからって、強いとは限らないってことを知って貰わないとな――」）
疾風の刀幻曲士・リスリム（a05873）はその指先を胸元へと寄せている。衣の襟の内側には、弧月を象る空色の石が吊られた首飾りが隠されている――少年のけっして負けられぬという意志とともに。
「嗚呼……」
失われた命に、けっして帰ってはこない人々に、呻きのような慟哭しか持てずにいる。彼らが家に帰れぬのなら、凪し風影・ナギ（a08272）は自分たちが留守を守るべきと考える。頼まれていたわけではない、そんなに親しかったわけではないからだ。けれど、それでも――不意に飛来した何かが沼地の面に三角形の影を落としたことに気がついて、ナギは穏やかに語りかけるように言った。
「おいでなすった、か……。ランドアースに、俺たちの家に……あんたらの墓場にようこそ……」
硬い殻に守られた種子がその内奥に震える光を宿すかのように、空の高きに鎮座する太陽に月影が重ね合わされるように、深き森に秘せられた鏡の水面に不可思議な紋が広がるかのように――魂の回廊でつながる何かから強大な力が流れこんでくる。これまでとは明らかに違う自分となる者も多かったし、そうではない者もあった。だが、どのような変容を遂げようとも、冒険者たちの心に変質はない。
濡れ羽色の髪は、焔に練られた鉄のように紅く染まり、沼地の面を駆けぬけた風に煽られて蛇のようにうねった。肌には、厳しい影に煽られ続けたままの姿で育った矮樹の、歪な影にも似た紋様が浮かびあがっている。だが、刀幻響・ターカート（a04904）は親として子に語りかけるのとあまり変わり映えのない抑揚で、仲間たちに告げるのだった。
「無茶と無理はしないように。少々の傷ならば治療ができるから」
悪しき巨大生命体を中心に何かが起こった。身体をうねらせ、ゲラルゲラガンは白銀の鱗に包まれた長大な体躯に、光の波を駆けめぐらせる。巨大な球体が『毒蛇城』のそばに出現していた――。
闇色をした翼は、彼の体躯よりも大きく、また、先鋭的な線によって縁取られるものだった。鼓動が意識を必要としないように、黒翼たちの羽ばたきもまた精神の介在を求めはしない。闇夜に虚ろう漆黒の影・ハルト（a21320）は風のように半円形の天蓋へと昇りながら、その視線を上空右方へと走らせた。そこには、彼の義弟の姿があった。
（「いつもの事だが……とりあえず目は離さないでおくか……」）
（「欲望に忠実なのがドラゴンなんだっけ？ じゃ、僕も今だけは忠実に行こうか……闘争を欲するこの欲望に。お前が強ければ強いだけ、お前は僕を楽しませる……」）
狂天童・リカーシュ（a57358）の肩には、先ほどまでは泥の面で翻されていた召喚獣の青い外衣がかけられて、また、少年の額には禍々しさが凍りつきでもしたかのような角が生えている。銀の円盤が嵌めこまれたような灰の瞳には不敵さが漂っているが、不思議とその輝きには大人びたものがあった。十四の少年に過ぎなかったはずのリカーシュは、義兄とよく似た体格にまで成長を遂げていた。
巨大な翼をはためかせ、白銀の鱗からは酷薄な音色をたてながら、ゲラルゲラガンはおぞましい言葉を口にした。ここにあるすべての命を食らいつくし、その血とよく似た匂いのする者たちも、いずれは牙で引き裂いてやる、と。だが、その言葉の最後はついぞ語られることがなかったのだった。目映い光を連続させる腹に、鏃のように先鋭的な輪郭をした鈍色の光が飛びこんだのである。
邪悪にして強大な力を持つ生物は、意外なほど発達した顔面に憎悪の色をまざまざと浮かべている。その瞳には、灰の髪の合間から同じ色をした猫の耳を生やし、尾は空にあってぶらりぶらりとさせながら、宙に静止する忍びの姿が宿っている。
月無き夜の白光・スルク（a11408）は、切り裂いたゲラルゲラガンの腹から喉の裏をなぞるようにして飛翔し、長大な敵の正面に躍りでた。
（「何かを手に入れるのに障害は付き物……だが、お互いにデカイ障害だな」）
長大な体躯をめぐる明るい輝きの波が途切れ、その刹那――激しく揺らいで乱された。ゲラルゲラガンが長い首をうねらせて地上――であったはずの方位――を見遣ると、そこには、身体を横たえたまま、二本の腕を天へと突きたてたまま、宙に浮かぶ何者かの姿が存在していた。――金属のように玲瓏な光を含んだ髪を手櫛でかきあげると、黄珠を擁きし龍の器・ヒサギ（a43024）は瞳を細めてかすかな微笑みを浮かべた。瑠璃色であったはずの彼の瞳は、虹彩が矩形をした黄金のものへと変貌を遂げていた。
（「……新しい力、存分に使わせてもらおうか……」）
指先から枝垂れさせた鋼糸には、赤く艶やかで新鮮な血を思わせる輝きがまとわりついて離れない。ハルトはそこに闇の闘気をはべらせ、背に展開する黒翼をはためかせると同時に腕を振りぬいて、静寂を孕んで飛びすさぶ影の剣戟を放った。無音の衝撃が白銀の体躯から赤い血飛沫をあげる。その直後、黒と白の斑となった髪が触れる頬へと寄せた指先に含んだ紙片を、ラオが敵の額めがけて投擲した。凄まじい衝撃を打ちこまれて悲鳴じみた呻きをあげたゲラルゲラガンは、その美しい銀の鱗に焦げ跡のような淀みを浮かべていた。
夜空に配された星々が宙に翻る羽根を表すように、心の内奥からどこかへと通じる回廊から力を得た者たちは、中空に鮮やかに記号めいた形を描きあげた。彼らは凄まじい速度で、巨躯の敵の周囲をめぐり、ひらひらと翻り、時には離散しながらも再び集結し、現世にあって現世ではない空間での戦いを継続した。
震える淡い光彩に包みこまれたドリアッドの姿は、緑玉の髪は色彩が失われてただ雪のように白く煌めくものに、翡翠の瞳は冴えた氷を思わせる紺碧に、背には灰の翼をはためかせるものへと変貌していた。そのような姿となり、エンドは宙に描きだされた図形の頂点にあって、美しい輝きの波の源となっていたのである。
中空に、暴れまわるゲラルゲラガンの周囲に、展開されていた記号はひとつではなかった。リスリムを頂点とする羽根のような形が、エンドを頂点とする形の対極に存在していたのである。両者は敵を挟撃する位置関係を保っていた。つまり、巨大なゲラルゲラガンの体躯の上下に、あるいは、左右に前後に、と二枚の羽根が展開されていた。――仲間たちとともに凄まじい速度で宙を飛び交いながら、リスリムはさらさらと風に梳かしあげられた髪の青さを、輝石のような瞳を、紅玉を思わせるほどの唇を、さらに鮮やかな色彩へと変える。癒しの光波の源をまとった少年の背には、鉄の薄片が集められたかに見える鈍色の翼が翻されており、それがなびくたびに輝きがたゆたいながら治癒せねばならない肉体へと向かっていった。
球形の領域に息づく十一の生命体たちは、ときには光のようになり、時には闇のようになりながら、ときにはそれらが螺旋に綯い交ぜとなりながら、己が使命を果たすための行いを続けた。この戦いは、あたかも目にした女の面影に自らの過去のすべてが宿っているかのように、雄弁と困惑と激情とが存在せずにはいられないものだった。
若々しくしなやかな身体を空の高きにおいてひねると、ジェドはそのまま急降下して、標的の長い首へと斬りかかった。刀身に文字――力に溺れることなかれ――の勒された『タイタンブレイド』から、ストライダーの武人は青い稲妻を迸らせ、白銀の鱗に赤い弧を刻んだ。激しくうねる波のように動く尾へと悪戯にまとわりついた後、リカーシュは身を翻して上昇し、仰向けとなっていたゲラルゲラガンの腹部へと張りついた。尾に払われるよりも早く、球状の胎内で大人となった少年は『別ツ糸』で空を切り裂いた。虚と実、三名となっていたリカーシュから放たれた蜃気楼の一撃は、確かにゲラルゲラガンの喉元へと達した。リカーシュの唇が震える――。
「殺意には殺意を、欲望には欲望を」
球状の胎内にあって、ナギはその肉体を成長させるのではなく、かつて希望のグリモアを戴いた頃の自分となっていたのだった。そして、その瞳に見るものを戦慄たらしめる、狂気とも不穏とも表せられるべき輝きを過ぎらせていた。長い柄の両端に鋭い穂先を備える武具で、目前の空間に円を描きながら、忍びは目前を浮遊する巨大な敵へと挑みかかった。闘気をまとった彼の体躯は、螺旋に渦巻く衝撃そのものとなり、ゲラルゲラガンの肩口に浅からぬ傷を穿った――。
全身に赤い裂け目を負う姿へと変わり果ててからも、白銀の人外はその顔面を憎悪の形に歪め、口汚く醜悪な言葉を吐き散らし続けた。そればかりではない、奇妙に光る眼で冒険者たちを睨みつけ、巨躯を翻しての薙ぎはらいを続け、凍える息を吹きつけてきた。
空間に整えられているべき図形が乱れた際に、リカーシュはハルトの眼差しに気づかぬままではあったが、「少し無茶をする。早めに立て直してくれよ」と告げるなり、言葉のままに陣形から突出して敵に仕掛けた。『別ツ糸』は、虚空の戦場と鱗の肉体に一本の境界線を引き、引かれた線から溢れた赤は、リカーシュの肌に鉛の重たさを与えた。――その直後、彼は巨大な憎悪の面が視界に迫ったことこそ知覚したが、次には疑似世界の内壁が回転しているとの錯覚を覚えながら、地へと向かって墜落していった。
ジェドの勇ましい歌声が鳴り響く。その詩句は力強く仲間たちの心身を奮いたたせるに十分なだけの熱量を誇っていた。エンドは図形の頂点にあって、そこに新たな点を生じさせていた。それは、白銀から七色へと映ろう不可思議な輝きの集合体であり、紋章術の結実とも呼ぶべき光球であった。極限にまで高められた輝きは、宙を滑るように飛び、標的の切り裂かれてめくれあがった背に撃ちこまれた。
「力がどんなにあっても、お前らの戦う理由では俺たちには勝てねぇよ ……。俺たちは護るモノのためにこの身を捧げているのさ……」
愛想のない口調でそう告げると、ゲラルゲラガンはさも不快そうに唸り声をあげた。ラオの囁きが聞こえていたのだろうか――。ラオとハルト――両者のの掌中に忍ばされていた、不吉な色彩の滲む鋭利な薄片が、それぞれ、腕のひとふりで投擲された。片眼を失った人外は忍びたちを糞呼ばわりしたが、ラオは口の両端を掲げて笑い、ハルトはまばたきをひとつ見せただけだった。と、そこへ――ハルトの視界に復帰した姿があった。額に角を生やした青年に、まだこの戦いから離脱する意志も必要性もないようだった。
片方の光を失っても、未だに恐ろしい力を発揮しようとするゲラルゲラガンの瞳に気を払いながら、スルクは指の合間に生じさせた複数の刃を投げはなった。大量の体液を雨のように降らせる敵へ、その体躯に複数の痙攣をもたらしながら、彼は言い捨てる。
「泥に埋まってろ」
足の裏から先には何も存在していないのに、ヒサギは腰を落とし大地を捉えるかのような構えをとっている。標的は彼の正面にあって、長大な体躯をうねらせている。満たされた闘気によって震える両腕を、強引に身体の左右に静止させると、彼は凄まじい叫び声と同時に拳を突きだして、そこからまるで獣のように敵に襲いかかる気の流れを迸らせた。
ゲラルゲラガンの声が谺する。強大にして矮小なるこの存在は、未だに冒険者たちの家族や友人たちに、死ぬよりも残酷な痛みを与えてやるのだとのたまっていた。だが、ナギは冷静だった。彼にも親しい友人はあるのだし、かけがえのない愛で結ばれた娘がある。それでも、彼は清冽な風をまとってそれを周囲へと広げ、汚れた束縛によって身を凍りつかせていた仲間たちに自由を取り戻させた。
体中に、皮膚という皮膚に奇妙な紋様を浮かべた青年は、心の裡でただ言葉だけを連ねていた。
（「強さ、順境と逆境――。力を持つ者、持たざる者――。狂戦士とその本懐――」）
戒めと悲しみの過去を刻み続けてきた大剣『記憶の断罪』を振りあげ、ターカートはただならぬ気を発しながら言葉を吐いた。
「我らの大地から消えたまえ、古き種族よ！」
樹木の根のように、あるいは、九本の首を生やした蛇のように――『記憶の断罪』はその姿を変容させている。ターカートの闘気は、鎌や槍のようになった刀身にも行き渡り、虚空を断つ一閃で凄まじい衝撃波となってゲラルゲラガンに襲いかかった。
右半身に白銀の震える光で雪の結晶の紋様を浮かべる姿で、リスリムが空に浮遊している。彼の手には、刀身も柄もすべてが氷のように透ける姿となった『紅瞳残夢』が握られている。
（「……多くの物が破壊された……奪われたのは罪も無き命たち……密かに尊敬していた人も、手の届かない遠い場所へ行ってしまった……僕は……」）
リスリムの唇から言葉が離れた直後、『毒蛇城』の正面に広がる沼地の上空に展開されていた巨大な球体は、刹那に散開して消え失せた。怒りで満たされた球状の領域が破られる瞬間が訪れたのである。
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参加者：10人
作成日：2007/08/21
得票数：冒険活劇2
戦闘12
恋愛1
コメディ1
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冒険結果：成功！
重傷者：なし
死亡者：なし
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