<リプレイ>
件の村まで、冒険者達がどれだけ急ぐかで、明暗の分かれる命がある。 目の当たりにする前に、馳せる想いの強さが……力無き者を救う事があると、冒険者達は時として忘れるのだ。 「急ぐぞ」 アイギスの赤壁・バルモルト(a00290)が言葉少なに先に発つのを、赫色の風・バーミリオン(a00184)だけが心得て、すぐに後を追う。 「ライナスさんも、早く!」 言って、バーミリオンは護りの黒狼・ライナス(a90050)の腕をぐいぐいと引いて行った。 「……。おぁっ まずった! まだ、手遅れかそうじゃないのか分からねぇなら、とりあえず急いどけって話だなっ」 ハッとした境界の医術士・リタ(a00261)は、自分もミスしたのは棚に上げ、「おらおら! 急ぐぞっ」と皆をけしかける。無造作紳士・ヒースクリフ(a05907)と目が合った見知らぬ旅人・ラファエル(a02286)は、それはどうよ? と言わんばかりに肩を竦めて見せた。 そして、ペンで戦う女流作家・アニタ(a02614)や朽澄楔・ティキ(a02763)の駆け抜ける速さに、再び「おぁっ?!」と声を上げると、リタもまた走り出すのだった。
「ライナスちゃん……っ!」 村に着く頃には、すっかり息を切らせていた無限の彷徨い子・エリカ(a02326)は、突入を前に、「待って!」とライナスの衣の裾を握る。 「……?」 不動の鎧の為、呪装鞭をひと振るいしたヒースクリフは、2人に急げと言うように眼を眇める。 「何だ?」 「ライナスちゃん、約束ですぅ。危ないのがトカゲさんでも、絶対、ぜったい、助けて下さいですぅっ! 指きりして、守らなかったら……ええとっ」 針千本と言いたかったが、ニードルスピアがないので……。 「フールダンスで変な踊りさせちゃうですぅっ!」 ビシィッ と人差し指を突きつけて言う内容は迫力に欠けたが、ライナスにはうるうる瞳の方が効果的だから問題ない。 「……」 無理やり『指きり』をさせると、絶句する当人を置いて、エリカは、念のためにロープを身体に括りつけた平和を望む剣・ローズマリー(a00557)の手招きに付いて行く。が、モンスターを目にしたローズマリー達は、 「「嫌ぁっ」」 と小さく悲鳴を上げた。 遠目でも、『それ』が黒ずんだ緑色の物体だと分かる。 村の中央付近。真ん中を通る道が、そのまま少し開けた広場のような場所に通じている。そこが、今は生き残った村人達の恐怖の吹き溜まり。 ドクリと密かに脈打つ気配。生きているのだと冒険者達に主張するように、緑のモンスター2体はビチリビチリと己が身を波打たせた。
冒険者達が我に返ったのは、泣き声が聞こえた時。 「うわぁんっ うわああぁんっ!」 今まさに、尻尾から左足にかけてを、そのモンスターの1体に飲み込まれているリザードマンの子供が、激しく泣き喚いているのだ。すぐ近くに、もう1人。――こちらはもう抗う力もなく、涙する瞳が子供の親である事を偲ばせた。 その2人の少し奥に、良く見るとさらにもう1人。別の1体に呑まれた身体は、一見では手遅れにも見える。 モンスターに囲まれた村人の誰も、彼らを助け出そうとはしない。それが無駄な努力に終わる事を知っているのだ。 「ち……っ」 救いに出たい衝動が、鋼鉄の護り手・バルト(a01466)の胸を駆ける。波立つ心を、走り出た仲間達の素早さが宥めて行った。 速さで先に立つのは、ヒースクリフとアニタ。 ほぼ同時に、2体のモンスターの輪の中へ、声の矢文が飛ぶ。ティキが念じた言葉は、恐怖に震える人々へ。救助に来た事と脱出の用意をするよう告げた。 動揺と、続く希望の眼差しが、矢文への応えとなって返る。 「アニタ! 持って行け!」 「……っ?」 ライナスから投げ渡された棒を反射的に受け取ったものの、アニタは「???」と得心がいかない様子だ。 『敵を攻撃する』だけでしか使えないリングスラッシャーは、まだ呼び出す訳には行かない。それだけでなく、『助け出すために』『どこを』『何で』狙うべきかを……ヒースクリフとアニタは取り違えていた感がある。 モンスターが大きく膨らんだ箇所には、指先と口元だけが顔を出す状態のリザードマン。そこへ向けてGペンを振り下ろそうとしたアニタを、血相を変えたフラゼッタが止めた。 短剣であろうと鞭であろうと、武器を使えば『攻撃』になる。冒険者が『攻撃』を加えるという事は、『モンスターに呑まれた者の身体を』勢いで傷つける可能性があるという事だ。ただの棒きれで叩いて、結果、打ち身になるとは訳が違う。 その瞬間、ボコリという音と共に、僅かに残っていたリザードマンの指先と口元も飲み込まれ、アニタの手にも緑のものが絡み、ビシっと衝撃が走った。 「あ……っ!」 「任せときなっ!!」 刹那に、後方から――これもかなり際どい事をやってのけたのは、リタ。距離を見たとは言え、目測で。外れれば、やはり他へ『流れ針』が当たっただろうニードルスピアは、取り込まれたリザードマンのすぐ際、一瞬、当のリタも冷や汗するほどの位置に突き立った。 要は、距離を取った為に間に建物などの障害物も入り、ヒースクリフとアニタもいた御陰で『見えなかった』部分には、攻撃しようがなかったというだけの話で……。 「リタ……。外れた時にどうなるか……考えてた……よな?」 背筋を冷たいものが伝い落ちた様子のティキが、呟いて怜悧な視線を寄越す。言葉までは聞こえずとも、視線が問う内容は分かる。リタはただただ首を縦に振り続けるのだった。 さすがに、あとは人々の救出を待ってからでないと使う勇気はない。
アニタを仲間に任せ、ヒースクリフはリザードマンを引き出しにかかる。息があるのか、ないのか、分からないままに。 ニードルスピアに断ち切られた一方の塊は、しばらくすると動かなくなったものの、それで安心できたのは束の間。助け出そうと必死のヒースクリフをも取り込みにかかったモンスターは、同時に、その『自分自身だった塊』に手を伸ばすようにして、呑みこみ始めたのだ。 ダメージのせいか、やや動きが鈍い気がするのが救いだ。 「げ……っ?!」 切り落とされたら、自分の身体ですらも『食べ物』か。言い換えれば、リゼルの言った急所が潰せない限り、いつまでも生き続け、肥大を続けようとするのだろう。 「馬鹿っ 手が動くうちに棒を使うんだよっ!!」 フラゼッタの声に打たれたように、十尺の棒で叩きにかかるヒースクリフ。遅れ馳せながら、リゼルの注意を思い出したのだ。難を逃れたアニタも、借り物の棒で打ちかかり始める。 徐々に、リザードマンとヒースクリフを解放し始めるモンスターだったが、今度は、敵と判断した冒険者達へ攻撃を放ち始めた。 波打つ緑が打ち付けてくる攻撃は、不動の鎧を使ったとて、BlackRainでは防ぎきれない。嬲り殺しの目に遭うのも時間の問題だ。 「ばっかやろうっ そう簡単に仲間殺られてたまるかってんだっ! 知らなかったか! 知らなかったなっ 俺は医術士だ!」 モンスターに向けて啖呵をきり、リタはヒーリングウェーブをかける。淡い光がヒースクリフを包み、ギリギリで踏みとどまらせた。 「ナイスです。リタさんっ」 今ならリタを女神と崇められそうだ。アニタは漸くで抜け出したヒースクリフとリザードマンを庇うと、すぐにリングスラッシャーを呼んだ。
ヒースクリフ達が奮闘していたと同じ時。そして、バーミリオンやラファエル達、救出班が向かったちょうど反対側。 バルトとバルモルトの2人は、モンスターを目の前にして眉を寄せた。 「境はどこだ……?」 境目の辺りの緑の物体は、うねり、互いに絡み合うようにしている。 「元々、形なんか無いんだ。ぶった切っちまえば、適当に1個に纏まるんだろっ」 返しながら、バルトは破魔ワンドに紋章の力を込める。 「やるぜっ」 「ああ」 エンブレムブロウと兜割りが叩き込まれ、モンスターはブツブツと3分割された――ように見えた。 実際は、ただの刃で切られた部分はすぐに元に戻り、エンブレムブロウの効いた箇所だけが叩き潰され、割られていた。返り血ならぬ緑の衝波は、バルト達を取り込む前に、互いの中間に転がる『切り落とされた自分達』に向かって延び、すぐに呑み込んだのだった。 「生き汚い奴等だな……」 言うと、次いでの砂礫陣で、バルモルトはモンスター達を引き下がらせる。ザッと舞い立つ砂の礫は、牽制としては効果的だった。ただ――。 「うわっ?! バルモルトっ 砂礫陣使うなら、使うと言っておけっ」 巻き込まれたバルトの恨み言を、とりあえず「すまん」のひと言で片付けて。エリカとローズマリー、ティキの3人を中に通す。 『入口』に残った2人は、時に内側から、外側からと、ドロリとした身体を引きずって迫ろうとするのを、砂礫陣と、棒をうち振るう事ではらう。 「落ち着いて下さい。安全な場所へ避難しますから、私達の後に付いてきて」 率先して呼びかけたローズマリーが、助け手であり、同時にヒト族だったのは、村人達に安心感を抱かせた。だが、それでも恐怖で足が竦んで動けぬ者もいる。 「12人ね……?」 彼女が人数を確認し、エリカは動けない者達の支えに回った。 「……っ まだか」 魔矢をつがえ、弓を引き絞ったティキは小さく呟く。 想像以上に手間取っていたのはヒースクリフ達。他、2班の方を窺うと、ラファエルが香水を投げつけたところだった。
肉斬り包丁の大地斬で、モンスターをぶった斬ったところまでは良かった。だが、やはりここでも斬ったと見えたのは一瞬だった。取り込まれていたリザードマン女性に、「えいやっ」と言わんばかりに取り付いたポポムの土塊の下僕達は、あっという間に半数がモンスターに飲み込まれて行ったのだ。 投げつけた香水にも、相手は怯む様子がない。嗅覚ではなく、振動か何かで相手を察知しているのだろう。 「「やばいっ」」 揃って声を上げたラファエル達。状況は、元の木阿弥となっていた。 そのすぐ隣りには、リザードマンの子供。尻尾と左足を取り込み始めていた部分を、バーミリオン達が2人がかりで棒で叩いて放させ、『子供の救出には』成功していた。 バーミリオンに抱えられ、子供は打ち身程度の被害で避難させられた。だが、ホッと息をつくライナスへ、ティキの鋭い声が飛んだのだ。 「気をつけろっ!」 驚いて振り向いたバーミリオンは、状況を悟ると、咄嗟に駆け出そうとして……怖がって離れようとしない子供に足止めされた。パニックになっているのだ。 「怖いよ、こわいよっ」 そう号泣しながら訴え続ける子供を、まさか邪魔だと叱咤する訳にもいかない。 「大丈夫だよ。ね? 俺はまだ皆を助けないとっ 捕まってるの、お父さんとお母さんじゃないの?! いい子にして待ってられるよね?」 「ふえっ えぐっ うう……っ」 必死に宥めるバーミリオンに、子供はガタガタと震えながらも頷く。 彼が見たライナスは、ヒースクリフ達と同じだった。獲物を奪われ、モンスターが攻撃に転じたのだ。緑の衝波が彼を打ち、継いで腕や足に巻きついていく。 ただ、それが、同じモンスターに取り込まれている、リザードマン女性の救出に回っていたラファエル達には幸運をもたらす。動きが鈍り、女性を放させ易くなったのだ。 バーミリオンの迷いは一瞬。放り出された棒を拾い、 「今よっ」 掛け声をかけるラファエルを手伝う。 (「誰かライナスさんを助けてあげてっ」) そう心の中で叫びながら……。
状況を見ていたティキに、それが聞こえたとは言わないけれど。気持ち的には『そんな気はした』かもしれない。 ローズマリーとエリカは、まだ村人の避難から手を放せない。ジリジリと追い詰められていた村人達の精神的な疲労は濃く、半数は、彼女達に支えられながらでないと脱出もままならなかったのだ。 「頑張って下さいね。しっかりっ」 「大丈夫ですぅ。エリカは小さいけど、冒険者ですぅ。ちゃんと外まで守ってあげるですよぅ」 そんな励ましの声が絶えず聞こえてきていた。 彼女達のすぐ後ろで起こっている事を、特にエリカが見たら辛いだろう。『気を回す』など、本来、無縁なのだけれど……。今は他に手が空いていない。 「やったっ!」 ラファエルの歓声と共に、ティキは魔矢を外し、葉送楓を繰る。舞い、放った衝撃波でモンスターが消沈するまで――2度の手間。その間、飲み込まれていく仲間を見るのは、ゾッとする経験だった。 「1体が止まったか……?」 いぶかしむバルトの声に、 「止めた。が、すぐ動きだすだろう」 とティキが返す。 確かに、飛燕連撃を放ち、ライナスがモンスターから脱する間に、それはもう動き始めた。同じ仲間がリングスラッシャーの攻撃を受け、身体を振るわせた振動のような鳴き声を放った為だ。 「始末しましょう」 避難させた村人を背後に庇ったローズマリーは、最後にティキが『外』へ出てくるのを待って言い放つ。スキュラフレイムを撃ち込む心積もりだった。 「ライナスさんっ 早く退いてっ!」 我慢も限界にきていたバーミリオンは、その状況に慌ててファイアブレードで突っ込んで来る。まだライナスはモンスターのすぐ傍にいたのだ。 「ば……っ」 運良く麻痺状態にはならなかったものの、咄嗟に腕を引くライナスが居なかったら、今度はバーミリオンがモンスターに取り込まれた事だろう。 直後に、スキュラフレイムの炎とナパームアローの爆発が起こり、モンスター2体は葬られたのだった。
リザードマンの家族は、冒険者達の到着がもう少し遅かったなら、2人は死亡していただろう。結果的には3人が無事だったが、特に父親は、1度はモンスターに飲み込まれ、その疲労とショックで回復に時間がかかる状態となってしまった。 「なんだか、とても疲れました……」 アニタは呟いたが、徒労に終わらなかったのは幸いだ。 モンスターの死骸は、ローズマリーのたっての希望と村人達の了承――幾人かの犠牲者が出ていたから――で焼かれた。
帰路に着く冒険者達は……。 「バルモルトぉ〜っ! おーまーえーはぁーっ!」 相次いでの砂礫陣で、すっかり傷だらけにされたバルトの恨み節が永遠と続き、バルモルトがついに頭を下げて謝ったのと、 「あの時、『馬鹿』って言おうとしたでしょうっ? 俺、必死だったのにーっ」 ライナスに食ってかかるバーミリオン。 そして……。その後ろで、揺れる犬尻尾に今こそタッチと構えるエリカの姿を、苦笑して見ている仲間達の姿があったのだった。

|
|
参加者:10人
作成日:2004/05/16
得票数:冒険活劇1
戦闘10
ダーク1
|
冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
|
|
あなたが購入した「2、3、4人ピンナップ」あるいは「2、3、4バトルピンナップ」を、このシナリオの挿絵にして貰うよう、担当マスターに申請できます。
マスターより許可を得たピンナップ作品は、このページのトップに展示されます。
|
|
|
シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
|
|
 |
|
|