<リプレイ>
眼下に広がる黒い森から舞い上がる風が、頬を優しく撫でて遥か頭上に輝く月へと昇ってゆく。 頭上に輝く月から降り注ぐ光は、大地へ吸収されて柔らかい光を放ち、踏みしめる彼等を祝福するかのようだ。アムネリアはわぁ……と紫色の瞳を輝かせて、落ちてきそうなほどに輝くその月へ手を伸ばして――
「全力を持って躾という名のバトルを戦い抜いて、こっちが上だと解らせ――」 足元を蜘蛛糸で固め、万全の体勢でもって戦いに挑もうとしたパークはしかし口上の途中で白い犬怪獣に食われた。何故食われたのかは不明だが、多分前口上が長すぎたのだ。 「だ、だめー! ししょーたべちゃダメー!」 パークの首から上をバックリといったミルクを揺すって吐かせようとするクリューガーだが、揺らすたびに段々と牙が食い込んでいくような気がしないでもない。 「誰もいない光景なら乙女チックなのかもしれないですけど……」 えぐえぐと泣きながらミルクを揺すってはドツボに嵌ってゆくクリューガーとパークを見ながら、カヅチは「このメンバーで行って乙女チックですむと思わないことですね!」と満面の笑顔でアムネリアにサムズアップした。 「うわーん、バカー!」 カヅチに乙女の大切な一時をあっさりブレイクされたアムネリアは泣きながら走り去っていったりもしたが、そろそろ痙攣しだした哀れな忍びや走りさった霊査士を見なかった事にしたルストは花弁の中央辺りに座り暫しの間月を眺めて、「……静かですね」と呟いた。 海底の底を思わせる蒼い夜空に浮かぶ月は穏やかな光を湛え、星々の小さな光が天空を埋め尽くす……そしてルストたちが今いる場所は、それらの光を集めて作った地であるかのように柔らかな光に包まれる綿帽子の天空園……デュラシアは奥さんから貰った紅茶カップに星空を映すと、自分の体に小さな光の粒を取り込むように一口含むんだ。 「ほんの数日前、ここで戦って負傷してたんですよねぇ」 静かに景色を愉しむルストやデュラシアから視線を周囲の綿帽子に移しユリアスが呟き、あれだけの戦いが嘘だったみたいですとフォーネが頷いた。闇夜に浮かび上がるようにゆらゆらと揺れる綿帽子の原はそれだけを見ればとても平和そうで……ここがエンケロニの花の上であることを忘れてしまいそうだ。妙な感じですねと杯を傾けるユリアスに、 「こんな贅沢な経験もそうはないですよ」 フォーネは少し上気した笑顔で返す。そして口当たりの良い果樹酒を一口含んでから周囲を見回せば、風に凪がれる光の原。手に触れた綿帽子をそっと摘むんで空へと放てば、風に流された綿帽子が何時の間にか満天の星空の一部となったかのようだ。 「うん、足元と星月夜両方楽しめてお得」 「この光景を見れたのは討伐に参加した特権かなぁ〜ん?」 飛んでいった綿帽子にシエルリードは満足そうに杯を掲げ、綿帽子の園と星空にアデルは呟きを漏らす。少し踊りつかれたリィアも地面に座りながら星空を眺め……星屑のキャンバスに思い浮かべるは、仲間達と共に駆け抜けた短い時間。 「あっという間だったなぁ〜ん」 「うん、でも、すごく充実してたなぁ」 リィアと同じように星空を見上げていたミオは独り言のように呟き、キヤカも独り言のようにそれに応えた。二人は同時に視線を星空からお互いに向けると、お菓子食べる? ジュース飲む? と持ってきた星型の砂糖菓子と蜂蜜とレモンを混ぜた飲み物を見せ合い笑いあう。そしてミオは薄桃色の可愛い服の裾を揺らしながら立ち上がり、最後は絶対に楽しい思い出を作るなぁ〜ん!! と、拳を握り締めた。 「おう! 今まで楽しかった。だから、最後まで楽しもう!」 シエルリードから分けてもらった酒を片手にジィルがミオに頷く。兎に角楽しんで、皆に感謝だ! と幾分呂律の回らない口調で拳を振り上げるジィルにクーヤは若いわね……などと小さく微笑んだりもしたが、楽しんだもの勝ちだろう。ちなみにジィルが呑んでいる酒は、シェリパが麺つゆに変えていたりもしたけれど全く気にしていない様子だ。シェリパは何となく敗北感に打ちひしがれていたけれど。まぁ、そんなもんである。 「ボウケンシャーイエロー見参!」 何時の間にか戻ってきていたアムネリアにピヨピヨは差し出した怪しげなキノコをさっくり断られ、自分で処理したピヨピヨは気が大きくなったのかライチの奏でるヒロイックな音楽に乗せて名乗りを上げる。そして、セラフィードからお菓子を貰って喜んでいたペルシャナをピンクに任命し、さらにそこら辺メルフィナをブラックに任命。 「なんで私が黒なのかな?」 ピンクにされてなぁ〜ん♪ と喜んでいたペルシャナは別として、黒に任命されたメルフィナは大変お気に召さなかったらしく……何か弁明をしかけたピヨピヨの目の前で指を鳴らすと黒い犬怪獣……つまりはボーラがピヨピヨを咥えて走り去っていった。何か色々踏んではいけないものを踏んだらしい。 「あー、メルフィナやわらけー」 ふぅやれやれと一仕事終えた清々しささえ漂わせるメルフィナにレジィはボフっと抱き、「おお〜っと、レジィさんの抱きつき攻撃です!」などとユリアが解説する。レジィさんは今回も大敗北ですと考えていたユリアだが……普段と様子の違うレジィをメルフィナは優しく撫でるだけで別に何が大敗北と言う事もなさそうだ。これではむしろユリアが敗北だ、見上げた星空に少し懐かしい金髪の天使を思い浮かべてユリアは一人黄昏るのだった。 「……って死んでねぇよ! 勝手に殺すな!」 色々と危険な妄想に浸っていたルナシアが黄昏ていたユリアの真横で不意に叫んだものだから、ユリアのみならずお夜空に浮かべたあの人の顔も吃驚だ。そして頭の上の小さな輪を色々な色に変化させながらフワリンに乗って通り過ぎたウィンスィーがいたりして更に吃驚だ……光るエンケロニに対抗して光って見せたらしいウィンスィーだが傍から見るとただの危ない人のような気もする。 「……こうして冒険者達の渾身の攻撃により、緑種の女王エンケロニは斃れたのだった……だが彼らに休息は無い。いずれ第二第三のうぶぅっ!?」 「なぁん!? なぁぁぁぁぁ〜〜〜ん……」 ついでに女王に対抗したらしいウィンスィーの姿を見て不吉な事を呟いたルシュドとエンケロニもこうなったら綺麗なぁ〜ん♪ とのんびりしていたリュリュが茶色い犬怪獣ことリストに食われていたが、甘噛みだから大丈夫だ。特にリュリュは明らかに巻き添えを食らっただけだが、気にしてはいけない。ルシュドとリュリュに南無南無と手を合わせたナナは、頭に小さな輪を乗せたウィンスィーの様子にそうなぁ〜ん♪ と両手をを叩くと光る綿帽子を紡いで柔らかく光る輪を作った。 「お疲れ様なぁ〜んね。アムネリアちゃんもすっかりワイルドファイアに馴染んだなぁ〜んね♪」 作った輪の出来に満足気に頷くとナナはそれをアムネリアの頭に乗せてニッコリと笑う。その輪の綺麗さにわぁ……と少し目を輝かせるアムネリアの尻尾をジィっと見つめて、 「尻尾にリボン結んで良い?」 ユイリは白いリボンを手にキラキラと瞳を輝かせながら聞いてみる……ちょっとした野望だったらしい。アムネリアは特に断る理由も無いので好きにして良いぞと応えた。出来たよーとニッコリ笑うユイリにアムネリアは自分の尻尾を確認して、一瞬パァっと顔を輝かせ、 「ふ、ふむ……いいじゃないか」 咳払いをしてすぐにいつもの調子に戻ったが、リボン付きの猫尻尾が嬉しそうにゆらゆら揺れていた。 「此度もお役目お疲れさまですの」 そんなアムネリアにリィが挨拶に来る。アムネリアが団長で嬉しかったと、これからもお力になれるよう常に精進しておくと言ってくれるリィにアムネリアは優しく目を細めて――にゃう!? と奇声を上げた。 リィに気を取られていた隙に背後に回りこんだルナシアに尻尾をつかまれ、あまつさえ撫でられたのだ。……まぁ、そのすぐ後にルナシアはボーラに首から上を咥えられていたりもしたけれど。 その後、ウィヴの手によって他の肉と物々交換されたルナシアは無事に開放され、やる事をやり終えてぐったりとしているルナシアを中心にユイリやリィがお互いを労うように集まった。同じ目的を目指して奔走した仲間達、道程は険しく辛い事もあっただろうが……それでも楽しかったと彼等は笑いあう。 辛い試練を乗り越えた先にあるものは何だろうか? 戦いの先にあるものは何だろうか? と考え、惑う事がある。その先にあるものが彼等の様な姿であるのなら……大丈夫、まだ頑張れる……。
「晴れてよかったですね、アムネリア団長」 月が凄く綺麗ですとマイシャは、ヴィーナと一緒にぼんやりと夜空を見上げていたアムネリアに近づき、猫と月って何だかぴったりな感じですねと言う。差し出された魚の形をしたクッキーを受け取り、猫と月と言う台詞にアムネリアは首を傾げた。月といえば兎じゃないのかな? とウサギの方に視線を向ければ、 「あぅ! 食べてないのにお菓子がなくなっちゃったのです!?」 お菓子を両手に抱えすぎて途中で落としまくったらしいウサギが衝撃を受けていた。そんなウサギにもマイシャは魚の形をしたクッキーを渡し、カミュが「如何ですか?」と紅茶とクッキーを手にのんびりと微笑んだ。 「忙しくはありましたけど、本当に充実した日々でしたね」 ウサギカレーを手にイスズはしんみりと呟き、本当に充実していましたとカミュも頷く……何もかもが初めての経験で付いていくので精一杯だった時もある。特に最後の決戦などは……そこで向けられた視線に気が付いたマイシャが首を傾げると、カミュは有難うございましたと微笑んだ。 「最後の戦いに参戦出来無かったのが心残りだ」 きょとんとするマイシャを他所に、エフェメラはアムネリアに近づくとお菓子を進めながら小さく本音を零した。色々な経験を積めて全力で取り組めたけれど、だからこそ心残りだと。心残りを持つものはエフェメラだけでは無い。少し離れた場所に一人寝転がるスゥベルもまた夜明け前の一番暗い夜空に、あの日の夜空を重ね、今日と、あの日のことを忘れまいと忘れないと心に誓う。 「……ってあの、ちょっとミルク、あたしは別に落ちそうになってるわけじゃないの〜!」 ミルクに引き摺られて来たスゥベルとその様子を見ていたエフェメラを見守るようにアムネリアは目を細めた。後悔する気持ちがあるのならば、きっとまだ先へ進めるのだから。 「長い様で短かったな……」 犬の尻尾をパタパタと振りながら月を眺めていたリンもエンケロニの護衛士として活動した日々を思い起こす。そしてこの場所は自分が生まれた場所とも育った土地とも違うのに、「帰って来た」と言う気がするとリンは思う。何故そう思うのか……それは解らないけれど、もし再びこの地を訪れるなら……。 「ここは何時でも戻って来られる場所だけど……戻って来る時は、また皆と一緒が良いな」 同じ場所に帰ってきても、隣にいる人物が変われば全く別の景色となる事がある……リンの言葉に、イリシアは頷いた。ここから見える景色が綺麗だと思える事、皆で笑い会えるこの一時、それは此処に居る皆で掴み取った結果なのだから。 決して一人では乗り越えられなかっただろう、だから何時かまた皆で……ともう一度だけ繰り返し、リンは月を見上げた。
エンケロニの花弁に腰掛けてラシェットはぼんやりと夜空に浮かぶ月を見上げていた。そして視線を手元に落とせば手にした杯を満たす紅茶に月の姿が映し出され水面に揺れるその姿が何層もの光となる。 「……綺麗」 その光から視線をもう一度夜空に輝く月へと移し呟いたラシェットに横からミルクが顔を寄せる……危ないから連れ戻しに来たのだろう。ミルクの顔に頭を預けて「少しは私でも、役に立てたのかな」と問いかけるラシェットにミルクは何も応えない。けれど……何も抵抗しない犬怪獣の体は温かくて気持ちよかった。
白い綿帽子の園に身を横たえ、星空を眺めていたラングはその星が一つ、一つと朝の光に消されていく様を暫くの間眺めてから体を起こす。 僅かに水分を含んだ風がラングの黒い髪を撫ぜて……首筋に髪が触れた。ある決意と共に伸ばし始めた髪が此処まで伸びるのにあっと言う間だった。それほど毎日を駆け抜けるように生きてきた。 ――朝日が昇る。 闇色と星々の煌きが支配していた世界は反転し、空には青色が大地には緑色が溢れる。 「わぁ……」 誰からとも無く漏れた感嘆の声は、眼下に広がる世界が緑色に彩られる様のためだろうか。遥か地平の彼方から現れた太陽そのものに対するものだろうか。 日の光によって暴かれた暗闇の中に、大地は果てしなく広がり先ほどまで世界の全てのようだった、このエンケロニの花の上がちっぽけなものに思えるほどだ。 誰かがエンケロニの綿帽子を空に撒いたのか、無数の白い綿帽子が掃天の空へと昇っていく。 「綿帽子が飛んでいくね……ここに集った僕達も彼らのようにまた思い思いに旅立っていく……」 風に流されて行く綿帽子を見つめてシエルリードが呟く……ふと、視線をエンケロニの花の上へと戻せば皆それぞれに帰り支度を始めていた。どんな楽しい時間も何時かは終わってしまうけれど……、 「仲間と共に全てを終えた後の、一期一会の光景」 絶対に忘れませんとフォーネは柔らかい笑みを浮かべ、シェリパはエンケロニから見れるこの景色をキャンパスへと映してゆく。あるものは最後にと再び労いの言葉をアムネリアにかけ、あるものはまた会おうと言ってこの綿帽子の庭園を去ってゆく。 「おやすみなさい、エンケロニ」 ウィンスィーはエンケロニの花弁に手を添えると優しく語りかける……貴女の事を忘れないように蒲公英を沢山育てますねと。
深緑に染まる森から吹き抜ける風が、白い綿帽子たちを舞い上げる。 新しい朝に旅立つ彼等を祝福するかのように降り注ぐ日の光を受けてキラキラと輝くそれらに、旅立った仲間たちの姿を重ね……行ってらっしゃいと呟いた。
【おしまい】

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参加者:39人
作成日:2007/09/01
得票数:ほのぼの26
コメディ2
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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