<リプレイ>
●比類無き灼熱のDark Card 「……にゅぅぅぅ、あづいにゃあぁぁ」 押し殺したように、それでも心底堪えているかのように。ごはんが大好き・キララ(a25679)が呻く。 もう九月だと言うのに、戦場の酷暑は収まる気配さえ見えない。 「……地を這う太陽、かな。悪気じゃなくて悪意の塊、でしょう?」 殲姫・アリシア(a13284)の脳裏に、ふと古い皮肉な物語の一節が浮かんだ。 その彼女の視線の先で、ギラギラと輝く大きな太陽――そして、禍々しく地面を焼く小さな太陽……二つの熱の塊に照らされて、村は、吐き気すら催しそうな熱に包まれていた。 「太陽は二つも要らん。ま、可愛い子なら大いに居ても結構だがな」 「まぁ……こいつは、ただ存在してるだけでも危険だからな」 遠目に敵を見やり、魔霧・フォッグ(a33901)、幻槍・ラティクス(a14873)。 宙空数メートルに浮かぶ小さな熱の塊は、本当の太陽に比べれば、脆弱な存在。だが、その小さな存在が、人を殺め、地を乱すに十分な脅威を秘めている事も又、明白な事実だった。 渇きに支配された人々の断末魔は、非業の死は、正視するには居た堪れぬ。 「……不足は無い、と言う他は無いだろうな」 「これ以上の被害者を出さない為にも……な」 それでも、命枯れ、褪せた村の廃墟を眺め、無刃・エクサス(a01968)、蝶の傍らで奏でる旅人・ジョアン(a37411)は、そう続けた。 「正位置のカードは、未来の成功を暗示するそうですが……」 溜息を吐くように、錦上添花・セロ(a30360)が呟く。 今日、パーティ十二名は、依頼を受け、モンスターの討伐に訪れた。 敵の名は、19、The Sun。それは、フィオナが便宜上名付けた呼称に過ぎないが、敵はそのモチーフに相応しい形状と能力を持っているようだった。 彼等の内の多くが良く知る『この敵』は、決して侮れる相手では無い。現れたナンバーズの悉くが、モンスターの中でも強力な部類であった事は、戦いの記憶に強く残っていた。 「……翻って、人は、太陽だけでは生きていけぬという最悪の例示ですね」 「何物も過ぎれば良くないと言う事だ」 無影・ユーリグ(a20068)、有限と無限のゼロ・マカーブル(a29450)の口元が、皮肉に歪む。 ……これまでの経緯、敵を発見するのは、さして難しい事では無かった。それなりに建物が多い村内の相手であるから、視覚的には必ずしも容易い訳では無かったのだが…… 「この糞暑い中、こんなのにこれ以上居座られるのも迷惑千万じゃの、さっさと退散させようじゃないか」 白牙・ミルミリオン(a26728)の言葉が示す、敵の何よりの自己主張。 真夏日を更に倍にするような酷暑は、敵の位置――冒険者が進むべき道を教えてくれた。近付く程に暑くなる。勿論、望んで行きたい季節では無いが――依頼の達成には好都合。 「いよいよ、ですね」 輝銀の胡蝶・ミク(a18077)の言葉が、乾く。 目前の熱球が、ずくんとその大きさを増した気がした。 歴戦の冒険者達は、数多い戦いの中で、その風を識っていた。眩暈にも、高揚にも――場合によっては、恍惚にさえも似た一瞬。 その時間を経て、短い開幕への猶予は尽きる。 死戦が幕開けを迎える事を――その経験と、本能で察していた。 「良かろう!」 熱い空気を切り裂いて、凛と――アルカナの・ラピス(a00025)は宣告する。 「既に滅びた太陽の王国の者達への手向けじゃ、汝も鬼門をくぐりて散ると良い!」
●熱波奔流 戦いには、セオリーというモノがある。 高機動を誇る相手への対処、堅牢なる要塞を攻略する為の多角包囲。圧倒的な攻撃力を受け止める防御、各自の任務、役割分担―― 敵は、一見だけすれば、コミカルとも形容出来そうな光の球だったが。パーティは、当然、油断しない。 幸いにして、光球の佇む場所は、村の広場だった。そのスペースを利用し、敵から向かって半円に陣形を敷いたパーティは、一呼吸の間にその戦闘準備を整えていた。 前衛には、マカーブル、ジョアン、ラティクス、キララ。 その後ろ、中間的な位置に、エクサス、セロ、フォッグ、ラピス、ミルミリオン。 更には、後衛にアリシア、ミク、ユーリグをそれぞれ配している。 敵は、刃を向ける戦士に熱波のお返しを仕掛けると言う。中衛以降に多くの戦力を配したのは、接敵での戦闘に限らぬ多彩な攻め手を計画しての為だった。 無論、間接射程を持つ攻撃とて、接近されれば近接位置だ。前衛が突破されれば、そうも言ってはいられないのだろうが。 「さって、行くかね」 ミルミリオンの言葉に、パーティが自然と頷いた。 中衛中央やや後衛寄りに位置した彼女は、その速力と静謐な祈りを以って、言い知れぬ渇きを与えると言う19、The Sunの能力を抑える手筈となっていた。 戦場に蟠る熱は、一瞬毎にその強さを増していた。 パーティは、座して『その時』を待つ事は、しない。 「さて、沈まぬ日は無い、という事を教えてやろう」 誰よりも速く――マカーブルが、動き出す。前衛として敵前に立つ彼には、可能な限り敵の注意を引き付けるという役がある。烈風を纏い、従え、間合いを走る彼に、 「絶対に、ここで倒す」 ラティクスが続き、並び掛かる。 その後方では、 「安全祈願のおまじい〜ご利益ありますョ♪」 ジョアンが、ミルミリオンに鎧聖の付与を施していた。 素晴らしい速力と連携から、まずは、パーティが先手を取った。元より、素早い敵では無いのだろう。光球は、悠然と、向かってくる二人を迎撃する様子を見せていた。 (「多少の傷は、覚悟の上――!」) 威力ある外装を得たマカーブルの刃が振り下ろされた。光球は、避けず防御の様子も見せない。 その斬撃は、一閃に終わらず、 「は――!」 超高速から放たれたラティクスのそれをも呼び込んだ。 「……っ!」 だが、モンスターのその形状の為か、二人には確かな手応えは無い。非実体を切り裂いたかのような空虚さと、強烈な熱の奔流がお返しとばかりに戻ってきた。 二人は、咄嗟に僅かに飛び退いたが、その利き手は一瞬の熱に焼かれ、爛れていた。その形状を揺らめかせ、僅かに乱した光球は、ダメージがあったのか猛っている。 しかし、パーティは、この一攻防で敵が持つ厄介さを再認識する事となっていた。 「厄介だね。……まぁ、それ位はすると思ってたけど」 アリシアは、敵を見据える。 呼吸をするだけで、苦しい熱気。形容し難い消耗感を強いるこの戦闘。 冒険者一流の戦闘勘が、告げていた。この戦いを長く続ける事の、その意味を。 「お前の光とこの火炎、どちらが熱いんだろうね?」 ならば、と彼女は火玉を紡ぐ。目前の光球にも負けぬ、力ある炎の集約。 放たれた一撃の直撃は、まさに灼熱の喰らい合いだった。 熱気が奔流する。非常識なまでに高まった戦場の熱は、ぼんやりと蜃気楼すら生んでいた。 「これで――!」 続け様に、セロの一閃が、熱気を切り裂く。 不可視の刃が、光球を揺らめかせ、更なるダメージを連ねた。 だが、連続攻撃にも、未だ光球は、十分な余力を残している様子だった。土台、冒険者とは次元の異なるモンスターの頑強さは、それに即座の反撃を選ばせていた。 「来ますよ……!」 他ならぬ、直前の一撃を放ったセロが気配を読み取る。 震えた光球は、何かの力それそのものであるような身体を震わせていた。熱気をその身に取り込み、膨張する。そして――
ごう――
轟音を立てて、強烈な熱波が放たれた。 「――――っ!」 パーティから、誰のモノとも知れぬ苦鳴が零れ落ちる。 熱波は、陣形を組んだパーティの後衛までもを襲っていた。 体力の回復を禁じる渇き、そして、同時に肺を直接焼くような熱の風。冒険者だから、その生命を保っていられるようなモノだった。それは、普通の生命が許容出来る範囲には、無い。 だが、パーティは、半ば事態を想定していた。 鍛え上げた肉体の力か、精神力が成せる技か。動きを失った仲間達を救わんと、一瞬で呼吸を取り戻したミルミリオンが動く。 「攻撃は、任せてるんだ。ここで動けなきゃ、意味ないしね――」 彼女は、光球を超える速力を持ちながら、敢えてその手番をずらす事を選んでいた。この悪魔の『渇き』は、その敵の賦活を阻む。彼我の耐久力差を考えれば、その対策は肝要だ。 おまけで、麻痺がついてきたのは予想外だが――回復の重要性は、尚の事、高まった。 静謐な祈りが、病的なまでの熱気を幾らか払う。呼吸を失った仲間達に、生気が戻った。 「天より降り注がれる輝きは……時に試練となり……時に希望となる……。 ですが、絶望しか生み出さないそんな光が、必要でしょうか?」 黒炎を纏ったミクが、言葉と共に銀の杖を掲げた。 「……そんなモノ、二度と人々の頭上には、昇らせません」 癒しの力が降り注ぐ。 「態勢を、立て直すのじゃ!」 更に続いたラピスは、体力を大きく奪われた仲間達の助けとなる。 威力のDark Cardに、連携と手数の冒険者。戦いは、始まったばかりだった。 だが、蜃気楼の向こうの光球が、面白く無さそうに揺らめいたのは、果たして気のせいだったろうか――?
●渇殺領域 「それにしても随分とお高いとこに居やがるな……」 皮肉なフォッグの言葉は、19、The Sunに向けたモノなのか。 それとも、能天気に眼窩を焼く本物の太陽に向けられたモノなのか―― 戦いは、予想通りに壮絶なモノとなっていた。 「……賭けは私の負け、ですね」 無限の渇きを生む敵の力を阻まんと、ユーリグがヘブンズ・フィールドの展開を試みたのだが、これは今回奏功せず。戦いは、一進一退のまま、削り合いの形になっていた。 「あっついにゃ……!」 残像すら残す高速の刃を振り切るも、余波のダメージは免れない。 その顔に浮かぶ消耗を隠せず、キララが呟く。彼女の身体のあちこちは焼け焦げ、埃に塗れていた。衣装は乾き切っているが、それはかいた汗がその都度蒸発しているからだった。 元より、或る程度の早期決着を望むパーティである。 「近すぎる太陽にゃ、いよいよ有難味を感じられないねえ」 「さっさと、沈みな」 中衛のエクサス、フォッグより放たれた真空刃、気の刃が光球を次々と襲ってはいるが…… パーティの攻めは、回復に手を取られ、どこかその苛烈さを欠いていた。後手に回ったと言えばいいだろうか。早期決着を望みながらも、そのペースを支配し切れて居ない。 そして、ミルミリオンだけでは無く、複数の用意を重ねたパーティは、十分に敵の対策を取っていたが。それすら及ばぬ不運も、ある。 「く――!」 迸った強烈な閃光に、戦場が混乱をきたした。禍々しい光が、判断能力を奪い、パーティに一瞬の同士討ちが起きる。それは、支え合う形で戦闘を行う彼等にとって、痛手となっていた。 「苦しいのはヤツも一緒だ……!」 半ば怒鳴るように、ジョアンが叫ぶ。力ある旋律は、騎士に許された新たなる賦活。 回復の遅れと混乱で、フォッグが倒された。余力を削られ続けるパーティには、決して余力は無い。 だが、それは……あくまで、敵も同条件だった。 「我慢比べに負けるんじゃねぇぞ!」 圧倒的な猛威を振るった灼熱が、気のせいか弱っている。或いは、戦場にある冒険者の感覚が麻痺しただけかも知れない。或いは、本当に気のせいであるのかも知れない。しかし、それは、幾度と無く死線を越えてきた一同を奮い立たせるには、十分過ぎた。 勝機があるならば、敵の隙が僅かでも存在するならば、それを穿ち、決壊させる。断固として。 安易な諦念は、あくまで冒険者から遠い。その鋼のような精神力は、幾度と無く無情な戦場に、奇跡を呼び込んできたのだから。 「……っ!」 幾度も危地を救い、奮戦したジョアンが、集中した光線に吹き飛ばされる。 数を減じるパーティに、光球は猛然と威力を振るい続けた。 だが、やがて――連続する攻防から、好機が訪れる。 「残り全ての風を束ねて……これで勝負にゃ!」 キララの呪痕撃を受けた敵を指し、ラティクスが号令する。 ラピス、ミク等の支援を受け、パーティは一気呵成に攻めに転じた。 「絶好の機会! 皆、一気に行くぞ!」 それは、耐え凌いできたパーティが作り出した、最初で最後の機会。 「食らえ」 我が身を省みず、肉薄したエクサスの斬撃が次々と光球を切り裂く。 「今一度、『死の舞踏』を見せてやろう」 強い踏み込みから、斬撃を横に一閃したマカーブルも、最早熱の余波を構わなかった。 「終焉には、十分だろう?」 「落ちな!」 ここで、ミルミリオンも、攻めに回る。鋭くブーメランの軌跡が突き刺さる。 「逃がさない……!」 退きかけたそれの動きを、アリシアの放った銀狼が喰い繋ぎ、 「今度こそ――」 動きを失った的を、ミクの黒炎が焦がす。 「苛烈に過ぎる熱は秋風とともに疾く過ぎ去るものです。 そろそろ終わりにしましょう……!」 ここで、絶妙のタイミングで重ねられたセロの一撃は、完全に光球を貫いた。
おおおおおおおおおお……!
それは、怨嗟。 限りない邪悪と、限りない殺意を秘めた呪いの声。 「昼だけでも晴れだけでも、人は生きてゆけません。要はバランスですよ、悪しき化身」 ユーリグの炎に呻く光球には、最早余裕は無かった。 ラピスは、勝負の瞬間を察して、その盾を構える。中衛より、前衛に出るかのように。後方の仲間達だけは、何としても守り抜かんと。 「来るが良い、叶わぬ渇望よ。妾は、決して此処より退かぬ――!」 全てを漂白するように、光が弾ける。 先の閃光に倍するその熱量、光量は、戦場の全員の視界を、白く、白く灼いていた。
●決着 「貴女は私の太陽だ……なんて口説き文句があるが…… あんな太陽では相手にする物もおらんじゃろうのぉ」 静けさを取り戻した廃墟に、年不相応なキララの呟きが漏れた。 「全てに於いて、過ぎたるは及ばざるが如し、過剰な力など無力な物。 肝に銘じてただの魂に帰するが良い」 最後の一瞬、光球は勝利を確信しただろう。 パーティに、渇望を食い止める力は無く、事実多くの仲間が倒された。 だが、敵の一撃が、冒険者を折るに到らなかったのは、必然の内だったのかも知れぬ。 前衛は、我が身を省みず敵に挑み、中衛は、諦めずに敵を削り続け、後衛は、戦場を支え続けた。ミルミリオンは滅私とも言える祈りに終始し、ラピスは己が身を盾にその術士を守り抜いた。 叶わぬ渇望に、パーティが倒れず。ユーリグ等より回復を受け、最後の一撃をキララが紡ぎ切るに到ったのは、決して偶然では無かっただろう。 「これで、少しでも安らかに眠れるでしょうか……」 既に生活音の絶えた廃墟で、ミクは目を閉じ祈りを捧げる。 闇のカードの被害は絶えないが、十九番の撃破は、一つの救いになるだろうと。

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