<リプレイ>
●平原の死せる守人達 森はあと少しで木々がなくなり終わってしまう。その向こうには光溢れる広々とした平原が広がっていた。その中に小さくポツリと砦跡が見える。 「……あれだな」 木の幹に片手を置き、業の刻印・ヴァイス(a06493)は黒い突起物の様にしか見えない砦跡に視線を向けた。 「身の丈が3メートルもあると、普通の大きさの砦への出入りは大変そうですね」 砦がある程度原型を留めていてくれれば、敵がこちらへ向かってくるのにも差が出てくるのではないか……と、エンジェルの医術士・アル(a18856)は期待してしまう。 「牙狩人にどのような恨みがあるのかはわかりませんが、もはや人ではないのですからその恩讐と共に滅するべきでしょう」 漆黒の闇夜色をした瞳にはもっと多くの思いを秘めていそうであったが、それを言葉にするつもりは……少なくても今の蒼月華・チョウブ(a30426)にはなさそうであった。戦いはまだこれからであり、今は力こそが未来を変えるただ1つの方法だ。 「なるべく長く持ちこたえてみせます」 緊張のためかやや硬い表情のままススキの穂で遊ぶ森の守護娘・シンブ(a28386)は言った。今回の敵は牙狩人を狙うという。そしてシンブはその牙狩人であり、囮役なのだ。 「少しだけ時間を下さい。全員に『鎧聖降臨』を使っておきたいのです」 自分の靴に滑り止めを巻き終えた誓夜の騎士・レオンハルト(a32571)が仲間達に向かって言った。1人に力を使う時間はさほどでもないが、8人全員ともなればそれなりに時間を喰う。言いながらもレオンハルトは自分自身の防具を変化させていた。鎧の形状がより動きやすい形に変わる。 「ありがとう! ボクは大歓迎だよ。死ぬ気はさらっさらないからね」 平原の砦を見つめていた気まぐれ山猫・エル(a46177)がニコッと悪戯っ子の様な子供っぽい笑みを浮かべ、したたかさを秘めた夜色の瞳をレオンハルトに向ける。シンブと同じくエルも牙狩人であり、霊査の通りならば敵の集中攻撃を受ける可能性がある。 「なければないで構わないけれど、あれば嬉しいし助かりますよ」 漆黒の花守人・キョウ(a52614)は素直にレオンハルトの申し出を歓迎した。狙われる可能性の高い牙狩人のシンブとエル、そして彼等2人をその身を賭けて守るヴァイスとレオンハルトの方がより必要だと考えていたので、希望はやや控えめになる。 「じゃレオンハルトが『鎧聖降臨』を使い終わると同時に仕掛けるでいい? 私も『黒炎覚醒』を使うから」 森の緑よりも瑞々しい若葉色の髪に白い薔薇の花をつけた緑青の剣・ライカ(a65864)の瞳はもう戦いの高揚に静かな炎を燃やしていた。 「わかりました」 エル、シンブ……そしてヴァイスに力を使ったレオンハルトはうなずいた。
仲間全員に『鎧聖降臨』を使ったレオンハルトはシンブの左手に手を添える。 「私が貴方を守る盾となり剣となりましょう」 「ありがとうございます」 シンブは生真面目なレオンハルトに向かって笑顔を浮かべる。 「俺も……柄でもないが言葉にしなくちゃならないんだよな。うん、エルを守る事を誓う」 ヴァイスの右手がエルの肩にそっと置かれ誓句が低く漏れる。ふっと苦い過去が押し寄せてきそうになった。守りたくて守りきれなかった沢山の過去……それはもうどうすることも出来ないけれど、不意打ちの様に忍び寄りヴァイスを苛む。 「まっかせてよ。ボク達で思いっきりやっちゃおう!」 「はい……牙狩人を狙う理由はわかりませんが、また同じ悪夢を再現して差し上げますわ」 優美な銀色の弓を取り、エルはシンブに声を掛けて森を出る。薄暗かった森を出て平原へと2人の牙狩人が姿を現す。走る2人の長い髪を柔らかな微風がさらに揺らす。 「回復に専念させていただく以上、医術士の名誉に懸けて重傷者は出させません」 続いて森を出たアルは慎重に距離を取った。過去の経験がアルに飛び出し過ぎる事も、距離が開きすぎる事も防いでくれる。 「最初の敵をどれだけ早く倒せるか……この戦いの趨勢はそこで決まるだろうね」 平原に出たキョウは砦を見つめる。そこに蠢く巨大な敵の姿が見えた。ドクンと強い鼓動が胸を打ち、耳鳴りのように身体に響く。荒ぶる思いが身体を駆けめぐっていく。 「声を掛け合っていくわよ、アル」 黒い炎に包まれたライカも森を出た。アルとは距離を開け飛び出したシンブとエルの背中を見つめる。 「わかりました」 アルの返事が響く。 「敵が3体向かってきました。戦闘は吟遊詩人の様ですが……皆様、覚悟はよろしいですね」 チョウブは縦列で向かってくる敵の持つ楽器から先頭を吟遊詩人だと断じた。その後ろが翔剣士で最後が武人だろうか。走る速度はこちらと大差がないが、何も準備や防御などの様子はなく突進してくる。
召喚獣グランスティードに騎乗したレオンハルトは向かってくる敵へと自分も距離を詰めた。行動の全てを捨てて疾走すれば敵に接触することは出来るだろうが、敵中に孤立する危険は避けなくてはならない。 「騎士レオンハルト・リーゲル、参る!」 レオンハルトと召喚獣は敵の先頭と2番手の間に身を躍らせた。その一瞬で敵が2手に分断される。 「翔剣士はそいつか!」 レオンハルトに道を阻まれ、速度を落とした2番手の敵へと向かってヴァイスは走った。目の端にもう自分の位置よりも後方側に立っているエルの姿を捉える。例え距離が離れてしまっても、視界に入っていなくても『誓い』は果たされるだろう。信じて視線を前に戻す。3メートルに達する巨人であるが、翔剣士と思われる敵の武器は双剣であった。すれ違いざまにヴァイスは先頭を走る楽器を持つ巨人にカードを投げた。不吉な暗い絵柄のカードは巨人の鉛色の身体に命中し、その部分が黒く変色する。 銀色の弓を構えたエルは気軽に狙いを定める。射程にはもう充分入っていた。 「無力化するまでとことんやろう!」 楽器を持つ巨人に向かって闇色に透き通る矢が放たれた。回避する行動も見せない敵にその矢は吸い込まれるように命中する。ガクンと衝撃が走ったかのように巨人の移動速度が一瞬落ちる。 「ミスティックイーグルは伊達じゃない!」 愛弓を構えたシンブの右手の中に現れたのは赤く燃えるような色の矢であった。放たれた矢は最も近くにいた楽器を持つ敵に命中し、爆音とともにレオンハルトによって分断された2番手、3番手にもダメージが通る。 「皆さんご無事な様ですから……」 アルの紫色に煙る瞳がはシンブとエル、そして彼女達を守ると誓ったヴァイスとレオンハルトの位置を注意深く見つめる。しかし何ら行動には移らない。敵の出方を待って味方を支援するつもりだった。それも仲間の命を預かる医術士の務めだと思う。
先頭を走っていた楽器を持つ敵の身体から紫色の煙が立ち上った。煙りはすぐに消えたが、その効果範囲内にはレオンハルトとヴァイスがいた。2人とも身体に痛みはないが、違和感を感じなくもない。双剣を持つ2番手はレオンハルトの横をすり抜け走りながらが武器を構えた。何か力を使った様であったが、仲間にはなんの影響もない。更に3番手盾と剣を構えた敵が力を使った。剣の装飾が増える。
「眼中にはないのかもしれないけど……」 キョウは凝縮されたギリギリまで高めた闘気を武器にこめ、ほとばしらせた太刀を抱えて走り込んだ。戦闘の高揚がキョウを支配していた。長大な刀の重みも巨大な敵の姿もほとんど感じない。喜びさえ感じながらその太刀を思いっきり振るった。確かな手応えが柄から響く。 「貴様らの誓いには敬意を表すがそれはもう叶わない誓い。だから、生きている私達の誓いに道を空けて貰おう」 厳しく鋭いライカの緑の瞳が敵を見据えていた。まだ戦況は味方に不利ではないと判断し、緑青の布を柄に巻いた儀礼剣を構え攻撃する。ライカを包んでいた黒い炎が一筋伸び、それが楽器を持つ敵を攻撃する。それでも、敵は止まらない。 「あなた方とは誰も仲良くなれないんです!」 チョウブは赤く燃える刀身の巨大剣を楽器を持つ敵に振り下ろした。その一撃にはチョウブの闘気がギリギリまで高められ込められている。それだけの集中攻撃を受け、敵もさすがに動きが鈍くなったが、まだ止まらない。
「楽に通すわけにはいきません。邪魔をさせて頂きます」 レオンハルトは脇をすり抜けて仲間達へと向かった敵の2番手を遮る様に回り込んだ。どこかにまだ紫煙の効果が残っている気がするが身体は普段通りに動き攻撃も出来る。 「そう言うことだ」 ヴァイスも敵の2番手の進路を遮るように移動した。もう紫煙の影響はない様で、けれど半身をひねって練った気を楽器を持つ敵に放つ。斬りつけられた敵がのけぞった。 「徹底的にやるんやからこれでいいやん!」 エルは再度闇色の矢を放った。そして放つと同時に森の方角へと移動した。一矢放つたびに立ち位置を変える作戦であった。エルの矢に射抜かれた楽器を持つ敵の防具がガシャっと派手な音を立てて崩れる。 既に誰の目にも交戦状態なのは判るだろうとシンブは仲間に言葉を送ることは止めた。戦う前に思っていたよりも敵味方が入り乱れるのは早かったのだ。こんな筈ではなかった……とは古今東西どのような戦いでもつぶやかれた言葉かもしれない。気持ちを切り替えるとシンブは先ほどとは少し違う真っ赤な矢を放った。この矢も楽器を持つ敵に当たり爆発が起こったが、目に見える範囲でダメージを受けた様には感じられなかった。ただ、2番手の双剣を持つ敵、3番手の剣と盾を持つ敵までも顔を森の方角へ後退するシンブへ向ける。レオンハルトやヴァイスにはもはや目もくれない。 「……シンブさん」 戦闘開始から移動もしていないアルは戻ってくるエルと、そしてシンブを心配そうに見つめていた。この位置からでは牙狩人の2人には回復行為が届くが最前線のレオンハルトとヴァイスには届かない。けれど敵は3体ともシンブを追ってやってくる。まだ我慢だとアルは動かない。
満身創痍であった楽器を持つ敵は怒りに我を忘れていた。その怒りは消えることなく後退するシンブを攻撃をした。それはシンブを痛打したが思ったほどのダメージを与えはしなかった。同時にレオンハルトは召喚獣の背で上体を折る。強い熱い痛みが不意に襲ったのだ。怒りの衝動から回復した双剣の敵だが、そのまま目の前のシンブに攻撃を仕掛けた。素早い動きに残像が残る。まるで複数の敵がいるかのような速度で2つの剣が閃いた。シンブの背が激しく斬りつけられた。弓を盾のように使う事も出来ない。熱い痛みが今度こそ背中を焼き、同じ衝撃が離れたレオンハルトをも襲う。バランスを崩し倒れたシンブは木の幹にもたれかかり、そのまま崩れるように倒れる。猛攻に声も出ない。 「それ以上はさせませんわ。わたくしが……それ以上許しません!」 これ以上はシンブが耐えられるかわからない……そう判断したアルはここで動いた。確実にシンブを効果範囲内に捉える位置まで瞬時に移動すると、身体の内に眠る力をそっと解放する。アルの身体から淡く穏やかな光の波が広がっていく。光は緩やかにアルの廻りを広がってゆき、傷ついたシンブの怪我を癒す。けれどその光はレオンハルトにまでは届かない。 そこに怒りに打ち震える3番手の敵がシンブへと剣を振り下ろした。短い悲鳴がとうとうシンブの唇から漏れた。袈裟懸けに斬りつけられたシンブの胸に大きな傷がつく。同じ痛みがやはりレオンハルトを襲った。堪らずレオンハルトは金髪を振り乱し騎乗したままガックリとを崩れた。食いしばった唇から低い呻きを抑えられない。
「これも喰うといいよ。たっぷりと……ね」 狂乱する血がキョウを身体の内側からあおり立てる。突き上げるような欲望のままにキョウは武器を振るった。楽器を持つ敵は膝をつき……体勢を立て直せずにドウッと倒れた。 「ライカさん! レオンハルトさんへ」 「わかったわ、こっちは任せて!」 アルの声にライカは即座に移動した。すぐにレオンハルトを効果範囲内に捉えると、ライカの身体から淡い光が溢れ出した。光は波の様に淡く光り輝くながら漂い広がる……しかし、苦痛に歪むレオンハルトの様子に変化はない。 「こちらを忘れないでください!」 楽器を持つ敵は倒れた後もまだ執拗にもがいていたが、チョウブは双剣を持つ敵へと赤い刀身を振るった。闘気を込めた激しい攻撃が敵の横腹を薙ぐ。
紫煙の効果が消えた様な気がした。レオンハルトは悲鳴を上げそうになる身体を無視し、朗々とした声で歌いだす。歌は自分を、そして仲間を鼓舞し身体の疲れや痛みさえ取り払ってゆく。ようやく額の汗を拭く余裕が出来た。 「まだいけるか?」 ヴァイスの言葉に即座にうなずいた。 「大丈夫です。行きましょう」 レオンハルトは騎乗したまま残る2体の敵を追う。 「あぁ」 ヴァイスも敵を……二つの剣を持つ敵へと不吉な絵柄のカードを放った。しかし、このカードは敵に命中しない。 「じゃこれで最期!」 エルの放ったトゲのある矢が倒れた楽器を持つ敵に当たる。どろりとした体液を流し始めた敵はやがて全く動かなくなった。
敵の数は2体に減ったが翔剣士型と思われる敵を倒すには時間がかかった。その間にレオンハルトが仲間達に使った『鎧聖降臨』の変化が消え、ほぼ同時に『君を守ると誓う』の効果も切れてしまった。シンブは敵の攻撃に耐えきれずに戦線離脱したが敵は武人型を残すだけになった。
敵の剣が流れるような動きを見せ、その攻撃が長い戦いに疲弊しつつある仲間達にダメージを蓄積させていく。 「まだ……まだ退きませんわ。まだ戦えますもの」 アルの身体から淡い光が広がる。敵との戦いで傷ついた仲間達を優しく支える癒しの力だ。 「俺も……まだまだ戦えますよ」 キョウの歌が戦場に響いた。伴奏もないが平原を渡る風に乗った力強い声が仲間達の力となる。 「好きにはさせない! 誰も死なせないし怪我だってさせたくないの! だから……だから私は退かない!」 ライカの強い気持ちが力となり、仲間を癒す優しい光となる。淡い光の波は緩やかに平原を広がっていく。もう動かない敵は2体。あと1体も必ず倒す。キッとライカは敵をにらみ付ける。 「生前どれほど素晴らしい人であったか……それはもう関係ございませんから……だから消えてください」 既に『デストロイブレード』を使い果たしたチョウブだが、巨大剣を振るう力は少しも衰えない。後少し、もう少しなら戦える……きっと出来る。こんな哀しい末路は嫌いだ……だから終わりにしてやりたい。
総力戦を制したのは冒険者達であった。この日、遥か遠い過去で本当の生を失った名も知らぬ冒険者達3人は2度目の死を迎えた。

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参加者:8人
作成日:2007/09/15
得票数:戦闘13
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冒険結果:成功!
重傷者:桜と飲み比べる森の守護娘・シンブ(a28386)
死亡者:なし
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