悪路溺死の黒水



<オープニング>


●起
 暴虐の徒である鬼の脅威、その多くを『護楓の盾カムライ』の活躍によって払されたセトゥーナ州。州内には現在も尚、幾つかの国が其々に統治されていた。州を十の字に区切り、北西部に存在するのがエルフの治めるイヨシキの国。その下、南西部に存在するのがストライダーの治めるトコラヒの国。そこから内湾を渡って南東部には、セトゥーナの海賊を擁するヒトの国、スミツが存在する。そして最後に、嘗ては青火島の鬼に支配され、鬼の手から開放されたもう一つのヒトの国、サギミヤ。
 処々あったものの、今では国土を三つに分かたれ、其々の国が分領として統治されていた。その内、イヨシキの国が治める第一領にはサギミヤの城と共にグリモアが存在し、その城下では生き残った数少ない人々と共に、自国の民を含めて多くの人々が流入し始めている。
 かつて鬼に苛まれた国は、遅々とした歩みではあるものの、徐々に復興への道程を歩みつつあった。
 だが、しかし――


●天守から望む
「城内にまで踏み入って来たか……」
 紫の衣を着た男は上座から立ち上がると、傍らに控えていた鬼達の前を横切って歩み進む。防衛の任を命ぜられた鬼の一体が、仮面の向こうで眉根を顰めて怪訝そうに尋ねた。
「何処へ行く積もりだ?」
「貴様等の仲間の戦い振りを拝見させて貰おう。敵の戦術にも興味は在るが、何よりも直接刃を交える事になるやも知れぬからな」
 眼鏡を掛けた男は負の感情を強く含んだ笑みを浮かべると、天守閣に設けられた窓から外を望む。吹き込む風に黒髪が揺れ、薄い瞳に城内の様子が映る。
 天守のある本丸と二の丸を区切る門の外には黒々とした広い池が広がっていた。池の上には中にある小島を繋ぐようにして架けられた橋があり、黒い池の更にその先にある二の丸と三の丸を区切る門は閉じられ、門の上から侵入者に向けて射掛けられる様に足場が設けられている。無論、その向こう側もまた、黒い池と共に木で組まれた足場や浮島が存在した。
「だが、此処でなら鬼共も苦戦を強いる事も出来よう。地の利に長けているのだ、その分削り取ってもらわなければ困る」
 足場は言うなれば筏の体裁を取っており、その上に乗れば足元は揺ら揺らと不安定な状況へと変わる。それは浮島も同様で、仮に重心を掛け間違えようものなら、間違い無くあの池の中へと落ちる羽目になる。無論、只浮かんでいるだけで人を支えるには浮力が足りない足場もある。見極められずに異国の武士が落ちたらさぞかし滑稽だと男は思うも。
「恐らく、そんな無様はすまいと思うがな。さて、無事に抜けて来られるか否か」
 無様な姿が見れれば其れも又一興。男はずり落ちた眼鏡をまた元の位置へと押し上げると、眼下に広がる城内に期待の眼差しを向けるのであった。


●悪路溺死の黒水
 かつては鬼の支配下に置かれた国、サギミヤに居を構えた秘色の霊査士・コノヱ(a90236)は、今回の依頼に興味を抱いた冒険者達を座敷へと上げた。其々の前には清水から作られた冷やし飴が注がれた器が置かれ、仄かに漂う生姜の香りが残暑の厳しさを和らげている様な気持ちにさせる。
「お集まりいただいた皆さんには、先日突破していただいた階段のその先へ……城の中へと向かっていただきます」
 そこまで言って、コノヱは冷やし飴で喉を潤す。そうしてまた、目の前に居る冒険者達へ依頼の内容を説明し始めた。
「階段を上った所にある門を越えた先にある三の丸、二の丸を越えて本丸まで辿り着くのが今回の目的となります。ですが、ここでも矢張り皆さんの進攻を遮る障害があります」
 コノヱが言うには、三の丸、二の丸と呼ばれる縄張りの中は巨大な池があるらしい。池は異臭を放つ黒い水で満たされており、池を越える為に作られたと思われる木製の橋や、丸太を組んだ足場が点在しているのだと告げる。
「城内の彼方此方に湛えられた黒い水は、草生水と呼ばれる物です。独特の臭いから臭水とも呼ばれるそうですが」
「……草生水?」
 聞き慣れぬ言葉を耳にした冒険者の1人が尋ねると、コノヱは微笑を見せ。
「油の事です。あの黒い液体が湛えられた池は全て油で、天守へと向かうには設けられた足場を渡っていく必要があります。勿論、鬼も皆さんをやすやすと進ませる事は無いでしょう」
 三の丸には木で作られた橋が3つ程あり、広い池の中に存在する小さな島の様な場所を繋ぐ事で石階段から入る城門から二の丸までの間を繋いでいるのだと言う。
 橋の広さは大体、3間から4間程。足場としては広くも無いが、かと言って窮屈と言うほどには狭くも無い。しかし、冒険者が横隊するには厳しいと言わざるを得ない幅だ。
 更に、池は塀の傍まで広げられており、橋以外の足場を探していく事は不可能だと彼女は続けた。塀も登るには高さがあり、仮に試みた所で敵が何もせずに手を拱いているとは限らないだろうとも。
「鬼達はその上を行く皆さんを射的の的に見立てて、三の丸と二の丸の池を仕切る様に作られた塀の狭間から弓の届く位置へと接近した際に射掛けてきます。足場の狭さから届かない位置を選んで進むのは無理でしょう。ある程度の負傷は覚悟の上で挑まなければなりません」
 橋の上全てが射撃可能の範囲に収められている訳ではなく、3つの橋其々に1箇所ずつ射撃可能な位置が置かれており、射手もそれ程居ない為か、余程の事が無ければ致命傷になる事は無いだろうと霊査士は続ける。当然の事ながら、かと言って何の対抗策も無しに猪突猛進すれば危険度は加速度的に上昇するだろう。
「橋を渡り切った先には、二の丸へと続く門があります。其処にも黒い池は広がっています。更に足場は黒い池の中にある、無数に作られた作られた筏や浮島であり、特に筏は大雑把な作りと言うこともあってか、不安定極まる場所だと言っても過言ではありません」
 恐らく、三の丸で射掛けて来るであろう射手は此処でも射掛けてくるだろうとコノヱは沈痛な面差しで冒険者達に付け加えた。不利な足場を渡り、更に射撃されるとあらば、面倒な事であるのは戦う事叶わぬ彼女の身でも用意に想像出来たからだ。
 二の丸から本丸へと繋がる不確かな足場の先にある門の前。鬼達は其処で待ち受けているのだとコノヱは告げる。敵はどうやら侵入者をとことんまで疲労させる腹積もりであるらしい。いや、場合によっては黒水の池の中に落ちてしまえば、頭数自体が減らせると考えていると思われた。
 待ち受ける鬼の数は8体。重騎士、忍び、邪竜導士に酷似した力を用いる者達で構成されており、その編成はほぼ均等であるとコノヱは霊査で得られた結果を口にする。
「ですが、ここを突破出来たならば天守へと踏み込めます。天守で待ち受けていると思われるこの城の主を打倒す為、今少し皆さんのお力をお借り出来たらと思います」
 そう言葉を締め括ると、コノヱは冒険者達に向けてゆっくりと頭を垂れるのだった。

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参加者
蒼閃の医術士・グレイ(a09592)
焔獣・ティム(a12812)
死の恐怖・シオン(a16982)
笑顔のヒーロー・リュウ(a36407)
哉生明・シャオリィ(a39596)
漆黒の復讐龍・ナゴリ(a41102)
剣豪を目指す南国の侍・ムサシ(a44107)
言いくるめのペ天使・ヨウリ(a45541)
白銀の誤字っ子術士・マリー(a57776)
黄色の羽毛・ピヨピヨ(a57902)


<リプレイ>

●三の丸
 突入態勢の整った死の恐怖・シオン(a16982)達は城へと繋がる長き階段を登り切った先、鬼の棲む根城へと足を踏み入れていた。
「臭水に、敵の攻撃……まずは無事にこの橋を渡る事が……あとに続きますのね……」
 呟く白銀の紋章誤字士・マリー(a57776)の先に見えるは、異臭を放つ黒い液体が満たされた池と、二の丸へと到る為の橋。池の中程には小さな島が二つ。天守を右手にして、弧を描く様にして作られた三の丸から城を見やる。三の丸と二の丸、本丸とを区切る高い壁は橋からは遠く思えた。
「駆けろ、闇影!」
 気合に満ちた声を上げ、グランスティードに騎乗して突破を試みる笑顔のヒーロー・リュウ(a36407)や焔獣・ティム(a12812)達が橋の手前まで差し掛かる。その後ろを黄色の羽毛・ピヨピヨ(a57902)は、支援を要請したシャスタやリュウ達と共に騎乗するシオンと言いくるめのペ天使・ヨウリ(a45541)に対し、剣豪を目指す南国の侍・ムサシ(a44107)と共に守護を施していた。
 騎乗した彼らと諸共に蒼星の医術士・グレイ(a09592)は天使達の加護を与えていた。馬上の人となった彼らに追従する様にマリー達もまた疾走を開始した。
「矢が!」
「……横からなのか!」
 正面からを主に想定して護りを固めていたリュウは驚きに満ちた声を上げる。
 橋を渡るべく疾駆するティム達へと目掛けて、横の壁に設けられた射眼から放たれた矢は狙い違わず彼らへと襲い掛かった。異形の形を模した矢をティムとシオン、リュウは何とか躱し、ヨウリはグレイの施した羽毛の様な塊が受け止め、その威力を減じさせる。
「ごめん、読み誤った」
「まだこの程度、かすり傷じゃ」
 リュウの身を包む烈風は彼のみを護る。またアビリティの様な力には何ら影響を与えない。それを当て込んだ気の緩みと、減じたとは言え躱せなかった事実はヨウリに出血を強要した。平静を装うも、浅くない傷の為に彼自身の治癒術を用いても完全には癒せない。シオンが気付いて治療を施し、更にヨウリは新緑の様な風を生み出す事で出血を食い止める。攻撃を受け、速力が落ちる中を彼らは必死に駆け抜けた。
「畜生、きっちり距離取ってやがる……ッ」
「ここからでは胡蝶も届きません」
 雄叫びで牽制を、若しくは胡蝶で混乱を誘発させようと目論んでいたティムとシオンは揃って険しい表情になる。鬼達は霊査士が告げていた通り、彼らを的扱い出来るだけの距離を確保した上で射掛けてきたのだ。
「この距離では……!」
 四人の後ろを追う様にして駆けて来た哉生明・シャオリィ(a39596)達もまた、彼らが矢の届く距離を保って射掛けてきている事を悟った。城内で足場に出来る物をと考えていた漆黒の復讐龍・ナゴリ(a41102)もまた、その様な物が見当たらなかった事に表情を険しい物とする。
 シャスタが黄色の矢を射眼に向けて放つ事で、敵の攻め手を緩ませられたのか、一向は1つ目の橋を渡りきり、2つ目の橋を越える。先程よりも射られる数は減った物の、鬼達は明らかにシオンとヨウリを集中的に狙っていた。
 3つ目の橋へと差し掛かる頃にはグレイの癒しの術も余裕はあれどそれなりに消費し、想定よりも消耗が大きい事に心中に不安を宿していた。そうして、グランスティードが駆けるその横側から又も矢が射かけられた。先行するリュウとティム目掛けて放たれた三射目は術者と見た2人を狙った物だった。禍々しい矢が、雷光の矢が次々と2人へと襲い掛かる。
「ぐっ……!」
「ヨウリさん!?」
 幾多の矢に貫かれたヨウリは馬体からずり落ち、勢いもそのままに黒水の中へと落ちた。せめて橋に手を掛けようと思うも、受けた傷は深いのか体が思う様に動かない。シャスタが援護しつつ、ピヨピヨやナゴリ達が油に塗れた彼を池から救い出すと、敵の矢が届かない位置へ逃れるべく疾駆した。


●二の丸
 本丸へと繋がる門の前で侵入者達を待ち構えていた鬼達は、三の丸での状況を伝えられると其々が臨戦体制を整えた。傍らに居た狐と思しき獣が姿を消し、彼らの相貌を仮面が覆う。自動治癒を与える力を宿した其れは、彼らの戦線を維持する要となる物だ。
 彼らは脱落者が出た事に下卑た笑みを浮かべ、視界を遮らぬ仮面から呼気を漏らす。天守閣にいるアレも愉快に違いない。ふとそんな事を思った。

「……門も無理か」
 蹴りで城門を破壊し、足場代わりになる物を得られるかと考えたナゴリは門に鉄板が仕込まれていた事を知ると、難しい表情を浮かべた。臭水の中に浮かぶ浮島や筏といった足場の内で、手近な物に粘り蜘蛛糸を放ち、岸に繋ぎ止めて安定させられるか試みる。
 結果としてそれなりに保持が出来る事が判り、難所で用いる事が出来そうだった。
 召喚獣に騎乗したままでは他の仲間との移動を阻害する為に、リュウは召喚獣を小さくして足場へと挑んだ。ナゴリとリュウの後を、ティムもそれに倣って続く様にして足場を渡っていく。
 見積っていた被害には至らぬと、深手を押してヨウリもまた、足場を進む。確実な足場を探すシャオリィやグレイ達によって不確かな物を目視で確かめ、ナゴリが手にした棒で突付く事で足場として確実な物を選別していく。
「筏は避けて行った方が良いな」
「わかりました」
 武器を岸に置いて軽装となったティムは浮島を選びながら進むも、程無くして数々の筏が浮かぶ場所へとぶつかった。位置にして池の中程辺りだろうか。
 リュウが足場を確かめ、ナゴリが足場となる筏と筏を粘り蜘蛛糸で繋ぎ止める。後に続くシオン達は彼らの固めた足場を追い、着実に歩みを進める中、ピヨピヨの立つ足場に一本の矢が突き立った。
「早く渡るでござるよ!」
 ピヨピヨらと慎重に周囲の様子を窺っていたムサシが促す。盾を構え、二人は先行く仲間達の盾となりながら傷つきつつも移動する。黄色の矢が迎撃に放たれ、敵の攻め手を緩めると、マリー達は次々と足場を兎の如く跳ね進んでいく。

 異臭の漂う戦場を進む彼らの視界に、二の丸と本丸とを繋ぐ巨大な門が映る。それと同時に、門を護る八つの影もまた、瞳が捉えた。無論、待ち受ける影達もまた、彼らを捉える。またもピヨピヨ達が護りを固めれば、待ち受ける鬼達もまた、己の鎧を変形させ。若しくは黒炎を纏って直訪れる戦いへの支度を整える。
 グレイが仲間達に天使の加護を与え、門へと辿り着く後一歩まで辿り着いた時。黒炎を纏った鬼は、三つ首の獣を燃した炎を臭水へと解き放った。


●待ち構えるもの
 放たれた炎は爆音と共に瞬く間に燃え広がり、頼り無げな足場を渡る彼らを舐めた。急激に火の海へと姿を変えた戦場に耐えながら、シャオリィやピヨピヨ達が火傷を癒しつつ疾る。
 火が我が身を苛もうとも、勢いは殺さず。最後の跳躍を済ませて確かな土の感触を足の裏に得たマリー達は、纏わりつく炎に意を解する事無く、鬼達へと立ち向かった。
「鬱陶しい小細工に飽きてた所だ、楽しませろよ鬼野郎!」
 着地の直前に向こう岸に置いた得物を召喚し、力ある雄叫びを上げるティム。更にリュウが漆黒の剣を敵に向け、
「魂を砕く闇となれ! ダークソウル!」
 その手に得物に外装を施した二人に続き、黒炎を纏ったシオンが続く。敵の攻撃範囲から極力逃れつつ、仲間の治療の施せる位置取りを求めてグレイが後衛につき、護りを固めたピヨピヨも又、重装備の鬼へと距離を詰めた。
 軽装の鬼が動きを止めたのを護る様に、重装の鬼三体が前へと出で、其々の手に握られた得物を振るう。やりを握る鬼は砂礫を放ち、冒険者達を弾き飛ばそうと試みる。
「鬼さんこちら♪ 手の鳴る方へ」
 眠たげに開く赤い瞳をそのままにナゴリがひらりと躱し、真夜剣・極夜乃月と名付けた黒い細身剣を振るいつつ、蜘蛛糸を放った。前衛の1体を縛すると、生じた隙を突く様にしてマリーの生み出した火球が襲う。
「我が元に集いて、敵を討て!」
 手に握られた魔剣で描かれた紋章の力を凝縮した一撃は、鬼の胴部に命中する。護りが施されたとは言え、それを上回る打撃さえ与えられれば何の事は無いのだ。
「狗共め、よくもやりおったな!!」
「自分達を善だと言う積りはござらぬ、だが天子の狗とは聞き捨てならぬ!」
 鎧を破壊するか如き力を倭刀『蛟龍紋』に篭めたムサシが吼える。別に楓華の国を治める彼らに仕えた訳ではないのだと。
「敢えて名乗るのなら、拙者は全き無辜の民の為の狗。それ以上でもそれ以下でもない!」
「吼えるかッ! ならば実証してみせよ、貴様等の弄する言葉を!」
 己と同等の力を振るう、ムサシと手傷を受けた鬼が叫ぶ。鬼は強化した鎧で受け止め、斬撃を流すと天使の加護を受けた横薙ぎを放った。
「……やるな!」
「ここがお互い正念場だな……」
 紋章印から放つ光の雨が敵にあまり効かぬ様子を見たシャオリィは纏った黒炎による射撃と愛杖、Argent Moonに宿した紋章の力での打撃へと切り替えた。復調した軽装の鬼が放つ蜘蛛糸でヨウリとマリーの二人が束縛される中、グレイが高らかに凱歌を謳う事で傷を癒し、開放する。
「皆、立ち上がるんだ!」
「吹き飛ばされない様に気をつけろ、池に落ちれば焼かれるぞ!」
 グレイの檄が飛び、長槍を持った鬼と切り結ぶティムが注意を促す。乱戦の中、僅かでも機会があれば槍を持つ鬼は得物を振り回して砂礫を上げる。幾度か吹き飛ばされ、池に燃え移った魔炎に焼かれつつも冒険者達は燃え上がる黒炎を背にして立ち向かう。

 最大の膂力を持って輝く紋様を抱いた剣を、ピヨピヨはティムと切結んでいた鬼へと振り下ろす。ティムの一撃で本来の力を失った鎧を容易く抜け、盾持つ腕を切り落とした。
「畜生!」
「邪魔者は下がっていてくださいね」
 手傷を負った鬼に向け、シオンが描いた紋章印から無数の木の葉と共に猛烈な突風を放った。敵の一角が崩れると、追い討ちをかけるようにシャオリィが光の雨を放つ。強烈と行かずとも着実に傷を重ねていく其れは、その身に纏ったモノの力で徐々に傷を癒す効果を殺す。
 体勢が崩れたままの所にリュウが踏み込み、存外に護りの固い軽装の鬼に向けて無造作な斬撃を繰り出した。確かな手応えが彼の手に伝わり、護りを容易く抜いた剣が腹を貫き、鮮血を齎す。けれども、
「易々と抜かせるものかよ!」
「なっ!?」
 返礼とばかりに鬼の手から放たれた糸がリュウ達へと襲い掛かる。四肢に巻きつき、束縛した瞬間に黒炎を纏った鬼が足元から虚無の手を放ち、彼の鎧へと侵食する。
「討て!」
 血混じりに叫ぶ鬼に呼応して、黒炎が、兜断つ一撃が加えられた。焼かれ、更に寸断する斬撃をもろに受け、肩口から大量の鮮血が噴出す。

 完全に一角の崩れた鬼達に向けて、マリーが次々と紋章印を描いて魔力の火球をを生み出しては放った。対する敵も又、異形を象った黒炎を放ち、彼女やヨウリ、シャオリィといった後衛に位置する者達に向けて執拗な程に付け狙う。
「敵も必死、でも!」
 こちらとて、覚悟無しに此の場に居るのではない。剣を振るうピヨピヨが互いの血にまみれ、其れでも尚、得物を振るい、時に歌で傷を癒しては戦場に立ち続ける。大火炎が生み出す炎熱の中で、20にみたぬ影は徐々に体力を削り合う。
 遠くから何者かの嘲笑と思しき声が耳に届く中で、1体、また1体と仮面を付けた鬼は頽れていく。しかし、損耗が嵩んでいくのは冒険者もまた同じ事。いち早くヨウリが戦線を離脱し、更にシオンまでもが消耗から膝をつく。
「まだ、朽ちる訳にはいかない!」
 己を鼓舞する様に声を上げた。死ねば敗北、その言葉が彼女の中で一支えとなって踏み留まさせる。紡いだ術式は突風を生み出し、重装の鬼を吹き飛ばした。
「……とどめ!」
 吹き飛ばした鬼に追従する様にナゴリは素早く間合いを詰めた。鋭い踏み込みから光の軌跡を伴う必殺の蹴りをそのまま見舞う。刃の如き切れ味で放たれた其れは鬼の護りを抜けて腹を裂いた。召喚獣が回復の力を与えるのなら、力を上回る打撃を与えればいつかは頽れる。
 結果、大量の喀血と共に傷から臓物を噴き出させ、又1体倒れた。残るは、黒炎を纏った只1体。
「せめて君らを片付けないと、安心して楓華を去れないじゃないか!」
 黒炎を纏ったシャオリィもまた、畳み掛ける様に前へ出た。其の手に握られた得物には紋章の力が宿され、劣勢の色が露わとなった鬼へと撃ち込まれる。彼の放つ光の雨は減退されていた事が、前に出る事を促したのだ。
 杖による打撃によろめき、蹈鞴を踏む。好機と見たマリーは炎に照らされて赤々と輝く銀髪を揺らしながら、竜の紋章が施された魔剣を構え、術式を発動。
 刹那の速さで中空に描かれる紋章印はまたも巨大な火球を彼女の頭上に生成し、辺り照らす炎に負けぬとばかりに唸りを上げる。着弾し、死に体となった所にピヨピヨが深く踏み込み、膂力を注ぎ込んだ斬撃を繰り出す。
 肩口に深々と喰い込んだ刃は肉と骨を断ち、そのまま命脈すらも途切れさせた。
「抜けさせるものか!」
「打ち砕け!」
 前衛が欠け、残る黒炎を纏う鬼に向けてティムが斬撃を繰り出す。対抗する鬼もまた、邪竜の力で強化された針の雨を放った。
 グリモアの加護があると言えど、威力その物が引き上げられれば涼風の様だと揶揄出来る物ではない。グレイ達諸共に痛みが身体を苛むが、後方からグレイが鼓舞するかの様に癒しの力を用いて負傷を癒す。
 回復は医術士の仕事であり、戦いでもある。その信念は身を削る痛みを和らげ、仲間達に戦う力を引き戻させる。
 ――深々と剣が突き立った。
 今まで殺意と憤怒に囚われ、爛々と輝いていた瞳の色も褪せ、輝きを失っていく。
 しかし、最後に立ち尽くす鬼は命途切れて尚、門の前に立ちはだかった。
 炎獄の中、剣が胸板から引き抜かれて漸く最後の鬼は倒れ臥した。

 門を死守する鬼達を退けた頃には、臭水に燃え移った黒炎は瞬く間になりを潜め、焼け焦げた匂いを当たりに充満させながらも、池は平穏を取り戻していた。
 煤に塗れ、疲労も大きい。それでも火に巻かれた中にも無事な足場がある事をシャオリィ達は確かめると、ティムは彼らが背にしていた門に手をかけた。戦いにより消耗し、残された膂力は残り僅かなれど、外敵を阻む筈の其れは容易く彼らを迎え入れた。開かれた先に見えるは天守閣のある本丸。長々と回廊の如く続く先は、彼らを惑わせる様な印象を仄かに感じさせる。
「初めて、鬼と戦いましたが……無事に任務を遂行できてよかったです」
 少しでも何かの役に立ったなら。そう呟くマリーの言葉に、漸く一行は目的と遂げた事を実感した。次へと繋げる任を辛くも乗り越えたグレイ達の心中に達成感が溢れ、そして未だ敵陣の中という事に改めて気を引き締めるのだった。


マスター:石動幸 紹介ページ
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