朝涼に朝露を食む



<オープニング>


 ――夏の陽光が薄闇を払う。
 たなびく雲を風が払い、青々とした草の上を朝露が滑る。

 無造作に引っかけたサンダルで、ひんやり濡れた庭の芝生を踏む。
 よく整えられた芝生は短く柔らかい。
 だから普段は絶対に重いものを置いたりしないんだけど、今日くらいはいいよね、と飛藍の霊査士・リィは一人勝手に結論付けた。
「どうかな、ちゃんと使えそう?」
「うむ、大丈夫じゃろなぁ〜ん」
 霊査士の声に頷いて、棕櫚煌火君・ユーフィニアは庭に広く影を落とす大木の下に縦長のテーブルを置く。
 清潔な白いクロスを広げ、硝子の花瓶に庭で摘んだ花々を生ければ、倉庫から発掘したお古も「らしい」姿になるだろう。

 銀色の水差しには良く冷えた水。二つ並べたガラスポットには淡い紅色の紫蘇ジュースと、搾りたてのオレンジジュース。
 中心に据えた陶器の鍋とボウルの中身は、夏野菜の冷たいコンソメスープに摘みたてハーブのサラダ。
 ユニが野生のカンで見つけてきた高そうなチーズも、焼きたてパンを積んだ藤籠の隣にこっそり並べてしまおう。
 昨日貰った山盛りのオレンジの半分はジュースに使ったから、残りはデザートにして――それでも余ったら、皆に持って帰ってもらえばいいか。

「……リィ、リィー、聞いておるかなぁん!? そろそろ時間であろうなぁ〜ん!」
「え、うわっ!? ……あ、ごめんごめん。そうだね、玄関の方を見て来てくれる?」
 慌てる霊査士に「まったくぼんやりさんなぁ〜ん」とえらそうな事を言いつつ、ユーフィニアは跳ねるように表へと駆けていく。
 さして待つ間もなく聞こえてくる話し声と足音に、リィも急いで玄関へと足を向ける。
 まだ少し眠そうな顔、朝早いのにいつもと同じにしゃっきりした顔、様々な顔に向かって笑顔を浮かべて、大きく息を吸い込んで。

「おはよ!」

 こうしていつもとは少し違う時間、場所、顔ぶれの揃った朝食が始まる。
 これから始まるのはなんでもない、いつも通りの――だからこそ愛おしい、平和で穏やかな一日。

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参加者
NPC:飛藍の霊査士・リィ(a90064)



<リプレイ>

●朝涼
 降り注ぐ陽射しは澄み、葉の上に残る小さな雫を煌かせる。
 朝風に冷えた頬を陽光が優しく暖めていく感覚が心地良い。頭の中に居座る眠気も、この爽やかな冷気がゆったりと取り去ってくれそうだ。
「……しかし招待されたとはいえ、ただ座って待つのは性に合わん」
 それくらいさせてくれるよな、と手作りのプラムジャムを使った飲み物を用意していたユヴァが問うと、飛藍の霊査士・リィ(a90064)は一瞬きょとんと首を傾げた。同じく比較的早くに到着したエスティアも手伝いを申し出ると、ようやく合点が行ったか「気にしなくていいのに」と笑って承諾する。朝焼け色の飲み物を人数分整えて、ユヴァは食器の詰まれたワゴンに足早に駆けていく。
 お腹がすいたら先に食べていいからね、と霊査士が声をかければ、エスティアは朗らかに答える。
「こういう事やってる方が性に合ってますから♪ だって、こうやってあちこち歩けば……」
 少女の視線の先には、庭にぱらぱらと集いはじめた人々の笑顔があった。
 段々賑やかになっていくテーブルの上からこっそり、つまみ食いする楽しみも得られるのだと少女は悪戯っぽい笑みを零す。
「えへへーおはよーござります!」
 元気よく笑顔と挨拶を振りまきながらやって来たケイカの手によって、白いテーブルに旬の白身魚と海老、炒めたピーマンやパプリカ、茄子を包んだオムレツが新たな彩を添える。作り方は簡単だけれど、卵と具の優しい味わいが寝ぼけた胃にも舌にも優しい。
「旬のものはやっぱりおいしーのでするー。お好みでトマトソースをかけて食べてくださりませ」
 ソースの鮮やかな色は目にも楽しく、同じく卵料理を並べていたフィードは目を細める。
「朝って忙しないから、皆でのんびり朝ご飯を味わう機会って少ないよね……」
 持ち込んだベリーやオレンジのジャムから漂う甘い香りを堪能しつつ、こういうの嬉しいな、と青年は笑んだ。目玉焼きは食パンに乗せて食べようねと拳を握れば、ゆで卵を抱えたラジシャンも笑いながら頷く。
「思えば色んな所に出掛けて来たけど、こうして目覚めてゆく朝というのは初めてだよな」
 共に赴いたものの多くは朝と共に去る、短い夜の楽しみだった。
 しっとりと包み込むような重みのある夜や月光とは逆に、朝の空気と光は新鮮で軽い。瑞々しいサラダの緑や卵の黄の濃さにも目覚めていく時間を感じて、きもちいいな、と青年は空を仰いだ。

 僅かに残った眠気は光に触れて溶けるように消え、目覚めたばかりの体は食欲をそそる香りに素直に反応する。
「わぁ……焼きたてパンね! 好い香り〜♪」
 シンプルなスコーンにバターをたっぷり使ったデニッシュ、黒オリーブとローズマリーの乗ったフォカッチャに香ばしいバゲット。様々なパンが山と詰まれた籠を覗き込んで、大好き、とティルタは頬を緩めた。薄味に仕上げた夏野菜のラタトゥイユにはどれが合うだろうかと、考えるだけで胸が躍る。
「素敵な天気だし、嬉しくなっちゃうわね」
「うむ、たっぷり食べて行くが良いのなぁ〜ん」
 パン焼き担当のユーフィニアはえへんと胸を張る。二人の微笑ましいやり取りに笑みを零しながら、ソフィアは様々な香りのついたアイスティーとサンドイッチ、手作りのデザートを取り出した。流石に溶けてしまうようなものの持ち込みは断念さぜるを得なかったが、これだけあれば充分だろう。
「こんな最高の場所で朝ごはん、とても素敵です。いい歌が作れそう」
 冷たく澄んだ空気を胸いっぱいに吸いこんで、ソフィアは心地良さげに目を細める。
 和やかな空気は次第に賑やかになり、優しく吹く風と混ざって心地良く耳をくすぐる。訓練の為にやや遅れて庭を訪れたガルスタも、花を手に仲間達の輪に加わった。
「おはよう。朝から集まっているな」
 会釈した後、テーブルの上の花瓶を見て「料理の持込は多いと踏んで花を摘んできたのだが」と困ったように眉を寄せる青年から、リィは笑顔で花を受け取る。
「綺麗なものはいくらあっても困らないよ。ありがとね」
 霊査士が新しい花瓶を取りに行った直後、朝市に寄って来た為に最も遅くなったノリスが顔を出す頃には、テーブルの上は随分と華やかになっていた。

●朝露
「じゃあそろそろ、いい? ……いただきます!」
「「「いただきまーす!」」」
 声を揃えて唱和し、冒険者達は各々好きな料理を取り分け始める。
 ノリスが用意したのは燻製にした鶏肉に水菜、薄切りにした二十日大根を使ったサラダだ。ガーリックバターを塗ったクルトンと共に涼やかな硝子の器に盛り、上から鶏肉を飾ったそれが放つ美味しそうな香りに、何人もがこぞって手を伸ばす。
 これで満足してくれるかと、抱いていた懸念を良い意味で裏切る結果にほっとしながらノリスも食事を始めた。
 紫蘇ジュースの甘酸っぱさに体が目覚めていくのを感じながら、イングリドは自身と周囲の為に、持ち込んだガスパチョの寒天寄せを切り分ける。デザートのブルーベリーとプレーンの二層になったヨーグルト寒天は好評で、早くも半分ほどに減っていた。
「空気も気持ちいいし、皆でいただく朝食はさらに美味しいし、早起きが得って言うのも頷けますわね」
 朝には強くないけれど、たまにこうして起きるのは楽しい。
 結果的にほぼ全員が何らかの品を持ち込んだ為、テーブルの上はまさに選び放題食べ放題だ。ケールは目を輝かせ、あれもこれもと手を伸ばす。
「うん、旨いなこれ! あー、これもそれもみんな旨い!」
 自分で持ち込んだスパイスの効いたチキン、林檎や葡萄だって勿論美味しい――と、華麗に野菜だけは避けつつ少年は朝を堪能する。
 隣ではシャーリンがアイスコーヒーを片手に、真面目な顔で切り分けられたオレンジを見つめていた。
(「これは一人何きれまで……になるんだろうか」)
 生真面目な彼女があれこれ気にしているうちに、あっと言う間にフルーツは減っていく。思わず尻尾をしょんぼり垂らすと、それに気付いたケールが幾つかオレンジを盛った皿を差し出してきた。遠慮してたらなくなるぞ、と目で訴える少年に、シャーリンは微かに目元を緩めた。
「ん、ああ……有難う」
 一口齧れば爽やかな甘味が広がる。
 甘いのは苦手だがこのくらいなら――と、思ったのが災いしたのか。やたらに周囲から甘い物を勧められてしまい、断りきれず一人密かに胸焼けと戦うシャーリンの姿が目撃されるのは、もう少し後の事。

「一段落着いたならご一緒しませんか?」
「なぁ〜ん?」
 フォーティスに声を掛けられて、ユニは目を瞬かせながらも素直に頷いた。青年が鮮やかなルビー色のコンフィチュールを示し、良ければ試してみませんかとパンに乗せて差し出せば、目を輝かせてそれを受け取る。ゆっくりと一口一口確かめながらパンを食む少女に、フォーティスはにこにこと笑いながら食事の後、また話が出来ると嬉しいと告げる。
 平和で穏やかな時間がとても大切で、嬉しい。仲間と共に過ごす事は何にも変えがたくも思える。
「これって……リゾット?」
「うん、ミューズリーの冷たいリゾット!」
 首を捻る霊査士に、仄かにレモングラスが香る、バナナの添えられたミルクリゾットを手にしたグリューネは笑顔で返した。ついでに解説もしてやる。
「ミューズリーって、コーンフレークに似てるんだけど、固くてたべにくいんだよ」
 だから前の晩にレモングラスの葉、ミルク、蜂蜜、メープルシロップと共に鍋に入れ、軽く煮てから涼しい場所に置いておくのだ。翌日レモングラスをどけてバナナを添えれば、ふわりとレモンの香る美味しい朝食の出来上がり。
 昔、祖母が火の使えない幼い孫娘でも手伝える事として教えてくれたのだと話せば、優しいおばあちゃんだねとリィは目を細めた。
「これだけいっぱいの人とご飯食べるの、お家出てから初めてかもしれませんなぁ〜ん」
 普段とは並ぶものも顔ぶれも違う朝食に顔をほころばせ、ハーシェルは持ち込んだ生ハムを焼きたてパンにチーズと一緒に挟んで頬張った。程よい塩気とパンの甘味に満足しながら、ついでにリィにも勧めてみる。
「リィさん一口食べますなぁ〜ん?」
「え、いいの? ありがと、じゃあ貰うね」
 受け取った一口分をもぐもぐ咀嚼するリィに、味を訊ねれば「美味しいよ」と嬉しそうな声が返った。
 あちこちで広がる楽しげな声に微笑みながら、ファオは庭で取れた夏の恵みの数々をそっと並べる。トマトときゅうりはあっさりサラダに、モロヘイヤは単品でお浸しに。ブルーベリーはヨーグルトに加え、刻んだ向日葵の種も添えた。
「皆さんとご一緒に朝から楽しく過ごせて……一層元気が湧きます」
 まだ強い日差しに俯かないよう、心身ともに元気でいる為には美味しい朝食も楽しい時間も欠かせないものだろう。
 庭を彩る朝露の輝きが増していくのを眺めながら、ファオは短い朝の安らぎを噛み締めた。

●「ごちそうさまでした!」
 風は少しずつ温み、次第に温度を上げていく。
 濡れた緑も乾き始めているのだろうが、空気は未だ心地良い温度を保って優しく場に留まっていた。
 優しい影を落とす木々の枝には目を覚ましたリス達が駆け回り、庭の柵には果物の香りに惹かれて小鳥達が並ぶ。段々と高くなる日に照らされた花々は眠たげに花弁を広げ始め、遠くからは寝坊した雄鶏が時を告げる声がした。
 賑やかな朝食が済めば、これからが各々の一日の始まり。
 仕事に向かう者もあれば遊びに出かける者、家へ戻ってのんびりする者もいるだろう。

 みんな今日も一日、頑張って。
 一日の終わりに、素敵な日だったと思える日でありますように。

 その言葉を最後に、休日の朝餉は締めくくられた。


マスター:海月兎砂 紹介ページ
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作成日:2007/09/26
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