貴方が愛したファム・ファタール



<オープニング>


●一節
 君に逢えた事は、我が生涯最高の幸福であり、不幸であった。

                    ――――小説『貴方が愛したファム・ファタール』より

●追撃
「つー訳で、お仕事っす」
 ピーカン霊査士・フィオナ(a90255)は、静かに目の前の冒険者に言った。
「キマイラ、カンピアーの化身、悪霧カンピアー。
 討伐隊の活躍で、ヤツは、大きなダメージを受けて弱体化しました」
 冒険者は、言葉を挟まない。黙って頷く。
「アレを休ませ、回復させる事は、大きな被害を生みかねねーです。
 だから、今度こそ、テメー等で完全な決着を」
 それは、追撃。願いを、希望を繋ぐ追撃。
「但し、アレは狡猾。これが、最後のチャンスと思って下さいですよ」
 フィオナの言葉に、もう一度冒険者は頷いた。
 カーテンコールは、二度と無い。
 カンピアーにも、冒険者にも……である。

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参加者
ストライダーの忍び・ヤチヨ(a14410)
狂戯夜・ヨキ(a28161)
鱗はお茶の味・オルフェ(a32786)
月のラメント・レム(a35189)
狂気が乱舞の赤ペンギン・ヒナタ(a40516)
黒き戒の傀儡・リキア(a41587)
閃光の射手・イオリ(a43829)
ふわふわ綿毛のヒヨコ・ネック(a48213)
赤髭重騎士・ウィンストン(a53335)
明け空の瞳の・サリヤ(a56330)


<リプレイ>

●或る日の午後
 高い鉄の柵門を抜け、石畳を進む。その先には、白塗りの豪邸。
「――やあ、君達。今回は、本当に良くやってくれた」
 一同が何度か足を運び、すっかり見慣れた場所である。その日、態々広い玄関ホールまでやって来て、冒険者達十四人を出迎えたのは、屋敷の主であるドノバンだった。
 恰幅の良い彼は、この街――商都ルルナの顔役に当たる大商。一連の事件に苦悩し、苦心していた彼だったが、この日ばかりは、深い皺をその顔から失せさせ、満面の安堵の色を貼り付けていた。
 普段、客の応対を秘書に任せている筈の彼が、ここに居るのがそれなりに一同を驚かせる。
 応接間に通され、ソファを勧められる。使用人が、手際よくテーブルに紅茶を湛えた白いカップを並べていく。
「既に聞いているようだが、もう――この街が『彼』に怯える事は無いだろう」
 ややあって、閃光の射手・イオリ(a43829)は、言う。
 彼女等、今日ここにある冒険者の多くが手がけた『暗黒螺旋事件』は、この商都ルルナを長く脅かした、キマイラによる連続猟奇殺人事件である。一連の防戦と、調査の末、その犯人を或る劇団の団長であると断定したパーティは、その舞台に悪魔を追い詰めた。
 結果、彼を殺害せしめるに到ったのだが……話は、それで終わらなかった。キマイラは、敗れればモンスターと成る。此の世に怨嗟と、呪いを抱いた『それ』は、再びルルナを目指し……
 此度と、その前、二度に渡る対決と相成ったのであった。
「全ての悪意は断たれ、決着はついた……でな」
「この日を、本当に待っておったよ。漸くこれで、救われる――流石だ、本当に!」
 万感篭った赤髭重騎士・ウィンストン(a53335)の言葉に、全身で感謝の感情を表したドノバンに、風塵乱舞の・ヤチヨ(a14410)は小さく微笑む。
「……ん、おおきに」
 冒険者達にとっても、今回の仕事は少し特別なモノとなっていた。
 手がけた時間も長く、噛んだ痛みも、苦味も多い。
「そう――これで、終わったんですよね」
 静かに言った明け空の瞳の・サリヤ(a56330)の胸にも、言わぬ何かが去来する。
 今、こうして全てを終えても――それが、手放しで喜べる結果なのかどうかは、分からなかった。
「取り敢えず、報告は、そういう事だ」
 嘆息を一つして、黒き戒の傀儡・リキア(a41587)は告げる。
 穏やかな午後。もう、戦いの気配も、禍の気配も無い。そんな昼下がり。
 カップを手に取り傾けながら、彼は思う。やはり、覚めない悪夢等無かった――と。
「そう言えば」
 不意に、鱗はお茶の味・オルフェ(a32786)が、口を開く。
「『あの』秘書さんは、どうしたの?」
 よくよく見れば、この場に居るべき人物の姿が無いではないか。パーティとは違う切り口で、彼等を支え、事件の解決に尽力した人物が。ルルナのハイライトに常に姿を見せていた人物が――
「……ああ、それなんだが……」
 ドノバンは、笑顔を少しの渋面に変えて、棚の上のカードを手に取った。そして、それをテーブルの上――冒険者達の前に投げ出した。
「丁度、例の対決の日に来たモノだ」
 ドノバンが、それから投げた視線の先――応接間の壁には、額縁の跡がある。
 白い洒落たカードには、気取った字でこうあった。

 ――予告状。

●最後の対決
「別に、報われたいとは思わへん。
 せやけど、悲劇が繰り返されんよう終止符を打ちたいんや――」
 ヤチヨの言葉。
(「残るは私の誇りのみ。負ける気はしません。だって、負けられませんから」)
 光風霽月・レム(a35189)の決意。
 敗れる訳には行かぬ――そんな戦いが、そこにはあった。
「カンピアー……さ、ラストの幕、開けるのオチよ」
 言葉程は気楽無く、そう狂気が乱舞の赤ペンギン・ヒナタ(a40516)が宣告した。
 それは、始まり。
 悪魔との二度目の邂逅。気まぐれな運命に、今一度だけ与えられた最後のチャンス。遮蔽物の無い草原――今度は、絶好のスポットで、パーティは、悪霧との対決の。
「螺旋事件……その幕引きに立ち会えて光栄です。
 以前の討伐で削られているとは言え危険な相手。油断はいたしませんよ」
 クスと笑い、嘯く月夜の風戯・ヨキ(a28161)も、言葉まで。
 そこには、一分の迷いも、油断も無い。
 既に種割れ、傷付いた相手であろうとも、やはり『悪霧』は、『悪夢』なのだから。
「任せておけ」
「此方も――」
「万物に宿る精霊の加護があらんことを――」
 カトレヤ、オルーガ、デューン等が、まずは手早く鎧聖の付与を配っている。まず敵の弱みから撃ち抜こうとする敵の狙いを阻むかのように、レムの指示で動いた三人は、パーティの隙を埋めていく。
「そう、まずは――多角度から攻撃を」
 悪霧を囲むように戦力を展開したパーティに、敵より十分に距離を取ったイオリの声が飛んだ。宵闇の中、夜を支配した悪霧さえ、この白日の下では、余りに無防備。
 その姿、最早見失う筈も、見誤る筈も無く――パーティは、言葉に苛烈な攻勢を開始する。
「望まなかったアンコールだけど――悪霧が舞台に立つなら、とことんつきあうよ!」
 途端にざわ、と広がった厭な気配に、ふわふわ綿毛のヒヨコ・ネック(a48213)の静謐な祈りが立ち向かう。そして、その対抗は、彼だけに留まらない。
「この、決着を――」
 ルミリアの声が唱和し、
「何時までも、あなたを倒せずにいるなんて御免なんですから」
 レムの展開した領域が、一時の不吉を中和する。
 パーティの備えは、十重二十重。二度は、敗れまいと。力を減じた、この悪霧には。
(「ここでとどめを刺さないと、ダメだよね」)
 オルフェは、回復役の一人として十分に距離を取り、敵の動向を窺った。
 目の前の暗黒が、何時螺旋を巻くか――それが、勝負の瞬間。決着への早道。ひりつく空気とプレッシャーは、初対面ながら彼に十分敵の脅威を教えていたが……その瞬間に到る為に、今更怯む筈も無い。
「いくでっ!」
 放たれたヤチヨの黒いカードと共に、
「くぁ! わたしと勝負するのオチ」
 ヒナタが、誰より前に出る。その得物で殲術を構え、表情無き黒霧をねめつける。
「良くも悪くも、これが最後」
 その背後から、リキアが、その身に纏った黒炎を力とし、撃ち放った。
「カーテンコールのこの機会、得たからには決して逃さず――」
 間合いを焦がした黒い焔を追うかのように、ウィンストンが走る。
「――今度こそ目にも見せてくれようぞ!」
 サリヤが、続く。
(「今度こそ、と一体何回願ってきたのか。
 でも、今度こそこれで最後――仲間を信じ、自分の力を信じて……全てに、決着を!」)
 裂帛の気合が、力に変わる。
 踏み込みより放たれた一閃は、真っ直ぐに霧を揺らめかせた。
「――っはぁ――」
 濃密に香る『死』さえ構わず。彼女は、束の間。この一戦に忘我する――

●悪夢喰らわば
 やはり、戦場の――時刻の利点は、小さくない。
 悪霧に対して、十全な準備と戦略を整えたパーティは、確かな優位を築いていた。
 この悪魔とて、パーティを散々に苦しめたその能力を此度も発揮しているのである。だが、戦意高く、特別にその対抗策を用意したパーティは、これに耐え続ける。
「今、回復するよっ!」
 手厚く、ネックが守る。彼が祈りを止めようとも、祈りの声が途絶える事は無い。
 状況が、元より悪霧不利の消耗戦である。追加に四人の戦力をも用意したパーティは、焦れる展開の先に、徐々に手数と体力で悪霧を押しつつあった。
「皆っ、絶対に――逃がさんようにっ!」
 ヤチヨの声に、パーティは、頷く。
「ええ、逃げ道は与えませんともっ!」
 移動をしかかった悪霧の進路を塞ぐように、レムが立ちはだかった。
 彼女の凛とした双眸が、真っ直ぐに『ランドアースの染み』を射抜いていた。悪意の塊。不幸を呼ぶ霧。生前も、死しても何を生む事もしようとはしなかった、下衆の亡霊。
「ここで――終わるんや!」
 ヤチヨの強い言葉は、幾度目か。
「くぁ……焼き、消えろのオチ!」
 ヒナタの一閃は、炎熱を纏い黒霧を裂く。
「勿論、その心算ですよ」
 更に応えるのは、ヨキだった。彼は、既にその消耗を隠せぬ。だが、それでも断言する。
「この舞台……これ以上続けてもくどいだけですからね!」
 漆黒の杖の展開した紋章術の力が、纏めて合わさり火玉を作る。敵を、目標を灼く意思の一撃を。

 ――――♪

 オルフェの歌は、戦場に勇壮と響き。
「……霧なのだから、焔に焼かれて消えてしまえばいい」
 リキアが攻め、
「この一撃にて、その悪意断たれるが良かろう!」
 ウィンストンの斬撃が炎を纏う。サリヤの刃は、青白く――そう、彼女の怒気であるかのように輝き。染みに、光の軌跡を刻み込んだ。
 防御の付与を終えたカトレヤ、オルーガ、デューンも攻めにかかる。
 ルミリアが、戦線を支えながら、最後に到る好機を作り出していく。
 苛烈な攻めの中――先に焦れたのが、悪霧であったのは、偶然では無い。
「来るよっ!」
 この時を、待っていた。
 敵の最大の攻撃は、同時に最大の隙を生む。悪霧の膨張に、オルフェが声を張り上げた。
「分かっているっ!」
 イオリの指先が、ぐいと神雷の強弓を引き絞る。
(「カンピアーよ。一体何処で道を誤ったのであろうな?」)
 見据えた敵に心中のみで語りかけ。彼は、自身の乾坤一擲を、極限にまで引き絞る。
 膨張した闇が、収束した。次に来るのは、破滅の呼び声。呪いの拡散。
「これで、終幕だ――!」
 させじと、青く閃光が間合いを疾(はし)った。
「グッバイ・カンピアー……今度こそ、本当に」

●貴方が愛したファム・ファタール
 そこは、ルルナの外れ――幾つもの花の供えられた墓地の前。
「……全て終わったんやな」
 戦いの時間を思い出したヤチヨは、その光景を追い払おうと小さく頭を振った。
「暗黒の螺旋を抜けたルルナに、永久の平穏が訪れる事を願います」
 ヨキは、ふぅと一つ息を吐いた。
 彼の眼前の墓標には、『ファゼット・ラルーシュ』の名が刻まれている。享年は、二十四。
 ドノバンへの報告を終え、その場を辞した一同は、誰からとも無くこの場所に足を向けていた。今回の事件の、もう一人の主役(ヒロイン)。救えなかった彼女の場所に。
「……この終わりは、如何だったのだろうね」
 リキアが、ぽつりと呟いた。
 他人(ひと)の気持ちは、誰も完全に知らないから。
 真の意味で、カンピアーが何を望み、ファゼットが何を望んだか。彼等が、正解を得る術は無い。
(「カンピアー……本当に、これは、あなたの脚本通りの終演でしたか?」)
 目を閉じたレムは、あの美しい男と歪んだ熱情――愛情にも似たそれ――を、思い出す。
 赦すべきではない悪。
 唾棄すべき悪。
 だが、あの悪の。あの嘘吐きの、その言葉の全てが、果たして正しく本心だったのだろうか――?
『彼女』は、あの『彼』にとっても、運命の女と言えたのでは無いだろうか?
「……………」
 レムは、止め処無く詮無い思考を追い払う。
「ねぇ」
 サリヤは、不意に呼びかけた。
「ファゼットさん。貴女の望んだ結末は、なんだったのでしょうね?」
 彼女の声に、墓標は、黙して答えない。
「彼女があの世で待っててくれるなんて、最期までずるいよねぇ〜」
 代わりに、ネックが言って、天を仰いだ。
 空は青く澄み渡り、憂鬱な事件の事など忘れてしまったかのよう。
 吹き抜けた風は、夏の事件の終わりを告げ。秋の訪れを教えていた。
 螺旋は、もう二度と巡らない。幻のように消え失せて――もう、二度と巡らない。


マスター:YAMIDEITEI 紹介ページ
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作成日:2007/09/20
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