<リプレイ>
●秋桜のオーベルジュ 朝露に濡れた勿忘草を光に透かして見れば、きっと今見上げている高く澄んだ空の色になる。 透きとおる空の色を映して流れる水面に浮かぶのは、硝子の円蓋を乗せたような可愛らしい遊覧船。幸せなお茶の時間を演出してくれたカフェボートに別れを告げて、一行は優しい色の秋桜が咲き乱れる丘へと降り立った。 明るい青林檎色の細い草葉がなだらかな斜面をふわりと覆い、風にそよぐ草の波の上に白や桃の真珠を広げたかのように数多の秋桜が咲き誇る。丘の上を振り仰げば、澄んだ青空を背に瀟洒な館が佇んでいた。 「こういう場所、憧れてました……」 「とても素敵ですよね……」 空と水と花の香を抱いて流れる風を胸いっぱいに吸い込みながら、軽やかに跳ねる靴音・リューシャ(a06839)がうっとりと息をつく。想い紡ぐ者・ティー(a35847)も優しい風景に瞳を細め、この景色の中で皆と過ごせることの幸福感に口元を綻ばせた。 咲き連なる秋桜達が軽やかな波の音を奏でる丘を登れば、白亜の館の全容が見えてくる。 温かみのある落ち着いたライラックグレイの屋根に護られ、外壁の代わりに開放的な回廊を配した白亜の館はとても明るい佇まいを見せていた。正面の大きな扉は開け放たれていて、足を踏み入れれば上階まで吹きぬけたロビーが出迎えてくれた。暖かな燈火をほんのり溶かし込んだような淡く明るいエクルベージュに統一された内装は心を居心地よく落ち着かせてくれる。先の戦いで傷を負った者達の荷物を引き受けていた木陰の詩歌いは残月を見上げて・ユリアス(a23855)は、品の良い制服に身を包んだオーベルジュのスタッフへ荷物を預け、身体を解すように緩く伸びをした。 「どんな時間を過ごせるのか今から楽しみですよ」 「何するか悩むのも旅行の醍醐味ってヤツだよな〜♪」 柳緑花紅・セイガ(a01345)は受け取ったメニューに早速目を通し、ディナーの組み立てに頭を悩ませつつ、絵を返すから談話室行くんよという湖畔のマダム・アデイラ(a90274)の声の方へ足を向ける。
夜明けの秋桜を描いた絵画は、談話室の暖炉の上に飾られていたのだという。 大きな暖炉の上に収まった絵画をじっくり眺め、万寿菊の絆・リツ(a07264)はその夢の様な光景に瞳を緩めた。この絵と同じ風景を遥かな時を経た今になっても求めることができるというのは、何と素敵なことだろう。とても浪漫なお話ですねと微笑めば、絵を描いた場所を探すのって楽しそうだなぁ〜んと骨を心に抱く・クーリン(a35341)が心底楽しそうに頷いた。 「お茶会の時に幾つか目星を付けてたんだけど……実際に来てみるとわかんないね」 何処かそわそわとした様子で留守番専門・ウィレ(a12687)が小さく笑う。 明るいルビー色のチューリップティーに丸い砂糖を落とせば白の秋桜が咲いたとか、さっぱりした林檎カスタード入りプチタルトに柿や無花果を乗せてシャンパンゼリーをかけたらきらきらして綺麗だったとか、そんなお茶会の光景の方が鮮明に思い出せるのが可笑しかった。 アデイラにスケッチブックか何かに絵を模写して貰えれば、と辺りを見回した清閑たる紅玉の獣・レーダ(a21626)は、ばっちり用意してるんよ〜と後ろから抱きしめられつつスケッチブックを差し出され、紫の尾をぱたりと振った。 世界が流動的だからこそ、心許せる大好きなひと達と過ごせる時間を大切にしたいと思う。 「わかったなぁ〜ん。きっとあそこから見た光景なぁ〜ん!」 絵画を見据え愛らしい眉を寄せていたヒトノソリンの紋章術士・トルテ(a45162)が、何か閃いた様子でぱたぱたと談話室から駆け出していく。「絶対見つけましょうね!」と拳を握った想いを抱く癒しの薔薇・シア(a03214)がソファから腰を上げれば、丁度暖炉へ火を入れに来たらしいスタッフが柔らかに瞳を細め、行ってらっしゃいませとにこやかに会釈してくれた。 探す楽しみと苦労を味わってもらった上で、見つけた時の感動味わって欲しいんだろうな。 彼らの気遣いに微かな笑みを洩らし、セイガは丘に面した硝子張りの扉を開いた。
澄んだ露草の空から降る陽光は暖かで柔らかで、涼やかな秋の風と共に微睡みを齎すような心地好さで世界を包み込んでいる。咲き誇る秋桜達は陽射しを受けてほのかな光を孕み、丘の麓を流れる川も陽射しを反射して眩い光のかけらを散らしていた。 「……なるほど。確かにいい場所だな」 次は家族も連れてきてやるかと頬を緩め、射殺す嵐・アヴァロン(a06462)は好奇心のままに辺りへ視線をめぐらせる。絵心を擽られるのも頷けると得心しつつ、己には壊滅的なまでに画才が欠けている事を思い出してほんの少しだけ空しさを覚えた。 「風が秋桜と秋の香りを運んできてるね……♪」 歌うように言って腕を広げるように伸びをするウィレに頷きながら、ユリアスは秋桜の中へ足を踏み入れる。甘い土の匂いと青い草の香に微かに混じる花の香が何とも心地好い。空と水の香を抱いた風がそれらを緩やかにかき混ぜていくのがまた爽快だった。 「んー! 風が気持ちいいですねぇ。お昼寝には良い陽気です」 「絵の場所が見つかったらそこでお昼寝するなぁ〜ん」 額に手を翳してあちこちを見遣っていたクーリンが声を弾ませる。 絵が描かれた場所はきっと、暖かな陽射しが降り注ぎ心地好い風が通る場所に違いない。 腕も足も空の下に投げ出して、何も考えずに眠れたら――どれほど幸せなことだろう。 秋の気配に満ちた風が流れ、柔らかなコットンや甘やかな砂糖菓子を思わす花々が揺れる。 怪我のせいかすぐ疲れちゃいますねと苦笑いをして見せるシアにくすりと笑みを返し、リューシャは彼女と手を繋いだまま斜面の上に並んで腰を下ろした。なだらかな斜面を見下ろせば柔らかな色をした花の絨毯が広がっている。素敵と感嘆の声を零しつつ、傍らの優しい気配に声を掛けた。 「シアさんと一緒にいると、いつもすごく癒されるな」 だから戦場でも、頑張れるの。 秋桜を眺めつつ穏やかにそう紡げば、シアもですよと嬉しげな声が返る。 「戦場ではいつも背中を見ているけど、隣でみる凛とした横顔もシアは大好きです」 怪我人ふたりが無理せず穏やかに過ごしている様子に安堵の息をつき、レーダは暖かな陽射しに緩めた瞳を彼方へ向けた。絵に描かれた山の形や光の射す角度から場所を割り出すと良いかもしれないと呟けば、やはり山がヒントになりそうですよねとリツが館の裏へと足を向ける。 「秋桜って、見ていると懐かしい気分になってしまうのですよね……」 初めて訪れた丘の上に佇んでいても、風に揺れる秋桜を見遣れば郷愁めいた想いが胸に満ちた。 不思議です、と小さな笑みを零しつつ歩けば、両手の親指と人差し指で作った四角い枠から景色を覗いているティーの姿が目に入る。彼女が「あ」と声を上げたのは、その時だった。 「もしかしたら、ここ……?」 微かに上ずった声が疑問調になるのは、僅かに違和感があるからだ。 絵に描かれた山は確かに見えるのに、少し角度が違う気がする――とティーが首を傾げていると、遥か頭上から「見つけたなぁ〜ん!」という声が降ってきた。 振り仰げば、屋根の上で手を振るトルテの姿が見える。 「お日様の光を描くなら、やっぱり屋根からに決まってるなぁ〜ん!」
遥か昔にこの館の主だった領主の娘は、屋根の上で夜明けを描いたのだった。 ●秋桜の夢燈 透きとおる深藍の硝子を重ね、秋桜の丘に夜の帳が降りて来る。 澄んだ夜風の通る場所に設えられた露天風呂には暖かな燈火が灯されて、ホワイトチョコレートに苺チョコレートを流したような色合いの大理石を柔らかに照らし出していた。 透明な湯を溢れさせる湯口の上に腰掛けて、横笛に唇を寄せたウィレが穏やかな夜闇に溶け行く旋律を紡ぎ出す。淡い湯煙の中へ幻想的に反響していく音に耳を傾けながら、セイガはとろりと柔らかに肌を包み込む湯の中でゆったり身体を伸ばした。シア達の声が聞こえてくれば顔を上げ、「アデイラ、義妹達頼むわ」と蜂蜜が甘く香る石鹸を放る。はいな〜と石鹸を受け止めたアデイラは、目の前にぷかぷか流れてきたころんとした物体を見て「いや何これ可愛い〜!」と声を弾ませた。何ってあれだ。大きな瞳をくりりとさせた、黄色の鳥さん。 「……大きなお風呂にはやはりあひるちゃんが必要だと思うんだ」 大真面目な様子で真直ぐ見つめてくるレーダと、いいこと言うなぁ〜んと目を逸らしつつ呟くクーリンの頭を交互に撫でて、アデイラはシアのもとへと向かう。目のやりどころに困っていたクーリンはほっと息をつき、男同士なら照れないなぁ〜んとレーダを振り返った。 「背中の流し合いとかやりたいなぁ〜ん……って、な、何か狙ってるなぁ〜ん!?」 「はっ……。クーリンの尻尾にうずうずしたり、して、ないぞ。うん」 弾かれたように顔を上げたレーダは、やはり生真面目な顔で重々しく頷いた。 ふわりと漂う湯煙を透かし、夜闇の中を燈火に照らされる秋桜が見える。 昼間とはまた異なり、優しい色の花々がより柔らかに鮮やかに見えるのが不思議だった。 外から見えない一角でアデイラに体を流された怪我人ふたりは、緩い息をつきつつ優しい肌触りの湯へと身を沈める。怪我に沁みますと顔を顰めていたシアを見遣れば、ゆったり浸かっている内に何時の間にか心地好くなってきたらしく、幸せそうに頬を緩めている。傷をちゃんと癒さなくちゃですねと微笑んで、リューシャも柔らかな湯の中でそっと手足を伸ばした。 「ふぃ〜。癒されますねぃ♪」 「直ぐに疲れも吹き飛ぶなぁ〜ん!」 極楽極楽、と言わんばかりのユリアスの肩を揉みながら、トルテは絵の場所を見出した経緯を語る。 「屋根の上だってピンときたから二階に行ってみたなぁ〜ん。そしたら奥の方に屋根裏部屋へ続く階段があったのなぁ〜ん!」 下からは見えないけど屋根の上にテラスがあったなぁ〜んという言葉に、先を越されたなとアヴァロンは小さな笑みを口元に刷く。軽く冷やした発泡米酒を硝子杯に注ぎ、怪我人達へと養生しろよと言いながら、成人達へと振舞った。昨年訪れた岩窟温泉で手に入れた酒だ。 「今年もまた温泉でこの酒を傾ける事になるとは……人生とは、全く以って数奇で面白いものだ」 「それが縁ってもんなんよ〜」 楽しげに微笑むアデイラと杯を合わせ、何かを懐かしむような眼差しを丘へと向ける。 夜風にさざめく秋桜の上を、柔らかな燈火の光と何処か暖かな影の波が渡っていった。 誰かと一緒に入浴するのは、姿が大人びてからは始めてのこと。 確りタオルで体を覆ったティーがほんのり頬を染めつつ湯に浸かる様を微笑ましく見遣り、リツも心地好い湯の中で湯着に包まれた体の力を抜く。帆立とサーモンのタルタルが美味しかったですねと瞳を細めれば、先程のディナーの味を思い出したのか、薄く切った生ハムの薔薇を浮かべた秋野菜のスープも素敵でしたとティーが口元を綻ばせる。落ち着いた雰囲気のダイニングルームで饗されたディナーは、秋の味覚をふんだんに取り入れたとても好ましいものだった。 「お食事も美味しくて宿の方も親切で、素敵な一日でしたね。明日も楽しみです」 零れる吐息が至福に満ちているのを感じながら、穏やかに流れるひとときに身も心も委ねてみる。
秋の宵は、静かに緩やかに更けていった。
●暁夢の秋桜 夜明け前のひとときに、澄み渡る秋の大気はひときわ凛と鮮やかに澄み渡る。 屋根裏部屋へと上りライラックグレイの屋根へと出てみれば、そこにはトルテの言ったとおりのテラスが広がっていた。冷たく透きとおった風で胸を満たしつつ見遣れば、深く透きとおる紺瑠璃の空の彼方に、淡い珊瑚色の射す雲と微かな光に縁取られた山々の稜線が見える。 早く朝日を見たいという思いと、ずっとこのままでいたいという思いに揺れつつ見守っていると、稜線の彼方から橙色の宝石の様な太陽が顔を出した。 新たな今日を照らし始める光に、願いを。 おはよう、と朗らかにユリアスが笑えば、目を擦っていたトルテもぱっと顔を上げ、おはようなぁ〜んと皆に言いつつ柔らかに拡散していく曙光を身体いっぱいに受け止めた。 遥か昔のひとが見たものと同じものを見ているなんて、何だかすごい。 「わぁ……秋桜の絨毯も輝いてる」 ウィレの声に誘われ見下ろせば、清冽な光の紗に包まれた一面の秋桜がさざめいて、きらきら輝く光の波を渡らせていく様が見えた。丘の上に立つ館の、屋根の上。何処よりも高いこの場所から見下ろせば、まるで秋桜と光の海に浮かんでいる様な心地にもなる。 「素敵な場所に来る事が出来て、良かった……」 心からの言葉を零して、リューシャは柔らかに空を染めていく珊瑚の色に感嘆の息をついた。 朝焼けの色には、希望に満ちている様な気がする。 「皆のこと大好きだなぁ〜ん。また、一緒に見たいなぁ〜ん」 テラスの柵に凭せかけた腕に頬を乗せ、クーリンは穏やかな心地で瞳を細めた。優しく耳に届くのは、透きとおるように光に溶けて行くティーの歌声だ。歌詞のない、ただ辺りを包む夜明けの光の感動を映した声だけの歌が、風と一体になって皆を包んでいく。 空の色は常に異なるから、場所は同じでも、今見ている景色はあの絵と全く同じ物ではない。 だから今見ている光景は――今この場にいる、自分達だけのもの。 目にした光景も、一緒に見ている皆の表情も、大切に心に刻みつけようとレーダは想う。 きっと、忘れない。 明け初めていく空と始まりゆく今日を受け止めている皆を一歩下がった場所で見守りながら、きっとまた皆でこの朝日を笑いあって見られるよう、とアヴァロンは静かな決意を胸に秘める。 「……なんで涙が出てきちゃうんだろう」 「愛しくてどうしようもなかったら、泣いてまうんよ」 きゅっと手を握ったままアデイラに寄り添って、シアは透明な涙に滲むどうしようもなく美しい世界を眺めた。大好きなひと達と過ごせる時間と世界は、何にも代え難い宝物だ。 眩い曙光に細められたセイガの瞳には何かを懐かしむような光が宿っていた。 夜明けが来るのは当たり前のようでいて、実はそうでないことをもう知ってる。 「アデイラ、どこにいても何をしててもこの光景は一生忘れないぜ」 「……うん」 彼方の稜線からゆるゆると陽が昇っていく。 拡散する曙光は強く煌いて、幾つもの光の条を世界の隅々へと投げかけていった。 「……わぁ……」 上手く言葉にならない感動を、ただ自然に零れる声へ乗せてリツは世界へと贈る。
自然は、世界は――なんて強いのだろう。
夢のような光景をひととき辺りへ齎して、今日も世界が眠りから覚めていく。 秋桜の丘で受け止めた夜明けの光は、皆の胸の内を優しい至福でゆるゆると満たしていった。

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参加者:11人
作成日:2007/10/03
得票数:ほのぼの11
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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