白露の原に鶺鴒の鳴く



<オープニング>


「ちょっと早起きして、森をお散歩しませんか?」
 その散歩が実に素晴らしいのだと言いたげな微笑みを浮かべて、深雪の優艶・フラジィル(a90222)は楽しげに誘いの言葉を紡ぐ。彼女の言う行き先はエカリナと言う森を抜けた先の草原だった。
 張りのある夏の木々は随分と柔らかさを得て、すべてを包み込むような優しい秋の気配を森の奥深くから広げて行く。未だ眠りについたまま動き出さない森の住人を起こさぬよう、声を潜め靴音を殺して獣道を進めば、やがて白い朝靄で覆われた森の中の草原にまで辿り着けるのだ。
 太陽の昇る直前の世界は白い。
 青と呼ぶには淡過ぎる空色を見上げて、冷たく湿った空気を吸い込む。
 靄に立ち入るのであれば、包まれた瞬間に肌が緩く濡れて行くことを覚悟しなければならない。
 しかし、手を伸ばせば指先が濡れる立ち尽して待てば、程無く目映い輝きが空に現れてくれる。
 その僅かな待ち時間すら、向かい来る清々しい朝の一端を担うに違いないのだ。

「虹色の陽射しが差し込めば、さあっと浅い靄も晴れて行くのです」
 その瞬間が本当に美しいのだ、と思い出すようにフラジィルは瞳を閉じた。
 靄の消えた草原には朝の白露が残される。
 冷え始めた季節、草葉に浮く露は酷く澄んで煌くものだ。
 目覚めた鶺鴒の鳴き交わす声が聞こえる。
 しなやかな小鳥は美しい羽根を広げ、青みを増した空を飛んで行くのだ。
「ただそれだけのお散歩なのですけど、ジルはきっと、凄く幸せな一日の始まりになると思うのです」
 樹に登り淡い緑の世界を見回すのも良い。
 お弁当を持って行って朝食を取るのも楽しそうだ。
 まだ暗いうちから出掛けて、明るさの染み込み始める森の美しさに浸るのも素敵だろう。
「良ければ、ジルと一緒に行ってもらえませんか?」
 そしてフラジィルは、その日が楽しみで堪らない様子でにっこりと笑うのだった。

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参加者
NPC:深雪の優艶・フラジィル(a90222)



<リプレイ>

●靄に沈む森
 夜に浸された森は黒く染められ、明けの来る頃、再び白く塗り直される。
 堅い樹の幹に背を預け、ただじっと、身動きせずに彼は待っていた。
 朝靄を吸い込んで重みを増す外套は連ねて来た想いに似る。唇を開いて息をすると、内側から渇いた潤いに満たされた。白に覆い隠され、独り佇み続ける今ならば、沈み込まずに留まれる。抱えた命が自分ひとりのものでは無いと知らされるたび、とても嬉しく、とても重たい。
 あの日、選ばなかった道を悔いている。振り返る想いは今も絆を越えるほど大きくて、大切な人たちに応える言葉が見出せない。この時期だった、と秋の迫る森に想う。何れ育まれようと土に託して、それぞれに歩き出した時のように裡に埋めてしまえれば、と――ハルトの胸に静かな渦が巻く。
 濡れた大地は先が見えない。足音を潜めて、ウィーは静寂の森を行く。風を迎える朝の気配が、何れ晴れる瞬間を望んで、心を少し弾ませるようだ。嵌めた籠手を左手で撫で、浮かぶ限りの思いに耽る。枝に手を伸ばし、樹を登ろう。あの時に見た空と、此処から見える空とでは、同じ空でも驚くほどに違うのだろう。来たばかりだと言うのに、冬の森はどんなだろうか、と先々にまで想いを馳せた自分が少し可笑しかった。
 木々の無い空間に蟠る靄は淡い紫にも見えて、つい包まれに脚を向けてしまう。水の粒子が星の河を思わせる繊細さで漂う様も好ましい。ユーティスは自然の中に身を溶かしながら、忘れ難いものを留めておこうと強く思った。日々の多忙から抜け出して訪れた森の、太陽が昇るより早い朝を心地良く感じて、ソフィアは深雪の優艶・フラジィル(a90222)に挨拶をする。フラジィルは小さく会釈して、景色を誰かと共有出来ることが幸せなのだと語る彼女に、共有出来れば幸せですね、と柔らかな微笑を浮かべて見せた。
「フラジィルさんは如何ですか、良く眠って来られましたか?」
 尋ねるリツには大きく頷き、今日が本当に楽しみだったから、と満面の笑みで応える。素敵な日の出が見れると良い、と囁きながらふたりは別れた。森の先の草原で、少し後には会える筈だ。
 黒の外套を彼女の肩に掛けてやり、靄の先へとケネスが誘う。彼女は少しだけ唇を引き結び、彼を見上げながら歩き出す。世界の目覚める瞬間に差し込む虹色の陽射しは、美しい煌きの刻となる。過ごせることが嬉しいと彼女の手を取り、指先を絡めるように囁けば彼女は漸く口を開いた。
「……勝手に出掛けて、ごめんなさい」
 それから少しの困惑混じりに微笑んで、ジルがジルのままで良いのでしたら私の夢を叶えてください、と桜の下で囁かれた誓いにも似た願いの言葉に漸く、答えらしい答えで応えた。
「貰ってくれるなら、全部あげます。私は貴方が大好きですから。……きっと、誰より」

●朝陽を望み
 高い樹に登る。
 肺が縮まるようで胸元を掴んだ。俯いて唾を飲み下し、黙す。不意に彼が遅いのに気付き、下方に向けて手を差し伸べた。下手くそ、と掛けられた声にハジは何が意外か目を瞬いて素直に冷えた掌を取る。靄から抜け出すほど高い場所で、肌に張り付くような冷たさを振り払い、深い森を見渡した。
「俺は」
 黒の色眼鏡を掛け直しながら、リャオタンは僅かに顔を背けて言う。
「心配はしてやんねえが、応援はしてやる。有難く思え」
 空は白み始めていた。
 この世界には朝が来る。そして靄さえも消えて行く。
 何が起きても陽は昇るのだ。その風は、いつでも傍で囁くから。
「一緒に散歩出来て、良かったです」
 ハジが礼を告げれば、リャオタンは彼を見返して、「今日は晴れるな」と短く言い切る。少年は再び目を瞬き、僅かに表情を崩してから、明日もきっと晴れるだろうと青年に返した。
「……俺たち、こんな風にのんびり歩くって初めてだな?」
 不意に洩らされたラスの呟きに、トワイライトは幾らか眉を持ち上げて顔を顰める。此処に至るまでの道程を思えば簡単に相槌を打てる振りでも無いのだが、掠めた記憶が受容させた。そして、ぐうと腹の虫を鳴かせたラスは彼が止める間もなく前を歩いていたひとりの少女に声を掛けている。驚きながらも振り返ったリィフィアは、自然と肯定の頷きを見せた。
 アップルパイの甘い香りにラスは目を輝かせる。鼻先を掠めたのは菓子の香りでは無い何かで、その正体を掴むより早くすべて靄の中に霧散してしまう。こっちのには気をつけた方がいいぞ、と注意を促しながらトワイライトもその親切に甘えた。
 このまま靄が深まれば、穢れすら拭い落とす色さえ生まれようか。
 森は古い記憶の色に変わり行き、樹は葉を落とし、やがて実を結び、生きる者たちの糧となる。
 廻り続ける自然は、変わりながらも変わらずに在る。
 ささやかな日々に、そっと感謝の想いを抱いた。
 カイの選んだ頑丈な樹に、彼とふたりでミリアは登る。山の中で育ったものだからこの森さえも懐かしく思えると頬を緩めた彼女を見て、自分の生まれた農村も山の中にあったから遊び場はやはり森だったのだと彼は答えた。互いの知らぬ記憶の中に、似通ったものが見出せた。ふたりは顔を寄せ、小さな笑みを浮かべ合う。
 陽が昇れば森の散策を続けよう。
 どちらからともなく約束をして、他愛の無いお喋りを続ける。
 静けさに沈み眠る者たちを起こさぬよう、声を潜めて囀るように朝までの間を楽しんで過ごした。

●鶺鴒の鳴く
 空が白んだ。
 靄が鮮やかな白に照らし出される。髪がしとりと濡れて首筋に触れた。輝きが至るまでは目を閉じて、ニューラは「朝」を待っている。息苦しい靄の中で、緩やかに眠らされる感覚が空恐ろしい。
 帰って来ない人を探す旅に出た。
 戻って来たのに、幸福は舞い戻って居なかった。おかえりなさいなんて聞こえなかった。
 けれど、その言葉を口に出したとき世界は遂に軋むのをやめた。この気持ちは、留めておこう。
 伸ばした手の先さえ見えなくなる靄の原は、ガルスタにとって出口の無い迷宮に似ていた。此処では、まだ夢を見ているかのように現実が薄いのだ。けれど朝陽が昇ってしまえば、白は漣が引いていくように晴れていく。目映さに手を翳しながら、進むべき明るい未来が齎されたかに錯覚した。
 急に迷いさえも晴れたかのように想うのだ。
 何かが解決されたわけでもないのに、と不思議な感覚に酔ってしまう。晴れやかな気持ちも、何も変わらない現実も、双方同じように受け入れて、夢の世界から半歩だけ踏み出した。
 暁の光と澄んだ空気とは、オルーガが裸足で歩き出す手助けになるのだ。
 繰り返す朝と夜、時の狭間に人は生きる。時間の織り成す日常を恐れることはない。夜が明ければ、また新しい朝が訪れると言うだけの、当たり前の日常が今日は特に有難く感じた。
 秋と共に到来した朝陽は眩しく、少しばかり目に沁みる。
 解いた髪も駆け出してしまえば風に遊んでくれるだろう。
 シーリスは瞳を閉じた。続く戦争に人が多く傷ついていく。共に在りたいと願うのに、失う不安が離れない。けれど世界が愛しいから、大切な人と戻るため、光差す朝を目指し歩き出せるのだ。
 虹色の陽射しが靄を払う。
 朝露が輝く草原を見渡して、フラジィルは嬉しげに声を上げた。朝の情景を見渡せば綺麗だとだけ想いが浮かぶ。一緒に歩きたいのだとヴィンが声を掛ければ、彼女は穏やかな微笑で了承した。
「本当に、大人になったね」
 呟きは、彼女の耳に届いただろうか。お互いが子供であれば恋の真似事も躊躇わず出来たのに、今が余りに眩し過ぎて出来ないのだと思い返される。自分の抱く想いは何を示すのか、傷ついたのか安堵したのかさえ判らずに、その横顔を眺めていた。
「おはよう、フラジィル。犬は好きかい?」
 もし良ければだが、とノリスは酷く遠慮がちな提案をする。撫でたり抱いたりしてやれば喜ぶだろうから、ともこもこした自身の愛犬を示して言った。彼女は大喜びで遊ばせて欲しいと願い出て、わん、と素直に鳴いて見せるふわふわの犬を思う存分撫でさする。
 朝ごはんと言う対価を用意し、傍に来て欲しいとユーティスが歌えば、多くの鶺鴒が白露の原に舞い降りた。フラジィルも誘ってふたりで鳥たちに餌を遣り、綺麗な声を聞かせて貰う。彼の笑顔に彼女も満面の笑みで応えて、とても可愛らしい鶺鴒たちと遊べて凄く嬉しい、と感謝をも告げた。

●白露の原に
 在るがままの世界が目の前に広がっている。
 だからこそ早起きして、朝の散歩に足を運んだ。
「私は、鏡みたいな部分あるから」
 濡れた草葉が輝く原で、メロスは彼女を振り返る。
「私を生真面目と感じるロザりんも生真面目な部分は大きいんじゃないかな?」
 誘い方が功を奏したか、拍子抜けするくらいあっさりとロザリーは外出を承諾した。少し悩む素振りを見せてから、貴女は断っても怒らないと思ったから来たのよ、と良く判らない返答もする。
 冷たい空気は何故かとても暖かで、背筋が伸びる気持ちにもなった。生命の輝きが胸に宿されるようで、リツはとても心強くなる。この清々しさは友人にも伝えたくなる、と彼女は頬を緩めた。恐らくは既に知っているのだろうけれど、それでも、だ。
 草原の中央辺りでは、ラウレスが持参した大きなトランクから取り出された、大きな敷物が広げられていた。虹色の世界で深呼吸をすれば、美しい世界が改めて大切に思われる。まだ遊んでいたフラジィルに、そろそろ朝食の時間だろうと微笑みながら声を掛ければ、彼女も慌てて駆け戻って来た。
 湿気ってしまわないよう注意しながら、靄の森まで弁当を持ち込むのは大変な手間だ。クリームチーズとオレンジママレードを塗った、甘みと歯触りが楽しいクロワッサンサンド。齧れば柔らかなチーズが零れる茸詰めの揚げラビオリに、スモークした鮭と玉葱を林檎酢でマリネしたサラダ、更に千切りキャベツの巣篭もり卵に黒胡椒を振ってニューラは振る舞う。
「温かいうちにどうぞ!」
 ベーコンとレタスとトマトのサンドは、まだふんわりと熱を宿していた。自身ではクリームチーズとサーモンのベーグルサンドを選びながら、爽やかな果実水にシアは顔を綻ばせる。早起きした甲斐は、色々なところにあった。誰彼ともなく用意された紅茶には、リューシャが愛らしい薔薇の砂糖菓子を浮かべてやる。ピンクの薔薇に笑みを浮かべたフラジィルの手を、唐突にシアが握り締めた。
「……先日は巧くはぐらかされちゃいましたが」
 次こそは、と宣告をしておく。あわあわしている彼女も可愛いもので、何より、こういうものこそ乙女の会話なのだから仕方ない。リューシャも微笑んだまま、楽しみですね、とシアを支援しつつ一口サイズに切った果実にヨーグルトを掛けてデザートを作る。
 本当に色々なことがあるけれど、この時間が優しいことに変わりはない。
 皆の遣り取りに暖かな笑みを浮かべて、ヒヅキは自身のバスケットを開く。紅茶葉や栗、南瓜など秋を感じる食材を使ったマフィンは、最初に食べても最後に食べても間違いなく美味しい。
「一日の最初の光を、真っ先に浴びるのは気持ち良いですね」
 朝の光は本当に綺麗だった。
 心の裡を覆い隠して冷たく濡らして来た靄は、しかしその価値をヒヅキは良く知っている。
 忘れはしない。
 ただ、その靄に惑うことはやめにしよう。
 朝陽が高く昇り行くから、心も青い空まで浮き上がるようだ。
 その日は、夜明けから朝までの短い時間に、沢山のものを詰め込んで過ごした。


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作成日:2007/09/30
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