<リプレイ>
●夕暮れの海 秋の陽の残照が海を赤く染めている。もうどれ程小舟に揺られているのだろうか。時間が過ぎる程に空は赤く光は儚くなり、船の下の海の水は量を増してゆくように感じられる。 少しずつ潮が満ちているのかも知れない。
穏やかな夕暮れの海に小舟が浮かんでいる。魚を捕る為の船ではなく敵を探すための船だ。 「村の方々は皆良い人ばかりで……スゥは役目を果たせてホッと致しました」 波間に浮かぶ船を見つめ、閃火燎原の・スゥベル(a64211)はニッコリと笑った。もう依頼などすっかり終わったような風情だ。 「海でのお仕事は気乗りせぇへんなぁ。うち、海の水にはあんま濡れたないんやけど、ここまで来たらそないなことも言うてられへんしなー」 スゥベルの横には真夏の夜の夢・ティターニア(a64330)がいた。グランスティードに相乗りしてきた2人だが、共にヒトデ探索をする気はないようであった。 「で、シフィルはんの服は水の中様なんやろか?」 ティターニアは見慣れない服を着た樹霊・シフィル(a64372)に尋ねた。水を弾く布地で作られた飾りのない服は着用したシフィルの身体のラインがはっきりとわかる。 「えぇ。今回は海に潜る事もあるかと思いましたので、用意してきたのでございますわ。先ほど村で着替えたのでございます」 シフィルはティターニアの問いに淀みなく答えると、半身をひねって付き従う召喚獣に笑みを浮かべた。今回の作戦にはどうしても召喚獣の助けが要るのだ。
「見あたりませんね」 村人から借りてきた小舟の横に立つ聖剣の騎士・アラストール(a26295)は空を見上げ……また海へと視線を落とす。鈍い陽光がアラストールの黄昏色の髪を更に瞑く見せる。遠浅の海は岸から随分離れていてもまだ膝ぐらいまでしか水に浸からない。波は穏やかで底まで見渡せるがこの辺りに異変は見あたらない。 「もっとあっちに行ってみるかい?」 小舟の舵をとるのはうら若きリザードマンの乙女、猛き赤鱗・フレア(a41325)であった。フレアが示したのは沖の方角だ。2人はグランスティードに同乗してここまで移動し、そのまま敵の探索をしている。 「そうですね。行きましょう」 「任せなって。行くよ!」 アラストールが船に飛び乗ると、フレアは器用に舵を取りながら船を漕いだ。
別の小舟には白雲の軌を辿る・タム(a53576)と双星の邪竜導士・ヤーミィ(a53834)が乗り込んでいた。 「この辺りは珊瑚が食べられてしまったところなんだよね。船の上からじゃよくわからないよね? うーん、夕陽が反射しちゃうともっと見にくくなっちゃうかな」 ヤーミィは西の空を見上げる。まだ太陽は沈んではいないけれど空は赤く染まっている。村に着いてすぐに探索を始めたのだから、もう随分こうして海の上に揺られているのだろう。ヤーミィの姿もその髪の如く夕陽に赤く染まっている。 「白くなった珊瑚と無傷な珊瑚の境目を見つけたいなぁ〜ん。大きなヒトデはきっとそこの辺りにいると思うなぁ〜ん」 真夏の海の様に澄んだタムの瞳に焦りの色が浮かぶ。
「戦闘に適した場所は幾つか候補を下見したが、肝心の敵が見つけられなくては……」 グランスティードに同乗してきたシフィルを村で降ろ、闇を裂く氷狼・ルキシュ(a67448)はその後地道に聞き込み調査をした。村人達から珊瑚の被害の酷い場所を聞き出し、その近くを実際に実地検分したのだ。空はどんどん暗くなる。
「「見つけたなぁ〜ん!」」 タムの声が海辺に響く。大きな珊瑚礁の影に褐色の巨大なオニヒトデの腕がうごめいている。その緩慢な動きがなければ薄暗くなる海の底からオニヒトデを探すことが出来なかったかも知れない。
●珊瑚礁の戦い 「出来れば私と同じ様な形を思い浮かべて下さい」 アラストールは『鎧聖降臨』を自分と、それからシフィル、ルキシュに使う。肌にピッタリとくっついて水の侵入を防ぐ形だ。それが済むとシフィルが巨大オニヒトデに近づいた。水の中の敵との距離を目測するのは慣れていないが、この位置からならば大丈夫だろう。召喚獣の白い身体がシフィルを取り巻く。 「貴方の支援が必要ですの……力を貸して下さいませね?」 シフィルは自分自身でもある召喚獣に声を掛けた後『力』を使う。途端、本能――いや、官能をくすぐるような淫靡な紫色の煙が立ち上り、ゆらりと巨大オニヒトデが動いた。 「さぁヒトデさん、こちらへいらっしゃいませ。あんよは上手……あんよは上手……でございますわ」 妖艶な笑みを浮かべシフィルは仲間の待つ方へと移動しつつヒトデに手招きをする。 「来るか……だが、おまえの相手となるのはこの俺だ!」 ルキシュは激しく強い口調の声でオニヒトデを一喝し、鞘から抜きはなった巨大剣で海面を斬る。シフィルへと向かっていたオニヒトデへと激しい水しぶきがかかった。オニヒトデは一瞬動きを止め、それからルキシュへと向かって動き出す。 更にアラストールが素早く間合いを詰め、白い刀身の剣でオニヒトデに激しく荒々しく襲いかかる。闇雲に突き出されるかのような激しい攻撃がオニヒトデの身体を切り裂き体液が流れる。切り取られた破片がボタボタと激しい水音と飛沫をあげて海に落ちる。巨大オニヒトデはルキシュへと向けていた腕を今度はアラストールへと向け動き出し、人間の背丈ほどもあるその腕を振り上げ、アラストールへと打ち下ろした。
「始まったみたいですね」 刻々と太陽の光が力を失ってゆく中、スゥベルは顔の前にかざしていた遠眼鏡を降ろした。 「あたしらの船、あっちからちゃんと見えているかね?」 フレアも目を凝らす。遠くで水の激しく飛沫があがっているのが見える。そこが敵と敵を誘導している仲間の現在位置なのだろう。ドクンと鼓動が耳鳴りの様に強く響き出す。 「さ、お仕事、お仕事」 ティターニアは仮面を付け、幾多の戦場をくぐり抜けてきた紅剣が更に装飾を増す。その間にも水飛沫が迫ってくる。 「もう足はつかないよね」 ヤーミィは船の上にバランスを取りながら立ち上がった。その身体をどこからか出現した黒い炎が覆っていく。潮が満ちてきている。船を降りれば水中で戦う程の覚悟がいるだろう。 「来たなぁ〜ん! おおい! こっちなぁ〜ん」 タムの声がまたしても響いた。胸まで海水に浸かったルキシュと顔を出したシフィルは泳ぎが得意であった。小柄で波に揺れるアラストールを両側から支えながら待機場所にいる仲間達の方へとやってくる。3人とも無傷ではないらしく、あちこちに小さな傷がある。海水はさぞしみるだろう。オニヒトデの傷からしみ出る液体のせいか、なんとはなしにつま先や指先の感覚が鈍い。辛そうに仲間達の元へと向かう3人の背後から巨大なオニヒトデが追ってきていた。巨大な姿は半分ほどが海面から上に出ていて、刻まれたばかりの真新しい傷から絶えず体液が流れ出している。 「さぁ戦いはこれからだぜ! 気分変えてとっとと決めるぜ!」 おっとりとした様子をかなぐり捨て、スゥベルは気合いを入れ『力』を使う。海風を圧倒する爽やかな森の風が吹きつけた。清々しい新鮮な空気が戦場を吹き渡る。 「頑張ったね。疲れてるかもしれないけど、もう一頑張りしてもらうからね」 フレアは大きく息を吸い、そして気合いに満ちた声を張り上げる。それは雄々しく勇ましい、そして明るい曲調の歌であった。 「その皮ひん剥いちゃるー」 ティターニアが形を変えた剣をオニヒトデへと振るった。それ以上何の『力』を用いなくてもウェポンオーバードライブで強化された武器での攻撃は『鎧砕き』の効果を得る。オオヒトデに新たな傷が刻まれる。 「生きるためなのはわかるけど、食べ過ぎはいけないんだよ」 身体を覆うのと同じ黒い炎がヤーミィの身体から一筋離れ、それが巨大オニヒトデを叩く。うごめく腕が身体を縮める。 「とっても不幸になってもらうなぁ〜ん。諦めて倒れて欲しいなぁ〜ん」 アラストールを船に引き上げた後、タムは暗い絵柄のカードを喚ぶ。それをすかさずオニヒトデへと投げると、褐色の体色がカードが当たった場所だけ黒く染まる。 「一気に倒します」 アラストールの躊躇いのないまっすぐな剣が閃いた。防御力の落ちた外皮にまた別の新しい傷が刻まれ、巨大オニヒトデの腕が1つ、ポトリと落ちる。けれど波間に浮かぶ腕はまだ動いている。 「不気味でしぶといのでございますわね」 ピクピクとのたうつ切り離された腕を後目にシフィルは緑の木の葉を喚ぶ。幻の木の葉は海風に逆らってオニヒトデ本体へと、うごめく身体を拘束する。 「これも喰らえ!」 ルキシュの剣が更にオニヒトデの腕を落とす。
巨大オニヒトデは拘束から解き放たれる。アラストールへと向いていた腕は向きを変え、今攻撃をしてきたルキシュへと叩き降ろされる。ほんの小さな傷がルキシュの額を斬り、ぱっくりと開いて血が勢いよく噴き出す。 「……うっ」 グラッとルキシュの上体が傾いだ。 千切れた腕がそれぞれアラストールとティターニアへと襲いかかる。2つの腕はオニヒトデの欠片にすぎないのだが、アラストールとティターニアの胴へと貼り付き服地越しに小さなトゲを突き立てる。 「っつ」 「なんやのー」 素早く引きはがし小舟の上にたたき落としたが、貼り付かれた部位に熱い痛みが走る。
「もう一度スッキリ行くぜ!」 スゥベルが再度風を喚ぶ。ルキシュ、アラストール、そしてティターニアの身体から重苦しい違和感が消える。 「大きすぎたってのがアンタの不運さ。恨むんじゃないよ!」 フレアは小舟の上から出来るだけ身を乗り出し、岩をも砕くというその愛剣をオニヒトデに振り下ろす。ぐずぐずとオニヒトデの一番高い部分が崩れ出す。 「これ以上珊瑚は喰わせられんのやから、大人しゅう居んで欲しいんやでー」 ティターニアの紅剣がオニヒトデの胴を薙ぐ。 「しつこいとボク、怒るよ」 小舟の上でまだ動くヒトデの欠片にヤーミィは無数の黒い針の雨を降らせる。その針に幾十も差し貫かれ、とうとう欠片は動かなくなった。 「もう一回なぁ〜ん」 タムの手に再度カードが現れる。カードが命中し、またその部分が黒く染まる。 「とどめはお任せしますわね」 シフィルがアラストールへ微笑みながら言う。 「――この一刀は千の雷に通ず――」 アラストールの長剣から電撃が飛ぶ。巨大なヒトデは大きな水飛沫をあげて海に倒れた。一呼吸おいて大波が小舟を襲う。ルキシュは強引に波をかき分け倒れたオニヒトデへと向かった。もう動かないオニヒトデの身体にもう一度ルキシュは剣を突き立て、差し貫いた。
「どうやら終わったようだね」 低い溜め息を吐いた後、ホッとしたようにフレア言った。 「そうみたいだね」 ヤーミィが杖の先でつついてみても、もうオニヒトデは動かない。気が付けば太陽はすっかり沈み辺りは真っ暗になっていた。
●海に浮かぶ命の雪 夜の海は静かにその時を待っていた。タムにとっては見るもの全てが物珍しい。平べったい岩が幾重にも重なるように広がる珊瑚礁も、その影で眠る魚達も揺らめく海藻も何もかもが目新しい。ルキシュも無言で海底を見つめていた。注意深く上を向くと海面は白く輝いている。
海の中に満月の明るい光が差し込んでくる。どれほど時間が経ったのか真夜中の海の底で小さな命の冒険が始まった。 ぷかりと最初の1つが明るい月を映す水面へと向かって浮かび、続いてあちこちの珊瑚から小さな卵達が離れていく。まるで小さな水泡の様に、或いは逆さまに降りゆく雪の様に、それは海の底から空へと向かってたちのぼってゆく。 南の海の底で雪が見られるとは思わなかった……と、シフィルは思った。色々と違いはあるけれど、なんとはないしに珊瑚達の産卵は空から舞い降りる雪を連想させる。
その美しい光景にヤーミィは目を放せない。綺麗なのだとは思っていたが、これ程幻想的なものだとは思っていなかった。スゥベルも言葉に表せない美しさを満喫していた。言葉にすればその途端に色あせてしまいそうであった。今はこの光景を心に刻みつけておけるようじっと見つめるだけだ。
水の揺らめきにあわせて、ゆっくりと広がり運ばれてゆく。後から後から、小さな次代の珊瑚達が飛び立ってゆく。オニヒトデに痛めつけられた珊瑚礁もこの卵達が大きくなり、やがてその傷を癒してゆくのだろう。 思った以上に素晴らしい眺めにティターニアは満足げに微笑む。月の光が揺らめきながら射し込み、珊瑚礁から離れてゆく小さな命がハッキリと見て取れる。 フレアは生まれて初めて見る光景に目を奪われていた。珊瑚がこのように子孫を残し増えていくとは思わなかったのだ。 これが珊瑚の行き方……珊瑚の選んだ戦い方なのだとアラストールは思う。この時に出会えて良かった。 冒険者達の目の前で、珊瑚は次々と未来へと旅立つ子供達を海へと託していった。

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参加者:8人
作成日:2007/10/08
得票数:ほのぼの12
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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