第1次ドラゴン界侵攻作戦:百草朽つるデスパラゴス



<オープニング>


●第1次ドラゴン界侵攻作戦
 カダスフィアフォートに出現したドラゴン界に攻め入る大作戦『第1次ドラゴン界侵攻作戦』は、当初予定通りの戦果を確実にあげる事ができた。
 3000名以上の冒険者がドラゴン界に入り、ドラゴン界の拠点を破壊し、ドラグナーを撃破し、主戦力であるドラゴンにも一定の損害を与えたのだ。

 だが、ドラゴン達も、ただ座して攻撃を受けてはいなかった。
 空を縦横に飛翔し、反撃するべく押し寄せるドラゴン達へと、冒険者達はドラゴンウォリアーとしての力を振り絞って立ち向かう。
 戦いの中で、ドラゴンの反撃を退け続ける冒険者達の中からも、傷つき、そして倒れる者が時を経るにつれて増えていった。

「これ以上の犠牲は要らぬ……」
 黒鴉韻帝・ルワ(a37117)が苦渋交じりに呟く。
 ドラゴン界に攻め込んだ多くの冒険者達の判断は、彼と同じだった。
「だいぶ削ったはずだし……。そろそろ撤退かな」
 笑顔のヒーロー・リュウ(a36407)がそう口にした時、後方支援部隊から、ホーリーライトの黄色い光が上がる。
 それを撤退の合図として、冒険者達は次々とドラゴン界からランドアースへと脱出していった。

 だが、この戦いにおける大きな困難は、ここから始まろうとしていた。
 30体以上のドラゴンが、ドラゴン界から冒険者達を追撃にかかったのだ。

 ドラゴン界の外に出た冒険者達は、ドラゴンウォリアーとしての力を維持出来ない。
 それは、冒険者達がドラゴンウォリアーの高速飛翔能力を使えなくなる事も意味している。
 空を飛べず、速度も低下した冒険者達が、高速で飛翔するドラゴンに追いつかれるのは時間の問題だろう。

 だが、それを許すわけにはいかなかった。
 ドラゴン界での激しい戦いで多くの冒険者が傷つき、あるいは力を使い果たしている。
 そうした仲間達をドラゴンに蹂躙させないためにも、ここで誰かが踏みとどまり、擬似ドラゴン界を用いて追撃を仕掛けるドラゴンを迎撃する必要があるのだ。

「ドラゴンに対抗出来るのはドラゴンウォリアーだけだ。あのドラゴンは……俺達に任せろ!」

 迫り来るドラゴンを阻むべく、覚悟を決めた冒険者達が敵に向き直る。
 撤退する仲間達の背中を守るため、決死の戦いが始まろうとしていた。

●百草朽つるデスパラゴス
「大変な戦いでしたこと」
 ドラゴン界を脱出して、久方ぶりに地面を蹴ることどれほどか。岩陰で僅かな休息をとる一群れの冒険者がいる。
「追っ手のドラゴンを迎え撃つ部隊が出るみたいですね。後はその人達に任せて早く……」
 一万頁と二千頁前から・カロリナ(a90108)が途中で言葉を切った。視線は今しがた必死に逃げてきた方向へ据えられている。
 何を見ているのか、どうも気は進まなかったが確認しないわけにもいかず、自分もドラゴン界の方角を振り返った。追撃の為に黒い世界から現れたドラゴンのうち、朽ち葉色の鱗で巨体を鎧ったドラゴンが、口の端から黒い煙を棚引かせ向かって来る。
「待っていろネズミども! 群れるしか能のない害獣ども! このデスパラゴスが狩り尽くしてくれる。我が吐息で草を枯らし、木を枯らし、獣を絶やし人を絶やし、お前達に関わりのある命は全て滅ぼす。そうして私は清められた大地へ帰還する!」
 まだ相当の距離があるにも関わらず、長大な咽喉から発する言葉と、それに続く哄笑ははっきり聞きとれた。ドラゴンが時折吐き出すブレスは、疎らに生えた木々を一瞬に枯らしていく。
「騒々しい方ですこと。……どうなさったの?」
「いえ、やはりもう一戦交えようかと」
「挑発に乗る形になりますことよ?」
「ええ。でも……」
「大切な人達を侮辱されては黙っていられない?」
「はい」
 カロリナは無防備に頷いた。しばし沈黙した後、話し相手の冒険者は術扇で口元を隠し、忍び笑いを漏らす。
「た、大切な人達ですって。……ああ恥ずかしい」
「ちょ、ちょっと、そっちが言い出したのに……今のは撤回します。あの竜が草を枯らしたら羊がいなくなり、羊がいなくなれば羊皮紙が作れず、書物が読めなくなります。だから私は戦います」
 恐ろしく迂遠なことを言い出したカロリナに、名も知らぬ冒険者は頷いた。
「そう。残念ですが、私は撤退させていただきます。この身体では足手纏いになって御迷惑ですから」
 彼女は包帯の巻かれた重傷の身体を悔しそうに撫でて、それから言った。
「勝って下さいませね」
「心配してくれるなんて、本当は心の暖かい、優しい方なんですねえ」
「あ、ち、違いますことよ。貴方がたが負けてしまわれたら、あのドラゴンに追撃されて私も危うくなりますでしょう? お分かりになって?」
 慌てて取り繕いながら、行きずりの戦友は去っていった。
「気位の高そうな人でしたが、私達の緊張をほぐす為におどけてくれたんですね……多分」
 会話している間に、デスパラゴスはそろそろ戦闘距離まで迫っている。
「重傷でない人は手伝って貰えませんか? もし負けそうでも出来るだけ時間を稼ぎましょう。そうすれば重傷者の皆さんは逃げ切れます」
 カロリナは魔道書のページを捲りながら言った。

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参加者
白楽天・ヤマ(a07630)
饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)
麗氷黒茨・シャリオ(a08734)
泰秋・ポーラリス(a11761)
北落師門・ラト(a14693)
緩やかな爽風・パルミス(a16452)
唸る真空飛び膝蹴り・エアロ(a23837)
五色薔薇・サクヤ(a49049)
不香花・ティエリ(a67147)

NPC:次のページへ・カロリナ(a90108)



<リプレイ>


 愈々近づいてきたドラゴンの羽ばたきは轟音となって耳を打ち、突風に巻き上げられた木の葉が宙を舞った。白楽天・ヤマ(a07630)は無力な枯れ葉を手に受け、握り締める。
「……カロリナ、わたしもお手伝い、するよ」
「ドラゴンさん……おっきぃねぇ」
 はふ、と五色薔薇・サクヤ(a49049)は小さな身体から溜息を漏らす。
「サクヤ、いつもよか、ちっちゃくなっちゃった、みたいなのぅ」
「……さて、責任重大だな」
 普段と変わらず無表情に、北落師門・ラト(a14693)が歪な杖を構えた。
「ドラゴンだかなんだか知らねぇが、こっちだってダチを何人もやられて頭ァ来てんだ。タダですませると思うなよ」
 青魔法・エアロ(a23837)は唾を吐き捨て、毒づいた。
「ハナから全開だ。気合いれていくぜ! 喧嘩上等ォッ!」
 十人の冒険者と枯葉色のドラゴンを抱えて擬似ドラゴン界が展開し、元の世界と隔絶する。

 仲間を守り抜く。世界を守り抜く。……遺された志も。
 憬夏・ポーラリス(a11761)の黒い瞳に薄緑の光が宿った。犬歯は激情を噛み防ぐように堅牢に伸び、薄緑色と水色の布が拳を守る。
 知っている者なら、全てを包み込む光になった少年の影響を、ドラゴンウォリアーとなったポーラリスの姿に見たはずだった。
(「ここで負けたら撤退したやつらが危なくなるかもしれねぇんだ。何がなんでも負けらんねーよ」)
 普段嘘っぱちの喜怒哀楽を演じている心に、愛しい者達への想いが灯る。髪が赤く流れ、翼が赤く羽ばたき、優しさと守護の念が麗氷黒茨・シャリオ(a08734)を灼熱の赤へと変容させた。
「さっさとぶっ潰してやるぜ」
 血の覚醒で破壊衝動を増大させる。
 シャリオと同様に、饗宴の思索者・アレクサンドラ(a08403)、ラト、エアロ、サクヤも黒炎を纏って力を覚醒させた。


「皆さん〜、光の中に〜!」
 緩やかな爽風・パルミス(a16452)が長大化し変形した長剣に腰掛けて飛び、空中に淡い光の領域を巡らせた。全員がヘブンズフィールド内で陣形を整えるのに僅か遅れて、遠方から既にドラゴンウォリアー達を見つけていたデスパラゴスが射程距離まで近づく。
「そのような小細工、気に掛けるのも時間の無駄だ。朽ちろ!」
 竜は首を大きくしならせ、勢い良く毒の吐息を放射した。落書きする子供の乱暴な絵筆のように首を振るい、瞬く間に大気を一面黒く染める。

 ドラゴンウォリアー達が、ただなす術もなく朽ち果てるはずもなかった。
 エアロは二対の翼を羽ばたかせ、ラトは闇と漂う外套を振るってブレスを払い除ける。サクヤは小さな青緑色の翼と身体をぎゅっと縮め、毒の力に抵抗した。
 悪臭と枯燥の熱を帯びた黒煙は数秒の内に晴れる。防ぎきれなかった者達の全身に黒々とした染みが残されていたが、しかしそれもポーラリスとパルミス、カロリナが静謐の祈りを捧げることでどうにか消滅した。

 高らかな凱歌で火傷を癒し、アレクサンドラはそのまま堂々と宣言する。
「美しき緑、輝ける大地、命のきらめきを、絶やせるものなら絶やしてみるがいい!」
 胸に当てた術手袋を彩る大粒の金緑石が、雲間から流れる夕陽を浴びて輝き揺らいだ。
「だがデスパラゴス! 最後に枯れ果てるのは、貴様の方だ!」
 竜は答えることなく、ただ不愉快そうに表情を歪める。


 目を閉じれば浮かぶ姿はあるけれど、それは心の内に仕舞っておくべきもの。
 ドラゴンの巨大さは、ただ眼前に在るだけで見る者を恐慌に陥れても不思議ではなかった。しかし不香花・ティエリ(a67147)に恐れはなく、何一つ感じ入ることもなく、ただ武人としての使命を胸に空を翔ける。

 デスパラゴスのブレスは距離を取ったままでもヘブンズフィールド全域を射程に収めていた。短期決戦を目指して攻撃を仕掛けるには、一旦フィールドの外へ出ることも止むを得ない。

 ラトとエアロがヴォイドスクラッチで、サクヤがエンブレムシュートで敵を狙う。旋回して虚無の腕と紋章術を逃れた竜に造作無く接近し、ティエリは六花千条を繰り出した。
 使い手の信条にも似て飾り気のない鉄槍は、ドラゴンの右の爪に阻まれる。続くヤマの達人の一撃を左の爪で受けるデスパラゴスの死角から、シャリオが接近していた。
「今だ」
 ティエリの短い合図に、渾身の力でドラゴンの膂力と拮抗していた武人二人は身を引く。バランスを崩したデスパラゴスの背に、シャリオのデストロイブレードが放たれた。
 近くに常人がいれば鼓膜が破れていたに違いない音響と共に、爆発が竜の背を穿つ。それでも巨大な体躯にとってはかすり傷に過ぎないのか、相手は顔色も変えずに体勢を立て直した。


「愚かな奴等だ」
 デスパラゴスは不気味に輝く目と、鋭く尖った歯列をカロリナに向けた。
「戯れに毒を使って見せれば、慌てて治癒の使い手が集まる。その分だけ純粋な攻撃力も回復力も落ちている所を、ゆっくり噛み裂いてやれば良いわけだ。汚らしい血膿で牙が穢れるのを我慢すればな」
 輝きを浴びたカロリナは怒りの発作に我を忘れ、飛び出そうとする。
「落ち着いて下さい〜」
「……はっ。そうでした」
 だがパルミスの祈りが怒りをかき消した。正気に戻ったカロリナは踏み止まる。
「毒を封じられて小技と牙に頼るしかなくなったとも取れるな。動揺を誘っても無駄だ」
 ポーラリスは大きく旋回し、死角に回りながら構える。
「鋭い牙での攻撃が得手ならば……」
 敵の性質に合わせて使い分けられるよう用意していた技の中から、旋空脚を放った。流れるように蹴りを打ち続けるポーラリスを翼で払い除け、ドラゴンは首を擡げる。


 重く垂れ込めた雲の峰を翔け上がる。時には夕陽に目を細め、時には蒸気と影を潜り、ドラゴンウォリアーとドラゴンは激しい攻防を続けた。
「……サクヤね、『せかい』が、だぁいすき。『せかい』にいるみんながね、いっぱぃいっぱぃ、すきだから。だから、いたぃことする、ドラゴンさん。きらぁい」
 サクヤは笑みを絶やさない。しかし世界に向ける笑みと竜に向ける笑みとでは、意味する所が違った。
「ばいばい」
 エンブレムシュートがデスパラゴスに血を流させる。

「喧嘩上等御意見無用!」
 四枚の翼から無数の羽根を舞い散らせ、棚引く頭髪は銀と輝く。エアロの姿は伝承に現れる女神を思わせたが、表情はいつものままに凶悪だった。
 敵の影から虚無の手を伸ばし、硬い鱗を無視して肉に食い込む。
「緑を枯らすなど、ドリアッドには不倶戴天の敵だ」
 エアロに続くラトのヴォイドスクラッチも避けきれず、ドラゴンは苦悶の唸りをあげた。

 パルミスの背丈よりも長く、邪悪に輝く牙が、腹部に突き立てられる。
「まだです〜」
 ふらつきながらも飛び続けるパルミスを、アレクサンドラとヤマの歌が癒した。
 デスパラゴスは静謐の祈りを持つパルミスとポーラリスを執拗に狙い続けたが、二人は素早い身のこなしに加え、パルミスは身体に宿したダークネスクロークの力とシャドウロックの守りで、ポーラリスは強い生命力で耐え凌いだ。
 サクヤとアレクサンドラのヒーリングウェーブが、シャリオとヤマのガッツソングが、アレクサンドラ、ラト、エアロの高らかな凱歌が二人を癒し、ドラゴンだけがダメージを蓄積していく。
 そうするうち、全ての回復アビリティが切れた。


 治癒なしに二度目の牙を受けて、ポーラリスが擬似ドラゴン界から放逐される。パルミスの姿も既に消えていた。後退すればティエリ、シャリオ、ヤマの三人だけでは大勢の後衛を庇いきることが出来ないと判断し、前衛に立ち続けていたのだ。
「勝った。後は距離を取って毒を使えば良い」
 折られた両前肢をだらりと垂らしながら、ドラゴンが声をあげた。喋る度に口の端から血の泡が吹き出る。のろのろ後退するドラゴンに追い縋り、達人の一撃で、居合い斬りで、デストロイブレードで、ヴォイドスクラッチで、ブラックフレイムで、エンブレムシュートで、追い撃ちをかけるが、相手はまだ沈まない。

「ここは、あなたたちにとっても、わたしたちにとっても大切な故郷。ただ、大好きな場所に居たいだけなんだよね」
 傷つき倒れた二人の姿を思い出し、満身創痍の竜の姿を見て、思わず悲しみがヤマの口をついて出た。
「皆同じ気持ちなのに、どうして一緒にいられないんだろう。同じなのに、どうしてこんなにも、想いの形が違うんだろう……」
「神に設計されたままのお前達と、自ら究極の姿を手に入れた私の感情が、同等などと思うな!」
 黒いブレスが辺りに充満し、ドラゴンウォリアー達を蝕む。カロリナ一人の祈りでは治療しきれず、幾人かは毒に侵されたままになった。
 いざとなれば可能な限り逃げ回って僅かでも時間を稼ごうと、ラトは身構える。

 反論する術を知らないヤマの隣に並び、アレクサンドラは微笑みかけた。
「……もうすぐ夕餉の時間であるな。早く終わらせて、二人で帰るぞ。な、ヤマ?」
 ヤマはこくりと頷く。
「そうだ。その為にわたしがすべきことは、一太刀でも多く攻撃を撃つこと。少しでも長く立ち続けること」
 毒を受けながらも、ティエリが槍の一撃でデスパラゴスを狙う。彼は命が尽きるまで攻撃の手を緩めないだろう、背中から伝わってくる気迫を感じ、皆が思う。ヤマとシャリオが続き、術士達も援護する。

「魂込めたこの一撃、黙って受けやがれ!」
 シャリオの言葉に、デスパラゴスは黒い吐息で答える。更に毒を受け、もう後が無いシャリオの最後のデストロイブレードが、この日最大の爆音を響かせて竜の額を砕いた。


 擬似ドラゴン界は八人の冒険者と竜の死骸を吐き出し、消えた。先に放逐されていた二人が仲間を迎える。
「こちらと同様、向こうも限界だったのだね」
 戦闘中は無用な発言を全く排していたティエリが呟いた。ラトは動かないドラゴンを見上げて言う。力に溺れないよう、己への戒めも込めて。
「……他山の石とせねばならんな。幸い、我らには格好の反面教師が居るが」
「あのね、たたかぅ、の。みんなとごいっしょで、よかったなの」
 にぱっ、とサクヤの笑顔が荒野に咲いた。

 少なくとも、近辺の冒険者は無事に撤退できたのだろう。がらんとした荒野には人影も、生き物の気配さえも無く、遠方のドラゴン界も黒々と蹲ったまま動きはない。耳鳴りするほどの静けさの中、長い影を引きずり冒険者達は帰還する。
 しばらく行くと、乾いた砂地に書き残された文字があった。命からがら撤退する冒険者達の誰かが、きっと帰ってくるに違いない仲間達に、どうしても言い残さずにはいられなかったのだろう。乱雑な筆跡で短く記してある。
『ありがとう。おかえり』


マスター:魚通河 紹介ページ
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参加者:9人
作成日:2007/10/02
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冒険結果:成功!
重傷者:泰秋・ポーラリス(a11761)  緩やかな爽風・パルミス(a16452) 
死亡者:なし
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