旧ソルレオン王国復興 氷の棺



<オープニング>


 その洞窟が発見されたのは、全くの偶然からだったと老人は言った。
 銀の採掘を行っていた際、坑道の壁が崩れて繋がった事からその洞窟は発見されたのだと。
 曲がりくねった細い通路の奥には広い空間が広がっており、自然が長い時間を掛けて育んだ天然の氷室となっている。
 探索も活用も、村人達の念頭にはなかった。
 彼等の生活の糧は銀の鉱脈であり、氷ではなかったから。
 しかし変化の少ない田舎での事、噂は人々の口から口へと広まり、やがて1人の冒険者が頻繁にそこを訪れるようになった。
 それは、ソルレオン王国がトロウルによって滅びる、ほんの少し前の話。

「……で?」
 頭上から降ってきた不機嫌な声に、小柄な老人はビクリと身を竦ませた。
「そ、それで……暫く前の話なのですが、坑道に入っていくモンスターの姿が目撃されたのです。その日の仕事が終わって引き上げる鉱夫の1人が見たそうで。それ以来、坑道の奥からは不気味なうなり声が響くようになりまして……お陰で誰も近寄れないのです」
 銀を採掘し、加工する事によって生計を立てている村にとって、これは死活問題である。そして、ほとほと困り果てていたところに同盟の冒険者達が訪れたのだ。
「……ったく、聞いた以上はやるっきゃねーじゃんかよ」
 どうかモンスターを退治して欲しいと懇願する老人に、桃空空如・リャオタン(a21574)は目深に被った帽子の下からボソリと応じた。

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参加者
桃華相靠・リャオタン(a21574)
悠揚灯・スウ(a22471)
蒼翠弓・ハジ(a26881)
牙時雨・ヤクシ(a34390)
アートゥロ・ミケーレ(a36984)
ヴォリエール・アナイス(a37063)
白華遊夜・アッシュ(a41845)
書庫の月暈・アーズ(a42310)


<リプレイ>


「珍しくお前が誘ってくるからどんな依頼かと思ったが、この季節に氷の室とはな。最近疲れ気味なんだ、南国でのんびり出来るような依頼を探すくらいの気遣いがあってもいいんじゃないのか?」
「……うるせ。知るかンなもん」
 自分に向けられたその言葉に、桃空空如・リャオタン(a21574)は冷淡に応じた。いつもながらの物言いに、話しかけた側の男、アートゥロ・ミケーレ(a36984)が苦笑する。
 銀の採掘を行っているという場所までの道程は、赤や黄色に色付いた木々に彩られていた。ただし、紅葉の盛りと呼ぶには少しばかり早いようだ。朝晩の冷え込みが今よりも厳しくなれば、それらの葉は更に色鮮やかさを増すであろうと思われた。
「心強い皆さんとご一緒出来て嬉しいです」
 足元に落ちていたどんぐりを拾い上げ、柔らかに揺らめく白灯・スウ(a22471)は無邪気な笑顔を見せた。手の中の小さな木の実は降り注ぐ日差しを受け、磨き上げたメノウにも似た光沢を放っている。
「俺も何となく心強い気がしてますよ」
 自分の肩にも届かぬ背丈の少女に歩調を合わせ、風車の・ヤクシ(a34390)は穏やかに応じた。気のせいではないと思いたいですね……と、心の中だけで付け加える。
(「その異形は此処に通ってた冒険者なんだろうか……」)
 ふとそんな事を考えて、蒼翠弓・ハジ(a26881)は首を振った。戦いを前に雑念を持つべきではないと、生真面目な彼は自らを戒めた。髪やバンダナに添えられたビーズの連なりが、少年の動きにつれて小さく揺れる。
 踏み固められた山道は、やがて終点を迎えた。
 材木で補強された坑道の入り口が、今、彼等の目の前にあった。

 オォォォ……ォォオォ……。
 風鳴りにも似た音が、坑道を冷気と共に満たしていた。これが村の老人の言う不気味な唸り声なのだろうか。ミルク色のマフラーで口元まで覆い、白華遊夜・アッシュ(a41845)はブルリと体を震わせた。奥で氷室と通じている為か、進むごとに冷気は増してくる。防寒具等の準備は抜かりないが、寒さを苦手とする彼は猫尻尾の毛が逆立つのを自覚した。もうすぐ氷柱が見られるというのは、楽しみではあったけれど。
(「……え……?」)
 厚布を被せたカンテラの光は足元にしか届かない。岩盤の裂け目に入り込んでから足元だけを見つめていたヴォリエール・アナイス(a37063)は、前を行く仲間達の雰囲気が変わった事に気付いて顔を上げた。暗さ故に表情までは見えないが、幾つもの殺気が膨れてゆくのが判る。
 反射的に、アナイスはアビリティを発動させた。声なき祈りの力が仲間達の正気を取り戻し、殺気を霧散させてゆく。
 敵は近い。共通の認識が冒険者達にはあった。静かな祈りに守られながら、彼等は手早く防具の強化を行った。


 狭い岩盤の裂け目から、前衛を先頭にして氷の空間へと突入する。幾つものカンテラから遮光用の厚布が取り払われるのと同時に、書庫の月暈・アーズ(a42310)が光輪を生み、周囲は一気に明るさを増した。
 淡い蒼色を帯びた、銀色に輝く広い空間がそこにはあった。足元も壁も半透明の分厚い氷に覆われ、その奥にある岩盤本来の色を見る事は出来ない。頭上には人の腕よりも太い氷柱が無数に連なり、鋭い先端を真下へと向けている。
 敵を求める冒険者達の視線が、ある1点に集中した。入り口に比較的近い場所に、緑色をした奇妙な形状の結晶体があった。結晶体は小刻みに震えながら、先程から聞こえていた不快な唸りを発し続けている。
「やっぱりクリスタルインセクトがいたのか」
 少女のように愛らしいアッシュの顔から表情が消えた。無骨な黒漆の蛮刀を手に、足元に注意を払いながら結晶体へと向かう。直進は出来なかった。足元を覆う氷は必ずしも平坦ではなく、天井から落下したと思われる巨大な氷塊が幾つもの障害を形成していた。なかには天井の氷柱と繋がり、太い柱と化した氷もある。
「雑音が確認された時点で、予想はしていましたけどね」
 壁際を慎重に移動しながら、ハジは1本の矢を射放した。雑音は矢の命中と同時に途絶え、赤く変色した結晶体を魔炎と魔氷が覆ってゆく。
 蛮刀に雷気が宿り、結晶体を両断する。直後、氷の空間は輝きによって満たされ、複数の苦痛の呻きが聞こえた。降り注ぐ光を氷が映し、乱反射させて冒険者の網膜を埋め尽くす。
「……そこですか」
 ヤクシの低い呟きに、弓弦の鳴る音が重なる。緩やかな曲線を描いて氷の柱を迂回した矢は、その陰に潜む何者かに命中したようだった。ギチギチと耳障りな鳴き声を発しながら、『それ』は姿を現した。
(「…………!?」)
 高らかな歌声で仲間の傷を癒しながら、スウはモンスターを見つめた。体長は2メートルほどもあるだろうか。それは巨大なムカデの姿をしていた。1対の長い触角、幾つもの節によって構成された平たく長い体。そこに繋がる脚の数は、ぱっと見ただけでは数える事も出来ない。確かに生物である筈なのに、モンスターの体はガラスのように透き通り、複数の照明を受けてキラキラと輝いている。動かなければ、氷と区別が付かなかったかも知れない。スウはヤクシの索敵技術に舌を巻く思いがした。恐らくは、攻撃の行われた方向からモンスターの潜む場所を特定したのであろうが。
 後退するモンスターに向けて、ミケーレの長剣から雷撃が飛んだ。大きな氷塊の陰へと、モンスターは滑るように潜り込む。雷は氷塊を砕き、姑息なモンスターの姿を冒険者達の目に晒す役割を果たした。
「嫌なモン思い出させやがって……」
 舌打ちと共に、リャオタンもまた雷撃を放つ。煌めく無数の光彩は、彼に虹と雲に彩られたホワイトガーデンの風景を思い起こさせた。もはや記憶の中にしか存在しない、懐かしい笑顔と共に。
 モンスターが雷に直撃されるのを見据えながら、深く深く息を吸う。肺の底まで凍えるような冷気が、今はありがたかった。失われた温もりを求めて疼く感情が、理性へと心の支配権を明け渡す。
 苦悶するモンスターを捕らえようと、アーズは銀の毛並みを持つ狼を解き放った。モンスターが何故このような場所に潜り込んだのか、何故ここに居座り続けるのか、彼女の興味は尽きない。そかし、まず先にやるべき事があった。村人の生活を守る為、危険は排除しなければならないのだ。
 気高き獣から逃れようと、モンスターは氷上をのたくるように移動した。その動きは、ダメージを受けたモンスター自身の体に耐えうる限界を超えていたらしい。
 数本の脚を氷の上にばら撒きながら、モンスターは狼の牙をかわし、更に奥へと後退していった。


 氷の空間から雑音が消えた為、アナイスは祈りから開放された。今のところ、回復を必要とする負傷者はいない。モンスターの動きを目で追っていたアナイスは、ふと、モンスターの更に後方、氷室の最奥部に不自然な形状の氷塊がある事に気付いた。
「あれは……」
 明らかに人為的な処理を施されたとおぼしき、横長の四角い氷塊。棺であろうか……中に人影が横たわっているようにも思えるが、距離がある為に正確には判別出来ない。
 モンスターの後退が停止したのはこの時であった。ガラス細工のような2本の触覚が持ち上がり、その間に蒼白い火球が生まれる。
 モンスターの攻撃が来る。滑り止めを施した足元を確かめつつ、冒険者達は身構えた。火球が一段と輝きを増し、宙に向けて放たれる。
(「……違う! 上です!」)
 ハジの心の叫びが、全ての冒険者に伝わった。火球は彼等自身にではなく、その頭上に連なっている氷柱に向けて放たれたのだ。小声の警告では全員に届かず、大声を発すれば振動が更なる崩壊を生じかねない。タスクリーダーの使用は、咄嗟の判断によるものだった。
「この……っ!」
 長い髪をなびかせるアッシュの蛮刀が一閃し、2本の触覚を切断した。ガラスが割れ砕けるような音に、轟音が重なる。飛び退り、モンスターから距離を取った少年は、仲間達の頭上に幾本もの氷柱が落下する瞬間を目撃した。
 ヤクシの反応は素早かった。ストライダーの敏捷性は伊達ではない。落下してきた氷柱が氷の床に激突し、微細な破片は光を弾きながら霧のように乱舞する。無数の小さな煌めきに、ヤクシは楓華列島の海辺を幻視した。雲の切れ目から太陽が覗くと、連なる波が銀の飛沫を散らす……あの故郷の海辺を。
(「……まだ、帰れませんから」)
 叶うならば、笑い、笑わせて今という時を生きてゆきたい。モンスターに怯える村人の笑顔を取り戻す為、彼は弓弦を引き絞る。
 軌道を変えつつモンスターに向かう矢を見送り、ヤクシは思い出に蓋をした。
(「みんな護ってみせるですよ」)
 その強い想いが、スウに回避ではなくアビリティの発動を優先させた。護りの天使達を召喚する少女の頭上に、鋭利な氷柱が落ちてくる。半ば押し倒すような勢いで、ミケーレはスウの上に覆い被さった。長身の男を包む烈風によって、氷柱はあらぬ方向へと弾かれる。
 アナイスの細い腰を腕に抱き、リャオタンは横に跳躍した。着地と同時に剣を振るい、雷撃を飛ばす。身を低くして駆けだしたアーズは、魔道書を抱く手に力を込めた。紋章の輝きから無数の光条が生まれ、氷室の奥へと放たれる。
 回避を試みたモンスターは、飛来した矢が与えた苦痛によって僅かに動きを鈍らされた。そこに雷が直撃し、全身を光条が叩く。
 リャオタンの腕から抜け出したアナイスは、その身から仄かな輝きを発していた。氷の破片が掠めたのであろうか、アーズの白い頬に赤い色が滲んでいる。寒さとダメージは体力を消耗させる。強化された革鎧と消滅した守護天使によってそれ以上の負傷は免れたようだが、放置しておく訳にはいかない。
 雷と光条の直撃を受けて、モンスターは輝く彫像と化した。眩い光が消え去ると、その全身には数え切れぬほどの亀裂が生じ、もはや動く事すらままならぬ状態となっていた。
 雷気を宿した得物を振り上げ、アッシュはモンスターを粉々に打ち砕いた。


 氷の棺に納められていたのは、小柄な若い女性だった。病み衰えた感は否めないが表情は限りなく穏やかで、覚める事のない眠りにひっそりと目蓋を閉ざしている。
 身元を証すような副葬品の類は一切なく、ただ、色とりどりの花だけが棺の上に添えられていた。それも今は凍りつき、乾燥した冷気によって萎れている。
「経験上、この手のが発見されて良い事があった試しがないんだが……盗る物がないから荒らされずに済んだって事か」
 それとも、棺の存在自体を誰も知らなかったのだろうか。村人が氷の棺について言及しなかった事を思い出し、ミケーレは沈黙する。
「この女性を見て魔物はこの場所を守ろうと決めたのかしら……」
 或いはやはり、あのモンスターはここに通っていたという冒険者だったのか。今のアーズに許されていたのは推測する事のみであった。知り得ない感情はまだ多く、今後も様々な場面でそれ等に遭遇する事になるだろう。彼女はそれを学び理解し、成長していきたいと考えていた。
「こうしていつまでも亡骸に会うことが出来るのは、残酷なのことなのかも知れないですね……目前にいても、もう相手の声を聞く事は出来ないのだから」
 じっと棺を見下ろすハジの声は、囁きのように小さかった。この女性が件の冒険者にとって大切な存在だったのだろうという事は、想像に難くない。女性の亡骸を氷の棺に納めた時、 その冒険者は何を思っていたのだろう。
「死して終わる者と残されて終われぬ者……彼らの関係なんてわからないし、そのカタチがしあわせだったかなんてのもわからないけど。そこになにがしかの『想い』があったっていうのは……悪いことではないでしょうし、それは否定できんと思うですよ」
 そっと棺の表面を撫でて、アッシュが誰にともなく呟いた。アナイスは残骸と化したモンスターを振り返り、灰色の瞳を翳らせる。
(「冷たく静かな空間で、氷の棺に眠る人と2人きり。縁によって結ばれていたのなら、全てが凍りつきそうなこの場所で貴方達は時を止めたのでしょうか……何かが変わったのかも知れないその日から」)
「騒がしくしてごめんなさい、どうか安らかな眠りが続きますように……」
 小さな両手を組み合わせ、スウは死者の冥福を祈る。銀色の睫毛が震えたのは、寒さのせいばかりではなかった。氷の中に封じられた女性の姿は、あの日、ホワイトガーデンで真なるギアに取り込まれてしまった、大切な人の姿を連想させたのだ。
 無言のまま、ヤクシは腰のホルダーからフラスコボトルを取り出した。棺に手向けの酒を捧げるその表情からは、彼の胸中に去来するものが何であるのか、他者が窺い知る事は出来ない。
「銀山か……報酬代わりに銀細工か何か見繕ってくんねーかな。 ……おい、さっさと行くぞ。村の連中と交渉して、道具借りなきゃなんねーんだからな」
 その場を動こうとしない仲間達に、リャオタンが声を掛けた。村人の同意を得られるなら、この空間への入り口を封印しようという事で彼等の意見は一致していた。死者の眠りを妨げない為に。
(「……氷に閉ざすには、それなりの意味があんだろーよ」)
 透明な棺を一瞥し、彼は大股で歩きだした。


マスター:夕霧 紹介ページ
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作成日:2007/10/25
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