標的は翔剣士・最後の戦い



<オープニング>


 旅人も通らない荒野に相変わらず小さな廃窟があった。採掘作業も絶えて久しいこの廃窟の周囲に異形のモノ達が3体、やはり居座り続けていた。
 旅の軽業師を集団で原型を留めぬ程に破壊してしまったモノ達は、揃って『翔剣士』を憎悪していた。彼等が彼等の時間を生きてた頃、どのような出来事があったのかは解らない。けれど、今の彼等はこの世界に存在していてはいけないモノだ。

 異形のモノ達はそれぞれ医術士、重騎士そして牙狩人型で廃窟の周りから一定の範囲を移動している。滅多に人が訪れることのない荒野だが、足を踏み入れ襲われればまた犠牲者が出てしまうだろう。それを防ぐのもまた冒険者の責務だろう。

次はない。
決して負けられない。
戦いの時は来た。

 再戦の時はきた。今度こそ異形の3体を倒さなくてはならない。

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参加者
業の刻印・ヴァイス(a06493)
黒衣の天使・ナナ(a19038)
護りの蒼き風・アスティア(a24175)
祈りの花・セラフィン(a40575)
濃藍の鷲・キースリンド(a42890)
穏かに流れ往く・マシェル(a45669)
仁吼義狭・シリュウ(a62751)
ギアクラッシャー・ライヴス(a65125)


<リプレイ>

●荒野に吹く赤い嵐
 赤い風が吹く。地面すれすれに身を低くした冒険者達はじっと遠眼鏡で捨て去られた廃窟の辺りを見張っていた。背には土でわざと汚したフード付きマントを誰もがはおっている。
「一体が孤立してるように見えるなぁ〜ん。こちらに都合良く牙狩人なぁ〜ん」
 身を低くしている黒衣の天使・ナナ(a19038)が顔の前に遠眼鏡をかざしたまま言う。遠眼鏡には黒い布を掛け、レンズの反射が敵から解らないように繊細な配慮している。その言葉にナナと同じ姿勢の業の刻印・ヴァイス(a06493)が遠眼鏡の向きをナナが見ている方角へと変える。
「そうだな。これが好機……だろうな」
 今では1体の敵、古ぼけた弓を背負っている。
「行きましょう」
 濃藍の鷲・キースリンド(a42890)から守護の誓いを告げられると、ごく低い小さな声で護りの蒼き風・アスティア(a24175)が言った。あの時よりも人数は減ってしまったけれど、あの時と同じ……いや、それ以上の働きをしてみせる。強い決意がアスティアの優しい水色の瞳に光を宿す。
 少しずつ冒険者達は弓を持つ土人形に接近していた。祈りの花・セラフィン(a40575)も緊張した面もちで前進をしていた。1歩踏み出すにも勇気がいる。けれど、彼等を安らかな眠りに帰してやりたい。生き生きとした命ある時の彼等なら、きっとそう願うだろう。
「アスティアさんを守ってください」
 神さえも倒れた今、誰に何を祈るべきなのか……穏かに流れ往く・マシェル(a45669)にもその答えはわからない。けれど祈りにも似た真摯な思いのままにマシェルは内なる力に集中する。先ほど仁吼義狭・シリュウ(a62751)の防具を変化させた『力』はアスティアへと向かい、彼女の防具をより強固に変える。
「じゃあ俺はライヴスへ」
 キースリンドはマシェルに倣い同じ力をギアクラッシャー・ライヴス(a65125)へと向ける。
「ようやく借りを返せるぜ」
 乾いた赤い風が髪を揺らす。ギラつく意志を映す瞳をシリュウは弓を持つ泥人形へと向けた。心の痛みを癒すには敵を倒すしかない。
(「まつろわぬ復讐者を討てず敗退……此度は我らこそが復讐者とは……けれど次はない」)
 心の中ライヴスは叫ぶ。今度こそ負けるわけにはいかなかった。とはいえ、思いを越える意表を突いた行動が思いつくわけでもなく、老獪な手練手管を知っているわけでもない。

 彼等は敵に察知されずに距離を詰める事は出来なかった。召喚獣の事、防具が触れあう音、風の向きなど留意すべき事はあっただろう。弓を背負った泥人形は足を止め、迫る冒険者達に顔を向けた。何かが変わる。空気に殺気が混じり風が戦意を運ぶ。泥人形は弓をつがえ矢を喚んだ。冒険者達からはまだ攻撃出来ない距離であったが敵である牙狩人には充分射程内だ。前回同様黄色い『混乱』を引き起こす矢がその泥の手に浮かびそして放たれる。その矢はアスティアを狙った。仲間達から少し離れていたアスティアに黄色い矢が命中し爆発が起こる。

 ――何故ここにいるのか。何を為すべきなのか。意識が狭く絞り込まれ混濁してゆく――
 アスティアの動きが止まる。けれどそれは瞬時の事であった。すぐに我に返るとアスティアは小さく首を横に振る。身体には変調もダメージもない。
「敵の狙いは私です。打ち合わせ通りに私には近づき過ぎないようにして下さい」
 アスティアは仲間達ににそう告げると、再度位置を調整しつつ『力』を使った。空から舞い降りる白い羽毛の様に、敵の攻撃を逆らわず交わす……アスティアは集中する。
「全員に『鎧聖降臨』をするまで見つかりたくなかったんだがな」
 ヴァイスの唇の横に苦い笑みが刻まれる。あれほど入念に打ち合わせをしても、戦場では微妙な齟齬が生じるものだ。けれど今回は何が起こってもねじ伏せ勝利をもぎ取る。ヴァイスの黒い瞳には敵は弓を持つ泥人形しか映らず、杖を持つ医術士型の泥人形は見あたらない。僅かな躊躇いがヴァイスに有効な行動を取らせない。ナナはその場で黒い炎を喚んだ。喚び出された燃えさかる黒い幻炎はナナの身体を包み込むように燃え上がりその身を取り巻く。
「もう隠密行動はおしまいなぁ〜ん。みんな! 援護するから思いっきり戦うなぁ〜ん」
 ナナはバッと羽織っていたマントを脱ぎ捨てる。
「承知致しましたわ」
 ナナの言葉にセラフィンも優雅な所作で背に掛けてあったフード付きのマントをはらりと落とした。透き通る様な布を幾重にも重ねた繊細なドレスが露わになり、セラフィンの身体が黒い炎に包まれていく。
 マシェルはアスティアから距離を保ちつつ素早く戦場を見渡した。泥人形は未だ1体しか視界に入ってこない。杖を持つモノと大剣を持つモノが居たはずだが、どこにいるのか今は見えない。そして、敵の攻撃で不調を訴える様な仲間もいないと判断する。
「新たな敵はまだ現れていません」
「わかった」
 マシェルの言葉にキースリンドは小さくうなずいた。まだ戦況は悪くないし、担当すべき大剣を持つ泥人形の姿もない。キースリンドは己の内なる『力』に心を集中させる。力はセラフィンの透き通る布のドレスに作用し、その防御力を飛躍的向上させる。
「どんな相手だろうと……ただ斬って捨てるのみ!!」
 仲間達の攻撃態勢はまだ準備の域を出ていなかったかも知れないが、シリュウは真っ直ぐに弓を持つ敵に接近した。自分は前に出て敵と刃を交え倒すのが役目だと思っていた。そしてそれを実践するにはとにかく前に出る。他はない。片刃の大剣を振りかざす。その大剣からまばゆい雷光がほとばしる。仄かに紫がかった雷光が空を渡り泥人形を撃つ。その泥の様な全身を雷光が2度3度と駆け抜ける。
 ライヴスは緩やかに移動しながら祈り続けていた。敵よりも相当手前で祈りに入った為、そうして移動しなければ仲間達は祈りの聖なる領域から離れて戦闘することになり、結果ライヴスの祈りは無駄になってしまう。
(「全てを祈りの効果範囲に……」)
 その一心でライヴスは祈りを途切れさせることなく歩を進めてゆく。

 弓を持つ泥人形は接近してきたシリュウに顔を向けたが、やはりつがえた矢はアスティアへと向ける。そして視線もゆっくりアスティアに向き直るとその矢を放った。今度の矢は桃の花に似た甘やかな可愛らしい色だ。けれどその恐ろしさをもう冒険者達は嫌と言うほど知っている。
 けれどその矢はアスティアをかすめて通過しフッと消える。命中しなかったのだろう。

「先に攻撃します」
 仲間同士で攻撃のタイミングをずらせ、波状攻撃を行う作戦であった。アスティアは青く輝く長剣を素早く幾度も振るう。剣の振動がその場の空気を振るわせ、振動は破壊の力を秘めた不可視の指向性を持つ波となる。それは真っ直ぐに弓を持つ泥人形へと走りこちらは見事に命中した。だが、さほど大きなダメージにはなっていないようだ。牙狩人型の泥人形はまだ悠然とその場に立っている。
「集中攻撃だったな」
 敵は1体……他は見えない。ヴァイスは意を決して弓を持つ敵へと走った。敵が現れたらその時対処すればいい。無骨な杭の様な柄を無造作に掴み、ヴァイスは槍を牙狩人型へと突き立てる。敵も回避を試みるがそれよりも早く鋭くヴァイスの槍が敵を捉え貫く。横腹の一部が千切れ飛ぶ。
「今のうちなぁ〜ん。ナナからもお仕置きしちゃうなぁ〜ん」
 仲間達の様子を慎重に観察していたナナであったが、今ならばダメージを受けている者はいない。やや後方にいたナナは前へと走るが、その身体を覆う黒い炎の一部が長く細く伸びる。黒い炎は生き物の様に伸びて牙狩人型の泥人形を撃った。激しく打ち据えられて泥人形がのけぞる様な姿勢を取る。
「わたくしに出来る事はごく僅かではござりますが、全力で迷い人に帰途を示すことは出来るのでございますわ」
 セラフィンが喚んだのは銀色に光輝く気高き孤高の狼であった。狼は高く跳躍すると文字通り泥人形に躍りかかった。光を湛えた力強い前肢が泥人形を押し倒し、その瞬間銀狼はかき消すように消える。けれど、泥人形は動けない。
「まだ……大丈夫ですね」
 マシェルは牙狩人型ではない別の敵を警戒していた。その敵も現れればアスティアを狙うだろう。そうなればアスティアの危険が増加する。けれど今はまだその姿は戦場に現れない。不意に優しい『力』を感じた。その力の持ち主をマシェルは間違うことはない。振り向けばやはりキースリンドの暖かな黒い瞳がマシェルを見つめていた。ツタが絡みつくような意匠の鎧が更に美麗に変化する。
「ありがとうございます」
「敵が見えたらすぐに知らせてくれ。俺も気にしておくつもりだが、1人では見逃す恐れもある。マシェルが協力してくれれば心強い」
 戦場では気恥ずかしいのかキースリンドはいささかも表情を変えることなく、冷徹そうに抑揚のない声でマシェルに告げる。けれど彼の心の中を疑う程2人の結びつきは浅くはない。マシェルは黙ってうなずいた。キースリンドの指示は正しいと思うからだ。
「動けないからって手加減はしない。おまえ等だって動けない野郎を滅多切りしたんだろうから、文句は言わせないぜ!」
 シリュウは仰向けに倒れて動けない泥人形に容赦なく攻撃を浴びせかける。敵を倒すまで攻撃の手を緩めないと固く心に誓っていた。大剣から先ほどと同じように雷光が輝く。今度も雷光が敵を撃つがその光は身体を巡ることはない。
 ライヴスは黙々と歩き続けていた。速く走れば祈りは途切れてしまう。聖なる祈りを続けながらでは緩やかに移動するしかない。その目の前で敵と戦う仲間達が見えた。彼等をそっと後ろから守り支援するために、今は祈りを続けその祈りを仲間達に届ける。
(「どうか……皆を守りきれる様、もう2度とこの地を失意のままに離れることのなき様……」)
 ライヴスの祈りは続く。

 牙狩人型の泥人形ががゆらりと起きあがった。銀狼の戒めから解き放たれたのだろう。けれどもう素早い行動は出来ない様だ。泥で出来た様な顔が再度アスティアを睨め付ける。再度桃色の矢がアスティアを襲った。これは避けきれずに命中し小さな爆発が生じる。すっとアスティアの表情が消え失せた。

 だが、やはりこれも一瞬の事であった。すぐに自我を取り戻したアスティアは握った長剣を強く握り直す。翔剣士の本領発揮というような素早い動きで敵に向かう。青い剣がこれもまた素早く鋭く敵を撃ち……更にもう1撃加える。泥人形がかっくりと膝をつき、もう一度倒れ込んだ。
「……倒した、のですね」
 感無量といった様子でポツリとアスティアがつぶやく。自分自身を囮とする危険な賭であったが、それはほぼ完璧に成功している。味方の損害は1つもない。

「次が来た! まだ気を緩めるな」
 ヴァイスの警告にハッとした。戦場にポツリと次なる敵が姿を現していた。今倒れた泥人形よりもひとまわり大きめで手に大剣を掴んでいる。そしてそのすぐ後ろに長い杖を持つ泥人形も見える。2体の周囲は大地が淡く光り輝いている。どうやら敵も冒険者達を感知し、攻撃の準備に入っている様だ。
「俺は杖の方に行く」
 それだけ言うとヴァイスは敵へと走った。
「わかったなぁ〜ん。援護出来るところにナナがいるから、安心して頑張るなぁ〜ん」
 ナナもヴァイスの背を追って走る。
「参りましょう、アスティア様。まだ戦いは終わってはおりませんわ」
 セラフィンはへたり込んでしまいそうなアスティアに手を差し伸べる。難敵の牙狩人型は倒したが、あと2体同時に戦わなくてはならなくなりそうだ。
「今度こそ倒します」
 マシェルも敵へと向かった。後少し距離を詰めることが出来たら、銀狼を喚べるのにと思う。幾度もの戦いで得た経験がまだ射程に達していないことを告げる。
「やっとお出ましか。今度は前と同じ様にはいかない……いかせることはない」
 決意の強くにじみ出る言葉がポツリとキースリンドの唇から漏れる。そうしながらも、前をゆくヴァイスの防具に『力』を送る。ここからがキースリンドの本当の戦いだ。杖を持つ泥人形の前に立ちはだかる大剣を持つ敵。これを抑える事がキースリンドの役目だ。
「誰が何体出て来ても同じだぜ!」
 シリュウも前に……医術士へと向かう。
「我も前に出る刻が来た……か」
 ライヴスの聖なる祈りは途切れた。二振りの剣を抜き、厳しい目を杖持つ敵へと向ける。

「吹き飛ばす……! 視界が悪くなるぞ、敵の捕捉を頼む」
 ヴァイスの槍が大地をえぐる。砂礫が飛び衝撃に大地が揺れる。そして2体の泥人形が後方へと吹き飛ばされた。けれど、飛ばされた場所の大地も柔らかく光を放っている。
「ちょっと見えにくいけど逃がさないなぁ〜ん」
 ナナの身体からまた炎の一部が伸びてゆく。黒い炎は蛇の様に杖を持つ泥人形へと攻撃した。砂礫で小さな傷をつけていた泥人形の表面にもっと大きな傷がつく。
「もう一度……銀の狼よ」
 セラフィンは光り輝く孤高の狼を喚びだした。狼は大きく体をしならせ跳躍すると杖を持つ敵を押し倒し消える。アスティアも2体の泥人形へと移動していた。途中、再度『ライクアフェザー』の力を使う。この2体も気を抜いて良い敵ではないし、その攻撃は自分に集中すると見て良いのだ。

 杖を持つ敵は何でもなかったかのように起きあがった。そして身体から淡く光る波を放つ。自分と大剣を持つ泥人形の傷が目立たなくなった。その大剣を持つ敵がアスティアへとその剣を振り下ろした。凄まじい力を帯びた攻撃がアスティアを襲う。だが、なんとか1撃目を回避する。

「何度でも行動を封じさせてもらいます」
 マシェルが喚びだしたのもまた美しく輝く一匹の狼であった。狼が跳躍し杖を持つ泥人形を押し倒す。その間にキースリンドはアスティアと泥人形達の間に割って入った。これ以上、好き勝手にアスティアを攻撃させることはしない。
「その攻撃は……こうやるんだ!」
 キースリンドは『血の覚醒』よりも攻撃することで敵の目を惹きつけることを選んだ。大剣を持つ敵とそっくりな攻撃を鏡の様に返してやる。その攻撃は泥人形にさほど致命的なダメージをは与えなかったが、ゆらりと泥人形の顔がキースリンドへと向く。
「もう絶対逃げないし逃がさないぜ。覚悟しな!」
 シリュウの剣から動けない杖を持つ泥人形へと雷光が走る。身体が震えるが稲妻が駆けめぐる事はない。
「滅せよ!」
 大きな炎の塊がライヴスの頭上に現れていた。それを躊躇無く倒れたままの泥人形へと放つ。

 冒険者達の攻撃は防戦する敵の回復力を上回っていた。医術士型の敵は自分の傷を回復しきれず倒れ、大剣を持つ敵もジリジリとダメージを蓄積しやがて膝を屈した。
 赤い風の吹く荒野にもう異形のモノは……いない。


マスター:蒼紅深 紹介ページ
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わからない
参加者:8人
作成日:2007/10/22
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