<リプレイ>
●グラタンは空を飛ばない 「……んまい」 熱々のグラタンを、はふはふしながら食べる幸せ。ふやけた顔でラクシュは吐息した。作る感動も良いが、やはりこちらの方が性に合っているらしい。 「見るだけで食べられないって苦行だったよなぁ……」 「この前は残念で悲しい事になってしまいましたし――えーと」 同意する様に頷きながらハルヒが通りすがる。立ち止まり、誰かを探す眼差し。その間、ラクシュは彼の手に在る大皿のマカロニグラタンに釘付けだ。 「美味そうだなー」 食べかけのパイ包みグラタンを前に、実は先程から目移りしっ放し。 「色んなものをすり身にして、マカロニに詰めてみました。鰯、秋刀魚、ほうれん草……」 ハルヒが嬉しそうに説明する。と。ラクシュの瞳はますます輝きを増した。 「鰯、秋刀魚!」 解り易い反応を示して程なく、「おー」と両手を挙げて場所をアピールする彼を見つけたリョウがやって来る。このパーティーの為にリョウが用意したのは魚のグラタン二種類。ラクシュにとってはお待ちかね、『秋刀魚のトマトソースグラタン』と新作『秋鮭と黄茄子のホワイトソースグラタン』だ。 「そんなに楽しみにしていてくれたとは光栄だな。……後は」 レイジーが喜んでくれれば良いが。 同じ方向をハルヒが恐々と見つめているのに気付いて、リョウは苦笑した。
ミシー兄妹主催のグラタンパーティー。 会場となった村の外れの広場はテーブルを囲む冒険者達で賑わっている。 「腕によりをかけたのです。どうぞ召し上がれ、なのです♪」 予行演習がどうの、秘蔵のレシピがどうの……成程これが、とリカルはグラタンとミシェルを交互に見つめた。家族にからかわれながらも彼の為に頑張ったミシェル。 「いつも料理は全力なのです!」 力一杯の主張に「解ってるよ」と言わんばかりに愛情の篭った眼差しが笑う。リカルとて彼女の作るグラタンを楽しみにしていたのだ。『ダブル・ディッシュ・グラタン』――皿に半分ずつ同居している赤と白、マカロニグラタンとトマトドリアをスプーンで一度に掬い取る。贅沢な一品は贅沢な食べ方で。旨そうな焼き色、サクッと良い音、口に広がる香ばしさ。パン粉も良い仕事をしている。 「うん。美味い」 素直な感想はただ一言に尽きる。
「「熱っ」」 「あ〜。2人とも、そんなに慌てて食べるからですよ」 揃って声を上げたメリーナとイストテーブルに、タケルが水の入ったグラスを差し出した。 「でもこれは名誉の負傷なのですよ〜」 舌にしっかり味を記憶させたのだと、水を飲み飲み言い張るメリーナ。パイに包み隠された中身が気になってつい、とは言わない。しかし、輝く瞳はとても正直だ。 「またやってしまいました……」 熱々だと解っていたのに、と、イストテーブルは少々気落ち気味。だが、猫舌であろうとなかろうと、火傷する時にはするし、熱い物は熱いのだ。それに、グラタンは熱い内に食べた方が断然、旨い。 皿の端からゆっくりと、歳相応に落ち着き払って堪能しながらにこやかにタケルが言った。 「美味しいですね」 イストテーブルは大きく肯いた。水は手放せないが。 ――メイビー特製のパイ包みホワイトグラタン。 メリーナがまず驚いたのは、中身が至ってシンプルなホワイトソースだけだった事。 だが、このソースが只者ではなかった。口の中で幾つもの表情を覗かせる不思議な味わい。これが秘伝のホワイトソースなのかとぱちくり。舌の上に転がる面白い食感は、細かく刻まれた噂の黄茄子だろうか。香りを添えるハーブが織り込まれたパイの蓋はそれ自体がグラタンの具にもなる。勿論、そのまま食べても良しだ。料理人の遊び心と気遣いを垣間見た様な気がしてメリーナは嬉しくなった。
「――んじゃ、お互い楽しもうなぁぁぁ――!」 一枝の紅葉を手土産に、怒涛の如く十拍戯剣・グラツィエル(a90144)の祝いに駆けつけた勢いのままグラタン求めて激走するセレストを唖然と見送り、見なかった事にして。 「ささ、遠慮なくどう……ぞ?」 嬉々として誕生祝いの大盤グラタンを勧めたハルヒだったが……。 「グーぱん……」 乗り気ではなかった彼が紅葉をサングラスに貼り付け始めたのを見て、ジーニアスは思わずほろり。重症だ。はらはらと舞い落ちる紅葉が一層憐れ。事情を知ってか知らずか、両手を掲げて元気良くやって来るカガリを見て、突っ張る赤い犬尻尾。 「投げへんっ、投げてへんよっ! 勿体無い!!」 過剰な反応が可笑しくて仕方なかったが何とか堪えて、カガリは「はいっ」と、固まったままの彼の前にグラタン皿を置いてやった。ほうれん草、人参、カレー粉をそれぞれ練り込んだ三色のマカロニに、鮭とイクラとほうれん草たっぷり。これは重い。が。カガリもそれを押し付けたりはしない。 「うちが大好きな組み合わせなんやけど、グラツィエルはんのお気に入りは何やろか?」 明太ポテトもええやんなー、と、うっとり。 「僕はオニオングラタンスープが好きなんだー」 と、これはジーニアス。パイの蓋をスプーンで崩し、立ち昇る美味しそうな湯気に目を細める。 「ただ……いつ作っても、どうしても紫色の煙が噴き出す謎物質になっちゃうんだよねぇ」 その点、メイビーのグラタンは決して変な色の煙を吐いたりしない。安全で、安心だ。 「謎物質……」 「だから今回は作ってないよ! 安心し……て、おおう?」 ジーニアスは、グラツィエルの視線を追って『それ』を見た。見るからに異様な空気に包まれたカップル。――カップル? まずそこからして首を傾げてしまう雰囲気だが問題はそこではない。あからさまに冷や汗を垂らした笑顔のダグラスと、自信に満ちたミリアムの笑顔の間に鎮座している……何か。 (「旨ぇグラタンが食えるっつーから来たんだが……」) ダグラスは疑問を覚えていた。己がここにいる事に、そして、目の前の物体に。 怪しい色。オーブンから出してなおボコボコと煮え立つ……これは本当にグラタンなのか。目頭をツンと攻撃する刺激臭は、鼻を押さえた所で防ぎ切れない。 「(食えねぇ……これは食えねぇ)」 「なーにをぶつぶつ言ってるのかな?」 救いを求める様に彷徨うダグラスの視線の先には、やけに遠くて眩しい、別世界のグラタン達。 「あっ、こっち見てる」 そこはかとなく嫌な予感を覚えるカガリ達。ダグラスの目は真っ直ぐグラツィエルを捉えているように見える。本人も危険を察知したのか椅子ごと後ずさろうとする気配。ダグラスが椅子を蹴って立ち上がる――誕生祝い、何て素敵な口実だろうか! 「受け取ってくれー!! 俺の〜(ずべしゃ)」 死力を振り絞って駆け出した彼は、最後まで言えずに地面と激突した。 (「――くっ、ミリアムの妨害か!?」) 単に足がもつれて転んだだけである。妙な所で途切れた台詞にグラツィエルはいよいよ怯えた顔をしていたが、ダグラスには見えなかったし、最早どうでも良かった。 危険……もといミリアムが、皿と共に彼の横を通り過ぎて行ったのだ。 「皆ー。良かったらこれ……食・べ・て・ね」 元よりお祝いを兼ねて作った一品。ミリアムにも悪気はないのかもしれない、だが。 ――だが……!
「冒険者というのは随分丈夫な胃をお持ちなのだね」 『グラタン品評家の彼』なら間違いなく放り投げていたであろうミリアムのグラタンを見てさえ、レイジーは無責任な感心の言葉を吐いて笑っている。ハルトは冗談じゃないと思いつつ引き攣り笑い。リョウは、レイジーの満足げな表情に幾許か緊張を緩め、改めて姿勢を正した。 「先日は、認識不足から失礼した。あの時のアドバイスを踏まえて気をつけてみたつもりだが……」 一瞬後。朗らかな笑い声。 「まあ、そう肩肘張らずに。楽しく料理をするのが一番だとメイビーも言っていたよ」 「「………」」 半ば雪辱戦を挑むつもりでやって来たハルトも肩透かしを喰らった様な面持ちで、のんびりとグラタンを口に運ぶレイジーを見つめる。まさかの受け売り。完全に門外漢の台詞だ。 (「もう、グラタン品評家じゃないって事か」) 彼がグラタン品評家である事の証明でもあった認定証は、今は『至高のグラタン』を作った冒険者の手にある。肩書きと決別したとは言え……否、だからこそ、その意味を今更ながらに噛み締める。 「君達も沢山食べて行きたまえ。妹は料理が得意でね。気に入ってくれると良いんだが」 完全に気を殺がれたハルトは、メイビーのグラタンを勧められて腰を落ち着けた。 次いで席に着くリョウの耳に飛び込んで来る礼の言葉。見るとレイジーが「一つだけ言わせてもらうなら」と指を立てている。思わず聞く体勢を作るリョウ。 「詫びる相手は私ではない筈だよ」 「……いつかまた道を交える機会があれば、再度しっかり指導して頂きたい」 彼が次に目指す物が何であれ――彼から学ぶ事はまだまだありそうだ、とリョウは思う。
●目先を変えてみては如何だろうかと 「何をそんなに動揺しているのですか。遠慮はいりません。――はい『あーん』」 「くつろげねェ。寛げねェ――!」 「自分がなかなか手ェつけへんからやんかー」 「オリヴィエ! ほわっと見てねーで、や・め・さ・せ・ろ」 ファリアスとグラツィエルのやり取りを生暖かく見守っていたオリヴィエはふと肩を竦め、遠吠えに背を向けて爽やかに笑いながら、食べ歩きを再開した。ホワイトソースを心行くまで楽しむ為の白ワイン片手に。途中、微笑ましく此方を眺めているタケルに気付いて手を振り、丸々と食い倒れているセレストを躱して歩く。その行く手に――いや、やはり見えない。ミリアムの笑顔など、断じて。 その頃、ファリアスは。 「んー、でりしゃす」 ひとしきり遊んで満足したのか、スプーンをさっさと自分の口に運んでいたのだった。
こんがり焼き上がったグラタンの表面がパリッと音を立てるのがニューラのお気に入り。 メイビーのパイ包みグラタンは『サクッ』だが、それもまた良しだ。満足げな表情で彼女は、下唇に軽く当てていたスプーンを口の中へ。 器を変えた釜飯もどきのスタイルが受けたのか、それとも単にデザートグラタンが珍しかったのか……とにかく彼もグラタンを食べる気になってくれた様だし。
砂糖を焦がしたキャラメリゼがパリパリ砕けて、顔を出す卵色のクリーム。ふんわりバニラと果物の甘い香り。タルト皿にクリームと一緒に敷き詰めた秋のフルーツが面白い様に消えて行く様を、ティルタは嬉しそうに眺めている。 「こないだは、女の子として扱ってくれて……庇ってくれたの嬉しかったわ」 言葉にすると妙に照れ臭いが、ティルタ以上に言われた側が照れていた。火傷なんてすぐに治るし、グラサンも無事だし。甲斐もあったってもんだー、などと言葉を継ぎながら勢いで次の皿に手を伸ばし、一口頬張った所で彼は動きを止めた。 「……何だコレ」 「?」 首を傾げるティルタ。 「何って……でざーとぐらたん?」 グラタンに飾った旗を真っ直ぐに立て直すウィズの怪しすぎる言動と、その笑顔。酸味を誤魔化す為にかけた砂糖と蜂蜜が、辛うじてスイーツ(駄々甘)だが。 「……焦げてるし、茄子に茸にウィンナーまで入ってンぞ」 「好きだろ?」 ――!? 「あれ? ダメ?」 おかしいなぁ、と首を捻るウィズ。 「これならどうだ? 南瓜のデザートグラタンだ」 口直しに、とワスプが堂々提供するのはチーズがたっぷりとろけた南瓜のグラタン。「おお!」とグラツィエルは何ら疑う事なく食べ始める。暫しその様子を観察してワスプは問題なしと判断。安心して己のグラタンに手をつけた。が。 ――生焼けダ! 「ど、毒を喰らわば皿まで……」 半生の南瓜に罪はないが食欲は著しく減退して行く。既に思考力まで奪われて自分が何を言っているかもよく解っていない。ただ、『悪食上等』を旨とするグラツィエルほどアテにならない毒見役はないという事だけは、はっきりと悟っていた。 「何のまじないだ? そんなに思い詰めるなよ。美味いって」 生でもイケるって。 ――そんなのは慰めにもならない。 「グラツィエルさぁん、お味はぁ、どうですかぁ」 アカネの問いに無言で頷くグラツィエル。噛み締めているのはホワイトソースをたっぷり絡めた白菜だ。彼の大雑把な舌は繊細な味を解さないが、干したシメジと貝柱の旨味で食欲増進。旨い物を食べると人は無口になると云う。この頃には彼もグラタン恐怖症からすっかり脱却していた。
●秋皿の心 「あのっ、今日のソースの秘訣を訊いても良いですか?」 冒険者から挨拶や礼の言葉を向けられるたびに、あらあらあら、と感激した様に胸を押さえていた料理人は、メリーナの小声の質問に気付くと小さく笑って、耳打ちする様に身を屈めた。 「――裏漉し?」 村で採れた白い野菜を丸ごと全部。 それは偶々すぐ傍にいたファオにも聞こえた。 幸せの味を思い出し、両手を合わせてやはり小さな声で。 「だから色んなお野菜の味がしたんですね」 メイビーは笑みを深めて人差し指を唇の前に立てる。同じ仕草で顔を見合わせ、笑顔で頷く2人。 兄には兄の、妹には妹の。秘伝は即ち『此処だけの話』。
「しっかし、グラえもんももう27かぁ……もうちっと人間落ち着けとけよ、って巨大なお世話か」 ワスプが呟くと当人も解ってはいるのか、皮肉げな笑みを浮かべた。 「つまんねェ歳の取り方はしたくねーから、良いんだよ。ガキで」 緋色の尺舞扇を試しに開き、閉じるまでの数秒。普段、扇よりも遥かに重い剣を振り回しているだけあって、彼はそれを実に軽々と扱う。 「……こーいうのは、俺には似合わねェよ」 と、苦笑するグラツィエルに。 「そうでしょうか?」 ニューラはからかう様に切り返した。続きが見たかった気もするが、それは心の内に秘めておく。 悔いのない日々を。これからの一年に幸多からん事を。革細工、実はひそかに楽しみにしててん。 祝いの言葉は人の数だけ心に積もり、形はどうあれ今年もまた、皆と過ごせた事に感謝する。 「何か、グサッと聞こえた気もするが――」 「気のせいやあらへんてー」 グラツィエルの肩に乗せた手をにぎにぎしながらオリヴィエは、残りの白ワインをぐいっと突き出した。ラクシュが方々のテーブルに残っていたグラタンを一つ処にかき集める。ジーニアスは、自作の栗ケーキを思い切って出す事にした。グラタンに夢中になるあまり、すっかり出しそびれていた物だ。妙に平べったいケーキに、グラツィエルは躊躇なく手を伸ばす。嬉しそうなその顔に、ジーニアスも笑顔満開。 「グーぱんのお腹なら平気だよね!」 思い出話に花を咲かせ、今こうして過ごしている時間もいつかは……なんて、笑いながら話している。楽しい時間はいつだって、あっと言う間に過ぎて行くのだろう。――今日も。
あっと言う間に。

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参加者:22人
作成日:2007/11/20
得票数:ほのぼの18
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冒険結果:成功!
重傷者:なし
死亡者:なし
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