伏魔殿の主



<オープニング>


●起
 暴虐の徒である鬼の脅威、その多くを『護楓の盾カムライ』の活躍によって払されたセトゥーナ州。州内には現在も尚、幾つかの国が其々に統治されていた。州を十の字に区切り、北西部に存在するのがエルフの治めるイヨシキの国。その下、南西部に存在するのがストライダーの治めるトコラヒの国。そこから内湾を渡って南東部には、セトゥーナの海賊を擁するヒトの国、スミツが存在する。そして最後に、嘗ては青火島の鬼に支配され、鬼の手から開放されたもう一つのヒトの国、サギミヤ。
 処々あったものの、今では国土を三つに分かたれ、其々の国が分領として統治されていた。その内、イヨシキの国が治める第一領にはサギミヤの城と共にグリモアが存在し、その城下では生き残った数少ない人々と共に、自国の民を含めて多くの人々が流入し始めている。
 かつて鬼に苛まれた国は、遅々とした歩みではあるものの、徐々に復興への道程を歩みつつあった。
 だが、しかし――


●祈
 冒険者達を送り出した秘色の霊査士・コノヱ(a90236)は彼らの身を案じていた。屋敷の縁側から空を見上げれば曇天の空。薄暗く空を埋め尽くす雲の奥からは時折稲光が垣間見え、空を見上げる彼女に言い表し難い不安感を与えてくる。
 しかし、冒険者達は障害となる物の殆どを切り抜けてきた。空の与える不安感よりも、彼らが成すべき事を成すだろうと信じていた。
 そして、彼らを送り出した霊査士は、遠く離れた武家屋敷で言葉を紡いだ。
 ――良くぞ此処まで辿り着いてくれました、皆様方。


●異形
 立ちはだかる鬼を渾身の力で打ち倒し、冒険者達は回廊から天守閣へと繋がる階段を、通路をひたすら駆け上がる。要所要所で守りについた鬼達に足止めをされるも、勢いづいた冒険者を止められる者はその場には居らず。その身に傷を穿たれ、疲労が積み重なりつつも決死の突破によって着実に歩みを進めた。

 そうして最後の関門となる鬼を排除し、天守閣へと到達した彼らの前に姿を見せたのは5体の鬼と、上座にて座した紫の衣を纏った男であった。艶やかで長い黒髪は首の後ろで纏められ、細く切れ長の目は冷やかさと流麗さをかけた眼鏡の向こう側に覗かせている。豪奢とも言える紫を基調とした礼服に身を包んだその姿は、彼の傍に立つ鬼とは余りにも対照的と言って良かった。
 男はゆらりと優美とすら感じられる身のこなしを持って立ち上がる。けれどもその動作の中には何処と無く幽鬼めいた不吉な物をその場に居た者達に感じさせた。
「貴様等が異国の武士か。成る程成る程、この楓華では見かけぬ種の者も居り、また憑き物も多種多様ともなれば鬼が攻めあぐねるのも無理はないか。しかし、良くも此処まで来たものだ」
 冒険者達を前にしながらも、男の尊大さは小さくなる様子すら垣間見えず。いやさ寧ろ大きくなりつつあるように思える。男は朗々とした様子で更に言葉を紡ぎ始め、
「私の名はユェリ・サギミヤ。このサギミヤの国を治めるべき人間だよ。いや、つい最近までは治めていたのだがね。貴様等がイヨシキやトコラヒ、スミツと結んで我がサギミヤに攻め入り、私の全てを奪ってしまうまでは。いやはや、此れは赦されざる事。侵略行為と称しても差し支えのない事とは思わないかね」
 愉快気に。しかしその声音の奥には仄暗い何かがある。其れは破壊、殺戮といった負の感情に属する類の物ではないのか。そう、その場に居た全ての物が確信めいた感覚を得た。男は掛けた眼鏡の位置を直し、一歩、又一歩と前へと出でる。
「聞けば貴様らは偽善めいた言を並べ立て、方々にその腕を広げ。挙句の果てにはその身に宿した力で私の国を奪い取り、身を潜めた私を追い、更には野望までも潰えさせるか。つくづく度し難い存在だな」
 貴様らの行いは、天に等しく善で有るのか。そう問を発し、衣を揺らしながら歩み寄る男からは異常な程の殺気が膨れ上がり――いや、その姿すら膨れ上がった様に冒険者達には見えた。
 事実、ユェリ・サギミヤと名乗る男の体躯は明らかに変化を起こしていた。
 紫の衣を突き破る様にして肩口からは巨大な排気口と思しき物が姿を見せ、腹部からはめきめきと肉を裂く厭な汁音が鳴り、漆黒の闇を湛えた穴が姿を現し。更には辺りに霧の様な物を生み出しながら、男の額から白く長い角が伸びる。
「鬼を使い、我が手に収めたこのサギミヤを足懸かりに、武士などと言う格式に凝り固まった楓華の理を破壊し、このセトゥーナに絶望と殺戮を秩序にした統治を目指す我が野望を頓挫させた報い。この姿を現す事は不服なれど、この異形の力を持って私自らが罪の対価として償わせてやる」
 黒々とした純粋な殺意から生じた咆哮と同時に、ユェリの手の中には霧が姿を変えた太刀が握られている。
 ――キマイラ。
 以前、ランドアースでも姿を見せた、グリモアの誓いに背いたが為に生まれた異形。魔性の存在。其れがこの遠く離れた楓華の地にも姿を見せた事実に冒険者達は戦慄を覚える。しかし、グリモアと言う存在は希望のグリモア只一つを除いては、他の大陸に有るどのグリモアでも基本、同じ物。と考えれば、この異国の地である楓華列島でかのような存在が生まれたとて何の不思議もない。
 めきめきと体の構造を変化させる音を立てながら、ユェリと傍に居た鬼達は眼前の冒険者達に肥大していく殺意を向けた。
「――死ぬが良い」

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参加者
黒焔の執行者・レグルス(a20725)
ごはんが大好き・キララ(a25679)
天照・ムツミ(a28021)
蒼の誓剣・セレネ(a35779)
蒼流閃・ヴォスト(a36861)
哉生明・シャオリィ(a39596)
銀青の飛竜・ウィザード(a47044)
蒼紅の焔・ラキ(a61436)
骸・ユイ(a63891)
ギアクラッシャー・ライヴス(a65125)


<リプレイ>

●無明妖霧
 城の主であり、鬼を利用してその腕に国を手にしたユェリ・サギミヤは一歩前へと踏み出すと、両肩から大量の霧を吐き出した。途端、周囲は乳酪の如き濃霧が満たされ、外神殲軌超乳巫女・ユイ(a63891)達冒険者は相対した敵の姿が瞬く間に姿を隠した事に驚きの表情を浮かべる。
「やっと黒幕の登場かと思えば……」
 怜悧の色を湛えたままの蒼流閃・ヴォスト(a36861)が舌打ちする。鞘に納められていた純白の刀身が霧を割く様に振り抜かれ、哉生明・シャオリィ(a39596)を始めとした術士達の多くがその身に黒き炎を纏い、自らの底上げを図る。
「妖霧か……!」
 相変わらず煩わしい策ばかりを弄すると黒焔の執行者・レグルス(a20725)が声を張り上げながら魔杖を携え、その身に黒炎を纏わせた。
「命を燃やす時が来た!」
 ライくん、とユイが支援を求めるとギアクラッシャー・ライヴス(a65125)が肯き返し、姉と呼ぶ彼女やごはんが大好き・キララ(a25679)共に鬼の居た場所へと切り込んだ。追う様にして銀青の飛竜・ウィザード(a47044)がライヴス達へ守りの加護を与えるべく接近し、神ノ手ヲ振リ払イシ・ラキ(a61436)もまた続く。
「善悪なんて興味ねぇよ。オレの理由はもっとシンプルだ!」
 白き妖霧を掻き分け、奥で蠢く影を捉えたラキは全身から無数の鎖を繰り出した。しかし、縛鎖に手応えは得られない。辺りを包み込む妖霧の影響なのだろうか。
「鬼はどこにゃ……!?」
 ヴォストと共に前衛となったキララが妖霧の中で敵を求める。天守閣の中は身を隠せる程に広くない。ユェリの霧がその全てを包み込んでいるだけだ。
 必ず敵は近くに居る。思考を刹那の間巡らせ、終えた途端に彼女に向けて斬撃が放たれた。兜を割る一撃はキララの不意を付いた物で、彼女の体に傷を負わせる。左腕から鮮血が舞うも、深い傷ではない。
「遣り難い相手だな」
「楓華にキマイラ出るなんて聞いてねーぞ!」
 治療の機会を得るべく、牽制とばかりにシャオリィが霧の向こうに見える影に向けて光の雨を辺りに放つ。着弾したのか、鎧の擦れる様な金属音が耳に届く。次いでレグルスが敵の動きを封じるべく縛鎖の力を解き放つ。続けてオメガが周囲に紫煙を生み出し、敵の治癒を封じようと試みた。キマイラであるユェリの支援を前提として布陣した鬼達の位置取りは、限られた空間である天守閣という事もあり、相応に彼らは把握している。

 しかし、それは鬼も同様。守りに長けた者達が陣形を組み、ユェリを主軸とした戦術を選んだ。鬼札としてキマイラの彼を選び、訪れた敵に対して消耗戦を持ちかけ、疲弊した所で更なる機会を求める。幾ら自身よりも力を持つ相手とて、的確な戦術を持って当たれば勝機はあると考えての事なのかも知れない。
 そうして、鬼達によって長期戦へと冒険者達は誘われていく。


●サギミヤの王
 辺りは白き霧に包まれ、互いの姿をその目にする事すら困難にさせる。其れに抗う術を持ち合わせていない蒼の貴剣・セレネ(a35779)と天照・ムツミ(a28021)は、強い戦慄を覚えた。先程から支援や縛鎖に襲われながらも、目の前の男はその多くを躱して見せた事も一因だ。
「外神殲軌の名にかけて、当方御役目……果たします!」
 ……この人は、鬼よりも邪悪だ。
 ユイが裂帛の声を上げる最中、ユェリと名乗った男の持つ本質を悟ったムツミは、楓華から撤退する前に必ず討たねばと意を新たにし、龍を刀身に刻んだ刀を構える。
「わたくし達が善かどうかを問う前に、己の身を省みなさい!」
 グリモアへの誓いも、戦士としての矜持すらも忘れた者に国を治めるべき力も資格もありませんわ。刃を露にしたセレネがそう、吼える。
 途端、返礼とばかりに捉え切れぬ程の速さで紫の物体が突進してくるのを感じ取った。白銀の巨大剣を翳す様に構え、その突進をセレネは真っ向から破壊の一撃を繰り出す事で受け止める。瞬間、身を裂くような激痛が彼女の全身を襲う。もし彼女が体力に長けた者でなければ、この戦場から脱落していたかも知れぬ程の一撃だ。
「矜持など狗に喰わせてしまえ! 思い込みだけで水瓶を満たせるものか!」
 翔剣士独特の素早い体捌きで、彼女の一撃を回避して踏み込んで来たユェリの斬撃がセレネの身体を裂く。一刃、二刃と振るわれる度に赤い花弁が宙を舞う。
「ボクの刀の重さは、護る者の重さ。貴方に耐えられるかなっ!」
「耐えるまでも無かろう!」
 横合いから放たれたムツミの斬撃を手に握られた霧の剣で捌き、軽やかな動きを持って、容易く躱す。
「私の相手が娘三人とはな。つくづく無礼られた物だ」
 口元に厭な笑みを浮かべ、ユェリが呟く。
 確かに、この妖霧の中では敵の動きを悟る事は難しい。恐らくは鬼も自分達と同様なのだろう。しかし、彼はその中で的確に彼女等の挙動を掴み、攻め立てて来る。
「確かに受ければ恐ろしい力を貴様等は持っている。しかし、当たらなければどうと言う事は無い――」
 呟く最中、鬼の支援を受けたのか彼の礼服が守りに適した形へと変化する。この戦いは長い物となる。ユイ達は確信めいた直感を得、その瞳に険しさを増した。


●異界の魔腕
「足止めは上手くいってるみたい……!」
 額の長い角を利用した突進を受け止めたムツミが呟きを洩らす。セレネと三人で刃を交えて以降、数分が経過していたが、治癒の支援はされるも横合いから切り込まれた事は無い。砂礫衝を警戒していたが、恐らく減退される其れよりも、兜割りの様な単体攻撃を選んだのだろう。
「ムツミさま!」
「……ッ!」
 朗々とセレネの力ある歌声が届き、突進で受けた負傷を癒す。瞬く間に癒える傷に、ユェリは舌打ちをしながら間合いを取る。
「死ね、死ね、死ねぇ! 塵芥と成り、その体躯を朽ちて果てさせるがいい!」
 異形と化して、その心すらも身に値うるモノとなったのか。ユェリは腹部に開く暗闇の顎から無数の手を伸ばす。
「避けて!」
「――ッ!?」
 暗闇の中から生まれた腕がユイの腕を掴むと徐に腹へと取り込んだ。途端、引き千切られる様な激痛が走る。痛みに耐えて男の体に指技を繰り出そうとすると、ユェリは容易く察知して彼女の腕を手放した。
「躱された……!」
「あの手に掴まれたら酷い目に遭うわ」
 腹に開いた闇の穴へと誘われたユイの手は常人ならば狂死しても可笑しくない状態へと変貌していた。癒術によって瞬く間に元の姿を取り戻せるにしろ、そう何度も繰り返したくは無い。

 濃密な霧に包まれた戦場では視界も阻害される。癒し手と護り手を携えた眼前の敵に対し、冒険者達は苦戦を強いられた。忍びの用いる其れよりも阻害の力が強いのか、互いの攻め手の多くが空振りし、その身に蓄えた力を消耗する。
 対する鬼は、個々で彼らに立ち向かう事よりもユェリと呼ばれた男を主軸に据えた戦術を選んだ。奇怪とも言うべき彼が持つ、戦力として申し分ないキマイラの力を利用し、組み易しと見たライヴスやユイ達を攻め立てる。
「我らを付け狙うか……!」
「治療は万全です!」
 兜を断つ一撃を受け、蹈鞴を踏むライヴスの体にネックの癒術が施される。鮮血が飛び散るも、瞬く間に穿たれた傷が塞がって行く。助力にと呼ばれた彼が治療を施し、オメガが放蕩の歌を紡ぎ、セラトが鮫牙の矢を生み出しては放つ。
 転じて鬼達もまた、前衛となった二体の鬼が彼らの攻撃を受け、後衛の術士が傷を癒す。しかし、物量と言う視点から見れば、冒険者が有利。既に一体の術士がキララの衝撃波に依って膝を折り、戦況は着実に勝利へと傾きつつあった。
「糞……回復がおいつかん……」
「物量に頼り、嬲るか!」
 額から鮮血を流した鬼がヴォストへと距離を詰め、剣を振り翳す。上段に構えたその瞬間、彼は大きな好機を得たとばかりに必殺の間合いへと踏み込んだ。
「本当に厄介な奴等だな……!」
 呼気と共に、鎧をも砕く一撃が放たれた。勢い良く肩口に喰い込み、大量の血飛沫が霧の中に舞い上がる。更に一撃離脱したヴォストを支援する様に、仲間達に守りの力を与え終えたウィザードとレグルスの放つデモニックフレイムが牙を剥く。
「汝が悪しき破壊の欲求、我を通して此れを満たせ。破滅の爆炎となりて!」
「――止めだ!」
 異形の黒炎に包み込まれ、一体の鬼がもがく。炎に包まれ、斃れ臥すと其処には炎で形作られた一体の鬼の姿があった。
「良し、全力で鬼の癒し手を斃せ!」
 普段とは違う荒々しげな口調でウィザードが命じると、生れ落ちた新たな鬼は後ろに居た仲間であったモノに刃を向ける。
「な、貴様――!」
「よぉっし、一気に行くぜぇ!!」
 狼狽する鬼の声を耳にしたラキは、変った流れを一気に手元に引き寄せるべく、またも縛鎖を解き放った。鎖は耳障りな金属音を巻き上げながら妖霧の中を疾駆し、得物である鬼を捕らえると瞬く間に手足を束縛する。
「お前さえどけば!」
 後衛の術士を潰せる。残る前衛に向け、シャオリィは素早く紋章印を起動させ、無数の木の葉と共に突風を呼び出した。爆風の如き勢いを持った風は、刀を構えていた鬼を一撃で後方に吹き飛ばした。
「畳み掛けろ!」
「はいですにゃ!」
 レグルスの叫びに呼応したキララが霧を裂く様に駆け、紅更紗と名付けたリボンを振り抜いた。途端、火線の如き煌きと共に鏤められた紅鋼玉が舞った。同時に放たれた衝撃波が術者を襲い、その動きを永久に止めさせた。
「……おぬし達にも思うところもあろう。我らも全てが善などとは思っては居らぬよ」
 力無い者が泣かぬ為、力持つ者が奢る事を無くす為にこそ力を振るうのだ。偽善と笑いたければ笑うがいい――
 妾が討つのは、鬼の……列強の原罪のみなのだとキララは独白を洩らす。
 矢を放つセラトらの後方支援を受けながら、一気呵成にライヴス達は攻め立てた。両の手に構えた二色の牙から描かれた紋章印から火球を放ち、持ち得る全ての力を注ぎ込んで、キマイラであるユェリを支援する鬼達を打倒していく。
「必ずや、叩いて砕く!」
 必死の決意でライヴスの放った火球が最後の術士を捕らえ、爆音と共にその身を完膚なきまでに破壊する。最後の鬼が斃れ臥すのを確かめると、彼らはユェリと相対した三人の元へと駆けた。

 冒険者達の力は既に半分を切っていた。しかし、其れだけの時間戦った為か、天守閣に拡がっていた妖霧は徐々に晴れ始めていた。薄く掻き消えていく霧の中、ユェリとの戦いを続けるセレネらの姿があった。
「倒したか!」
「もう逃げられないですにゃよ」
 疲労の色を見え隠れさせながらも、オメガらと共に退路を断つ。後はこの国を苛んでいた男を斃すのみ。
「ユェリ、貴様が異形と化すのも道理。鬼を唆し、鬼をも欺いたか」
 ウィザードの言葉に従い、鬼を模した炎が斬りかかる。ユェリは返礼とばかりに腹の手を伸ばし、瞬く間に炎を納め、無に返す。
「人の世で欺かれるのは必定。欺かれた事に気付かぬのが悪いのよ」
「護るべき民を護らず、己が欲望に溺れ……破壊と殺戮を好むお前に君主足り得る資格は無し!」
 水の様な髪をたなびかせ、ヴォストが踏み込む。彼に呼応したラキもまた、邪竜の力を宿した虚無の手を解き放つ。
「テメェが居ると苦しむ奴が居る。泣く奴が居る。だからテメェをぶっ飛ばす」
 もっと力があれば別の手も取れるのかも知れねぇ。ラキは口端に僅かに苦笑を洩らす。ヴォストの稲妻の如き斬撃と虚無の手が同時に襲い掛かり、ユェリの身体を穿った。躱し切れずに受けた傷からは大量の鮮血が噴出す。
「貴様は単純だな、その強さ――単純が故か!」
 強い者と戦う事が愉快だ。そう、笑みを零すユェリにシャオリィの放つ光の雨や、ネックの黒炎が向けられる。其れらに苛まれながら、異形は眼鏡の奥に見える狂気の色を衰えさせずに踏み止まる。
「は、はは、此れが、此れが私の死だと言うのか?」
 血に塗れたユェリは両の手に霧の剣を生み出し、腹からは無数の腕を全周に広げた。少しでも多くに手傷を負わせる為だ。
「動きが鈍ってます!」
 巨大な胸を揺らしたユイが跳躍し、懐へと飛び込むとユェリの身体を捉え、投げ飛ばす。しかし、彼女の覚悟を表した得物を手にしていた事で思う程の手応えが得られなかった事をユイは知る。
「現人鬼には未来永劫理解できないでしょう! 私にあるのは、外道を許せぬ怒りと私達の勝利を信じて下さる方達の闘志だけです!」
「この距離なら外しませんわよ!」
 これまで防戦一方で切り抜けてきたセレネが、射られた矢の様な勢いで愛用の巨大剣を疾らせた。剣には闘気、一度は躱された闘気を篭めた破壊の一撃が繰り出される。
 袈裟に斬り込んだ次の瞬間、篭められた闘気が爆発する。其れは刹那の間の出来事であったが、天使の加護を篭めた一撃で極力損耗を避けていたムツミはその時を逃さなかった。
「ここらが年貢の納め時なのだっ!」
 赤い鎧に身を包んだ彼女が放つのは、加護を篭めた一撃。セレネの斬撃で蹈鞴を踏んだユェリの身体を真っ二つにする様に振り下ろされた。
「ぐおおおおおっっっっ!?」
 身を断つ痛みからか、叫びが上がった。更にライヴスやシャオリィ達の火球が放たれ、着弾して爆発が生じる。一瞬、訪れた静寂の中で冒険者達は固唾を呑む。そうして彼らは、この国を統治していた男が頽れるのを見届ける事で漸く息を吐いた。
 
「最後に聞くけれど、貴方は何を以って鬼と通じたの?」
「今わの際に問う事が其れか……」
 深手を負い、大きな血塊を吐き洩らしながら、ユェリはムツミの言葉に答えた。全ては復讐なのだと。
「妾の子に国は継がせぬと。腫れ物の如く幽閉された私の感情が神仏の如き慈悲など持ち合わせる筈もない。不要ならば始めから産ませなければ良かったのだ」
 正妻から生まれた弟に継がせると知った時から、彼は彼を認めなかった者達への復讐を決意した。時は流れ、奇しくも運命が与えた鬼との邂逅を契機に実行へ移したのだと言葉を続けた。
 床に血溜まりが広がっていく。かつて自らを育んだサギミヤの国へ鬼を導き入れた男は命の灯火が消えつつあった。
「――まだだ、まだ殺し足りぬ! はははは、は、貴様等の様な偽善の徒を、もっと! もっと! 幾ら戮殺しても飽き足らぬ! 三千世界の全てを――」
 弱肉強食の理が満ちた悪鬼羅刹の横行する世界で、人々の苦しみ抜く様を求めた男は、狂った様な嘲笑を上げ、その命の幕を下ろした。
「……こんな物なのか?」
 事切れたユェリにシャオリィが言葉を洩らす。人の心も、姿も失ってまで望んだ彼の結末に、それは悲しい事ではないのかと。

 緊張を解かぬままに立つ冒険者達の前で、男の肉体は更なる異形へと変化を見せた。欠片程の心を失い、人の姿身を喪失し、筆舌し難い人以外の何かへと、ムツミ達の眼前で変貌を開始する――。


マスター:石動幸 紹介ページ
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参加者:10人
作成日:2007/12/05
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