【Apprendre le Tricot】毛糸の煖衣



<オープニング>


 今年もあっと言う間に冬が来ました。
 寒さで凍えてしまわないよう、心に灯りを燈しましょう。
 柔らかいふかふかの毛糸に包まれば、白い季節も暖かく過ごせます。
 お世話になっている大切な人に、想いを込めて編み物を贈りませんか?
 日頃の感謝の気持ち、普段は言えない「ありがとう」を込めてみてはいかがでしょう。

 冬は寒い、と彼女も遂に気付いたようだ。
 こつりこつりと靴音を立て、石畳の道を進んで行くその息は白い。
 喉元を覆うふわふわの襟巻きも、繰り返し重ねた肩掛けも、指先を覆う手袋も寒気を完全には払ってくれない。ただ静かな表情だけは変えることなく、荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)は表通りの角を曲がった。そこから二本ほど裏に入った通りには、ひっそりと小さな毛糸屋が佇んでいる。
 油の差された扉を開けば、ころころと可愛らしい音を立ててドアベルが鳴る。
 いらっしゃいませ、と優しげな声音が奥から響いて店主である老婦人が顔を見せた。
 既知の二人は少しばかり、互いを気遣うような言葉を選ぶ。月日は少なからず、互いの上に変化を齎した。この毛糸屋は、上等な品ばかりを選りすぐり取り揃えている。だからこそ毎年、冬が来る頃には恒例のように足を運んで来る客が後を絶たない。しかし、繁盛しているかと言えば答えは否だ。
 大抵の客人は、幾つかの毛糸玉を買い取るに留まる。大量に購入して行く客は少ない。小さな店内は良く手入れされ、丁寧に整えられては居たが、隠し切れない古さが滲んでいた。
 霊査士は何事か呟きながら、優しい淡色で染めた毛糸玉をひとつ持ち上げる。
 老婦人は、人々に編み物の楽しさを知って貰えると言う機会を喜んだ。
 そして、その機会に今年も同席出来ることを取り分け喜んだ。

「じゃあジルは、今年もお菓子を用意して行こうかなと思います」
 深雪の優艶・フラジィル(a90222)はにっこり笑って、今年も作戦を練り始める。毀れる紅涙・ティアレス(a90167)は特に何の興味も無い様子で霊査士の話を聞いていたが、彼女が当然のような顔をして来いと言うのであれば行かないでもない、のような関係性が既に生まれているらしい。
「で、ロズ君は今年も、私の為にセーターを編んではくれないのでしょうか」
 去年はさっくり断られた割に、めげたところのない馥郁たる翠楼・エテルノ(a90356)が微笑む。
「……別にセーターが欲しい訳でも、私に編んで欲しい訳でも無いのでしょう?」
 なら編む必要は無いと思うけど、と霊査士は薄く息を吐いた。
 エテルノはますます楽しげに笑い、御尤もです、と芝居がかった仕草で肩を竦めて見せる。
 ティアレスは脚を組んだまま、僅かに瞳を細めて笑った。フラジィルは何も言わずに林檎の香るチャイを啜る。そして霊査士は不意に、その視線を霜の張り付いた窓へと向けた。
 ――外の空気は冷え込んでいて、猫のように丸まって寝てしまいたいくらい。
 確か去年は、そんな風に感じたのだ。
 敢えて歩き回ることを、今は厭わしく思わない。何もしないで居る方が、今は只管に厭わしい。
 去年までは暖炉の前で毛糸に触れる暖かさが、誰かの心に届けば良いとばかり願われていた。温かな紅茶と暖炉の灯火、そして優しい毛糸玉を揃えて冒険者を招こうと思っていた。今年に想うことは然程綺麗ではなかったけれど、機会を作ることが何かの為になるのであればそれも確かに嬉しいのだろう。
「……編み物は嫌いかしら?」
 だから今年も、表向きは平坦な声音が小首を傾げて誘いを紡いだ。

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参加者
NPC:荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)



<リプレイ>

●Apprendre le Tricot
 硝子瓶から摘みあげた飴玉を、あーん、と開いた口に放り込む。
 らぶらぶっぽい雰囲気にはしゃぐフラジィルを見ていると、しみじみと菓子を持ち寄った甲斐を感じることが出来た。ベビーピンクの毛糸玉を解いて編み始めるレミールの手元を見遣り、糸を編むと言う作業が魔法染みたものにも思えてシーナは目を細める。フラジィルはいそいそと紅茶を配ったりお菓子を並べたりしつつ、のんびりして行ってくださいね、と申し訳無さそうに微笑んだ。お構いなく、とルニアは笑みを返してカップに手を掛ける。ベアトリーチェは何やら執務に忙しいようで、本日は欠席とのことだ。
 荊棘の霊査士・ロザリー(a90151)に差し入れをし、今日の誘いに対する礼を述べると、ユリーシャは急ぎ編み掛けのマフラーに取り組み始める。
 鈎針を使うレース編みならば出来るが毛糸を扱うのは初めてなのだ、と山と積み上げられた色彩を前にセラフィンは霊査士の助言を求めた。柔らかなぬくもりに触れていると、いつも傍に居て助けてくれる彼にも、この暖かさを伝えたいと強く思われる。ユーティスもまた、悩めるのは色選びなのだと贈りたい人物の名を挙げた。出来れば、と霊査士に対して頭を下げる。
「今年も冬が来ましたね」
 この機会に触れるたび、その到来を知るようだ。
 誰よりも愛しい人を独りにはしない、凍えさせたりもしない。
 想いを篭めながら靴下を編んで行くミラを見遣り、霊査士は僅かに頬を緩めた。
 編み棒で指を突き刺すと言う豪気な怪我を負ったプラチナも、そこそこ編み物らしい手捌きを繰り出せるようになっている。これぞ徹夜で激しい特訓を重ねて来た成果だ。うとうと舟を漕ぎ掛ける己を自制し、進度を見失うたび霊査士らに救援を要請する。
 目が増えたと気付くのは大抵、随分と編み進めた後なのだから世の中は不条理だ。
 ひとつひとつ確認しながら編み進めれば気持ちがすんなりと集中して、蟠りが溶けて行くように思えるのだから不思議なものだ。とすると渦巻いていた思念はこのマフラーに吸われたのだとすれば笑えない、と想像してレジェンダは小さく笑う。
 冒険に身を投じた後は毛糸に触れる機会もなく、久々に向き合えば随分と編み方を忘れていた。マシェルが作り目の仕方を尋ねれば、霊査士は実際に編んで見せる。思い出せたと微笑む彼女を見返して、きっと彼も喜ぶと思う、と霊査士は小さな声で囁いた。
 武装で訪れた非礼を真面目に詫びるレオンハルトに、暑ければ脱いで、とだけ彼ほど気にした様子もなく霊査士は返す。糸から何かが出来上がると言う姿は想像し難くて、彼は素直に教えを乞いながら作業を進めて行く。家族を想って糸を紡ぐ時間は、難解ながら次第に楽しいものへ変わった。

●暖炉の灯火
 馴染みの無い編み棒に戸惑いながら、エフェメラはゆっくりと編み進める。
 一段ずつ伸びていくマフラーを嬉しく感じるのは恋の成せる業だろうか、と些細なことすら幸せに思えて笑みが浮かんだ。器用とは言えないまでも頑張る彼女に教えながら、セライアは若葉色の毛糸を選んで編み始める。故郷に居る頃は冬に至れば良く編んだものだ、と郷愁の念が沸いた。
「……駄目だ、集中しなければ」
 想像を振り払うように、リューナはふるふると首を振る。彼の喜ぶ顔を思い浮かべると、ついつい編み棒を持つ手が止まってしまう。ソウジュは藤色の毛糸を抱えて、大切な人と経た時を振り返る。自分が愛されているのだと実感出来るから、彼の為にマフラーを編むひとときは心を穏やかにした。
 アクラシエルは老婦人に羊皮紙を見せて、この模様を入れたいのだと教授を願い出る。これは少し大変そうねと老婦人は眼鏡の下で眉を寄せるが、懇切丁寧に模様の入れ方を教えてくれた。
「私が男相手に編み物を贈るなど初めてだ」
 人に遣るのが惜しくなりそうだな、と形を作り始めた姿に零す。でもこれは行き先が決まっているものね、と彼はそんなグリンディエタを見遣り笑った。
 兄に教えて貰うと言う複雑な状況下に晒されながら、クスリは黙々と頑張っている。スルクも合わせて編み進めながら、何気無さを装って誰宛の贈り物かと彼女に尋ねた。
「……内緒です」
 平静を装い返答するも、動揺は手元に現れる。
 焦らず慎重に編まねば、とクスリは再び気を引き締めた。
 編み物をしたい理由があるのだと強い決意を見せるハルジオンを、想いを篭めればきっと良い品が出来る筈だとレイラが励ます。編み方を教えながらエテルノが居るのか少し気になったが、彼は特に誘われなかったらしく今日は姿を見せていなかった。
 ヴェルーガは姉の丁寧さと編み込まれていく細やかな配慮を、オルーガは大きなものを編み上げていく妹の速度を互いを褒め合う。寒いときにはこういうものが一番だからと答える妹に笑みを返しつつ、オルーガはただ恋人の面影があると言うだけの大切な人を思い浮かべていた。
「なぁ〜ん……」
 大切な人に贈るために編むのであれば、心が篭められて少しは出来も良くなるだろうか。
 お世辞にも綺麗な出来映えとは言えない手元に目を落とし、マヒナは難しい顔をして呟いた。フィーリアは頷きながら、ぬくもりすらも増すのだろうと笑みを浮かべる。しかし今日の彼女らは、お互いに自分のための品を編んでいた。いつか、と未来に期待するのも互いの気持ちだ。
 ただ、マヒナは僅かに目を伏せて、少しだけ昔のことも思い出した。

●温かな紅茶
 千切って摘めるようなベーコンエピを皿に盛り、今年こそとイングリドは茶菓子に向かう。
 鳳梨のジャムを固めの生地で包んだケーキや、ドライフルーツを練り込んだクッキー、ほろほろと崩れるボルボローネ、可愛らしいトリュフチョコレート、香ばしい胡麻のスコーン、胡桃を包んで硬く焼き上げるベーグリと言う名のロールケーキまで今日の差し入れも様々だ。
 甘酸っぱい杏のゼリーに並べて苺のゼリーを用意したヴィトーは、木苺色をした紅茶も合わせて蒸らし始める。親友は喜んでくれるだろうか、休憩を楽しみながら想いを馳せる時間も酷く穏やかだ。
 老婦人から手渡されたボリュームのある毛糸と向かい合い、エルノアーレは静かに闘志を燃やしている。始めてみるには良い機会だろう、と負けず嫌いの本領発揮だ。その隣ではマユリが編み掛けの品を幾つも膝の上に乗せ、彼女の手付きを少しばかりはらはらした様子で眺めている。お手伝い出来ることがあれば言ってくださいね、と遠慮がちに声を掛けた。
 エミスはらぶを篭めて、滑る目を落とさないよう、慎重にストールを編み進める。温暖な地方で過ごして来た人は冬の寒さが辛かろう、とリネットは暖かそうな毛糸の腹巻に細やかな模様を施した。普段世話になっている人へ贈ろうと、レクレティアは老婦人に教えられながら糸を編む。
 紅に煌く天鵞絨のリボンを指し示し、これを差し色に花を添えたいのだとヤマは老婦人に教えを乞うた。慣れない棒編みに苦戦しながら、ざくざくとマフラーを編んだエルスは、出来上がった部分のふわふわした肌触りに目を細める。とても心地良い、幸せの気配がした。
「渡す相手が器用なら、不細工も愛嬌になるかしら?」
 黒鳶色は彼に馴染むだろうと、クラレートは糸の軽さを確かめる。何でも受け入れてくれる人だからこそ、自分がその気持ちに見合うだけの恥ずかしくないもので在りたいと願われた。
 見様見真似で優しい桜色の毛糸をマフラーに仕立てながら、エドワードは周囲に男性の姿が皆無ではないことに安堵する。白く曇った窓硝子を見詰め、楽しいひとときから僅かな間のみ心を浮かべた。ユウは只管に、最大の感謝を篭めて毛糸を編んで行く。その姿が誰よりもと思えるから、出会いの生んだ時を強く心から感謝していた。
 試した縄編みが指先に馴染む頃、ネフィリムは本番に取り掛かる。得意だとは言えないけれど、心が安らぐようで編み物は好きだ。これで実力が伴えば、と溜息混じりに苦笑する。
 ウィルカナは老婦人の助言に頼りつつも、渋い顔で編み棒との格闘を繰り広げた。作ってあげたいと思える人が出来たから、頑張って手ずからのマフラーを編み続ける。
「……喜んでくれると、いいんだども」

●毛糸の煖衣
 横で話をしながら作業しても良いだろうかと霊査士に声を掛けたクローディアは、恋人に贈る品としてマフラーは相応しいだろうかと思案に暮れながら段々と長さを足した。同様に隣を希望したユズリアも、贈る相手は変わらないながら誰より愛しいと思うようになったのだ、と語り出す。彼の言葉が自信に繋がるようで喜ばしいのだと、その感謝を伝えたいのだと彼女は想いを洩らしていた。
「ロザリーさん、如何でしょうか?」
 彼は照れ屋で無口だけれど優しく強い信念を持った人なのだ、と微笑みながらマイヤは編みあがったセーターを見せる。霊査士は微かに目を細めてから、きっと喜んでくれるんじゃないかしら、と彼女の問い掛けに返答した。
「……楽しんでますか?」
 霊査士の顔を見詰めてナミキが尋ねると、持たない人に求めるものは無いもの、と霊査士は小さく笑って編んだマフラーを解き始める。出来上がろうと当て所なく、ただ編むことに意味があるのだ。
 ナミキは今度、ティアレスに目を向けて編んで欲しいような素振りを見せるも、彼は曖昧な相槌しか返さない。ふわふわのスポンジを覆い隠す裏漉しされたマロンクリームをつついている彼に、レインはぐるりと出来上がったばかりのマフラーを巻いた。
「言ってくれれば、いつでも貴方のために作るのに」
 美味しそうに食べてくれるのが嬉しいから、と微笑む彼女を見返して彼は深く沈黙する。
「んと、ええっと……」
 こほん、と咳払いしてからミアは霊査士の名を呼んだ。まだ編んでいる途中だけれど出来上がったら受け取って欲しいのだ、と彼女は告げる。感謝祭の贈り物として大好きな人に受け取って欲しいと微笑むミアを見て、霊査士はうろたえるように瞬きをしてからこくこくと頷いた。
「お花の模様、この一年で上手く編めるようになりましたも」
 受け取ってくださいね、とリアンシェも笑む。今日作るものはフードのついたケープなのだ、と半ばまで完成した月白色の編地を広げた。霊査士は時間を掛けて言葉を選び、嬉しい、暖かそう、と余り巧くない微笑みで答える。
 編み物をして過ごすことが出来る今は幸福なものなのだろうから、シャラザードは今年もまた編み物が出来ると言うただそれだけの幸せを噛み締めた。綺麗な色の組み合わせに頭を悩ませていると、霊査士は彼女の袖を引いて少しだけ小首を傾げる。
「私はあの秋から変わったのかしら」
 シャラザードは軽く目を見開いてから、答えを考えて黙考した。
 暖炉の火はぐるりと部屋を包んでいる。


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参加者:47人
作成日:2007/12/19
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