フォーナの聖祭〜女神様とカダスフィアフォートへ〜



<オープニング>


 ホワイトガーデンは女神の降臨を受けて空は更に輝き、雲は鮮やかに白く浮かび、風は優しく吹き渡る。

 虹の円環から現れたまばゆく光輝く階段はするすると伸びて約束の木へと向かう。その不思議な光の階段を静かに降りてくるのは……小柄で儚げな、けれどヒトではない存在であった。内側から輝くような細く白い裸足の足がゆっくりと階段を降り、長く裾をひくバラ色の衣が軽い衣擦れの音をたてる。微風がその衣の裾をはためかせ、長く編んだ黄金の髪を揺らしていく。露わな白い腕は微風を抱き、消えてしまいそうに小さな顔の額には重そうにティアラがかかっている。そして愛らしい顔に印象的なのはどこか憂いを秘めた大きな目と桜色の唇だ。

 降臨した女神は圧倒的な力を秘めながらも、その外見はあくまで儚く可憐な少女の様であった。その唇がそっと開く。
「皆さん、こんにちは。私の名前はフォーナと言います。あの、私の事をご存じですか?」
 長きに渡る不在ですっかり忘れられてしまったかと心配しているのか、フォーナと名乗った女神は不安げにリディアの護衛士達へと視線を巡らせる。
「フォーナってあの……恋人達に祝福をあたえ……」
「そうです。私が得意なのは祝福を覚える事です。皆さんの幸せを祈らせてくださいね」
 嬉しそうに頬に手をあて、フォーナは野に咲く小さな花の様な微笑みを浮かべた。


「ねぇねぇ、リゼル〜ホワイトガーデンに女神様が現れたって本当?」
 子供みたいに目を輝かせ、蒼水流転の翔剣士・タルウィス(a90273)はヒトの霊査士・リゼル(a90007)へと気さくに声を掛ける。優雅にお茶を嗜みながらリゼルは意味深長な笑みを浮かべた後ゆっくりとうなずく。
「早耳ね、そうよ。それで今からある依頼を冒険者のみんなに頼もうと思っていたところなの」

 リゼルは前代未聞の護衛を冒険者達に依頼した。女神の護衛である。
「少し前にホワイトガーデンのエリアードとグリシナお婆ちゃんから連絡があったんだけど、あっちにフォーナ女神様が降臨したんですって。虹の円環から光の道を辿ってそりゃあ綺麗だったらしいわ……」
 うっとりとリゼルは彼方を見つめる。しかしほんの数秒で目をぱちぱちとまばたきすると小さく咳払いをして話を再開する。

「女神様っていっても可愛くてキュートな感じみたいね。それで女神フォーナはドラゴン界が消えた場所、つまり旧カダスフィアフォートに連れて行って欲しいらしいの。うーん、このままだとそこが次元の裂け目になってランドアースが崩壊してしまうんですって」
 リゼルの語る事柄はとてもお茶と一緒にクッキーを食べながらする話ではない。円卓にすぐさま報告し、百旅団長が協議すべく内容だろう。『大変だ!』『とにかく調査を……』『すぐさま現地に向かうぞ』と口々に叫び色めき立つ冒険者達にリゼルは笑って手を振りなだめる。
「一大事は一大事なんだけど、女神フォーナはそれを防ぐ儀式を旧カダスフィアフォートで執り行ってくれるらしいのよ。だから皆には女神様を護衛してそこまで連れて行って差し上げて欲しいの。相手は女神様だし、同盟内を移動するだけだから危険はないと思うけど、気持ちよく過ごせるようにお願いするわ」
 ほっとする一同を見回し、リゼルは最後のお茶を飲み干しざっと行程を説明する。

 ホワイトガーデンとランドアースを結ぶディアスポラを下降し、さいはて山脈も降りる。そこからは緩やかに西を目指しつつカダスフィアフォートへと向かう。勿論、不眠不休で歩くわけにはいかないから、どこかで休憩したり宿を取ったりもしなくてはならないだろう。とてもではないが、降臨したばかりの女神を一人歩きさせるわけにはいない。
「くれぐれも失礼のないようにね。泣かせたりいぢめたりしても駄目よ、いいわね」
「は〜い。私がちゃんとご案内するからばっちり安心してよね」
「……絶対よ、解っているわよね」
 眼鏡の縁をキラリと光らせ、リゼルはヘラヘラと笑っているタルウィスへもう1度念を押した。

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参加者
NPC:蒼水流転の翔剣士・タルウィス(a90273)



<リプレイ>


 いつもよりも鮮やかな虹の円環の元、フォーナ神が降臨した約束の木へと冒険者達が集まってくる。
「怪盗・紅の影と申します。祝福を下さったことに感謝を……」
 一礼したシンは手妻により現れた薔薇を女神に差し出す。
「私の前で誓った事、私はずっと覚えていますわ」
 女神は微笑んで薔薇を受け取る。
「女神フォーナ様、お会いできて光栄です。神殺しの罪を持つ我々にこのような慈悲をお与え下さり深く感謝致します」
 テラも女神の前で膝を着き頭を下げる。
「……像なんかよりも、ずっと綺麗なフォーナ様。願わくば僕にも祝福を」
 恭しく御辞儀してリーフも一輪の花を差し出す。
「わかりました。祭の日に祝福を覚えますから、その日に二人で誓いをたてて下さいね」
「私はセイレーンの一冒険者で、名をフォーナと申します。女神様が祝福して下さる日に生まれ、その名をお借りしました。生と名と祝福を、ありがとうございます」
「まぁ……私の名を? とっても嬉しい」
 フォーナ神はフォーナにニッコリと笑顔を向ける。本当に嬉しそうだ。
「あの、ねぇ。『フォーナおねぇちゃん』って、よんでも、いいですかぁ?」
 自己紹介の後、サクヤは目をキラキラさせながらフォーナ神に尋ねる。
「えぇ」
「お初にお目にかかります、美しい女神様。どうか我々に、貴女の旅路を護らせて下さい」
 マイシャは裸足の女神に編み上げの靴を献上する。
「ありがとうございます」
「いつもキリナさんと一緒で幸せです。これからも見守っていて下さい」
 アンディはそっと女神フォーナに祈る。
「ユーティリス・エルミナードです。よろしく」
 恩讐を越えユーティリスは優しい笑顔を浮かべて女神に手を差し伸べ、その手を女神の頭へと伸ばし……けれど撫でる事は出来なかった。
「お気分が優れない場合など、いつでもお声をおかけくださいましね」
 貴人に仕える騎士の様に女神の背後に立つヒギンズがユーティリスの手を叩いたのだ。
 サクヤはディアスポラへと向かう途中、空に架かる虹の円環を仰ぎ見る。
「ホワイトガーデンでは「ラウレックの加護の象徴」とも思われてきた虹の円環は「神々が現世へ降臨するための門」のようなものなのですか?」
「えぇ、ラウレックは子供達に慕われていたので、そう伝わったのでしょうね」
「今年も間もなくフォーナ祭が開かれるものと思われますが、祭りにはお越しになりますか?」
 ジェイドの問いにフォーナ神はすぐにうなずく。
「えぇ。祭りを行っていただけなければ、儀式の力が集まりません」
 眼鏡を直し気合いの入った笑みを浮かべ、エルサイドはフォーナ神の前に進み出る。
「ではその日までお留まり頂き、永久に幸せでありたいと願う恋人達に祝福をお与え頂く事が出来るのですね?」
「勿論です、祝福を覚える大事な日ですから」

 ヨウとミリィはのんびりと行軍に加わっていた。この人数を考えれば、女神の安全は約束されたも同然だ。有事に対する心づもりだけすると、2人は揃ってフォーナ神の前に出る。
「去年、祝福ありがとうございました。おかげでこんなに幸せになれました♪」
「恩返しって事で参加させてもらった」
 幸せそうな2人の様子にフォーナは嬉しそうに笑顔を浮かべる。
「私、とっても嬉しいです」
リーナとリュウは揃ってフォーナ神に挨拶をし祝福の礼を言った。
「始めましてフォーナ様。僕は武人のリュウ。こっちは恋人のリーナです。去年は祝福をありがとうございました。お陰で仲良くやってます」
「まぁ。私、ちゃんと覚えていますけれど……こうして逢えるのはとても嬉しいです」
 ディランは面影さえ知らない母の事、父や友人、大切な人との大事な絆を語る。
「必ずこの世界を“悲しみが終わる場所”にしてみせる。だから、アンタ……じゃなくて女神様。その“絆”が永遠に続いてくれるよう願っててくれ」
「わかりました」
 フォーナ神は静かにうなずく。
 偵察の為の遠眼鏡を顔の前から降ろし、フラレは遠くに見える女神へと深く一礼する。
「昨年は祝福をありがとうございました。ありがたやありがたや」
「良き隣人に囲まれ、幸せでいられますことを」
 パンデミュウムはそっと祈りを捧げる。
 クリサンセマムとマリアンヌ、そしてイシャナスは並んで祈りを捧げる。
「どうか二度と神々との戦いが起きませんように。そして平和が訪れますように」
「これからもみんなが幸せでありますように」
「女神様にお祈りを……」
 ニドム、ニウェオそしてイフンケは女神の姿を見ただけで満足していた。行列のあちこちで警戒に当たっているつもりの様だが具体的には何もしていない。ニールも同様だ。マサカドも自虐的な感情は抑え、護衛としてやる気はあるのだがただ歩いているだけのようだ。噂を聞きつけなんとなく行列に参加したセルの姿もある。

「女神フォーナの為だ。やるしかない」
 ヴォルスは自分の役割を女神を守る為に敵を倒す事だと定めていた。大所帯となった隊列の先頭あたりを歩く。敵が出現したらすぐに戦う覚悟だ。
「今度こそは良い関係でありたいと思うから……だからね」
 ルークは内心の期待や懸念を抑え、表面上は平静を装いながら女神の行軍に随行していた。同盟内を移動するとはいえ、目的地はドラゴン界との接点となった場所だ。どんな危険が潜んでいるかわからない。
 長く大人数の行列よりも先行するウィンスィーは周囲を油断なく見渡していた。斥候役を自負しているのだ。マサカズも一度フォーナ神に挨拶をすると、先行し地ならしをしていた。
「こんなに大人数じゃ何をしたらいいんだろうなぁ」
 困惑しながらもギュゲスは行列の外周あたりを歩き、周囲の様子に気を配る。

 キラは女神フォーナの少し前を尻尾を振りながら踊る様に歩いている。
「フォーナ様って石像なんかよりもずっとキュートですっ!」
 サクラコはニコニコしながらフォーナ神に付き従う。雰囲気のほわっとした女神の傍にいると自分まで穏やかな気持ちになって、なんだかとても幸せな心地なのだ。
「ディアスポラのギアが襲ってくるというような事は起こり得るのだろうか?」
 女神の行軍よりも先行する予定のレイクは出立の前にフォーナ神に確認をする。
「ギアの皆さんは今もディアスポラを守っているのですね……優しい子たち。あの子達が私に害をなすことはありません」
 懐かしそうに微笑みながら女神は返事をする。


 8人は本隊とは別の遊撃隊として機能しようとしていた。クロゥンド、ミツハ、オカミ、アンナ、ティルミー、トゥシェ、ハヤタケ、そしてヴェックだ。彼等はファーナ神の周りにて近づく存在を警戒対象とする。長い道中では厳しい任務だがドラゴンズゲートの内部では相互に連携の取れた戦いをした。ヴェックが敵を捕捉し、まずクロゥンドとミツハ、そしてトゥシェが敵に躍りかかり、少し距離をおいてアンナとティルミーが多くの敵を一度に攻撃する。更に後方に控えたオカミが皆を回復しそのオカミをハヤタケが守るのだ。
「片が付いたな。後方に知らせてくれ」
「あ、それは僕が行ってきます」
「フォーナ様……私やっぱりクーさんと」
「うちとクロゥンド兄ぃとの……」
「私にも祝福を……」
「ふぉーなしゃまにお礼のお祈りにょ」
「これからも家族がみんな幸せでありますように……」
「相変わらずな人間模様だな」

 ヤトとキースリンドも本隊から先行し、襲ってくる敵を倒していた。
「女神の道行を血で染めるワケにいかん」
 ヤトは片手をぐっと広げて敵へと向ける。そこから白い糸がふわりと広がり敵を絡め取る。キースリンドも動けない敵を女神が通らない方へと移動させ、そこで屠る。
「ドラゴンズゲートの強度は問題ないだろうが、この先の道や橋は心配だな」
 なにせ一行は180人を越える大所帯だ。その人数が行軍の足枷になっては本末転倒だ。

 先行する冒険者達が敵を殲滅してしまっているのか、辺りはひっそりとしている。フォーナ神のやや前方を歩くライはいつもとは違って厳しい表情をしている。
「ライ、あまり気負わない方が……」
「気負ってなんかいません!」
 少し早口でライはラムナに答える。それこそが気負っている証だろうと思うがラムナは言わない。ライは他人に指摘されればそれがラムナでも頑なになってしまうと思ったのだ。
「先は長い……俺はライが心配なんだ」
「……はい」
 ライは小さくうなずく。
 エミスはシンクロウと一緒に一言女神に挨拶を告げたあと、心細げに護衛役として多くの冒険者達と一緒に歩く。
 エフェは大所帯の行軍に緊張しながら参加していた。何事もなければいい。無事に目的地に着いて儀式がすれば誰も傷つかない。もう神様と戦い、大勢の知人が居なくなることはこりごりなのだ。

 ギア達は女神には対して敵対行動はしないが、その女神の威光をもってしてもドラゴンズゲートの全ての敵を消滅させることは出来ない。
「……痛い」
 敵の範囲攻撃が一筋、女神の腕をかすめる。真っ白で内側から輝く様な肌には僅かな傷もないが、フォーナは痛みに半歩退く。あちらこちらから回復のアビリティが発動される。
「フォーナ様、お下がり下さい」
 フリッツは背に女神を庇うように立ちはだかり、敵へと対峙する。
「「邪魔すると倒してしまいますよ!」」
 ソフィアはディアスポラの神槍に巣くう敵を気合いのこもった叫びで動きを封じる。女神が通る場所を血で穢したくなくて、絶命はさせていない。すぐに昇降機辺りを完全に制圧する。
「足元にお気をつけ下さい」
 フォーナ神の手をとったシリックは恭しく典雅な仕草で進みべき道を指し示す。


 ローランと共に偵察をしてきたジョゼフィーナはルシール=クァル神殿で女神達の一行に合流した。召喚獣に騎乗し随分と先へ行ってみたが敵はいない。遠くに女神の姿を垣間見るとジョゼフィーナはそっと祈りを捧げる。
 楽々とドラゴンズゲートを通過しさいはて山脈の頂上にまで到達するとフォルムアイはフォーナ神の前で膝をついた。リディア護衛士であるフォルムアイはまたホワイトガーデンに引き返すという。
「ここでお別れしますが、最後に……フォーナ様はピルグリムについて何かご存じの事はありませんか?」
「良くは知らないのです。私達がいた時にはあのような存在はいなかったのです。そしてピルグリムはこの世界の生物と融合し繁殖します」
「それがピルグリムグドン……」
 エクセルにはフォーナ神の言葉がすぐには信じられない。
「そーいや一昨年の、オレらがピルグリムとやりあった時に降った白の雨……あれって何だったか知らね?」
「ごめんなさい。それもよくわからないのです。アレは私達がこちらにいる時にはいないモノでしたから」
「そっか……」
 リィムはフォーナ神の髪をとかしていたブラシを見るが、そこには一筋の毛髪さえ絡んではいない。
 そこへディアスポラの神槍を越えた辺りで本隊に合流したヴァイスもフォーナ神の傍にやってきた。
「では真なるギアについては……何か知っていないか?」
「ギアは私達がホワイトガーデンを守るために残したのです。敵が強ければ体にエンジェル達を保護し、その力も借りて戦うのです」
「……そうか」
 ヴァイスは考え込む。

「女神フォーナ様、ね。素直に信じられない所はあるけど……今は丁重に護衛しましょう」
 エッセンは低くつぶやく。大神ザウスとの戦いの記憶は今も鮮明に残っている。同じ神に警戒心が働くのは当然の事だろう。 
「フォーナ様がお暮らしになられている場所は、どのような場所なのでしょう? いえ、神様が暮らしている世界はどんな世界なのか……知りたくて」
「リーゼも知りたいにゃ。フォーナ様達の住んでいる世界ってどんな場所か教えて欲しいにょ?」
 アルトリーゼも反対側から元気良く尋ねる。
「こちらとそんなに変わりませんが綺麗な場所です。ランドアースにも綺麗な場所は残っているみたいで嬉しいです」
 フォーナ神に付き従うカラシャの目にディアスポラの神槍を抜けると雄大な景色が広がる。白く険しく美しい光景だ。
「女神様、綺麗で可愛いお姉さんって感じなのなぁ〜ん。でも、ここはとっても寒いなぁ〜ん。タルウィスの髪の毛、凍っちゃうくらいなぁ〜ん」
「って、凍ってないから」
 さいはて山脈の山頂でガタガタ震えるニノンにタルウィスが間髪入れずにツッコミをいれる。いつの間にかカミュは大真面目でフォーナ神に恋愛相談をしていた。
「俺はある女性を護ると誓ったが疎遠となってしまった。誓いを破るつもりはないが、迷惑なものなんでしょうね」
「さぁ……私にはわかりません」
「あぁ、そいうのは私が得意だからこっちで話を聞くね」
「あ、俺は女神の……」
 ずるずると雪道をカミュはタルウィスに引きずられていく。

「お召し物をお持ちいたしました」
 シュチはレッグランブランド製最高級の防寒具を女神に差し出した。あの独特の意匠がでかでかと刻まれている。
「ありがとうございます」
 礼を言って女神はそれを受け取る。
「寒くないですか? 宜しかったらお使い下さい」
 ラトレイアは持参してきたマフラーをフォーナ神に手渡す。
「寒くはありませんけれど、ありがとうございます」
 女神は素直にラトレイアのマフラーを首に巻いてみる。

「本当は私達が作り上げた街道を是非歩いて貰いたかったけれど……」
 ミヤクサはマルソーやキシュディム、リドマーシュ跡を通る護衛士活動の成果である道を女神に歩いて貰いたかったが、マルソーを経由するのは回り道になる。さいはての村パルシアから希望のグリモアの街とロリエンを通過し、リザードマン王国南方街道をディグガードへと抜ける道を使うのが今は有力視されている。
 エレナとジョルディ、そしてフィーユは本隊から先行し、ルシール=クァル神殿の仕掛けを作動させていた。ランドアースへとやってくる女神が滞りなく移動できるようにだ。その後は本隊に戻ることなく先行する。
「181人分の宿など事前に予約するなんて無理ですわよね」
 エレナは肩をすくめた。あぶれた者達は野営をするしかないだろう。
「大神ザウスの時の様な悲劇は繰り返したくはない。出来る限り安全な旅にする……行くぞ」
「はい」
 ジョルディとエレナに遅れないようにとフィーユは駆けだした。
 ドラゴンズゲートを抜けた後、フォーナはノソリンの背に身を預けていた。つい先ほどまでは人の形を取っていたバリバリが変身したものだ。バリバリは誇らしげに楽しげに、女神を背に乗せ足取りも軽く山道を下っていく。
「人は前や横は目に入るが、上や後ろは気付かないものだからな」
 召喚獣に騎乗したドライザムは一行の後方から周囲に鋭い目を向ける。何かあれば即座に駆けつけられる距離だ。

「……寒いな、この様子だと下でも雪が降りそうだ」
 山の寒気にシュウは一瞬だけ身震いをした。故郷では冬のフォーナ感謝祭にはよく雪が降った。今年も真っ白な雪の感謝祭になるのだろうか。
 ラジシャンとフィードはフォーナ神にランドアースの事を色々と話す。真っ白な雪が降り積もったさいはて山脈に粉雪が舞い降りてくる。
「地上から見る雪は如何ですか? 寒さは厳しいけれど、舞い降りて降り積もる雪はとても綺麗なんですよ」
「俺、フォーナ感謝祭はずっと雪の中って感じてたし……」
「沢山のみなさんが私の祭を続けてくれたことはとても嬉しく思っています」
 肌も露わなフォーナ神だが、少しも寒そうではない。
 ミリアとカイも今は敵の姿がなく、フォーナ神の傍で慎重に雪道を下っている。
「祝福を下さるフォーナ様にも素敵なお相手がいらっしゃるのでしょうか?」
「お相手……? 皆さんが思うような彼氏はいないのです」

 あいかわらずレイスは女神の後方に立ち、更に背後からの奇襲や非常事態に備えている。それ以外の事は心から閉め出してしまう。
「私は昔、ある依頼を受けた時、助けられなかった子供達がいるんです……」
 道中、ラーズは自分が手がけた依頼の話や身の上話などを語る。
「昔救えなかった子供達の分まで多くの子供達を救いたいんです」
 ペルレは神々が去った後、同盟諸国が辿った歴史をフォーナ神に語った。戦いも、お祭りも、全部包み隠さずにだ。
「本当に沢山の戦いがありました。終わっていないものもあります」
「そうですね。私もそれは知っています」
 僅かに女神は顔を曇らせる。

「神なんて、大嫌い……」
 ジョニーの冷たいつぶやきがマルクドゥの心を凍えさせる。ジョニーの白いマフラーを掴んでも少しも暖かくない。
「またカダスフィアが探索出来るようになったら一緒に行こうぜ、ジョニー」
 けれどジョニーはマルクドゥを振り払い女神の前に進み出た。
「ねぇ神様、祝福を覚えたら……居なくなった人を忘れられるかしら?」
「祝福は覚えるものですので、忘れる事はできないと思います」
 律儀な返答にジョニーは身を翻して走り去る。聞きたいのはもっと違う事なのに、どう言葉にしていいのかわからない。

 さいはて山脈を下るとリナリージェフリーは本隊から先行するようになった。
「あの村はどうですか?」
「そうだな、行ってみるか」
 2人は召喚獣に同乗し女神の為の宿を手配していた。総勢181人の宿は確保出来なくても、せめてフォーナ神が野宿する回数は減らしたい。
 アシェリーやリシャロットも宿や休憩場所の手配に奔走していた。女神を気遣い者は大勢いるだろうから、リンシャロットはその護衛である冒険者達を助けたいと思っていた。アシェリーも行く先々で混乱するのは避けたいと思う。
「こんな事しかできないけど、少しでも女神様のお力になれたら……」
「せめて女の子と子供ぐらいはお部屋を探してあげなきゃね」
 山裾を軽快な速度で降りて行き、一行はいよいよ人の住む場所へと向かっていた。


「そろそろ休憩の頃合だよ! 出発は明日の朝だからね!」
 アズサの声がのどかな冬の空に響く。冒険者達が休息にはいるとシャルロッテと2人で分け隔てなく近くにいる者達へとかいがいしく給仕してまわる。さいはて山脈は下山したがまだ村はなく、女神とて宿を取ることは出来ない。
「なんだから不思議よね。女神様と一緒に旅をしているなんて……」
 シャルロッテは小さくつぶやきながらフォーナ神の前に冒険者達と同じ簡単な食事を運ぶ。
「……本当に何か欲しいものとかはありませんか?」
 女神に不自由はさせられないとエリカは懸命に身の回りに配慮する。朝目覚めてから夜眠りに就くまで、エリカの一日は常に女神の一挙手一投足を気に掛けているのだ。
 重たい荷を背負ったシュンがよろよろと歩いている。普通の民からすれば程桁違いの力を秘めた冒険者でも、タライやらシャボンやら海綿やら、膨大な量のお風呂セットを抱えて歩けば披露も蓄積する。
「せらふぃんさん、どこに行ったんだろう」
 心細げにシュンはつぶやく。そのセラフィンは休憩に入ったフォーナ神の足を清めていた。ノソリンに乗っていても、召喚獣に騎乗していても疲れは溜まるだろう。それを少しでも軽減したかった。
「香油を使っても構いませんか?」
「はい」
 フォーナ神はニッコリと微笑む。
「フォーナ様、お疲れでしたらお紅茶は如何ですか?」
 リリーナが薄く華奢なティーカップを差し出すと、フォーナ神はたおやかな裸の腕を伸ばしてそれを受け取る。
「良い香りですね」
「はい。茶葉の良いところだけを使ったお茶ですわ」
 ニッコリとリリーナは微笑み、廻りにいる冒険者達にもその茶を振る舞う。
「夜風が寒くないですか? フォーナ様」
 エルスは暖かく柔らかい毛布の上に小さな菓子を添えてフォーナ神に差し出す。
「こちらをどうぞ、フォーナ様。疲れが取れると思います」
 セリアは甘い菓子を探し、それをフォーナ神に渡した。砂糖が使われていない素朴で仄かな甘みだが、女神は物珍しそうにそれを口に運ぶ。
「懐かしい……こういう甘い食べ物はランララが得意だったのです」
「そういえば、フォーナ様はどう呼ばれるのがお好きなんでしょうか?」
「あまり気にしていません」
 屈託無く女神は菓子を幸せそうに食べている。

「……絆を繋ぐ女神よ、貴女に、感謝と歌を捧げます」
 ラテルは即興で女神を讃える歌を披露する。本物の女神様を前にして、歌が生まれない筈がない。
「夜を統べる君なれど、その笑みは雪原に舞う陽光の煌めきの如し……」
 昼間、行軍中は遠眼鏡を使って辺りに危険が潜んでいないか警戒しているセルフィも夕餉の時には踊りを披露する。
「この世界の為にいらっしゃってくださった事へ……感謝の言葉もありません」
 続いて進み出たマイトの舞は楓華文化の雰囲気を色濃く残す独特のものであった。矢のない弓だけを手にし、弓弦を鳴らして踊る破魔の舞だ。
「フォーナくん! さぁ、ボクの華麗なダンスを御覧あ・れ」
 ウィルダントは激しくも珍妙で笑いを誘うダンスやパントマイムを披露し、休息の場を和ませる雰囲気と飽きさせない様、工夫を凝らす。
 大量のバナナを抱えたままフォーはフォーナ神の前に出る。
「バナナ食べる? おいしいよ! バナナは元気の素だから! で、フォーナ様はいい胸してるよ! どうやったらそんなに立派になれるの」
 目を潤ませながらフォーが尋ねる。
「よくわかりません。特別な事は何もしていないのです」
「メアリー、恋愛のグリモアを探してるのなぁ〜ん。フォーナちゃんは、グリモアを残したりしてないのなぁ〜ん?」
「私のグリモアもどこかに残っている筈です。安息を与える夜のグリモアなのです」
 懐かしい思い出を紐解く様にフォーナ神はうっとりと微笑む。

 野営の連絡を聞くとコチョウはさっそくテント設営を始めた。荷の中には幾つかのテントが入っていてずしりと重かった。きっと肩に赤く跡がついてしまっているだろう。
「しばらくしたら風が強くなりそうですわね」
 いつもよりもしっかりと設営しなくてはならないだろう。
「僕もここでテントを設営してもいいかな?」
 エルも持参してきた野営の道具を背から降ろす。燭台やランタンなどの道具も荷の中から沢山出てくる。
 夜が更けても仄かな楽の音が野営地に響く。
「何はともあれ目的地までお供しよう。敵意はなさそうだからな」
 太い木の上の枝に登ったまま、カショウはハープを奏でる。音楽と淡いランタンの光に酔ったかのようにノートはうっとりとフォーナ神を見上げた。
「他の神様って……例えばラウレック様ってどんな方?」
「ラウレックは髪が少し長くて眼鏡をかけていて、ふむふむが口癖の優しい子です」
 ニッコリと笑ってフォーナ神は言う。リルはエギュレ神殿図書館で発見した女神の絵姿をフォーナ神の眼前に差し出した。
「フォーナ様フォーナ様、これなんですけど、誰がどの女神様ですのなぁ〜ん?」
「まぁ……中央が私でこちらの子がランララですね。右の端がレーツェだと思うのだけど……古い絵なので他は見分けがつきません」
「すごいなぁ〜ん」
 リルは目を輝かせる。
「ね、フォーナ様。神様って普段何してるの?」
 靴や外套を差し出したヴェルーガはふと気になってフォーナ神に尋ねてみる。
「特別な事はないのです。皆さんと変わらないと思います」
「他の神様は、来ないのかな? アテカ、どの神様も好きだよ!」
 上品にお辞儀をしてみせたアテカが少々興奮気味に言う。
「どうでしょうか? 来るかも知れませんね」
 ワーイとアテカがピョンピョン跳ぶ。

「フォーナ様、我々の知らないことを教えていただけませんか?」
 フォーナ神がこの世界の事をある程度知っているとわかると、ラスは常々感じていた疑問を女神にぶつける。
「私で分かることでしたらお答えします」
 フィルミリアとリーゼルは菓子や果実の絞り汁などをフォーナ神の前に供える。
「昔のドラゴンとの戦いで、命を落とされた神様はいらっしゃったのですか?」
 リーゼルが尋ねる。
「えぇ、何人も……私は皆に守られて震えていただけでした。元はヒトなのだからと説得に向かった神も戻っては来ませんでした」
「まさかこの世界のためにフォーナ様がお越しになるとは思ってみませんでした。他の神々もおいでになるのでしょうか?」
 アスティアも少女の様な神を脅かさないようそっと尋ねる。
「他の神様達は今どうしておられるのですか? フォーナ様のようにこちらの世界にこられるの方もいるのでしょうか?」
 フィルミリアは真っ直ぐに女神を見つめる。
「神々はどの様に行動なさるのでしょう?」
 ドラゴンロードを倒した同盟諸国と神々は協調していけるのだろうか。シェードはフォーナ神の言葉を待つ。
「この地はもう神にとっても安全な場所ではなくなってしまいました。でも、私は皆さんに好意を持つ神が現れると思っています。そして皆さんに期待してこちらに来る神はきっといる……私はそう願っています」
 どうやら確かな事はフォーナ神にもわからないらしい。神の心は神にもわかりかねるのだろう
「あの、この世界に神様はどれくらいいるのですか?」
 カイは普段よりも丁寧な口調で尋ねる。
「今は私だけしかいない様です」
 フィリアもロディウムも女神への質問を我慢しきれない。
「フォーナ様に神々との連絡手段の提供をお願いするのは駄目ですの?」
「その必要があるでしょうか? こちらに来るのは皆さんに好意を持っているでしょうし、すではない無い神はもうこの地に来る事は無いでしょう」
「希望のグリモアとは何なのでしょうか?」
「わかりません。私達が持つ力に似ているような気もしますが、同じではないのです」

 ラインは楓華の情勢がどうしても気になっていた。方針転換を余儀なくされたのは神の意向によるものだ。たまらずフォーナ神の前に進み出た。
「楓華で頑張っている人達の努力が全て無になるかもしれないんです。頑なな天子……いや『神の子』か『神の子に命令した神様』が命じた楓華退去を撤回するよう説得してもらえないでしょうか?」
 この時期にフォーナ神が降臨したのも何かの縁……だと思いたい。
「元凶は楓華列島の天子が年に一度だけ対話するという父なる神。女神はその神を知っているのか? そして、その神と意思を疎通する手段はあるのだろうか?」
 リッケも真剣な眼差しでフォーナ神に問う。最初は天子というものが何を指すのか解らなかった様だが、ラインとリッケの丁寧に説明を聞き、ようやく2人が聞きたいことが解ったようだ。
「そうですか……あの方は人のためにドラゴンと最後まで戦おうという意思を持っていた方でした。今も人のために為になろうとしている筈です。でも、ザウスを深く敬愛していたので、心に大きな傷を負ってしまったのでしょう」
「楓華の神様に、撤退のこと考え直して貰えるようお願い出来ませんか?」
 堪えきれずにマムはフォーナ神に頼み込む。突然降臨したフォーナ神に疑念を抱く者もいるかもしれない。けれど神は信じるものだとマムは思う。だから信じて祈りたい。
「あの方はザウスを慕っていましたから今は気持ちを抑えられないのでしょう。少しだけ……そうですね100年ぐらい経てばきっと落ち着いてくれると思います」
「……フォーナ様が関わりすぎると色々な意味で楓華の自立は成されないから」
 それでよかったのだ……と、ベルダンテアは小さくうなずいた。

 レイは思い切ってフォーナ神に思いをぶつけた。大神ザウスの事だ。苦悩の果てに逝った神は悲愴であったが立派であった……と、言葉を選びながら伝える。
「ありがとうございます……ザウスはきっと皆さんを許しています。だから泣かないで、皆さんもザウスを許してあげて下さい」
 フォーナ神はランタンに照らされながら優しく笑う。楽器を奏でつつクロウリーはフォーナ神に尋ねる。
「神々と人は共にこの世界を生きる事が出来得るものでありましょうか?」
「私は出来ると思っています」

 夜はもう随分更けているが、ローは思い切って質問をぶつけた。地獄のドラゴンの事、そしてノスフェラトゥの能力についてだ。女神の表情から笑みが消える。
「それはきっとドラゴンになりきれなかったドラグナーだと思います。彼の地に住まう者達に出来るのは死者を操る事だけでしょう」
 行軍に参加している男性達に『幸せの運び手』による補給を行うと、キズスもそっと女神の傍へと近づいた。人数が半端ではないので、もう夜も随分と更けている。
「地獄の事、例えばあの底には何がいるのか……それからノスフェラトゥの事について何か知っていることはありませんか?」
 女神は小さく首を横に振った。
「地獄の底には触れてはならない災いと穢れがありますし、地獄の住人についても口に出して話すのはお勧めしません。良い事はありませんから」

 冷徹な眼差しのままフーリィはフォーナ神に近寄った。
「嫉妬団って知らない? まぁ良いけど……で、祝福って微妙な距離の2人の間がどの位進むの?」
「私の祝福は見守るだけのとっても些細な力なのです。それ以上力になれなくてごめんなさい」
「このランドアースやそこに住む人達の事を、どの様にお感じになられますか?」
 バドは極力丁寧な所作と口調で女神に尋ねてみる。いつもは本隊から遠く先行して道中の露払いやその後始末などをしている。今を逃せば次の機会があるかどうかわからない。
「いつもみなさんが幸せに暮らしてくれる事が私の幸せです」
 カインはフォーナ神にドラゴンウォリアーの力について聞きたかった。けれどどのように具体的に何を聞いていいのか言葉が浮かばない。大切な家族を守るために必要な力だが、大神ザウスとの事もある。どうしても知りたいのにもどかしい。
「大神ザウスを倒した冒険者達の事を貴方はどのように思っておいでなのでしょうか?」
 ゼロはフォーナ神の真意を知りたかった。
「私は皆さんにはまだ希望があると思いました。だから再びこの地に降りたのです」
「生きる為とはいえドラゴンの力を手にした私達はヴァラケウスと同類のはず……貴方は何故、罪深い私達を助けようとするのですか?」
 神に相対したサツキの口調はさすがに普段よりも丁寧だ。
「同じではないと思っています。私は皆さんがドラゴンウォリアーの道を見出した事は素晴らしいと思っています」
「失礼は承知でお尋ねします。ドラゴンの力に屈しなかった私達が悪しきドラゴンの心に染まっているかどうかを見定める為に降臨なさったのではないですか?」
 丁寧な言い回しであったが、ビクトリーは真剣勝負の様な厳しい視線を女神に向けている。
「心配しているのですね……でも私は嘘はつきません。安心して下さい」
「フォーナ様、次元の裂け目って、ドラゴン界を消滅したら必ず形成するの?」
「いいえ。ドラゴン界がこの世界とぶつかって無理やり入り込んで穴が次元の裂け目です」
 フォーナ神はエルスに顔を向ける。
 やっと女神へと声が届く場所を確保したセレナードはクッキーを差し出しながら質問した。ちょっと焼きすぎだが食べられない程ではない。
「偉大なる女神に尋ねたい。同盟が発見していない種族がどの辺りにいるのか教えて欲しいんだ」
 親しい仲間達を探索の旅に出る予定があるらしい。
「コルドフリードのタロスさん達と、あとはフラウィンドは今どうなっているのでしょうか?」
「その2つについて、是非もっと教えてください」
 アトレーユは身を乗り出す。
「氷の大陸はコルドフリードですね。フラウウィンドは最も堕落した古代ヒト族が住んでいましたが、7柱の剣によって海底に繋ぎとめられている筈です」
 淀みなく女神は答えた。

 翌朝、出立の慌ただしさの中でグレゴリーはあるキマイラを討伐したときの事をフォーナ神に話した。その時の胸の痛みは今もグレゴリーの心をさいなむ。
「彼らを元の冒険者に戻すこと。もしくは兆候が見え次第止める事は出来るのでしょうか」
「いいえ……キマイラとなってしまった者を戻すことは出来ません。その者の命を絶つことでしか救う事はできません。あなたが行った事は正しい事です」
「ライカ……さん」
 フォーナ女神を敵からも、味方の喧噪からも守りたいと思っていたサータリアだが、思い詰めた様子のライカを留めることが出来ない。2人とも肉親を大神ザウスとの戦いで亡くしている似た境遇だ。
 勝手なお願いだからと何度も詫びた後、ライカは祝福を願った。それは今はもういないライカと同じドリアッドの男女の事であった。
「せめて魂だけでも2人が会える様に祝福して欲しいんだ。ほんと、みんな生き返ってやり直せたらいいのに……」
 それ以上言葉にならずライカは涙ぐむ。
「祝福を覚えるのは1年に一度、定められた日だけで、だから今は出来ないんです」
 フォーナ神も申し訳なさそうに詫びる。

「あの……そろそろ出立してもよろしいでしょうか? 先を急ぐ旅ですし……」
 ナタクは普段よりも態度や言葉使いを改めている。なんと言っても相手は神なのだ。
「そうですね」
 ナタクに促されてフォーナ神は立ち上がる。
 ダナイは休憩を終えて歩き出すフォーナ神の前に膝をついた。
「女神様、義を誓い合う兄弟にも貴女様は祝福を垂れて下さりますでしょうか?」
「勿論です」
 軽やかに女神はダナイの傍を通り過ぎていく。
「それっ!」
 ロアが絶妙のタイミングでバナナの皮を仕掛ける。別にフォーナ神に反感を持っているわけでもないし、嫌いなわけでもない。まぁ強いて言うならば種族的歓迎の意……なのだとロアは思っている。けれどフォーナ神は少しも滑ることなくバランスを崩すこともなく歩き去ってしまう。
 休憩が終わり大所帯となった行軍がゆるゆると進んでいくと、タケルは大きな袋をマントの内側から取り出した。そして休息地に残る誰が落としたのか分からないゴミを拾って袋に入れる。ダナイも革袋に果物の皮や芯を拾って入れる。
「すまないね。どうも私はこういう細かいことが気になる性分でね」
 タケルは苦笑気味に笑う。
「フォーナ様はもう出立なさった筈ですよね。あの辺りでしょうか?」
 メリーナは一際密集している辺りを遠く見つめる。あまりに畏れ多くて近寄る事は出来ないけれど、戸惑いよりもなお慕わしさが募る。
「最後まで無事であれば……その為に出来る限りの事をしよう、ね」
「はい」
「わかりました」
 2人は即答した。

 旧ソルレオン領、ディグガード近辺からヨアフは女神の護衛に就いた。次元の裂け目とは何か。それを防ぐ儀式とはどのようなものか。それを見極めたい一心であった。
「わぁ〜い、女神さまだぁ〜です〜。美味しいのです〜」
 ダンドリオは携帯食を片手に行列の最後尾をのんびりと歩いていた。この位置からでは女神の姿は見えないが、ちらりと垣間見た姿は脳裏に焼き付いている。傍には厳しい視線を辺りに向けるストラディの姿もある。
「いまさら来られてもねぇ……」
 酒のボトルのあおり、ヴァゼルものんびりと歩を進めている。これまでの経緯を考えると手放しで女神の降臨を喜ぶ心境にはなれないのだ。
「……ザウスの次は……フォーナか。でも、あの時の様には……ならないよね」
 神と人との結末は哀しいものであった。長く続く行軍の最後尾、後かたづけや後始末をしながら、アルムはさりげなく周囲に気を配っていた。
 先行するレオンハルトは最初から女神と言葉を交わす事は断念し、本隊から先行していた。
「申し訳ありません。もうしばらくするとこの道を沢山の者達が通りがかります」
 召喚獣に騎乗し、道を行き交う旅人達に迷惑をかけないよう注意を呼びかける。
 クッカードは行軍の本隊に先立ち、進路上の村や集落へと向かっていた。女神の降臨を知らせても取り合ってくれない事が多かったが、その村や集落を100人を越す大人数が通り過ぎていくと、大人も子供も目を丸くして見送る。
「女神の祝福はあまねく世界に向けられるものです。冒険者だけでなく一般住民もその身に祝福を受けたいでしょう」
 クッカードは女神へと祝福を願い出る。
「祝福を覚えるのは得意なのですけれど、定められた日でなくては駄目なのです」
 済まなそうに小柄な身体をさらに小さくして女神は悲しげな顔をする。
「フォーナ様……銅像よりもずっと綺麗ですよね」
 召喚獣に騎乗し先行してエイジは敵がいないか警戒にあたる。グドンや肉食獣、それに不埒な輩だっていないとは限らない。
 ドンは本隊の先頭集団で楽器を鳴らしていた。こうしておけば、動物達が近寄ってくることはないだろう。
「女神様が来て下さったなぁ〜ん。ありがたい話なぁ〜ん」
「この辺りに敵はいません」
 遠眼鏡越しの光景をオウカが伝える。やはり本隊から先行するシオンとキャロットは既に武器を構えているが、なにせ本隊に参加している冒険者は多い。例えドラゴンだとしても尻尾を巻いて逃げ出してしまうだろう。
「いない敵と戦うわけにも行きませんからね」
 シオンは遠く地平線を見つめながら言った。
「随分と酷い……想像していたよりもずっと厳しいのですね」
 旧ソルレオン領に入るとツァドはその惨状に愕然とした。ドラゴン界の爪痕は痛々しいほど大地を疲弊させ、汚れた身なりの人々を力無くうずくまっている。フォーナ神も悲しげな表情でツァドと同じ光景を見つめている。その足元に小さな花が咲いている。いつから咲いていたのだろうか。
「さぁ! 頑張りますわよ、たるやんが!」
「私が?!」
「勿論です」
 レムはニッコリと笑顔を向ける。ここからはドラゴン界が残した傷跡が酷い。宿を取ることもままならないだろう。
「要人警護中だから、野次馬が集まると危険よ?」
 ガマレイは少しだけ先行して自慢の喉を効かせる。ただでさえ護衛の冒険者達でごった返しているのだ。そこに村人や旅人達が加われば、何が起こるかわかったものではない。
 道中の村々に酒などを差し入れていたアカネだが、それにも限界がある。ドラゴン界に蹂躙された大地は荒れ果て、人の心は飢えて荒んでいる。
「心を落ち着けてくれたら……」
 アカネの演奏もいがみ合いののしり合う人々には届かず、幸せの運び手の効果も出ない。それが急に変わった。不意に人々の険しかった表情が柔和になり、音の心を預けてくれる。振り返ると、そこには沢山の冒険者達に囲まれて通り過ぎる女神の姿があった。
 荒れた大地にも花は咲く。深く掘り返された赤茶けた土の上にも健気に咲く花がある。
「こういう花がガタスフィアフォート跡地あたりにも咲いたらいいと思いますけど」
 ユリカは不思議と瑞々しく咲く白百合の花にそっとつぶやく。
「花……が咲いている」
「大地はまだ生きてるんだ。耕せば作物が育つんだ」
「まだ……よかった。よかった」
 いがみ合っていた人々が白い花に近寄り、膝をついて涙を流す。

 ディグガード陥落の日、そして先のドラゴン界侵攻で大地は傷つき、そこに住む人多くの命が奪われ、生き残った者達の身体と心には消えない傷が残っている。かつては村であったわずかな瓦礫を見つめながらコハクは女神に尋ねた。
「ここにいたソルレオン等じゃが、今もまだ苦しんでることはないのかのぅ?」
「そんなことはありません」
 明快な答えにコハクは安堵する。
 重い荷を運びながら、メイフェアも次第にはっきりと大地に残る悲惨すぎるドラゴン界の爪痕を苦い思いで見つめていた。
「なぜ、ザウス神がランドアースを破壊しようとした時でなく、今になってランドアースの崩壊を防ごうとなさいますの? 神々はメイフェア達の事……どう思ってますの?」
 大神ザウスとの戦いでは沢山の血が流れた。あの時、女神が降臨していたらザウスと人の仲立ちをしてくれれば……と思わないではいられない。フォーナ神と手を繋いでいたルイは怯えた様子で女神の背後に隠れ、顔だけをそっと出す。
「ザウスは皆さんが必ずドラゴンへの道を辿ると考えていました。それが間違っていたと解ったからです。もし、未来を知っていれば、ザウスも皆さんを滅ぼそうとはしなかったでしょう」
 深くえぐられた大地を痛ましげに見つめながらフォーナ神はつぶやく。
「私は懸命に生きている方々のために、ザウス大祭に代わるような競技大会の様なお祭りを開催出来たらなと思っています」
 その祭でニーナは1人でも多くの人を勇気づけたいのだ。
「皆さんは、ザウスの事を許してくれないのでしょうか? 確かに彼は頑なでしたが、ザウスがこの世界と人を愛し守り続けていた事も事実です……私はこれからもザウス大祭を続けて欲しいと思います」
「フォーナ様……」
 何と言っていいのかわからずニーナは言葉に詰まる。

 彼等が通った跡には……赤茶けた大地が淡い緑に染まっていた。振り返れば小さな緑が芽吹いているのがわかってだろう。


 何もない荒野に足音が響いてくる。1人2人ではない。数え切れないほどの足が踏みしめる音と振動がカダスフィアフォート跡に響いてくる。
「来るよ、レイ!」
「わかった」
 ハミルとレイはずっとこのカダスフィアフォートでフォーナ神が到着するのを待っていた。遮蔽物や障害物を取り除き、敵が接近しないよう警戒を続けてきたのだ。それももうじき終わりを告げる。
「お着きになりましたか……ふむ、やはり像よりも一段と綺麗に見えますね」
 分厚い図鑑を閉じ、クロウハットは立ち上がる。見る間に大人数の行軍が近づいてきた。 幾度試してみてもキールはドラゴンウォリアーには変化しない。確かにそれがあるのなら、ドラゴンウォリアーになれるのではないかと推測したのだが変身出来ないのだ。
「本当に次元の裂け目があるのでしょうか?」
「はい、勿論です」
 かつてはドラゴンズゲート、カダスフィアフォートがあった場所で女神は足を止める。
「儀式を行ってフォーナ様ご自身に危険は無いのか?」
 密かに案じていたことをウィズは当のフォーナ神に尋ねる。この世界を愛してくれる神が、消えてしまう姿はもう見たくなかった。
「ありません。私の事を心配してくれてありがとうございます」

「一番困るのは儀式の邪魔をされる事です」
 キュールは変事があれば飛び出していけるよう身構える。昨年、祝福を与えて下さった事には深く感謝をしているのだ。
「そうですね。ドラゴンやドラグナーがハイドインシャドウに似た力で潜んでいる可能性も……ってあれは鳥でした」
 草むらを揺らしたのは飛び立つ鳥の群であった。シルスはホッと胸をなで下ろす。
「本当は……こんな警戒が、無駄になることが一番だけどね」
 オルフェは自嘲気味につぶやく。フォーナ神はオルフェ達にを全く気に留めずにカダスフィアフォート跡へと裸足の足を踏み出す。
「ここまで来て妨害が入ることは許せない」
 フェレンは最後まで周囲を警戒し遠眼鏡を顔の前に掲げる。
「とうとう始まるのか……」
 リックはこの儀式だけはどうしても見届けなくてはならないと思う。それがここまで同じ旅を続けてきた者の最後の務めだと思うのだ。
 キャロットの風に女神の淡いバラ色の衣が緩やかに舞い上がる。

「私はここにやってきました。多くの方々がこの日この時この地で『誓いを行う』事で、大地の力は蘇り、この地の綻びを閉ざすことが出来るのです」
 フォーナ神はたおやかな白く優しい両腕を挙げ、そして鳥の翼の様に優美に広げた。荒野に青い葉が茂り茎が伸びる。ディグガードで見た様な真っ白な百合の花が一斉に咲き乱れた。


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   シナリオの参加者は、掲載されている「自分の顔アイコン」を変更できます。
 
希望の腕・サータリア(a65361)  2009年09月12日 19時  通報
人生でたぶん2番目に驚いたことになると思います。
お養母さんがザウス様に会われていたので、実在は知っていましたが、
まさかフォーナ様に会うことができるとは……。