≪西森の砦アイギス≫悪意の棲む森



<オープニング>


 霊査士・リゼルは、リーフ型のお守り2つを丁寧に視ていた。
 元は、アイギスに住んでいた――そして、後にアンデッド化してしまった夫婦のもの。複雑な事情が見え隠れして、なかなか『今』が霊視できず時間がかかった。
 彼女は、アリスの持ち物だったぬいぐるみのウサギをひと撫でして、もう1度そのお守りに触れる。
「……これね」
 リゼルから次いでの依頼内容がアイギスへ知らされたのは、その翌朝の事だった。

「リザードマンの男性で、名前はクウガ。何か事情があって、旧同盟領へ抜ける旅をしていたところだったんだが……」
 そこで、護りの黒狼・ライナス(a90059)は表情を曇らせた。
「案内人だったドリアッドが……途中で、彼を森に置き去りにしてしまったようだ……」
 『アイギス風邪』の影響で、アイギス近郊は噂を聞いて迂回する者も多い。予定を変更した回り道をする時にトラブルとなったのか、元から詐欺を目的にされていたのかは分からない。
 ただ、クウガがリザードマンだったのは、悪い方向に影響した可能性が高いだろうという。
「彼の現在地は、竜脈坑道のすぐそばだ。一般人が迷い込む場所としては、とても危険だろう。リゼルの手紙によると、『アンデッドの影が視える』らしい」
 ライナスは手紙を読み上げていく。
 種別としては、牡鹿や野犬、鷹など雑多な鳥獣型のアンデッドが多く集まっているらしい。
 そして、そのアンデッドが集まっている原因もアンデッドであるらしい。
「……このアイギス近くで前にも出たヤツか?」
 言い挿した護衛士に、ライナスは「そうらしい」と頷く。
「『鳥獣型アンデッドを集めている者の姿はよく視えませんが、アイギスに関わりある者だと思います』ってあるからな」
 注意点として列記されているのは、
・率いられているもの達には、それぞれ牙や角に麻痺や毒などがある。
・鳥型アンデッド――特に鷹は、アビリティの射程外から飛来する可能性がある事に注意が必要。
・鳥獣型アンデッドの総数は30を越えるが、個体能力は高くない。
 といった事柄。
「アンデッド――特に中心となっているアンデッドは取り逃がすと、後々厄介になるだろうって話だ。クウガの身にも気をつけてくれ」
 ライナスは言うと、「頼むな」と護衛士達を送り出した。

 そして、手紙とともに戻って来た品々の中にあるリーフ型のお守りを見つけ、ライナスは小さく息をついた。
「『これ』はどうしたもんかな……」

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参加者
フェイクスター・レスター(a00080)
赫風・バーミリオン(a00184)
アイギスの赤壁・バルモルト(a00290)
宵闇亭女将・フィサリス(a00394)
椿姫・アリス(a00424)
水月・ルシール(a00620)
在散漂夢・レイク(a00873)
鋼鉄の護り手・バルト(a01466)
沈黙の予言者・ミスティア(a04143)
たんぽぽ園の園長・セルヴェ(a04277)


<リプレイ>

●悪意の棲む森
 今は、その地下に強力な不死者が大量に存在し、冒険者達の討伐対象となっている竜脈坑道。
 近道を……と希望した鋼鉄の護り手・バルト(a01466)に、異議を唱える者はなく、案内は、沈黙の予言者・ミスティア(a04143)とアイギスの保父見習い・セルヴェ(a04277)が引き受けた。2人は、道などないように見える――少なくとも他の者達には――森の中を、苦もなく皆を先導して行く。
「休む間もないですね……」
「そうだな……。もう少し先の展望が開ければ、気も楽になるのだろうが」
 小さな声でそんなやり取りをしながら。
 坑道にほど近い場所まで来ると、護衛士達は2手に分かれる準備を始める。
 護衛士団では、アイギス風邪への対策と原因究明の仕事が続いているが、事件は収束を待ってはくれない。2人だけでなく、仲間達も同様に神経を尖らせている感がある。
「竜脈坑道か……」
 ドリアッドの森に陰鬱な影を落とすひと所。杞憂であってほしいと思いながら、その場所を常に心に留め置こうとしているバルトは、溜息をついて言った。
「気になりますか……?」
 見上げた雫菫の結晶・ルシール(a00620)の青い瞳の中で、バルトが視線を寄越し、照れたように小さく微笑む。本当はこの世の何も……、彼女を措いて向かうべき価値などない。それを、言葉にするのは面映ゆくて。
 ふっと仲間達を振り返ると、「行こう」と声をかける。
 ミスティアに続いたバルト達に、フェイクスター・レスター(a00080)と赫色の風・バーミリオン(a00184)が付いて行く。
 これ以上アイギスを惑わせるものは要らない。――そんな思いが、レスターの心を冷たく尖らせている。少しの物思いに揺れていたバーミリオンは、その空気に気付いて目を瞬いた。
「……」
「どうした? バーミリオン」
 いつものように優しさを湛えて、アメジストの瞳がバーミリオンへ注がれる。『護ってあげるよ』と言われているようで、直前の憂鬱の種を忘れてしまったバーミリオンだった。
 さて。『大人』は強いのか、それとも狡猾なのか……。

 微笑み、椿姫・アリス(a00424)をいざなった宵闇亭女将・フィサリス(a00394)は、セルヴェの後を周囲に気を配りながら付いて行く。木々の混んだ森の陰の中も、エルフであるフィサリスには見えるものがある。今は、時折、枝を渡る小鳥や、ピンと耳を立てて彼女達を窺う鹿らしき――熱源。
 体温のないアンデッドを捉えられるかは疑問だが、少なくとも、動物達が減った時には分かるはず。何より、警戒心を持続させる事が、敵の気配や殺気を読む事に繋がる。
「出来る限りの警戒はしませんと、ね」
 そう言う彼女を見上げ、小首を傾げて見せたアリスは、
「そうですね」
 と頬を染めて頷く。フィサリスと同じように、彼女もまた自分に出来る範囲の警戒――少し道を外れた辺りを気にかけておこうと考えていたから。以心伝心、そんな言葉が思い出されて……。
「バルモルト、こちらで一緒した方が良いと思うが?」
 戒剣刹夢・レイク(a00873)に声をかけられ、何がしか、足跡を探そうとしていたアイギスの赤壁・バルモルト(a00290)は顔を上げた。
「迷うぞ」
 言われて、バルモルトは苦笑する。森の中、団長のアリスを探し回ったのは、まだ記憶に新しい。
「ああ」
 彼は頷いて、レイク達に続いた。


 バルモルトは出来るだけ痕跡を探そうと、あちこちに目を留めていたが、いかんせん、彼は追跡が不得手だ。ただ、坑道の随分手前で、焚き火の跡らしきものは見つけられた。街道からは外れているはずで、お世辞にも野宿に適した場所には見えなかった。もしかして……とは思う。
 頼りは、護衛士達の五感。
 ほとんどがドリアッドではない彼ら。常に不自由を感じる森の中、それでも彼らが戦えるのは、意図して敵の気配を読むからだ。注意を怠る事がなければ、時にそれは、彼ら自身を救う大きな助けになる。
 時折、森の切れ間に窺える空。
 見上げたレイクは、旋回する1羽の鳥を見た。大きさから言ってただの小鳥などではない。猛禽類かもしれないが、そこまでは彼には分からなかった。妙に……羽根が『少なく』見えるのも、ただ、そんな気がしたに過ぎない。
「フィサリス様……何か、おかしくはありませんか?」
 アリスの言葉に、フィサリスは問うような視線を向ける。
「何がです?」
「動物のような気配はするのに、姿が……『温度の違い』が見えません」
「……」
 言われて、フィサリスは改めて周囲に注意を向けた。
 場所は森の中。木々の間隙に、濃い影の間に、動物達は姿を見せる事もあれば、全く捉えられぬ事も多い。普段は何気ない事だが、今、彼女達が対しているのは――体温の無いアンデッド。
「気をつけた方が良いかもしれません。……皆さん」
 フィサリスがそう報告をした時、少し先の森から悲鳴が聞こえた。
「ひいいっ! もう駄目だがやっ 暗いがやっ 怖くて進めやせんがよぅっ」
 襲われているのではないようだが、その声がアンデッドを呼び寄せる危険は十分にあった。
「……! クウガか?」
 セルヴェが声を上げ、潅木を掻き分けて行く。後を付いて行った護衛士達は、不意に訪れた歩き辛さに、ドリアッドの『道』からも外れたのを感じた。
「だっ 誰だがやっ?」
 何処からか自分の名を呼ばれ、相手がビクリとしたのが声から感じられた。
「助けに来た!」
 叫ぶバルモルトの後ろで、フィサリスが促す。
「気をつけて下さい。アンデッドも近いと思います」
 周囲を見渡しながら、アリスは懐から出した呼子を吹いた。

「あれは……」
「クウガが見つかった合図です。バルトっ」
 合図をきちんと確認して出たルシールが、いち早くそう告げる。森を駆けた呼子の音は、『クウガを見つけた』時の合図。まだ別班の仲間達が戦闘に入ったのではない。
「あちらですね」
 交戦は近いはず。間に合ってほしいと、ミスティアは祈る。
 先に立って急ぐ彼の心には、まだわだかまりがある。けれど、それを拭い去ってこそ、彼が心を砕くアイギスの住民達にも通じようというものだ。クウガに怪我などさせては、いつか、ミスティア自身が後悔する事になるだろう。
 彼を戦慄させる響きは、程なくして森を吹き抜けた。
「ルーっ!」
 手を延べ、バルトは束の間、ルシールの細腕を捉える。『君を護ると誓う』と、やはり言葉にはしないアビリティ。
「俺から離れるなよ」
「いたよ……っ!!」
 突貫するバーミリオン。その先には、牡鹿や野犬、狼といった雑多な動物達――いや、アンデッド達が仲間を取り囲んでいた。裂帛の気合とともに、紅蓮の咆哮を上げ、地に縫いとめられたかのように動きを止めた狼を両手剣で斬り捨てる。
 そこへ、風を切る音が空からの来襲を告げた。気付かぬバーミリオンを、レスターがフォローする。空に描いた紋章は、光の弾となってアンデッドの鳥を撃った。
 レスターは視界の端で、クウガだろうリザードマンに付き添うアリスと、2人を庇うように配された土塊の下僕達、そして、ニードルスピアを放つフィサリスの姿を確認した。
 アリスの頭上にいた護りの天使が、一瞬で消えるまでが映る。
(「「指揮者は……?!」」)
 アンデッドの鳥獣達を呼び集めた者は。そして、その者には『知性』があるのか。
 レスターとバーミリオンの脳裏には、一抹の不安が過ぎる。
「向こうだ! 人型がいるっ」
 レイクの声に反応したバルモルトを、解き放たれた銀狼とバルトの突貫による陽動が援護し、道を開かせる。倒れるだけとなったアンデッドの牡鹿を、バルモルトの砂礫陣が蹴散らしたと同時に、セルヴェ、バーミリオンは地を蹴った。
 30を越えると言われたアンデッドの数は、既に半減している。だが、まだ気を抜く事は出来ない。ミスティア達が対空の備えに範囲攻撃を控える中、代わりにフィサリスが惜しげもなく放つニードルスピアと、ルシールのエンブレムシャワーが、前衛に立つバルトを支えた。
 敵を貫くアビリティ。それを逃れられるのは、効果範囲外のものと、術者であるフィサリスとルシールの死角にいる者だけだ。
 唸るブラック・サンが捉えたのは、一角から飛び出した狼。胴体を叩き潰され、苦鳴を上げる事もなく地に転がった。
「「……?」」
 不意にパシパシと土を打つ音がし、アリスとルシールが振り向くと、レイクの下僕達が、足を引きずりながらもかかって来ようとするアンデッド犬を、棒切れで打とうと奮闘している。かなうはずもなく、蹴散らされた下僕が消える間に、アリスのニードルスピアが反撃した。
 それで終わりかと思った矢先、ミスティアのニードルスピアが空を裂く。3羽のうち、逃した1羽を追うのは、レイクとレスターのエンブレムシャワー。
 魔法の光は腐乱した翼を貫き、その最後の1羽を地に叩き落したのだった。

 アビリティの光の向こうには、バーミリオンの切っ先が閃く。
「何でこんな事するのっ?!」
 『それ』が物言う存在ならば、この先が恐ろしい。確かめたくて、バーミリオンは叫ぶ。しかし、人ならぬ者は表情を動かす事すらなく、ただ……生ある者達の来襲を憎むがごとく抵抗を続けた。
 セルヴェの放った銀狼がその首に食らい付いても、苦悶の表情はない。バルモルトの暁アクスが、その頭を割り、腰までを引き裂くその瞬間まで。


 クウガにはバルモルトが色々と質問を投げかけたが、すっかり肝を冷やした彼はそれどころではなく、レスターやバーミリオンが今後の手がかりをと『死体』を探るに至って、カタカタと目に見えて震え出していた。
「大丈夫ですか? どんな事情で森を抜けるつもりだったのでしょう。よろしければ、お手伝い致しますよ?」
 ミスティアに言われ、クウガは縋るように顔を上げた。
「あ、あんたらぁ、どこのお人だがや? この薄気味悪い森の向こうまで、送ってくれやせんだろうかや?」
「それでも構わないが」
 バルトの申し出に嬉しそうにしたクウガだったが、ルシールからアイギス風邪の事を聞き、また一気に青くなった。
「そ、そういえば昨日から身体が重いような気がするがよ。お、おらも風邪ひいたか?」
「……まぁ! 大事ないと良いのですけど。とりあえず、これを飲んでおいて下さいね」
 ルシールは慌てて、持参した薬を飲ませてやった。
「詳しく事情も聞いておきたいし、アイギスに連れ帰るのが良いだろうか?」
 眉を寄せ意見を求めるバルモルトに、皆は頷き返す。ただ、クウガがリザードマンである事だけが不安の種だったけれど……。


●リーフのお守り
 霊視に使われたリーフ型のお守りは、アイギスに逗留している冒険者・クレイの両親のものと分かっている。
 自分が機会を見て返そうかと名乗り出たセルヴェに、「どうしても」と願いバーミリオンがその役を代わった。
「全て語る必要は無いと思うよ」
 レスターはそう助言する。
 傷つき、成長したクレイ。大切に想うこのエルフの少年が、クレイのようにはなって欲しくない。それは……レスターの心にある小さな我侭かもしれなかった。

 誰も、その後の事は聞かなかった。
 ただ……、アイギスで何をするともなく過ごしていたクレイが、出立の日を決めたのはその夜の事。


マスター:北原みなみ 紹介ページ
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参加者:10人
作成日:2004/05/28
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